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虫愛でる追放聖女はゲテモノダンジョンの妖精王となりて  作者: 青蓮
第1章 ダンジョンマスターへの道
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8.虫集め(森)、そして学園では

 今回も虫がいっぱいですが、種類が多いのでさらっと流していきます。

 身近な虫さんがいっぱいだ!


 そして、学園でのざまぁパート。いろんなざまぁモノで見られますが、面倒な仕事を引き受けていた人を追放するとしっぺ返しを食らうのだよ。

 しかし、学ばないティエンヌたちは……新たに理不尽なフラグが立つ!

「ヒャッホウ!仕掛けまくるぞ!」

 ユリエルは、朝からノリノリで作業に勤しんでいた。

 虫たちの掘った穴に、昨日手に入れた生肉をブチ込んでさらなる虫さんホイホイを作り上げていく。

 これで今日からは、肉食の虫さんたちもたくさん寄ってくるだろう。

「こいつをあと五か所、村の近くにも仕掛けるぞ!

 ついでに、目についた虫はどんどん捕まえるぞー!」

 ユリエルは気合を入れて、いろいろな道具や入れ物を岩ムカデにくくりつける。岩ムカデも昨日から肉をたらふく食べて、元気一杯だ。

 ノータリンにとどめを刺したことで、レベルも上がっている。

「さあ行け、私たちの未来のために!」

 ユリエルの号令に、岩ムカデは勢いよく走り出した。


 その日は一日中、ダンジョン周辺から人里近くまで駆け回って虫さんホイホイを仕掛けまくった。

 もっとも、村に入って人に姿をさらすことはない。

 以前村に行った時の衛兵の様子から、次に行ったら捕まりそうな気がしたからだ。

(理事長は、一週間は捕まえないって言ったのになー。

 私、何かやったかな?……いや、元々あんな奴らの言う事なんて信じたらダメだったんだ!)

 Gショックインパクトで娼館での売値が下がることを危惧され、すぐ捕まえろと命令されていることなど、ユリエルには完全に予想外である。

 ……予想できないから、モテないのだ。

 しかし原因は分からなくても、捕まらないように立ち回る事はできる。

 幸い、虫は人間よりずっと餌の臭いに敏感だ。人から見えないところに虫さんホイホイを作っておけば、難なく集まってくる。

 後は日を置いて回収するだけで、またいろいろな虫が手に入るだろう。


 それを終えると、ユリエルは森の中で虫探しを始めた。

 まず、落ち葉や石の下は基本である。ありふれた虫しかいないが、そいつらだって使い方によっては役に立たないことはない。

「いたいた、いっぱいだー!」

 大きめの石を岩ムカデにも手伝ってもらって転がすと、その下にはたくさんのダンゴムシがいた。

 たくさんの足と体節を持ち、刺激を与えると丸くなるアイツである。

 正直、攻撃力は皆無と言っていい。しかし魔物化させれば、それなりの防御力を誇る盾にはなるだろう。

 坂道の上から、鉄球の代わりに転がすのも面白いかもしれない。

 それから、慌てて地面にもぐろうとしたミミズをつまみ上げた。必死で逃げようとのたうち、土の粒のウンコをぽろぽろこぼしている。

 まともな戦力にはならないだろうが、これは土木工事に必要だ。

 いずれ教会に宣戦布告したら、今は一本道のダンジョンを迷路にする気でいる。

 ダンジョンの通路や部屋はDPを使えば簡単に整備できるのだが、魔物に掘らせることもできる。無論、その方が安上がりだ。

 もっと言えば落とし穴だって、虫に掘らせたっていい。

 そのために、土を掘る虫は必須である。

「よしよし、君には期待してるぞ~。

 それに……いいのがいるじゃん!」

 ユリエルはさらに、カタツムリやナメクジも回収する。

 粘液を出す陸貝の仲間だが、こういう軟体が役に立つ場面もあるだろう。固い鎧をまとう虫たちとは、別の性能だ。

 それに、こいつらは意外とシャレにならない寄生虫を持っていることがある。そちらを魔物化させて侵入者を病気にするのは、アリだ。

 ダンジョンを強化するために、あらゆる虫を取り込むべきだ。

 ユリエルは嬉々として、普通の女の子なら見るのも嫌になる虫たちをポイポイ捕まえていった。


 移動中も、ユリエルは周りに目を光らせている。

「あの木は……止まって!」

 覚えのある木を見つけると、ユリエルは岩ムカデを止めてじっくりと観察する。食い跡を目ざとく見つけ、周りの葉を裏返す。

「いたいた……臭っ!」

 つい反射的に手を出してつまむと、そいつは頭から黄色い角をニュッと出した。同時に、鼻をつき目に染みる臭いが広がる。

 そいつは、アゲハの幼虫だ。

 つまむと臭角を出して、柑橘の嫌な臭いを凝縮したような臭いで敵を追い払おうとする。

 直接的な攻撃力はないが、臭いとそれだけで人は近寄りたくなくなるものだ。ダンジョンに来る敵を減らすことはできるだろう。

 一方で、直接的な攻撃力を持つイモムシもいる。

「この枝……」

 ユリエルは、ぴんと伸びた短い枝に目を留めた。

 そーっと手を触れると……いきなり枝が動き、ユリエルの手に勢いよく体当たりを食らわせてきた。

「ビンゴ!しかも殴れる奴!」

 木の枝に擬態するシャクトリムシ、エダシャクの一種だ。しかもこいつは、イモムシながら触られると頭突きで反撃する。

 つまり、魔物化させればそれなりの攻撃力にはなるだろう。

 他にも、尻の突起からムチのようなものを出して振り回すイモムシも捕まえた。尾脚を持つシャチホコガの一種だ。

「はあ~可愛いな~プニプニプニプニ!

 君たちと共に戦って、囲まれて死ねるなら本望だよ。

 いや負けないけどね!」

 本来あまり戦力にならないイモムシ類まで集めるのは、半分以上ユリエルの趣味である。

 だが、好きこそ物の上手なりとも言う。

 一見役に立たない弱い虫でも、ユリエルの頭の中にはその特徴と生態が叩きこまれている。

 一匹たりとも無駄にしない気概をもって、ユリエルは虫たちを集め続けた。


 とはいえ、戦力になる虫も集めないと話にならない。

 まだ生きてはいるが枯れかけた木を見て、ユリエルは岩ムカデに切り倒すよう命じた。それを、火魔法でじっくり炙っていく。

 すると、木に開いた穴から触覚の長い甲虫がぞろぞろと出てきた。

「よっしゃカミキリ!即戦力ゲット~!」

 固い木の中を掘り進み食らう、カミキリムシだ。

 今ですら噛まれると地味に痛いこいつらが魔物化したら、それはもう素晴らしい攻撃力になるだろう。

 自慢の大あごで、底辺冒険者の安い鎧など潰してしまうかもしれない。

 それでなくても、甲虫はそれだけで強力だ。

 固い体で勢いよく空中からぶつかられれば、それだけで慣れていない敵は体勢を崩す。そこに、他の虫が切り込む隙が生まれる。

 いわば、生きた弾丸だ。

 だからユリエルは、甲虫は見つけ次第捕まえる。

 それがテントウムシだろうがハナムグリだろうがカナブンだろうが。カブトムシやクワガタムシなど、ぜいたくは言っていられないのだ。

 しかし、強い甲虫が欲しいという希望はある。

 だからユリエルは大きな朽ち木を見つけた時、岩ムカデにくくりつけてそれごと持って帰ることにした。

 中に甲虫の幼虫がいる可能性が高いからだ。

「ちょっと重いけどよろしくね、岩ムカデちゃん。

 そのうち仲間が増えるよ」

 帰りはかなり荷物が重くなったので、さすがの岩ムカデも苦しそうだったが、ここで手を抜く訳にはいかない。

 今のこの虫集めに、勝敗がかかっているかもしれないのだから。


「ただいまー!」

 ユリエルがダンジョンに帰ると、アラクネは大量の虫を前に目を丸くした。

「うわ、すごい数……こんなにいると訳分かんなくなりそう!」

 ダンジョンでは虫たち用の隠し部屋を拡張して待っていてくれたが、そこもすぐに虫だらけになった。

 蠢く雑多な虫たちを前に、アラクネは引き気味に呟く。

「こんなにいろんな虫を集めて、統率取れるんですか?

 一種類のすごく大きな群れの方が、管理しやすいんじゃ……。

 そうだ、アリさんとかどうです?土も掘れるし女王を魔物化すればどんどん増えるし、進化すれば強いのも出るし……」

「ダメだね、私たちの状況に合ってない!」

 アラクネの意見を、ユリエルは一蹴した。

「あのさ、アリって幼虫のうちは全然戦力にならないじゃん。戦いになる数が戦えるようになるまで、かなり時間がかかるよね。

 うちは、それじゃダメなの!すぐ敵が来られるし、いつバレるか分からないし。

 だから、即戦力になる子をたくさん集めないと話にならない。

 DPを使ってすぐ魔物化させたり成長させたりはできるけど、DPもそんなにある訳じゃないんだから!」

 ユリエルは、遠い目をしてぼやく。

「じっくり時間をかけて、は私たちにはできないんだよ。

 そういうのは、まだダンジョンが開放されてないとか見つかってないとか、少なくとも一月以上の安全な準備期間がある奴のやること。

 私たちは、そんなヌルゲーじゃないの!」

「……はい」

 アラクネは、しゅんと縮こまった。

「すみません、こんなにDPがあるなんて初めてで……。

 でも確かに、使おうと思ったらすぐなくなっちゃいますね」

 アラクネは、申し訳なさそうに言う。

 アラクネにとって、こんなにDPが溜まったのは初めてだ。いつもは自然に溜まるDPも、アラクネ自身を回復して糸を採るのに使い尽くしていたから。

 急にお金持ちになったみたいで、舞い上がるのも無理はない。

 しかしこの程度のDPでは、階層を一つ追加することもできない。できる事なんて、本当に限られている。

 ユリエルはその限られた予算といつ敵が来るか分からない状況の中、できる限り経費を抑えて戦力増強しようとしているのだ。

 この努力と思慮の深さに、アラクネは脱帽した。

 自分では……いや普通の戦いに身を置く女でも、なかなかこうはできないだろう。

「……すごいなあ、ユリエルは」

「ううん、ここが虫のダンジョンだからだよ。

 虫さんたちが優遇されるここじゃなかったら、この手はもっと不利になってた」

 アラクネに褒められると、ユリエルは虫を指に乗せて愛でながらしみじみと呟いた。

 虫に特別な強化がかかるこのダンジョンだからこそ、身近な虫たちを素早く戦力に変えることができる。

 ユリエルの策は、このダンジョンの特性ありきのものだ。

 それでも……とアラクネは思う。

「でも、やっぱりユリエルさんはすごいです。

 だって普通の人に……特に女の子に、こんなやり方思いつかないですもん。みんな、虫は嫌いとか気持ち悪いとかで触ろうともしないし」

 アラクネもこれまで糸を採りにくる人たちの態度で、人間はだいたい虫が嫌いだということを理解していた。

 自身も虫の親玉だということで、どれだけ無意味に憎まれ蔑まれたか。

 だがユリエルはそうではない。

 これだけたくさんの虫を平気で触り、体にまとわりつかせて無邪気に喜び、自分のことも人として扱ってくれる。

 そんなユリエルの性格が、アラクネには眩しかった。

 だが逆に……。

「人間の中で、生きづらくなかったですか?」

 アラクネの問いに、ユリエルはさらっと答えた。

「奇異な目で見られることは、多かったよ。

 でも、これが悪い人たちから私を守ってくれたから。他人がやりたがらない役目を引き受けたら、立場を与えてくれたから。

 隠さないでアピールしたこと、後悔はしてない」

 ユリエルは、恩人であるマイマイガの毛並みを愛おしそうに撫でていた。

 学園では見つけたら処分するばかりだったが、今はこうして好きのままに愛でられる。もう、他の誰かのために虫を殺さなくていいから。

 そこまで考えて、ユリエルはふと思った。

「そう言や……今、学園のゲテモノ処理係は誰がやってるんだろ。

 私以外に、喜んでやる奴はいないと思うけどなー」

 もっとも、誰がやってその後どうなっていても、もはやユリエルには何の関係もない話ではあるが。



 ユリエルの予想通り、教室は虫が出るたびに騒ぎになっていた。

「嫌ああぁ誰か!誰か放り出してえ!!」

「無理ですぅ!!」

 机の中に置かれた菓子の袋に、ぞわぞわと大量のアリがたかっている。そのうえ窓からそこまで、アリの行列ができている。

 それに気づくや否や、近くにいた子たちは逃げ出した。

 特に苦手な子たちは教室から出て戸口からのぞき込んだり、教室の隅に身を寄せ合ったりしてひたすらキャーキャー騒ぐ。

 そうでない子も、遠巻きにして決して手を出そうとしない。

「ちょっと、早くなんとかしなさいよ!!

 聖女の命令が聞けないっての!?」

 ティエンヌが、胸に輝く聖印章を見せつけるようにふんぞり返って喚く。ユリエルを排除して、繰上りで聖女になったのだ。

 しかしティエンヌが喚き散らすほど、他の生徒たちは虫を怖がる。

「いやぁっダメです!触れません!」

「あんな邪悪なもの、とても……」

「私たちはあの魔女じゃないんですから!」

 口々にこう言って、わざとらしいほど虫を怖がる。

 ユリエルを追放した後、ティエンヌがユリエルを貶めるために、虫と触れ合う事を殊更に邪悪に言いふらしたせいだ。

 ユリエルの追放理由が邪淫というのは、やはり無理があった。

 上辺ではティエンヌに従いながらも、他の子たちは陰で首を傾げた。あのクソ真面目ド非モテ変人に、男を買うような真似ができるのかと。

 そこを補完するために、ティエンヌはさらにひどい噂を広めた。

「あら、相手は人間とは限らなくてよ。

 動物を相手にする変態もおりますし、どんな気持ちの悪い生き物でも平気で触れるあの子なら……」

 この言い方に、他の子たちは戦慄した。

 あの気持ち悪い虫で自分を慰めるなど、想像するだにおぞましい。しかし笑顔で毛虫を体に這わせていたユリエルを思い出すと、否定しきれないところがある。

 これで、他の子たちは以前よりずっと虫を怖がるようになった。

 さらに、虫や気持ち悪い生き物に触れることに前よりずっと慎重になった。もし見られたら、自分も邪悪と思われるかもしれないから。

 その結果が、この状況である。

 ティエンヌがいくら地位を振りかざしてキンキン声で喚き散らしても、次に排除されるのを恐れて誰もやらない。

(くっ……こんな……こんなはずじゃあ……)

 思わぬしっぺ返しに、ティエンヌは青ざめた。

 キモいものを愛でるキモい奴を除いただけなのに、こんな事になるなんて。卑しい仕事のくせに生意気な女を、外しただけなのに。

 ……ティエンヌは、考えたこともなかったのだ。

 人が嫌がる仕事だからこそ、それをする者がいなくなると困るということを。汚いものを処理する人がいるからこそ、きれいな生活ができるということを。

 ティエンヌとユリエルを見捨てた級友たちは、自分で自分の首を絞めたのだ。

 とはいえ、これでは授業を始められない。

 担任の先生が用務員さんを呼んで片づけさせることにした。

「ふひー……ふひー……ああ、こりゃ元を捨てて忌避剤をまくだけですじゃ!」

 老年の用務員さんは息を切らしてやって来て、手早くアリと菓子袋を処理してくれた。これで一安心である。

 しかし用が済むと、用務員さんはぽつりとぼやいた。

「ふう……わしも年じゃ、そう急かさんでくれ。

 いつも、ユリエルちゃんがやってくれるじゃろ?」

 その言葉に、ティエンヌの頭にまた血が上った。

「ちょっと、あいつは邪悪で、破門されたのよ!!」

「ああ、そうじゃった……。

 しかし、わしはあの子がそんなだとは思えんのじゃよ。真面目で、いつも害虫の発生をいち早く知らせてくれた。おかげで、わしも助かっとったんじゃが。

 この忌避剤も、あの子が作ってくれた……」

 用務員さんの言葉に、教室に動揺が広がる。

 ユリエルは目の前の奇異な行動ばかり目についていたけれど、陰でそんな風に学園を守ってくれていたなんて。

 それを追放してしまった自分たちは……。

 しかし、その雰囲気を切り裂くようにティエンヌが叫ぶ。

「あーなーたーは!神の信徒ぉ!?魔女の僕ぇ!?

 破門者をかばう奴は、破門されても文句言えないわね!!」

 有無を言わさぬその言葉に、用務員さんは口をつぐみ、疲れた足取りでとぼとぼと教室を出ていった。

 それでも用務員さんがいれば大丈夫、とティエンヌたちは思っていた。


 ……が、それが甘かったと級友たちはすぐに思い知る。

 数日後ロッカーにGが出た時、用務員さんは来られなかった。数日で何度も緊急呼び出しを食らって走らされたため、腰をギックリやってしまったのだ。

 おまけに、今までそれで回っていたからと用務員さんが一人しかいないため、その一人がいなくなると代わりがいない。

 ユリエルをかばう発言をしたため、回復してあげる生徒もいない。

 ……すると、もう収拾がつかない。

「いぃいやああぁーーーっ!!!

 誰か、何とかしてえーっ!!」

 生徒たちはロッカーの戸口に詰まってキャーキャー騒ぐばかり。次の授業の準備などできやしない。

 その騒ぎに本能的に危険を感じ、ゴキブリはさらに触覚を動かしてうろつく。

 それを見た生徒たちはさらに目に涙を浮かべ、押し合いへし合いで金切り声を学校中に響かせる。

 ロッカーに入りたいのに入れなくて、誰にもどうにもできなくて、ティエンヌたちは気が狂いそうだった。

(な、何で誰もやらないのよ!?

 できる奴は……いるはずなのに!!)

 ティエンヌがユリエルを切り捨てたのは、代わりがいるだろうと思ったからだ。孤児院や田舎出身の級友なら、他にも……。

「……おい、孤児院出の奴、押し込めぇ!!」

 ティエンヌはついに、残酷な命令を下した。

 すると、たちまち数人の生徒が周りに捕まってロッカールームに押し込まれた。

「さあ~神と人への献身の見せどころですよ~。せっかく卑しいあなた方にあげた仕事、全うできるのは誰かしら~?」

 ティエンヌの取り巻きの一人、ワーサがどす黒い圧力全開で言う。

 押し込まれた数人は、ガタガタ震えることしかできなかった。

 従わなければ、自分たちはさらに冷遇され献身点を落とされる。しかし従えば、虫に触れる者として忌み嫌われる。

 こんなの、どっちもできる訳……。


 しかし、ここで一人が踏みだした。

「私が……やります!」

 胸に聖印章をきらめかせる、ユリエルがいなくなった今では唯一の孤児院出の聖女。ユリエルの理解者でもあった、アノンだ。

(ごめんなさい、ユリエル……私、こんなに尊いあなたをかばえなかった!

 今私がこうなっているのは、その罰かもしれない)

 アノンは、敬虔で真面目な子だ。

 それゆえに、今まで自分たちを守ってくれたユリエルを守れなかった罪悪感と、それで他の子まで巻き込んでしまった申し訳なさで胸が一杯だ。

(私が、やらなきゃ……他の、孤児院出の子たちが……!

 私が、守らなきゃ……ユリエルがいなくなった分まで!!)

 胸が軋むほどの義務感と心からの献身で、アノンはGと対峙する。

 じりじりとゴキブリが逃げないところまで近づき、素早く魔法で水の膜を作り、一瞬でそれを縮めてゴキブリを水球に閉じ込めた。

「えいやっ!」

 そしてその水球をゴミ箱に突っ込むと、布で蓋をして縛ってしまう。

「もう大丈夫です……捨ててきますので、道を開けてください」

 途端に、生徒たちの間に安堵と笑顔が広がった。ありがとうありがとうと、方々からアノンに感謝の声がかかる。


 そんな中、救われたはずのティエンヌは……ギリギリと嫉妬に顔を歪めていた。

(なんでぇ……汚くて卑しいアイツが、ほめられるの?

 命令して動かしたの、あたしなのに……!)

 助けてもらっておいてとんでもない逆恨みだが、これがこいつらの性根である。ユリエルも、こんな風にひがんでいじめたうえ、謂れなき罪を着せて追い出したのだ。

 ぐらぐらと胸の中を煮え立たせるティエンヌに、取り巻きのミザリーがささやく。

「ねえ、今度はワタクチが聖女になる番よね?」

「……そうね」

 ティエンヌは、暗い執念に満ちた目をアノンの背中に向けた。

 聖女になるべき高位聖職者の娘は、まだいる。この残酷な追放劇は、まだまだ終わってなどいなかった。

 作者は、「アリの巣ダンジョン」というダンジョン経営小説が大好きでした。

 なので文中で、ちょっとリスペクトを捧げさせていただきました。

 初めはダンジョンが開放されてなくて、ゆったり準備期間があるとは、このダンジョンマスターの話です。他にもいくつかのダンジョンもので、最初は開放されてない設定がみられますね。


 でもそれはある意味使い古されているので、もうちょっと厳しめの条件にしました。

 理不尽な悲劇から始まる戦いに準備期間なんて、ないんだよ!!

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