84.美食の聖騎士
仲間の準備が済んで、侵入してきた聖騎士たちサイド。
今回来た聖騎士は、討伐目的ではなく、聖騎士の中では異色の者たちでした。
聖騎士も主である家によって、能力に傾向があります。
そして、レベルが違う聖騎士相手に、ユリエルが見抜かれてしまった罪とは。
こいつらは食材収拾に特化しているがゆえに、他には見えないものが見えてしまうことがあります。
ユリエルたちが魔物学の先生の処置でてんやわんやになっている間に、聖騎士たちはぐんぐん進んでいた。
神の加護を受けた超人的な身体能力で、鎧をまとったままアスレチック難路も軽々と超えてしまう。
しかも彼らは、強さ由来だけでなく場慣れしていた。
「なるほど、これは一般の冒険者にゃキツいね~」
「でも俺らにとっては、大したことないな」
「ああ、ここよりヤバい場所なんかいくらでも踏破してきたさ。
食材求めて西へ東へ、どんな秘境も突き進め。そこに美味いもんがあるなら、難路も彩りスパイスだってな」
今ここにいるのは、暴食で有名なファットバーラ家子飼いの聖騎士たちだ。
彼らの主であるファットバーラ家の者たちは、秘境にあったり強敵の持つ素材だったりする食材を求めてよく採りに行かせる。
そのためファットバーラ家の戦力は、聖騎士に限らず、美味しい食材を入手して持ち帰る能力に磨きがかかっている。
様々な地形の踏破も、その一つだ。
他に奪われる前に食材にたどり着き、それが傷む前に持ち帰らねばならないのだ。
「にしても、聖王母の桃か。すごいモンが出て来たな」
「ああ、本来なら大砂漠か北の草原を越えてはるばる旅しなきゃいけないヤツだ。しかも、これまで何人かの当主が求めたが誰一人入手できなかった」
「それが、たかがダンジョン10階層で手に入るんだから。
大きな声じゃ言えんが、ユリエル様様だね!」
聖騎士たちは軽口を叩きながら、足取り軽く難路を下っていく。
時々虫の魔物が襲ってくるが、こいつらにとっては本当に人間が羽虫を叩き潰すようなものだ。
何なら、殺虫剤を使うまでもない。
「しかし、オトシイレール卿も分かってないな。
食材を入手する任務に殺虫剤とは」
「ああ、万が一にもこいつが例の桃にかかったら台無しだ。
それに、他の食材だって採れるかもしれない。そういうせっかくの恵みを汚染したら、もったいないだろ」
「先行した大兵法家とやらが、やってなきゃいいがねえ」
この聖騎士たちははっきり言って、今このダンジョンに出現する虫の魔物などいくらいても敵ではない。
鎧袖一触、近づいた者は全て軽く払いのける。
……それくらいの実力者でないと、食材を巻き込んでしまうから。
今回は目的のものがとんでもなく貴重だったため、ゴウヨックが奮発してそれほどの戦力を呼んだのだ。
そんな彼らにとって、カッツ先生とセッセイン家の兵はむしろ足手まといだ。
「ハァ~……合流して足引っ張られなきゃいいがね」
「傷ついて止まってたら、もう俺らだけで進もうぜ。
大兵法家とか言ってるが、そりゃ対人のスキルだろ。秘境の魔物や環境にゃ、人間の小細工なんか通じねえんだよ」
良くも悪くも、食材のことしか考えていない現場主義の奴らである。
だがそれだけに、実力は本物だ。
聖騎士たちは4階層の鉄砲水を、少し体を屈めてファイティングポーズで耐えきった。5階層と6階層では、一人が魔法で足場を作り、それを三人で最小限の時間で走り抜けてクリアした。
動きの遅いワークロコダイルが、襲い掛かる間もなかった。
そうして、聖騎士たちは約一昼夜で7階層に入った。
7階層を少し進むと、聖騎士たちは立ち止まった。
「うわぉ……これはひでえ!」
7階層には、激しい戦いの跡があった。
殺虫剤と思しき油が地面にしみ込み、激しく焼け焦げた跡がある。爆ぜた缶がそこら中に散らばり、人の姿はどこにもない。
周りの森や藪も、一部が無残に焼け落ちていた。
「何だよこれ……火砲の砲身か?
先行した奴ら、火砲を使って事故でも起こしたか」
「これで敵を怯ませて強行突破した可能性もなくはないけど……どうも負けた臭いんだよな。
大兵法家の先生がついたてのに、何やってたんかねえ」
聖騎士たちがぼやいていると、何かがバサバサと飛来した。
それは、コウモリの羽が生えた目玉だった。
その正体に、聖騎士の一人が気づいた。
「これ……聖者落としのダンジョンの、ミツメルの目玉じゃないか!
何でこんな所に?」
目玉は、素直に答えて語り掛けた。
「それはダラク様が、この僕をユリエルに貸し与えたからだ。
しかし先に来た学園勢とセッセイン家が負けたのは、ダラク様のお力ではない。あくまでユリエルの戦力に負けたのだ。
奴らがどうなったか……見せてやろう!」
一方的に映像を流し始めた目玉を前に、聖騎士たちは顔を見合わせた。
「負けたってよ……どうするよ?」
「じゃあもう、合流のために急ぐ必要なんかないだろ。ただ、報告は多少持ち帰った方が良さそうだ。
見ながら、小休止だ」
「じゃあ俺、そこに実ってる杏でも採ってくるわ!」
聖騎士たちはピクニックでもするように、周りから素早く食べられそうなものを集めて来て、目玉の前に腰を下ろした。
それは、ここでこうしていても自分たちが失敗することはないという圧倒的自信の表れであった。
カッツ先生の映像を観賞する聖騎士たちを、ユリエルたちもまた観察していた。
10階層での戦いは負け確定とはいえ、その後大人しく帰ってくれるかを考えるとできる限り敵を知っておきたい。
だがダンジョン機能で鑑定した結果は、ユリエルたちの心を折るに十分なものだった。
名前:ロドリコ 種族:人間 職業:聖騎士、美食ハンター
レベル:70 体力:1150 魔力:450
聖騎士のリーダーは、これまで見たことがない高レベルの猛者だ。
しかも地のレベルに加えいざという時は神の加護でさらなる強化が見込まれるため、おそらく狂化したレジンでも歯が立たない。
完全に、ユリエルの戦力だけでは勝てない相手だ。
おまけに、他の二人もこいつに追いすがるレベルである。
本当にユリエル配下の戦力だけで戦うことになっていたら、多少階層を増やしても攻略されてしまうところだ。
「げえ……何でいきなりこんな強いのが!
今まであんなに舐められてたし、今も上の冒険者の様子を見てると、少数精鋭で確実にって感じじゃないのに」
ユリエルが驚いていると、ミツメルが呆れたように言った。
「聖王母の桃を餌にするからだ。
あいつらは紋章を見るに、オトシイレールではなくファットバーラ家の聖騎士。
ファットバーラ家はとにかく食に貪欲で、伝説の食材を手に入れるためなら何でもすることで有名だ。
学園にいたファットバーラ一族の者が、桃に目を付けたんだろ」
「あっ……そう言えば、ゴウヨック司教がいたんでした!」
ユリエルはようやく、豚より太った悪徳坊主のことを思い出した。
これまでインボウズばかり憎んでいたが、あそこで叩き潰すべき悪徳坊主はインボウズだけではない。
ファットバーラ家のゴウヨック司教と、ラ・シュッセ家のオニデス大司教……あの二人も、インボウズとグルだ。
そもそもユリエルがティエンヌに虐められていた時、あの二人の娘も一緒に虐めてきたではないか。
さらに、ミツメルが衝撃の事実を告げた。
「そのゴウヨックの娘が、アノンの破門後に聖女になった。
アノンは食物による虐めを受けていたようだし、奴が陥れたとみていいだろう」
「えっ!?じゃあ、あいつらはアノンの仇!」
「……の手先ってことだ」
ユリエルの胸に、俄然闘志が燃え上がった。
まさかこんな流れで、アノンの仇の勢力とやり合うことになるとは。ここで会ったが百年目、できればギャフンと言わせてやりたい。
……が、ユリエルにその力はないのだ。
「くっ……結局、桃仙娘娘様に頼まないとどうにもならないわね!
この手でやり返したいのに、力がないって残酷だわ」
「落ち着け、ここでやらなくてもいいだろ。
むしろ奴らが無事桃を持ち帰ってこそ、親玉を潰すことができるそうじゃないか。なら、そっちを確実に遂行するんだ」
「分かってるけどさあ……なんか悔しいじゃん!
毒杏とか妖精のいたずらとかも、全然通じないし」
映像を見る騎士たちの様子をユリエルたちも見ているが、聖騎士たちが嫌がらせに引っかかることはない。
聖騎士たちはそれなりに頑丈な結界を張っていて、妖精の幻惑も虫の遠距離攻撃も通じない。
そのうえ、毒混じりの杏から毒のないものだけを選んで悠々と貪っている。
「あいつら、毒、分かるのかしら?
鑑定できるのかな?」
「おそらく、食物に限り見分けがつくんだろうな。職業に美食ハンターとあるから、それに関連する能力だろう」
それを聞くと、ユリエルは顔を曇らせた。
「……それって、聖王母の桃が食べたらダメだって分かるのかな?
だとしたら、まずいかも」
ミツメルは、ちょっと眉間にしわを寄せて答えた。
「僕が見る限り、多分、大丈夫だと思う。
毒杏は鑑定するとすぐ毒って出るんだが、聖王母の桃は永遠の滋養としか出なかった。根源的には、体にいい作用なんだろう。
ただし先ほど桃仙娘娘が言った通り、薬だって調味料だって過ぎれば毒だ。聖王母の桃の攻撃性能がそういったものならば……」
「いい方向にしか見えないってことね。
やだー罠じゃない!」
言いながら、ユリエルはほくそ笑んだ。
伝説の食材が欲しくて特上の戦力を派遣して、その結果手に入れて味わったもので死ぬことになるなんて。
信じて、騙される気持ちを、お返しすることはできそうだ。
ミツメルは、気楽そうに言う。
「ダンジョンを落とされないかも、まあ大丈夫だろう。
あいつらは聖騎士だが美食ハンターでもある、今回は特に後者に重きを置いた任務だ。桃を手に入れてその先に旨味が少なければ、帰るさ。
あいつらの仲間が死肉祭にも派遣されて来ていたが、ろくな食べ物が手に入らないとぶーぶー文句を言っていたからな」
「ああ、砂漠の階層で桃仙娘娘様とあなたを見せたら、お帰りいただけますかね」
ユリエルのその言葉に、ミツメルは跳ね起きた。
「は、ちょ、待て!何で僕が出るんだ!?」
「いや、あなたもレベル高いじゃないですか」
「冗談じゃない!僕は戦うのは苦手なんだよ!!
レベルが高いって、その力の大部分を撮影、記録、放映、鑑定に振ってるんだ。君んとこのボスと狂化なしで戦ったって、僕ぁ負けるぞ!
絶対出ないからな!出すなら守れよ!!」
ミツメルは大慌てでまくしたてると、聖騎士たちの映像に目を移してぼやいた。
「……まあ、奴らも少々その気があるがな。
隊長は美食ハンター、他の二人も解体屋に保存運搬士だと?そちらにも力を振っている分、敵を倒す力は他家の奴らほどではあるまい。
桃仙娘娘一人出せば、負けることはないだろ」
「何か、敵の食欲に助けられたって感じですね」
ユリエルは、複雑な気分で呟いた。
ユリエルとしては敵を準備不足で突っ込ませるために期間を区切って慌てさせたが、敵はそもそも強大な戦力を多数有していたのだ。
敵が焦る事で確実に潰そうと本腰を入れ、少数精鋭でも強い聖騎士を討伐目的で差し向けてきたら、危なかった。
そういう意味でも、桃を分かりやすい標的に据えたのは正解だ。
ユリエルは、全て負けだと分かりながら何通りも作戦を考えつつ、聖騎士たちの動きを注視した。
「ひっっでぇ……!!」
聖騎士たちは、あんぐりと口を開けてカッツ先生の最期を見ていた。
期待外れだとは思ったが、まさかここまでとは思わなかった。能力も、その使い方も、行動理念も、全てが悪い意味で規格外だった。
途中からは開いた口が塞がらず、弁当を食べる手が止まってしまったほどだ。
隊長のロドリコは、乾いた笑みでぼやいた。
「ああ、うん……これは、負けるわな。
つーか、合流しなくて良かったよ。合流してたら、まーたマウント取ろうとして何しでかしてたか」
「巻き込まれたら、たまんねー!」
これは、聖騎士たちの素直な気持ちである。
これを見るまでは少し気の毒だなと思っていたが、見てしまうとそんな感情は塵も残さず消え失せた。
むしろ気の毒なのは、セッセイン家の兵士や冒険者たちだ。
で、問題なのは、敵がその映像を押さえていることだ。
「ハハハッどうだ!失望したか?いない方がいいと思ったか?
だが残念だ、事実は取り消せない。
この映像は既に、上層にいる冒険者たちにもばらまいている。おまえたちが戻った時、どうなっているか見ものだな!」
「うん、そうなると思った」
ロドリコたちも、死肉祭で何があったかは聞いている。となるとミツメルがここにいる時点で、こうなることは分かった。
しかも今回のカッツ先生のことは、ミエハリスとセッセイン家が被害に遭っているし、他にも被害者がいるかもしれない。
これは、リストリアが荒れるだろう。
神が遣わした転移者ということで、教会と神の威信も無事では済まないかもしれない。
「……でも、そんなのは枢機卿たちの考えることだ。
俺たちの仕事にゃ関係ない」
そこまでの事態だが、ロドリコは興味なさげだった。自分たちの食い扶持と主の食卓に影響しなければ、ロドリコにとっては他人事だ。
だが、仲間の一人が記録水晶を取り出した。
「まあまあ隊長、せっかく映像があるならもらってもいいだろ。
貴重な、食べ物以外でご当主に恩を売れそうなブツだぜ~。オトシイレール卿の弱みなら、美味い酒に換えられるって!」
「なるほど、頭いいなアンサニー!
じゃ、これに記録よろしく!」
なんと聖騎士たちは、ミツメルにその映像を要求してきた。
教会や神の威信を守るために消そうとするのとは、真逆の対応。全ては政争で主を有利にし、自分たちが美食のおこぼれをもらうために。
いっそ清々しい程、食欲しかない奴らだ。
後ろでは、仲間の解体屋が周りの植物や魔物の残骸を調べて嘆息している。
「へえ、妖精の力まで浴びた上質なハーブや果物じゃないか。
それに、アサルトビーの幼虫や卵は強壮系の珍味として高値で売れる。
こんないい物があふれているのに、殺虫剤を爆破までしてまき散らすなんて……もうこの階層では採れないじゃないか。
外は冬なんだから、特に喜ばれるのに……」
「おお、ココスが認めるのか!
ったく、もったいねえことしやがるぜ」
ロドリコはまた軽口を叩き、そして悲しそうな顔になってぼやいた。
「……でも、聖王母の桃を奪って魔女が死んじまったら、このダンジョンも崩壊するか変わっちまうんだよな。
あーあ、ここがあれば住民の食卓をもっと豊かにできるのによ。
何とか、平和的に共存できないもんかねえ」
その言葉と表情は、聖騎士とは思えないものだった。
だが、やはり力と任務は聖騎士だ。
聖騎士たちは7階層で襲い掛かる無数の虫たちをことごとく蹴散らして進んだ。それでも虫の巣や襲って来ない奴に手を出さないのは、消耗を避けるためか他の信念があるのか。
周りの環境を憎らしいほど守ったまま、聖騎士たちは7階層の出口にたどり着いた。
すると、辺りを結界が覆い、二人の特別な魔物が現れた。
「ここから先へは行かせないぞ!」
「そうよ、ユリエル様の幸せな未来を守るんだから!」
上半身は人間の少年少女、下半身は醜い毛虫。道化師のような服装に毒針混じりのファーをまとった、ケッチとミーだ。
その姿を見ると、ロドリコは顔をしかめた。
「おい、こいつら……人間を材料にしたキメラじゃねえか!
よせよ、俺は人殺しも共食いもごめんだぜ!」
ロドリコは、一瞬でケッチとミーを元人間だと見抜いた。そのうえで、戦って殺すことに不快感を露わにした。
意外と言ってはなんだが、まともな人の心もあるようだ。
食べることに関わらなければ、あまり他者に迷惑をかけたくないらしい。
「胸糞悪い……どうせここで倒しても、魔女がいる限り何度でも蘇らされるんだろう?
ダンジョンを見て、ちょっとでも魔女はいい奴かもって思っちまったけど……これなら倒すのに迷いはねえぜ!」
「ああ、食材を手に入れつつ世直しだね」
聖騎士たちの言い分に、ケッチとミーは怒って襲い掛かる。
「そんなんじゃないもん!」
「そうだ、普通の幸せを先に邪魔したのは……ぺぷ?」
尻から出した糸を木に引っ掛けて、空中から飛びかかった二人は……攻撃動作に映る前に、バラバラに切り刻まれた。
「食べるためでもないのに、ごめんよ。
せめて、苦しまないように」
ロドリコの後ろでわずかに動いたココスが、祈るように呟いた。
ココスが二人に何をしたのか、やられた二人はもちろんのこと、ユリエルにも見えなかった。
レベルが違いすぎる、その一言だ。
たとえ折れぬ心を持って立ち向かっても、弱く幼いケッチとミーでは触れることもできなかった。
「ごめんね……でも、ここであなたたちの役目は終わりだから」
元が何だったかも分からない肉片と化したケッチとミーを見て、ユリエルは涙した。
だが、今からは自分のすぐ側で、もっと大切な仲間すらそうなるのだ。そうなるのを、見せつけ合わねばならないのだ。
そこから二人を外したのは、最も無力な二人へのせめてもの慈悲だ。
今回の戦いでは、力のある戦力は全てぶつける。そして、自分の力が届くかを思い知って散ってもらう。
それを目にした自分が志半ばで折れてしまわぬように、ユリエルは祈るように心を固めた。
今回の三人の聖騎士たちは、昔少年ジャンプでやっていたグルメアクション漫画の人物がモデルです。
ロドリコ→トリコ
アンサニー→サニー
ココス→ココ
基本食べる事で頭の大部分が占められているけど、きちんと正義の心はあるし胸糞悪いことがあれば立ち向かう気のいい奴らです。
ただし、胸糞悪いことの裏事情を知らないままユリエルたちと対峙してしまうと……。
そして思い出そう、人間を素材にしたキメラはもう一人いることを。