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70.学園動員

 戦争末期、戦力が足りなくなると、戦争に執着するお偉いさんはどこから戦力を持ってくるでしょうか。

 末期でなくとも、インボウズには自由になる学徒がたくさんいました。


 そして、ユリエルに聖呪が放たれない現状から、インボウズたちはとある可能性に思い当たります。

 ちょっと前に魃姫が予想していた、ある意味順当なところに疑いのとばっちりが……。


 そんな中、学園からユリエルの調査役に選ばれた聖女は誰なのか。

 前にちょろっと出て来た、見かけは軽薄なお嬢様の……。

 ユリエルに聖呪をかけてから一週間、インボウズは毎日やきもきして過ごしていた。

「ねえ、聖呪は飛んでった?」

 毎日朝夕と配下にそれを確認させ、まだですと報告を受けてはため息をつき、早く決着しますようにと柄にもなく神に祈る。

 だがこれが一週間続くと、さすがに疲れて苛々してきた。

「……どういうことだ。

 我らが神の罰は、一体いつ発動するのかね?」

 報告によれば、拘束されたアノンの周りには黒く恐ろしい魔力が渦巻き、発射の準備はできているようだ。

 アノンにはこの一週間水も飲ませておらず、半ミイラのような姿になってきたが、それでも生きている。

 神への要請が届いてはいるのだ。

 この状況に、オニデスは難しい顔で述べた。

「相手がわずかに格上だが溜め撃ちで何とかなる場合、二月ほど発射が遅れるのと引き換えに威力が増すことはあるようです。

 ここは天の裁量なので、我々に発射のタイミングは決められません。

 過去には、これを読み違えたため聖呪発動までに対象が暴れ回り、大きな被害が出たことがあるとか」

 それを聞くと、インボウズは不快そうに顔をしかめた。

「……なるほど、ダンジョンマスターになったことでユリエルが強くなったってことか。

 しかしまあ、二月で勝負がつくなら……」

 インボウズにとっては、一刻も早く発動してほしいところだ。

 インボウズだけでなく街の人々も、聖呪で早く街の脅威が取り除かれるよう願っている。その仕掛けをしたインボウズを信じ、期待している。

 なのに聖呪がなかなか発動しなければ、どうなるか。

「これは、冬至の聖神祭に間に合わんかもしれんな」

 インボウズは、窓の外を吹く木枯らしのような物憂げなため息をついた。

 たかだか孤児院出の聖女一人逃がしただけなのに、その片付けごときに半年もかかるとは。

 いや、ユリエルの血による魔族の反攻で負わされた賠償金を含めると、元に戻すには十年以上かかるだろう。

 だからこそ、元凶はすぐにでも始末して解放されたい。

 それでも、二月待って発動するならいいのだが……。

「お待ちください。

 これは本当にあってほしくないことですが……もう一つ可能性があります」

 オニデスが、インボウズの希望にさらに水を差す。

「ええい、まだ何かあるのかね?」

「は、こちらであればより深刻かと。

 ユリエルは自らの血を魔族にばらまく時、愛憎のダンジョンの邪神の力を借りて血を増やしていたとか。

 であれば、かの邪神がユリエルに肩入れしていることもあり得ます。

 もしその邪神が、神の力でもって聖呪を妨害しているとしたら……」

 聞いた途端、インボウズは乱暴に机を叩いた。

「それでは、発動せぬということか!?」

「は、こちらであれば……原因を除かぬ限りは」

 インボウズは一瞬で青ざめ、呆然と視線をさまよわせた。だがオニデスの言うことは、状況的に十分あり得るのだ。


 聖呪は、神の力による呪い。だから神でもなければ防げない。

 しかし、敵に別の神がついていたら。

 聖呪は主神ロッキードの力とは言え、生贄を通じて引き出せる程度の力に過ぎない。いくら主神が偉大でも、丸々ぶつけられる訳ではない。

 だから、たとえ今は地に落ちてダンジョンに居候している弱い邪神でも……アノンごときから引き出せる力くらいなら、防ぐことはできる。

 力の差があっても、邪神だって神なのだ。


「ぐっぬうう……おのれ邪神!!

 だが確かに、魔族の反攻の時点でその情報はあったな!」

 ユリエルの血による被害を報告する時に、ブリブリアント卿は確かにそんなことを言っていた。

 その時点で、ユリエルは愛憎のダンジョンの邪神とつながっていたのだ。

 インボウズはユリエルの関与を否定できなくなったことしか頭になかったが、これは地味に大変なことだ。

 そもそも、アノン程度の生贄では突破できない守りをユリエルが手にしたとしたら……。

「もちろん、そうでない可能性もあります。

 ですが、もしそうなら早々に対処せねば危険です。発動できないまま呪いが溜まり続ければ、いずれ周囲に影響を及ぼすでしょう。

 そうなる前に……」

「愛憎のダンジョンを、何とかせねばならんということか!」

「はい、ですが現時点でどちらが原因かは分かりません。

 ここは虫けらのダンジョンに攻め込み、少しでも様子を探らせては?たとえ原因が前者でも、ユリエルの力を削ぐことは有効と考えます。

 それに、たとえ聖呪でユリエルを落としても、他の者がダンジョンマスターを継いで引き続き抵抗してくる可能性はありますので……」

「そうだったな、あの元ボスももう一人ではない」

 容易ならぬ状況に、インボウズはぎりぎりと歯を噛みしめた。

 ユリエルさえ倒せばこの悪夢は終わる、聖呪さえ仕掛ければユリエルは倒せると思っていたが、どうもそうではなくなってきた。

 もしユリエルが愛憎のダンジョンの邪神の力を借りていたら、そこを落とすかユリエルに力を回せない程弱らせねば聖呪は効かない。

 だが愛憎のダンジョンは、復讐の邪神の力で鉄壁の守りを誇る強敵だ。

 しかもブリブリアント卿配下の領土にあるため、インボウズが勝手に攻めることができない。

 必然的に、ブリブリアント卿に依頼することになるが……それでどれだけ足元を見られるかと思うと、インボウズは目まいがした。

 最悪、インボウズが失墜するまでブリブリアント卿が本気にならない可能性もある。

 虫けらのダンジョンの方も、もうユリエル一人潰したところですぐ取り戻せる勢力ではない。

 ダンジョンマスターの地位は、味方が引き継げるのだ。今のあそこにはユリエルと元アラクネだけでなく、ワークロコダイルや騎士を皆殺しにした化け物がいる。

 どちらも、簡単に片付く問題ではない。

 だからこそ、一つ一つ原因を明らかにして片付けていかねば。

「オトシイレール卿、ここは討伐隊……いえ、調査隊の派遣を。

 でなければ、対策が立てられません」

「そうだな……しかし、その戦力をどこから持ってくるか」

 一つ方針が決まったところで、インボウズはまた頭を悩ませた。

 正直に言うと、今リストリアは戦力不足もいいところだ。死肉祭で衛兵と冒険者はさらに減り、さらに自分の配下の聖騎士まで他家への賠償に貸し出している。

 学園都市の治安維持が精いっぱいで、とても他に手が回らない。

 だが今ユリエルの方を探らねば、聖呪が効かず後々大変なことになるかもしれない。そうなれば、インボウズの教会での地位はさらに下がる。

 インボウズは真っ赤になって眉間に噴火しそうな山脈を作って呟いた。

「ぬぎぎぎ……所詮は7階層の雑魚ダンジョン!

 学生の実習に使ってもいい程度の場所だ。

 こんなもの、聖騎士をかき集めるまでもない!そもそも攻め落とす訳でもないんだから、こんな役目は学生で十分だ!」

 インボウズは、どこまでも卑劣に言い放った。

「さて、ユリエルはかつての学友とどこまで戦えるかのう?

 聖なる学園の力をもって、叩き潰してくれるわ!!」

 インボウズはついに、本格的に学園の人手を動員することに決めた。これまでの後方支援ではなく、前線に戦力としてだ。

 将来のためにここで学ぶ志の高い人材すら、インボウズには便利な駒でしかなかった。


 リストリア女学園は、本来聖女を育成するための女子校である。

 ここには教会が浸透している各地から癒しや浄化の才のある少女が集められ、聖女目指して磨かれていく。

 これだけでも、戦場の力としてそこそこ役立つ子が集まるのだ。

 ……その子たちが、本当に才にふさわしい地位を与えられるかは別として。

 逆に、聖女という身分が欲しい貴族や富豪の令嬢が通うことも多い。才の乏しさを金と魔道具で補って、聖女になるのだ。

 この令嬢たちは自身が戦力にはならないが、実家の貴族家の戦力や金による支援を引き出せる。

 ここに入れるのはそもそも大事に育てられた娘なので、彼女を守るために引き出されるそれらは馬鹿にならない。

 しかもそうして令嬢に聖女の地位をばらまきながら、才ある平民の子も神官として留めて置ける。

 むしろ貧しい子こそ、ここと神官職を失ったら生きていけない。

 そしてそういう子は後ろ盾がないため、気軽に戦に放り込める。

 たまにユリエルやアノンのような飛びぬけた子が聖女になることもあるが、そんなものは高位聖職者のバカ娘のための席取りだ。

 卒業前に堕とされて高位聖職者の娘に取って代わられ、姿を消す。

 場合によっては、勝ち目の薄い戦いで捨て駒として殉職することもある。

 特に今回のような場合に、神の加護を持つ鉄砲玉があると良かったのだが……他でもないユリエルとアノンを破門してしまったため、もう気軽に捨てられる聖女がいない。

(うむむ……弾切れのタイミングが悪いのう。

 令嬢を使い捨てると、後の処理が面倒だし。

 かといって、鉄砲玉を増やして聖女の枠を食われると、その分令嬢を聖女にした謝礼金が減るしのう。

 あー!!なぜこんな時にうまくいかんのじゃ!)

 インボウズは頭を痛めたが、そもそも平民出の聖女を排除してしまったのが何よりの原因である。

 しかしこれまでうまくいっていたため、それが原因だと考えられないインボウズであった。


 それに、学園にはもう一つ戦力源がある。

 都市が発展し冒険者が増えるにつれ、冒険者を教育し質を高めるために設立された、男女共学の冒険科だ。

 こちらには当然、資金の余裕のある冒険者が通っている。

 教える側も、魔物との戦いや地形踏破など冒険者に適した知識と技術の専門家が揃っている。

 この生徒と教師たちは、すぐにでも動員が可能だ。

 生徒は資格や就職先、教師は給料や評価をちらつかせれば簡単に動かせる。

 皆、教会という安定した後ろ盾に寄りかかっているのだ。そして、そこから得られる恩恵に最大限あやかろうとしている。

 特に冒険者は常日頃から死と隣り合わせのため、危険があっても報酬が魅力的なら食いついてくる。

 インボウズは、ここを対ユリエルに動員することを決めた。

(ウッヒッヒ……たかだか7階層のダンジョンでこの学園に勝てると思うなよ!

 こっちには、おまえより優れた先輩や先生がわんさかいるんだぞ。そいつらが全部敵になって襲い掛かるんだ!

 おまえが学園の恩を仇で返すのが悪いんだよ~ん!ざまあみろ!!)

 とはインボウズの見方で、そもそもインボウズがユリエルの勤勉な学びと働きに仇で返したのが悪いのだが……。

 学園の全ては自分の言いなりだと思っているインボウズには、思い至らぬことだった。



 翌日には、虫けらのダンジョン調査部隊の募集が学園で大々的に広報された。

「学園を裏切った恥であり汚点、魔女ユリエルに鉄槌を!

 奴は魔王軍に魂を売り、邪神の力を借りている恐れがある。それでは、アノンの尊い犠牲が無駄になるかもしれぬ。

 有効な対策のため、魔女と邪神のつながりを調べるのだ!

 貴君らの、誇りと勇志を求む!!」

 インボウズは、冒険科の集会を開いて勇ましく演説した。

 聖呪が効かないかもしれないということは、あえて隠さなかった。

 隠そうとしたって、二月以上経ってユリエルが健在ならどうせバレるのだ。その場合、隠そうとした方が傷が深くなる。

 ユリエルの処女を隠さねばならず自縄自縛に陥ったことで、インボウズもいい加減学んだ。

 いずれ隠せなくなることを無理に隠そうとすると、己に跳ね返ると。

 それに、この件は隠さなくてもインボウズが悪くはならない。

 悪いのは、魔王軍や邪神なんてものを頼ったユリエルだからだ。むしろ、これでもっと大々的にユリエルを貶めることができる。

 自分と教会が、人々にとっての絶対正義となる。

 さらにインボウズは、アノンのことも哀れっぽく利用した。

「ああ、アノンも哀れな事じゃ!

 アノンが元は慎ましく真面目な子だったと、君たちも知っているだろう。なのに、ユリエルが悪事を通して見せたせいで、流されて堕ちてしまった。

 破門されて深く反省し、自らの血で呪文を記して償いに命を捧げたというのに……ユリエルのせいで、それすら無駄にされようとしておる!

 こんな事が、この世にあっていいのか!?」

 どちらも自分がこの上なく理不尽に堕としたのに、インボウズは二人のことを巧みに壊れそうな美談にすり替えた。

 吐き気がするような欺瞞だが、事実を知らない者には憤慨すべき悲話である。

 たちまち、志の高い冒険者の中に義憤が湧き上がった。

 ユリエルとアノンは現場で働くために冒険科の授業も受けていたため、ここにいる冒険者たちは顔見知りである。

 二人が真面目に授業を受ける姿も、現場でよく働く姿も知っている。

 ただし既にユリエルが冒険者に多大な被害を出したのに対し、アノンは直接冒険者を傷つけていない。

 その心証の違いも、インボウズは利用した。

 それに引きずられる冒険者たちに、インボウズは餌をぶら下げる。

「もし邪神の関与の有無を調べることができたら、魔女への対策は大きく前進するだろう!

 たとえ強敵を倒さずとも、それもまた世の浄化に欠かせぬ英雄である!

 よって、この任務に参加して有用な情報を持ち帰った者は、教会軍の幹部候補として推薦してやろう。

 我々教会は、常に優秀な人材を求めておるゆえな!」

 途端に、冒険者たちの目の色が変わった。

 教会軍の幹部候補に、現場叩き上げの冒険者がなれることは滅多にない。

 だいたい将軍などの幹部職につながる道は、教会のいい家柄の子息にしか開かれていない。

 冒険者上りは、良くて中間指揮官までだ。その中でも家柄の言い無能が威張り散らすため、冒険者たちは悔しい思いをしていた。

 だが、自分たちや仲間がさらに上の指揮官になれば……。

 悪を成敗し、英雄となり、同じ立場の仲間を上から助けることができる。

 まさに、冒険者たちの夢、完璧な立身出世英雄譚だ。

 成功すれば悪いことなど何もない素晴らしい話に、冒険者たちは砂糖に群がるアリのように食いついた。

 ……もっとも、インボウズの意図が別の所にあるのは、いつもの通りである。

(クヒヒヒ……幹部にも責任の押し付け先や鉄砲玉が要るからのう。

 それに、以前のユリエル討伐で将軍がだいぶ経験の浅い若造どもに入れ替わってしまった。

 平時ならそれでも良いが、こうなっては現場に詳しい命知らずがおらねば困る。

 ま、後ろ盾のおらん奴など、邪魔になれば消すのは簡単だからな!)

 冒険者たちは知らない……叩き上げのユリエルとアノンが、どう使い捨てられたか。自分たちも、同じ目に遭うかもしれないことを。

 死肉祭の報告会で軍上層部の劣化に気づいたインボウズは、あろうことか冒険者に聖女と同じ運用の魔の手を伸ばした。

 だが学園にくるまって恩義を感じている冒険者たちに、そんな発想はなかった。


 一方、聖癒科でもこのことは話題になっていた。

 ユリエルと魔王軍や邪神とのつながりはもちろん、今回の調査に誰が派遣されるかが最大の問題だ。

 インボウズも気づいたことだが、もう鉄砲玉として使える聖女がいない。

 地位のために聖女になった令嬢たちは、もちろん行きたくない。

 実力的に戦場に放り込める聖女が残ってはいるものの、そいつとユリエルの関係を考えるとかえって不安になる。

「誰が行くの?やっぱり、ユノかしら?」

「無事帰ってこれそうって言うと、ユノ様かカリヨン様よね」

「でもカリヨン様は、さすがに軽々しく動かせないわ。

 となるとやっぱり……!」

「でもユノって、ユリエルと仲良かったでしょ。しかもユリエルがすすめる汚らしい虫を兵士につけて虐めていたとか……」

「裏切ったらどうすんのよ!」

 ユノは、丸聞こえのひそひそ話に眉をひそめた。

 ユリエルのダンジョンを探って邪神とのつながりの有無を調べる任務、それに同行するのはユノではないかと言われている。

 ユノは後ろ盾のない鉄砲玉ではないが、この国の騎士団長の娘であり軍の一員として、国のために命を惜しまない誓いは立てている。

 ……が、令嬢たちはその人選に不安を覚えていた。

 なぜなら、ユノはユリエルと仲の良い戦友だった。

 ユノが強くて役に立つのは、皆知っての通りである。だが強いからこそ、万が一裏切ったら大変なことになる。

 ただでさえユノは、戦場の現実に合っていないと教義に愚痴を吐くことがあるのだ。

 それと、最近はさらにおぞましい噂が流れている。

 ユノが、ユリエルの勧めで、死体や糞尿にわくおぞましいウジを大事な兵士につけたというのだ。

 これで、ユノの評判は一気に下がった。

 どの令嬢も、もううちの兵士をユノに預けたくないと思うほどに。

 この状況に、ユノは呆れてため息をつく。

(あんたたちこそ、戦場の現実を見たこともないのに何を言ってんの!

 祈ったって、教会も神様も無償で助けてはくれないのに。傷ついた兵士たちに必要なのは、安くて効果のある治療手段なのよ。

 それでどれだけの兵士が手足を切らずに済んだか、知ってんの!?

 ……そのために汚い所からウジを取って来て自分の手で洗って清浄魔法まで使ってくれたユリエルが、どれだけありがたかったか)

 ユノは知っている。ウジ療法が令嬢たちのイメージ通りにならないために、ユリエルが手間をかけていたことを。

 一方、この噂を流したのが誰かも想像がついた。

 まさにその女が今、廊下の向こうから歩いて来る。

 その女は、不安そうな令嬢たちに大手を振って言った。

「ご安心あそばせ!

 虫の魔女のダンジョンの調査は、このミエハリスが参ります!そこの野蛮女などに、横槍を入れさせはしませんわぁ!」

 以前ユノとともに戦場に赴き、役に立たないどころか引っ掻き回すばかりだった令嬢。

 死にそうな兵士を放っぽりだして家柄のいい若い将校の下に入り浸り、あまつさえ兵士を壊疽から救うウジを取り上げた鬼。

 そのクソが、この任務に名乗りを上げたのだ。

「あらぁユノさん、恨むならご自分の素行を恨んでくださいまし。

 あなたみたいな清浄と汚濁の区別もつかない野蛮人に、清らかな世のための戦いは任せられませんわ。

 大事な戦いはわたくしが引き受けますので、ゆっくり泥の中で休んでらして」

 ミエハリスは、勝ち誇ったように言った。

「大丈夫ですわ、皆さま!

 わたくしは先の戦にて、大切な将校の方々に尽くし、勝利に貢献いたしました。今回もわたくしは、しっかり使命を果たしてみせますわ。

 その暁には、我が国の兵権をこの野蛮人親子から取り戻す日も近いでしょう!」

 ミエハリスの宣言に、他の聖女や神官たちからワッと歓声が上がる。

 ここにいる令嬢たちは、ユノとユリエルのウジ療法の噂を聞き、本気でグンジマンとユノを国軍から排除さねばと思うようになっていた。

 元より、叩き上げ騎士爵のグンジマンをよく思わない貴族は多い。その思いを叶えてミエハリスの一族が取って代わるなら、大歓迎だ。

(……そんなことだろうと思ったわよ。

 結局、あんたたちは自分のことしか考えてない!)

 この有様に、ユノは心の中で毒づいた。

 ミエハリスは、緩いように見えて計算高い女だ。

 この任務が討伐ではなく調査だから、退路のある任務で手堅く手柄を上げて将来の軍幹部と仲良くなる魂胆だろう。

 だが、あのユリエル相手にそんなにうまくいくものか。

 ユノは哀れみとなけなしの気遣いで、ミエハリスに告げた。

「あらそう、あなたにできるなら頑張ってみて。

 でも、かつての友として一つ言わせてもらうわ。ユリエルの泥臭い能力と根性を、甘く見ない方がいいわよ!」

「……その警告は受け取りましてよ。

 野蛮人は野蛮人を知ると言いますものね」

 ミエハリスは、口の手を当てて優雅そうに笑いながら走っていった。

 ユノはできの悪い子供を見るような目でそれを見送りながら、どっちが本当に国と民のためになるか頭を悩ませるのであった。

 学徒動員とは、苦しくなった国がよくやる手段です。

 日本でも太平洋戦争の末期に、多くの学生が動員されました。

 インボウズはこれまで、薬作り等の後方支援では学生を使ってきましたが、本格的に前線に投入するのはこれが初めてです。


 ユリエルの顔見知りも多い学生たちの投入は、吉と出るか凶と出るか……。

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