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異端の調律者は天秤を持たない  作者: うつおぎ
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1-6

女子三人はここまで!




「さて、と……他にききたいことはある? 一応言っておくと、他国の機密情報を教えてほしい、とかは無理だからね」


 調律者には派遣された先で得た情報を他者に漏らしてはならない、という制約が掛けられているという。

 依頼する側からすれは安心できるものの、情報は時に何よりも貴重となる。その機会を魔塔が逃していることを少し勿体ないと思ってしまった。


「セレン自身のことを訊いてもいい?」

「あ、やっぱり気になるんだぁ」


 口元に手を添え、にんまりと笑ったセレンティナが小首を傾げる。


「まぁ、こんなに可愛い上に知識も豊富な調律者だもの。知りたくなって当然だよね」

「え……えぇ」


 どうやらこの調律者の辞書には「謙遜」という項目がないらしい。

 戸惑いながらも同意すると長い髪が機嫌良さそうにふわふわと揺れた。


「仕方ないなぁ。特別に乙女の秘密を教えてあげる。でも、話せないこともあるからそこは勘弁してね」

「ありがとう……」


 許可は得たものの、いざとなるとなにも出てこない。

 あぁ、一番下の調律師だと言っていたけど、はっきりとした年齢は知らないままだった。ようやく糸口を見つけたアルシェラは小さく咳払いした。


「セレンは私と同い年くらいかしら」

「そうだよー。私の方が半年くらいお姉さんかな」


 そうなると、今年二十歳になるレオノーラとアルシェラの間ということか。少し幼い印象を受ける顔立ちをしているので年下かと思いきや、まさかの同い年だったとは。

 とはいえ、ほとんどが白と銀で構成された姿はやはりどこか浮世離れしている。膝の上に揃えられた細い指先を眺めていると、他には? と促された。


「長い髪は邪魔ではないの?」

「全然平気だよ。長い方が可愛いしね」


 セレンティナの髪は自身の背丈より長い。だがそれは、たとえ椅子に座ったりして位置が変わったりしても、決して地面に付くことなく浮いている。

 常に弱い風魔術を使っているようだが、そちらに気を取られている様子はない。それだけこの状況に慣れているということだろうか。

 用途はどうかと思うが、その点に関してはさすが調律者と感心せざるを得ない。


「あっ……今回の依頼については訊いてもいいのかしら」

「うん、それは問題ないよ」

「お兄様は、対価として何を提示したの?」


 調律者へ依頼するには内容と釣り合う対価を差し出す必要がある。

 そして、調律者の持つ天秤型の魔道具によって釣り合うかどうかを判断するため、「天秤の契約」と呼ばれているのだ。

 これまで魔術を封じられていたアルシェラの魔力暴走を止め、コントロールできるまで訓練するのはどの程度の労力が必要なのかまったくわからない。だが、あまりにも異例の事態なので決して安くはないことは容易に察せられた。

 正直、グランヴィルの財政状況はあまり良好とは言えない。そんな中、余計な出費をさせてしまっているとしたら――現状打開に奔走している兄に迷惑を掛けているのではないか、と想像しただけで胸がずしりと重くなった。


「今回の依頼の報酬はねぇ、ヴィルナタール鉱山への入山許可だよ」

「えっ……」

「はあぁっ!?」


 絶句するアルシェラの代わりにレオノーラが素っ頓狂な声を出した。扉の横にいる二人の護衛もまた驚きの表情を浮かべている。

 どうしてあの場所に? いや、それ以前にとんでもなく危険な場所への立ち入り許可がどうして対価になるのだろう。


「あそこにはずっと行ってみたいと思ってたんだよね。でも、グランヴィルは魔塔を嫌っていたでしょ? だからお願いしても無駄だってずっと諦めていたんだけど、思わぬチャンスが巡って来たってわけ」

「だけど、あの、あそこには……」

「うん。合成獣キマイラに会ってみたいんだ」


 セレンティナは弾むような声で語る。

 これが大人気の舞台俳優なのであれば納得できるのだが、会いたいのはまさかの巨大魔獣。

 この調律者は、顔はとびきり可愛いのにちょっと変わり者だと思っていた。

 だが、その認識を改めなくてはならない。

 彼女は変わっているのではなく――狂っている。


 今から約十年前、グランヴィル王国の北西部にあるヴィルナタール鉱山に異形の魔獣が突如として姿を現した。

 獅子のような頭に山羊のような身体、そして尻尾は蛇のようだった、と幸運にも脱出に成功した者が言っていたが、真偽のほどは定かでない。

 なぜなら、討伐に向かった精鋭部隊は誰一人して戻ることがなかったからだ。

 アルシェラの父親はその報告を受け、討伐作戦の中止を宣言。代わりに鉱山を丸ごと閉鎖する決定を下した。


 ヴィルナタール鉱山は質の良い鉱石が採れる場所だったため、反対の声も多かったという。だが、このまま兵を送り続けても無駄になるだけだと押し切った。

 合成獣は今、どうなっているのか誰にも分からない。既に死んでいるかもしれないし、取り残された鉱夫や亡くなった兵士を糧としてより狂暴になっているかもしれない。

 喰らうものが底を尽きるまで放置しておくに越したことはないというのに、どうしてわざわざ危険な場所に赴くのか、まったく理解ができなかった。


「記録によると合成獣は火を噴いたり地盤を変化させたり、濁流を発生させたりもしていたんだって! 複合属性の魔獣なんて聞いたことないから是非ともサンプルを取りたいんだよね」

「気持ちはわかるけど……あまりにも危険すぎるわ!」

「わぁ、心配されてるー」


 アルシェラは本気で止めているというのに、セレンティナはけらけらと楽しそうに笑うだけ。


「あぁ、アルシェラが魔力をコントロールできるようになるまでは行ったりしないから安心していいよ」

「そういう話をしてるんじゃないの。合成獣は凶暴で狡猾……とても人間が太刀打ちできる相手じゃないのよ」


 件の討伐作戦には当時の騎士団長も参加していた。

 当代随一の武人と名高かったブロディ将軍が陣頭指揮を執ればどんなに不利な戦であっても覆せる、という期待はあえなく打ち砕かれたのだ。

 できれば静かに入山し、様子を見て危険だったらすぐに逃げてきてほしい。だがセレンティナの性格を鑑みると、サンプルが採れるまで決して動こうとしないだろう。

 なにか代わりに差し出せる対価はないだろうか。

 必死で考えるアルシェラの耳を歌うような声がくすぐった。


「うーんと、人間じゃ太刀打ちできないんだよね?」

「えぇ。父が唯一実力を認めていたブロディ将軍でも無理だったわ」

「そっか。じゃあ私なら大丈夫だよ」

「…………どういう意味?」


 セレンティナはその問いに答えず、静かに椅子から立ち上がる。そして窓の前に立つと、ヴィルナタール鉱山のある方向をしばし見つめていた。

 振り返った拍子に紫がかった銀の髪がふわりと宙で弧を描く。小首を傾げて微笑むその姿は、まるで一枚の絵画のようだった。


「だって私は――――魔道具だからね」




次回の更新は明日12時です。

ようやく国王様が登場しますよ!

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