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72.毒々ゴリ押し突破作戦

 二回目の調査隊がダンジョンで、魔物学の知識に基づいた作戦を炸裂させる!

 タイトルでだいたい内容が分かるかもしれない。


 ……ただし、ユリエルは前からこれを予測して対策を立てていました。

 ミエハリスと魔物学の先生は鼻高々ですが、本当は……。


 そして、マリオンが中途半端な深さまで同行したのには、何の意味があったのか。

「お、久しぶりに敵が来たぞ!

 ……でも、本格的な討伐って感じじゃないわね」

 ユリエルは、ダンジョンマスターとして真っ先に侵入者を感知した。

 死肉祭が終わってそろそろ落ち着いた頃なので、本格的にインボウズがこちらに戦力を向けてくるかと思ったのだが……。

 訪れた敵は、とてもダンジョンを攻略できる編成ではない。たとえ改築前の7階層であったとしても、だ。

「いきなり階層が増えたから、また調査かな?

 あっでもミエハリスなんか来てんじゃん!ダンジョン踏破できるのアイツ?ってか、虫は苦手だったはずなのに。

 そんなになめられてんのかな、私」

 毒づくユリエルに、シャーマンが突っ込んだ。

「その、聖呪とやらでやっつけた気になってるんじゃないかい?」

「ああ、なるほど……聖呪の発動に合わせようとしてるのか。

 でも、だったら発動を確認してから来ると思うんだけどな。あれ、対象に発動したか仕掛けた側が分かるから。

 魃姫様からもらったこの桃、まだなんの変化もないけど」

 ユリエルはふしぎそうに、聖王母の桃を見つめた。


 魃姫がユリエルを聖呪から守るために与えた、聖王母の桃園の桃。

 普通の桃より一回り大きく、常に食欲をそそるかぐわしい芳香を放っている。そのうえ、しばらく置いても採れたてのみずみずしさを失わない。

 魃姫曰く、桃自体に不老長寿の力と想像を絶する滋養が詰まっているという。なので数百年経っても傷まず、少し傷がついた程度では自力で再生するらしい。

 聞けば聞くほど、とんでもない代物だ。

 しかし、別の神の呪いを受けてはさすがに無事では済まない。

 こちらは所詮桃一個分、敵は聖女一人の命をかけて放ってくるのだ。

 桃はユリエルの近くに置いておくことで呪いを吸収し、しなびたり変色したりして最終的には腐ってしまうという。

 完全に腐ってしまうともう呪いを止められないため、その前に根本的な手を打たねばまずい。

「まだ数個の在庫はあるが、やすやすとは手に入らぬでのう。

 もし桃が傷んできたら、すぐわらわに知らせるのじゃぞ」

 魃姫はユリエルにかけられた聖呪を憂い、こう言ってくれたが……。


「どういう事だろ、呪いが来る気配がないよ」

 帰って来てから毎日桃を側に置いて観察しているが、まだ桃はみずみずしいまま。本来の役目を果たすことなく、ただの芳香剤と化している。

「ミツメル殿からの知らせによれば、アノンが破門されて引き回しにされたのはもう三週間も前のこと。

 それから十日くらい、好きなだけ痛めつけていいってお触れが出てたらしいけど、それももうなくなった。

 聖呪ってそこまで凝った準備が必要な訳じゃないし、インボウズも早く解決したいだろうから、とっくに仕掛けられててもおかしくないんだけど……」

 不気味な平穏に、ユリエルは頭を悩ませる。

 シャーマンも、これには首をかしげるばかりだ。

「そうだねえ……効果が出るまでに時間がかかる場合もあるが、それでも呪いを向けられた時点で楔みたいなものは出るもんだ。

 なのに、あたしがこれの力を借りても何も見えないから……」

 シャーマンは、魃姫からもらった頭骨の冠を軽く撫でた。

 シャーマンはこれをかぶることで、より詳しく魔力やその流れが分かるようになり、呪いも感知できるようになった。

 しかしそのシャーマンが見ても、呪いが向いていない。

「……だとしたら、どうしてこんな時に中途半端な編成で来たのかしら?

 戦力を小出しにしてくれるのはありがたいけどね」

 どうにも、状況が良く分からない。

 そこに、レジンが顔を突っ込んできた。

「とにかく敵が来てるんだから、敵の様子を見てみようぜ。

 前の調査隊が進みづらいって情報を持ち帰ってんのに、騎士が全滅してんのに、あんなパーティーで来てる。

 どうやって攻略する気だ?俺はそっちが気になる」

 その言葉に、ユリエルも気を取り直して侵入者に目をやった。

「そうね、鑑定官が来てるからダンジョンの成長は分かってるはずなのに。

 しっかり話を聞きつつ、お手並み拝見といきましょうか!」

 ユリエルはどっかりと腰を据えて、それから煩わしそうに腕につながった採血瓶をカチャリと鳴らした。

「これが一杯になるまでは、あんまり動きたくないし。

 ああ~こいつらからもらえるDPでお肉とかチーズとか買えるかな~。それとも、家畜を買って飼った方がいいのかな?」

 ユリエルは今この瞬間にも、また造血剤を飲んで血を抜いている。

 前のように倒れたりしないように用法用量は守っているものの、体の回復力は消耗するため、この状態で戦いたくはない。

 時間を稼げるダンジョンで良かったと思いながら、ユリエルたちは静かに侵入者たちの動向を見守った。



 ダンジョンに入ると、さっそくマリオンが正解の道を探り始めた。

「おー……早速前と道が変わってて、正解の道がいくつもあるな。

 できるだけ短そうな道を案内するが、途中で塞がれて戻ることはあると思う。虫に掘らせて道を作ってるっぽいから、普通のダンジョンとは違うと思ってくれ!」

 マリオンのその宣言に、さっそくミエハリスは泡を食った。

「何ですのそれ!?そんな話聞いてませんわ!

 ダンジョンは浅い階層は進みやすいのが普通でしょう!どうなってるんですの!?」

 キャンキャン吠えるミエハリスをマリオンから引き離し、鑑定官が呆れた目でミエハリスを見下ろして諭した。

「あのねえ、俺たちはきちんとそういう報告書を出したよ。

 君、来る前に読んだの?」

「え……で、でも、そんなのは冒険者の仕事だし。

 ダンジョン基礎学はきちんと単位取って、勉強はして……」

「冒険者の仕事っていうなら、きちんと仕事してる冒険者に文句を言って邪魔をするんじゃない!いくら君が偉くても、それじゃ任務は果たせないぞ!

 それと、勉強したことが全てに通用すると思うんじゃない!」

 厳しく叱られて、ミエハリスは面食らった。

 目を潤ませて周りを見回して、はっとする。いつも自分を気に入って守ってくれるはずの若い貴族の指揮官は、いない。

 慌てて学園の冒険者たちの方を見ると、面倒くさそうな顔で遠巻きにしている。

(えっ……何ですの、これ?

 何で誰もわたくしを認めてくれないんですの?下っ端が問題を起こしたら解決できるよう尻を叩くのは、上に立つ者の義務でしょうに!

 上に立つつもりなのに、そんなことも分からないの!?)

 ミエハリスは内心毒づいたが、もう遅い。

 これから教会軍を動かすであろう有望な冒険者に威厳を示し尊敬されるあては、外れてしまった。

 これまでいろいろな任務で若い貴族に取り入りモテてきたミエハリスには、初めての経験だった。

 だが、必要とされていない訳ではない。

「ミエハリスちゃーん!君、水魔法どのくらい遠くまで届く?」

 魔物学の教師が、さっそく働きを求めてきた。

「虫が掘って道を変えちゃうならねえ、掘れないようにすればいいんだよ。

 正解の道のできるだけ先まで、この虫特攻の……パクリウス伯爵が作った販売禁止の殺虫剤をまく!

 そうすれば、道を変えられずに進めるはずだ!」

 魔物学の教師の妙案に、冒険者たちは目を丸くした。

 さすがに魔物学の専門家らしく、難路をしかける元を断つ策を出してきた。

「おおー、さすが先生!よく知って……らっしゃる!

 それ、俺たちが使った時もメチャクチャ効き……ましたよ」

 マリオンに敬語で大げさに褒められて、魔物学の教師は鼻高々だ。やっぱり自分がいないと、と反り返るほど胸を張る。

「フフフ……ユリエルちゃんも、なかなかやるねえ。

 でも魔物に頼っている限り、その魔物の弱点を突けば仕掛けも簡単に壊れる。特に、虫なんて脆い奴はね。

 ユリエルごときの知略は、この私に通用せんのだよ!!」

 だがここで、魔物学の教師はふっと我に返ってぼやいた。

「本当は、見える道全部にまいて、次の討伐隊のために虫を一掃したかったんだが……量を考えるとそうもいかんな。

 7階層の想定できたが、まさか15階層とは……。

 節約が必要だ。マリオンちゃんが探った最短の道に、ミエハリスちゃんの水魔法でできるだけ先まで殺虫剤をまいてもらう!」

 少し修正が必要になったが、これがこのパーティーの必勝法だ。

「すみませんねえ……マジックバッグの容量のせいで、そんだけしか持ってこれなくて」

 マリオンが取り出した金属の缶を、冒険者がミエハリスの前に置いて蓋を開ける。強力すぎて人すら害する、恐るべき毒が露わになった。

 しかし一行は、その対策もきちんと考えていた。

「おーいみんな、薬をまく前にこれを飲め!

 薬学の先生に頼んで作ってもらった、この殺虫剤の拮抗薬だ。これを定期的に飲めば、こいつの毒に侵されずに済む。

 ……といっても数に限りがあるから、少し急いで進まねばならんがね」

 学園には、他にも様々な専門家がいる。元が聖女を育てる施設であるため、人を癒す学問は特に。

 魔物学の教師は、自分の考えた作戦が自分たちまで害さないようにきちんと対策を用意してきた。

 この辺りは、さすが専門家だ。

「まあ、素晴らしいご準備ですわ。

 それでは早速、道の先に飛ばしますわよ!!」

 ミエハリスは気合を入れて、缶の中の殺虫剤を水とともに巻き上げ、道の先に向かって勢いよく噴射した。

「アクアスプラッシュ!

 邪悪な虫女……身の程を知れええェーッ!!」

 黒く濁った油を巻き込んだ水が、坑道を突き進んでいく。

 魔物学の教師は、パンパンと手を叩いた。

「そう、これが一番だ!

 しかもこのダンジョンは、下に向かうタイプ。正解の道は下りになってるから、毒が平地より遠くまで届く。

 これでしばらく安全だ、一気に抜けるぞ!」

「オオーッ!!」

 虫の恐怖から解放された一行は、勇ましい声とともに進軍を始めた。これなら虫など怖くない、学園勢は皆それを信じて奮い立っていた。



「ひ、ひどい……虫たちが……!」

 侵入者の様子を見るモニターの前で、オリヒメが悲痛な声を上げていた。

 モニターの向こうには黒い油に汚染された岩肌が続き、ところどころでひっくり返った虫たちが散らばっている。

 敵を前にしても攻撃するどころか、まともに動くことすらできない。

「ああ……こんなのってない!

 せっかく増えたのに……何もできずに、ただ死ぬなんて!」

 あまりにあっけない同胞たちの死に、オリヒメは肩を震わせておいおいと泣いた。同じ虫として、他人事と思えないのだ。

 その横で、シャーマンが険しい顔で呟いた。

「虫特攻の毒漬けか……主の予想した通りになったねえ」

 ユリエルは、レジスダンたちが知らずに湿地を毒塗れにした時から、この違法殺虫剤を敵が使ってくると予想していた。

 虫には殺虫剤、それが世間の常識だからだ。

 特にダンジョンにまくのであれば、そこに住む人の被害を気にしなくていい。だから、毒性の高いものでも平気で使える。

 前にマリオンたちギルドの調査隊が来た時も、それでユリエルの戦力を削れと命じられていた。

 この調子ではおそらく、教会はこの手の攻撃を繰り返すつもりだろう。

 それを思うと、ユリエルはほくそ笑んだ。

「何て言うか……馬鹿の一つ覚えだなぁ。

 自分たちが毒に侵されない対策を持ってきたのはいいけど、それだってこの毒の拮抗薬なら対策はもうできてるし。

 虫たちだって……さっそく、対策の効果が出てるわね!」

 毒を浴びせられた虫たちは、確かにひっくり返っている。

 だが、ダンジョンマスターのユリエルには分かる。今ので本当に死んだのは、6割ほど。残りは今動けないだけで、そのうち回復するだろう。

「そっか……毒耐性と、あれを転用した毒沼フロア……。

 ユリエルは、本当に虫たちを守るために……」

 オリヒメが、しみじみと呟いた。

 ユリエルが前持ち込まれたこれをダンジョンの環境として取り込み、虫に半端な耐性をつけてここに放り込み始めた時は、胸が締め付けられる思いだった。

 しかしその試練は今、確実に実を結んでいる。

 辛かったがユリエルを信じて良かったと、オリヒメは思った。

「……でも、まだ上にいる子たちは動けなくはなるわ。

 おかげで、敵は死んだと思って素通りしてくれてるし。

 ま、敵が急いでるのは単純に物資が15階層行くのに足りないとかでしょうけど。つくづく、都合のいい奴らね!」

 ユリエルは、上機嫌で急ぎ足の侵入者たちを眺めた。

 毒を浴びた虫たちは多いが、敵が急いでいて、ピクピク動くのがいてもとどめを刺さずに進んでいく。

 これなら、生き延びた虫たちは……。

 先手で打った対策がうまくいったのを確認し、ユリエルたちは引き続き侵入者たちの動向に目を光らせた。



 調査隊は、順調にダンジョンを下って行った。

 毒で虫たちを強引に排除し、前の討伐でゴキブリ火刑があったところも堂々と下の安定した場所を進んでいく。

 ただし、それでも危ない奇襲はあった。

「ウィルオーウィスプだ!Gの死体に引火させるぞ!」

「任せて、ウォーターバレット!」

 たとえGや足切り虫が死んでも、燃料となる死体は残る。そこにウィルオーウィスプが引火させたら、結局火の海だ。

 だがミエハリスは素早く水の弾を飛ばして、ウィルオーウィスプを倒した。

「よし、次が出てくる前に急げ!」

「ちょ……ここ、歩きにくいのよ」

 ゴキブリ火刑の谷は、敵を高所から落とすための場所なので、虫を殺しても地面は尖った岩だらけで歩きにくい。

 それでもいつ落ちるか分からない道よりはましなので、ミエハリスは刺繍だらけのタイツを引っかけながら進んでいた。

 そうして4階層の峡谷に出ると、ワークロコダイルが岩を投げて攻撃してきた。

「やれ、ミエハリスちゃん!」

「虫じゃありませんけど!?」

「肉食の動物は、人間よりずっと毒に弱いんだ。

 虫ほどじゃないけど、効くから!」

 ミエハリスが同じように毒水を飛ばすと、ワークロコダイルたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「まあ、本当に効いたわ。さすが先生!」

「あいつら、もしかしたら毒がトラウマになってんのかも……しれません。

 俺たちが湿地を調査した時、ワークロコダイルの集落が毒に侵されてて、それでここに逃げ込んだっぽい……ですから」

 ミエハリスとマリオンが言うと、魔物学の教師はますます胸を張った。

「まあね、私は専門家だからね!

 魔物なんて所詮、図体が大きくて力が強いだけの獣さ。人間みたいな技術はごく一部しか持たず、弱点を突けば簡単に死ぬ。

 私にかかれば、敵の手札さえ分かれば倒すことなど訳ないね!」

 魔物学の教師は、楽しくてたまらなかった。

 ユリエルは自分の出す問題と解答を現実的じゃないとか言ったが、それはどっちだ。現実に魔物学の知識でこんなにスイスイ進めているじゃないか。

(ダンジョンの主は侵入者を見ているとか聞いたことがあるが……ユリエルちゃん、見てるかな~?

 君の城と配下はね、私の知識に敵わないんだよ!)

 今のところ、調査隊はほぼノーダメージで進めている。これを見てユリエルがどんな顔をしているかと思うと、愉快で仕方なかった。

 しかし、冒険者たちは残念そうに呟いた。

「あーあ、これじゃ、ここの魚はしばらく食えねえな」

「せっかく、食糧を補給できると思ったんだが」

 峡谷には、魚がいる。しかし今毒水をまき散らしたせいで魚は汚染され、もう食べられない。

 だが魔物学の教師は、煩わしそうに一蹴した。

「冒険者はどうも欲深くていかんねえ。

 食糧ならまだ十分あるし、これは退路のない戦いじゃないんだ。そんな事より、荷物を減らして早く進むことを考えたまえよ」

 今のミッションなら、それが正解だ。

 しかし冒険者たちのいつもの戦いでも、それをやって大丈夫なのか……魔物学の教師は考えたことがあるのだろうか。

 それを戒めるように、別の魔物が襲ってきた。

「おい、イビルフェイス……何か黒くないか?」

 霧が集まってうっすらと顔が見える魔物、イビルフェイスが寄って来る。しかし通常種と違い、妙に黒ずんでいる。

「いや、あれは……さっきまいた毒を、水と一緒に取り込んでねえか?」

 マリオンの指摘に、全員が総毛だった。

 周囲の水気で体を構成し、短時間の風雨を起こすイビルフェイス。それが、人をも害する違法殺虫剤のスプリンクラーと化す。

 調査隊は拮抗薬を飲んでいるが、体に入る毒の量が多すぎれば効果が切れる。汚染された地面を歩くだけならいいが、全身にぶっかけられて目や口からも入ったら……。

「た、倒せええぇ!!」

 魔物学の教師が叫ぶや否や、イビルフェイスの体が渦を巻き始めた。

 ミエハリスが攻撃魔法で、冒険者が祝福された矢で攻撃し、イビルフェイスはすぐに消え去った。

 しかし、勢いのついた毒水が冒険者たちの一部にかかった。

「ぶえっ!?」

「い、いかん!すぐ追加の拮抗薬を!」

 毒の対処はできるものの、この作戦の要である拮抗薬は余計に減ってしまった。しかも、自分たちがまいた毒を利用されてだ。

 魔物学の教師はうすら寒いものを覚えたが、すぐにプライドで押さえつけた。

(いやいや、私の作戦は間違っておらん!今のはちょっと運が悪かっただけだ!

 こんな吹けば飛ぶような水の精など、素早く対処すれば恐るるに足らん。ユリエルごときの手駒に、私の正しさは覆させんぞ!)

 その後ろから、冒険者たちとミエハリスは不安そうな目で見つめていた。

 だが誰も今の作戦をやめることは考えられなかったため、一言も突っ込まないまま一行は先に進んだ。


 それからの難路も、虫は敵ではなかった。地面と壁を毒で舗装し、飛来する虫にはミエハリスが毒を散布して、近づけずに進んでいく。

 アスレチックのような難路ではまずマリオンが軽やかに渡って命綱を渡し、冒険者たちがそれを使ってミエハリスと魔物学の先生を運ぶ。

 ミエハリスの体力魔力が切れそうになるとその場で休憩するが、虫が来なければ安心して休める。

 こうして、一行はこれまでにない速さでダンジョンを攻略していった。

「よし、いい調子だ。予定よりも早く進めて、物資にも余裕がある。

 5階層からは、消費する人数も減るしな」

 階層数が倍になっているのでどうなるかと思ったが、ひとまずここまでは快調だ。

 二回目の4階層にある鉄砲水も、全員がロープでつながって岩陰に身を寄せ、岩とミエハリスの水の盾でそらしてしのいだ。

 そして、ついに湿地の5階層に達した。


 ここで、マリオンと鑑定官はお別れだ。

 ミエハリスは餞別とばかりに、得意げにマリオンに言った。

「ねえ、わたくしがどれほどできる人間か、分かったでしょう?わたくしの水魔法がなければ、とてもここまで来られませんでしたわ。

 分かったら、ユリエルなんぞよりわたくしを敬いなさい!

 わたくしなしであなたが地上に帰れたら、わたくしに仕えても良くってよ!」

 マリオンだっていなければここまで来られなかったのに、ひどい言いようである。

 だがユリエルより正しい方に愚か者の心を導く正義をなしているミエハリスには、そんな事どうでも良かった。

「考えておき……ます。ここからもご武運を」

 マリオンは、いかにも義務的な応援で返した。

「さあ行くぞ、ここからは未踏の階層だ!

 ここから、私たちの足跡を刻むのだ!」

 またミエハリスに毒をまかせると、二人を切り離した調査隊は意気揚々とぬかるんだ湿地に踏み出した。


 それを見送って4階層の洞窟に戻ると、マリオンはぼそりと呟いた。

「ユリエルの相手は、てめえにゃ務まらねえよ。

 身の程を知るでゴザルよ!」

 それから川の滝を越えて峡谷に戻る前に、一本の筒のついた矢を取り出した。目立つように、わざわざカラフルなリボンが結んである。

「ユリエル、おまえが心配するこたぁねえ。

 どうやら俺の仲間が、うまくやってくれたからよ。

 おまえの知りたいことは、ここに書いてある。こいつを知ったうえで、あいつら操ってる野郎をどう料理するか考えてくれよ!」

 ユリエルが今何を心配しているか、マリオンには手に取るように分かる。

 きっとどこかから見ているであろうユリエルに軽く手を振って、水の届かない岩壁に矢を突き立てて、マリオンは足取り軽く帰っていった。

 ミエハリスちゃんは、できる子ではあるんです。

 地の能力で聖女になり、水魔法が得意で、自分が上官と認める人物の言うことはよく聞く。戦場でも、能力をフルに発揮してくれれば百人力の働きができるんです。

 ただ、本人の信念と貴族のプライドで、従うべき人やるべき事を正しく判断できる場が限られてしまうだけです。


 魔物学の教師も、魔物学という範疇ではとても優秀です。

 ただ、実際の戦場はそれだけじゃ渡れないから……。


 ユリエルの思惑も知らず、潜っていく彼らの運命は……

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