第9章:出産免許試験の第二段階 - 育児シミュレーション
出産免許試験の第二段階、24時間育児シミュレーションが佳奈に待ち受けます。本物に近いロボット赤ちゃんを相手に、厳密な指示に従わなければならない試験で、果たして母親になるために何が本当に求められているのか、佳奈の心には疑問が渦巻きます。冷たい管理の中で芽生える葛藤が、佳奈をどこへ導くのでしょうか。
佳奈は深呼吸しながら、目の前にあるロボット赤ちゃんを見つめた。これが出産免許試験の第二段階――24時間育児シミュレーションの試験だった。試験監督からの簡単な説明を受け、育児シミュレーションが開始されると、部屋のドアが静かに閉まる音が響いた。
彼女はロボット赤ちゃんを抱き上げ、慎重に腕に収めた。その瞬間、赤ちゃんの顔がほんのりと動き、まるで本物の赤ん坊のように目を細めた。温度や重さまで人間に近いように設計されていることに驚きながらも、佳奈は意識を集中させる。
「さあ……始めましょう」
そう呟くと、赤ちゃんの表情が一瞬で変わり、泣き始めた。シミュレーションのルールでは、赤ちゃんの要求に応じて食事を与えたり、寝かしつけたりすることが求められており、定められた方法から逸脱することは許されない。
佳奈はマニュアルを片手に、決められた手順に従って赤ちゃんにミルクを与える。やがて、赤ちゃんが静かになると、次はおむつ替えの時間が訪れる。試験官の目が見えない場所にあっても、全ての行動は記録され、佳奈は少しのミスも許されない環境に置かれていることを痛感した。
時が経つにつれて、佳奈は眠気と疲労が押し寄せるのを感じた。試験中、食事や睡眠時間は最小限に抑えられており、休むことさえ難しい。やがて、彼女の手がふと止まり、赤ちゃんの顔を見つめる。
「これが……母親になるための第一歩だっていうの?」
佳奈の心に疑念が浮かび上がる。出産免許試験という名目で行われているこの過酷なシミュレーションが、果たして「愛情」を持って子育てすることとどう繋がっているのか、彼女には分からなかった。ルールに従うことでしか赤ちゃんを世話できないこの試験が、まるで市民を制約する装置のように感じられるのだ。
彼女は赤ちゃんを優しく揺らしながら、ふと政府が推奨する育児支援技術のことを思い出した。育児ロボットや行動監視システムによって効率化されている育児は、実際には市民の心を管理し、常に監視下に置くためのツールでもあるのではないか――そんな疑念が頭をよぎる。
「このままで、本当に良い母親になれるの?」
心の中で湧き上がる不安と葛藤が、佳奈の顔に影を落とす。しかし、彼女には母親になる夢がある。苦しい気持ちを押し殺しながら、彼女は試験の最後まで自分を奮い立たせ続けた。
育児シミュレーションを通して、母親になることの本質と制度の無機質さが浮かび上がってきました。子育てに「愛情」を見出そうとする佳奈にとって、試験の冷徹さは大きな試練となります。次に彼女が臨むのは「社会倫理の確認」。制度の目指す親の理想像に、佳奈はどう立ち向かうのでしょうか。