三日目 ショッピングデート
「高橋君おっはよー!今日はちゃんと起きてるね」
「おはようございます、凛さん。今日はバッチリです」
翌朝。俺は凛さんとの約束通り8時までにはしっかり起きて、準備をしていた。昨日あんなに遊んだというのに、今日も凛さんは朝から元気いっぱいだ。
「枕元に本があるのを見る限りだと、昨日の夜これ読んでくれたのかな?」
「まだ途中までですけどね。内容はかなり重い話ですが、それでも面白い本ですね。オススメしてくれてありがとうございます」
俺がそう言うと、凛さんは嬉しそうな表情を浮かべる。意外と表情筋が豊かな人だ。
「今日はあそこにあるショッピングモールで水着を買って、海に行くよ!」
「九月に海ですか!?ちょっと遅すぎませんかね……」
「心配ご無用!この時期のここはまだギリいける!クラゲさえ気をつければ!」
「結構それ心配事項じゃないですか……」
とは言ったものの、確かに外はまだまだ夏顔負けの暑さであるから、海水浴日和ではあるかもしれない。それに、海に行ったことがなかった俺は、海水浴というものがどんな感じなのかが少し気になった。
「さぁ、昼には海に行きたいからまずはさっさと買い物に行くよ!さすがに夕方に海に入ったら風邪とかひきかねないからね」
「そこらへんはちゃんと考えてるんですね……」
買い物に行ってから海に行くというのは、なかなかにハードスケジュールではないかとも思ったが、昨日の時点でこの忙しさが一週間ずっと続くのはすでに覚悟していた。それに、凛さんと一緒に遊んでいると時間があっという間に過ぎてしまう。凛さんとのお出かけを、心のどこかで楽しみにしている自分がいるような気がした。
俺と凛さんは、ちょうど開店時間ピッタリにショッピングモールに到着した。今日は平日だが、意外にも開店待ちをしているお客さんは多くいた。
「平日なのに結構混んでるんですね」
「ショッピングモールはこんなもんだよ~若い女の子とかたくさん来てるからね」
周りを見渡すと、確かに年齢層は若めといったところであった。大学生くらいの女性陣、仲睦まじい様子のカップル、中には女性一人で来たであろう人も少なくなかった。
「……って、凛さんも十分その若い女の子とやらに入るじゃないですか」
「あはは、確かにそうだねっ。華のJKですから!」
「JKが平日のこの時間にショッピングモールに来ないでください」
「あちゃーバレた?でも一週間くらいなら仮病使ってもきっと大丈夫!こう見えて普段の成績は良いもんね~」
凛さんはそう言うと軽く胸を張る。やっぱり学校があるではないか。付き合ってもらってなんだけど、俺は責任取らないぞ。
それにしても、凛さんは勉強もしっかりできるタイプなのだろうか。確かに根は真面目そうな人だし、勉強も裏でちゃんとやるタイプな気がする。
「さて、とりあえず水着を……って言いたいところだけど」
「どこか行きたいところでもあるんですか?」
凛さんは俺の体を見ながら、こう言った。
「まずは高橋君のお洋服から買いに行こっか!私が選んであげるからさ」
「……了解です」
昨日よりかはマシになったと勝手に思っていたが、やはり限られた服のストックと目に見えたセンスの無さの前には、どうすることもできなかったらしい。とはいえ、凛さんが選んでくれるならハズレはまずないだろう。これで朝の服選びの時間が削れるなら大歓迎だ。
まず俺と凛さんは洋服屋にやってきた。洋服は完全に母任せであった俺は、こういったところが新鮮に感じられる。少し店内を回ってみようとも思ったが、「実物があったほうが分かりやすいから、とりあえずついてきて」という凛さんの言いなりになる。なんかさりげなく物扱いされていないか?
「これに、これ。これも似合いそうかな。肌寒かったときの為に、この上にはこれを羽織って……」
「もしかしてなんですけど、これ全部着る感じですか?」
「ん?そうだよ?あ、でもちょっと多かったかもね」
「かごいっぱいに洋服が入ってるんですが……」
凛さんが持つかごには、軽く十着は洋服が入っていた。こんなに持ち歩いて怒られないのだろうか。
「まぁまぁ、実際に着てみないと見栄えって分からないじゃん?今ならまだ人も少ないから今のうちにたくさん着ちゃうよ!試着室行くよ」
俺は今からマネキンか何かにされるのだろうか。少し心配にはなったが、数着はあっても困らないと思うから、とりあえず着て決めることにしよう。そう自分に言い聞かせ、俺と凛さんは試着室へと向かった。
「じゃ、まずはこれとこれ、着てみてね」
「おっ、良いじゃん!似合ってるよ!じゃ次これ」
「これは上になにか羽織った方が良さそうだなぁ……これとかかな、その上にこれ着てみて」
凛さんは一人でなにかを呟きながら、俺にわんこそばの要領で洋服を渡してくる。俺は特段、服にこだわりを持っているわけでもないから、最初は少し面倒だと感じていた。しかし、鏡に映る自分の姿が次々と変化して、印象も元の俺より格段に良くなっているのをこの目で見ると、なんだか悪い気はしなかった。
「どれか気に入ったものはあった?」
「全部良かったんですけど……これとこれが好きでした」
「お!奇遇だね~私もそれ特にお気に入りだったんだ!店員さーん、この二つ買います!」
はーい、と声を出しながら店員さんが足早に駆けつける。「このまま着て帰られますか?」と聞かれ、せっかくなら今日はこの服で過ごそうと思い、了承する。なんだか無性に自分がパワーアップしたような感じがして、少し良い心地だった。
「それじゃ、俺は会計してくるんで、凛さんは外で……」
「今日は私が買ってあげるから、高橋君は店出たところで待ってていいよ!」
凛さんは今日も奢ってあげると言ってくれるが、昨日も奢ってもらっているからさすがに気が引ける。それに、さっきチラッと値札が見えたが、高校生がそう簡単に買うと言える値段ではなかった。
「いや、昨日も本買ってもらっちゃってるので、申し訳ないですよ。洋服選んでくれただけでも、すごくありがたいです。お金なら親からもらってるので大丈夫ですよ、お気持ちだけ頂きますね」
「だからこそだよ!今日は私がお洋服を選んであげたから、私からのプレゼントってこと。そんなに申し訳なさそうな顔しないでよ!どうしてもって言うなら、別の機会に高橋君が私になにかプレゼントしてほしいな。それでおあいこでしょっ」
凛さんはそう言って譲ろうとしない。そこまでして俺に奢りたい理由があるのだろうか。このままでは埒が明かないから、プレゼントということでありがたく貰ってしまおう。その代わり凛さんにはもっと良いプレゼントをすることにしよう。
「ではお言葉に甘えて。本当にありがとうございます。今度なにかプレゼントしますね」
「ふふ、素直でよろしい!楽しみにしてるねっ」
そう言うと、凛さんはルンルンになりながらレジへと向かう。俺はというと、今から凛さんへのプレゼントに何を買おうか、頭を悩ませていた。
「さて、本日のメインイベント。水着選びでーす!」
「なんていうか、すごい空間だな……」
俺と凛さんは女性用の水着コーナーに来ていた。俺は家にあるもので事足りるから、凛さんのを買いに来たというわけだ。
俺の視界には、ずらりと並べられたビキニやらワンピースやらといった水着がある。アニメや漫画ではよく見る景色だが、こうも実際目の当たりにするとかなり刺激が強い。そういうものに耐性がない俺には、未成年がここにいてはいけないのではないか、と妙な緊張感を持つ。世の人はこういった所にも躊躇いなく入っていけるのだろうか。俺が二の足を踏んでいる間、凛さんはずかずかと中に入って水着を物色している。
「色んな種類あって悩むなー……あ!せっかくだから高橋君に選んでもらおうかな!」
「俺ですか!?」
「"俺"以外に誰がいるのよー」
凛さんは俺の方を指差しながらケラケラと笑う。しかし、俺は女性の水着に関しては全くの無知だ。それに、水着選びは責任重大なのではないか。俺は辺りを見回してどのようなタイプの水着があるのかを一通り確認したが、凛さんにどれが似合うかなどということは、全くもって見当がつかない。見当がついたらそれはそれで問題ではありそうだが。
「この中から一つ!って決めてもらっても良いけど、高橋君がどうやら困った表情をしているから、私が何個か候補を出すね。その中から決めて欲しいな」
「……非常に助かります」
こういうところ、凛さんは非常に空気を読むのが上手くて助かる。ただ、凛さんの提案自体はとてもありがたいが、それを少しニヤけながら言われたことだけは気に入らなかった。気を抜くとすぐからかわれる。
凛さんは悩みながら一周し、気に入ったであろう水着を数着手に取った。そして、俺を連れて試着室の方へと向かう。
「じゃ、私は着替えるからそこで待っててね。全部見てもらったあとに、どれが一番良かったか決めてもらうから、よーく見ること!」
「分かりました」
「あ!あと着替え覗いちゃダメだぞっ」
凛さんはニマニマした表情でそう言うと、俺が反論する間もなく試着室のカーテンを閉めてしまった。
「まったく、そんな自制ができないほど子供じゃないっての」
そう独り言のように呟く。俺がとりあえずスマホでも見て時間を潰そうと、ポケットに手を入れた瞬間、どこからか気になる会話が聞こえてきた。
「さっきのお姉さん、可愛かったなぁ」
「だよなぁ、めっちゃスタイル良かったわ!でもあそこで待ってるのってたぶん彼氏だよな」
「やっぱり彼氏ぐらいいるかぁ……あんな子の水着姿を拝めるなんて、うらやましいぜっ」
声のする方を横目でチラッと見ると、おそらく大学生くらいであろう男子二人組がこう話していた。本人たちは口に手を当てて小声で話しているつもりだろうが、興奮気味だからか声が大きいため、普通に耳に入ってきてしまう。そういうことは周りに聞こえないように話してもらいたい。
と、説教じみたことを心の中で言うが、それより重要なことを話していたではないか。彼らの視線がチラチラとこちらへ向けられていることから察するに、さっきのお姉さんとやら言う人はおそらく凛さんのことだろう。では、その待ってる彼氏っていうのは……俺って周りからはそう見えてるってこと……
「お待たせ!って、顔赤くない!?大丈夫!?」
「あ、あぁ……大丈夫です……って、え!?」
俺は恥ずかしくなって顔が赤くなったのを誤魔化そうとしたが、凛さんを見た途端、そんな誤魔化しをする余裕など無くなってしまった。
凛さんは布地面積がそこまで広くない黒ビキニ姿だった。露出度が高く、そのスタイルの良さがあらわになっている。少し赤らんだ顔も色気があり、大人の女性という印象を強く受ける。精神年齢が子供の俺には少し刺激が強すぎたようだ。俺は顔がさらに赤くなっていくのを感じた。
「ちょ、高橋君!へたりこんじゃって、大丈夫!?」
「だ、大丈夫です……ちょっと凛さんが大人すぎて刺激が強かっただけで……」
と、そこまで言って、俺はあまりに恥ずかしすぎる感想を言っていることに気づいて我に返る。頭がクラクラしていたせいで、考えることもできず、本音がそのまま口から出てしまった。俺は慌ててどう釈明しようか、焦りながら思考を巡らせていたが、凛さんの視線が俺に向けられているのを感じ、とりあえず凛さんの方を見る。しばし見つめあったのち、しばらくフリーズしていた凛さんは突然、顔を真っ赤にして、
「あ、ありがと……でもあんま見ないでー!」
と叫びながら、急いで試着室に戻ってしまった。凛さんでもあんな表情をするんだ、と少し驚きはしたが、凛さんにああいった顔をさせることができたのは、なんだかいつも負けてる凛さんに勝ったみたいで良い気分だった。まぁ、俺の方も恥ずかしくなっているから、自爆もしているわけだが。
結局、凛さんは恥ずかしそうにしながらも全ての水着を披露してくれて、俺は一番気に入った最初の黒ビキニを選ぶことにした。俺は服のお返しに水着を買って、それをプレゼントにすることを提案したが、「男子が女性用水着を買うのはキモい」と凛さんに一刀両断され、あえなく却下となった。確かに考えてみればそうだ。他にプレゼントできそうなものを探そう……
そんなわけで、お互い私服と水着を無事ゲットすることができた俺と凛さんだったが、思いのほか時間が掛かってしまったので、海へ行く前にフードコートで昼を済ませようということになった。
「そういえば、フードコートって行くの初めてなんですけど、どんなお店があるんですか?」
「ラーメンにたこ焼き、うどんとかドーナツとかかな」
「最後のはご飯ではないですが……」
凛さんがスイーツもご飯と認識しているのはもう慣れつつあるとして、どうやら色んな種類のお店がありそうだ。気分によって食べたいものを決められるのはありがたい。
平日だからか、フードコートは昼時でも空席が目立っていた。確かにお店はたくさんある。俺が何を食べようか迷っていると、もっと悩んでいる人が隣にいた。
「麺類いいな、ラーメンにするかうどんにするか……でもたまにはハンバーガーとかいっちゃっても……でも昨日スイーツ食べすぎちゃったし……今日までチートデイってことにできないかな……?」
「さすがにこれ以上チートデイは使えないんじゃないですかね……」
「そうだよねぇ……じゃ高橋君ハンバーガーにしてくれない?少しつまみ食いさせてほしいな……なんてね」
やっぱじょーだん、と凛さんは小声で付け加える。しかし、迷っている状態の凛さんを放置しておくと、昨日の凛さんを見るに、両方とも食べようとしてしまう気がする。凛さんのダイエット計画を成功させるにも、俺は凛さんの提案に乗るべきだろう。
「いいですよ、特にこれが食べたいっていうのはないので」
「ほんと!ありがとう!」
凛さんは飛び跳ねて喜ぶ。ほんと、食に関しては強欲な人だ。なぜか成り行きで俺の昼ご飯は決まったが、凛さんのチートデイを阻止することができたので、結果オーライだろう。
俺と凛さんは二人席に腰かけ、他愛もない話をしながらご飯を食べる。俺のハンバーガーセットの半分ほどを凛さんに食べられたところで、俺は凛さんに気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえば、明日以降の行き先って教えてもらえないのですか?」
俺がそう言うと、凛さんは少し寂しそうな目をしながら、こう答える。
「んー、教えてもいいんだけど、ちょっと事情があってね。もしかするとあんまり聞きたくないことかもしれないけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ話すね。えっとね、行くところはもうほとんど決めてあるの。だけどね、今それを全部言っちゃうと、明日はここ行って明後日はここ行って……で最後にここ行って終わりか、って思っちゃったりしない?」
「どういうことですか?」
凛さんは言葉をじっくり選びながら、ぽつりぽつりと話を続ける。
「言葉にするのは難しいけど、頑張って噛み砕いた言い方をするなら、最後の日を意識しちゃうってことかな。私は高橋君に、一日一日を決まった未来のように思ってほしくないんだよね。明日はどうなるんだろう、みたいな感情っていうのかな。一日一日を大事に生きる。そういう思いを持ってほしいんだよ。って言っても難しいかな、伝わったかは分からないけど、そういうこと。言葉遣い不器用でごめんね」
俺も簡単な言葉にするのは難しいが、凛さんが言いたいことは方向性だけでも掴めたような気がした。確かに、当日になって何をするのかを教えてもらう方が、明日は何があるんだろうという楽しみがより膨れ上がる気がする。凛さんはこう見えて、じっくり考えて行動してくれているのか。俺はそれが分かって、とても嬉しかった。
「なるほど、なんとなく伝わりました。わざわざ言ってくれてありがとうございます」
一日一日を大事に生きる、か。確かに今までの俺は、人生になんの意味も見出せず、ただ毎日を浪費しているだけであった。凛さんはそれを改めた方が良いと言ってくれているのだろうか。それが凛さんなりの、人生の楽しさを伝えるということなのかもしれない。俺はそう勝手に解釈した。
ひとしきり話し終えたところで、二人ともちょうどご飯を食べ終わったので、海に行くためショッピングモールを出ようとしていたが、
「高橋君!あのポスターにある恋愛映画、面白そうじゃない!」
「意外と凛さんって恋愛もの好きですよね。でも確かに面白そうです!今度行きますか?」
「海は延期にして、今日は映画を見ることにしよ!気になったものはすぐに確認するのが私のモットーなの!」
という凛さんの一声によって、今日は映画を見ることになった。少々予定が狂うことになるが、大丈夫だろうか。
「明日以降の予定はまた組み直すから大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
凛さんは俺の心を見透かしているかのようにこう言った。マイペースだけど抜かりない人だ。
俺と凛さんは映画館にやってきた。映画はこれまでに何回か見たことはあるが、いつもレンタルしていたので、実際に映画館に来るのはこれが初めてだ。入り口から既に落ち着いた雰囲気が漂っている。チケット売り場のスクリーンを見るに、俺たちが見たい映画の次の上映時間は14時のようだ。
「今は13時半、か。まだもう少し時間あるね」
「そうですね。でも30分くらいなので、このあたりでゆっくりしてますか」
「うん。あ、ちょっとお花摘みに行ってきます」
「分かりました。荷物持ってますよ」
「あ、いや大丈夫だよ!ありがとね!」
凛さんは焦ったようにそう言うと、パタパタと走って行ってしまった。俺は何か間違ったことを言っただろうか。考えてもよく分からなかったので、とりあえず映画館を回ってみることにする。
売店の方へ行くと、意外と多くの食べ物が売られていた。俺は映画館と言えばポップコーンという勝手なイメージを持っていたが、最近の映画館にはチュロスやクレープ、さらにはお菓子だけにとどまらず、ポテトやホットドッグといったものまで売られているらしい。しかし、これを凛さんに見られたらどういう反応をするかは目に見えている。凛さんの目にはつかないようにしなければ。
入り口の近くに移動すると、上映中であろう作品のパンフレットがたくさん置かれている。その中には俺たちが見る作品のものもあった。
「『海辺の彼女と都会の少年』か。どんな作品なんだろ」
パンフレットを開き、あらすじを見る。
都会に住んでいる主人公の京介は、ある夏、一人旅を決行する。行き先に選んだのは、京介の住む場所では見られない、海がある町。初めての一人旅に京介は期待を膨らませていた。目的地に到着し、高台から海を望んでいた京介に話しかける一人の少女。彼女の名は心海という。海辺のこの町にずっと住んでいるらしい。ひょんなことから京介と心海の交流が始まる。
出会うはずの無かった二人。それでも出会ってしまった二人。全く別の環境で生まれ育った彼らの、ちょっぴり変で不器用な恋の行方とは――。
「昨日の本よりかは、割とストレートなラブストーリーっぽいな」
俺が他のパンフレットもパラパラと見ていると、ようやく凛さんが帰ってきた。手には何やら紙袋を持っている。
「買い物もしてきたんですか?」
「え!?あ、うん……まぁそんなとこかな」
凛さんは愛想笑いを浮かべてそう言う。あんまり知られたくない買い物だったのだろうか。俺はそう感じ取ったため、買ってきたものについて言及はしなかった。
さて、意外と上映まで時間がないので、早いうちにチケットを買うことにする。買い方などは俺には分からないから、もちろん全て凛さん任せだ。
「前の方が良いとか後ろの方が良いとか、ある?」
「正直、分からないのでどっちでも良いです」
「おっけー、ちょい後ろの方が首痛くならないからそこにしちゃうね」
凛さんは慣れた手つきで席を選ぶ。最近の若者はこういった機械系に強すぎやしないか。と、中学三年生が考えることではないことを思っていたが、購入画面までやってきて俺はあることに気づく。
「これカップルシートじゃないですか!?」
「あ、バレた?」
凛さんはニヤニヤした表情でそう言う。席を変えるつもりはないみたいだ。
「たまには贅沢してもいいかな、って」
「カップルシートって贅沢のために使うものではないと思いますよ……」
「まーいいじゃん!ほら、なんか席も広そうでゆったりできそうでしょ?」
凛さんは券売機の上の方を指差す。そこにはカップルシートの写真が貼られていた。確かにふかふかそうなソファが置いてあるが。
「これ一つのソファに二人で座るやつですよね……?」
「もしかして緊張してる?」
また凛さんは俺をからかおうとしているのだろうか。こうなった凛さんはもう誰にも止められない。仕方ないので、覚悟を決めることにしよう。
「分かりました。じゃカップルシートにしましょう」
「おっ、ノリいいじゃないか高橋君!おっけー、じゃあ席取っちゃうね」
お金を投入してチケットを購入する。出てきたチケットはもちろん隣同士の席番号だ。これで本当に大丈夫なのだろうか……
さて、俺にはまだやることが残されているのだった。凛さんダイエット計画を完遂させるためにも、凛さんに食べ物の誘惑を感じさせないように、入場口まで行かなくてはならない。
「それじゃあ凛さん、入り口の方に……」
「待って高橋君!その前に、映画館と言えばポップコーンだよ!」
凛さんは俺の言葉を遮って売店へ一直線に向かう。しまった、先手を取られてしまった。まぁ、先手というより、あの様子だと完全に買う気満々だったな……
「凛さん、ダイエットは……」
「映画館にポップコーン無しはありえないでしょ!?映画館とポップコーンはペアみたいなものだよ!」
「そうですか……」
凛さんはそう言うと、たくさんのフレーバーを前に頭を悩ませ始める。どうやら、食べる食べないの問題ではなく、何の味にしようか、という問題のようだ。痩せる気はあるのだろうか、この人は。
俺は塩味、凛さんはキャラメル味を頼み終わったところで、俺たちが見る映画の入場開始のアナウンスが流れてきた。俺たちはポップコーンを受け取り、入場口で店員さんにチケットを見せ、中に入る。指定されたシアターに向かってる途中、「このあたりのことをホワイエって言うんだよ」と凛さんに教えてもらった。
シアターの中に入る。中は思ったより何倍も広く、それでいてどこか落ち着いた雰囲気に包まれていた。なるほど、映画館で見るのと家のテレビで見るのとでは違うとよく聞くが、これは確かに映画館で見たくなる気持ちも分かる。
「私たちはJ列だから、あそこかな」
「思ったより混んでますね」
今日は週に一回の、映画が安く見られる日らしい。平日にしてはそれなりの数の人が既に座っていた。
「ここですね」
「わー!すごいふかふか~」
凛さんはソファに座ると、そのまま全身を委ねてくつろいでいる。確かに気持ちよさそうだが、そもそもカップル向けに作られた席なので、そこまで広いわけではない。俺は少しの間、座るのを躊躇っていたが、ニヤニヤした表情の凛さんが次に言うことをなんとなく察して、思い切って隣に座る。
「お、確かにかなり柔らかいですね」
「座り心地さいこ~!やっぱここにして良かったね!」
予告や上映中の諸注意が流れ、やがて本編が始まる。最初は凛さんの隣というのもあってかなり緊張したが、映画が始まるとすぐに物語の世界に引き込まれていった。それは凛さんも同じだったようで、あっという間に時間は過ぎていった。
「最高だったよぉ~~~」
ロビーから出た凛さんは開口一番に涙ながらにこう言い放った。俺も少し泣きそうになったが、凛さんは俺より感受性が豊かだったようだ。容姿の綺麗さだけが先行しているが、凛さんは外見以外はちゃんと高校生相応のものを持ち合わせている。
「京介が帰っちゃうシーンの、別れ際のハグのところ、ちょっと泣きそうでした」
「だよねだよね!!最後、心海ちゃんが京介君のところに行って、二人が再開するとこで我慢できなくなっちゃったよぉ……」
凛さんはまだまだ余韻が抜けきっていないようだ。どこかで休憩していきたいな、と周りを見てみると、ちょうど時間を潰すにはもってこいな場所を見つけた。
「凛さん、あそこに屋上デッキがあるらしいですよ。せっかくなので、休憩がてら行きませんか?」
「ちょっと休みたいし……行こっか!」
エレベーターで屋上デッキへ向かう。気づけば、もう日が傾き始める時間になっている。いくら9月でもこの時間だと少し肌寒いかと思ったが、天気が良かったおかげか、外は過ごしやすい暖かさだった。
「夕日だ!きれいだな~」
デッキに出るとオレンジ色に染まった夕日が目に飛び込んできた。ずっと室内にいたから分からなかったが、時間ってこうも一瞬のうちに過ぎてしまうものなのか。
「なんか、一昨日の夕焼けを思い出しますね」
「ふふっ、同じこと考えてた」
凛さんと目が合う。夕日に照らされた凛さんの顔にはもう涙はなく、代わりに満面の笑みを浮かべていた。俺は凛さんのその笑顔に、心なしかドキッとしてしまった気がする。この感情はなんだろう……
凛さんはそれだけ言うと、静かに夕日を眺める。俺もそれに従い、一昨日のことを思い出しながら凛さんに倣う。あの時、神社に行ってなかったらどうだっただろう。あの時、凛さんが散歩をしていなかったらどうだっただろう。きっと俺はこんな生活はせず、ずっと病室に引きこもっていたに違いない。これは、神様が俺にくれた最後のチャンスなのかもな、と俺は思った。
二人の間に流れる無言の時間。でも、俺はそんな時間が楽しかった。そして、それは凛さんも同じだろう。なぜなら、視界の端にある凛さんの顔は、とても幸せそうだったからだ。気づけば、小一時間ほど夕日を眺めていた。
「明日こそは、絶対海に行くよ!」
帰り道。凛さんはすっかり元気になって、俺にこう言った。やっぱり元気な凛さんの方が彼女にお似合いだ。
「明日も早く起きて待ってますね」
「うん!水着、楽しみにしててよ~」
凛さんは自慢げにそう言うが、少しばかり顔を赤くする。自爆するくらいなら言わない方が良いのではないだろうか。とはいえ、水着を選んだのは俺なので、俺の方も妙に緊張してきた。それに、あの水着姿の凛さんとずっと一緒に居られる気がしない。頑張れ、明日の俺。
「じゃ、今日はここで。また明日ね!」
「はい、おやすみなさい」
凛さんは赤らんだ顔を隠すように、さっさと走って行ってしまう。まあ、顔が赤くなってるのはおそらく俺も同じなので、俺にとっても好都合だ。俺はようやく涼しくなり始めた秋風に顔を冷やしてもらいながら、病院に帰った。
その晩も、俺は凛さんにもらった本を読んでいた。
お金を稼ぐため、家出先で短期アルバイトを始めた新太。そこで出会った恵に、自分の恋愛について話す。
それに対して恵は、「気持ちはすごくよく分かる。私だって依存したくなっちゃうときだってあるよ。だけどね、新太君は一つ大きな間違いを犯しちゃったの」と答えた。
考え込む新太に、恵は続けてこう言う。
「依存っていうものを、全部女の子に向けちゃうのは、違うと思うよ」
「依存、かぁ」
依存といえば、ゲーム依存やらネット依存やらといった言葉があるが、俺はそういったものにはなったことが無いのでよく分からない。ましてや、恋愛に関してはなおさらだ。
しかし、最近の俺はなにかと凛さんのことを考えてしまっている。これが恋愛感情なのかは、恋というものを経験したことがない俺には、ハッキリとは分からない。しかし、恵のこの発言は、なぜか俺をチクチクと刺してきた。
「俺は凛さんのこと、どう思ってるんだろう……」