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異端の調律者は天秤を持たない  作者: うつおぎ
1/9

1-1

気楽に書いていきますので、しばしお付き合いくださいませ!




「そろそろ時間だ」


 この土地特有の乾いた風が正午の鐘の音を届けてくれる。

 グランヴィル王国の親衛隊に所属する騎士、レオノーラ・ディラックは一度空を見上げてから懐に手をやり、筒状になった羊皮紙を取り出した。

 紐を解き、託されてから何度も目を通した内容をもう一度たしかめる。

 一番上に書かれているのはまさに今を指す日時。そして紙の真ん中にはでかでかと複雑な紋様が描かれている。

 一番下には指定の日時にこの魔術陣を実行するように、という指示と共に差出人のサインが入っていた。


「まさか、我々が魔塔の手を借りる日が来るとはね……」


 若き女騎士は苦々しげな表情を浮かべながら深く溜息をついた。

 グランヴィル王国はスターラ大陸における五大大国の一つで、絶大な武力を誇っている。そんな剣を尊ぶ国の者が魔術を至高とする魔塔に助けを乞うなど、本来はあってはならない事。

 だが、今回ばかりは背に腹は代えられないのも事実だった。


「よし、それじゃあ『調律者』をぶよ。準備はいい?」

「はいっ!」


 有事に備えて控えていた騎士達が身構える。レオノーラはすうっと大きく息を吸い、ゆっくり吐きながら意識を集中させた。

 右手に体内を巡る魔力を集めて羊皮紙に重ねると魔術陣がぼんやりと光を帯び、浮き上がってくる。

 宙に舞う複雑に絡み合った線の集合体が一瞬のうちに姿を変えた。


「えっ…………花?」


 レオノーラ達の頭上を浮遊しているのは―輝く一輪の花。

 先端が尖り、紫がかった銀色をした花弁は軽く閉じられている。あんな形状の花は実在していただろうか。記憶を巡らせる騎士達の前で花弁が綻びはじめた。

 徐々に開かれていく隙間から花と同じ色の光が零れ落ちてくる。

 泉から際限なく湧き上がる水のようにどんどん光が溢れてくる様を前にして、騎士達は思わず腰に携えた剣へと手を掛けた。


 次の瞬間――――。


 光の集合体がみるみるうちに人型へと変わり、乾いた土に向けて音もなく降りてきた。

 綺麗に揃えられた爪先が地上へ着くと同時に魔力がさざ波のように拡がっていく。これまで感じたことのない濃い魔力の気配にその場にいた者達は一斉に動きを止めた。

 それと同時に透き通った声が響き渡る。


「調律者、セレンティナ・ロシュフォードが天秤リーブラの契約により馳せ参じました」


「調律者」とは魔塔主の血を引く者の総称で、魔術師の中でも最高レベルの魔力と知識を持っている。彼らは魔塔に舞い込む依頼に対応すべく大陸の各地に派遣されるのだ。

 セレンティナと名乗った女性はレオノーラより少し背が低く、ほっそりとした身体を純白の生地に金の縁取りの入ったローブで包んでいた。

 左手を胸に当て、右手はローブを摘まみあげて軽く頭を下げる礼は魔術師特有のもの。

 優雅な所作で上げられた小さな顔が全貌を現した途端、レオノーラは息を呑んだ。

 長い睫毛に縁取られた大きな瞳は彼女が包まれていた光と同じ、紫を帯びた銀色をしている。すっと通った鼻筋と薄めの唇は完璧な位置に配されており、あまりにも整った顔立ちに生きている人間なのかを疑いたくなるほどだ。


「あの……?」


 想像だにしていなかった光景に言葉を失ったレオノーラ達の前でセレンティナがこてんと小首を傾げる。

 そこでようやく我に返り、咳払いをしてから姿勢を正した。


「し、失礼しました」

「気にしないで。私が可愛すぎてびっくりしたんだよね?」


 丁寧な挨拶から一転、やけにくだけた口調で返してくる。しかも、図星ではあるが素直に同意していいのかわからなかった。

 作り物じみた美貌に笑みを浮かべ、セレンティナは軽やかな足取りで近付いてくる。握手でもするのかと思いきや、レオノーラの横を通り過ぎると離宮の奥へと進んでいった。

 歩みに合わせて揺れる髪もまた紫がかった銀色をしている。地面に付くほどの長さがあるというのにどういった仕掛けなのだろう。毛先がふわふわと宙に浮いていた。


「あ、の……っ」

「あそこにいるんだよね?」


 セレンティナは敷地の最奥に聳え立つ石塔を指差し、さっさと一人で向かいはじめた。

 こちらの声が聞こえていないのか、それとも聞く気がないのか定かでないが、主導権を完全に奪われたレオノーラは慌てて紫銀の髪を追う。

 魔塔へは詳しい状況を伝えた上で依頼をしているが、現状を確認すべきではないのだろうか。隣に並ぶとセレンティナがこちらを見遣り、にこっと微笑んだ。


「王妹さんが魔力暴走を起こしてから……ちょうど一週間?」

「さようでございます」

「えーと、魔獣に殺されかけて、後発魔力が発動して、そのせいで封印が破れちゃったんだってね」

「……おっしゃる通りです」


 あの出来事を思い出すだけで、今でも己の不甲斐なさに腹が立つ。

 グランヴィル王国の王妹、アルシェラは弓の名手である。彼女を主とするレオノーラは数名の騎士を従えて増えすぎた魔獣を間引く作戦に参加していた。

 定期的に行われている討伐なので危険性は低い。アルシェラは配下にいる二十名ほどの騎士と共に赴き、想定外の事態に直面したのだ。

 三つの首を持つ毒竜ヒュドラは口から麻痺毒の霧を周囲に撒き散らし、獲物が弱って身動きが取れなくなったところを丸飲みにする。討伐するには最低でも五十人は必要で、綿密な計画を立てなくてはならないのだ。

 そんな凶悪な魔獣を前に二十人足らずの王妹一行では歯が立つはずもなく、全員があえなく毒霧の餌食となった。

 そして、助けがこなければ喰われるだけという状況になると、毒竜は予想だにしない行動に出たのだ。

 すぐ近くに倒れている前線担当の騎士には目もくれず、後方で援護射撃をしていたアルシェラめがけて巨体を進めていくではないか。レオノーラは主を護ろうと地べたを這っていった。

 だが必死の移動も及ばず、鎌首をもたげた毒竜がアルシェラへと迫る。

 かぱりと大きく開かれた先にあるのは――四本の鋭い牙。

 その奥から出てきた細く、先端が二又になった舌が身動きの取れないアルシェラの腰に巻き付いていく。ずっと仕えてきた主人の命が今まさに奪われようとしている様を、レオノーラはただ見つめることしかできなかった。


「アルシェラさ、ま…………っ!」

「いっ……いやぁぁぁぁ―――――!!」


 あの悲痛な叫びは今でも耳にこびりついて離れない。

 アルシェラにはある事情により一歳を少し過ぎた頃に魔力の放出を封じる術が施されている。それが死の恐怖に直面したことで急激に内部魔力が高まり、術が破れてしまったのだ。

 一気に溢れだした魔力はアルシェラの持つ属性に反応して巨大な風の刃となり、毒竜の巨体をあっという間に切り刻んでいった。


 ――あぁ、女神が助けてくださった。


 そう安堵したのも束の間、レオノーラ達は更なる窮地に陥ったのだった。


******


「あれ、王妹さんはお休み中?」


 のんびりした声がレオノーラを追憶から引き戻す。

 いつの間にか石塔の前まで来ていたらしい。壁の隙間から中の様子を窺ったセレンティナがこちらに振り返って問いかけてきた。


「床に直接寝ていて身体が痛くないのかな。……あぁ、今はなんでも吹っ飛ばしちゃうから逆に危ないんだね」

「はい……お身体を壊しかねないと、我々も心配しております」

「うーん、このまま魔力制御ができなければ『魔人』になっちゃうかも?」

「なっ……!」


 さらりととんでもないことを言われ、レオノーラはぎょっと目を剥いた。いくら調律者とはいえ、五大大国の王族を侮辱するなんて……!

 ぐわっと腹の底から怒りがこみ上げてくる。セレンティナに食ってかかろうとした鼻先にほっそりとした指が差し出された。


「そうならないために私が来たってこと、忘れないでよね」


 指先でゆらりと空気が陽炎のように揺れ、なにもなかったはずの空間に銀色のバングルが現れた。セレンティナは人差し指でそれをくるりと回してから掌に収める。


「それじゃ、王妹さんを起こしてくるねー」

「あっ、ちょっとまっ……!」


 今のアルシェラが目を覚ますとどうなってしまうのかを聞いていないのだろうか。慌ててセレンティナの肩を掴もうとした手が空を切る。


「どう……して…………?」


 塔への出入口は反対側にある上に厳重な施錠が施されている。

 それなのになぜ、白いローブ姿が塔の内側にあるのだろうか。


「あ、あれが時空魔法?」

「すっげぇ……! 俺、はじめて見た」


 レオノーラの後ろで騎士達が驚きを隠しきれない様子で言葉を交わしている。

 時間と空間を操る時空魔法の使える者はとても少ない。その上、自身を転移できるほどの使い手は大陸の中でもほんの一握りだと聞いていた。

 そんな稀有な存在が今まさに目の前にいる。レオノーラは逸る鼓動を宥めながら中の様子を見守っていた。


「お休み中失礼しまーす」


 セレスティナの陽気な呼びかけに、マントに包まれた塊がびくりと揺れた。

 頑丈な石壁に背を付けたまま蹲っていたアルシェラがゆっくりと身を起こす。あの事件以来、食事も睡眠もまともにとれていない。その顔はげっそりとやつれ、目の下には濃い隈がくっきりと浮かんでいた。

 母親譲りの緑の瞳が未知の侵入者を捉えるなり、盛大に顔を引きつらせたのが見える。


「こ、こないでっ……!!」


 ――まずい!


 レオノーラは咄嗟に壁から距離を取る。その刹那、避けたばかりの場所から強い風が吹き出した。


「おぉ――これは教え甲斐がありそうだね。楽しみになってきたよ」


 弾むような声がセレンティナの無事を教えてくれる。……やけに嬉しそうなのが気になるが、それ以上にどうして暴風の吹き荒れる場所でも平気でいられるのかが不思議で仕方がない。


「お願い……早く出ていって。私は、誰も傷つけたくないのっ…………!」


 絞り出すような叫びにレオノーラは唇をきつく噛みしめる。

 そう、封印が解けてしまったアルシェラは自分自身の魔力が制御できず、周囲に絶えず風を起こすようになってしまったのだ。

 なんとか毒竜を倒したものの、救難信号に気付いて駆け付けた他の騎士達は荒れ狂う風に阻まれてアルシェラに近付けなかった。

 大楯を使って強引に踏み込んだ者もいたが、突風に煽られて遥か遠くまで吹き飛ばされて負傷する始末。アルシェラの魔力が尽きて気絶するまで待つしかなかった。

 しかも、意識を失っている間に王城へ運び込んだものの、目覚めるなり暴風を巻き起こすようになってしまったのだ。

 このままでは城を破壊してしまうと、アルシェラは離宮にある石塔へ自ら望んで移動した。

 当初、グランヴィル国王は罪を犯した者を幽閉するための建物に妹を閉じこめることに難色を示した。だが、被害を最小限に抑えるにはこれしか方法がない、という周囲からも説得され渋々ながら頷いたと聞いている。

 そして自国の魔術師では手に負えないと判明するなり、魔塔へ依頼を出したのだった。


「大丈夫だよー? 私、貴女より強いから」


 魔塔から派遣された美しき魔術師が平然と言い放つ。距離を取りつつ隙間から覗き込むと、セレンティナは優雅に歩みを進めていた。


「だ、め――――っっ!!」


 ひゅうっ! と空を切り裂く鋭い音に聞き覚えがある。

 悲痛な叫びが形となり、警告を無視した者へと容赦なく襲いかかった。


「…………え?」


 間違いなく今、風の刃(ウィンド・カッター)がセレンティナに向かって放たれたのをこの目で見た。

 それなのにどうして、紫がかった銀の髪はまるで野原を散歩しているかのように優雅に揺れているのだろう。

 アルシェラもその異様さに気付いたらしい。目を大きく見開いたその顔にはありありと動揺の色が浮かんでいた。


「なにも怖いことはないよ。この魔力制御のバングルを着けてもらうだけだから」

「えっ……ええっ!?」


 恐慌状態に陥ったアルシェラが風の刃をセレンティナに向かって次々と放つ。だがそれらは純白のローブを切り裂く寸前で消えていった。

 毒竜であればとうに事切れているほどの攻撃を受けてもなお、調律者の歩みは止まらない。

 そして遂に、これまで誰も近付けなかった距離までアルシェラに迫っていた。


「ま、待って……貴女は…………?」

「つーかまえたっ」


 愉しげな声に小さな金属音が続いた次の瞬間、石塔に吹き荒れていた風がぴたりと止まる。

 レオノーラが壁に駆け寄り中の様子をたしかめると、アルシェラの左手首に銀の輝きが嵌められているのが見えた。


「アルシェラ様っ!!」


 こうしてはいられない。反対側に向かって駆け出すと複数の足音が続いた。

 さほど大きくない塔だというのに、今はやけに目的地が遠く感じる。ようやく大きなかんぬきの掛かった扉へ息を切らしながら手を掛け、慎重に開いた。

 全身に緊張を漲らせながら一歩踏み入れ、ひゅっと喉を鳴らす。


「一体、なにが…………」

「平気平気。ちょっと気絶してるだけ」


 セレンティナは軽い口調で告げ、宙にぷかぷかと浮いているアルシェラを見遣る。

 気絶に「ちょっと」などあり得ないし、王族をこんな雑に扱うなんて言語道断である。今度こそ注意しなければと肩を怒らせると――。


「あのさ、はやく案内してくれないかな?」

「…………へっ」

「王妹さん、すごく疲れてるよ。ベッドに寝かせてあげたいんだけど」


 この上ない正論にぐっと諸々の感情を飲み込み、レオノーラは「承知しました」と応じて石塔を出た。


「私が殿下をお運びします」

「だーめ。まだ魔力が安定してないから、下手すると触った人が暴走しちゃう」


 そんな危険があるなら早く教えてくれないと困る。焦って振り返ると魔力の低い騎士が凄まじい勢いで後ずさっていくのが見えた。

 玄関を抜け、離宮のエントランスホールに入ると掃除中の侍女に遭遇する。箒を手にした彼女はぽかんと口を開けたままこちらを凝視していた。

 本来であれば注意すべきだろうが、この状況ではそう反応してしまうのも無理はない。ぐったりした王妹が宙に浮いているだけでなく、付き添っている魔術師は人離れした美貌の持ち主。とにかく驚くポイントが多すぎるのだ。


「こんにちはー。しばらくお世話になるね」

「いっ……いらっしゃいませ!」


 凄まじい衝撃を周囲に与えているというのにセレンティナはまったく気にした様子はなく、むしろどこか楽しんでいるようにすら見える。


 ――いくら調律者といえど、こればかりは注意しなきゃ。


 密かに決意するレオノーラの前で紫銀の髪がふわりと優雅に舞った。




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