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異端の調律者は天秤を持たない  作者: うつおぎ
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1-3

まだまだ女子三人。




「アルシェラっていうんだ。いい名前だねぇ」

「えぇと……ありがとう」


 ベッドの傍らに置かれた椅子に座ったセレンティナが感想を口にすると、反対側に控えたレオノーラが驚愕の表情を浮かべた。

 あまりに驚きすぎて口があんぐりと開いている。扉の横に控えている騎士は顎が外れてしまわないか密かに心配していた。


 この状況に至るまで、すでにひと悶着があった。

 まず、アルシェラにはまだ休息が必要だ。そんな状態で訓練するべきではないとレオノーラが進言したのだが、時間がないとセレンティナに一蹴された。

 とりあえずベッドで横になりながらできる内容から始めることになり、この配置になった。

 そしてアルシェラが指導役の調律者へ、自分を名前で呼ぶように頼んだことで衝撃の事実が判明したのだ。


「まさか……殿下のお名前を知らなかったのですか!?」

「うん。今知ったけど、なにか問題ある?」

「信じられない……常識中の常識ではありませんか!!」

「それはグランヴィルでの話でしょ? 私は違うし、『常識だ』って決めつけるのは良くないと思うよ」


 魔塔は大陸のどの国にも属していないが、すべての国に対して伯爵に相当する権限を持ち合わせている。とはいえ、その権利を行使したという話は聞いたことがない。

 そして、グランヴィル王国とはここ二十年ちかく交流がなかったので知らなくても当然とも言える。

 だが、幼い頃より共に過ごし、厳しい鍛錬の末に王家の人間に相応しく、立派な射手となったアルシェラを軽んじられているようで腹立たしくなるのも無理はなかった。


「レオノーラ、今更そんな話をしても仕方ないわ」

「ですが! いえ……失礼いたしました」

「それでさ、アルシェラは魔術についてどれくらい知ってる?」


 まさかの呼び捨て……!

 鬼の形相で睨みつけてくるレオノーラを完全に無視し、セレンティナが訊ねてくる。


「基礎的な知識しかないわ」

「じゃあ確認も兼ねて初歩の初歩からにしよっか。まずは『魔力』について説明するね」


 この世界で生きるものは皆、肉体に「魔力回路」を有している。その回路に大気や食物から得られる「魔素マナ」を取り込むことで魔術を発動できるのだ。

 回路はその長さが有する魔力量に直結する。両親からの遺伝が大きいが、後に訓練によって成長させることもできるが、どれくらい伸ばせるかは個人の素養に左右されるらしい。


「魔力量は増やせるのね。初めて知ったわ」

「そのあたりの仕組みは体力と同じ。でもまぁ、グランヴィルにそんな奇特な人はいないよね」


 武力を重んじているからだろうか、「魔術は軟弱者が使うもの」と考えられているこの国には魔術師が極端に少ない。

 ある意味、魔術を専門に扱う「調律者」を馬鹿にしているような風潮だというのに、セレンティナにはまったく気分を害した様子が見られなかった。


「それじゃ、次はアルシェラに発現した『後発魔力』について説明するね」

「……えぇ」

「これは魔力回路が爆発的に成長する現象を指すんだけど……実のところ、まだその仕組みは完全に解明されていないんだ」


 後発魔力が発現する人のほとんどは直前に命の危機に晒されている。

 だが、ごく稀に睡眠中や日常の何気ない場面で起こした者もいて、未だに条件がはっきりしていないという。


「これに関しては実験しようにもなかなか難しくてね」

「たしかに、再現するのは人道的に……」

「なにせギリギリまで追い詰めなきゃいけないでしょ? 個体差もあるから下手したら死んじゃうし、サンプルを作るのが大変なんだよ」

「そっちですか!!」


 その場にいた全員が心の中でしたであろうツッコミをレオノーラが代表してくれた。

 いくら実験には魔獣を使っているとはいえ、あまり想像したくない光景である。


「話を戻すけど、後発魔力が発現した人は必ず魔力の制御が不安定になる……つまり、『魔力暴走』を起こすの」

「それは、私と同じようなことになるのかしら」

「うーん、アルシェラはちょっとレアケースかな。なにせこれまで魔術を一度も使った経験がないでしょ? それなりに強い魔力になったのに制御の方法をまったく知らないから、あんな状態になっちゃったんだよ」


 普通は自力でなんとか抑えこめるが、急激に回路が成長した反動で数日寝込む程度らしい。

 逆を言えば、アルシェラに魔封じの術が施されていなければここまで酷い状況にならなかった、ということだろう。思わず俯き、布団の上に乗せている手が拳を作る。

 それが見えているにもかかわらず、セレンティナは構わず講義を続ける。


「だから、アルシェラには回路を魔力が巡る感覚に慣れてもらうね。魔術の訓練はその後」

「ある程度魔力をコントロールできるようになるには、どれくらいかかるかしら」

「最低でも一ヶ月ってところかなぁ」

「そんなに……」


 アルシェラは現国王の妹。兄王であるレナトスはまだ王妃を迎えていないので、その分の公務を担っている。

 すでに一週間も城を空けているのに、更にひと月……。

 仕方のないこととはいえ、兄への申し訳なさが募ってしまう。


 ――大丈夫、これまでみたいに頑張れば、二週間くらいまで短縮できるはず。


 密かに決意するアルシェラを紫銀の瞳がじっと見つめていた。






◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇






 三日後――アルシェラとセレンティナの姿は再び石塔の中にあった。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だって」

「は、はい……」


 万が一に備え、レオノーラを含む護衛達は塔の外で待機しているが、壁にできた隙間からこちらの様子を窺っているのがしっかりと伝わってきた。


 軽い口調で語られるセレンティナの魔術講義はその内容は端的でありながら興味深く、部屋にいる者は思わず真剣に耳を傾けてしまった。

 そこで判明したのはあのドロドロとしたものこそ、発現した後発魔力だということ。回路に取り込めなかった場合、魔力は途轍もなく不快に感じられるという説明に心底納得した。


「昨日も説明したけど、もう一度手順を説明するね」

「え、ええ……」


 塔の中心で向かい合わせに立ち、セレンティナがアルシェラの両手の指先を軽く握る。そして向けられた不思議な色をした瞳に、こんな状況だというのについ見入ってしまった。


「まず私が魔力制御のバングルを外すね。魔力が溢れてくるから、それを回路に誘導してあげて」

「……やってみるわ」


 そうは言ったものの、身体を鍛えることとはあまりにも勝手が違う。その不安が伝わったのか指先をきゅっと強めに握られた。


「安心して、絶対に大丈夫だから」

「セレン……」

「だって私がついてるんだよ? 失敗するわけないでしょ」


 なにが心配なのかわからない、と言わんばかりの口ぶりにふっと肩の力が抜ける。

 この調律者は「貴女ならできる」といったプレッシャーの類をまったく掛けてこない。それが少々物足りなく感じてしまうのは、王族という常に期待をかけられてきた立場ゆえだろうか。

 だが今は、むしろその軽い扱いに助けられている気がする。


「それじゃ、外すね」


 まるで普通の装飾品を取り去るような気楽さで、アルシェラの不安定な魔力を制御していた魔道具の金具が外される。

 次の瞬間――石塔の空気がぶわりと揺れた。


「…………っく、ぅ」


 身体の中をあの気味の悪いものが這い回りはじめた。かつて味わった底知れぬ恐怖が蘇り、追い出そうとすればするほど風が吹き荒れていく。


「アルシェラ」


 嵐の只中にいるというのに、その声だけはやけにはっきりと耳に届けられた。反射的に目を開けると、すぐ傍に美しく微笑む小さな顔がある。

 あの時と同様、セレンティナの周りだけはバングルを外す前と変わっていない。身の丈より長い髪がふわふわと優雅に揺れている様を見ていると、徐々に焦りが薄らいでいくのを感じた。


「目を閉じて、左手から流れてくるものに意識を集中して」


 落ち着いてはきているものの、まだ返事をする余裕はない。言われた通り目を閉じ、散っていた意識を左手へとかき集めた。

 次第に指先を包むように握られた場所から温かなものが流し込まれるのを感じる。温もりのようにじんわりと広がっていくのではなく、腕の中心を肩に向かって上がっていくのをアルシェラの意識が追いはじめた。

 肩に到着すると、今度は心臓の方へと進んでいく。だが、その歩みはとても遅い。まるで深い森の中で草をかきわけているような気分になってきた。


「そうそう、通り道を作っていくのをイメージして。その調子だよ」


 セレンティナがまるで歌うような口調で告げる。軽やかな励ましを遠くに聞きながらアルシェラは回路の開拓を進めた。

 心臓のあたりを二周してから腹の方へ、ぐねぐねと迂回しながら道が拓かれていく。遅くなったり速くなったりしながらもなんとかかき分け、全身を巡ってから右肩へと到達した。


「お、もうちょっとでゴールじゃないかな。頑張れ頑張れー」

「…………はっ、あ……」


 ただ意識を内側に向けているだけなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。

 鬱蒼と茂る草木を必死でかき分け、アルシェラは一歩一歩、じりじりと進んでいく。


 もう少し、


 ほんのちょっとだけ、


 あと一歩…………!


 微かなしるべを頼りに歩んだ旅が、ようやく終わりを迎える。

 右手の指先から抜け出した瞬間、身体の中を清々しい風が通っていった。


「これ…………って……」

「よくできました」


 気が付けばあのドロドロとした感覚が無くなっている。正確にはあるべき場所へと戻っていったのだろう。

 両手が解放され、アルシェラは額に浮かんだ汗を袖で拭った。

 激しい鍛錬をした後のような心地よさ、いや――それ以上かもしれない。

 ふぅ、と息を吐いてから晴れやかに笑う。


「これで明日からはいよいよ魔術訓練ができるのね!」


 どんな訓練をするのか、期待が一気に膨らんでいく。

 柄にもなくはしゃいでいるアルシェラの前で、作り物じみた顔に悪戯っぽい笑顔が浮かんだ。


「ま、できたら、ね……」





次回の更新は明日12時です。

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