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76.失われた目と得られた視界

 うおおおお!!!総合ポイントが4桁の大台に乗ったあああ!!

 ここまでお読みいただいてありがとうございました!

 来年も面白く、時に残酷なざまぁを精進いたします!


 ユリエルを倒せる条件(大嘘)が分かり、ミエハリスが囚われたことで、インボウズたちは本格的にユリエル討伐に動き出します。


 ここで、教師の中に転移者が出てきました。

 天才兵法化を自称する、口先では誰にも負けない教師……彼は目をつけていたミエハリスのために、討伐隊に加わります。

 こいつの本性は皆よく分かっていませんが、一体……。

 調査隊の敗北に、街は騒然となった。

 撤退の手段を与えられたはずなのに、ユリエルのダンジョンに潜った調査隊は誰も戻らなかった。

 十人ほどの冒険者と数人の神官は言わずもがな、貴族家の聖女であるミエハリスと魔物学の教師も。

 ただし、ミエハリスは聖女登録を通じてまだ生きていると分かる。

 逆に撤退の魔道具が使われたので生還者はいるはずなのだが、これが学園都市に帰ってこない。

 おまけに、死肉祭前に7階層だった虫けらのダンジョンは、15階層まで成長している。

 一体何がどうなっているのかと、学生も街の人たちも驚愕した。

 だが、その答えはすぐに発表された。

<魔女ユリエルは魔王軍の支援を受けてダンジョンを成長させ、東方の神秘の桃で聖呪を防いでいる。

 ただしユリエルが上役の不興を買ったため、神秘の桃は一月の間10階層から動かせず、その桃を失えばダンジョンへの支援も失われる。

 よって、一月の間に虫けらのダンジョンから神秘の桃を奪え!

 報酬:桃を無事持ち帰った場合 白金貨20枚(約2億円)

    ユリエルを倒した場合  金貨500枚(約5千万円)

    桃を破壊した場合    金貨200枚(約2千万円)>

 インボウズは虫けらのダンジョンを一般にも開放するのと同時に、ユリエルと聖なる桃に破格の懸賞金をかけた。

 もっとも、桃の懸賞金が異常に高額なのは、ゴウヨックが何としても手に入れようと自腹で金額を上乗せしたからだ。

 このミッションに、冒険者たちは色めき立った。

 ダンジョンが深くなったとはいえ、10階層までなら勝機はある。調査隊が敗れたとはいえ、7階層まで行っているのであと少しだ。

 死肉祭は予想外に苦戦して儲からなかったから、これで一気に儲けてやる。

 しかも期間が一月しかないということで、冒険者たちは目の色を変えて準備を始めた。


 学園でも、ミエハリスが捕まったことは他の令嬢たちに衝撃を与えた。

 ミエハリスは令嬢たちの中では実力派で、聖女としての順位も10番台と上の方だったのに、40番台のユリエルに撤退すらできずやられてしまった。

 これまでユリエルをなめて嘲っていた令嬢たちも、これには胆を冷やした。

 今のユリエルはもう、自分たちの知っているユリエルだと思ったらだめだ。聖女としての順位なんか、もう役に立たないのではないかと。

 ……本当は聖女としての順位そのものが家柄や寄付金に大きく左右されており、元から実力通りなどではなかったのだが。

 令嬢の聖女たちは、いくら報酬が多くても味方の人数が多くても、この任務にはしり込みして参加しようとしなかった。

「冗談じゃないわ、魔窟に囚われるなんて!」

「言い方は悪いけど……死んだならともかく、生け捕りだと実家に迷惑がかかるじゃない」

「セッセイン家は、どうするつもりかしら?

 理事長は、救出する努力をしないで聖女のままにしておくなら金を払えって家に掛け合ったらしいけど……」

「ミエハリスはかなり期待されていたわ。

 でも果たして、救出隊を出したって取り戻せるかどうか」

 令嬢たちは貴族らしく、ミエハリスの実家の心配をしている。

 ミエハリスは国の伯爵令嬢であり、実家はそれなりの勢力を持っている。最近は、グンジマンの台頭に対抗し、国と教会をさらに深くつなげようとしていた。

 そんな勢力の令嬢で聖女が囚われたのだから、放ってはおけないだろう。しかも、救出の難易度があと一月でさらに上がるとなれば。

 だがセッセイン家も、そんなに急に強い大軍を用意できないだろうし、何より先月の死肉祭で痛手を被っている。

 そんな状態で、ミエハリスの救出に力を割いて大丈夫なのか。

 聖女の中で最も戦のプロのユノが、無理だと叫んでいるのに。

「ああもう、だからミエハリスじゃ無理だと思ったのよ。

 だいたい、ユリエルよ。私はよく知ってるけど、ユリエルの戦い方を常識で考えたらダメなの。

 それがダンジョンマスターなんかになったら、何してくるか分からないわ。

 それを一月って……慌てて突っ込んでどうにかなる訳ないでしょ!」

 ユノを煩わしく思っている令嬢たちも、こうなると耳を傾けざるを得ない。

 野蛮で品のない聖女だし政敵の娘だが、類は友を呼ぶと言うし、今ユリエルに一番詳しいのはユノなのだ。

 そのユノがそう言っているんだから、絶対に行きたくない。

 もっともユノは、少しでも知り合いの被害を抑えようとしてそう言っていたので、目的はしっかり果たせたと言える。

 それでも、冒険科や教師陣には止められない者がいるが。

「フフフ、ユノちゃん、ずいぶん弱気じゃないか。

 騎士団長の娘ともあろう者が、こんな腑抜けだとは!」

「カッツ先生……」

 ユノの意見を嘲笑ったのは、冒険科で兵法学を教えているカッツ先生だ。兵法学の単位を取っていたユノやユリエルとは、面識がある。

 それ以上に、カッツ先生はミエハリスと親密だった。よくミエハリスに情熱的に声をかけ、個人授業と称して街中でのデートが目撃されている。

 ただしミエハリスは多くの若い貴族にすり寄っているため、これだけで恋仲だという噂は流れなかったのだが……。

「君みたいな薄情者が動かなくても、愛しいミエハリスちゃんは僕が助けるさ!

 神速を尊ぶ兵法で、二週間でね!」

 カッツ先生は、完全にそのつもりだ。

 だが、ユノは何となく嫌な予感を覚えた。

(この先生、確かに弁論とか論文とかはすごく滑らかで圧倒されるんだけど、後で内容を考えると薄っぺらなことが多いのよね。

 それに、異世界から来た転移者ですごい兵法家だって言うからうちに囲われてるけど、特に何か実績を上げた訳じゃない。

 成績のつけ方も私情が入りまくりで偏ってるし……本当に大丈夫?

 まあ、大丈夫じゃない方がユリエルにはいいんだけど)

 ユリエルが大勢人を殺すのは避けたいが、ユリエルが濡れ衣を着せられたまま惨殺されるのも嫌だ。

 だからこそ逆に、ユリエルが殺すのはクズであってほしいと思ってしまう。

 カッツ先生はユノやユリエルの成績をあからさまに落とそうとしていたため、ユノの心象的にはクズなのだが……実戦でどこまでやれるかはよく分からない。

 そんなユノの戸惑いをよそに、カッツ先生は自信満々だ。

「なに、恐れることなど何もないさ!

 理事長が、ユリエルの聖呪を防ぐ秘密を暴いてくれた。魃姫の手下も、10階層までは手を出してこないそうだ。

 敵の手札が割れていれば、僕の兵法が負けることなんかなぁーい!」

 この状況にも、ユリエルは違和感を覚えた。

(確か、この情報は調査隊が捕まったのに探ることができて、でもあれから新しい情報が出てこないのよね。

 ……情報を集める魔道具を壊された?

 だとしたら、ユリエルが調査隊を捕まえる前にそれに気づいててもおかしくない。

 ねえ、その情報……本当に大丈夫?……ってことに全然気づいてないみたいだけど、本当にすごい兵法家?)

 ユノの磨き上げられた戦場の勘が、そう告げている。

 しかし、ユノはあえて口にしなかった。

 今自分がここで言うことに、いいことなど何もない。どうせカッツ先生は止まらないし、それでユリエルが殺されても困る。

 それに、カッツ先生は権力者に取り入る事に精を出しており、インボウズの忠実な手駒だ。ならば、削ってしまった方がいい。

(先生……事実を深く考えなかったご自分を恨んでくださいね)

 兵法を活かすには事実に基づいた情報収集と評価が不可欠なのだが、この先生は学園でも、今もそうしようとすらしない。

 だったらもう助ける義理はないと、ユノは放っておくことにした。



 事実を見ても考えられずろくなことにならない奴は、他にもいる。

 カッツ先生が想う愛しのミエハリスは、ダンジョンの底で一人牢屋に囚われていた。何を見ても、聞いても、ユリエルの冤罪を絶対に認めないからだ。

「魔や心弱き者が何を言おうと、わたくしは絶対に惑わされませんわ!

 神と教会は、この世の正義と慈悲を体現しているのです。

 それが無実の聖女を陥れるなんて、ある訳ないでしょう!審問官様がきちんと真偽を判定していらっしゃるし、馬鹿にするのもいい加減になさい!」

 抵抗も逃亡もできない状況でも、ミエハリスは吠える吠える。

 だが逆に、もうそれしかできないとも言える。

 ユリエルに逆らい続けるミエハリスは、魔封じの枷をつけられて鎖でつながれ、牢屋に閉じ込められていた。

 調査隊の仲間だった、神官たちも離れてしまって。

 ユリエルと桃仙娘娘がインボウズに流した情報が罠であると知ると、神官たちは心が折れて早々にユリエルになびいてしまった。

 今は、妖精たちに囲まれ監視されながらダンジョン内の下働きをしている。

「だって、ユリエル様はきちんと働きに報いてくれますよ。

 一生懸命やっても怒って鞭打つあなたとは、違うんです!」

 中毒に苦しんでいたのに助けてもらえなかった神官は、ミエハリスをゴミを見るような目で見て言い放った。

「ちょっと、何よその言い方は!

 目の前のことに惑わされずに、この世の正邪を……」

「じゃああなたも、現実を見てくださいよ!

 こんな所に囚われて、もう地上には逃げられない。でもユリエル様は、従えば美味しい物を食べさせてきれいな所で過ごさせてくれる。

 この状況でこれ以上に正しい事って何なの!?」

「美味しい物、きれいな所って……そんなもののために!!」

 そう言うミエハリスの前に、トン、と食事の皿が置かれた。麦を雑に煮込んだだけの、味もついていない粥だ。

「はいはい、じゃあ美味しい物ときれいな所のありがたみが分かるまで、ここで勝手に頑張っててください」

「そうだねー、ミエハリスはお嬢様だからそういうの分からないのよ。

 孤児院では、飯の問題が本当に切実なのにね。

 これだから世間知らずのお嬢様は!」

 ユリエルも、神官に同調してミエハリスに嫌味を言った。

 ユリエルには、孤児院出の神官たちの気持ちがよく分かる。だからその子たちが従うなら、温かく迎えてあげる。

 何より、神官たちはユリエルを気遣ってくれるのだから。

「ユリエル様……そんなに血を抜いて、キツくないですか?」

「ああ大丈夫、私そんなにやわじゃないから。

 こっちこそ、あんまり肉気のものを回してあげられなくて悪いわね」

 ユリエルは今も、採血瓶をぶら下げて血を抜いている。これが現状ダンジョンの一番の収入源なので、惜しんでなどいられない。

 そんなユリエルの姿は、神官たちの目に痛々しく映った。

(……本当に嘘で人を従わせていい思いをしたいだけの人が、ここまでするかしら?)

 囚われてユリエルの暮らしを間近で見るようになって、神官たちの胸にはそんな思いが芽生えていた。

 外で敵として、裏切り者としてしか見ていなかった頃は、ユリエルが便利な力を手に入れて楽して人を踏みつぶして笑っていると思っていた。

 人の心を失った、悪の権化だと。

 インボウズや教師たちも、そう言っていたから。

 しかしここに閉じ込められてユリエルたちの側しか見聞きすることができなくなって、どうもそうではないと分かってきた。

 ユリエルは、自分のためだけにふんぞり返って他人に鞭打つ訳ではない。

 自分の持てる全てを、無駄に傷つかないように使い、しかも自身は文字通り身を削って体を張って戦おうとしている。

 従う仲間たちに無理強いはしないし、できる限り幸せに暮らさせている。

 どう見ても、身勝手な悪とは思えない。

(私たち、これまでこの人のほんの一部しか見てなかったのね。

 いいえ、ユリエル様は元から変わっていたけど優しくて頼れる御方だった。なのに、何であんな風に見てしまったのかしら)

 神官たちは、正直言って自分たちの見る目の変化に驚いていた。

 学園では(ある意味がつくが)尊敬していたユリエルを、破門されたからと極悪人と蔑み、今は実情を見て考えが変わった。

 自分たちの人を見る目はこんなに不確かだったのかと、思い知らされた。

 そんな神官たちに、魔物学の教師が声をかける。

「こんなもんだよ、人間の判断力なんてのは。自分の見たもの聞いたことが最優先、そして基本自分に都合のいいように考える。

 だから、それに惑わされて失敗しないように学問が要るんだ。

 きちんと事実に基づいて本質を分析し、正しい答えを探すためにね」


 魔物学の教師はユリエルに降伏してから、懸命に自分の身に起こったことと、ユリエルと仲間たちの様子を記録し始めた。

 その根底には、ユリエルの掌で転がされていいように負けてしまった悔しさがあった。

 自分は教師のプライドと得意分野にこだわって視野が狭くなり、広い目で見て作戦を立てたユリエルに負けた。

 ならばこれからは間違えないように、とことん事実を集め記そう。

 ユリエルと仲間たちのことを観察し尽くして、そのうえで結論を出そう。

 半ばヤケクソのように心に決めて、魔物学の教師はユリエルについて回り、取りつかれたように記録し続けている。

 ユリエルも、それを受け入れた。

「いいわよ、私が冤罪を晴らすための戦いなら、たくさん記録して。

 そして私にまつわる事実を、しっかりその目に焼き付けて判断して。

 ……ただし、私が純潔だって納得して認めるまでは、癒しはしないわよ!」

 ユリエルとしても、自分のありのままを見てくれるのは大歓迎だ。

 その態度で取材させてもらうだけで、魔物学の教師も少しずつ考えが変わってきていた。

(ユリエルちゃんは、自分の戦いに誇りをもって後に残そうとしている。鑑定でも審問でも、平等な目で見るならしてほしいとすら言っている。

 ……悪事を働いて隠さねばならぬ者が、果たしてそんなことを望むだろうか?

 少なくともユリエルちゃんは、見られても恥ずかしくない、むしろ自分のためにしっかり見てくれと言わんばかりだ)

 自分の仕事がなくなって、上からの評価を気にする必要がなくなって、魔物学の教師は一気に肩の荷が下りて視界が開けたようだった。

(ああ、私の見ていた世界は狭い。

 私は、自分のそんな事すら知らなかったのだ!

 ……私が負けたのも、無理からぬことか)

 魔物学の教師は、自嘲とともにそう思った。

 どうせもう地上に戻れるか分からないし、戻れたって生徒に負けた汚名は消えない。ならばせめて、ここで起こったことの見聞録でも書いてやる。

 そしていつか納得のいく判断を下せたらと思いながら、魔物学の教師はひたすら傷ついた手でペンを走らせていた。


 そんな中、ユリエルも己の視界の狭さを嘆いていた。

「さて、これでインボウズたちは慌てて動き出すだろうけど……その動きがここに来るまで分からないのは歯がゆいわね。

 虫や妖精さんたちに外を見張らせてはいるけど、聖なる結界がある都市の中までは探れないし。

 向こうにばっかりのぞかれるなんて、不公平だわ!」

 正確かつリアルタイムの情報は、いつだって戦いの大きな力となる。

 しかしこのダンジョンの主として立てこもってから、ユリエルが入手できる人間側の情報はひどく限られてしまった。

 インボウズを慌てさせて動かす策を弄してみても、それでインボウズが具体的にどう動くかは分からない。

 もしかしたら、自分の想像を超える手を打ってくるかもしれない。

 しかしユリエルには、探る目がないのだ。

「うーん、敵の懐にわたくしの術で魔力を隠した魔道具を送れたら、ある程度何とかなるかもしれないけど……。

 敵がどこに置くか分からないし、送り込めるかも分からないのよね」

 桃仙娘娘は手を貸してくれる気でいるが、それでも相手を自由にのぞき見はできない。

 魔力を隠したり見破ったりは得意だが、桃仙娘娘自身が遠見の術を使ったり仕込んだりはできないのだ。

「戦いは先手を打つのが圧倒的に有利なのに、困ったなぁ……」

 だが、それを解決する人材が突如舞い込んできたのだ。


「フハハハ!息災か、ユリエルよ。

 うまくやったようで、何よりだ!」

 次の手に頭を悩ませるユリエルに、聖者落としのダンジョンから通信が入った。相手は、マスターの吸血暗黒爵ダラクだ。

「教会に探りを入れられたのを、うまく返したようではないか。

 奴ら、慌てふためいて集められた戦力から順次投入するつもりらしいぞ。莫大な懸賞金のせいで、冒険者共は全く統率が取れておらん。

 おまえの思い通りではないか?」

 ダラクは、ユリエルが目が飛び出るほど見たかった敵陣の様子を、お見通しだった。

 なぜなら、ダラクの配下には自由に飛び回る目玉を操り遠くのことを探る専門の、ミツメルがいるから。

 毎年ある死肉祭で人間側の動向をいち早く察知して備えるべく、ダラクはミツメルに命じて長い時をかけて諜報網を築いていた。

 それこそ、都市内部の市街地辺りまで。

 ダラクはそれを、自慢げにユリエルに明かした。

「どうだ、これが決して落とされぬ我がダンジョンの秘密よ。

 欲しいか?羨ましいか?」

「うわあああ!!すごく欲しいです!!

 せめて、情報だけでも共有していただけませんか!?」

 ユリエルは、恥も外聞もなくダラクに頭を下げた。ダラクはそれを見て満足げに笑い、驚くべき提案をしてきた。

「そうか、では……来年の死肉祭まで、ミツメルを貸してやっても良いぞ」

「ほえええ!?本当でございますか!!」

「うむ、ただし、おまえの血と交換だがな」

 ダラクは、ユリエルが今もぶら下げている採血瓶を見つめて舌なめずりをした。他の多くの魔族と同様、ダラクもまだまだこれが欲しいのだ。

「どうだ、ヒュドレアを通さず直接三瓶ほどもらえるなら、ミツメルの維持DPをこちらで持ったまま貸してやるぞ?」

「え……今、二瓶しか溜まってなくて。

 それに、ヒュドレア様をあまり待たせるのは……」

「ふむ、二瓶では維持DPをおまえに払ってもらうぞ。つまり、ミツメルをおまえの配下に移すことになる。

 その場合、もしミツメルがおまえの下で死んで復活できなくなったら、容赦なく賠償を取り立てるからな!」

「ええー……それはそれで荷が重いです」

 ユリエルが商談をしていると、魔物学の教師がユリエルの後ろからひょこっと顔を出した。

「む、人間か。飼っておるのか?」

 面白そうに眺めるダラクに、魔物学の教師は勇気を振り絞って質問した。

「吸血暗黒爵ダラク様、お目にかかれて光栄でございます。

 ダラク様はユリエルの血とミツメルを交換すると仰られますが、ユリエルの血にはそこまで価値がございますか?

 我らの教会は、ユリエルの純潔もその血による強化も嘘だと喧伝しております。

 真偽の分からぬ私めのために、どうかお答えくださいませ!」

 すると、ダラクは小馬鹿にするように笑って答えた。

「フハハハハ!あれほどの被害が出て何を今さらそんなことを。人間の愚かさもここまでくると哀れよな。

 ユリエルは間違いなく純潔、そして神が手を引いた空の器よ。

 貴様は、ユリエルの血を用いた同朋の反攻でどれだけ被害が出たか知っておるのか?あれだけの力が再び手に入るならば、いくら払っても手に入れたい同朋はたくさんいる。その転売の儲けが、我の手元にある証よ。

 それと、ユリエルの血を、我は直接吸って確かめた。それを否定することは、我への侮辱も同じと思え!」

 それを聞くと、魔物学の教師は静かに頭を垂れたままペンを走らせた。

 魔族の言う事なので、今すぐ信じる訳ではない。しかし今目の前の現実と大物の証言が、心の天秤を傾けつつあるのは確かだった。

 毎年の死肉祭を見ていた魔物学の教師には、ダラク陣営においてミツメルの果たす役割がどれほど大きいかよく分かる。

 それと交換できるほどとなれば……むしろ、否定する材料を探すのが難しい。

 一方、ユリエルはダラクに血を吸われたことを思い出し、一つダラクが好みそうな取引材料を思いついた。

「そうだ、先の戦いで聖女を一人生け捕りにしてあります!

 彼女の血を少しだけ提供しますので、賠償を減らしていただけませんか?」

「ほほう、そやつを我に譲るならば、ミツメルが死んでも免責とするが?」

「私の獲物だし敵を引き付ける材料なので、それはできません。あと、彼女弱ってるので試験管一本分の提供といたします。

 その代わり……彼女が処女かどうか判定して、私に教えてください!」

「お安い御用だ!」

 こうして、ユリエルは自分とミエハリスの血と引き換えに、ミツメルを陣営に迎え入れる取引をした。

 今一番欲しかった視界が、思わぬ形で手に入った。

 自分や同じ側にいる者だけでは視界が限られてしまうが、別の勢力からそれに長けた者を迎えれば視界は大きく広げられる。

 ミツメルは、これからインボウズの動きを探りつつ先手を打つのに、頼れる目となるだろう。

 それを言えばダラクだって、吸血鬼として人間にはない感覚を持っている。ミエハリスがいくら口で純潔と言っても、ダラクの感覚はごまかせない。

 ユリエルは二つの悩みを一気に解決し、荷の下りた肩を軽くほぐした。

 ユリエルたちの陣営の弱みは、敵の様子を詳しく探れる目がないことでした。

 ユリエルはダンジョンマスターになってから、ダンジョンに来た敵か他の勢力からの提供でしか敵の様子を把握できなくなっていました。


 そこに、血と引き換えに手に入れたミツメルはこの上ない力となります。

 ただし、これがミツメルの意に沿ったものかは別の話ですが。

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