9.決別の日
あけましておめでとうございます!!
今回は景気よく女の子祭りといきましょう!ユリエルを取り巻いていた、学園とギルドの人間関係とは。
記念すべき元旦に、私のこれまでの作品を紹介します。
「袁紹的悪夢行」三国志系サイレントヒル
「デッド・サンライズ」短めの環境問題系ゾンビ
「ゾンビ百人一首」百首+αをゾンビのショートストーリー化
「屍記~不死の災厄の作り方」始皇帝~項羽と劉邦時代のゾンビウイルス研究
「死霊一揆譚~白菊姫物語」現代中心の和風ゾンビ群像劇
見事にホラーばかりですが、暇がありましたらどうぞ。
爽やかな朝の空気の中、ユリエルはべとべとの汚れだらけになって生ゴミをすくっていた。鼻が曲がるような悪臭が、朝の空気を台無しにしている。
だが、ユリエルの顔はやる気に満ちていた。
「……これで最後。さあ、さっさと引き揚げるよ!」
生ゴミ満載の壺を岩ムカデにくくりつけて、ユリエルは命令を下す。そして、一度だけ名残惜しそうに木々の間から見える村を振り返った。
(……さようなら、人々の生きる場所)
心の中でそう呟いて、ユリエルは岩ムカデにしがみついた。
今日で、ユリエルが追放されてからちょうど一週間。
インボウズが言っていた、捕まえない猶予期間の終わり。
学園都市リストリアは、聖人教会への信仰なき者を拒む教会領のようなもの。ここでは、破門者は生きることを許されない。
見つけ次第捕らえられ、見せしめの末奴隷に落とされる。
ユリエルも今日からは、容赦なくそうなるのだ。
だからユリエルは、今日からは本当に人の住む場所に踏み込めない。一般人に姿を見せることもできない。
今日は、ユリエルの人間社会との決別の日だ。
これまで自分と関わってきた人たち、仲の良かった人たち、世話になった人たちにも、もう会えない。
次に会う時は、敵同士だ。
それを考えると、つい目頭が熱くなる。
しかしユリエルは、新しい仲間を思ってその気持ちを抑えつけた。
(いいもん……私には、この子たちがいるんだから!!)
ダンジョンで帰りを待っていてくれるアラクネと虫たち、そして今日村の近くで回収した新たな虫たち。
これからユリエルを守ってくれるのは、人間ではなく彼らなのだ。
(そうだよ……人間なんて、結局誰も守ってくれなかった!!)
そう思うと、人間などこちらから願い下げに思えた。
どんなに分かり合ったつもりでいても、一緒に思い出を作っても、世話をしてもらって恩がある人でも……結局そうだ。
今とそしてこれから、ユリエルの助けにはならない。
もちろん、助けてくれない人たちにもそれぞれ事情や守るものはあるだろうが……ユリエルには、自分に降りかかった結果が全てだ。
ユリエルは辛い思い出から逃げるように、暗いダンジョンに駆け込んだ。
その日、学園の全校朝礼で、ユリエルの破門と追放が正式に告げられた。
「残念なことに、ユリエルは邪淫の罪を犯し神に見放された!
しかも慈悲の期間に出頭して謝罪せず、未だに罪を認めず逃げ回っておる。何とも呆れた性根である!
我々は、この裏切り者に罰を下さねばならない!!」
インボウズが壇上で、いかめしい顔をして熱弁を振るう。
「君たちとは共に過ごした仲だ。刃を向けづらい者もいるだろう。
しかーし!!そのような甘い気持ちの者がいては、神に人々が守られる清浄な世を守ることはできない!!
君たちは聖女、そして神官なのだ!世の守り手なのだ!
ならば既知なればこそ、悪に引導を渡してしかるべきだ!
これからユリエルの捜索と、必要があれば討伐が行われる。君たちも何か情報があればどんどん上げて、もし対峙することがあれば厳かに対処するように!」
「礼、着席!」
大聖堂に集まった聖女の卵と見習い聖女たちは、大人しく頭を垂れて聞いている。
当たり前だ。インボウズは学園の最高指導者なのだ。
ここではインボウズの言うことが全て正しく、最も重んじられるのだ。
だから、インボウズに逆らう者など誰もいない。ここにいる誰もがインボウズの言いなりで、手駒なのだ。
従順な生徒たちを見下ろして、インボウズは胸の中で吐き捨てた。
(これで、貴様の友も仲間も全部敵だ!どんな気分だね?
優しくしてやった一週間の間に戻って来てうんとみじめに謝って、体を捧げれば、こうはならんかったものを。
貴様のせいだぞ、僕らの手を煩わすから。
逃げるほど絶望は深くなると、思い知るがいいわァ!!)
正直、インボウズは苛ついていた。
普通の子なら、一週間も泳がせればだいたい憔悴しきって戻って来るのに、ユリエルは姿を消したまま。
捜索に人手を割かなければならないし、売りに出す日も決められない。
簡単な臨時収入だと思っていたのに、どんどん計画が狂ってくる。
この学園都市にいる者は、全て自分の想いのままのはずなのに……なぜあんな小娘一人に手を煩わされるのか。
そのうっぷんをぶつけるように、インボウズは生徒たちに言い放った。
「君たちの善良なところを、神は必ず見ておるぞ。君たちの中から、情に流されて同じことになる奴が出ないことを心より祈っておる。
君たちに、神の祝福あれ!!」
要は、見張っているからとにかく従えということだ。
集まった生徒たちがそれに応えて神に仕える心得を唱和し、朝礼は終わった。
しかし、本当に皆がインボウズの思い通りになった訳ではなかった。
この後、三人の聖女が他に人のいない部屋に集まって不服そうな顔を突き合わせた。はっきりした顔立ちの、芯の強そうな子が言う。
「……私たちが全員いない間に、ユリエルがこんな事になるなんて。
止められないように、仕組まれたってこと?」
「ええ、ユノの言う通りの可能性が高いです」
肩までの髪と素朴な顔だち、そこに荘厳な雰囲気をまとった一人がうなずく。
しかし、ふわふわの長い髪にふくよかな肌、ほんわかした顔の子は、戸惑ったままだ。
「え、な、何言ってるの、ユノもカリヨンも!
だって、仕組まれたとか……そんな事ある訳ないじゃない。だってここは、国で一番聖なる街なのよ。
そんな汚いこと、ある訳……」
「シノア、あなたは現実を見なさい。
ユリエルが本当にあんなことをすると思いますか?」
素朴でしかし気高い子に言われ、ほんわかした子は目を伏せた。
ここに集まったのは、ユリエルの親友であった三人の聖女。
はっきりした顔立ちに強い意志のこもった瞳、何事も筋を通す勇気に満ちた聖女。この国の騎士団長の娘、ユノ。
地味で素朴ながら決して揺るがぬ信仰心を持ち、物事が本当に教えに照らして正しいか考える賢き聖女。教会本部で清廉派として知られる枢機卿の娘、カリヨン。
柔らかく優しさにあふれ、大らかな心を持つ聖女。裕福な商家の娘、シノア。
この三人は、ユリエル追放に深い疑念を抱いていた。
「もし私たちがいたら、確実にユリエルの破門に抗議したわ。ちゃんと証拠を見せて、本当だって証明なさいよって。
特にカリヨンちゃんの意見なら、理事長も無視できなかったはず。
だけど……」
「ええ、私たちはみんな遠くの任務につかされていた。私とユノは二人で、シノアは別方面に……そして帰ってきたのは昨日。
今朝まで、ユリエルのことは誰も教えてくれなかった」
ユノとカリヨンは、この状況をひどく訝しんでいた。
確かに聖女の破門と追放は枢機卿一人の判断でできるが、そこに別の枢機卿からの疑義と調査要請が入ればそうはいかない。
カリヨンが学園にいて迅速に対応できれば、止められたかもしれないのだ。
だがカリヨンは容易に戻って来られない遠隔地の任務を言い渡され、カリヨンと連絡を取る可能性の高いユノとシノアも遠ざけられていた。
これはもう、意図的にそうされたとしか思えない。
「……理事長は、余程探られたくなかったようね」
カリヨンが、静かな怒りを帯びた声で呟く。
そうとも、本当にユリエルに相応の理由があるなら、カリヨンたちを遠ざける理由がそもそもないのだ。
なのに、遠ざけられている間にやられたということは……。
「不正追放の噂は、本当だったってことね。
……大事なユリエルに降りかかるまで、何もできなかったなんて!」
ユノが、悔しそうに拳を握りしめた。
毎年、何人かの聖女が卒業前に学園を去って聖女の席を空けるのには気づいていた。実は陰謀じゃないかという噂はあったのだが……それこそ陰謀論じゃないかという程度にしか信じていなかった。
だって、それが起こっても、別に困ることはなかったし。
去った子はみんな、どこの馬の骨とも知れないような子で世間に影響はなかったし。
だからみんな、なあなあで受け入れて忘れていった。
しかし今考えれば、去るのがそんな子ばかりという時点でおかしいと分かる。それで繰上りで聖女になるのが、皆偉い人の娘ばかりというのも。
「私たちも、思い通りにされてたって訳!」
ユノは火を吐くような怒りとともに吐き捨てた。
上の学年で破門者が出るたびに、心を引き締めたつもりでいた。ユリエルと四人で、信じられないとか悪い奴がいるもんだとか他人事みたいに話して、自分たちは真面目に誠実にやろうと誓いあっていた。
……そんな心構えなんか、何の意味もなかったのに。
悲壮な顔で奥歯を噛みしめる二人に、シノアはおろおろしながら言う。
「あ、あたしだって、ユリエルがこうなるのは間違ってると思う!
でも、陥れられたとか思い通りにされたとか……それもきっと違うよ。だって理事長は、すごく聖なる立場の人だよ?
だからきっと、これは何かの間違い。
ねえ、あたしたちがユリエルを探して、きちんと話し合ってもらえば……!」
「ユリエルを、奴隷にしたいの?」
シノアの楽観的な考えは、ユノに一蹴された。
ユノとカリヨンには分かる……そんな事をすれば、ユリエルは即捕らえられ、自分たちも運が悪ければ連座だ。
むしろ、それこそインボウズの望むところだろう。
「じゃあ、どうすればいいのよ~!?
早くユリエルを助けないと!」
半泣きになって問うシノアに、カリヨンは静かに首を横に振った。
「異議を挟める慈悲の期間は過ぎました……もう、私たちにできることはありません」
「え、え……それじゃ、ユリエルが……!」
「しっかりしなさい、ユリエルはもう裏切り者認定されてしまったのです。
このうえであまりユリエルをかばえば、あなたまで背教者とみなされますよ。下手に目をつけられれば、親も家も潰されます。
こうなってしまっては、私たちも身を守るしかありません」
カリヨンたちにとっても、苦渋の決断だ。
だが、今騒げば理事長に自分たちを排除する口実を与えることになる。そして排除されてしまえば、本当に何もできなくなってしまう。
「……時機を待つしかありません。
お父様は教会の腐敗を滅そうと動いてくれてはいますが、今インボウズたちに仕掛けるのは時期尚早です。
ユリエルには、それまで何とか逃げ延びてもらうしか……」
「そうだね、ユリエルなら野宿でもそう簡単には死なないと思う。
何とかインボウズの悪の証拠を掴んで……根っこのところから、何とかしないと!
私、中等部まで一緒だったマリオンに声をかけてみるよ!」
カリヨンもユノも、本当に何もしない訳ではない。自身を守りつつ、できることはしようと思っている。
ただし、それがユリエルに届くのはいつになるか分からないが。
ただ一人、シノアだけは現実を受け入れられずに泣いていたが。
「何で……何でこんなことになるの!?
ここって、みんな優しくて、正しくて……清らかじゃなかったの!?
今までみんな平和で、こんなことなかったのに……何がおかしいの!どうして何もできないの!ふえええぇ!!」
ユノは、どこまでもお花畑だった友を眺めてため息をついた。
「……とりあえず、こいつが下手やって目をつけられないように守るところからね」
密談が終わって一人になると、カリヨンは人気のないところで一羽の鳥を空に放った。
(お父様に知らせなければ……間に合うかは、別として)
カリヨンの父である、クリストファー枢機卿。今巨大な腐敗勢力に少しでも対抗できるのは、この男しかいない。
しかし強欲で腐っている方が人も金も集めやすいため、教会総本山でははっきり言って劣勢だ。
自分たちの利益を最優先する腐敗勢力同士の争いの中で、外向けの面を清らかに見せるために生かされているようなものだ。
こんな状態では、ユリエル一人のために危ない橋を渡ってもらうことはできない。
それでも、ユリエル追放の件が少しでもインボウズの足下を崩す材料になれば……そう思って、連絡だけはしておいた。
(歯がゆいものね……巻き込んでしまって、こんな事しかできないなんて!)
カリヨンは、暗澹たる気持ちで自室に帰る。
ティエンヌたちと同じ高位聖職者の娘だけあって、与えられた個室は広く上品なものだ。しかし、ここが監獄であると、カリヨンは知っている。
この部屋には、魔法通信を傍受する術式が仕込まれている。カリヨンと父を監視し、動こうとする先手を打ち、落ち度を見つけるために。
だからカリヨンは、父との連絡にも伝書鳩なんてものに頼っているのだ。
そうして自分が隙を見せないからユリエルが狙われたのかもしれない、とカリヨンは思う。自分たちを情で刺して動かして排除するために。
いや、自分だけではない。ユノも少しそういう関係がある。
インボウズは手駒をこの国の騎士団に送り込もうとしているが、ユノの父とユノが隙を見せないからこうした面はあるだろう。
もっとも、ユノもカリヨンもその手に乗るほど愚かではないが。
(だけど、これでは……ユリエルは、見捨てられたと思うでしょうね。
あの子のことだから、思い切った行動に出るかもしれない)
カリヨンとユノが自制しても、ユリエルが暴発してしまえばそれはそれでインボウズに正当性を与えることになる。
カリヨンは、それを深く懸念していた。
(暴発……いいえ、ユリエルが生きるためには仕方のないことかもしれない。
でも人に害を与えて……人を殺してしまったら、たとえ冤罪でも復権は難しくなる)
カリヨンが、父から聞いた話。
これまでにも、不正に破門された元聖女が無実の証を手にしたことはあったらしい。しかし彼女らはそのために、不法行為をいくつも犯し人を殺めてしまっていた。
すると、どうなったか。罪を着せた腐敗勢力はその元聖女の殺人と不法行為を取り上げて喧伝し、殺された者の遺族を使ってすさまじいネガティブキャンペーンを展開した。結果、彼女たちは一人残らず処刑台に送られるか、遺族の『正義の仇討』に倒れている。
冤罪を晴らすまでに少しでも汚れてしまえば、アウトなのだ。
(……もしユリエルがその道を選んだら、私は戦わなければならない)
腐敗勢力は、そうして被害者の決死の抵抗すらも自分たちの利益に変えてしまう。どう足掻いても無駄だと、嘲笑って。
インボウズは、特にそういう陰謀が上手い。
個々の善意や使命、やむを得ぬ事情や当たり前の感情をうまーく絡ませて、被害者と善良な者がぶつかるように仕向けるのだ。
今回の件だって、まさにそうだ。
(ああ、何ておぞましい陰謀……!
私たちがユリエルを助けようとして墓穴を掘っても、助けなくてユリエルが人に恨みを募らせても……結局あいつの目論見通りなんて!!
いつかになってしまうけれど、必ず止めなくては!)
カリヨンは、心に突き刺さる痛みとともにそう誓った。
ただし今は、ユリエルが罪を犯さぬよう祈ることしかできないけれど。
ユリエルを思って戦々恐々とする者は、下の学年にもいた。
ユリエルと共にハーブ園や菜園の管理を担っていた後輩、ヨナである。彼女は、植物と虫を本当にうまく管理するユリエルを慕っていた。
(せ、先輩が追放……破門だなんて!
うちの自慢のハーブや野菜を陰で守っていたのは、先輩なのに!!)
幸い、ヨナにはまだ何も起こっていない。
しかし、ヨナはユリエルほど虫を見つけるのがうまくない。植物の変化にも、ユリエルほど敏感には気づけない。
ただ、ヨナにはユリエルから託された天然由来の殺虫剤や忌避剤のレシピがあった。
(わ、私が何とか守らないと……でも用務員さんも倒れちゃったし。
どうしよう……!!)
夏の光を浴びて青々と輝くハーブ園を前に、ヨナはただ自分の背にのしかかった責務の重さに震えていた。
冒険者ギルドでも、正式にユリエルを捕縛せよとの指令が下されていた。
「許されざる邪淫の罪で破門されたユリエルが、こそこそと逃げ回っておる。今こそ、我らの力を神と教会に見せつける時だ!
今日から衛兵がユリエルの捜索を行っておるが、おまえたちも自由に捜索して構わん。捕らえれば、ほうびはたんまり出るぞ!」
多くの冒険者たちは、これはうまい話だと色めき立っている。
対象は回復要員の元聖女一人。そいつを殴って縛って連れて来れば、郊外に家が買えるほどの金がもらえる。
涎が出るほど簡単なお仕事だ。
ただし、別の期待までして鼻息を荒くしている奴にはギルドマスターが釘を刺す。
「しかし、変な気を起こすなよ!
破門者と交わった者には、穢れがうつる。もしその事実が発覚した者は、破門のうえ一生奴隷として使い潰されるからな!」
途端に、前かがみになっていた冒険者たちの背がしゃきっと伸びる。
もっとも、ギルドマスターにはその本当の理由が分かっていたが。
(せっかくの聖女の処女を、こんな奴らに奪われる訳にいかんからのー。そんな事をしたら、損失分を僕が払わされるじゃないか!
僕のものになるかもしれない子を……しかし、G……うむむ)
ギルドマスターの苦悩をよそに、ギルドは熱気に満ちていた。
そんな中、非情に気まずそうに隅に佇んでいる一人の女冒険者がいた。
挑発的な赤いキャミソールと魅惑のホットパンツの上に軽鎧をまとい、鮮やかなルージュの唇をへの字に曲げている。
(ヤバいヤバい、こんな事になるなんて!
あたし、もっと真剣にユリエルと向き合ってあげるべきだったのかな……)
アイーダは、軽くパニックになっていた。
アイーダは、長くこの街に住みユリエルとそこそこ仲が良かった冒険者だ。
しかし二人の間には、決定的な違いがあった。仲間としては頼りにされても非モテなユリエルに対し、アイーダは常にモテモテだった。
それはアイーダが家庭の事情から、清々しいほど男に股を開いていたからだが……それを知ってなお、ユリエルはアイーダを軽く羨んでいた。
そしてある日、自分も合コンに参加するか男を紹介してもらえないかと頼んできた。
もちろん、アイーダは断った。
自分が相手にしている男たちは、ユリエルの貞操を捧げていい男ではないから。男たちの中で、ユリエルの評判が女としてよろしくなかったのもあるが。
それに、実は内心アイーダもユリエルを羨んでいた。
おまえは男に身体を開かなくても、優雅に生きていけるじゃないか。天に恵まれた聖女の分際で何言ってんだ、と。
世の中を知らない贅沢な悩みだと思っていた。
その腹いせもあって、断ったのに……。
(あの後すぐ、ユリエルが邪淫で破門された……。
これ、まさかあたしが断ったから……思いつめて無茶しちゃった、とか?)
状況的にそう思えて、アイーダは激しく動揺していた。
もし自分が手堅いのを紹介してあげていたら、この事態を防げたのだろうか。いくら後悔しても、こうなってしまったらフォローもできない。
そうして尋常ならぬ様子のアイーダを見て、男たちは口々に噂する。
「おい、アレ……やっぱあいつが何かやったんじゃねえか?」
「ユリエルのこと、よく愚痴ってたからな。聖女のくせに生意気だって」
「ちょっと痛い目に遭わせようとして、やりすぎちまったんかな。ま、あいつが頼めば手を下す男はいくらでもいるだろうよ!」
アイーダが後悔と事の重大さで本当のところを口にできないせいで、男たちの欲情混じりの噂はこじれる一方だ。
それでもアイーダは、体を張って養う大切な家族を守るために、男たちの問いをはぐらかすことしかできなかった。
その様子を、静かに窺う小さな影があった。
小学生と見紛うような小さな体に、黒くきっちりとした忍び装束。目立つはずなのに、まるで皆が存在を忘れたかのように堂々と冒険者たちに紛れている。
そのくりっとした、しかし眼光鋭い目は、アイーダに向いていた。
(男どもはいろいろ言い放題、本人は沈黙か。
さて、真実はどこにある?)
この女忍者はマリオン・タケミツ。
かつてはユリエルやカリヨンたちの級友で、中等部までは一緒に聖女を目指していた。
(ユリエルに本当にあんな事ができるとは思えん。もし、俺が聖癒科を外されたのと無関係でないなら……捨て置けんでござるな!)
誰もが美味しい仕事に沸き立つ中、マリオンの黒曜石のような目がギラリと光った。
実は、既に出版している作品もあります。
「ゾンビ百人一首(各話の解説つき)」と、ゾンビ化三国志「ゾンビ・オブ・ザ・官渡」!
2月までの限定販売ですので、興味のある方はぜひ楽天ブックスでどうぞ。