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一日目 外世界の少女

夏というものは厄介だ。年々その勢力を増し、人々に過酷な暑さをもたらす。さらにその期間も年々伸びており、春と秋は既に半分ほど夏に侵食されている。

それなのに、今度は寒くて厄介な冬というものまでは侵食しないもので、季節はだんだん夏冬の二極化が進んでいる。

日本の四季が暮らすのに不向きだとは言うが、だからといって文句を言われて不貞腐れたみたいに、そう極端に二つにならないでもらいたいものだ。俺が望んでいるのは春や秋のような気温と天候だ。


もう九月も半ばだというのに、日差しは真夏のときから一向に衰える気配を見せない。もうすぐ秋分の日、つまり夏の暑さが和らいで徐々に秋の涼しさを感じさせる時期だと、祝日を決めた80年前の人たちは考えたらしいが、全く涼しさを感じる気配がしないのは俺だけではないはずである。それともこの80年間の間に地球が暖かくなったのだろうか。


もっとも、季語としては秋晴れとなるのだろうが、街ゆく人々の服装がまだまだ半袖であることを考えると、これはまだまだ夏だ。本来の夏が真夏と化しているだけで、今の時期が本来の夏の様子であろう。


そんな、誰に文句を言ってもどうしようもないことを他人事のように思う。


太陽が強く照り付ける外の地面を窓からぼんやりと見下ろしながら、俺は一日中エアコンの効いた病室のベッドで横になっていた。

病室というものは、毎日を快適に過ごすことができるという点では優れているが、こうも長期間いるとやることがなくなって退屈になり、時間を持て余すのだ。

というのも、俺は一時的に入院しているわけではないのである。生まれつき体が弱かった俺は、体を壊して入院し、治って退院できたと思ったら、すぐにまた病気になって入院、の繰り返しであった。


去年までは。


俺は去年の末に重病を患い、一時は生死をさまよった。そのときの病気は奇跡的に治って一命を取り留めたものの、体への負担というものは大きかったようで、それから明らかに体力が落ちていくのを感じた。


そして退院できないまま年が明け、桜が満開になった頃、俺の状態を確認した医師は俺にこう告げた。


「高橋君。残念ですが、先の病気の後遺症によって、君の心臓の動きが明らかに悪くなっています。しかし、現代の医療ではこの病気を治す薬や治療法が存在しません。回復の見込みも非常に薄いため、非常に申し上げづらいのですが……余命は半年ほどかと思われます」


俺はこのとき、返事をすることができなかった。

それは、唐突に余命を告げられたことによる絶望が理由ではない。

むしろ、自分でも驚くことだが、不思議なほど何も感じなかったのだ。

まるで赤の他人が余命宣告を受けているように。親友だから絶対に死なないでくれとも、嫌いな奴だからざまぁみろとも思わない。

俺ができたのは、余命宣告というただの事実を聞いただけですよといったような、はぁといった空返事だけであった。


余命宣告を受けてハッキリしたことがある。

それは俺が自分の人生を充実していると思ったことがないということだ。

生まれた時から病院生活で、生きてきた時間の半分以上の時間を病院で過ごした。そんな生活なのだから、家族で旅行に行ったりした記憶もない。

小学校に入ってからもまともに登校することはできず、稀に体調が良い日でも、急に体調を崩しても大丈夫なように、と保健室登校となった。当たり前だが小学校で友達はできず、友達の家でゲームをしたこともない。

中学校になってからも状態は良くならず、それどころか三年生の間に死んでしまうと言われた。

振り返ってみても、俺の人生の中で楽しかった出来事なんて存在しないような気がする。


俺は人生に生きがいなんてものを感じたことは全く無い。あと半年でやりたいことなんかない。俺は生まれて15年間をただ空虚に過ごしてきたのだ。

だからこそ、俺にはまだ生きていたいという願望なんてものはなく、死というものに対してなにも感じなかったのかもしれない。


そんなことを半年前の自分は考えていた気がする。本当は、余命が半年と言われた人は、自分の人生に悔いのないように最後にしたいことを思う存分するものであろう。

しかし、特にやり残したことなどなかった俺は、この半年も今まで通りゲームをしてマンガをして寝たいだけ寝て、といった体たらくな入院生活をし続けていた。


俺は、周りの人からは余命宣告をされて可哀想な子と思われているらしく、残りの余生だけでも自由に時間を使ってもらいたいと気を遣われているのか、まるでニートのような俺の時間の使い方をたしなめる人はいなかった。

変な気を回されていることには少しモヤモヤは残るが、かといって何か言われても自分の今の心情を他人に話す気はさらさらなかったため、適当なことを言ってごまかすという手間は省けたのかもしれない。


そんなこんなで、あっという間とも感じるしようやくとも感じるが、余命宣告で受けた人生の期日という名のリアルデッドラインがまもなく一週間後にやってこようとしていた。

そしてその時期が近づいたら少しは思うところもあるだろうという俺の俺への勝手な期待もむなしく、あいもかわらず何も心に響くものはなく、このままただ死を受け入れるだけの運命なのかと自分自身を嘲笑った。


二階の病室の窓から外を眺めると、眩しいまでに光り輝く夕焼け空の下を、ちょうど小学生らがはしゃいだ様子で下校しているところであった。

社会人にとっては憂鬱な月曜日だというのに、子供たちは無邪気な笑顔を浮かべ、友達同士でおしゃべりしながら元気よく家に帰る。そんな子供時代の一ページというものを、俺の同年代の人は経験していったのだろうか。


「俺にはこんな時期、なかったな」


そう自嘲気味に言葉を吐く。これが羨望から出た言葉なのか、自身の悲しい現実を少しでも紛らわす為に出した言葉なのかは分からなかった。ただ、そんな大多数の人間にとってはおそらく日常だったであろう光景でも、俺にとっては憧れがあったことは確かだ。友達すらまともに作ることの出来なかった俺が、いつか想像していた理想的な少年時代というのはあのようなものであっただろう。


ふと、視界に神社の鳥居が映り込む。狭い土地の境内に、ちっぽけな鳥居。

名前すら分からないそのつまらない神社は、その小ささとは考えられないほど、夕方のちょうどこの時間になると途端に存在感を発揮する。


夕日が射し込み、幻想的なまでに輝く赤い鳥居。普段は周囲の景色に溶け込んでいる小さな鳥居も、西日が眩しいこの時間になると、不自然なくらいに光を纏って、まるでこことは別世界のものかのように一際目立つ。

当然、この景色にも慣れっこであった俺だが、今日の鳥居はいつにも増して光り輝いており、まるで本当に神から力を授かっているのかと思えてしまうほど神秘的に見えた。神の力というものを信じているわけではないが、気がつくと異様な雰囲気を醸し出している鳥居に完全に意識が吸い込まれていた。


行ってみよう。


俺はどこからか強くそう思った。

これは、神様の力を感じ取った的な中二病の思いつきではない。あそこに行けばご利益がありそうといった期待を抱いているわけでもない。

あの輝きの下に行けば、外の世界に触れることができる気がする。そう直感が働いただけだ。

根拠なんかない、ただの勘に過ぎない。

それでも、俺がここで行動をしなければ、俺は俺だけの閉鎖的な世界から抜け出せないまま一生を終えるだろう。

なにも外の世界を知らず、限りなく狭い世界である俺の中の日常の世界で死んでいく。

そうなれば、本当に俺の人生に意味なんて見出せなくなってしまうのではないか。

どんな人生だったかと聞かれたときに何ひとつ言い返せないほど、空っぽな人生を過ごしていたことになるのではないか。


神社に行ったから何かが変わるなんてことは一切思っていない。

それでも、俺が今、タイムリミットまでの限られた時間でやるべきこと、それはまだ見ぬ未知の外世界を知ることだ。俺は沈み始める太陽を横目に、そう強く思った。


早くしないと太陽が沈んでしまう。今行かないと意味がない。なんとなくそんな予感がした。

俺はベッドから飛び起き、およそ一年ぶりの外出の為にすぐに準備に取り掛かった。

もう最後に洗われたのがどのくらい前なのか分からない、しわのないピンと張った綺麗な服を取り出し、急いで着替える。マップで神社の位置を確認したあと、駆け足で病室を出た。


一階へと降りる際に、階段を使うのも久しぶりであったことに気づき、自分の引きこもり具合に我ながら苦笑する。

外へ出る前に、念の為、受付の人にも声をかけておこう。ここの病院は、門限までに戻ってこられる範囲での外出はいちいち許可を取らなくて良いことになっているが、こうも長年引きこもり生活をしてきた俺が何も言わず外出すると、行方不明だと騒ぎになってしまうかもしれない。


「ちょっと外行ってきます!すぐ戻りますんで!」


「了解でーす、って高橋君!?気をつけてね、早めに帰ってくるんだよ!」


驚かれるというのは大方予想通りの反応ではあったが、少し外出するだけで心配されるとは、俺はやんちゃな小学生と思われているのだろうか。これは早く帰ってこないと面倒なことになりそうだ。俺は病院を飛び出し、ダッシュで神社へと向かった。


とはいったものの、こうも外に出ずもちろん運動も全くしていない俺に全力疾走をし続けられるはずもなく、出発して早々に疲労が見え始め、体力不足を痛感する。

加えて、九月というものはまだまだ残暑が厳しく、少し走っただけで汗だくになってしまう。そのくせ日が落ちるのだけは目に見えて早くなっているため、モタモタしているとすぐに日没の時間になってしまう。鳥居が光っている間にたどりつけないどころか、いくらこの地にずっと住んでいたと言ってもしばらく出歩いていない俺は、辺りが真っ暗になるとすぐ迷子になってしまうだろう。


頭の中の地図を頼りに、やっとの思いで神社の入り口らしき場所に到着したが、鳥居まで急な石段が何十段と続いている。一段一段ゆっくりと石段を上る俺の前には、長い影ができている。後ろから俺を照らす太陽はもう沈む寸前だ。休んでいる暇はない。


頂上まで上り切った俺は、鳥居の下に立って後ろを振り返った。


「これは……」


真っ赤に染まった太陽は、眼下の住宅地よりさらに遠く、その先に見える海のさらに奥の水平線に、まさに沈もうとしているところであった。なんてこともない、とある初秋の夕日。それでも、その圧倒的な景色を前に心が浄化されていくような心地がした。


慣れないことをしてすっかり上がってしまった息を整えつつ、なんとか間に合ったという安心感と、目の前の壮大な眺望に感動を噛みしめながら、余韻に浸る。


いくらかの時間が経つ。太陽が沈み始める。


俺は我に返る。

自分の心の中に、少しだけ寂しい感情が芽生えていることに気づいた。


外の世界は確かに綺麗だった。しかし、そこに触れたところで、俺自身の境遇が変わるなんてことはないのだ。マンガでよくある異世界転生をして人生をやり直すことなんか出来るはずもない。突然不死身の体を手に入れて悪を退治するヒーローになることが出来るわけでもないし、コミュ強イケメンになって青春を謳歌する逆転ストーリーがあるわけでもないのだ。ふと、そんな無慈悲な現実が俺の頭の中をよぎった。


「そんな奇跡、現実の世界で起こるわけなんかないよな」


独り言を呟いて、寂しさを紛らわそうとするが、効果は感じられなかった。

これ以上ここに居ても意味はない。そう思って来た道を引き返そうとする。


その時、突然後ろから声がした。


「こんにちは。あ、もうこんばんは、かな」


急に話しかけられ、驚きながら慌てて振り向くと、そこには参拝終わりであろう女性がニコッと軽く笑った顔で俺の方を見つめていた。笑顔がお似合いの彼女は、きちんと着こなした制服に、まっすぐ下ろしたツヤのある黒髪、すらっとした体ながらも出ているところは出ている、モデルかと思うほどスタイルの良い綺麗な方であった。制服を見るに、おそらく近くの高校に通っている高校生と思われるが、可愛いというよりかは美人という言葉が似合う大人っぽい方だ。


「こ、こんばんは……」


「ここから見る夕日、すっごく綺麗だよね」


「そうですね、絶景です」


この神社自体は前々から気にはなっていたが、行く機会がないまま日だけが過ぎていた。やはり、今日こうしてここに来たのは大正解だったのかもしれない。


「今日は参拝に来たんですか?」


「んー、参拝っていうより、いつもここに散歩しに来てるんだよね」


散歩で来る距離ということは、家はここから近いのだろうか。


「君はこの神社には来たことないのかな?さっき夕日を見てた時、まるであの景色を初めて目の当たりにしたかのように見とれていたからさ」


「ご、ご名答……すごいです、よく分かりましたね」


話し方からなんとなくおっとり系の人だと勝手に思い込んでいたが、彼女はいつの間にかそこまで俺を観察していた。それに会ったばかりの俺と話していても落ち着いて受け答えができる、これが大人の女性ってやつなのか。


「ちょうど春分の日と秋分の日の前後1週間くらいは、ここから見て真正面のところに太陽が沈んで絶景なんだよね。私もこの時期の夕焼けが一番好きだな。君も良い時期に来たね、ツイてるじゃん!」


「本当に来てよかったです。実は俺、昔から病弱だったからあそこの病院にお世話になってるんですけど、今日のこの神社は神の力が宿ったかのように、いつもより輝いて見えた気がしたんです。それをずっと眺めてるうちに、今日行ったら何かあるかもって予感がして、それで来たんですよ」


俺は病院の方を指差しながら、ついそんなことを口にした。話し終わってから気づいたが、俺はこれまで他人に自分の病気のことを話したことがなかった。赤の他人に話すことにしては重い内容だっただろうか。それでも、彼女を前にするとなぜかためらわれることもなく言葉が出てきてしまった。


しばらく返事がなかったので、ふと彼女の方を見ると、呆然とした表情で俺を見ていた。彼女の表情や様子が急にガラッと変わって俺は驚いたが、それよりも気にするべきことがあった。病気のことは、初対面の人に話すには重すぎる内容だったのかもしれない。変なこと言わずにもっとありきたりの会話でもしておけば良かった、と一人心の中で反省会をしていると、先ほどよりもずっと小さい声で不意に彼女に話しかけられた。


「君は入院生活をしてる、ってことなんだよね」


「そうです、急に重い話してしまってすみませんでした……」


「や、怒ってるとかでは全くなくて!ごめんね勘違いさせちゃって……」


彼女は慌ててそう訂正した後、物悲しそうな目をして話を続ける。


「実は数年前、私のお母さんもあの病院で入院していたんだよね。お母さんはずっと前にがんを患って、何年も闘病生活を続けていた。そしてもう治らないと分かり、余命まで宣告されても、最後の最後まで、お母さんは私のために頑張って生きようとしてくれたの。でも、そのとき私はお母さんに何もしてあげられなかったなって、今はとても後悔してるんだよね。お母さんは、まだまだ子供である私を残して死んでしまうわけにはいかないと、必死に病気と闘ってくれたのに、私はお母さんのそばに寄り添うことしかできなかった。もちろん、お母さんにとって私がそばにいることは嬉しいことだったとは思うんだけれどね。それでも、人生は一度きりなの。お母さんに今までの感謝を伝えておけばよかった。お母さんに最後の贈り物をすればよかった。最後にお母さんの好きな、私の手作り料理を食べさせてあげたかった。それでずっと後悔しちゃってるんだよね。

……って、話しすぎちゃったね。ごめんなさい」


彼女は、見るからに辛そうな表情をしながらも、ぽつりぽつりと俺に話してくれた。彼女にとって、入院という言葉には、大切なお母さんとの思い出と、後悔と、やるせない思いが残っているのだろう。それをわざわざ掘り起こしてしまったのは、申し訳ないことをしたな……


それでも、俺は彼女の発言に引っかかるところがあった。彼女が彼女のお母さんに最後にしてあげられたこと、それに対して悔いが残っているのは、彼女が心の底からお母さんを大切に思っていた何よりの証拠である。彼女のお母さんも、そんな彼女のことが大切で、そして大好きだったであろう。確かに、大切な人からプレゼントを貰えたら嬉しいのは当然であるが、自分がこの世からいなくなってしまうとなったときに一番欲しいもの、それはその大切な人、本人なのではないか。もし俺に、自分にとって代わりのいない、かけがえのない存在がいるとして、俺自身が同じ状況に立たされたとしたら、少なくともその人がそばにいてくれることが一番嬉しいと感じるだろう。


「こちらこそ、辛い記憶を思い出させてしまってすみませんでした……でも、これだけははっきりしています。あなたは正しい判断をしたと思いますよ。確かに贈り物や手料理をもらってもお母様は喜ぶと思います。それでも、自分がもうこの世からいなくなっちゃう、その瞬間まであなたがずっとそばに居てくれたことが、お母様にとってなによりも嬉しいことだったと、俺は思います」


彼女は面食らった様子でこちらを見る。俺はこのとき思った。今まで誰にも伝えられなかった俺のこと、目の前の彼女には話してみたい、と。理由は自分でも分からない。病院を出た時は何もしていなかった期待を、勝手にこの女性に対して抱き、同情してもらえるかもしれないといった自分勝手で傲慢な理由かもしれない。彼女が持つ、彼女のお母さんへの無念を俺で晴らしてリベンジすることで、少しでも気持ちを楽にしてほしい、という気持ち悪いまでの変な気遣いなのかもしれない。それでも、この方には今の俺を伝えたい。その行為になにか意味があると思った。俺の心が強くそう言っていた。


「俺、生まれた時から病気がちで、ずっと入院と退院を繰り返していたんです。そのせいで学校もまともに行けなくて、友達も作ることができませんでした。ずっと病室という、俺の中にある俺だけの狭い世界に引きこもって生活していました。そんな生活をずっと続けてたんですが、半年ちょっと前に、重い病気にかかって危篤状態になって。その病気自体はなんとか治ったんですけど、後遺症を引きずってそのまま治らないって分かって、半年の命だって医者に言われたんです。でも、そのとき俺は何も感じなかったんですよね。自分の人生に生きがいを感じられなくて、どうも他人事のようにしか捉えられませんでした。そして、何も行動を起こさないまま、その余命が一週間後まで迫ってきて、それでも何も感じることはなかったんです。でも、さっきこの神社を眺めてるうちに、どこからかこのままではいけない、最後まで殻に閉じこもっていたら、俺の人生が本当に意味のないものになって終わってしまいそうって、感じました。だから、せめて最後に外の世界を知ろうって、今日ここに来てみたんですよ。

急に自分の話ばっかりしちゃって申し訳ないです。俺、こんな生活を送ってきたから友達も全くいなくて、自分の病気の話とかをしたのはあなたが初めてです。不思議と、あなたになら話してみたいって思いが湧いてきたんですよね」


そんなこと急に言われても分かりませんよね、と軽く付け足す。俺は病気の話でこんなにもスラスラ話ができる俺自身に驚く一方、調子に乗って少しばかり話過ぎたことを内省してたが、彼女は黙って俺の話を聞いたかと思えば、いきなり明るい表情になってこう言い出した。


「私の為にお話してくれてありがとう、なんだか少し気持ちが晴れた気がする!ここで会えたのも何かの縁だよ、もう少しお話していきたいな。私は小野寺凛って言うよ。あそこの高校に通ってる高校一年生です。凛って呼んでね」


「こちらこそ、お話聞いてくださってありがとうございます。俺は高橋って言います。一応、学年的には中三になります、去年から学校には行けてないですが……」


意外にも、俺の話は彼女ないし凛さんに受け入れられたようだ。気持ちを晴らすほどの威力があるお話だったかは、いささか不明ではあるが。それより、凛さんはやはり高校生ではあったものの、俺は彼女が一個上だという事実に驚きを隠せないでいた。せめて高三だろうと勝手に思っていたが、俺の一個上の女子というものは、こんなにも大人びているのだろうか。それとも、凛さんが大人っぽいだけなのだろうか。


「高橋君でいいのかな。私、君のこと気に入った!もし予定とかなかったら、君の最後の一週間を私にくれないかな?」


「へ?」


凛さんに唐突にそう言われて、俺は困惑した。俺の最後の一週間を?凛さんに?どういうことだ。もっとも、これまで過ごしてきた通りに過ごそうと思っていたものだから、もちろん予定などは入っていない。しかし、これは何を意図したお誘いなのだろうか。凛さんが俺に興味を持っただけのことなのだろうか。俺がそう思っていると、どことなく態度が明るくなった凛さんは、さらに続けて話す。


「高橋君は、自分の人生になにも楽しさを見出せなかったんでしょ?だから少しでも外の世界を知ろうと、今日ここにやってきたんだよね。だから、外の世界の住人である私が、高橋君にこの世界の楽しさを伝授してしんぜよう!この世界は、高橋君が想像しているであろうものよりもっともーっと広くて楽しい世界なんだよ。だから一週間で、私がその楽しさってものを教えてあげる」


「ちょ、ちょっと待って下さい。それってつまり、俺の遊び相手をしてくれるってことですか?」


「分かりやすい説明をするとそうかもね、私が外の世界を案内して面白さに気づいてもらおうってこと!」


どうして凛さんがそんな提案をしてくれたのかは分からないが、俺にとってこれは嬉しい提案だ。外の世界の楽しさを教えてくれるとは、いったい何をするのだろう。一週間で楽しめるものなのだろうか。俺には全く想像がつかないが、なんとなく外の世界は良いものである気がした。


「どうかな、本当に自分の人生最後の時間になっちゃうかもしれないから、じっくり考えて……」


「いや、大丈夫です」


凛さんの言葉を遮ってそう言う。不安そうな顔をする凛さんに、俺はこう言った。


「その提案、乗ります。乗らせてください。どうせやることもないんで、そっちの世界の楽しさっていうもの、ぜひ俺に披露してください」


途端に凛さんは喜びに満ち溢れた顔をする。彼女にはやはり笑顔がお似合いだ。


「とはいっても、具体的にどんなことするんですか?外で遊んだことなんてほとんどないので、あんまり分かってないんですが……」


「それは当日のお楽しみだよ!一週間、みっちり遊びまくるからね。覚悟しておくように!」


なんの覚悟だよ、と思いながら俺は軽く返事をする。凛さんと話ができたことだけでも今日ここに来た意義があるように思っていたが、まさかこういった形で外世界を知ることができる日がくるとは。予想外のオチにはなったが、なんとなく明日からが楽しみに思えてきた。


「とりあえず今日はもう遅いから解散にしよっか。一週間何をするかとか今晩考えてくるね。明日の朝、病室まで迎えに行くからちゃんと準備しておくんだよ!それじゃあまた明日~!」


「えっ、ちょっと!」


俺が止めようとしても凛さんは駆け足で石段を下りて行ってしまった。凛さんはマイペースな人だ。なにを用意しておけばいいだとか、どこに集合だとか、聞きたいことはまだまだ山ほどあるのだが。残念ながら俺には体力というものがないので、後追いするのは無茶だろう。たかが数十分話した仲で何が分かると言われるかもしれないが、あの凛さんのことだ、きっとなんとかしてくれる。そんな妙な信頼が彼女にはあった。


「一週間をあげる、か」


考えてみれば、このまま過ごしていたとしても、いつもと変わらずつまらない日常を過ごして死んでいくだけであった。それに比べて、凛さんが言うこの世界の面白さとやらを見せてもらうのは理想的な過ごし方ではないか。俺は妙に納得し、いつの間にかその頭以外を水平線の奥に隠してしまった夕日を望みながら、暗くなりつつある境内の石段をゆっくりと下りて行った。



って、凛さん高校生だよな?学校はどうすんだ、学校は。


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