第3話:フラグは、私が立てるものよ。ヒロインに奪わせる気はないわ
「クラウディア様、本日の魔導史の講義、同席させていただいても?」
午後の講義直前、ヒロイン――セリア・グレイスが笑顔で近づいてきた。
あの、数時間前に魔力を暴走させて教師を気絶させた張本人が。
(メンタル強すぎでしょ、セリア)
でも、私は笑みを崩さない。
「ええ。ご自由に。ただし“魔力暴走”さえ起こさなければ、ですが」
ピシッ、とセリアの表情が硬直する。
それを周囲の生徒が聞き逃すはずもない。
「……クラウディア様、あの件は事故です。セリア様も反省して――」
かばうように口を挟んだのは、王太子アルベルト。
攻略対象の筆頭であり、**本来ヒロインの最初の“庇護者”**だ。
でも私は、それすら織り込み済み。
「殿下、“事故”を繰り返す者を擁護するのは、“責任”の放棄ではなくて?」
「……っ」
私は、視線をそらさずに言い切った。
これが、私の“フラグ上書き”のやり方。
アルベルトはその場で沈黙し、セリアは何も言い返せない。
いい傾向だ。
(シナリオの分岐点では、“静かに押す”のが一番効くのよ)
この講義イベントは、本来なら「セリアとアルベルトがペアを組み、交流が進む」好感度上昇イベント。
でも私は今、セリアの評価を沈め、王太子を黙らせた。
――そう。フラグは、主人公じゃなくて、私が立てるもの。
「ところで、セリアさん?」
「……はい?」
私は、ふと笑顔を深めて話しかける。
「先ほどの魔力暴走、魔力構成が“火・風・闇”の混合でしたわね?」
「……!」
セリアの目が、ピクリと動いた。
――そう、この反応を待っていた。
「普通、初級魔導師が扱えるのは一系統のみ。まさか、三系統適性なんてお持ちでは……ないでしょうね?」
セリアが、わずかに下唇を噛む。
(あら、図星? じゃあ本当に……“魔王資質フラグ”が立ってる)
『ロゼ・オブ・セレニティ』の中には、未実装の隠しルートがいくつか存在した。
その一つが――
ヒロイン魔王化ルート。
ヒロインが全ての攻略対象を従え、
王国を掌握し、世界を塗り替える“闇堕ちEND”。
私はそのシナリオを、社内プレゼンで没にした。
「鬱すぎて女性ユーザーが離れる」というのが理由だった。
だけど――
セリアの魔力暴走、三系統適性、そして攻略対象たちの“不自然な揺れ”。
全部が、あのルートをなぞっている気がしてならない。
(なら、先回りして“切断”するしかない)
「皆さん、講義が始まりますわ。席にお付きなさい」
私は誰よりも先に講堂へと足を踏み入れた。
セリアを振り返らず、背を向けたまま。
(攻略対象たちを“守る”のも、“ヒロインの魔王化”を止めるのも――)
私がやる。
この世界の作者として。