第4話:このバグキャラ、私が書いた記憶がないんだけど!?
学院の地下講堂には、立ち入り禁止の“旧魔道書庫”がある。
通常ルートでは、ヒロインと王太子が「秘密の共有」イベントで立ち入るはずだった。
でも今、その書庫にいるのは――私だけ。
(ルートを潰すなら、先回りが一番効果的)
扉の封印を解除する呪文も覚えている。私が設計したから。
あっさりと扉が軋み、重々しく開く。
……と、そこで。
「おや。来客とは珍しいですね」
地下の闇の中、誰かが立っていた。
少年。
白銀の髪に、灰色の瞳。学院の制服でもなければ、王族の紋章もつけていない。
「……誰?」
私は警戒を隠さずに訊く。
でも、彼は微笑むだけだった。
「ようやく、お会いできました。クラウディア=ローゼンベルク様――いえ、開発者の“岸本美月”さん」
「…………」
一瞬、心臓が止まった。
今、なんて言った?
私の“前世の名前”を……この世界の誰かが知ってる?
「お初に。僕はルシアン=イレル。ここの“外側”から来た者です」
「……“外側”? 何の話よ?」
「この世界は、あなたが設計したゲーム世界――それは正しい。しかし、すべてではありません。あなたが知らないコード。未記述のイベント。意図しないバグ。**“それらを監視する存在”もまた、設計されたものなんですよ」
(……なにそれ、聞いてないんだけど!?)
私は焦る。
本来、このゲームに「ルシアン」なんてキャラはいない。
“外側から来た”って、どういう意味?
私はゲームを作った。でもこの少年は、“私の知らないデータ”でできてる。
「貴女が行っている“ルートの改変”、非常に興味深い動きです。けれど――」
そこで、ルシアンの瞳が闇のように深く染まった。
「世界に“抗いすぎる”のは、おすすめできません。元の運命は、修復しようとする力を持つ」
――その瞬間、書庫全体が揺れた。
古い魔道書が飛び散り、天井からは黒い魔力の霧が漏れ出す。
――これも、初期実装にはなかったイベントだ。
「……っ、この反応……セリアの時と同じ“バグ性”……!」
「あなたの知らないシナリオが、起動し始めているのです。あなたがこの世界に来た時点で。」
「それって、私が……原因ってこと?」
「いずれ、気づくでしょう」
ルシアンは言った。
「――“ヒロイン魔王化ルート”なんて、まだ序章に過ぎないことに」
そして、彼は霧の中に姿を消した。
私はその場に立ち尽くす。
心臓の鼓動が、これまでになく早くなる。
(この世界、私の知らない何かに書き換えられつつある……?)
だけど、私だって黙って見ているつもりはない。
これは私のゲーム。
私が書いた物語。
ならば、壊すのも、守るのも――私の役目だ。
「どこまででもやってやろうじゃない。ルートごと、書き換えてやるわ」
私は、黒く染まった魔導書を拾い上げた。