78.招かれざる救いの手
カッツ先生がなぜ薄っぺらいのに人に支持されるのか、そのからくりが暴かれてきます。
そして、ミエハリスとカッツ先生の本当の関係も……カッツ先生が出陣前に声をかけた時、ミエハリスはどんな反応でしたか?
そして本格的にダンジョンへの侵攻が激しくなってきました。
前回の莫大な賞金の効果ではありますが、それに加えてユリエルは既に敵の一般兵となる者に罠を仕掛けていました。
「今だけ安いよ!」それは、魔性の言葉。
虫けらのダンジョンは、にわかに活況を呈していた。
ユリエルが東方の神秘の桃に守られていると発表されてから数日で、多くの冒険者たちが侵入するようになった。
「賞金は俺たちのだ!」
「前やられた奴らの仇を、今なら10階層まで行けば取れるぞ!」
「早い者勝ちだ~!!」
ある者は破格の報酬に目がくらみ、またある者は前の敗北のリベンジと意気込み、そして全員が一月という期限に引きずられている。
しかも調査隊が殺虫剤で道を開いたとの情報もあって、その道を使えるうちにと皆が急き立てられている。
中には、身軽な方がいいと言い訳してろくな準備もせず飛び込む者もいる。
そしてそういう者は、大概ろくな結果にならない。
「あれ、こっちでいいんだっけか?」
「壁に黒い汚れがあるから、こっちのはず……ぎゃあ!何で虫が!?」
最初の迷路であっけなく妖精の幻惑にかかって道に迷い、落とし穴や落盤で足を止められ、虫たちの餌食になる。
いや、調査隊が開いた道を通っていても、度重なる殺虫剤攻撃で毒耐性をつけた虫が奇襲を仕掛けてくる。
油断していた冒険者たちは、次々に人知れず葬られていった。
4階層まで来ると、冒険者たちは魚を捕まえて食べようとした。ダンジョン内での食糧補給は、当たり前の行動だ。
だがそこで水を飲んだり魚を食べたりすると、次のアスレチック難路で汗が止まらなくなり力が出なくなって落ちる者が続出した。
こうして数を減らした冒険者たちは鉄砲水と湿地のワークロコダイルに撃退され、7階層に達する者は出なかった。
「うわぁ~入れ食い状態だね。
DPがガンガン溜まるよ!」
オリヒメは、侵入者たちの様子を見て感嘆の息を漏らした。
正直オリヒメは、本格的な敵の侵攻と聞いて怖気づいていた。聖者落としのダンジョンともやり合える教会が本気を出したら、どうなってしまうのかと。
死肉祭のような万全の準備を整えた部隊が一丸となって押し寄せてきたら、どう戦えばいいのかと。
しかし、そうはならなかった。
敵は皆焦って準備不足、そのうえ気がはやってバラバラ、まとめればかなりの戦力になるはずなのに協力しようとせず少数ずつで突っ込んでくる。
その有様に、ユリエルは小狡い笑みを浮かべた。
「うふふふ~……一月って、期限を切ってやったからだよ!
ただお得ですって言うより、今だけお得ですって言う方が人は動かせるの」
「ああ、お店のバーゲンやタイムサービスと同じ原理だね」
ユリエルが説明すると、魔物学の教師がなるほどとうなずいた。
「人の心には機会損失……期間限定の儲けを失うことをひどく恐れる性質がある。それをうまく利用したな。
ただ安い商品より、期間や数が限定されてた方が人は追い求めるものだ。逃がしてしまうのが怖いから。
世の御婦人たちは、それでよく余計なものを買わされているとか」
ユリエルが仕掛けたのは、時も数も限定した大手柄のバーゲンだ。
ユリエルを簡単に倒せるのは、たった一月の間だけ。聖なる桃とユリエルは、先着一つずつ。
この状況を作るだけで、敵は他者に先を越されまいと理性を失う。
こうすれば、冒険者ギルドが補助金はたいて各地から呼び寄せた数多の冒険者は、烏合の衆となり果てる。
身軽さを重視してろくに食糧を準備しないから、調査隊の置き土産と言う名の罠が刺さり放題だ。
4階層の水や魚を、ユリエルはあえてまだ浄化していない。
5階層の湿地も水は浄化したが、生物に蓄積された毒はそのままだ。
すると、どうなるか。4階層や5階層で魚やザリガニを採って食べると、もれなく違法殺虫剤の毒にやられる。
4階層の峡谷の次は、手汗や筋力低下が命取りになるアスレチック難路だと言うのに。
これも、注意深く観察すれば気づくことはできるのだ。
前の討伐で4階層の谷川にいたワークロコダイルが、いない。それに気づいて意味を考えれば、用心はできる。
だが、冒険者たちはバーゲンで理性を失って目の前のことしか見えていない。
かなりの数が挑んで帰ってこない者がどんどん増えるのに、それすらライバルが減ったと希望に変えてしまっている。
現実が全く見えていない、ひどいものである。
「あたしたちと会った時から、ユリエルは策士だったからね。
特に、自分が死んだように見せかけて教会を欺いたのは見事だった!」
「ああ、あの時はあたしも、これ何て魔法?って思ったもん!」
初期からのユリエルの策士ぶりを思い出し、シャーマンとオリヒメはしみじみと呟く。ユリエルは、これまで何度も知略で危機を乗り切ってきたのだ。
その話を聞くと、ミツメルは感心して言った。
「なるほど、あんな何もない詰んだクソダンジョンがよくぞここまでと思っていたが……ユリエルの知略はそれ程か。
ならば少なくとも、あの自称大兵法家よりはできそうだな。
何せ、このバーゲンで理性を失わせる作戦に奴も引っかかっているのだから」
ミツメルは、酷薄そうな笑みで告げた。
「もうすぐ奴がここに進軍して来るが……奴は手柄目当てと焦りのあまり、聖騎士を待たずに独断先行して来るぞ。
おまえの思い通りだ、合流する前に撃破してしまえ!」
「やったぁ、大成功!!」
敵の動きを聞いて、ユリエルは歓声を上げた。
ユリエルもオリヒメほどではないにしろ、聖騎士と学園の冒険者が手を組んだら少々キツいなと心配していた。
だがユリエルの作戦にカッツ先生が引っかかったせいで、各個撃破が可能になった。
「良かったー。聖騎士には10階層で適当に負けなきゃって思ってたけど、一緒に来ないならカッツ先生にその必要はないわよね。
よーし、身も心も叩き潰したる!!」
ユリエルは、鼻息荒くぐっと拳を握った。
「分かった分かった、ただし能力の分析が済んでからだぞ」
ミツメルも、これならそう簡単にここで死ぬことはあるまいと、肩の力を抜いた。
そんな訳で既に謀られて引っかかっているとも知らず、カッツ先生たちの討伐部隊は虫けらのダンジョンにやって来た。
「ここが魔女の住処か。
いかにも暗くて荒れていて品がないところだな!」
カッツ先生は、たくさん冒険者が来ているのに草ぼうぼうで邪魔な石が転がるダンジョン前を見て吐き捨てた。
それを見て、同行してきた貴族家の私兵はひどく疲れた顔でぼやいた。
「こりゃひどい……ろくな休憩所も店もないじゃないか。
これじゃ、街に戻るまで休めんぞ……」
この部隊は、ミエハリスの実家であるセッセイン家の兵である。
ミエハリスがダンジョンに囚われたうえ、聖女登録をそのままにするなら金を払い続けろと言われ、大慌てで派遣された救出隊だ。
しかもカッツ先生の出陣に間に合わせるため、かなりの強行軍で駆け付けた。
なのにカッツ先生は本当に彼らが来次第出陣したため、セッセイン家の兵士たちはかなり疲れて辛そうだ。
「若、大丈夫ですか?
大事をとって若だけでも少しお休みをいただき、後で某と共に追いかけて合流しては?」
セッセイン家の騎士が、立派な鎧の少年を気遣って声をかける。
だがカッツ先生は、それも一蹴してなじった。
「おい騎士、敵を倒すのが専門のおまえが作戦行動に口を挟むな!ここはおまえの意見が通る脳筋パーティーじゃない!」
「なっ……某は若の身を思って……!」
騎士の抗議を完全に無視して、カッツ先生は少年の顔を覗き込む。
「大変だねえ弟君、でもここは君が決めるべきだ。
僕は、少しでも早くお姉さんを助けられるように頑張って考えているんだよ。お姉さんは僕の大切な人だからね。
その僕が、君に悪いことをする訳ないじゃないか。
ここはお姉さんと家のためにも、君の頑張り所だぞ!相手の虚をつく迅速な行動が勝利をももたらすことは、歴史が証明している!」
その言葉に、少年は素直にうなずいた。
「そう……ですね、こんな所でへばっていられない。
皆、この方に従って進軍だ!」
この少年は、セッセイン家の二男にしてミエハリスの弟である。ゆえにセッセイン家の部隊の総大将は彼であり、彼の決断が最優先だ。
「よーしいい子だ、君はきっと優秀になるぞ!」
カッツ先生の図々しい手に、ミエハリスの弟はぼーっと頭を撫でられていた。
「わ、若……貴方は、もっと下々のことを考えて……。
くっ、この命に代えてもお守りいたします!」
この決断に騎士は驚いたが、主従を守るために主には逆らえない。嫌な予感を押し殺し、覚悟を決めて付き従った。
このことは、牢に閉じ込められたミエハリスにも伝えられた。
「ほらミエハリス、あんたがツバつけたカッツ先生が助けに来たわよ。
良かったわねー、ヤらせもしないのにケツを振るだけで気を引いたのがちゃんと役に立ったじゃん」
ミエハリスとカッツ先生の親密さは、ユリエルも知っていた。
ユノがよく、ミエハリスを通じてカッツ先生が貴族界に入ると大変なことになると、愚痴っていたからだ。
ミエハリスがよくカッツ先生とお買い物デートをしていることも、よく知られている。
噂によるとミエハリスは、カッツ先生に高価なものを貢いでおり、そうして点数を上げてもらい、家として力を借りようとしているとか。
「身体でだめなら金で落とせって、本当浅ましいわねあんた!
でも、その汚れ切った恋路もここで終わり。
あんな不公平な失格教師は、私が終わらせてあげるわ!!」
ユリエルは、ミエハリスを打ちのめすようにビシッと言い放った。
しかしそれを聞くと、ミエハリスは一瞬救われたような顔になった。だがすぐにひどく苦い顔で唇を噛みしめ、うんうんと悩み始めた。
「カッツ先生が……!
もし、あの方が本当に評判通りのお力の持ち主ならば……いいえ、でもそれでは、あの男を家に入れることに……!」
「んん、どういうこと?
あんたは、民の血税を貢いじゃうくらいあいつにぞっこんじゃないの?」
首をかしげるユリエルに、元ミエハリスお付きの神官が叫んだ。
「それは誤解です!ミエハリス様は、あの男に貢がされていたのです!!
あの男の方が、ミエハリスと結婚しようと言い寄ってきたのです。ミエハリス様はなぜか断れず、お金を使っては泣いて後悔して……」
「ふーん、でもパーッと使っちゃったんじゃん。
嫌なら、使いたくないなら、持たなきゃいいのに!」
「そうだそうだ、無駄遣い前提の生活じゃない!」
ユリエルが言い返すのに、アノンと同じ孤児院出の神官が同調する。元が貧しいし学校生活もギリギリだった二人には、金持ちのやって後悔がどうにも我慢ならない。
そんな事をするなら領内の孤児院や救済に回せよ、と怒りを覚える。
だが、元ミエハリス付きの神官が、それに目をむいて反論した。
「何てことを言うのですか!?
いつも使えるお金を用意しておくのは、貴族として当たり前のことです。でなければ、必要な付き合いもできないではありませんか」
「付き合い~?それが無駄の原因でしょ!
貴族だって人間なんだから、私たちと同じ生活でも生きていけるのに!!」
「そうだ!泣いて後悔したって、そのお金で救えたものは戻ってこないんだから!」
もう話がすっかり、金持ち対貧乏の言い争いになっている。
あまりの脱線を見かねて、ミツメルが止めて話を戻した。
「そこまで!!今論じるべきはそこじゃないだろう!
まあ要するに、ミエハリスとやら、おまえはあの自称兵法家が好きではないのだな。むしろ、恐れて戸惑っているように見える」
ミツメルは簡潔に状況をまとめ、ユリエルの顔を覗き込んだ。
「君も、偏見で決めつけるんじゃない!
嫌なのに、おかしいのに逆らえない、言うことを聞かされる……カッツを相手に、君も身に覚えがあるんじゃないのか?」
「あ……そういうことか!」
自らの体験を思い出して、ユリエルは気づいた。
カッツ先生は、何らかの能力で人の精神を歪めてその場は従わせることができる。ミエハリスも、それをやられていたとしたら……。
「ごめんね、ミエハリス!
本当に後悔してるなら、あんたは悪くない。
だからあんたのためにも、カッツ先生をここで止めてあげる!」
ユリエルが謝ると、ミエハリスは涙に濡れた顔を上げた。
「信じてくれる……の?
これまで、親に言っても私が弱いって言われるばかりで、周りの令嬢にも素直じゃないって笑われるばかりだったのに……」
どうやらミエハリスは、カッツ先生の能力で貢がされてそれを周囲も自分も分からず、一人追い詰められていたらしい。
その気持ちは、ユリエルにもよく分かる。
「信じるよ、私も同じような目に遭ったもの。
はら、あんた兵法学取ってたなら、覚えてない?私が出席をとってもらえなくて、出席カードを先生の前で破いたこと。
先生は、あんなことを世に押し通す力を持ってる」
それを聞くと、ミエハリスは渋い顔をした。
「言われてみれば、そこだけはあなたが正しいですわね。
いくらふしだらで嘘塗れだろうと、破門されるような性根だろうと、出席は事実なんだから取らないのは違いますわ。
それに、わたくしが記述のテストで百点を超えていたのも……あなたはともかく、ユノよりわたくしがその方面で優れている訳がないのに。
でもあの時のわたくしは、なぜそんな歪んだことを当たり前だと……」
ミエハリスも、今思い返しておかしさに気づいたようだ。
自分とユリエルの身に起こったこと、それを周囲が当たり前のように受け入れていること。カッツ先生の周りで、そんな事がいくつも起こっている。
状況的に、カッツ先生が何かしているとみて間違いない。
ユリエルは、ミエハリスに寄り添うように声をかけた。
「ね、世の中には理不尽な事があるし、正義のふりしてそういうことをする悪い人たちがいるの!
あなたがそれを分かってくれたなら、私はあなたを守ってあげる。
あなたが、あなたの家があいつに害されることはもうないから安心して。いいえ、もう世の中の全てをあいつに害させない!
だから、私の身に起こったこともどうか……」
瞬間、パーンと派手に響く打撃音。
ユリエルの頬を、ミエハリスの牢の隙間から出た手が打っていた。
「冗談じゃありませんわ!破門者なんかが勝って、たまるもんですか!!」
ミエハリスは、涙をボロボロとこぼしながらも修羅の形相でユリエルをにらみつけていた。
「あなたこそ、ほんの一部の正しさで、正義を気取らないで!!審問ではっきりと罪を暴かれ、神も力を取り上げた大罪人が!!
おまえが勝つくらいなら、わたくしが犠牲になって先生が勝った方がましよ!
その方が、世の根幹の正義とより多くの人が守られますわ!
わたくしは、そのために身を捧げる覚悟があります!!」
ミエハリスは、ユリエルの潔白を頑として認めない。
教会と神を心の底から信じて拠り所とするミエハリスにとって、ユリエルの罪とカッツ先生の罪では前者の方が重い。
たとえ自分が救われなくても世の絶対悪を許す訳にはいかないと、ミエハリスは悲壮な覚悟を決めていた。
「ち、違う……違うよミエハリス。
私は邪淫なんか犯してない、ダラクだって処女だって証明してくれたよ!
だから、あなたがそのために犠牲になる必要なんか……」
「お黙り!!わたくしは決して、そんな惑わしに屈しませんわ!あなたが一部正しくても、それはそれ、これはこれ!
おまえがどれだけ小さな正しさを見せても、世の正邪は覆りませんわ!
わたくしは貴族の娘として、世のため人のために身を捧げる覚悟。おまえという毒を制すために神が遣わした毒に、倒れる覚悟はできております」
……もしユリエルの罪が本物なら、ミエハリスの覚悟はまさに世界を守る聖人の心と称えられたことだろう。
だが、そんなものはどこにもない。
ミエハリスは教会を深く信じるあまり、インボズウの虚言を真っ向から信じて、無実の断罪のために自分をも投げうとうとしているのだ。
こんな悲しくて虚しい話が、あっていいのか。
信じてほしくて助けたくて泣くユリエルと、信じられなくて助けの手を振り払うミエハリスを前に、見ている者は皆唖然としていた。
だがそこに、ミツメルが毅然と割って入った。
「なるほど、多くを救うための自己犠牲は美しい。
だがそれは本当に、自己だけの犠牲で済むか考えたか?
あの男は今、おまえの弟をつかまえて、自分を家に入れ親に紹介するようしゃべり続けているぞ。
そしてそいつが家に入り、国の重要な地位に就いたら……どうなると思う?」
ミツメルの宙を舞う目玉が光を放ち、ダンジョンを進むカッツ先生たちの姿を映し出した。
その中でカッツ先生は、立派な鎧を着た少年にべたべたとまとわりつき、いやらしいニタニタ笑いで言葉を吹き込み続けている。
少年はひどく疲れた様子で息が上がっているが、うつろな表情でもっと頑張りますとか大丈夫ですとか呟いている。
それを目にした途端、ミエハリスは悲鳴を上げた。
「いやあああーーーっ!!!
正気に戻って、プライドン!!」
自分を助けに来た大切な家族と配下が、カッツ先生にいいように操られている。
もしこいつが勝ってミエハリスと結婚したら、被害はミエハリス一人で済む訳がない。
カッツ先生はミエハリスを支配し、そこを起点にセッセイン家を支配し、いずれは国王すら従わせて国を私物化するかもしれない。
そうなれば、国の運営は歪み、国民すべてがカッツ先生に搾取されることとなる。
「これでも、こんな奴よりユリエルが信じられないというのか?」
「そうだよ、私はあなたを信じたのに!」
だが、それでもミエハリスは、ミツメルとユリエルを拒んだ。
「ふざけるな!!おまえが破門されなければ良かったんでしょうが!!
おまえなんかの……下賤な娘の罪のせいで……あんな男にぃーっ!!」
ミエハリスは、己の命すら燃やし尽くさんとユリエルの罪を憎む。これが、自分と家と国の不幸の元凶だと。
そんなものがどこにもないと、頑なに認めずに。
だがミツメルは、解決の糸口を見つけたようだった。
「ふむ……ユリエルよ、あの弟はできれば生かして捕らえろ。
君の虫と僕の通信用目玉と、そして魃姫殿や配下の強い呪いがあれば……あの弟を使って、こいつと実家を分からせることができるやもしれん」
「うん、やるよ……私も、殺したくないもの!
ちゃんと分かってくれたら、みんな助かるようにする」
カッツ先生に囚われた哀れなミエハリスの弟に、慈悲の投網が狙いを定めた。
ユリエルと桃仙娘娘が一月という期限を設けたのは、敵を準備不足のまま戦力の逐次投入に誘導するためでした。
無学な冒険者も自称天才兵法家も、期間限定の魔力には勝てなかったよ。
バーゲンで安物買いの銭失いになるおばちゃんたちと一緒ですね。
そして、自称兵法家のカッツ先生は、弁舌の効果を強める精神系の能力を持っています。
生兵法でも論を語らせれば天才の評価を得ていたということは、相手を論破する舌先三寸では間違いなく規格外だったということ。
それに目をつけて適した加護を与え、信仰の促進や邪魔者排除に用いた神は、適材適所ではあった。
こいつが、実戦に出さえしなければ……。