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77.一度も抜いたことのない宝刀

 明けましておめでとうございます!

 神の恵み、異世界転移者が出てきますよ。

 異世界転移は主人公側のことが多いですが、周りから見たらどうなのでしょうか。

 しかも、他人の役に立つ者ならいい。もし、そうでなかったら……むしろ加護の力を悪用していたとしたら……。


 そういう奴へのしっぺ返しは、スカッとしますね!

 リストリアでは、ユリエル討伐部隊の準備が急ピッチで進んでいた。

 ユリエルを守る聖なる桃が浅い階層にあるのは、たった一月。大慌てで準備をする間にも、日は過ぎていく。

「ええい、ファットバーラ家からの聖騎士はいつ来る!?」

「三人派遣で一週間、五人派遣だと三週間はかかるそうです」

「ぐっ……五人では攻略が間に合わんかもしれんな。止むを得ん、三人でもとにかく早く来させろ!」

 インボウズは、これまでしたことがないくらい仕事をしていた。

 ファットバーラ家から派遣される聖騎士の調整、学園から繰り出す討伐部隊の編成、必要な道具の手配……やることが山のようにある。

 しかも、前の死肉祭のような遅れは許されない。

 少しでも手違いがあって遅れたら、この絶好の機を逃してしまう。

 だからうかつに下に丸投げできないし、下がインボウズの慌てようを悟って変な噂が出ると困るので、自分でやるしかない。

 他ならぬ枢機卿の命令ということでそれぞれを確実に遂行させ、いろいろな所の動きが絡み合ってうまくいったように見せるのだ。

(……しかし、今回は僕が直接動いても一応言い訳は立つな。

 ユリエル討伐が楽にできる期限があるし、何より死肉祭では他に任せたせいでひどい遅れを被っておる。

 それに、皆が慌てておるから僕だけ目立ったりしないしねえ)

 死肉祭のことを考えると、インボウズは別件で腸が煮えくり返った。

(……それにしても、ブリブリアントめ!

 解毒剤と解毒のメダリオンが消えたのは、あいつが余計なことをしたからだったか!)

 インボウズが忙殺されているのは、こちらのせいもある。

 インボウズの胃を死肉祭中容赦なく痛めつけた、大量の解毒アイテムと高位鑑定官の行方不明……あれの原因が、ユリエルから情報を盗んで分かった。

 解毒アイテム運搬役の騎士と高位鑑定官のパーティーは、立入禁止にした虫けらのダンジョンに乗り込み、魃姫の手下に倒されていた。

 これは明らかに、インボウズを出し抜こうとする動きだ。

(あいつめ、僕に黙って虫けらのダンジョンを落とそうとしたな!

 しかもそれで死肉祭の大事な物資を失って……あれがあれば、もしかしたら聖者落としのダンジョンを落とせていたかもしれんものを!)

 騎士たちがそんな動きをするとは、インボウズは聞いていない。

 だから解毒アイテムが届かなくても、どこをどう探したらいいのかすら分からなかった。

 この勝手な行動のせいで、インボウズのみならず他家の聖騎士やこの国の貴族家の兵まで大被害を受けた。

 個人としても公人としても、許す訳にはいかない。

(クッソォ~許さんぞブリブリアントめ!

 だが、証拠映像が手に入ったのは幸運だった。

 これを他の枢機卿にも知らせて、あいつを訴えてやる!それで少しでもユリエルの分の損失を取り戻せれば、御の字だ!)

 こうなると、もう待ってなどいられない。

 インボウズはユリエル討伐の決着がつく前に、そちらも動き始めてしまったのだ。

 さらにこの件で虫けらのダンジョン入口を警備していた兵士に事情を聞こうとしたが、関係したと思われる数人が行方をくらましていた。

「ふざけるな!!異変があったら知らせるのが役目だろうが!

 それが、とんでもないことを握りつぶしおって……必ず見つけ出して、全てを搾り尽くしてやるぞ!!」

 こうした諸々の仕事が重なり、インボウズは暴走列車の如く働いていた。

 いつものようにちょっと仕事をしたら酒と女に癒されることもできず、疲れた頭を頻繁に魔法で癒してもらって机に向かい続ける。

(ぐぬううぅ……この僕が、なんでこんな目に!!

 いや、でもこの山さえ越えれば……何もかも、立て直せるはず!)

 インボウズには、その希望が全てだった。

 今の悪夢の元凶であるユリエルを終わらせることができるなら、歯を食いしばって働ける。

(ユリエルめ、さんざん手こずらせてくれたが、今度こそ終わりだ!

 何たって僕の下には、神から与えられたすごい人材がいるんだからな。異世界から来た天才兵法家、学生が敵うと思うなよ)

 インボウズは、学園の教師の一人に希望を託す。


 普段は学園で兵法学を教えている、カッツ先生。その弁舌は立て板に水を流すがごとく滑らかで、勝てる者はいない。

 これまで数々の軍事評論家や教会の邪魔になる論者と対戦し、論破してきた。

 そうして、名声と人々の信仰心を高めてきた異才の男。

 しかも前世の記憶をしっかり持っており、鑑定でも転移者と分かっている。ならば、神に選ばれ何らかの加護を持っているのだろう。

 この男の弁舌と兵法論に目を付けたインボウズは、いち早くこの男を高給で学園に囲い込んで弁舌を信仰の役に立てていた。

 それが、ついに実戦で役に立つ時が来た。

 これまで使ったことのない宝刀が、ついにベールを脱ぐ時だ。

 あれほどの頭脳を前に、ユリエルは歯が立つまい。カッツ先生も常々、ユリエルやユノは生意気な頭でっかちで本質を見ていないと言っていたし。

 とにかく、こいつを投入すれば勝利は間違いないはずだ。

 こいつを手に入れておいて良かったと、インボウズはほくそ笑んだ。


 そのカッツ先生は、さっそく討伐部隊に加わる冒険者たちとミーティングを開いていた。

「さて諸君、身の程知らずの魔女に鉄槌を下す時だ。

 だが魔女は所詮、虫の数に頼り屁理屈をこね回すだけの小娘。奴の兵法学を見て教えて来た僕には、全て見えている」

 カッツは自信満々でそう言って、絶妙に苛つく見下した笑みで冒険者たちを見回す。

 しかし冒険者たちの大部分は、心を奪われたようにその言葉に聞き入っていた。

 それに気をよくして一人でうなずくと、カッツ先生は作戦を告げた。

「我々はセッセイン家からの部隊が到着し次第、合流して虫けらのダンジョンに突入する。おそらく、一週間後になるだろう。

 そして、前の調査隊が殺虫剤をまいて開いた道を進軍し、迅速に10階層の神秘の桃を回収する。

 これで、我らの勝利は間違いなしだ!」

 何とも大雑把な作戦である。

 ベテラン冒険者の一人が、それに異議を唱えた。

「お待ちください、聖騎士を待たずに我々だけで行くと仰るのですか?

 失礼ながら、それはいささか軽率かと思われます。死肉祭前の討伐では、三百ほどの兵と冒険者を動員して勝てなかったのですぞ!

 ここは、束ねられるだけ力を束ねるべきでは……」

 ベテラン冒険者の言うことはもっともだ。

 学園からの討伐部隊は50人ちょっと、それにミエハリスの実家から同じくらいの兵が合流することになっている。

 だがユリエルは死肉祭前に、その倍以上の人数を4階層までで追い返しているのだ。

 確かにその時は、皆がクソダンジョンと舐めていて、ろくに統率も取れていなかった。しかしこれだけの奮戦を見せる相手に、それだけの人手で足りるのか。

 一方、教会側はゴウヨックが聖騎士を呼ぶことが分かっている。

 それだけの力があるならば、被害を抑えて確実に任務をこなすために彼らの到着を待って一緒に行くべきではないか。

 しかしその意見をカッツ先生は一蹴した。

「何を言うか!話にならん!!

 いいかい、この任務には実質的に期限があるんだよ。一月が過ぎてユリエルが桃を深い場所に移動したら、どうなると思う?

 聖騎士を待って時間切れのリスクを侵す訳には、いかんのだよ」

 これも一見、もっともらしい意見だ。聖騎士なしでユリエルたちの命懸けの反撃を叩き潰せるなら、という条件付きだが。

 ベテラン冒険者は、それに不安を覚えて食い下がった。

「ですが、理事長も間に合うスケジュールで聖騎士を呼んでいるはず。急いては事を仕損じる、という諺があります。

 それに、窮鼠猫を噛むとも申します。追い詰められた者の反撃は……」

「はーい、聞く価値のない議論はこーこーまーでー!」

 カッツ先生は、それを馬鹿にするような口調で遮った。

 そして、できの悪い子供をじろじろと眺めるようにベテラン冒険者に見下げた視線を送り、なじるように言った。

「んんー?君は、状況がよく分かってないのかなー?

 冒険者としてそんなに歳を重ねているのにさぁ、何を学んできたのかな、ね~え?

 あ、なるほど、君は若さと力ずくと運で生き残ってきたタイプかぁ~。じゃあ僕の兵法を理解できなくても、しょうがないな~!

 プーククク!」

 完全に相手をなめ腐った、敬意の欠片もない罵倒である。

 ベテラン冒険者がそれに怒り呆れ口をぱくぱくする間に、カッツ先生は大げさな身振りで人目を引いて言い放った。

「さーて、分からない人もいるようだし、この作戦の根拠を教えてあげよう!

 まず早く攻略する理由だが、調査隊の殺虫剤による被害からユリエルの手駒が回復する前に叩くためだ。

 それにパクリウス伯によると、例の殺虫剤は残留性が高い。ゆえに早く行けば、調査隊が開いた道をそのまま使える可能性が高い。

 何より、兵は神速を尊ぶという!敵に準備期間を与えないことが、何より重要なのだ!!」

 この意見ももっともらしいが、ベテラン冒険者は疑問を覚えた。

 ダンジョンが中で死んだ人や魔物の死体を吸収するのは、よく知られた事実だ。ならば殺虫剤の残留性は高くても、吸収されているのではないか。

 冒険者の常識として、外の常識がダンジョンでも通じると思ってはいけないのだ。

 だがベテラン冒険者は、なぜか反論できなかった。頭では違うと言いたいのに、なぜかカッツ先生の言葉の方が正しいような気がしてしまう。

 それでも、せめて安全性を高めようと別の進言をするが……。

「では、せめて今勝手に虫けらのダンジョンに潜っている冒険者たちに、報酬の一部を払う約束をして指揮下に加えてくだされ。

 それだけでも、だいぶ勝率が……」

「ああアアン!?低能は黙れっつってんだよ!

 だいたい、学園外の冒険者なんぞ信用できん!前の死肉祭だって無学な冒険者のせいで、ひどい事になったじゃないか!?

 僕はあんなのを抱えるなんて、まっぴらだ!

 それに、敵の手を分散させて死んでくれるならもうこのままでいいだろ。

 あ、それとも~君はあっち側の人間なら、一緒に勝手に死んでくれば~?」

 カッツ先生から返ってきたのは、冒険者の誇りを粉々にして踏みにじるような悪意の言葉。

 ベテラン冒険者は違うと叫びたかったが、心は消沈し、せめて涙を流さないように歯を食いしばるしかなかった。

 それを横目に、カッツ先生は既に勝利に酔ったように高らかに宣言した。

「さあ、何も迷うことはない。この僕の勝利の道に、ついて来たまえ!

 ダンジョンは魔物の群れではなく軍勢、軍との戦いなら僕の兵法が負けることなどなぁーい!」

 ミーティングに集まった冒険者たちの多くは、目を輝かせて歓声を上げた。

 一部のベテラン……レベルの高い冒険者たちは、どうにも訝しそうな顔をしていたが、もはや異議は出なかった。


 ミーティングが終わると、カッツ先生は寮の自室に戻って一息ついた。

「くっ……あんなに魔力を使わせやがって!」

 毒づきながら、革張りのソファーにどかりと腰を下ろす。そして自らを慰めるように、部屋の中を見回した。

 カッツ先生の部屋には、華やかな織物のタペストリーや見事な絵付けの壺など、高そうな品であふれていた。

 大半はこの辺りの様式ではなく、砂漠の東の帝国風のものだ。

 この異国情緒あふれる部屋にいると、カッツ先生はとても落ち着く。

 こういう様式が、カッツ先生が元いた世界にとても近いものだから。

「フゥー……やはり下等生物がのさばる異世界は、人も下品でいかん。

 早く貴族と結婚して、優雅な生活を送りたいものだ」

 さっきの自らの言動を棚に上げて、カッツ先生はぼやく。いや、カッツ先生にとってさっきのは分からず屋の低能猿へのしつけであって、人相手の無礼ではない。

 神に目を留められて異世界に来てから、カッツ先生はもどかしい思いを抱えていた。

 自分は天才兵法家なのに、軍を率いたことがない。人前で弁舌を振るい信仰を説いたり、生意気な論者を鮮やかに論破したりばかりだ。

 この仕事も実入りはいいし、チヤホヤされて気分がいい。

 ……が、満たされない。

 いつかこの世界で軍を率いて、実戦で大功を上げてみたい。自分にはそれができるはずなのだから。

 そして、元の世界の結果が間違っていると証明してやりたい。

 その好機が、ようやく訪れたのだ。

(……だってのに、聖騎士なんかに介入されたら手柄があっちのものになるじゃないか!僕より上の指揮官など要らないんだよ。

 バラバラに動いてる冒険者共だって、従うフリして手柄を強奪するかもしれないだろ!そんな不忠で不安な駒は要らないんだ。

 敵は弱ってるし弱点も分かってるんだから、僕とセッセイン家で十分だ)

 カッツが聖騎士を待たずに先行することにしたのは、ただ戦功を独り占めしたいからだ。

 そのために、全力でそれっぽい理由付けの弁舌を振るった。

 それでもセッセイン家とだけは合流するのには、訳がある。

「さーて、セッセイン家には僕の活躍をしっかり見てもらわないとな。僕の素晴らしい兵法で、鮮やかにミエハリスちゃんを助ける所を!

 その功で僕はミエハリスちゃんと結婚し、晴れて貴族に!!」

 カッツ先生は、バラ色の未来を夢想してニターッと笑った。

 せっかくやり直せる異世界に来たのだから、自分はこの才と神の加護を使ってもっと上を目指すべきだ。

 ミエハリス・セッセイン……あの聖女は、将来国軍に影響を与える地位に就くかもしれない。実家は堅実で、そのために積極的に動いている。

 利用しない手はない。

「クックック……今こそ、僕が羽ばたく時だ!

 魔窟から救い出せば、浮気な彼女も僕以外見えなくなるだろうしね!」

 この戦功を機に、自分は実戦でも負けなしの最強軍師となって栄誉も女も手に入れる。その予感だけで、カッツ先生は悶えて体をくねらせた。

(そうだ……この世界ではまだ一回も負けていない!これから負けなければいいんだ!

 ……ここに来る前に、神からは実戦には出るなと言われたが……フン、僕の本当の才が分からないなら、神にも見せつけてやろう!)

 メラメラと野心を燃やすカッツ先生を、天井の隅から何かがこっそり見つめていた。



「……おまえの教師、しかも転移者が来るようだぞ」

 虫けらのダンジョンに迎え入れられてユリエルの配下になるなり、ミツメルはそう告げた。

「え、もう分かったの!?すごっ!」

 驚くユリエルに、ミツメルは事も無げに続けた。

「あの教師のことは前々から見張っていたさ。神がこの世界に招いた転移者、どんな風に死肉祭をかき回してくるか分からんからな。

 ……ただ、今まで見る限りは拍子抜けだ。

 あいつは大兵法家と言っておきながら、机上の仕事しかしない。死肉祭中も現場には来ず、各方から支援を引き出すためにしゃべってばかりだ。

 自分が死にたくないのか、上から止められていたか……それが初めて実戦に出てくる」

 ミツメルはカッツ先生が転移者として名を上げ始めた頃から、ずっとカッツ先生のことを監視していた。

 脅威になるかもしれないと、ダラクが判断したからだ。

 だが今までのところ、カッツ先生が実戦で力を振るったことはない。これでは、いくら見ていても実力は謎のままだ。

 ……が、ミツメルは珍しく楽観的なことを言った。

「だがこれまで出てこなかった時点で、さほど役に立つとは思えんな。

 人間的にも感心できん言動が目立つ。高給で高価なものを買い漁り、ひけらかす。たまに弟子入りしてくる奴がいても、そいつの手柄を自分のものにして報酬は独り占め。

 そうして弟子が去り、奴はあの名声にも関わらず独り身だ。

 ……それでも弁舌を聞くと従わされる奴が多いが……僕は、それが奴の神から与えられた力ではないかとにらんでいる」

「人に言うことを聞かせる……精神系ってことですか!?」

 ミツメルの意見に、ユリエルは目を見開いた。

「でも言われてみれば、私も心当たりがある……かもしれません。

 明らかにおかしいことをされても、その場はどうしても逆らえなかったんです」


 ユリエルは、カッツ先生にされた嫌がらせを思い出していた。

 カッツ先生は授業をきちんとするものの、出席の取り方や点数のつけ方がいい加減で、ユノやユリエルの成績を下げようとしていた。

 ある時は授業が始まる十分ほど前に出席を取り、休み時間中昼寝をしていたユリエルは出席カードを出せなかった。

 授業が始まってそれに気づいたユリエルが抗議すると、カッツ先生は平然とこう言った。

「どう授業を行うかは、教師である僕に一任されている。

 君が僕の教えに対応できなかったのだから、自分で僕の研究室にいる弟子に届けておいで」

 授業と出席確認は違うのに、ユリエルは今きちんと出席しているのに、なぜかその通りだと思えてしまった。

 ユリエルは一生懸命カッツ先生の兵法研究室まで出席カードを持って走ったが、カッツ先生の弟子はおらず渡せなかった。

 途方に暮れたユリエルが教室に戻ると、カッツ先生はドヤ顔で言い放った。

「ほら見てごらん、あのかわいそうな様を。

 この尊い僕を起きて待っていないから、こうなるんだよ~ん!今どんな気持ちかな?反省してる?ねえ反省してるぅ?」

 教室中から、クスクス笑いが起こる。

 ユリエルは、あまりの理不尽さに頭が噴火しそうだった。

 自分はきちんと授業を受けているのに、出席がつかない。逆に授業が始まる前に出席だけ取って授業を受けない奴が、得をする。

 どう考えてもおかしい。

 だが、いくら言葉で抵抗しても勝てる気がしなくて心が諦めようとして……ユリエルは無言でカッツ先生の前に出て、自ら出席カードを破った。

 そして水を打ったように静かになった教室の中、席に戻って粛々と授業を受けた。

 結局その時の出欠がどうなったかは分からずじまいだが、ユリエルは兵法学の単位を取れた。

 テストで、ユリエルとユノはかなりの高得点だった。

 しかしこのテストの点数も、おかしなことになっていた。ユリエルやユノより遥かに薄っぺらい記述で、百点満点を超えるボーナスをもらった奴がいたのだ。

 それらは全て貴族の子息子女で、その中にはミエハリスもいた。

 ユリエルとユノ、そして数人の納得できない冒険者が抗議に行ったが、カッツ先生にしゃべられるとなぜか考え直さなければいけない気になってしまった。

 そのうち一緒にいた冒険者が一人、また一人と手のひらを返し、そのうえユリエルは悪い噂を流されてしまった。

 これについて最後まで味方でいてくれたのは、ユノ、カリヨン、そして冒険科のマリオンくらいだった。


 その話を聞くと、ミツメルはぐっと唇を噛みしめた。

「……なるほど、それはますます精神攻撃の可能性が高いな。

 しかし、それほど万能という訳ではなさそうだ。聞く限りでは、秀才の名声もそれで得ているように思える。

 侵入してきたら、しばらく君たちはその声を聞かないようにして、僕が能力を見極めた方がいいかもしれない」

「はっ……た、確かに、私が惑わされたら大変!」

「そうだ……といっても、レベルが高い者や聖女には効きが悪いようだが。聖女は、神の力で神の力に抵抗できるからか。

 その点、君は今神の力を失っている」

「そうですね、聖なる桃の力が届く範囲で大人しくしときます」

 相手の能力が分かるまでは、下手に接触しない方がいい。

 分かってはいるが……ユリエルは、ひどくムカついていた。せっかくあのクソ教師にやり返せるかと思ったのに、この手で恨みを晴らせないなんて。

 ……と考えたところで、ユリエルは思い出した。

「そうだ、カッツ先生ってミエハリスにご執心だったんですよ!

 ミエハリスを囮にしたら、ペースを乱せないかしら?

 そう言や、ミエハリスって処女だったんですか?あいつのことだから、事実を公開するだけで両方にダメージが……」

 嫉妬混じりの悪い顔をするユリエルに、ミツメルは一言。

「ああ、ダラク様によると、間違いなく処女だそうだ」

「へえ……えっ!?あんなに男に媚びてるのに!!」

 驚くユリエルに、ミツメルは呆れてぼやいた。

「君も大概偏見がひどいな。考え方が恐ろしく単純だ。

 だいたい、好きにやらせれば男に気に入ってもらえる訳じゃないだろう。男の気を引いて焦らして期待させる、そういう駆け引きが上手い子なんだろう。

 むしろその方が男は夢中で追いかけるもんだ」

 ここでミツメルは、ギリッと歯を噛みしめた。

「マーレイや、その上役の美王がダラク様にやるように……!」

 吐息とともにかすかに発せられた言葉は、期待を裏切られ動転しているユリエルには届かなかった。

 ミツメルは今はそのことに安堵しながら、カッツ先生に話を戻した。

「名声だって、実際にそれをやった者がいつも手に入れる訳じゃない。

 むしろ、それっぽい言動をしてもったいつけている方が、人の注目を集めることもある。カッツは、そのタイプだろう。

 だから君がやるべきは……」

「ええ、惑わされずに化けの皮を剥いで叩き潰す!」

「ああ、それでいい。いい顔になった。

 最初の観察は、目に見えないものへの耐性が高い僕に任せろ」

 ユリエルもミツメルも、道理を曲げる偽物が嫌いだ。そうでないならご自慢の兵法を見せてみろと、心を強く持って待ち受ける。

 カッツ先生の実力がベールを脱ぐ日は、刻々と迫っていた。

 カッツ先生がやっていた出席の取り方と被害は、私が実際に遭ったものです。目の前で受け取ってもらえなかった出席カード破りも実際にやりました。

 ああいう大学教師って実際にいるんですねえ。


 カッツ先生は、とある歴史上の人物です。

 机上の空論、それを体現する名声ばかりで着飾った……。

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― 新着の感想 ―
なるほど。童貞(未抜の宝刀)で早漏(神速を尊ぶ)と。 100%ダメですね、こいつ。神からのお墨付きだし。
そのクソカッツモデルは間接的に晒しちゃいましょう
古くは紙上談兵の趙括か、あるいは……。候補が多すぎてカッツ先生はとても特定出来ません。それにしても、(私は知りませんが)大学って怖いところですね。
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