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86.心血をもって

 決戦が盛り上がりすぎて長くなってしまったので、この時間だ!

 ギリギリ日付上は間に合った!

 内容が渋滞とか詰め込みすぎとか言うな!


 勝ち目がないし相手の理解もない絶望の戦い、しかしユリエルにはまだ一矢報いられる最高の手札が残っていました。

 そして、それを使ったことを相手が気づいてくれたのなら……それでも和解できるとは限らない現実。

 文字通り、血まみれのグロ戦闘回です。

「あーあ、無駄に殺したくないんだけど……」

 聖騎士たちは、悲しさ半分面倒くささ半分でぼやいた。

 この三人は本来、食うことに直結しない殺しを好まない性質だ。だから今回は、桃さえ持ち帰れば良かった。

 だが、結局全滅させなければならないとは。

「すぐ楽にするから、せめて大人しくしろよ……ねえ?」

 橋の下からおっとり刀で駆け付け、傷だらけの体で殴りかかって来るワークロコダイルたちに、ココスは振り向きざまに威圧を向けた。

 ゴウッと空気が震え、恐ろしい圧がワークロコダイルたちを襲う。

 一瞬、ココスの姿がおぞましい化け物に見えた。死を恐れる生物の本能が、心を折り足をすくませた。

 だが、一体だけそれを突き抜けてくる者がいた。

「ウルセエ!邪魔スルナ!!」

 ココスは一瞬驚いたが、冷静に手を一振りした。

 すると、突撃したワークロコダイルの体に直線状の傷ができて血がほとばしった。細い糸のような何かが、固い鱗に食い込んでいる。

「ほら、無駄に動くから……楽にしてやれなかった」

 ココスは、残念そうに呟いた。

 ココスの得物は、ワイヤーのように変幻自在に動く極細の糸鋸。これで、生きた獲物でも瞬時にバラバラに解体してしまう。

 これにかかった獲物は、自分が死んだことにも気付かぬほど安らかに解体される。そうして無駄な苦痛を与えず肉を固くしないのが、ココスの妙技だ。

 しかし精密な操作が必要ゆえに、今回のように予期せぬ動きをされるとそれができないことがある。

 そして、なぜそうなったのかと言えば……。

「こいつ、酒臭い……酔っぱらってるのか!」

 そいつは、かつてユリエルのヘビ捕獲罠の酒の匂いにつられた、酒好きな戦士だ。

 酔えば恐れを捨てて戦えると気づいたそいつは、戦う前に酒を飲むことで本能の恐怖をも捨て去ったのだ。

 そいつがもぎ取った隙に、もう一体が片腕を引きちぎって拘束から逃れ、殴りかかった。

「止マルモノカ!!」

「うわっ近っ!やりづらいなぁ」

 ココスの糸鋸は、至近距離では扱いづらい。ゆえにココスは、素手で迎え撃った。だが、その手が変な風に刺さった。

「ガハッ……子の魂……孫までも……!」

 シャーマンが、己の肉体を盾にしてココスの手刀を受け止めていた。そして、若い戦士二体を尾で弾いて引かせる。

「あたしは、いい……主を、守れ!!」

 シャーマンの意図を汲んで、二体はユリエルの下へ走る。ユリエルに癒してもらえば、まだ学ぶだけの時間が得られる。

 そうして若者を逃がしたシャーマンに、ココスが哀れみの目を向けた。

「気持ちはわかるが、無駄に苦しめる方が良くないよ。

 その価値がある主でもあるまいに……」

「ほざけ……一族にとっては、命の恩人だ!

 だからあたしも、命で返す!!」

 ココスの哀れみを振り払い、シャーマンは自らを鼓舞して、ココスの腕を掴んで体を回転させた。

 己の体内がぐちゃぐちゃになろうと、相手の腕をねじ切らんとする執念の技。

 だが、ねじ切られたのは当然のようにシャーマンの方。ココスの腕は、びくともしなかった。

 シャーマンの体が腕からずり落ちると、ココスは悲しげにつぶやいた。

「君たちは、そんなに恩があるのか。

 ……せめて恩を受けたのが、もっとまともな善人だったらなぁ」


 アンサニーは、余裕でオリヒメの攻撃をいなしていた。

 パルチザンの刃を聖剣で全て弾き、絡みつこうとする糸を左手に持った棒で片っ端から巻き取ってしまう。

 それでいて本人は息を切らすこともなく、手に入れた糸に見入っている。

「ハァ……美しい。俺の髪といい勝負じゃねえの、これ?

 こーんないいモンが出せるのに、何で魔女なんかに渡しちまったかな」

 アンサニーは、オリヒメの出す糸に唇で触れ、ほうっとため息をついた。とても戦闘中の態度ではない。

 そのうち、オリヒメに甘い視線を向けてうっとりと言った。

「なあ、こんな美しいおまえに、ここはふさわしくねえよ。

 俺らが解放してやっから、一緒に来いよ。そしたら大事にして、もっともっと美しく磨いてやっからさ」

 だが、オリヒメは断固として拒否した。

「行く訳ないよ!あたしに何もくれなかった、教会のとこになんか!

 大事にする?捕まってからずっと、されたことなんてない。

 食べ物も与えられず、身を守るための虫たちも光で怯まされて好き勝手倒されて、鞭と焼きゴテで糸だけ絞り取って!

 ユリエルは、その全てからあたしを救ってくれたんだ!!」

 オリヒメの言葉に、アンサニーは驚いて目をむいた。

「は!?そんな扱いされてたん!

 うわー……そういうことするから、こんなお宝がクソ魔女の手に落ちるんだよ。そうだよな、そんな目に遭ったら多少の不幸は幸せだよな。

 オトシイレール卿おおぉ!!」

 アンサニーはオリヒメの境遇を哀れみ、インボウズに怒りを露わにした。美しいものを愛するアンサニーは、この美しい糸を生み出す美女が無下に扱われたことが許せなかったのだ。

 そこだけは、少しだけオリヒメの心を解かした。

 だが、オリヒメがこいつを受け入れられるかは別問題だ。

 アンサニーはあんなに自分を大事にしてくれたユリエルをクソ魔女と、かけがえのない居場所をふさわしくないと言った。

 そして、そんなひどい事をするのに白馬の王子様気分でいる。

「フッ……ならば拒絶されようとも、乗り越えて手に入れてみせるぜ!

 それが愛ってもんだ!!」

「要らないよ、そんな押し付け!!」

「またまた~、おまえの美しい笑顔が楽しみだぜ!」

 オリヒメが拒めば拒むほど、アンサニーはスパイスでも盛られたように盛り上がる。オリヒメにしてみれば、心の舌がおかしいとしか思えない。

 だが、アンサニーの幻惑するような剣技と魔法にオリヒメはついていけない。

 パルチザンの刃は届かず、糸は奪われるばかり。鋼鉄のように固い腹部の八本の脚も、虚しく空を切るどころか絡まされてよろけてしまう。

 オリヒメはアンサニーの魔法の力場に捉えられ、優しく抱き上げるように浮かされた後、ユリエルに叩きつけられた。


 レジンは、必死に二本の刃を振るっていた。

 長剣とソードブレイカーが、目まぐるしく空を切り裂く。しかし、普通の冒険者なら捉えることもできないそれが、ロドリコには全て弾かれる。

(くっ……せめて、狂化できれば!)

 今のレベルのままでは、逆立ちしたって勝てない。

 だからレジンは狂化の鍵を求めて、ロドリコを挑発する。

「ハッ……神に許されてるから、絶対正義とでも思ってんのか?

 仕える奴の白黒も見てねえ神が、どれほどのもんだよ。そんなのに頼って、平然と他人から奪うど畜生が!」

 だがロドリコは、胸を張ってこう返してきた。

「ああ?そんなこと思ってねえよ!

 俺はただ、食う幸せのために戦ってる」

 ロドリコは、晴れやかな笑顔で神そっちのけの信念を語った。

「俺は、食う幸せを、皆がそれを分かち合える世界を守りてえだけだ。

 なあ、生き物は皆、美味いもんを食うだけで幸せになるだろ。大切な人と一緒に食うと、もっと幸せだよな。

 だから、それに感謝して食材を狩る。みんなの食卓を脅かす、魔物を倒す。

 そんな生物としての当たり前に、何で許しが要るんだ?

 ま、神が力を貸してくれるなら拒みゃしねーよ」

 レジンは、全身の力が抜けそうになった。

 ロドリコは、神の許しを盾に傲慢に振舞っている訳ではない。むしろ、神を自らの信念のついでのように考えている。

 教会の正義を盲信していない、ここは確実に朗報だ。

 だが、それは今この状況をどうにかするのに何の役にも立たない。

 ロドリコは神や教会の言いなりではないが、ユリエルを絶対悪として屠ろうとしている。

 レジンが少しでもそれに対抗するためには、狂化が必須だが……ロドリコはこの口ぶりからして、免罪符を持っていない。

(ヤベえ……これじゃ、俺の力は……何のために……!)

 戸惑うレジンに、ロドリコは悲し気な笑みで拳を引き絞った。

「おめえ……もしかして、教会絡みで辛い目に遭ったのか?

 でもな、教会は本来そんなんじゃねえんだ。今のおめえのいる側が、むしろそういう事をしてるんだよ。

 だから、解放してやるから……今度こそ、おめえの守りたいモンを守れよ」

 レジンが反論する間もなく、ロドリコの拳が打ち込まれた。

「ネイル・ストライク!!」

「ゴハァッ!!」

 レジンの腹に釘を打たれたような衝撃が走り、レジンは刺さった釘に引きずられるように吹っ飛んだ。


 ユリエルは、桃の側で味方の回復と補助に専念していた。

 分からず屋の聖騎士共を殴りたいのはやまやまだが、自分の力と素早さで歯が立つ相手ではない。

 ならば少しでも歯が立つかもしれない味方を強化し、癒そうと思ったが……戦況は、ユリエルの思考を超える速さで悪化していく。

 片腕がもげたワークロコダイルが癒しを求めて駆け寄って来る後ろで、シャーマンが無残にねじれてこと切れた。

(こん、な……私のために……シャーマンさん!)

 入って来る情報が多すぎて、残酷すぎて、処理が追い付かない。やらなきゃいけないことがあるのに、心が揺れて視界が定まらない。

 助けを求めるワークロコダイルの声に、ようやく脳が反応しようとする。

「ごめん、すぐ……ハイ……ヒー……ぐびゅっ!?」

 ワークロコダイルを癒そうとした途端に、上から重いものが降ってきて潰された。さらに、横から勢いよく何かが叩きつけられた。

 一瞬意識が遠のいて、次に気が付くと、ユリエルはボロボロの仲間たちと団子になっていた。

 大丈夫かと問おうとして、口から出るのは呻き声。

「あ……ああっユリエル!ごめん、こんなつもりじゃ……」

 オリヒメの固く鋭い脚が、ユリエルのわき腹に刺さっていた。オリヒメは泣きながらそれを抜くが、傷口からはドクドクと血が出ている。

「ほら、これで一矢報いられただろ、クモちゃん」

 アンサニーが、恩着せがましく言う。

「支配が解けてこいつがいかにクズか分かっても、その時にやり返せないとモヤモヤするからな~。

 今は辛えかもだけど、これで前に進めっから!」

 ロドリコは、重い鎖で締め潰すように言い放つ。

「どうだ魔女、てめえのしたことが分かったか!?

 人間をキメラにして人間を襲わせるってことはな、同胞に殺し合わせるってことだぞ!てめえ今どんな気持ちだ、言ってみろ!!」

 ロドリコは、絶望に引きつって涙を流すユリエルの顔を覗き込んで、諭すように言った。

「分かったなら、もうキメラを復活させるな」

 それでも、ユリエルは必死に折れまいと首を横に振る。

 言うことを聞いてしまったら、ケッチとミーの今世での愛は、レジンの世を直したい志はどうなるのか。

 すると、ロドリコは眉間に噴火しそうな山脈を作って告げた。

「そうか、そんなに自分のことしか考えられねーか。

 なら、もう思い出したくもねえようにしてやる。

 これからてめえの目の前で、こいつらを惨たらしく殺す!本当はこんな事したくねえが、それ以外にどーやったら分かってくれるか分かんねーからな。

 なあ、そんなに泣くぐらいなら分かれよ。オラ分かれ!てめえと、仲間と、そのキメラの大切な奴のために!!」


 容赦なく追い詰められる大切な人を前に、オリヒメたちはもうどうしていいか分からなかった。

 できることなら、一矢報いたい。

 自分たちの抗う意志を示し、ユリエルを支えたい。

 しかし、もうここまで痛めつけられては、それも叶わない。どんなに気持ちを奮い立たせようとしても本能は悲鳴を上げて、体が動かなくて。

 せめて最期まで盾になろうと抱き着いたオリヒメの耳に、ユリエルのかすかな声が届いた。

「飲んで……私の、血……」

 その言葉に、オリヒメははっとした。

 レジンとワークロコダイルたちも、がばっと身を起こした。

「そうだ……私、どうして……気づかなかったん……だろう。

 始めから……こうして、いれば……!」

 それは、今すぐ仲間を強くするたった一つの方法。

 何者にも染まらぬ、かつて神の力を受けていた器の力。最高の魔法触媒であり、魔に絶大な力を与える、処女の元聖女の血。

 ユリエルの体から、今まさにあふれている。

 これまでは他との取引ばかり考えていたが、これは当たり前のようにユリエルの仲間にも使えるのだ。

 気づくや否や、仲間たちは一斉にユリエルの傷口に群がった。

 一番大切な人が、痛みに耐えて心を込めて捧げる血潮をなめとり、命の欠片を飲み下して力を享受する。

 仲間たちの体の芯から、新たな力が湧き上がった。


「何だ……様子がおかしい!」

 ココスの警告に、ロドリコは慌ててとどめを刺そうとした。

 だが、ろくな準備もしなかったロドリコの攻撃は、重機の如く固い質量に阻まれた。

「コレ以上……ボスを、虐めんなよォオオオ!!」

 体が一回り大きくゴツくなった、二体のワークロコダイル……いや、もうワークロコダイルではない。

 盛り上がる筋肉と、鎧のような頑丈な鱗。

 上位種、タフクロコダイルガイだ。

「嘘だろ……こいつら、進化しやがった!」

 オリヒメもレジンも、もうさっきまでの姿ではなかった。

 オリヒメはさらに艶やかでぞっとするような憂いをまとう、絡みつくような色香の美姫……花魁蜘蛛に。

 レジンはたくましく引き締まった体の青年、血をかぶったような赤毛の殺戮者……ブラッディヘッドに。

 皆が、一つ上の存在へと進化していた。

 その力の源を探って、ココスは目を見開いた。

「これは、ダンジョンの力……いや違う!

 『純潔なる神器の血』!?そんな、じゃあユリエルは……」

 その言葉に、アンサニーもぎょっとした。ただ一人ロドリコだけは、臨戦態勢を解いていないが……。

「待てロドリコ、本当にやるのか!?処女だぞ!!」

 ココスの問いかけに、しかしロドリコは落ち着いて答えた。

「それが、今こいつのやる事に関係あんのかよ。

 体が清くたって、こいつは自分のために他人から全てを奪うのをよしとしたんだ。放っといたら、また同じことをする。

 俺は、みんなで囲む食卓を守りてえんだ!」

 それを聞いて、ココスとアンサニーは悔しそうにぐっと唇を噛みしめながら獲物を構えた。

「……分かった、おまえがそう判断するなら」

「……ああ、それが俺たちの道だからな」

「何だよ、変な顔しやがって」

 ロドリコは、二人の反応に首を傾げながら魔物どもに向き直った。

 支援頼みの小狡い小娘がこんな隠し玉を持っていたのは予想外だが、この程度の強化ならまだ敵ではない。

 ならば将来のためにへし折るまでと、ロドリコたちは慈悲なき聖刃を振るった。


 ココスは懸命に、相手を楽にしようと糸鋸を振るう。

 しかしタフクロコダイルガイに進化した二体は、本能と反射でそれを固い鱗で受け止め、あっけない終わりを許さない。

「やめてくれ……頼む!苦しめたい訳じゃないんだ!

 解放されたら、また野生で生きたらいい。だから……!」

 ココスは、絞り出すようにワニたちに訴える。

 聞いてもらえないとは、分かっている。さっきので、ユリエルとワニたちがどれだけ信頼し合っているか分かったから。

「ざっけんな!!あんな、優しい方を……己のために捨てられるか!」

「そうだぞ!!かわいそうって思うなら、おまえがやめろよ!!」

 進化して知能も上がったワニたちは、さっきより的確な言葉で言い返してくる。それがココスの心を、ぎしぎしと軋ませる。

 ココスだって、本当は濡れ衣で踏み外させられた娘を力で叩き伏せたくない。恩を受け守ろうとする義理堅い戦士を、無意味に踏み潰したくない。

「でも、俺はっ……人の幸せを、守るんだああぁ!!」

 ココスは、己をねじ伏せるように叫んで糸鋸を振り回した。

 自分たちの理想のために己の心を殺した、苦し紛れの斬撃。それがタフクロコダイルガイの固い鱗と筋肉を、拷問のように削っていく。

 やがて安らぎの欠片もない肉片だけになった時、ココスは言葉も出ずに呆然と立ち尽くしていた。

 アンサニーも、がむしゃらに拒む己と戦っていた。

 オリヒメは覚悟を決めた凄みのある表情で、いくら弾かれようと怒涛の攻撃を仕掛ける。

「わっちの心は決まってる!想うお方はただ一人!

 いかなる壁が阻もうと、心血の赤い糸は切れない!!」

 それは例えるなら、世の荒波に揉まれながらもたった一人への愛を貫く気高き遊女。滅びすら恐れずに咲き誇る、何より一途で美しい愛。

 アンサニーは、それを潰そうとする自分が醜くて嫌で仕方なかった。

「ぐうぅ……なんで、こんな美しいモンを、壊さなきゃいけねえんだ!!」

 オリヒメの振るう白く輝く糸が、醜い自分を罰するべきだとすら思えてきて。

 懸命に目をそらしなりふり構わずオリヒメを痛めつけて、しかしそれが己の心に跳ね返ってきて。

 戦いが終わったと気づいた時、アンサニーは吐き気がして気が狂いそうだった。


 そんな二人の様子に、ロドリコは首を傾げた。

「んん?どうしたんだ。

 やっぱ、従わされてるだけの奴を潰すのは気分が悪いか?」

 呟きながら、ロドリコは健気に向かってくるレジンに目を向けた。

「そうだよな、おまえだって、捕まって従わされちまっただけだもんな。

 けど、俺は他の奴とは違うぜ!おまえ自身がこれだけ強くなってくれたら、やりようはある。

 目を覚まさせて、本当にやるべきことを思い出させてやるよ!」

 ロドリコは、胸の聖印章の前でナックルを打ち合わせ、大きく息を吸った。大きく膨らんだ胸の上で、聖印章が輝きを放つ。

「ゥウオオオオ!!!」

 ロドリコが、猛獣の如き咆哮を放った。

 それがビリビリとレジンの全身を振動させ、圧倒的な死の恐怖を叩きこむ。思わず気が遠くなりかけたレジンの脳裏で、ものすごい勢いで走馬灯が回り始めた。

 ダンジョンの打ち込んだ楔を振り切って、自分が違う存在だった頃の記憶まで。

「さあ、思い出せ……本来の自分を取り戻せ!」

 これが、威圧を応用したロドリコの技。

 圧倒的な死の恐怖を与えて相手の記憶を引きずり出し、さらに神の力を注ぐことでダンジョンに消された記憶まで復活させる。

 これは相手にその威圧に耐えられる強さがないと成功しないのだが、レジンが進化したことで可能になった。

「さあ、おまえが守りたいのは何だ!?

 そこのクソ魔女に、思い知らせてやれ!!」

 頭を押さえてふらつくレジンに、ロドリコは呼びかけた。

 これで、哀れなキメラにされた人間の魂を一部だが解き放ってやれた。これで、ひたすら自分に酔う魔女に現実を分からせることができる。

 晴れやかな期待をもって見つめるロドリコの前で、レジンがユリエルの方を見た。ユリエルが、小さな悲鳴を上げて縮み上がる。

 だが次の瞬間、レジンはロドリコの方を向いて絶叫した。

「姐御に……手を出すなああぁ!!許さねえええぇ!!」

 レジンの目が紅い光を放ち、ゴウッと闘気が噴き上がる。

「何、狂化しただと!?」

 驚くロドリコのナックルに、恐ろしい力を込めた長剣が叩きつけられる。その勢いと気迫に、ロドリコはたたらを踏んだ。

 さっきまでこいつは狂化できなくて、どうやら条件を満たせず苦しんでいるようだったのに。

 一体、何がどうしたというのか。

「ありがとよ……思い出した、本当に守りたかったもの!」

 目にも留まらぬ剣と拳の応酬の中、レジンは告げた。

「俺は、家族を守りたかったんだ!!

 一緒に温かい日々を過ごして、分かち合って支え合う家族を!

 奪う奴は許さねえ!壊す奴は許さねえ!それが俺の本当の願い。それを親身に、家族みたいに聞いてくれたのは、姐御だけだった!!」

 瞬間、ロドリコは己の思い違いを悟った。

 こいつは人間としても、ユリエルを恨んでいない。むしろ世に救われなかった自分を受け入れてくれたと、本当の家族のように思っている。

「なあ、俺……妹を守れなかったんだ。俺が、バカで、だめなせいで……。

 教会は、人は皆兄弟とか言いながら、何も守っちゃくれなかった。

 でもユリエルは守ってくれた!こんな俺に、俺よりマシなやり方を教えた!側にいることを、許してくれた!

 こんな姉ちゃんが、欲しかった!!」

 レジン……いやレジスダンが守りたかったのは、家族。

 人の記憶を消されながらも共に過ごす日々の中で、レジンはユリエルを本当の姉のように慕うようになっていた。

 そして今、ユリエルはレジンが本当に守るべき家族と認識された。

 人の心を取り戻したレジンは、かけがえのない家族を奪われる怒りに、狂化を果たしたのだ。

「てめえが何をほざこうと、姐御は俺の家族だ!

 もし奪ってみろ……絶対に、何があっても許さねえ!俺がどこまでもてめえを追い詰め、地上の全てに復讐する!

 この、レジスダン様がなあ!!」

「なっ……こいつも、外道背教者か!」

 人の怒りを向けられたのは予想外だが、正体を知ってロドリコの闘志も燃え上がる。

 今のレジスダンは、ロドリコに匹敵する強さと速さで打ちかかって来る。だが所詮このレベルでは、狂化が長く持たない。

 レジスダンが体力を使い果たし狂化が解けた時、ロドリコの拳がレジスダンの体を砕いた。


「ありがとう、レジスダン……本当に、仲間になれたんだね」

 たった一人になったユリエルは、散っていった仲間たちに感謝の祈りを捧げていた。

 そこに、ロドリコが火を吐くような怒りと共に近づく。

「てめえ……レジスダンとか、ふざけんなよ!!

 あいつのせいで、どれだけの家族が壊れたと思ってやがる!?

 元聖女なら、あんなモンさっさと消し去れよ!……そうか、同じ破門者だもんな。類は友を呼ぶって奴か」

 無抵抗のユリエルに、ロドリコは拳を引き絞った

「ちりも残さず消え去れ。三連、ネイル・ストライク!!」

 だが、一撃目がユリエルに打ち込まれた途端、パキンッと何かが砕ける感覚があってユリエルが掻き消えた。

「あっ……逃げやがった!って、おわああぁ!?」

 ユリエルは始めから、倒されたらコアルームに転移して復活するように仕掛けていた。ダンジョンマスターなら、当たり前だ。

 代わりに残った二撃の余波で神殿と祭壇が崩壊し、ロドリコたちに降り注いだ。

 ロドリコが割と容赦のないキャラですが、元ネタのトリコもアイスヘルのトミーロッド戦では虫を殺して見せつけるとかやってました。

 食欲以外に確固たる正義がないので、目的遂行のためなら相手への敬意は二の次です。

 そして、ロドリコと他二人が違う反応を見せていますが……その原因は、次回明らかになります。


 ユリエルの切り札は、他でもない自分の血でした。すごい効果があると分かっていても灯台下暗し、自軍に使うのを忘れていたよ!

 おかげで進化祭りでした。

 そして、記憶を取り戻したレジスダンがユリエルとの絆を見せつけましたが、彼氏になるかと言われると……うーん……慕い方が違う。

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