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五日目 日帰り旅行デート

「おはよー諸君!今日も張り切って行こう!」


「諸君って言っても俺だけですけどね。おはようございます、凛さん」


もうこの光景もすっかり見慣れてきた。凛さんはやっぱり朝になると元気が満タンになっていて、俺はやっぱり疲れが残っている。幸い、筋肉痛などはないから歩けはするが。


「今日は結構遠くまで行くから覚悟してよ~」


「はい……頑張ります」


「あ、あと少し山の方だから、上着は持ってね」


どうやら今日は山に行くみたいだ。そんな体力が俺にあるのかは分からないが、とりあえず上着やら虫除けスプレーやらを持ち物に加えておいた。


いつもより一時間ほど早く病院を出発し、俺と凛さんは駅に向かう。程なくして電車が到着した。そういえば凛さんと電車に乗るのは初めてだ。


下り電車というのもあってか、車内はかなり空いている。俺と凛さんは隣同士の席に座った。俺は昨日読み終わった本の話をする。


「あ、そういえば本読み終わりましたよ」


「ほんと!どうだった?」


「俺、あんまり恋愛とか知らなかったんですけど、それでも主人公たちが考えてることはかなり理解できました。恋愛って思ったよりずっと複雑で難しいものなんですね」


「そうだね~世の中高生たちは初めての恋愛を、迷いつつも手探りでやろうと必死に頑張っているのだよ」


凛さんは俺の感想をふんふんと言いながら聞き、こう答えた。なるほど、現実世界でも恋愛というものにみんな悩みつつ、それでもしようとしているのか。


三十分ほど電車に揺られ、目的地に着いた。と思ったが、まだここから乗り換えるらしい。凛さんについていくと、登山電車という文字が見えた。


「登山電車、ですか」


「そう!なんか観光っぽいでしょ~ここは登山電車としては結構有名なとこなんだよ」


ホームで待ちながら俺たちがそんな話をしていると、小さな4両編成の電車がゆっくりと入線してきた。凛さんによると、途中一回の乗り換えを挟んで、標高差500メートルを駆け上っていくらしい。500メートルといえば、東京タワーより全然高いではないか。それを電車で上っていけるのか、俺は少し信じられなかった。


初めはちょっとした温泉街を緩やかに走っていたが、何駅か過ぎると登山鉄道の本気を出してきた。いきなり山の中を走るようになり、人ですら歩くのが辛いほど急な坂をゆっくりと上っていく。凄まじい動力だ。


しばらくすると、電車はいきなり鉄橋の上で止まってしまった。


「あれ、止まっちゃいましたよ」


「ここはね、景色を楽しんでもらうためにわざと止まってるんだよ」


凛さんがそう言うので窓から外を見ると、もうまもなく紅葉の季節を迎えようとしている晩夏の山々が視界に飛び込んできた。一面が自然に囲まれていて、何とも素晴らしい場所だ。

視界を真下に移すと、谷の底は遥か彼方にあった。どうやら俺たちはかなり高いところにいるようだ。乗客の中にはおそらく高所恐怖症で怖がっている人もいるが、凛さんからはそんな予感は微塵もせず、「たっか~い!」とテンションが上がっていた。相変わらず感性が子供の人だ。


「この先でスイッチバックっていうものをするんだよ。傾斜があまりにもきついと電車はそのままだと登れないから、ジグザグに進んでいくの。そのジグザクの折り返しのところで、進行方向が逆になるんだよ」


凛さんは手でジグザグの形を作りながら、そう丁寧に教えてくれる。凛さんって、意外と物知りなんだな。

凛さんの言う通り、電車は何もないところで止まり、運転手と車掌が交代する。こういった非日常の光景が見られるのも楽しいものだ。


一時間程度で終点に到着した。そこからケーブルカーにロープウェイと、ありとあらゆる乗り物を乗り継いで、ようやく目的地に到着したようだ。


「とうちゃーく!」


「うっ……なんか独特の匂いですね……」


近くの看板には標高が1000メートルと書かれている。いつの間にこんなに上ってきたのだろうか。

それより、あらゆるところからモクモクと煙が上がっていて、卵が腐ったような匂いがツンと鼻を刺してくる。こんなところに長時間居ると気持ち悪くなってしまいそうだ。さすがの凛さんも少しきつかったらしく、俺たちは急いで室内に避難する。


建物の中には、キーホルダーやお菓子などのお土産物がたくさん売られていた。俺はあんまりお土産を買うつもりはなかったので、別のところを回っていると、気になる文言を発見した。


「寿命が7年延びる卵?」


「黒たまごだよ。1個食べると7年寿命が延びるという伝説があるんだ」


ずっとお土産を眺めていた凛さんは、どこからかにゅっと現れてそう言う。寿命が7年延びたら俺は何をするだろう。凛さんはそばにいてくれるのだろうか。それとも、この世界の楽しさを俺が知ったと分かったら、俺の元からいなくなってしまうのだろうか。そういえば、凛さんは俺のことどう思っているのだろう。


「縁起物ってことで、食べてみようよ」


そんなわけで俺と凛さんは近くの椅子に座って、黒たまごを一緒に食べている。本当に寿命が延びたらいいのになぁ。俺はつい先日までなら絶対思わないであろうことをいつの間にか考えている。これも全て凛さんがこの世界の楽しさを教えてくれたおかげだ。心の中で凛さんに感謝する。

凛さんはパクパクと卵を食べてしまい、こう叫んでいた。


「四個食べたから28年も長生きできるぞ~!」


ほんと、一緒にいて飽きない人だ。


しばらく経った後、俺たちは元来た道を引き返していた。どうやら次はキャンプをするらしい。凛さんはスマホのマップを見ながら、慣れない道でもずんずんと進んでいく。道案内では駅から二十分掛かると言われていたが、ものの十分程度で着いてしまった。方向感覚に長けた人だ。


「よーし、キャンプと言ったらバーベキュー!バーベキューと言ったら肉!ということで、今日は焼肉をしたいと思いまーす!私は具材係、高橋君は準備係で分担ね。具材とかは全部私が買ってきて調理しちゃうから、高橋君は火起こしとかテントの設営とかをお願いしたいな」


「力仕事ですね、任せて下さい」


今日はほとんど乗り物に乗っていただけだから、まだ体力はあり余っている。凛さんは売店に食べ物を買いに行ってしまったし、俺も準備をすることとしよう。


受付からテントとコンロを受け取り、自分のスペースに持って帰る。コンロの方は簡単だ。下に固形燃料を置き、その上に炭を置く。そして網を置けば完成。これでいつでも火をつけられる。

問題はテントだ。俺はテント設営などやったことがない。他のキャンプ客がやっているのを見よう見まねでやろうとするが、なかなか上手くいかない。説明書を見て、いざ取り掛かろうとすると、俺の反対側の方を誰かが持ってくれている。見ると、それは凛さんだった。


「こっち終わったから、手伝ってあげるよ」


「ありがとうございます。テントとか張ったことがなくて、助かります」


凛さんが来てからは一瞬だった。凛さんは分かりやすく細かい指示を出してくれて、あっという間にテント設営が完了した。一体、凛さんが不慣れなことは何かあるのだろうか。


二人とも準備が終わったので、火をつけていよいよバーベキューがスタートする。思えば、俺はバーベキューをするのも初めてだ。色んな初めてを凛さんと体験できて、俺は少し嬉しかった。


「いただきまーす!」


「ヤケドしないようにしてくださいよ」


凛さんは網から取った野菜やら肉やらを、ダイレクトに口の中に放り込んでいる。見るからに湯気が立っていて熱そうだが、凛さんはそれよりも早く食べたいようだ。案の定、「あふい、あふい」と言って水を飲み干していた。


「食べ物はなくならないんですから、ゆっくり食べて下さいね」


「ひゃい……」


それにしても、外で食べるご飯というものはこんなに美味しいのか。昨日のおにぎりも美味しかったが、肉それも焼きたてとなると美味しくないわけがない。凛さんも、今度は落ち着いて食べて「うんみゃーい!」と満足そうにうなっていた。


ゆっくりとバーベキューを堪能し終え、俺たちはテントの中でウノをしていた。バーベキューも最高だが、その後にこうやってゆっくり時間を過ごすのもまた最高だ。


「ウノです」


「ふっふっふ、ここでドローフォー!」


「なにっ、やってくれましたね」


「色は黄色!もうすぐあがっちゃうよ~」


「凛さん、ウノって言ってないです」


「あーー!また忘れた――!!」


そんなこんなで二人とは思えないほど賑やかな時間を過ごしていた。ひとしきり遊んだ後、俺と凛さんは寝っ転がって他愛もない話をしていた。


「高橋君、この世界、どう?楽しめてる?」


「はい、それはそれはすごく楽しんでます。本当に色んな事してくれて、ありがとうございます」


「ふっふっふー私のプランに間違いはないのさ!」


凛さんは自慢げにそう言うが、すぐに声のトーンを落とす。凛さんは俺の方を見る。俺も凛さんの方を見て、目がバッチリ合う。凛さんは神妙な面持ちでまた話し始めた。


「今日って、五日目でしょ。もうあとちょっとなんだね」


言われて気付いた。本当だ、もうあと二日しかないではないか。凛さんと過ごす時間が楽しすぎて、完全に失念していた。


「た、確かにそうですね。早いもので」


「私、まだ高橋君とたくさん遊びたいな」


「俺もです。さっきの黒たまご一個分で、もう7年遊びたいです」


「もう三個食べたら、28年は私と居られるよ」


俺と凛さんは一緒に笑い合う。が、それは少し寂しい笑いであった。それは凛さんもおそらく同じだろう。凛さんは同じトーンで話を続ける。


「私がしたことって正しかったのかな。まだ自分でも分からないんだよね」


「どうして正しくないかも、って思っちゃうんですか?」


「高橋君が、この世界の楽しさを知ってくれたのは嬉しかったよ。だけど、楽しさを知っちゃったら、高橋君の中に死にたくないって気持ちが湧いてきちゃうのも、私はなんとなく分かってたの。それでも、高橋君にこの世界を案内するって選択を私は選んだ。私はそれでよかったんだけど、高橋君にもしかしたら悪いことしちゃったかもな、って」


凛さんは凛さんらしからぬ、しょんぼりとした顔をしている。しかし、俺の返事は決まっていた。


「じゃ、俺が代わりに言ってあげます。俺は凛さんのやってくれたことに本当に感謝していますよ。マイペースに、それでもがむしゃらに自分の信じる道を突き進む、それが凛さんじゃないですか。凛さんのしたことは正しかったって、俺が言ったら誰が何と言おうと

、それは正しいんです。凛さんは俺の為にその決断をしてくれたのですから」


凛さんの心配は完全に杞憂だ。俺と居る時に凛さんがしてくれた判断で、間違っていたものは一度もなかったはずだ。それに、決断というものは、自分が正しいと思えるならばそれは正しいものになる。凛さんは変なところで臆病になっているが、これまで通り、猪突猛進な凛さんのままで良いのだ。


「さっ、グダグダしてる暇はありませんよ。早く遊びの続きをしましょう!」


「……うんっ!」


凛さんは目に涙を浮かべていたが、それを手で拭き取り、満面の笑みで俺に返事をしてくれた。そうそう、凛さんにはこの表情だ。


気分を落ち着かせてから、俺たちは片づけをしてキャンプ場を後にする。長いこと遊んでいたからか、既に日は落ち始めていた。


俺と凛さんはなにやらこの辺りの中心地っぽい所に来た。通りは観光客で賑わっている。少し歩いていると、何やらいい匂いがしてきた。それに凛さんが食いつかないはずもない。


「というわけで、食べ歩きしましょ!」


「さっき食べたのに!?」


「高橋君、世の中には別腹というものがあってだな」


凛さんは人差し指を俺に向けてこう諭すが、ダイエット中の人に別腹は無いはずだ。まあ、凛さんのダイエット計画は初日の段階で既に崩壊し始めており、今に始まった話ではないが。


通りを歩いていると、温泉まんじゅうやらカレーパンやら色んなものが売っている。俺はどれにしようかな、と悩んでいるが、凛さんは目についたものを次から次へと買っては美味しそうに食べている。食べ物に関してだけは、どれか一つにするという発想ができない人なのだ。


「このチーズタルトもおいひ~!」


いつの間にチーズタルトなんて買ったんだ。俺が目を離した隙に買ってきたのか。なんて早業だ。俺はそんなことを一人で思っていたが、不意に凛さんに話し掛けられる。


「高橋君、なんにも食べてないじゃん。これ一口あげるよ。はい、あーん」


凛さんはそう言うと、俺の口にタルトを持ってくる。それも、凛さんが食べていたところを。


「ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあ俺も同じの買ってきます」


「遠慮しなくていいんだよ。それともなに?間接キ……」


「あーもう!分かりましたから少しもらいますね!」


俺の中の凛さんからかい警報が鳴り響いたので、大人しく凛さんのタルトを貰うことにする。凛さんが口をつけていないところを少しぱくり。サクサクの生地になめらかなチーズの味わいが上手く絡み合って、確かに非常に美味しい。


凛さんは残りのタルトを食べようとするが、なぜかなかなか口にいれない。何か気になることでもあるのだろうか。


「どうしたんですか?」


「えっ!あ、いや、なんでもないよ?」


そういうと、一口でタルトを食べてしまう。結構豪快にいくんだなぁ、と思っていたが、よく見ると顔が少し赤くなっている。俺は思わず小声で言ってしまった。


「自爆するくらいならやらなきゃいいのに……」


「違うのー!!」


運悪く凛さんに聞こえてしまったらしい。凛さんは俺の背中をポコポコ叩くと、そっぽを向いてしまった。凛さんにそういう反応をされると、こっちまで過剰に意識してしまうから困ってしまう。


一通りお店を見ていたら、すっかり辺りは暗くなっていた。俺たちはそろそろ帰ろうという話をしていたとき、どこからか音が聞こえた。直後、夜空をカラフルな光が照らした。


「うわ!花火だー!」


「この時期に花火ですか。ちょっと遅い気もしますが、綺麗ですね」


「夏の終わりを感じるね」


歩いていた観光客も、全員視線が空に釘付けになる。大小さまざまな大きさの花火がひっきりなしに打ち上げられる。いつもは病院の窓からしか花火を見ていないから、こうやって外で花火を見るのは初めてだ。それも、凛さんと一緒に見れるなんて、なんて最高な時間の過ごし方なんだ。俺は次々に上がる花火を見ながら、思わず泣きそうになってしまう。

俺と凛さんは、他の観光客と同じように、花火大会が終わるまで空を見上げ続けていた。

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