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七日目 〇〇デート?

朝だ。


いや。太陽がもう真上にいるから、昼かもしれない。


部屋の時計を見ると、12時を回ったところだった。


ん、12時……?


「え!?」


俺はベッドから飛び起きる。凛さんは?どこだ?


辺りを見回してもいない。置き手紙なども置いていない。おそらく、今日は来ていないようだ。まずい、このままでは最後に凛さんと話すことができないではないか。


ここで、ふと昨日の凛さんの顔が思い浮かぶ。しかし、今考えるべきはどうすればよかったのか、ではない。これからどうするか、だ。


俺には一つだけ凛さんとの関係性を元に戻せる策があった。今はそれを信じて凛さんと話すしか選択肢はない。とりあえず、凛さんの元に行かなくては。


俺は急いで病院を飛び出し、凛さんを探し始めた。


まずは凛さんの家に行くべきだろう。昨日の道を辿って、あった。しかし、ピンポンを押して出てきたのは凛さんではなく、凛さんのお父様だった。


「あ、あの、凛さんのお友達の高橋と申します。凛さんはいらっしゃいますか?」


「あぁ、お友達か。いつも凛がお世話になっています。凛なら海の方に行ってくるって言って出て行ったよ」


「こちらこそお世話になっております。情報ありがとうございます!」


俺は凛さんのお父様にお辞儀をして、海に急ぐ。走っている間も、凛さんとの思い出が蘇っては消えていく。早く凛さんに会いたい。その気持ちだけが俺の足を動かしていた。


しかし、海に着いても凛さんの姿は見当たらない。もう移動してしまったのだろうか。となれば、後は思い当たる場所はあそこだけだ。あそこにいなかったときのことは、いなかったときに考えればいい。とにかく急げ――。


「やっぱりここに居ましたか」


息も絶え絶えになりながら石段を上り切ったところに、いた。


「バレちゃったか」


凛さんは鳥居にもたれかかっていた体を起こし、こちらを向く。いつもほどの元気さは無いが、それでも昨日よりは少しばかり元気になった凛さんだ。


「高橋君、私の家と海に行ってたでしょ?」


「なぜそれを!?」


「私、最初からここに来るつもりだったんだ。敢えてお父さんには海に行ってるよって言ってね。そして、お父さんから行き先を聞いた高橋君の動きを見てたの。高橋君、必死になって走ってくれてて、私嬉しかったなぁ」


「人が焦ってたっていうのに……!!」


凛さんはやってやったという顔をしてそう言った。俺は完全に凛さんの罠にハマったというわけだ。悔しいが、凛さんの方が一枚上手だった。


凛さんはひとしきり笑ったあと、落ち着いた口調になった。


「私、初めて高橋君と会ったときに、お母さんとの最後の時間で後悔したって言ったでしょ?だから、高橋君と最後の時間を過ごすって決めたとき、次は後悔しないようにするって決めてたんだ。でも結局こうなっちゃって。やっぱり私、ダメダメだね」


凛さんは悲しそうにそう言う。しかし、俺はそんな凛さんの手を取って、凛さんへのプレゼントを渡す。


「凛さん、これ。プレゼントです。遅くなってすみませんでした」


「あの時の。覚えててくれたんだね。中見てもいいかな」


凛さんは少し笑顔を見せ、俺にこう尋ねる。俺が快く承諾すると、優しく丁寧に凛さんは中のものを取り出した。


「わぁ、お守りだ!これは、無病、息災?」


「はい、無病息災です。ずっと健康でいて下さい、っていうお守りです」


「なんか高橋君っぽい!ありがとうね」


凛さんは大切そうに鞄にお守りをしまう。ただ、俺はそのお守りを、お守りとしての役目だけで渡したわけではない。


「凛さんが寂しくなったとき、俺がいなくなっても、俺のこのお守りは凛さんのそばにあります。それを俺の代わりと思って下さい」


俺の言葉に凛さんはきょとんとした表情を浮かべる。


「俺がそのお守りで、凛さんに降りかかる色んな厄災を止めてみせます。って、ちょっと強欲すぎますかね」


俺は最後に、凛さんに向かって想いを叫ぶ。


「俺との思い出、大切にとっておいてくださーい!!」


二年前、俺の唯一の友達だった涼介に、最後に言われた言葉。少しも別れを感じさせない顔で、「俺との思い出、大事に仕舞っておけよ」と言った時の涼介も、こんな感情で言っていたのだろうか。


凛さんはしばらくの間、立ち尽くしていた。違う、目からは大量の涙が零れ落ちている。そして、そのまま俺に抱きついてきた。

凛さんの全身が俺に預けられる。俺はもはや冷静な判断ができなくなっていた。凛さんを抱きしめたいという一心で、俺も凛さんの背中に手を回す。


「高橋君!高橋君!!ずっと、ずーっと一緒だよ!」


「はい!ずっと、俺は凛さんのそばに居ますよ」


凛さんはしばらく俺と抱き合って泣いていた。落ち着いて、俺から離れたと思ったら、今度は俺の目をじっと見つめてくる。俺は不覚にもドキッとしてしまう。


「ありがとっ、永遠とわくん」


「な、なぜ俺の名前を……」


「実はカラオケのとき、学生証、見ちゃった。永遠に、一緒だよ」


凛さんはそう言うと俺に近づいてくる。次の瞬間、凛さんの唇が俺の唇に重ね合わせられた。一瞬だけど、その感触は確かに感じた。俺が呆然としていると、凛さんはこう言って歩き始めてしまう。


永遠とわくん、ほら部屋に戻るよ」



俺と凛さんは病室に戻ってきた。やっぱり、凛さんがここに居てくれた方が落ち着く心地がする。


「それにしても、わざわざ病院まで来てもらっちゃって、良かったんですか?」


「何言ってるの。私が話したいから来たんだよ。映画館で一緒に見た映画と同じ。最初は高橋君が私のところに来てくれて、最後は私が高橋君のところに行くの。それでおあいこだよ」


俺と凛さんは暗くなるまで、お互いのこと、そしてこの一週間のことを話していた。俺にとってはこの時間が、かけがえのない大切なものだった。


凛さんは帰る間際、俺に紙袋を渡した。


「これ、ショッピングモールのときに買ったぬいぐるみ。今夜はこれを私の代わりにしてね」


凛さんがこっそり買っていたものはこれだったのか。あのとき返事が曖昧だった謎がようやく解けた。


「ほんとですか!ありがとうございます。一緒に寝ます」


凛さんは満足そうに頷くと、病室のドアを開けて出て行こうとする。

俺が手を振ると、凛さんはスーッと息を吸って、大きな声で叫んだ。


「この世界は、楽しかったかーー!!!」


俺も負けじと声を張って返す。


「すごく、すんごく楽しかったでーす!!!」


凛さんは今にも泣きだしそうな顔をして俺に手を振ると、今度こそ行ってしまった。








俺は凛さんが帰った後も、一人でこの一週間のことを振り返っていた。

凛さんに連れて行ってもらったところ、凛さんと話したこと、この一週間での出来事は、俺にとって全てが宝物だ。


一週間前の俺は、自分の人生に価値は無いと決めつけていた。それどころか、その価値の無いことの言い訳に病気を使っていた。


しかし、今ならハッキリと分かる。人生の価値というものは、自分が決めるという当たり前のことに。俺はようやく気が付いた。


俺は、少なくとも最後の一週間は、自分なりに良いと言える生き方をできたのではないだろうか……








夢を見ていた。


いつも通りの朝。いつも通りの街並み。いつも通りの日常だ。


しかし、俺はどこか違和感を感じる。まるで、今さっき俺が生まれたかのような、妙な新鮮さがあった。違う、これは生まれたというより、俺という存在が今さっき作られたという感覚だ。俺の身体は15歳のそれであり、俺の意識もまた然り。それでも、今まで生きてきたであろう15年間がハッキリと思い出せないでいたのだ。


今の俺の身体には俺の意識がある。当たり前のことだ。しかし、ほんのさっきまで、俺の身体を別の人が操っていたような、そんな感触がした。まるで、俺の身体に別の人の意識が入っていたかのような、そんな温もりを感じたのだ。


……馬鹿なことを考えている時間は俺にはないのだった。今日は凛さんと遊びに行くので、準備をしなくてはならない。ベッドの横に置いてある時計を見る。まずい、思ったより時間がないではないか。急いで起きて支度をしなくては。


少しばかり時間が勝手に進む。俺は病院を出て、今は街中を歩いている。まだ出発したばかりだというのに、早速、足が疲労で動かなくなってきた。こりゃ、しばらく外出していなかったツケが回ってきたな。明日の予定が筋肉痛になってしまうのは必至だ。


「大丈夫?考え事?」


明日の嫌な予定を勝手に考えて気分が落ち込んでいる俺に、凛さんが話しかける。凛さんは俺の一学年上の高校一年生だが、俺より何段階も大人びていて美しい容姿も持ち合わせている、完璧な人だ。俺は凛さんと居ると、不思議なほど気分が明るくなる。


「今日はどこに行くんですか」


俺が凛さんにそう言った途端、唐突に時間の進みが早くなる。俺が状況を理解できていないまま、凛さんとの思い出が馬のように駆け抜けていく。遊びに行った所、すべての景色が鮮明に思い出される。



俺の心は浮ついている。どうしてだ。今までこんな想いをしたことはなかったはずなのに。楽しいなんて思ったことは無かったはずなのに。


本来なら遊びを楽しむのは悪くないことのはずだ。でも、凛さんとの時間を楽しめば楽しむほど、いつの間にかどんどんと俺の心は凛さんに蝕まれていって。


それでも俺には変えられない運命がある。凛さんへの、この想いに目覚めた瞬間、運命を受け入れたくなくて。



運命に逆らいたくて……




俺は気付いた。


これは夢ではない。これは――






走馬灯だ。

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