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63.信仰心の行方

 地上で教会が悪事の上塗りを重ねる中、人間社会ではない場所に話が及びます。

 神の加護があるのだから、神は確かにいる。

 しかしこんな状況で、神はどんなつもりで何をしていたのか。


 神から見て、今回の事件はどんな風に見えるのか。

 そしてその背後にある、魔族とよく似た地獄とは。

 教会では、今日も祈りが捧げられる。

「天にまします我らが主よ、どうか救いを与えたまえ。

 唯一なる聖の頂よ、邪を払い世を清めたまえ」

 老若男女、貴賤を問わず、あらゆる人が口々に同じ文句を唱えて同じように手を組み、同じ神に祈る。

 まるで、人であるならそうするべきと定められているように。

 教会を運営している聖職者たちも、当たり前のように信仰を促す。

「さあ皆さま、神の慈悲にその心身を委ねなさい。

 信じ、教えを守っていれば、神はお救いになられます。我々の行いの全てを、神は見守っていらっしゃいます」

 さりげなく監視されているように思わせ、聖職者たちは信者に行動を促す。

 救われたくば、言うことを聞けと。

 自分たちに力をくれる神の代弁をしているのだから、絶対の唯一神による正義だからと、聖職者たちの弁は淀みない。

 たとえ世の中に、それと真逆の現実がゴロゴロ転がっていても……そいつの信心が足りなかったからで片づけてしまう。

 だって自分たちは、確かに神の恵みを知っている。

 ふさわしい者に神は加護を与え、それを受けた聖女や聖騎士、聖者たちがその力の一端を見せてくれる。

 だから分かる……疑いようもなく、神はいる。

 そして、自分たち人間の味方だ。

 信徒たちもそれを信じているから、苦しい時こそ神に祈る。

 折しも世界各地で魔族が反抗しており、神に救いを求める人が増えたおかげで、教会は近頃大繁盛だ。

 財も心も捧げていく信徒たちを、聖職者たちはいい笑顔で見守っていた。


 ……だが、心から笑えない聖職者も中にはいた。

 インボウズに仕える、例の審問官である。

 審問官は、信仰と正義の名のもとにあってはならない悪事が正当化されるのを、自ら片棒を担ぎながら目の当たりにしてきた。

 そして、こんな事を押し通す大義名分になっている神に失望した。

 審問官は教会で通常の御勤めを終えると、悪くなった胸中を洗い流してくれそうな人物の下に足を運んだ。

「……クリストファー卿、教えに背く質問をよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 教会と神への信仰を束ねる枢機卿の一人は、事も無げに応じた。

 その反応にますます悲しくなりつつ、審問官は問う。

「教会は……神は、信じる者は救われると説いております。神はいつも我々を見守っており、行いに応じた報いを与えるとも。

 しかし私には、それが真っ赤な嘘に思えて仕方がないのです。

 神は本当に、教え通りの御方なのでしょうか?」

 最近身に降りかかることを思うと、審問官はつくづくそう思う。

 処女のユリエルが邪淫の罪で破門されても、その討伐に向かわされた人々がどれだけ死んでも、神は知らんぷり。

 逆に力なき人々を弄ぶ、悪徳枢機卿ばかりが肥えて喜んでいる。

 おまけにそれで魔族の反攻を許していくら人が死んでも、頼みの聖騎士が討たれても、救ってくれない。

 神は本当に、自分たちの味方なのかと。

 すると、クリストファー卿は少し考えて答えた。

「無条件に信じれば救う、という訳ではありません。

 ただし、教えの全てを否定するものでもありません。ただその解釈……というか内容が、一般に人が思うのとズレてはいます」

「それは、どのように?」

 クリストファー卿は周りに人がいないことを確認して消音の結界を張ると、憂いと失望の混じった顔で告げた。

「神が信仰心を欲しているのは、確かです。

 そしてその信仰心をより効率よく大量に集めるのに長けた者を、神は優遇する。そこに個々の罪や善意など関係ありません。

 たとえ人が苦しんでも、その方が全体として信仰心が高まるのであれば……神はそれも儲けとして見て見ぬふりをするようです。

 要は、誰に力を渡せば自分が得をするか、よく見ているのですよ」

 それを聞いて、審問官はストンと腑に落ちた。

 無実の聖女が堕とされて必死で抵抗するのも、それで分かりやすい敵ができて信仰が高まれば神には得。

 魔族の反攻で多少犠牲が出ても、それで苦しんだ人が神にすがって祈れば、神には得。

 そしてそれを徹底的に利用して民を生かさず殺さず絞り取る手腕に長けているのは、悪徳枢機卿。

 何とも救いのない話だ。

「……それでは、自分のためになる者ばかり優遇する人間そっくりではないですか」

 失望してぼやく審問官に、クリストファー卿はうなずいた。

「ええ、その通りです。

 ただ信仰が危うくならない程度には力を与えてくれますし、それで守られる人が多いのも事実ですからね。

 善悪と割り切らず、利己的な取引相手と考えるのが正解でしょう。

 単純に否定して手を切ればいい、というものではありません」

「それでは、ユリエルやアノンのことは……神の救いは見込めぬと?」

「そうでしょうね、今は。

 しかしそれが続いてはならないと、私は思っております!」

 ここでクリストファー卿は拳を握って、語気を強めた。

「ギブアンドテイクというならなおさら、誠実に信仰のために働いて祈った者が貶められてはなりません。

 神とは、双方が本当に得をする関係を築かねば。

 ユリエルたちのことは、正直いい機会です。こんなやり方では人の信心を失うと、神にも思い知っていただかねば!」

 その言葉に、審問官は息を飲んだ。

 クリストファー卿は、神の御心に挑む気でいる。

 それも神の守るものを壊そうとか、敵意からではない。

 神を信じる人を守り、信仰を守り、結果的に神自身をも守ろうとする……壮大な諫臣の役目を果たそうとしている。

(……いっそこの人が神だったら良かったのに)

 清濁併せのんでなお高潔なこの人の思いがどうか届きますようにと、審問官はどこへとも知れず祈った。


 そう、神は確かにいるのだ。

 聖女や聖騎士を通じて力を貸しつつ、人々を見下ろしている。

 ただ慈悲から助けるのではなく、信仰心をより多く得て、他ならぬ己の力と権勢を高めるために。



 それに浮かぶ壮麗な神殿で、翼の生えた男女が働いていた。

 人間たちが崇める主神に仕える、天使たちだ。

 その一人が、顔をしかめてぼやいた。

「うわっ聖呪の依頼来てる!

 しかもコレ……準備はできても発射できないヤツじゃん!対象が条件満たしてないし、どうすんのよ!」

 聖女を生贄にした強力な神罰……聖呪の担当者は、頭を抱えた。

 人間がこの手続きをしてきたら、自分たちは信仰エネルギーを使って、契約に従って神罰を下す。

 しかし今回は、対象が罰する条件を満たしておらず、罰の行き場がない。

 それでも生贄が捧げられてしまった以上、罰は放てるように仕込まねばならないが……行き先がなければどうなるか。

「ええ……この生贄の子、ほとんど罪がない。

 それに対象の子だって、たくさん人は殺してるけどせいぜい過剰防衛だし。そもそも破門された理由すらないし。

 ……どうなってんのよー!!」

 聖呪の担当者は、美しいふわふわの髪を掻きむしった。

(聖呪は……こんな事のために使うものじゃないのに!)

 彼女は、元は人間の聖女だった。その時に、人道に外れた行いをした聖騎士を生贄に、質の悪い魔族を倒すことができた。

 だから、天使として取り立てられてから、聖呪の担当に志願したのに。

 今、聖呪はとんでもない方向に使われている。

 無実の罪で破門された元聖女に対し、これまたでっち上げの罪で破門された元聖女が生贄にされて。

 その両方に手を下した悪徳枢機卿の罪をもみ消すためだけに。

 この背徳と言うのも生ぬるいやり方に、担当天使は吐き気がした。

 だが、それでも自分は役目を果たさなくてはならない。これはれっきとした、神と人間の契約なのだから。

「ううぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 担当天使はポロポロと涙をこぼしながら、神罰の術式を地に降ろした。

 これで生贄の子がどれだけ苦しむのかと思うと、泣けてくる。これが天使のやる事かと、自分が嫌になってくる。

 対象の子の処罰理由が違っていて、放たれることがないのが不幸中の幸いか。しかしそれでは、生贄の子の苦しみは……。

(ああ……この聖呪が、あの悪徳枢機卿を打ったらいいのに!

 いいえ、いっそのこと主を……!!)

 あまりの不条理に天使らしからぬ考えに至りながら、担当天使は逃げるように仕事場を後にした。


 天の宮殿は、いつ見ても美しい。

 異なる様式の宮殿がいくつも雲の上に建ち、その周りには様々な庭園や豊かな森、美しい湖などが存在している。

 世界中の美しい風景を切り取ってそこだけコレクションしたような、心地よいものしか存在しなさそうな楽園。

 しかし言い換えれば、不自然なぜいたくの集大成のような場所。

 そこを、翼と光輪を持つたくさんの天使たちが飛び回っていた。彼らの仕事のほとんどは、この美しい空間の維持だ。

 だが、美しいものに囲まれて働く彼らの表情はどことなく暗い。

 皆優し気な微笑みを浮かべているものの、何となく引きつって疲れている。そして人目がない場所に来ると、どっと負の感情が噴出する。

 悲しみ、怒り、失望、落胆、後悔、憎悪、怨嗟……天使らしからぬ感情だ。

 しかし、素の表情を出せることはまだ幸せだと、大多数の天使たちは分かっていた。

 分からなかった、もしくは分かっていても我慢ができなかった一部の天使は……その自由すら奪われてしまったのだから。

 カーンカーンと澄んだ鐘の音を響かせて、見回りの天使が通る。

「皆さま、励んでいますか?

 我らが主の、正しく美しき世界のために……」

 一見喜びに満ちあふれた表情で、他の天使たちに声をかける。

 しかしちょっと様子を見れば、彼らがいかなる事にも表情を動かさないことに気づくだろう。

 彼らは主神の行いを必死に諫めた結果、主神の怒りを買って感情を消され、操り人形にされてしまったのだ。

 そして常に最高に美しい表情で飛び回り、他への見せしめになりながら、他の天使たちを監視している。

 その一人が、落ち込んでいる聖呪担当を見つけた。

「まあ、そんな暗い顔をして……どうしたのですか?」

「あ、い、いえ……実は、聖呪に問題が起きまして」

 見回り天使の張り付いたような笑顔に、聖呪担当はさらに胸を締め付けられる。

 この見回り天使は、元は正義と慈悲の心にあふれた頼れる先輩だった。その頃の彼女なら、今回の事情を話せば泣いて共感して慰めてくれただろう。

 だが今は……。

「そうですか、それは困りましたねえ」

 見回り先輩は、優美な笑顔のままこう言った。

「大切な主の信仰エネルギーを、そのように無駄にするなどと……軽微ではありますが、よく知らせてくれました。

 契約上今回はこのままにするしかありませんが、一応上に報告しておきます」

 あの優しく正義に満ちた先輩から、それらはすっぽり抜け落ちていた。今の先輩は、主神の損得しか計算できないロボット同然だ。

 たまらなくなって泣いてすがりそうになって、こうなる直前の先輩の言葉を思い出す。

(もし私が人形にされるようなら……あなたは、そうならないで)

 そうだ、ここで自分まで目をつけられてはいけない。心を失った先輩の分まで、自分は心を守らなければ。

「すみません、取り乱してしまって。

 ……でも、こんな間違いをする枢機卿はどうかと思います」

「そうですねぇ、エネルギー収支によくありません。

 普段からの貢献は大きい方なのですが」

 せめてこれで主神が悪徳枢機卿の一人を切ってくれるようにと願いながら、聖呪担当は変わり果てた先輩を見送った。

(ふぅ……私、何してるんだろう。

 天使になれた時は、これで正しい事をして人を救えると思っていたのに……主が、あんな方でなかったら!!

 でも、もう抜けることもできない……)

 心ある天使たちは皆、こんな悲しみと痛みを心に抱えている。

 しかし天使たちがどう諫めたところで、主神は聞き入れない。主神の方針が変わらない限り、この麗しい地獄は終わらない。

(……まさか主が、あれほど色狂いだったなんて!

 いえ、主は惑わされていらっしゃる……あの女さえ、いなければ!!)

 聖呪担当は、この状況の元凶を思い、空の彼方の光り輝く神殿をにらみつけた。


 数々の宮殿と庭園の中心に位置する、街一つ分はありそうな巨大な神殿。そのバルコニーに立ち、空の彼方の光を見つめる男がいた。

「ああ、グラーニャ……君はいつ私のものになるんだい?」

 男は、うっとりと酔ったように呟く。

 男はそうしているだけで絵になる素晴らしい美男であった。

 黄金から紡いだような長くまっすぐな金髪と、空の一番美しい色をはめ込んだような碧眼。彫の深い顔立ちに、引き締まった長身。

 そのうえ、この地の人々の信仰を一身に集めるカリスマ。

 この男こそが聖人教会の主神、ロッキードであった。


 その偉大なる主神の下に、一人の見回り天使が戻って来て告げた。

「恐れながら、聖呪担当より報告です。

 オトシイレール枢機卿が、対象の処罰理由を違えた聖呪の依頼をしたため、その分の信仰エネルギーが無駄になったと」

 それを聞くと、主神ロッキードはわずかに顔をしかめた。

「珍しいな、彼ほどの男が。

 猿も木から落ちるというが」

 ロッキードは、数えきれない人間の中でも、インボウズのことは知っていた。

 なぜなら、その信仰を集める手腕を認めて自らの加護の与奪権を与えた人物だからだ。

 インボウズはこれまで、その期待に応えてよく人間の信仰を促している。

 地上でしか採れない貴重な素材をよく捧げてくれるし、ロッキードにとっては非常に優れた人材だ。

 ゆえに、答えは一つ。

「まあ良い、所詮あのレベルの生贄ならば無駄になるエネルギーはわずか。

 これまで奴が上げた功績の方が遥かに大きい。一件だけなら不問にして続投させるが、失敗について知らせるかは悩みどころだな」

 天上に住まう神は絶大な力を誇るが、地上への干渉には制約がある。知らせ……神託一つ下すにも、結構な信仰エネルギーを使うのだ。

(……だが、失敗に気づかず生贄が呪いを溜めすぎると良くない。

 あれはあちらが解除せねば、こちらからやめることができぬ契約だ。

 奴の身に危険が及ぶ前に、気づけばよいが)

 ロッキードは何よりも、信仰心を集めることを優先する。そのための優秀な駒を潰さぬには、相応に考える。

「むうう、あの男を失うのは惜しい……ここはやはり神託を……」


 だが、そんなロッキードにしゃなりしゃなりと近づく二人の天使の女がいた。

「あらあらぁ、人間ごときにお力を使うなど、主らしくもありませんわ」

「人間如きの尻を拭う必要などありません。主の信仰心は、そんなくだらない事のために集めたのではございませんわ」

 鈴が転がるような声で囁き、両側からロッキードの腕に抱き着いて柔らかく豊かな膨らみを押し付ける。

 そして、妖艶かつ淫らな笑みをロッキードに向ける。

 その生々しい幸せに、思わずロッキードのほおが緩んだ。

「ほう、おまえたちは違う意見か。理由は?」

 二人の美女天使は、甘ったるい声で述べた。

「だってぇ~、その人間がひどい事になったとしても、そいつのせいじゃないですか。

 こっちはそのせいで無駄にエネルギーを使わされたのに、さらにエネルギーを使って助ける必要とかありませぇ~ん。

 逆にそういう事すると、人間が付け上がりません?」

「その通りで・す・わ!!

 それに、この程度自力で対処できないようでは、これからも今まで通り貢献できるか怪しいものですわん!

 人間は年を取るのが早いですし、耄碌して力を落としたなら、若い有望なのに挿げ替えた方がよろしくってよ」

 巧みにロッキードを持ち上げる言い方に、ロッキードはすっかり気を良くしてしまった。

「うむ、もっともだ!

 これは奴の身から出た錆、奴が己に課した試練だな。そうしよう」

 ロッキードはすっかり鼻の下を伸ばして、インボウズを見捨ててしまった。そして、もう話は済んだとばかりに二人の美女天使の体に手を這わせる。

「さて、いいところに来てくれた。

 新作のベッドが完成したんだが……一緒に試さないか?」

 美女天使二人は、値踏みするように笑った。

「ええ、たっぷり見せていただきましょう」

「グラーニャ様のお眼鏡に、叶うとよろしいですね~!」


 この神と天使たちの会話に、元凶であるユリエルの名は一言も出てこなかった。特に影響力のない一介の聖女など、どうでも良かったから。


 しばらく後、淫らな残り香が漂うベッドで、ロッキードはぼんやりと身を投げだしていた。

 二人の美女天使は、グラーニャへの報告のためにさっさと出て行ってしまった。少し寂しいが、あいつらは元々グラーニャの天使なので仕方ない。

(はぁ……ここにグラーニャを迎えるのは、いつになるか)

 ロッキードがこれほどまでに信仰心に執着し、自分の領域を美しいもので満たすのは、全て愛するグラーニャのためだ。

『わたぁくしをものにしたければ、それだけの力と威光をぉ、見せてくださぁい。

 男神のぉ、頂点に立ちぃ?わたぁくし以外の女神をぉ、全てかしづかせぇ?わたぁくしに、ふさわしい美し~い住処をぉ!

 大陸のぉ、砂漠より西でぇ、それを実現したらぁ……結ばれて差し上げますわぁ~!』

 これが、想いの女神が出した条件。

 ロッキードはなりふり構わず信仰心を集め、その達成にだいぶ近づいた。

(私以外の男神は、全て排除した。……まあこれは、元々グラーニャを巡る争いで相当減っててくれたのが大きい。

 だが問題は女神だ。手の届く奴は滅するか、封印して人間に天使と誤認させて信仰心を削ってやったが……三匹地上に逃げやがった!一人はダンジョン、居場所は分かる。一人は死んだ。だが……もう一人の行方が分からん!

 もっと教えを広め、私の支配域を広げねば)

 愛するグラーニャを振り向かせるため、ロッキードはがむしゃらに信仰心を集めまくる。周りがそれにどんな思いを抱いていても、お構いなしだ。

 もはやロッキードの心は、完全にグラーニャの虜になっていた。

 ……もっとも最後の条件、美しい世界というのは、あまり心配していなかった。だってそれは、彼の得意分野だから。

「……さて、このベッドだが……この鏡台では調和がとれないか?

 新しくこの部屋用に作った方が良いな」

 ロッキードは側に置いてあった鏡台を覗き込み、にわかに憎たらしく顔を歪めて毒づいた。

「僕ぁ、おまえなんかよりずっと美しいものを作れるんだからな!

 自分が美しいだけのおまえとは、違うんだよ!!」

 その言葉は、ロッキード自身の外見の美しさからは想像もできないものであった。


 ロッキードの神殿から少し離れた、光り輝く別の神殿。

 色とりどりの妙なる造形の花が咲き乱れ、宝石のような鳥が飛び交う庭園で、この世の美を集めたような美女が笑っていた。

「ンホ~ホホホ!ロッキードも可愛らしいこと。

 そんなにがっついて、馬ぁ~鹿みたいですぅわぁ!」

 頂点の美女は、他の全てを見下した目で最高に気持ちよく笑う。

「結局、わたぁくしが全てを手に入れてぇ、おまえにはな~んにも残らなぁいのに!」

 彼女にとって、自分の虜になって何かが壊れるのは最高の娯楽だ。それが大きければ大きい程、己の魅力を感じられて悦びも大きくなる。

 だから今は、天も地も巻き込んでロッキード人形で遊んでいる。

 配下の天使にインボウズを放置させるよう唆させたのも、単にあいつの破滅が見たいから。

 そうしたら結婚なんてしなくていいし、天が自分のものになるから。

「ンッフフフフ!あの男、あとどぉれくらいで転げ落ちぃるのかしら~?」

 高慢にして残酷な美の女神、グラーニャ。

 その顔と体は、バラ色の頬を除けば、美王ディアドラに瓜二つであった。

 主神の名前はスキャンダラスなものにしようとしたら、こうなりました。

 北欧神話の悪神ロキと、ロッキード事件をかけています。

 しかし、中身は……?


 そして全ての元凶の、美の女神グラーニャ。

 元ネタはケルト神話の身勝手な美女。浅慮で夢見がちで都合のいい頭の美女で、老いた英雄に嫁ぐのが嫌で、英雄配下の騎士を誓約で縛って駆け落ちし、騎士が殺されて旗色が悪くなるとちゃっかり老いた英雄の嫁になるという。その軽さは英雄配下の他の騎士たちに「馬屋にでもつないでおけ!」と評価されるほどだったとか。

 そっくりなモテ搾取吸血鬼、美王ディアドラとの関係は……?


 次回から、ユリエルの物語に戻ります。

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― 新着の感想 ―
世相は心を映す鏡、然るに人心の乱れは神々の世界の異常とリンクしている。死後の魂が集う場所も、色欲にまみれた地獄とは…。世も末である。 しかし、元ネタがグラニアかぁ…。ディルムットを嵌めた悪女。 こい…
 既に鎌倉時代には御成敗式目に「神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳に依りて運を添ふ」とあるように、神にとって信者は家畜と言っても羊のように大切な家畜であり、信仰心など感情エネルギーを集めるのは神で…
うっわ… まぁ、神とか調べると同じようなのがいるからなんとも言えないけどさぁ ざまぁ対象が増えた?それともそのまま?どちらにせよ、聖女が生きづらいよなぁ… インボウズ達の娘は除いて
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