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――調律者は皆、人離れした美貌の持ち主である。
その噂はレナトスの耳にも入っており、実際に依頼したことがある他国の王族からも噂ではなく真実だと聞かされていた。
僅かに少女の気配を残した末っ子の調律者は、立派な体躯をしたグランヴィル国王を前にしても萎縮した様子を見せない。むしろ興味津々と言った様子で眺めてくることに居心地の悪さを覚えた。
「セレンティナ様っ! 陛下にご挨拶を!!」
素早く跪いたレオノーラが悲鳴交じりの声をあげる。だが、セレンティナは焦った様子もなく「あ、そっか」と呟いた。
「お初にお目にかかります、国王陛下。セレンティナ・ロシュフォードと申します」
魔術師の礼を取り、セレンティナが型通りの挨拶を口にする。そしてすぐに姿勢を戻すとレナトスの斜め後ろに控えるサマリンダの方へ視線を向けた。
「あれ? グランヴィルにも魔術師がいるんだ。はじめましてー」
まるで友人にでも会ったかのように手を振られ、サマリンダは曖昧な微笑みを浮かべる。彼女もまた魔術師の礼を取り、身分を名乗る。
「魔術師団って何人いるの?」
「現在は私を含め、十名が所属しております」
「へぇ、そうなんだ」
十名のうち、サマリンダを含めた四名は先代の頃から所属している。国王直属の部隊として存在しているものの、彼らは戦線に立つ機会はほとんどなく、今は後進へ技術や知識を継ぐ活動を細々と続けていた。
一応は「団」の名を頂いているものの、解散を命じられる日はそう遠くない、というのがもっぱら噂の斜陽部隊なのだ。
「サマリンダは氷使いでしょ? 活躍できる場所ならいくらでもあるのに、勿体ないなぁ」
二倍近く年齢差がある魔道師団長まであっさり呼び捨てにした……!
レオノーラが目を剥いているがサマリンダは気にした様子もなく、うっすら苦笑いを浮かべている。
「私は先王の時代よりお仕えしている身ですし、新しい環境に身を置くにはいささか年が過ぎております」
「ふーん……まぁ、気が変わったらいつでも言ってね。スフリムならきっと大歓迎してくれるよ」
五大王国のひとつ、スフリム王国は領土の大半が砂漠に覆われている。かの国では水や氷の魔術師が重宝されている。移民を多く受け入れるフレンドリーな国民性なので、グランヴィル人でも暮らしやすいに違いない。
国王の前で引き抜きを打診するとはいい度胸をしている。だが、魔術師がこの国に留まったところで明るい未来は望めないのは目に見えていた。
「ま、それはそれとして。アルシェラ、お兄さんも来たことだし休憩にしよっか」
「あっ……え、えぇ…………」
「それじゃあ、ごゆっくりー」
ひらひらと優雅に手を振った次の瞬間、セレンティナは煙のように姿を消した。
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離宮の応接室にぎこちない空気が漂っている。
アルシェラは稽古着のまま居心地悪そうにソファーに座っている。膝に乗せられた左手中指に幅の太い白銀の指輪を嵌めていた。どうやら、光の正体はこれだったらしい。
「その指輪はどうしたんだ」
お茶の用意が整えられてからおもむろに問いかけると、アルシェラはなぜか右手で左手を覆い隠してしまった。
「あ、あの……これは、その」
「陛下、アルシェラ殿下がお着けになっているのは、魔術の発動を安定させるための魔道具でございます」
「……魔道具」
サマリンダが魔術の練習をする上ではごくオーソドックスな魔道具で、造りもごくシンプルなものだと説明する。魔術師団でもいくつか保有しております、という補足にアルシェラは明らかにほっとした表情を浮かべた。
おそらく、魔道具を身に着けるとはなにごとだ、と咎められるとでも思ったのだろう。レナトスが言葉足らずなのはこれまで散々アンソニーから指摘されている。
図らずも封印を破り、魔力暴走を起こして不安になっているのは妹に他ならない。目の前の紅茶を一口飲んでからおもむろに切り出した。
「魔封じが破れたことについて、お前が責任を感じる必要はない。あれは不慮の事故だ」
「…………はい」
「余計なことは気にせず、今は訓練に集中しなさい」
「ありがとう、ございます……」
アルシェラは項垂れ、身を縮こまらせている。なんだか声を掛ければ掛けるほど萎縮させているのは決して気のせいではない。
二人の仲は決して悪くはないはずなのだが、いつしかよそよそしい空気が漂うようになってしまった。それを解決しようにも日々の執務や討伐に追われ、ここまで来てしまった。
どうやったら以前のような関係に戻れるのか、いや――もはや手遅れなのかもしれない。
そんな緊迫した空気を破るかのように廊下から怒鳴り声が近付いてきた。
「急いでください! あとそのクッキーは仕舞ってくださいっ!!」
「えぇー!? これだけ食べさせてくれてもよくない?」
「よくありません! ほら、入りますよ!!」
失礼いたします! と勢いよく入室してきたのはアルシェラの親衛隊長、レオノーラ・ディラック。
そしてレオノーラにむんずと腕を掴まれたセレンティナが続いている。どうやらクッキーの仕舞い先は口だったらしい。もぐもぐと動かすのに忙しく、喋る余裕はなさそうだ。
「ねぇリリエ、私もお茶ほしいなー」
「あっ、はい、かしこまりました」
もごもごしながら頼まれ、リリエと呼ばれた離宮の侍女が慌ててポットを手にする。カップに注がれ、アルシェラの隣に陣取ったセレンティナの前に差し出された。
「ありがと! リリエはお茶淹れるの上手だよね」
眩い笑みと共に褒められた侍女がさっと頬を染める。「恐れ入ります」と小声で告げて下がっていくのを見守っていたセレンティナはカップを手にした。
「それで、私になんのご用です?」
暢気な問いかけに全員がびしりと動きを止めた。