第8章:出産免許取得への道
出産免許試験がいよいよ始まります。佳奈は筆記試験で、制度がどれだけ育児にまで厳格な管理を行っているかを目の当たりにします。夢の実現のために挑む彼女が、制度の冷たさをどう感じるのか――その一端をご覧ください。
佳奈は緊張した面持ちで、試験会場に足を踏み入れた。
「23756番、配置につき、シミュレーションを開始せよ」機械のような指示を受け、佳奈は静かにうなずいた。
窓のない無機質な部屋には数十台のモニターが並べられ、筆記試験に臨むためのデスクが整然と配置されている。周囲を見渡すと、同じく緊張した表情の受験者たちがすでに席についていた。
「出産免許の第1次試験……これに受からなければ、夢の第一歩も踏み出せない」
心の中でそう自分に言い聞かせ、佳奈は席に着いた。目の前のスクリーンに浮かび上がる文字が、彼女の視界を埋める。
「試験内容:育児の基礎知識と倫理観に関する筆記」
淡々とした文字に、制度の冷たさが漂っているように感じる。育児に関する基本的な知識が問われるだけでなく、倫理的な判断力や、政府が推奨する育児方針に沿った回答が求められることが記されていた。試験官の指示に従い、問題が一つずつ表示されていく。
「問題1:子供の行動がルールから逸脱した場合、親として最も望ましい対応は?」
佳奈は思わず眉をひそめた。一般的には「親として理解と忍耐を持って見守る」ことが推奨されるが、画面に表示されている選択肢には「政府が推奨する行動基準を再教育する」という回答が含まれていた。彼女の胸には一抹の違和感が広がる。
「問題2:特定の育児方針を選ぶことにより、子供の将来にどのような影響が予測されるか?」
選択肢には、次のような政府推奨の「影響」に関する回答が並んでいた。
・「社会の秩序を守る一員として育成される可能性が高まる」
・「政府基準に沿った行動を自然に取ることができるようになる」
・「自由な発想や個性的な成長を制限することがリスクとして考えられる」
佳奈は戸惑いながらも「政府基準に沿った行動を自然に取ることができるようになる」という解答を選んだ。
次々と出される問題は、制度が求める育児方針に従うことを前提としており、それに違和感を抱く受験者もいた。
試験は終盤に差し掛かり、佳奈は他の受験者の表情をちらりと見た。その多くが真剣な面持ちで回答を続けている。彼女の心には、自分の母親としての価値観が、制度によって操作されつつあることに気づくと同時に、それに従うしかない無力感が広がっていく。
やがて試験終了のアナウンスが流れ、受験者たちは一斉にペンを置いた。試験会場を後にする際、佳奈は冷たい空気を肌に感じながら、思わず小さくため息をつく。
「これが……出産免許の現実なんだ」
この試験は、制度が市民をどれだけ効率的に管理しようとしているかを示すものであり、育児もまたその一部であることを、佳奈は実感せざるを得なかった。
佳奈の筆記試験を通じて、政府の方針がいかに細かく市民を支配しようとしているかが浮かび上がってきました。次章では、彼女がさらに試される24時間の育児シミュレーションが待っています。