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異端の調律者は天秤を持たない  作者: うつおぎ
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1-5

もう少しだけ女子三人。




 闇魔術だけの魔道具では、人を殺せない――。


 この大陸で最も魔術に精通している調律者はたしかにそう言った。

 だとしたらなぜ、あの事件の「手打ち」として当時の王子と王女に魔封じを施したのだろう。

 レオノーラが抱いた疑問は、当然ながら当事者であるアルシェラが思い至らないはずがない。ベッドヘッドに立てかけたクッションに背を預け、完全に動きを止めてしまった。

 部屋の空気がみるみるうちに重くなり、息苦しささえ覚える。

 衝撃的な事実を打ち明けた張本人は紫銀の瞳でアルシェラをじっと見つめている。その意思の透けない眼差しは初めて目にするもので、レオノーラの背中にはなぜか冷たいものが走った。


「アルシェラは『呪術』って聞いたこと、ある?」

「……っ、まさか、あれに?」

「ミング皇国で研究が進められているっていう噂は本当。おそらくだけど、『華の悲劇』の魔道具にも使われていたんじゃないかな」


 いくら若くてもそこは調律者だ。あの件についてはしっかり調べてきたらしい。


 スターラ大陸の最北端にあるミング皇国は五大大国の一つで、「魔術大国」とも呼ばれている。

 別名の通り、魔術と魔道具の開発が盛んで、技術を他国へ提供して外貨を得ているのだ。

 そして――グランヴィル王国とは長らく国交が断たれているのは周知の事実。

 国交断絶の原因となったのがまさに今、セレンティナが口にした後に「華の悲劇」と名付けられた事件である。


 あれはグランヴィル王国の現王、レナトスがもう少しで五歳になろうとしている頃だった。

 春の訪れを祝う公式行事の場で先王ジャルクの側妃、ナエマが胸を貫かれて死亡したのだ。

 ひと月前に輿入れしたばかりだった彼女は国王と共に沢山の花で飾り付けられた会場を回っていた。

 宴に参加していた者と歓談しているまさにその時、ドレスの胸元から突如として鮮血が噴き出し、息絶えた。

 グランヴィル王城は堅牢な造りの城として有名であり、国の重要人物が一堂に会する場だけに警備も万端。そんな中での凶行にその場は大混乱に陥った。

 王城を完全封鎖して行われた調査の結果、側妃が身に着けていたペンダントが死亡原因だと判明した。


 そのペンダントの送り主は――王妃、ダニエラ。


 レナトスとアルシェラの生母である彼女が歓迎の意味を篭めて贈ったものが、実は着けた者を死へと導く魔道具だったと発表され、国中に衝撃が走った。

 ダニエラはその事実を告げられると激しく取り乱し、「魔道具だったとは知らなかった」と主張した。彼女は実家である貴族家が懇意にしている宝石商を呼び、ナエマに似合うペンダントとイヤリングを選んだだけだと。

 たしかにダニエラはナエマの輿入れを歓迎していた。ようやく苦労を分かち合える相手ができたと喜んでいたのは、城の誰もが知っている。

 だが、王妃の贈り物によって側妃が死亡したという事実に変わりない。王妃は離宮で幽閉の身となり、実家は貴族位をはく奪。そして宝石商も財産を没収されて取り潰しとなった。

 そして更なる調査により、件のアクセサリーは「魔術大国」から闇のルートで流出したものが宝飾品として紛れ込んだものだっただと判明した。

 グランヴィル王家はこの件でミング皇国に強く抗議したが、「以後は気を付ける」というぞんざいな返答があったのみ。先王は怒り狂い、挙兵寸前だったというのがもっぱらの噂だ。

 とても納得はできないものの、グランヴィル全土に「宝飾店は魔道具を取り扱いを固く禁じる」という王命が下され、一応の決着をみせたはずだった。


 ――娘を不憫だと思うのであれば、魔術の使用を全面的に禁止してください。


 大事な娘を亡くした悲しみは魔道具、ひいては魔術への憎悪へと変質したのだろう。

 側妃ナエマの実家であるグランヴィルでも有力な貴族家から出された嘆願に、王城は困惑した。

 この世界に生まれた時から人間は魔力を宿している。その力を使うのを禁止するのはまず不可能だというのに、ナエマの父親はこの要求が通らなければ議会に圧力をかけ、政治を滞らせると脅してきたのだ。


 根気強く説得と議論を重ねた結果、二つの条件をもって幕引きとなった。

 まず一つ目は「王城での魔術使用を禁ずる」こと。

 これにより、魔術を無効化する装置が王城内の至る所に設置された。

 そして二つ目は――「王妃の血を引く者の魔術使用を永久に禁ずる」こと。

 これにより、当時の王子と王女に魔封じの術が施され、今に至る。


「あの……魔術と呪術はどう違うのでしょうか」

「おっと、レオノーラにしては良い質問だね」


 なんだか小馬鹿にされたような気もするが、今はそんなところに噛みついている場合ではない。一応は睨みつけてみたものの、やっぱりセレンティナにはまったく通用しなかった。


「魔術は発動するのには魔力が必要だよね。そして呪術は行使するというより、術そのものを生成する。魔術に例えるなら発動準備が整えられた魔術紋を創るみたいな感じかな」

「あぁ、なるほど」

「その術を創るのに必要なのは……『魂』だよ」

「…………え?」


 最初は冗談だと思った。人を揶揄からかうのが好きなセレンティナであれば、それくらい言ってもおかしくないはずなのに、いつまで経っても否定がされない。

 もし言葉通り、呪術の生成に魂が必要だとすれば――――。


「呪術には生贄が必要……ということ、ですか?」

「ご名答。まぁ人に限らないみたいだけど、強い術になればなるほどより多くの魂が必要になると言われてる。だから人の殺せるレベルになると、きっと人間……例えば買ってきた奴隷を生贄にした方が効率はいいだろうね」

「こ、効率って……」

「仕方ないでしょ? それが事実なんだから」


 そんなに軽々しく命の話をしないでほしいのだが、やはりそこは調律者なのだろう。普通の人間のそれとは感覚が違うらしい。

 セレンティナはいつもと変わらず、ごく軽い口調で説明を続けた。

 呪術には属性は存在せず、なにかを「奪う」ための術だという。そして呪術は生物の体内に入らなければ発動できないため、闇魔術と組み合わせられることが多いのだと語った。


「結局のところ、呪術が体内に侵入できる入口が作れればなんでもいいんだよ。ただ闇魔術が一番便利ってだけ」

「そういうことでしたか……」

「これで誤解だって言った意味、わかった?」


 これまでそんな話を聞いたことがなかったので勘違いしていても無理はないのだが、誤解だったのは間違いない。レオノーラが渋々「はい」と返すとセレンティナは満足げに微笑んだ。

 そして、なにかを思い出したのか、硬い表情のままのアルシェラの顔をひょいと覗きこむ。


「一応言っておくけど、世間的に呪術の存在や仕組みが認識されるようになったのは十五年くらい前からだよ」

「じゅう、ご……ねん…………」

「そう。だから『華の悲劇』が起こった頃はまだ闇魔術と混同されていても不思議じゃない。お父さんを恨まないであげてね」

「……ペンダントの調査は、魔塔に依頼が?」

「来てないよ。当時の魔術師長が神殿に頼んだみたいだね」


 アルシェラは今年十八歳になる。例の事件は一歳に満たない頃に起こったので、神殿が呪術だと気付けなくても無理はない。


「ま、いずれにしてもミング皇国が厄介なのは昔から変わっていないってこと」

「ミングは……魔塔とも対立しているのですか?」

「対立というより、魔塔こっちが無視してる感じかな。だってさぁ『研究したいから調律者をくれ』とか平気で言ってくるんだよ」

「えーと……それって…………」

「人体実験する気満々なのが丸わかりなんだよね。意図を隠さないで依頼してくるあたり、優しいのかなんなのかわかんないよね」


 同じ魔術を扱う者として協力関係にあるのかと思いきや、まさかの逆だった。しかも魔塔主は調律者を含む魔塔全体へ、呪術との関わりを禁ずる旨の命令を下しているという。

 勝手に同一視して警戒していたレオノーラは無言のまま、心の中で反省していた。





明日12時に更新しまーす。

ちょっと短めかもです。

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