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虫愛でる追放聖女はゲテモノダンジョンの妖精王となりて  作者: 青蓮
第1章 ダンジョンマスターへの道
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6.虫集め(人里)

!虫祭り!

 刺す虫、毒がある虫、触りたくない虫がたくさん出ます。皆さまの家の近くに出る虫も多いのではないでしょうか。

 でもそんな虫たちが、ユリエルが何より欲する兵器なのです。

 突き抜けるような陽光が、大地を照らす。

 その強い光を受けて、学園都市とその周辺の緑も今が盛りと茂っている。

 学園都市から少し離れた森の中を、ガサガサと高速で移動していくものがあった。けもの道を、長いものが走るように這っていく。

 その姿を見たら、人間は何重にも胆を潰すだろう。


 それは、体長5メートルはあろうかという大ムカデであった。しかも、体の表面が岩のようにゴツゴツしている。

 その背に、少女が這いつくばってしがみついている。

 聖女のローブをまとってはいるが、体を起こせば黒く染まった聖印章が神への裏切り者という衝撃を叩きつけることだろう。

 破門聖女と大ムカデ、邪悪という意味ではある意味お似合いではある。

 ユリエルは今、ダンジョンで生み出した魔物に乗って森の中を移動していた。

「おお速い速い、こりゃ楽でいいわ!」


 種族:岩ムカデ

 レベル:15 体力:270 魔力:30


『虫けらのダンジョン』が今生み出せる魔物の中で、最も強力な魔物である。

 岩のように固くかつしなやかに動く体を持ち、スタミナが豊富でそれなりに速い。動かないで岩に擬態すると、かなり見つけづらい。

 これが、ダンジョンの外で虫集めに走り回るユリエルの足であった。

 ユリエルは正直、足が速くないしスタミナも冒険者としては乏しい。能力的に魔法攻撃と回復を得意とするので、仕方ない面はある。

 しかし、その足で虫集めに回ろうとすると時間がかかるうえ危険だ。

 ダンジョンから人里までは、人の足で数時間かかる。

 もっとも、これはダンジョンと人里の距離としては近い方だ。制圧され管理されたダンジョンだからこそ、こんなに近くに村がある。

 それでもユリエル一人で行き来するには、かなり疲れる距離だ。

 そのうえ、ユリエルはいつ人間に捕まりそうになるか分からない。危ないと思ったら、衛兵の足くらいは振り切って逃げられる速さが必要だ。

 それで、この岩ムカデだ。

 普通、人間の乗り物としてムカデを使う発想はないが、ユリエルなら話は別。

 岩ムカデを呼び出した途端に子供のようにはしゃいで、撫でまわし、一回やってみたかったとまで言ってためらいなくしがみついた。

 こうして、ユリエルは便利な足を手に入れた。

 ただしユリエルがダンジョンマスターではないため、あまり精密な命令は出せない。ユリエルに従うようアラクネに命令してもらい、その命令も知能が低いので決めた方向に進めとか止まれとか簡単なものだ。

(ダンジョンマスターになったら、もっと言う事聞かせてうまく使えるのかな?

 でも、そうなる時は私が出られなくなる時なんだよなぁ)

 岩ムカデの背で、ユリエルは切なく思う。自分に冷たく手を返した世界ではあるが、日の下に出られなくなるのは寂しかった。


 しばらく何度か方向を修正して走らせ、ユリエルは森が開ける手前まで来た。木々の間から、畑の整った畝や果樹園の立ち並ぶ木々がのぞいている。

「よーし、まずは人里だ!

 一週間経ったら、来れなくなっちゃうもんな」

 ユリエルは、一週間は学園都市にいてもいいと言われている。

 ならば、その間に人の住む環境の虫を集めておかなくては。

 おそらく追放から一週間……あと今日を含めて五日経てば、衛兵や冒険者がユリエルに襲い掛かるようになる。

 いや、今でも反撃を誘うためにそうしてくる輩はいるだろう。

 だから、できるだけ衛兵や冒険者のいない農業区画を選んだ。この農村は学園都市が近いため常駐の衛兵が数人しかおらず、にぎやかなダンジョンと逆方向にあるため冒険者は通らない。

 いざとなれば、力ずくで逃げ切ることはできるだろう。

 それに、ここの村長の性格は知っている。

 農村が何を恐れ何に悩むかも、知っている。

 きっとここならお互い得になる取引ができると信じて、ユリエルは敬虔な聖女らしく祈りの形に手を組んで畑に踏み出した。


「ん……おい、聖女様があんな所に!」

 畑のあぜ道に出ると、すぐに村人たちが気づいて駆け寄ってきた。

 学園都市に食べ物を納める農村だけあって、聖女のローブは皆知っている。それと、単純に純白は目立つ。

 これも破門者が逃げられなくするための仕掛けの一つかと思いながら、ユリエルは嬉しそうな村人たちに囲まれた。

「聖女様、本日はどのようなご用向きで?」

「皆さまの作物から、危険な災いを取り除きに参りました」

 たおやかな口調と優しい笑顔でそう言って、胸の前で組んでいた手をほどく。

 途端に、村人たちの空気が変わった。驚き、恐怖、嫌悪、この世の許されざるものを見たような敵意。

「おい待て、あの印章は……!」

「こいつ、破門されて……!!」

 この辺りの人間なら、破門されて捕まった元聖女が見せしめに引き回しにされるのを見たことがあるのだろう。

 その特徴を覚えさせ、次の破門者を逃がさないために。

 本当によくできた教育による包囲網だ。

 ……が、この反応はユリエルにとって想定内だ。

 ユリエルは悲しそうな顔で村人たちに頭を下げ、しおらしく言う。

「大丈夫です、あなた方を害するつもりがございません。

 私は、何かの間違いで破門されてしまいました。しかし私も脇が甘かったと反省はしておりますし、まだ人と神に仕える心はあります。

 その証に皆様の手助けをいたしますので、どうかお取り成しいただけないかと」

 その言葉に、村人たちはひそひそとささやき合いながら戸惑っている。

 しかしユリエルの言葉を全面的に受け入れることはあり得ない。だって普通の人にとって、破門者はすなわち人と神の敵なのだから。

 そのうち、村長と衛兵たちが走って来た。

 衛兵が、紙とユリエルを見比べて村長に何かささやいている。どうやら、既にここまで情報が回っているようだ。

 衛兵たちが鋭い視線を向け、ユリエルに武器を向けようとする……が、村長がそれを制した。

「ほほう、手助けねえ。で、君は何をしてくれるのかな?」

 計算通りだと、ユリエルはほくそ笑んだ。

 ユリエルは、しおらしくおじぎをして告げた。

「皆さまの大事な作物を害する、危険な虫の退治を!

 私は田舎の育ちで、虫を見つけるのは得意です。毒のある虫も、自らを癒しながら取り除くことができます。

 どうか、私が神の子の畑を守るに足るとご覧くださいませ」

 それを聞くと、村長はニンマリと笑った。

「ふむ、良い心がけだ。

 ならば働いて見せるが良い、働きによっては我々から免罪の嘆願を送ることも考えよう。誠に清い心ならば、それを証明せよ!」

「ありがとうございます!」

 元気に返事をするユリエルを横目に、村長は衛兵にそっと賄賂を握らせる。

「最後に捕まえればいいんじゃろ!

 だったら、働くというんだからタダ働きくらいさせてやれ。そこで心を弱らせる手伝いくらいはしてやるから」

 もちろんこの村長、ユリエルの働きに報いるつもりは一切ない。タダ働きさせてその間に虐め、最後は助けないつもりだ。

(……毎年、害虫の退治には手を焼かされるからのう。

 特に電気虫やハチなど、解毒できるモンがないと話にならなん。

 かといって解毒薬も解毒できるヒーラーを雇うのも高いしのう。殺虫剤もそれはそれで高いしのう。

 こいつの働きによっては、費用が浮きそうじゃ!)

 村長は農村の長であるからして、上の都合より作物優先である。上にすぐ従っても自分たちは得をしないが、作物の出来は暮らしに直結する。

 しかも、村人が嫌がる実害の出る仕事を受けてくれるとは。

 賃金の要らない奴隷がいると思うと、心の中で笑いが止まらない。

(くっくっく、こりゃ都合がいい!丸儲けじゃ!!)

 よもやユリエルも同じことを思っていようとは、露ほども思わぬ村長と衛兵であった。


「よしよし、では仕事場に案内してやろうぞ」

 村人たちが見守る中、ユリエルは村長に連れられて果樹園にやって来た。初夏の日差しを受けて、小さな青いリンゴが輝いている。

「実は、ここに電気虫が発生したと報告があってのう」

「ああ、痛いですよねアレ。心痛お察しいたします。

 あっ……あの食い跡ですか」

 ユリエルはすぐさま、葉の異常を見つけた。数枚の葉が、肉をなくして皮だけになったように透けている。

「ほほう、早いのう!では早速、やってくれるかな。

 ただし、火魔法はなしじゃ!」

「ああ、もう実がなってますものね。

 では皆さまは、他にも同じ食い跡がないか探しておいてください」

 ユリエルは近くにあった脚立を使い、するすると食われた葉の近くまで上った。そして葉柄を掴んでそーっと裏返すと……いた。

 明るい蛍光グリーンの体に、サボテンのような枝分かれする棘を生やした幼虫。

 刺されると電撃を受けたような激しい痛みが走り、生活や作業に支障をきたす痛みが一月も続くという……ゆえに呼び名は電気虫。

 イラガの幼虫だ。

 魔物でもないのに地味に被害が大きく、退治も誰もやりたがらない。

 だが、ユリエルにとっては宝石のように価値のあるものだ。

(ふふふ……こいつ魔物化したら、いい戦力になるだろうなー。

 岩ばっかりの今のダンジョンだとすぐ見つかっちゃうけど、見通しの悪い森とかに潜ませたら敵は近づきたくないだろうなー。

 いや、天井や壁に貼りつかせて他の魔物に襲わせたところに落としたら……ぐふふ!

 単発で落としても解毒薬はてきめんに削れそうね)

 そんなことを考えてどす黒い笑みを浮かべながら、イラガたちを瓶に入れていく。

「落として見逃すとまずいんで、とりあえず捕まえて後で処理しますね~」

「おう、気が利くな!」

 村人たちはユリエルの手際の良さに感心しながら、見えない所で嫌がらせを仕掛けていた。

 他の食い跡がある枝を切ってきて、そこにイラガがいることを確かめる。そして農具のフォークに挟み、ユリエルの首筋に叩きつけた。

「みぎゃ~~~!!!」

 たちまちユリエルが悲鳴を上げ、脚立から足を滑らせて落ちる。

 そこに、イラガのいる枝をさらに被せて追い打ち。

「きゃああ、痛い痛い!!ちょっ服の中、中に入ったああぁ!!」

 体のあちこちに走る痛みに悶え、のたうちながらローブの前をはだけて虫を払うユリエル。下着からのぞく谷間が、農夫たちの目に晒される。

「へえ~、あれが邪淫の体か」

「そこまで爆裂に淫らじゃないが、誘われたら転びそうではあるな!」

 ニヤニヤ笑う農夫たちを恥ずかしそうに上目でにらみつけて、ユリエルはすぐに魔法で毒と打ち身を癒す。

「キュアポイズン!ヒール!

 ……何するんですか!!」

 村長は全く悪びれず、むしろ尊大に言う。

「いやーすまんね、少し手元が狂ってしまった。

 しかし奉仕する気があるのなら、この程度で音を上げてはイカンぞ!きっとこれは、神の与えたもうた試練だ。

 本当に君に誠意があるのか、神はきっと見ておられる!」

 この知ったような口ぶりに、ユリエルはイラッとした。

(本当に神様が見てるなら、こんなになってねえよバーカ!!

 てめえら、来たらイラガの雨をお見舞いしてやるから覚悟しろよ!!)

 怒りと恨みの火に油を注ぎさらに敵に自ら矢を差し出しているなどとは、夢にも思わぬ農民と衛兵たちであった。


 それからも、ユリエルは何種類もの害虫を回収した。

 村長の家の庭では、立派なツバキに小さな毛虫がきれいに並んで葉を食んでいる。もちろん、奥様が触りたくないからユリエルが呼ばれたのだ。

(チャドクガか……こいつの毒針毛、効きは遅いけど風に舞うんだよね。

 何時間も経ってからじわりとかゆくなってくるから、使いどころはダンジョンがもっと長くなってからかな。

 それに普通に戦わせるより、トラップに毒針毛混ぜる方かー)

 そう考えながら群れごと袋に入れるユリエルに、当たり前のように嫌がらせをする村長の奥様。

「ありがとね、そろそろお腹空いたでしょ。

 はいこれ、たーんとお食べ!」

 そう言って、木から落ちて腐った未熟な果実をドバーッと毛虫入りの袋に注ぐ。

「え……こ、これじゃ食べられな……それ以前に、腐って……!」

「いいかい、あんたは神様に見限られるようなことをしたんだよ。そんな罪人が、罪なき人と同じものを食べれると思ったのかい?

 胸に手を当てて、自分の悪かったところを思い出してごらん。

 そのうえで、誠意と感謝をもってこいつを受け取りな!」

 まるで分からず屋の幼児にでも言うように、蔑みが透けた優し気な笑みで言い放つ奥様。それがユリエルの神経を逆撫でしたことは言うまでもない。


 果樹園や畑には、他にもたくさんの虫がいた。

 毒針毛を持ち、木の幹に擬態するのが上手いカレハガ系。毒はないが糸を吐いて天幕のようなものを作るオビカレハ。若い果実の汁を吸っているカメムシ。

 それに、わざわざ農夫たちが嫌がらせに持ってくるものもいる。ユリエルのうなじを、ハサミムシに挟ませたり。

 そのたびに、ユリエルの思考の残虐度が上がり、武器が補充されていく。

 自分たちがどんな恐ろしいことをしているか、誰も気づかない。

 ただただ嫌がって何度も自分を癒すユリエルを見て笑い、いつ魔力が切れて折れるか賭けのネタにし、自分たちはこうはならないと神に祈った。


 日が西に傾き始めると、村長はとびっきりニヤついた顔でユリエルにこう言った。

「いやあ、君はよくやってくれた!

 その働きに、特別なプレゼントをやろう。今から案内するハチの巣を退治出来たら、手に入る蜜は君のものだ!」

「はぁ……はぁ……あ、ありがとうございます」

 ユリエルはもう一働きと自分にヒールをかけて、虫と生ゴミの袋を担いで村長についていく。

 この時のユリエルの健気な笑顔が作り物であり、むしろ半分以上は清々しい程の復讐心からの高揚であることは言うまでもない。

 気づいていない農民たちは、とことん馬鹿な女だと嘲笑う。気づいている衛兵たちは、それが折れるのを舌なめずりして待っている。

 誰もが分かっていた……これは悪質な罠だと。

 分かっていて、誰も止めなかった。

 ユリエルが連れてこられたのは、納屋の裏手だった。木の枝がかかってよく見えない部分に、確かにハチが飛び交っている。

「あそこに、巣があるんですね?」

「そうじゃ、だが蜜は美味いぞ。

 ただし、巣を落とすだけではなく、ハチが戻って来んようにすること。それができなければ、仕事をしたとはみなさん!

 そして火魔法は厳禁じゃ!」

 村長の出す条件は、判定者の裁量でいくらでも判定を変えられるもの。

 それでもユリエルは、しかと上を見上げて梯子をかけた。

「蜜……蜜……」

 うわごとのように呟く姿に、村人と衛兵たちは笑いが止まらない。

 これだけ働いても、ユリエルは何一つまともな食べ物をもらっていない。用水路の水を飲んで、自らに解毒をかけただけ。

 きっと、お腹が空いてたまらないだろう。蜜のことしか考えられなくなっているだろう。

 だが、そんな希望は……。

「フウウゥ……ウインドシュート!」

 ユリエルは素早く梯子を上り、周囲を薙ぎ払う風の弾を飛ばす。それで枝が揺れて見えたハチの巣に、一直線。

 ハチのほとんどが吹き飛ばされた巣を、短剣で切り取り……。

「あれ……蜜がない」

 放心したように呟く。

 巣は、六角形の穴がつながった傘のような形。幼虫やさなぎはあるものの、蜂蜜など一滴もない。

 当たり前だ。これは、アシナガバチの巣だ。

 村長が、最高のドヤ顔で言い放つ。

「蜜があるとは、一言も言っとら~ん!

 そういう意地汚い性根だから、そ~んな大罪をコロッとやっちゃうんだよ~ん!」

 ユリエルは、何も言い返さなかった。

 が、何も考えていない訳ではない。

(んー、アシナガさんか。

 スズメバチほど強くないから、魔物化してもすぐデッドビーやマッドビーにはならんだろうな。アサルトビーってとこか。

 ま、貴重な空中戦力の女王が手に入ったし)

 知らぬが仏とは、まさにこのことである。


 そのうち、周りにブーンと不穏な羽音が響き始めた。ユリエルが巣から追い払ったハチが、戻ってきたのだ。

「え……きゃあああ!!!」

 ユリエルはあっという間に梯子から飛び降り、走り出した。

 その後ろから怒りに満ちて迫る、数十のハチ。

 ユリエルは必死に逃げ回りながら、村人たちの方に突っ込んだ。

「ぎゃあああ来るなああ!!」

 村人たちも目をむいて散り散りに逃げ回る。この大混乱とハチが乱れ飛ぶ中では、衛兵たちも手が出せない。

「くっ……フィジカルブースト!覚えてろよ!!」

 ユリエルは自分に身体強化魔法をかけると、律儀に生ゴミと虫の袋をひっつかんで森の中に逃げていった。


 村人たちはようやく我に返ると、悔しそうに舌打ちした。

「チッ、これじゃ折れたかどうか分かんねーよ!賭けはなしか」

 村人たちの中に、ユリエルの心配をする者はいない。心配するのは自分の財布のことだし、ユリエルが逃げて少し安堵している連中も賭けに負けなくて良かっただけだ。

 だが、一部の村人は、どこか感心したように呟いた。

「しっかし……あれだけ回復と解毒を連発して魔力が切れないのか。

 本当に、才能だけはあったんだな」

「それだけに、才能に溺れて付け上がったとか」

「あーあ、あれで性格がまともだったらなー。きちんと聖女として働いてくれたら、どんなに良かったか」

 ユリエルは、今でもまともだ。少なくとも、自分に危害を加えない人間を害そうとはしない。

 それに、罪も本当は犯していない。教会がきちんと正しく仕事をしてさえいれば、ユリエルは今でも聖女だった。

 それを歪めて今のようにしたのは、村人たちが信じている教会上層部。

 何も知らない村人たちは、ユリエルを次はどう折ろうかと考えながら、ありもしない罪を憎むのであった。



 その夜、インボウズたちの下に報告が届いた。

「何、ユリエルが出たと!それで、捕らえたのか!?」

「残念ながら、農民共の不手際で逃げられたと」

 インボウズは、オニデスから手渡された報告書を読み進めた。衛兵たちが責任追及を免れようと、できる限り農民と村長を悪者にした報告書を。

「うむむ……やはり百姓どもは事の大小が分かっとらん!

 ユリエルがこれ以上悪評を立てて買い手がつかなかったら、村長の年収程度の儲けが軽く吹き飛ぶのじゃぞ!

 それを、たかが害虫退治なぞに……」

 もちろん、それでインボウズが手にする儲けは少しも村を潤さないのだが……インボウズがそんな下々の事情を考える訳もない。

 またしてもぐぬぬと唇を噛むインボウズ。

 だが、そこにまたしてもゴウヨックからのフォローが入った。

「なに、きちんと現実を思い知らせる協力はしてくれたのじゃろ?

 まともな食べ物を与えておらんと言うし、ユリエルが腐った果物まで持ち去ったのはそれだけ腹を空かしている証拠。

 人間、空腹には勝てん。折れるか力尽きる日も近かろうよ」

 シュークリームを食いまくり、クリームだらけの顔で笑う。

 オニデスも、今回はインボウズを安心させるように言った。

「それに、居場所が分かったのは助かりました。五日後にその周辺を重点的に捜索できるよう、兵を移動しておきましょう。

 第三農業区、リアナ村ですか……周辺の村にも、通達しておきましょう」

「ううむ、じれったいが……時間の問題か」

 今回はユリエルが大してやらかさなかったため、インボウズの機嫌は悪くない。

 むしろ今回の報告で伝えられたユリエルの動向は、インボウズたちにとって非常に愉快で胸がすくものであった。

「それにしても、タダ働きのうえ毒虫責めか……そんな風にいくら誠意を見せたって、救われることなどないというに。

 誰に頭を下げねば救われぬか、未だに分かっとらん。

 ま、分からねばいくらでもひどい目に遭うだけだがな……ワーッハッハッハ!!」

 インボウズたちは、傲慢に胸を張って豪快に嘲笑った。

 インボウズたちは知らない……ユリエルの拠点は、今日見られた場所ではないことを。ユリエルは、ただひどい目に遭っていた訳ではないことを。

 知らぬが、神気分であった。

イラガの幼虫:触ると電気が走ったような痛みが起こり、運が悪いと一か月以上続く。太短い体型と蛍光グリーンの体色、棘だらけなので見ればすぐ分かる。カキによく発生している。

チャドクガの幼虫:ツバキやチャによく発生する。大きくなっても並んで葉を食べている。毒毛が抜けやすく風に舞うため、近くを通っただけでかぶれることがある厄介なヤツ。

アシナガバチ:スズメバチ科だが、スズメバチほどの毒性と群れごとの個体数はない。よく家の軒下などに傘型の巣を作っている。肉食なので蜜は溜めない。

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