表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/122

62.言えぬ言葉の行く先は

 教会総本山で、久しぶりに審問官さんのパートです。

 罪の重さから逃れたくて総本山にいた審問官ですが、この状況で総本山はどんなことになっていたか。

 逃げても逃げても……罪が追いかけて包囲してくる!


 そして、そんな審問官さんに目を付けた一人の枢機卿がいました。

 今はまだ力が乏しいけれど、決して侮ってはならないあの男。ユリエルのお友達の、強パパシリーズ第2弾!

 教会総本山、神聖都市ロッキンディア。

 そこはどこの国にも属さぬ、純粋に教会が治める地であった。

 都市の中心には教皇が座す神聖院があり、その周りには競うように壮麗な教会がひしめいている。

 主神はもちろんのこと、聖人教会が崇める聖人や天使を祀る個別の教会が数え切れぬほどある。

 道行く人々は、三割ほどが聖職者だ。

 道も建物も美しく清められ、見ているだけで心が洗われそうな風景が広がっている。

 ここは争いも汚れもない信じる者の楽園。少なくとも外面だけは、そんな教会の理想を体現していた。


 その中心に鎮座する信仰の中心、神聖院。

 特別な立場の者しか踏み入ることを許されぬ地下に、白亜の円卓が置かれた一室があった。

 現在、そこに三人の枢機卿が着席していた。

 すらりとした痩身にきっちり固めた髪、地味な眼鏡をかけたクリストファー卿。

 聖衣にうっとうしいほど金糸の装飾を施し、芸術品のような凝った細工の冠をかぶったラ・シュッセ卿。

 そしてでっぷりと太って脂ぎった、ブルドックのように頬が垂れたブリブリアント卿。

 埋まっているのは三席だが、他の四席には他の四人の枢機卿の半透明な姿が浮かんでいる。

 通信の魔道具で、枢機卿全員がつながっているのだ。

 今日も話題は、魔族の反攻についてだが……。

「ですから、信徒たちに被害が出ているのは早急に何とかせねばなりません!

 魔族の強化の原因を探り、確実に元を断たねば。もしその原因に教会の過ちがあるのならば、謝罪の上で清算を……」

 クリストファー卿がいくら言っても、他の枢機卿たちはのらりくらりとしている。

「いやー、本当に何が原因なのでしょうな?」

「我々に落ち度など、ある訳がないというのに。

 そうだ、きっとこれまで弱体化していたと思われていたのが、我らを油断させるための罠だったのです!」

「ですが所詮は付け焼刃。

 強化は一時的なものだったようですし、今は大人しくなってきておりますので……」

 七人いる枢機卿のうち、クリストファー卿以外の六人はこの問題にまともに向き合おうとしない。

 一時的に被害は出たが長続きしないため、言葉を濁して放置しようとしている。

(何たる意図的な怠惰!

 原因など分かり切っていように、それほど己の汚れた楽しみが大事か)

 クリストファー卿は、ぎりぎりと奥歯を噛みしめた。

 こいつらの考えることは、分かり切っている。

 インボウズの冤罪聖女堕としがバレて、自分たちの同じ楽しみまで奪われるのを嫌がっているのだ。

 だから、皆の楽しみは皆で守るとばかりにだんまりを決め込んでいる。

 クリストファー卿はインボウズを失脚させようと他の枢機卿たちに働きかけたが、のれんに腕押しだった。

 クリストファー卿よりインボウズの方が、払える金が多いし自分たちに都合がいいから。

 世界で最も神聖な意思決定機関であるはずのここは、もはや腐ったミカン箱状態である。

 腐っていないクリストファー卿が、ここでは邪魔な異分子なのだ。

「しかし、このまま放置して第二波、第三波が起これば、教会の威信は落ちていく!

 それではあなた方も……!」

 懸命に彼ら自身の利益に結びつけて諭そうとするクリストファー卿を、横からブリブリアント卿がたしなめた。

「いやー、君は清らかだね!

 おかげで教会をそういう風に思ってくれる人が多くて、助かっておるぞ。その調子で、我々はやっておると民にアピールしてくれんか。

 そうしたら、たまには意見を聞いてやらんこともないぞ!」

 腐った六人にとって、クリストファー卿は教会を清らかに見せる道具でしかない。

 腐敗坊主同士が争っている案件なら割り込んで末端を成敗することはできるが、六人が保身で一枚岩になられてはお手上げだ。

 悔しそうに黙ってしまったクリストファー卿に、ラ・シュッセ卿も言う。

「神への信仰に、試練は不可欠なのですよ。

 苦しい時ほど、人は神を頼み信仰も財も捧げるものです。今回の件も、うまく転がせば教会のためになりそうですな。

 卿もこんな世に生まれたのですから、もっと賢く生きられては?」

 この腐敗坊主共は、自分たちの儲けになるなら民の苦しみすら喜ぶ。こんな奴らが頂点にいるとは、もはや世も末である。

(くっ……民には申し訳ないが、私一人ではどうにもならん!

 本当にあの元聖女の考えるように、一度壊すしかないのか。そうしなければ民の目が覚めぬのなら。

 ……だが、せっかく先人たちが善意で築いてきたものを!)

 クリストファー卿としては、これを機に腐った部分を少しでも削れたらと思ったが、そう素直にはいかない。

 強引に進めようとすれば、自分が糾弾されて都合のいい者が後釜になるだけ。

 結局世のためになることは一つもなく、枢機卿会議は終わった。


 だが会議が終わると、クリストファー卿は忙しく動き始めた。

「大丈夫ですか、少し休まれては……」

「いや、いい。奴らが気を抜いて安心している今が好機だ。

 幸い、さっきの会議でオトシイレール卿も他の枢機卿も、奴を気にしている素振りはなかった。

 今のうちに釣るぞ!」

 会議で意見が通らなかった程度でへこたれるクリストファー卿ではない。

 そんなヤワな心だったら、とっくに折れて流されて腐っている。

 たとえ誰も自分の意見を容れなくても、自分を危険視する者がおらずキャンキャン吠えるしかないと思われているなら、それもまたよし。

 むしろ裏で動くなら、その方がいいくらいだ。

 今、うまく使えば奴ら全員をひっくり返せそうな者が、この総本山にいる。他の枢機卿がその重要性に気づく前に、そいつに接触してできれば取り込む。

「……釣ったとて、すぐ料理できる訳ではない。

 が、来る日のために材料を揃えておくことは大事だ」

 クリストファー卿は、自分に従う数少ない清廉な部下たちに指示をとばした。


 総本山の宿場町の一角、質素だが品の良い宿屋の一室で、昼間から膝を抱えて震えている男がいた。

 部屋はカーテンが閉め切られて薄暗く、酒瓶がいくつも転がっている。

 酒場なら外の通りにいくらでもあってにぎわっているのに、男はそこから聞こえてくる声すら嫌がって耳を塞ぐ。

「違う……私じゃない!私のせいじゃない!」

 男は、何かに怯えるようにぶつぶつと呟いた。

「魔族の反攻は……ユリエルの血が渡ったのは……私のせいじゃないんだあぁ!!」

 この男こそ、ダンジョンでユリエルの純潔を嘘だと偽った審問官であった。


 審問官は、自分の嘘のせいで多くの人が不幸になるのに苦悶していた。自分を真とどこまでも純粋に信じてくれる家族と、顔を合わせるのが辛くなった。

 だから一時でもリストリアから出て己の罪から逃れたくて、万が一のために家族をここに移住させたくて、総本山に来ていた。

 誰も自分の罪と関係がないここで、久しぶりに羽を伸ばしていたのだが……今や状況は一変した。

「大変だ!死肉祭で古の聖者が魔に堕とされてたんだと!」

「号外!!復讐の巫女カルメーラが突然打って出て、砦と開拓村が壊滅だ!」

「急報!!昼間なのに吸血鬼が……!」

 死肉祭の辺りから、急に各地で魔族が暴れていると報告が入り始めたのだ。しかもその原因が……。

「邪淫の冤罪で破門された、元聖女の血?」

 これを聞いた瞬間、審問官は総毛だった。

 自分が純潔を握りつぶしたあの女の血が、世界各地で人を殺している。自分が闇に葬った純潔を、白日の下に晒すためだけに。

 自分の罪が世界を揺るがしながら、ここまで追いかけて来た。

(ち、違う!!そんなつもりじゃなかった!!

 私はただ、大切な家族を守りたくて……!!)

 その嘘で、何百倍、何千倍の人が家族を失って苦しんでいる。

 その悲しみと無念を思うと、審問官は胸が潰れそうだった。自分は、何と恐ろしい事を引き起こしてしまったんだと。

 だが、もう遅い。

 いくら後悔しても、現実は待ってくれない。

 逃げるように宿に戻ろうとした審問官に、覚えのある声がかかった。

「お、やっぱりおまえだ。久しぶりだな!

 おまえ確か今、オトシイレール卿に仕えてリストリアにいたんじゃないか?その、破門された聖女のこと、知ってるか?」

 振り向けば、学生時代からの知り合いだった。

 さらにその会話を耳に挟んだ他の聖職者たちが、立ち止まってこちらを見ている。

 審問官は、心臓を鷲掴みにされた心地だった。蛇ににらまれた蛙のように、体がすくんで動けない。

(ここで、嘘がバレたら……!!)

 審問官の脳裏に、愛する妻子の顔と火あぶりの光景が浮かんだ。

 気が付けば、審問官は必死でしゃべっていた。

「ああ、オトシイレール卿があちらでやった事だな。

 これから対策を考えねばならんゆえ、失礼する」

 頭をフル回転させて、審問されても偽りにならない答えを探し、詳しく知らないフリをして逃げ出した。

 しかし、こんな状況ではもう通りを歩けない。

 総本山には、自分のことをそれなりに知っている聖職者が何人もいる。いつまた見つかって声をかけられるか、分からない。

 それに、世界各地に被害が出てユリエルの件は一躍有名になった。真相を知って何とかしたい聖職者が、うようよいる。

 枢機卿たちは無関係と言い張っているが、他の原因も対策も何一つ示されないのに皆が納得する訳がない。

 あっという間に、総本山は審問官にとって針山地獄と化した。

 秘密を暴かれるのが怖くて、どこにも行けず何もできない。家族の新居探しはできないし、そもそもここに家族を連れて来られなくなってしまった。

(ど、どうすればいい!?

 これでは家族を守るどころか……!)

 こんなに多くの人が、被害を受けてしまったのだ。

 もしこの不正がバレたら、自分ばかりか家族まで間違いなく処刑だ。それを暴こうとする目が、総本山中にひしめいている。

 やりきれなくて、恐ろしくて、部屋まで届けさせた酒をあおった。

 しかし素面に戻ると、こんな時に家族のための金で何をやっているんだと、さらなる自己嫌悪が襲ってくる。

 それでも自分にはどうにもならなくて、誰かに助けてほしくて。

 こんなに大きくて重い罪を、黙って一人で抱え込んでいるとおかしくなりそうで。脳内に響く人々の嘆きと怨嗟が、どんどん心を軋ませて。

 せめて誰かに打ち明けて気持ちを整理たいのに、それすら許されない。

 審問官は、八方ふさがりで動けなくなっていた。


 と、そこに、部屋のドアの向こうから声が聞こえて来た。

「おまっ何やってんだよ!?いくら何でもそれは……」

「仕方ないだろ!上に逆らって死ねって言うのか!?」

 それを聞いて、審問官は同病相哀れんだ。これだけ腐った教会のことだ、同じような立場の奴は他にもいるらしい。

 そいつもやはり、一人で抱えるには重い何かを抱えているようだ。

「なあ頼む、聞いてくれよ!聞いてくれるだけでいいから!」

「やめろ聞きたくない!!そんなモン背負わされてたまるか!

 そんなに言いたいなら、秘密厳守の懺悔室行けよ」

 その一言に、審問官は耳をそばだてた。

「あの聖人を祀る教会の裏にな、寄付金と引き換えに何でも許してくれる懺悔室があるんだ。まあ気休めだが、秘密は守ってくれるとよ」

 それを聞いて、審問官は地獄に垂らされた一筋の糸を見た。

 そうだ、自分は誰からも責められるのを恐れているのだ。一人でも許してくれる者がいれば、きっとまた勇気をもって踏み出せる。

 このまま籠っていてもどうにもならないから、とにかく背中を押してほしかった。


 その夜、皆が寝静まる時刻、審問官は例の懺悔室に向かった。

 見つかるのは恐ろしかったが、妻子の顔を思い出して懸命に進んだ。いつか二人と、前のように笑い合える日々を取り戻すと決意して。

 そして懺悔室の入口の箱に、ありったけの金と金目の物をブチ込んだ。

 体を引きずるように地下への階段を降りた先には、地下牢のように冷たく無機質な小部屋があった。

「貴方が望む限り、秘密は守りましょう。

 迷える子羊よ、重荷を下ろしていきなさい」

 優しく静かな声が、かかった。

 次の瞬間、審問官の目と鼻から涙と鼻水が噴き出した。

「うっうおおおぉん!!わ、私は……私は……!!」

 審問官は無我夢中で、己の罪を告白した。

 元聖女が不当に貶められたと知りながら、権力に屈して偽りの判定をしたこと。それで多くの人が死んでも、真実を口にしなかったこと。そんな自分を高潔と信じてくれる家族を、裏切って騙し続けていること。

 口にしてみると、おぞましい罪だ。

 よく処刑されている重犯罪者にも劣らない、世を歪める詐欺師だ。

 だが、やりたくてやったのではない。自分と家族を守りたいのは、人として当たり前じゃないか。

 そのために、できるだけ少ない犠牲で騒動を終わらせようとしただけなのに、いつの間にか自分が爆心地にいるなんて。

 それに自分に罪はあっても、妻子に罪はない。だから何としても守ってやる。

 審問官は、堰を切ったように思いの丈をぶちまけた。

 そして、胸のつかえを吐き尽くし、決意を込めた目で立ち上がった。

「ありがとうございました。

 おかげで、心が定まりました。周りが何と言おうと、これからどれだけ罪を重ねようと、私はこんな世界でたった一つの大切なものを……」

 途端に、ガシャーンと鉄格子が下りた。

「あっ……!」

 審問官はようやく罠だと気づいたが、もう遅い。

 酸欠の魚のように口をパクパクする審問官の背後で、懺悔相手がいた方の壁がガラガラと引き上げられる。

 そこには、特別な聖印章を胸に輝かせる眼鏡の男が立っていた。

「やあ、黒い子羊よ。君をそのまま許すわけにはいかないな。

 ちょっと、お話ししようか。私は、クリストファーだ」


「ひっ……す、枢機卿!!」

 審問官はよろめき、後ろの鉄格子に背中をぶつけた。

 目の前にいるのは、自分の首根っこを掴んで悪事に走らせたインボウズと同列の、クリストファー枢機卿。

 しかも枢機卿の中でも、唯一悪を嫌い教えどおりの教会運営をしようとする清廉派。

 そんな奴に罪を知られてしまったら、自分は……。

「う、動くな!!

 私が死ねば、オトシイレール卿がおまえを追い落とすぞ!!」

 審問官は、とっさに自らの喉に短剣を当てて叫んだ。

 しかしクリストファー卿は、ひどく残念そうに言い返した。

「……君が死ねば、オトシイレール卿は喜んでユリエルの件を全て君のせいにすると思うが?

 それでは、君の大切な家族は守れない」

 その言葉に、審問官は愕然とした。

 言われて見ればそうだ。死人に口なし。罪を押し付けられる相手が永久に黙ったら、後はインボウズが笑うだけ。

 その槍玉に挙げられた妻子は、壮絶な死を与えられることだろう。

「そ、そんなぁ……!」

 全身の力が抜けて、滝のような涙を流してへたり込む審問官。

 その手から短剣を抜き取ると、クリストファー卿はさっきより少し優し気に告げた。

「まあ、そんなに慌てなさるな。私は君を破滅させたくてここに招いたんじゃない。全てを奪おうとは、思わないよ」

「え……ほ、本当に……?」

 救いの光を見たようにすがろうとする審問官に、クリストファー卿は悲し気に言う。

「ただし、正直君自身を助けるのは非常に厳しい。やってしまったことが事だからね。

 しかし妻子に関しては、君の罪が暴かれた後、世俗から離れた修道院で安らかに過ごさせてやる程度ならできる。

 君がオトシイレール卿の罪を暴くのに協力した、見返りにね」

 それを聞いて、審問官は理解した。

 クリストファー卿は、自分にインボウズの罪を暴く証拠になれと言っている。司法取引で妻子の命を助けるのと引き換えに。

(なるほど……だがそれを受ければ、私自身は助からないと)

 審問官は、頭の中でその条件をしっかり吟味した。

 審問官には、いくつか採れる選択肢がある。

 ここで取引を蹴るのは論外だが、ここで取引を約束した後にクリストファー卿に従うか、インボウズに頼り続けるか。

 クリストファー卿に従えば、さっきの言葉通りになるだろう。

 インボウズに逆らえなかったとはいえ、リストリアの人々を騙して無実の人を殺しに向かわせ、何百人も死者を出したのだ。

 常識的に考えて、生きていられる罪ではない。

 妻子どころか、一族郎党連座で処刑されてもおかしくない。

 これで妻子だけでも助かるなら、慈悲と受け取るべきだろう。そのうえ妻子が被害者に殺されないよう守ってくれるならば。

 もちろんクリストファー卿が約束を守ってくれればという前提だが、この高潔な人ならそこは信用できる。

 一方、インボウズはというと……。

(オトシイレール卿が勝って権勢を保っていれば、私の罪は握りつぶされる。

 しかし、今のこの状況……いくらオトシイレール卿でも、厳しくないか?

 いや、オトシイレール卿に従い続けたとて、あちらが私を切り捨てないとは限らない。何たって、あの人だからな……)

 インボウズは、自分の罪を否定するために元凶のユリエル討伐に全力を割けないという、自縄自縛に陥っている。

 しかも、世界各地での被害の大きさが問題だ。

 もはや、インボウズの権限で黙らせられる規模を超えている。

 このまま封殺できなければ、インボウズは何とか他に罪を押し付けようと考えるだろうが……よく考えたら、自分は実に都合のいいスケープゴートにできる。

 そうなれば、妻子のことは絶望的だ。

 たとえインボウズが秘密を守れば妻子を守ってやると言っても、あいつがクリストファー卿より信用できる訳がない。

 そうして心がクリストファー卿に傾いたところで、クリストファー卿が一言。

「あなたは、あなたを含んだ家族を守りたかったのですね。

 しかしさっき言ったように罪を重ね続けて守ったところで、果たして愛でつながった魂は守られるのでしょうか?」

「!!」

 審問官の脳内に、稲妻が走った。

 魂の家族は、もう壊れかけている。

 今自分は、自分が清らかで誠実でなくなったことを妻子に明かせず、妻子の清らかに信じる目に耐えられなくなって逃げているのだ。

 インボウズに従い罪を重ね続けたら、それは悪化しかしない。

 しかしクリストファー卿に従い、命懸けで世直しのための証拠となって果てれば、少なくとも最期は真実に殉じたことになる。

 少しでも妻子の思いに応えられるのは、どちらだろうか。

 審問官は心を決めて、静かに一息ついた。

「……分かりました、ご協力いたします。

 その代わり、妻子のことはどうかよろしくお願い申し上げます!!」

 審問官は、唯一の清らかな枢機卿に深く頭を下げた。

 クリストファー卿は、力強い笑みで祝福した。

「よろしい、その勇気は受け取りました!

 あなたはこれから償いに、オトシイレール卿の悪事を私に知らせなさい。そして時が来たら、オトシイレール卿の罪の証を身をもって示すのです。

 さすれば、この私が妻子の罪を許しましょう!

 さて、できればユリエル以外にも証拠が欲しいところですが……」

 すでに先のことを考え始めたクリストファー卿に、審問官はふと思い出して一枚の封筒を差し出した。

「では、最初の償いとしてこれを!

 奴の堕とした聖女たちが、ここにいるはずです!」

 審問官が差し出したのは、インボウズがくれた地下娼館のプレミアムチケットだ。これが、こんな形で役に立つとは。

 クリストファー卿は中を改めると、目を輝かせた。

「素晴らしい!!私の派閥では手に入らず、捜査できなかったところです。

 あなたの妻子を送るところは、できるだけ静かで豊かなところにしましょう!」

「はい、これからも尽力いたします!!」

 こうして、審問官はクリストファー派のスパイとなった。

 審問官にとって妻子の安全は、地下娼館のプレミアムチケットなどよりずっと大切で価値のあるものだった。

 罪はやがて暴かれる……しかしそれすら自分に無駄にしないと誓い、審問官は再び真実の道を歩み始めた。

 審問官は、実は重要人物です。

 ユリエルの真実を知っている数少ない一人であり、直接手を下しているため、こいつを審問にかければユリエルの真実を暴くことができます。

 しかし罪は握りつぶせて当たり前のインボウズや他の悪徳枢機卿は、こいつを厳重に守りにも消しにもいきませんでした。

 その思い上がりの結果がこれだよ!


 次回は、こんな教会に力を与える側の裏事情です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ようやく、真実と贖罪の道を…。 審問官、おめでとう。まあ、頑張って。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ