90.流れ出る滋養
大遅刻ですみません!
キャラの動かす方向はだいたい決まったので、これからはちょっとずつリカバリーできるはず(多分)
でも来週はまた木曜日に祝日があるので、そこまで投稿できるかはちょっと分からない。
ゴウヨックとミザリーに起こった異変は加速し、汚い事故がその真実を知らせる!
前回に続き汚いので、食事しながら読まないことをお勧めします。多分次回も汚い(確信)
桃を食べてしまった二人が患った病とは。そして、その病がなぜ二人の命運を断ち切ることになるのか。
暴食を誇りとするファットバーラ家には、それにまつわる特殊な事情がありました。
「……それで、カッツのことで何か噂はあるか?」
「は、学園にて、今考えると成績がおかしかったと話す者が複数名おります。
それから、カッツ先生を援助していた富豪の中から、あんなに援助したのにほぼ世のために使われていないと嘆く声が」
インボウズは朝っぱらから、カッツ先生の対応に追われていた。
昨日捕らえた冒険者たちから、カッツ先生の能力とやらかしたことはだいたい分かった。
ダンジョンでのやらかしの方は、既に対処してある。冒険者ギルドに箝口令を出させ、ダンジョン攻略中の冒険者にもそれを徹底し不穏分子を始末するため、ダンジョンに衛兵を差し向けてある。
問題は、ダンジョン外の連中だ。
カッツ先生は弁舌と洗脳により、私情と私欲で歪みまくった評価を多くの生徒に押し付けて利益を吸い上げていた。
もちろんインボウズや他の教師も、そういうことはよくある。
しかしカッツ先生は、加減と暗黙の了解すら知らない。いくら問い詰められても、洗脳で押し通せていたからだ。
それをいいことに、教会でも敵に回したり支援を切られたらまずい相手にも度が過ぎた搾取をやっていた。
そのうえ、相手への見返りは一切与えていない。
世のための支援という建前なのに、その金を自分の満足以外のために少しも使っていない。
カッツ先生の寮(一棟貸しの高級物件)はどこの上級貴族かという調度品で満たされ、ぜいたくのためでしかない悪趣味な品がこれでもかと飾られていた。
人々が世のためになるなら、将来自分のためにもなるならと捧げた金を、全部そうして使ってしまったのだ。
いつでもいくらでももらえると思っていたからか、貯金はほとんどなかった。
インボウズが残された物を接収しても、売ったら大した金額にならない。
これから後始末をせねばならないインボウズにとっては、少なすぎる報酬であった。
「むぐううぅ……せめて生きておれば、将来への投資だと言い続けられたものを!
まあいい、死んだのは全て魃姫のせいにしておけ。
しかし……本人の資質の問題にすると、遣わした神の威信に傷がつく。使い方の問題にすると、主の僕が責められる。
どうしたらいいんじゃ~!!」
貴重な転移者を何の成果もなく失ったこと、人々に反感の種をまかれたこと、とどめにその原因がインボウズの不手際にあること……確実に、近いうちにまた枢機卿会議が開かれるだろう。
それを考えると、インボウズははげかけた頭を掻きむしった。
これからインボウズは、被害に遭った有力者の信仰をできるだけ損ねないように後始末をせねばならない。
「あー……オニデス君、転移者の確保は君が言い出したことでもあるぞ。
きっちり調べて取り計らいたまえよ」
「ええ……誠に遺憾であります」
インボウズとオニデスは、死んだ目をしてため息をついた。
自分たちだって神の采配だと思って信じて抱えていたのに、本人の希望で実戦に出した途端にこうなるとは。
信者たちより、まず自分たちの信心がなくなりそうだ。
「枢機卿こそ、聖神祭の演説はうまくやってくださいよ。
ユリエルを何とかできても、虫けらのダンジョンはこれからどうなるか……」
「分かっとるわ!!
ああ、神よ……何もこんな時に転移者を爆発させんでも……」
聖王母の桃を奪ってようやくユリエルと決着がつくかと思ったのに、インボウズの面倒ごとはむしろ増えてしまった。
どうしてこうなるのかと天を恨みながら、インボウズとオニデスはこれまで見た事もない量の仕事に溺れた。
だいぶ日が高くなったころ、どこからか女の叫び声が聞こえてきた。
「……何だ、今のは?」
「校舎の方ではありませんよ。今のは、ミザリー嬢のような……」
オニデスが口にしたその名に、インボウズとオニデスははっと顔を見合わせた。
「そうだ、ゴウヨックはどうした?
確か昨日の昼前に例の桃を食べ始めて、僕が寝る頃もまだ食べ続けていたような……さすがに終わったよな?」
「それで夜遅くなったせいで、起きられなかったとか?
とにかく、行ってみましょう!」
そう言えば昨日から、ゴウヨックたちの様子は何かおかしかった。この大変な時に、これ以上何があるというのか。
インボウズとオニデスはいても立ってもいられず、ゴウヨックたちの屋敷に向かった。
学園内の司教屋敷に踏み込むと、召使が台車に載せた壺を運んでいるのに気づいた。そこから、えも言われぬ桃のいい香りが漂ってくる。
「おい、何だそれは?
例の桃は、再生してそんなに増えたのか?」
インボウズが近づくと、召使は青くなって必死に頭を下げた。
「こ、これはどうかご容赦を!
これは、その……トイレに捨てに行くものです。本来あなた様方の目に入れてよいものではございませんので……」
その言い方で、インボウズたちは察した。
「フン、食いすぎで腹でも壊したか。自業自得だ!
自分たちが苦しむは勝手だが、他に迷惑をかけんように言いつけておけ!」
インボウズは呆れて言い放ち、くるりと踵を返した。
昨日の食欲には驚かされたが、それで体を壊して動けなくなったということか。ならば、構ってやる義理はない。
無駄に時間を使わされたと、インボウズたちは様子を見もせずに帰ってしまった。
甘い香りに満たされた部屋で、ミザリーはかんしゃくを起こして泣き叫んでいた。
「あああっ早く!早く食べ物!もっと飲み物おぉ!!
お腹空いた!喉乾いたああぁ!!」
ミザリーは、召使が持ってきたジュースをポットごとひったくり、なみなみと入っていたそれを一気に飲み干した。
そして、すぐ次を求める。
「まずい!味が薄い!こんなもん持って来て……。
何してるの!?おかわり!もっと!!」
文句を言いながらも、鬼気迫る表情で追加を求める。
「は、はい、こちらに……」
失礼かなと思いつつもいくつものポットに満たされた飲み物を差し出すと、ミザリーは走った後の馬のように飲み始めた。
「何これ、甘さが足りないじゃない!
もっとお砂糖溶かして。あんたが混ぜなさいよ!」
ミザリーはレモン水や紅茶に恐ろしいほど砂糖を入れ、底にざらりと溜まっているそれを召使に混ぜろと命じる。
召使は、背中にだらだらと冷や汗を流した。
(いやいやいやこれ以上無理だって!明らかに溶けにくくなってるし!しかもそれ、既にどんだけ入ってたと……。
何てもの飲み続けるのよ、本当に大丈夫!?)
専門的な知識なんかなくても分かる。こんなものを飲んだら、どれだけ体に悪いか。
そもそも、味の濃いものを食べると喉が渇くのは、多くの人々が日常的に知っていることだ。
なのに、このお嬢様は……。
「早く、早く混ぜ……あ!おしっこ!」
「はい、ただ今!」
幸い、ミザリーの要求は生理現象で止まった。
「まあ、お小水がもうこんなに……すぐ捨ててまいります。
それと、追加のお砂糖も取ってまいりますので」
汚物がなみなみと入った壺と引き換えに、召使はしばしその場から解放された。
しかし、根本的には何も解決していない。朝っぱらから始まったこのデスマーチは、父親の分も含めて終わる気配がない。
「もう、嫌……」
召使は疲れ果てて気分もどん底で、前もよく見えなかった。だから、トイレへの曲がり角で向こうから来た人を避けられなかった。
ただでさえてんやわんやのゴウヨック宅に、また二つ悲鳴が響き渡った。
「ふぅ……ようやく一息ついたわい」
「我々も、食事にいたしますか」
インボウズとオニデスは、凝り固まった肩をほぐしながら呟いた。
次々と報告に訪れる部下から情報を受け取り、そのつど対処が必要なら手を打って……気が付けばもう正午ごろだ。
ゴウヨックほど食べる気にはならないが、さすがにお腹が空いた。
これまでは仕事なんてほとんど部下に丸投げして酒とつまみを楽しんでいられたのに、まさか枢機卿になっても空腹なんてものを味わうとは。
それだけでも、みじめな気分だ。
しかしその休息を、邪魔する者が現れた。
「オトシイレール卿、一大事でございます!」
いきなり、執務室にびしょ濡れの副料理長と召使が飛び込んで来たのだ。途端に、部屋中にぶわっと桃の香りが広がった。
「うるさいな、今休もうとしてたんだ!後にしろ!」
インボウズは怒鳴りつけたが、副料理長は平伏しても引かない。
「ご無礼は重々承知でございます。
しかし、火急の用なのです!ゴウヨック様の、お命に関わります!」
その言葉に、思わずインボウズのほおが緩んだ。
ゴウヨックが死ねば、この悪夢のような食費流出が終わるのだ。もう、アノンのことで脅されずに済む。
報告に来た副料理長も、泣くフリをしきれず笑っていた。
「どうか、ゴウヨック様とミザリー様にこれ以上の暴食を禁じてください。これ以上は、命に関わります!
そしてどうか、診断のために医師の派遣を」
「なに、あやつら腹を壊してもまだ食っておるのか!?」
「いいえ、それよりずっと悪い事態です!
食べ続けられてしまうことが、問題なのです。
そうだ、何なら今すぐファットバーラ卿と連絡を取り、あの方々に起こっていることをお伝えしてください。
それで、オトシイレール卿の財産も我々も救われます!」
副料理長はそうまくしたてて、ぐっしょりと濡れたエプロンを差し出した。
「ここにしみ込んでいるのが、あの方々の病の証でございます。
ファットバーラ家に転送し、鑑定させましょう!」
副料理長は、これが何であるかと、それが導くおぞましい結論を話し始めた。
ついさっきまで、副料理長は厨房で馬車馬の如く働いていた。
昨夜は遅くまで、聖王母の桃が再生しなくなるまで暴食の宴が続き、夕方から働きづめで疲れ切っていた。
だというのに、朝早くから叩き起こされてフルスロットルで料理を作らされ、目の前がぐらぐらしてきていた。
そしてあろうことか、トイレにミザリーの尿を捨てに来た召使とぶつかって汚物を全身にかぶってしまった。
だが、それが副料理長に光明をもたらした。
「ぶえっ……ふ、ふざける……ん?
あ、甘い!何だこの甘さは!?」
目の前に転がっているのは確かにトイレ用の壺なのに、味わっているのは口に入ってはいけない排泄物なのに。
その現実が疑わしくなる程に、甘い。
副料理長は、集まって来た召使たちに集団リンチされそうになっている哀れな召使に命令した。
「貴様、罰として床にこぼしたものをすすれ!
どうだ、味は!?」
「ぐっ……ううっ……えっ!?すごく、甘いです!」
「なるほど、間違いないな。すぐオトシイレール卿に報告に行くぞ!
喜べ、我々は解放される!我らの主は、ファットバーラ家で禁忌とされるあの病にかかったのだ!!」
「糖尿病だと!?」
インボウズとオニデスは、思わず目を丸くした。
それがどういう病かは、二人もよく知っている。自分たちのような裕福な者がかかりやすいことも、それで多くの富豪が命を落としていることも。
だが、今この場面においては容易に信じられなかった。
なぜなら、ファットバーラ家は……。
「本当なのか?
あやつは、ファットバーラの直系だぞ。
ファットバーラ家は、いくら食べても食に害されぬ体が売りのはず。現にこれまでは、あれほど食っても何ともなかったが……」
インボウズが訝しむのは、ファットバーラ家の特性ゆえだ。
暴食を誇りとするファットバーラ家は、その暴食に耐える特別な体質を備えている。
常人では食えと言われるだけで吐き気がするような量を食べても、吐くことも下すこともない鋼鉄の胃腸。
それだけの過剰な栄養を吸収して、三桁の体重になっても肝や腎は鈍らず、血管や心臓は詰まらず働き続ける。
要は、食べ過ぎで栄養により病気になることなく、全てを糧とできるのだ。
太れる才能、とも言える。
そのため、ファットバーラ家の直系は皆大人になると体重が三桁になる。うら若き乙女のミザリーだってそうだ。
もっとも、物理的に身体が重さに耐えられず足腰や背中を悪くする者は多いが……それでも常人を遥かに超える耐性がある。
ファットバーラ家はこれを、天からの恵みを決して無駄にしないありがたい体質、人の上に立つ者の証と位置付けている。
「……だからでございます。
それが崩れたと知られれば、もはやあのお方は……」
副料理長が悪魔の笑みでささやくのに、インボウズも残忍な笑みを浮かべた。
「なるほど、そういうことか!
本当なら素晴らしい。よし、すぐファットバーラ卿に緊急連絡を入れろ!」
インボウズは、ウッキウキで副料理長に命じた。
こいつらが浴びているのが汚物だと分かった時はさすがに食欲が失せたが、今は目の上のたんこぶを排除できるのが何より嬉しい。
「それでは……どうか、食物を無駄にする不届き者を取り押さえてくださいませ」
「おう、腕利きの騎士を連れて行こうぞ!」
インボウズは悪魔も引くほどの邪悪な笑みで、司教屋敷に足を向けた。
「まだか!?早く、追加の料理は!?
喉が、渇いて……水じゃと!ふざけるな!!」
ゴウヨックとミザリーは、突然料理が粗末なものしか来なくなったことに怒り狂っていた。
ものすごい声量でギャーギャー喚きながら、太り果てた重い体で暴れ回る。もはや屋敷の中は、竜巻でも通った後のようだ。
しかし、もう二人の言うことを聞く者はいない。
副料理長の命令で、ただの水だけを残して皆逃げてしまった。
おかげで二人は、初めのうちは水の容器をことごとく壊し、しかし渇きに耐えられずガラスや陶器の破片まみれのじゅうたんにしみ込んだ水をすすることになった。
そのうえ、もう誰も下の世話をしてくれない。
二人は顔中血まみれになって床をすすりながらも漏らし、最悪の形で望んでいた甘みにたどり着くことができた。
「あ……まあ!この辺り、甘いですわ!!」
「おお、桃の香りがするぞ!
あの桃のジュースが残っておったか。もったいないことをしたわい!」
もったいないどころか、究極の自家発電である。二人は、自分たちが垂れ流したものがどんな状態か知らないのだ。
そのささやかな天国のような地獄に、いきなり騎士が踏み込んで来た。
「大人しくしろ、診察の時間だ!!」
「こら、何をする!?」
騎士たちは、二人の重量をうまく利用して押さえつけてしまった。
そこに、いかめしい顔をした医師がやって来て二人に質問する。
「お二方、朝目が覚めてからこのポットに何杯ほど飲まれましたか?それで、お小水の頻度は?疲れた感じはありますか?」
「いちいち覚えとらんわ!小便は……出て出て仕方ない。
おおそうじゃ、いくら食べても力が抜けて腹が減るんじゃ!」
「そうよ、だからもっとお腹に溜まるもの、持って来てよ!!」
ミザリーもゴウヨックもファットバーラの直系にして現当主の孫と子、これまで食の我慢などしたことがない。
自分たちが望めば、叶わないことなど一握りだった。
ゆえに二人は、とても素直に己の状態をしゃべった。
それと、二人が覚えていないことは召使や料理人たちから聞き出して……医師は、黙って首を横に振った。
「ほぼ間違いなく、糖尿病であると診断いたします。
お二人はこれから食事を控え、お飲み物にも蜜や糖を入れられぬよう」
「はーっ!?」
二人は、怪鳥のような叫び声を上げた。
脳が現実を認められず、ぐるぐると目が回る。
「う、嘘よ……あんた、ワタクチが誰か分かってんの!?ワタクチたちはね、そんなんにかかる訳ないの!
いい加減なこと言ってると……」
ミザリーがごねると、医師はくるりと振り返って主役に声をかけた。
「……と申しておりますが、ご当主様はどうお考えでございますか?」
「ご当主様!?」
あっけにとられる二人の前に、通信の魔道具が運び込まれてきた。二人が状況を理解する前に、やんごとなきお姿が映し出された。
「ゴウヨックよ、息災……ではなさそうだな。
久しぶりの会話がこのようなもので、残念だ」
二人は、息が止まるほど驚いた。
映像の中にいる、巨大な肉まんじゅうにポコッと頭が着いたような、もはや人にすら見えない巨体。
ファットバーラ家当主にして枢機卿、アブラギッタ・ファットバーラ。
体重300キロを超える脂肉の塊にして、美食の求道者という名の暴食の権化。
この威容と言うのも生ぬるい姿と異様な圧力に、二人は本能的に平伏した。
縮み上がる二人に、アブラギッタは聞き取りにくい程くぐもった太い声で言った。
「子よ、貴様のせいで、余の食事が邪魔されたぞ!」
「は、も、申し訳ありませぬ!しかし、儂は何も……」
「知らせたのは、オトシイレール卿じゃ。ああ、今回は奴のせいではない。本当に必要な知らせであったゆえな。
余も驚いて、耳を疑ったわい……まさか、我が子があの禁忌の病にかかるとは!」
「えっ……な、何を言って……!」
頭が追い付かない二人に、アブラギッタは無慈悲に現実を突きつけた。
「先ほど、副料理長から貴様らの小便が転送されてきた。異様に甘いし、貴様らの様子がおかしいから調べてくれと。
鑑定してみれば確かに、貴様らの出したもの。
しかも、測れんほど濃密な糖が出ておるではないか!」
「そんなっ!?」
二人は、雷に打たれたように驚いた。
二人とて、ファットバーラ家の一員として、それが意味するところは知っている。
「残念だ……貴様らの体は、いくら食っても滋養を貯められなくなったのだ。食った滋養を取り込んで肉に変えられず、ただ小便に流すだけ。
それどころか、これまで貯め込んだ糧までも溶けて流れてしまう。
そんな食を無駄にしかできぬ体では、もはやファットバーラと呼べぬ!」
アブラギッタは、怒りこめて言い放った。
糖尿病、それは血中の糖を組織が取り込めなくなり、使えなくなる病。
ゆえに血中には糖が溢れかえるが、体の他の部分は飢えた状態になる。そのため患者は空腹に苛まれ多食するが、もはやいくら食べても糖は身にならない。
余った糖は尿に排出されるため、尿は甘くなる。血中の毒になるレベルの糖を体が必死に排出するため、患者は多尿となり口が渇く。
いくらエネルギーを摂っても体が素通りさせてしまう、もったいない病。
だから、ファットバーラ家において最悪の評価を下される、禁忌の病なのだ。
愕然とする二人に、インボウズがわざとらしく言う。
「いやー、仕方ないなー。無駄にしかならないし病を悪化させるんじゃ、もう君らを食わせてやれないなー。
それで良いな、アブラギッタ君?」
「無論じゃ、こやつらにファットバーラとして報いる必要はもうない」
アブラギッタも、当然のようにうなずいた。
インボウズがゴウヨックとミザリーに報いるのは、枢機卿の家同士という関係あってのこと。
二人がファットバーラ家から外れてしまったら、もうその必要はない。
そう、アブラギッタは、もう糧を無駄に流すことしかできないこの二人をファットバーラ家から除籍する気だ。
それに気づくと、二人は真っ青になって震え上がった。
「そんな、父上……どうか、どうかご容赦を!」
「そうよ、こんなんすぐ治る!ちょっと調子が悪いだけだもん!
最高級の回復薬と聖女の癒しがあれば、すぐ元に戻るもん!」
必死に訴える二人に、アブラギッタは肉の割れ目のような目をわずかに細めた。これでも、親子なのだ。
「……分かった、最終判断は一週間後とする。
それまでに体重が減っていなければ、粗末にはなるが食うに困らん捨扶持はやる」
アブラギッタの出した猶予に、二人はひとまず胸を撫でおろした。
もっとも、一度かかってしまった時点でもう今まで通りにはいかないが。
「ただし、一度でもファットバーラの誇りを汚した罪は重い。
今この時をもって、おまえたちとファットバーラ家の契約した料理人や召使との主従関係は切れる。
これから一週間、余の手の者が迎えに行くまで……おまえたちはおまえたちの貯め込んだもので生きるのだ。
もはや、ファットバーラとして生きる資格はないと知れ!」
容赦ない切り捨てに、二人は生きた心地がしなかった。
伝説の食材を手に入れて、いくらでも食べられる体になって、人生の絶頂だと思っていたのに……まさかこんな事になるとは。
だが二人はまだ、希望を捨てていなかった。
「オ、オトシイレール卿……儂を捨てれば、アノンのことを……」
なおも脅そうとするゴウヨックに、インボウズは平然と言い放った。
「んー?追放された腹いせに、教会と家を害そうとしておるのう。そのような不届き者は、破門かのう?」
「うむ、あまり騒ぐ出ないぞ。
余らの特権に少しでも手を出してみろ……この世の地獄を味わわせてやるぞ!」
アブラギッタも、もはやゴウヨックたちを身内として扱わない。
逆にそんなことを漏らすなら潰すのみと、冷たい脅しをかけてきた。
その現実に、ゴウヨックとミザリーは足下の地面が抜けたような恐怖を味わった。
自分たちはもう誰にも、教会にすらすがることができない。これまでぬくぬくと暮らしていた世界から、放り出されてしまった。
特権に任せてアノンを虐め堕としたことは、教会の知ってはいけないことを知ってしまった罪科に変わった。
インボウズも、実の親であるアブラギッタさえも、一瞬で手のひらを返した。
……だが、それがまだ地獄の一丁目にすぎないことを、二人は知らない。
調子に乗って犯し続けた罪は、足掻く二人を容赦なく地獄の底に引きずり込もうとしていた。
ゴウヨックはインボウズと同じ枢機卿ではなく、あくまで枢機卿の一族で威張っているだけのボンボンにすぎません。
なので、枢機卿の怒りを買った状態で実家からも切られると詰みです。
ゴウヨックは食べることしか考えておらず自堕落で頭が良くなかったため、アノンの件で気を良くして調子に乗りすぎてしまいました。
おまけにファットバーラの自分に糖尿病は縁がないと思い込み、具体的な知識が全くなかったせいで自分の異変を早期に気づけませんでした。
ファットバーラ家は元は食を大事にする一族で、糧を決して無駄にしないのを誇りとしていました。
時がたって腐敗し信念が歪んでも、糧を体に貯めることができないのはアウトです。
もっとも、貯めたとて本人たちのぜい肉にしかならないので、結局みんな自分の楽しみにしかなっていないのですが。