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58.同時多発、処女の聖血テロ

 インボウズの知らぬところで、ユリエルの血は猛威を振るっていた!

 インボウズ、さらにざまぁ!

 そして被害に遭った他の枢機卿も、ざまぁされても仕方ない奴らばかりであった。


 愛憎のダンジョン三姉妹が、再登場します。

 傘下になるのは拒まれても納得できる理由はあったのと、人間を踏みにじるのは楽しいので、ちゃんと協力してくれるカルメーラたちであった。

「オトシイレール卿、この落とし前、どうつけるおつもりか?」

 通信越しに、重く険しい声が伝わってくる。

 インボウズは、誰もおらず魔道具を並べただけの机を前に、だらだらと冷や汗を流していた。

 この通信の魔道具の向こうには、自分と同じ枢機卿たちがいる。

 しかも、皆が皆、相当に立腹だ。

 インボウズは今、同僚たちに釈明を迫られていた。

 自分が追放して魔とつながってしまい、他の枢機卿の領土に多大な被害を及ぼした、ユリエルの件で。


 死肉祭の後処理に追われるインボウズの下に、他の枢機卿たちから矢継ぎ早に苦情が叩きつけられた。

 死肉祭に被せるように各地で、魔物や魔族が強化されて反撃に転じた。

 折しも死肉祭のために防衛戦力を削ってリストリアに向かわせていたため、手薄になっていた各領は大打撃を受けた。

 しかも反攻してきた魔族たちは皆、これほど強くなれたのは、ユリエルなる純潔な乙女の血のおかげだと言っていたという。

 ユリエル……虫けらのダンジョン乗っ取りの件で、少々有名になった反逆者だ。

 インボウズが謂れなき罪で陥れ、地下娼館に堕とそうとしたところ、逃げ出して捕まらなくなってしまった。

 そして今、世界各地で起こった魔族の反攻の元凶となっている。

 魔道具越しに、盛大なため息が聞こえた。

「……このような不手際、オトシイレール卿らしくもない。

 以前我が領から出たレジスダンのことを不手際だとのたまったが、貴公の逃がした小娘の方が百倍も害が大きいではないか!」

「さよう、オトシイレール卿も腕が鈍ったものですな」

 魔道具の向こうから、嘲笑が聞こえてくる。

 それだけで、インボウズは脳内を搔きむしられる心地だった。

 今つながっている枢機卿全員が、認めている……インボウズは当たり前のことを当たり前にできなかった馬鹿だと。

 これは、仕事に限らない。

 ユリエルがやられたような、後ろ盾や権力のない聖女を陥れて私物化することもまた、こいつらの当たり前だ。

 ゆえにこの枢機卿たちの中に、ユリエルを陥れたこと自体を責める者はいない。

 皆、それくらい腐りきっているのだ。

 むしろ血筋もないくせに力でいきがる聖女を分からせるのは、彼らにとって権力を誇示する娯楽である。

 お互いがそうするのを楽し気に報告し合って、それを評価してニヤニヤしている。

 それが悪いなんて、これっぽっちも考えない。

 だからそれをやらないクリストファー卿は仲間外れのうえ侮られるし、失敗すると政治の力量不足を笑われる。

 ……ただ失敗するだけなら、その程度で済むのだ。

 問題は、インボウズのこの失敗が元で、他の枢機卿や教会そのものが実害を受けてしまったことだ。

「オトシイレール卿、お遊びだったのは分かりますぞ。

 しかし、これはないでしょう!

 おかげで我が領は、村を二つほど放棄することになってしまった。あの忌々しい魔女共に今さら反撃を許すなど……どう責任を取ってくれる!!」

 怒りに声を荒げて、ブリブリアント卿は自領の被害のことを話し始めた。


 ブリブリアント卿が傘下としている領土の辺境に、古くから三人の魔女が住む邪悪なダンジョンがある。

 復讐の巫女カルメーラ率いる、愛憎のダンジョンだ。

 ここには教会の主神と異なる神……邪神が住み着いており、教会としては存在そのものが許せない場所だ。

 だがここは邪神の性質により、味方に被害が出れば出るほど強い力で反撃できる厄介な仕様になっている。

 そのため、教会としても攻略に難渋していた。

 ただし、逆にダンジョン外に攻め込む力はそれほど強くない。復讐ではなく一方的な攻撃には、邪神の力があまり引き出せないせいで。

 この特徴から、近年は下手に刺激せず放置されていた。

 ダンジョンの領域を侵さない程度にじりじりと人の領域を広げ、それはブリブリアント卿の功績になっていた。

 ……が、それがいきなり押し返された。

 死肉祭が始まって、聖騎士たちが容易に戻って来られなくなったタイミングで、突如として魔女たちが打って出たのだ。


 愛憎のダンジョンの近くには、ダンジョン攻略の足掛かりを兼ねた開拓村と、魔物があふれた時に食い止める砦があった。

 どちらも、ブリブリアント家が功績のために作ったものだ。

 ダンジョンのこんなに近くでも、邪神にここまで近づいても、魔女共は手を出せず人間は安心して暮らせる。

 これこそ、ブリブリアント家がもたらした神の加護。

 ブリブリアント家はずっと、ここを信仰の象徴として使っていた。

 なのに、それが破られる日が来ようとは。

 カルメーラ、ダーゴネラ、ヒュドレアの三人が揃ってダンジョンから出て来て、開拓村は助けを求める間もなく壊滅した。

 カルメーラの生み出した魔獣が住人たちを食い散らかし、ダーゴネラの拳が建物をがれきに変え、ヒュドレアの風魔法が畑にそれをぶちまけてメチャクチャにした。

 わずかに生き残った村人たちは、泡を食って砦に逃げ込んだ。

 砦は開拓村と違い、一応三人の魔女の攻撃に耐えられるように作ってある。最大火力であるダーゴネラの拳で崩せない、魔力で強化した石垣と結界がある。

 ……が、今年はそれが通じなかった。

 ダーゴネラはこれまで崩せなかった石垣につかつかと歩み寄り、拳で石垣を壊し始めた。

「フン!フン!おお、いけるぞ!

 思い知れ人間ども、このような防壁で今の我は止められぬ!!」

 ダーゴネラの拳がぶつかるたび、石垣の上に立つ砦そのものが揺れ、聖なる守りを施された石垣が砕けていく。

「ひいいっどうなってんだ!?」

「神様ぁー!きちんと守ってくださいよ!

 オラ何も悪い事はしてませんだ!!」

 怯えて震え上がる民や衛兵たちを嘲笑うように、ついに石垣の一部が崩れて砦に穴が開いてしまった。

 そこに、カルメーラ率いる異形の獣たちがうなりを上げて迫る。

 だが、カルメーラは一旦奴らを止めて言った。

「さあ、あんたたち!今日だけは、正しい方を選んだら命だけは助けてやるよォ!

 あたしたちの話を聞きな!」

 カルメーラがこんな風に敵の助命を宣言するのは、非常に珍しい。いつもの彼女なら、訳の分からない因縁や逆恨みで容赦なく殺しに来るのに。

 思わず聞き耳を立てた人々に、カルメーラは真実を告げた。

「今回はあたしたちじゃなくて、ユリエルって元聖女の復讐だ。

 ユリエルはリストリアの聖女だったけど、オトシイレール枢機卿に無実の罪で破門されてね……処女なのに邪淫だなんて、かわいそうに!

 そのユリエルが、教会と盲信する人々に復讐するために血をくれたのさ。神の力の触媒にうってつけの、純潔なる神器の血をねえ!

 あんたたちは今、そのせいでこんな目に遭ってるんだよ!!」

 それを聞いて、人々は愕然とした。

 人を守り正しい道に導くはずの教会がそんな悪い事をして、そのせいで邪悪な魔女に力を与えてしまったなどと。

 半信半疑の人々に、カルメーラは選択を突きつけた。

「もしあんたたちがこれを信じ、他のやつにも広めるなら、逃がしてやるよ。

 でもそうじゃなくて、あくまで教会を信じるなら、ここで殺す!だって、ユリエルの仇になるからねえ!

 さあ、どうするんだい?」

 人々は戸惑い、騒然とした。

「おい、信じるなら逃げられるって……」

「でも証拠もないのにそんなこと言ったら、背教者にされちまうぞ!この魔女共が、本当のことなんて言う訳が……」

「だったら、こいつらのこの強化は何なんだ!

 オトシイレール卿んとこで破門者が出て、ダンジョンを乗っ取ったって噂は聞いてる。処女の聖女には特別な力があるって聞くし、本当だったら……」

 信じなければ今この場で死、信じて言いふらせば社会的に死。

 しかもカルメーラは、そう悠長に待ってくれない。

「さっさと選びな、援軍が来るまでだんまりはなしだよ。

 こいつらの牙があんたたちに届く前に、ねえ」

 カルメーラ率いる恐ろしい魔獣たちが、涎を垂らしてゆっくりと人々に迫る。その恐怖に、人々は総毛だった。

「うわああぁ死にたくねえ!信じる!信じるぞ!!」

「待て、そんな事したら火あぶりに……」

「馬鹿野郎、悪いのはオトシイレール卿だろ!ブリブリアント卿じゃなければ、ここで即処刑はない。

 ここで死ななきゃ、きっと何とかなる!!」

 あっという間に、ほとんどの人が信じると誓って逃げ出した。

 すると、信じると言った者の胸に光る紋が浮かび上がった。

「言ったね、それじゃ裏切りは許さないよ!

 これはあんたたちと神との契約だ。あんたたちは行く先々でこの真実を人に伝える。黙ってなんていられないよ」

 カルメーラは、楽しそうだった。

 カルメーラは邪神の巫女であり、人や魔物を操る精神系の術を得意とする。

 そのため今回はユリエルの血と復讐心によって引き出した邪神の力で、人が真実を黙っていられない呪いをかけた。

 青ざめながらも逃げていく人々の後ろで、残された信心深い者たちは魔獣とダーゴネラの餌食となった。

「なんだ、おまえたちは偉い奴なら嘘でも信じるのか?

 嘘をついて周りを騙す卑怯者の、味方なのか?

 そんないくじなしは、こうだ!!」

 正々堂々を信条とするダーゴネラは、侵攻ゆえに教会を疑えない者たちを容赦なく断罪してへし折る。

 体中の骨を砕かれて悲鳴を上げる彼らを、魔獣が食らいつくす。

 その光景を、カルメーラはスカッとした顔で眺めていた。

「ふぅ……女の純情を踏みにじる敵を屠るのは、気持ちいいねえ!

 神様も快くお力を貸してくださったし、こんなに楽しい戦いは久しぶりだよ。よっぽどユリエルの復讐心が強くて、正当なものだったんだね」

 そこでカルメーラはわずかに悔しそうに顔を歪めた。

「……だったら、何であたしの復讐には最近冷たいんだろうね?

 あたしだって、この恨みは当然のものだし、やり返したくて仕方ないのに。

 ……あたしが処女じゃないからかい?でもあいつと結ばれてからも、巫女の力は変わらなかったはず……ああ、あたしのトリーグ……」

 カルメーラは、物憂げにため息をつく。

 相変わらず自分の愛のことしか考えられない彼女は、どうしてユリエルの復讐には力を引き出せて自分はだめなのか、気づくこともできなかった。


 砦からの急報を受けて、ブリブリアント家は慌てて聖騎士を派遣した。

 しかし強い聖騎士の多くはリストリアに派遣していたため、聖騎士候補に急遽聖印章と聖剣を与えた急ごしらえだ。

 それでも、魔女たちの普段の強さなら、時間稼ぎはできたはずだ。

 カルメーラが得意とする邪神の呪術は主神の加護で防げるし、ヒュドレアとダーゴネラのレベルはさほど高くない。

 新人聖騎士は、大手柄のチャンスだと息巻いてかけつけた。

 ……それが、ヒュドレア一人にこてんぱんにやられるとは。

「残念でしたね~、今日のわたくしは一味違います!

 ねえ、読みが外れたご気分はいかがですか?悔しい?ねえ、悔しい?

 どうしてこんな事になったのか、教えてあげましょうか?」

 ヒュドレアは意地悪く煽りながら、強化の真実……ユリエルのことを言いふらした。

 砦から逃げて来て教会の悪口を言いふらす人々に驚いて集まって来た、次の街の人々の目の前で。

「……という訳で、これはあなた方の身から出た錆ですよ。

 あなただけじゃありません、きっとこれからたくさんの人が同じ目に遭います。ユリエルの血を使っているのは、わたくしたちだけではありませんので」

 恐怖を煽るその言葉に、新人聖騎士は気丈に言い返した。

「ほざけ、そんな事があるものか!

 処女の聖女の血といえど、量には限りがあるはずだ。一人から採れる量で、そんなにたくさん強化できる訳がない。

 私は、騙されぬぞ!」

 しかしそれを聞くと、ヒュドレアは目を輝かせた。

「ええ、素晴らしい指摘です!!

 ですがそれを可能にする薬を、わたくしは作りました!

 せっかくですので、あなたの体で実証しましょう!」

 新人聖騎士にはとことん不運なことに、己のすごいところを見せたくてたまらないヒュドレアに、この突っ込みは渡りに船だった。

 ヒュドレアは、この新人聖騎士を使って造血剤の実証実験を初めてしまった。

「さあさあ皆さまお立合い~!

 こちらが、わたくしの作った、我らが神の力を込めた造血剤になります。それではこれを、聖印章はがして聖剣奪った野郎に飲ませてみましょう。

 お、まだあんまり他の神の力がなじんでないので、効きそうですねー」

 哀れな新人聖騎士は磔にされ、ダーゴネラがその下に穴を掘って大きな甕を埋めた。そしてカルメーラが無理矢理口を開かせ、邪神の造血剤を流し込む。

「ありがとうございます、お姉様方。

 ではこれから、実際どれくらい血を増やせるものかお見せします!それでは、早速流していきましょう!」

 ショーのような楽し気な宣言とともに、ヒュドレアはダガーで新人聖騎士の太股を掻き切った。

 たちまち大量の血が噴き出し、甕の中に血が溜まりだす。

「いやー景気のいい出血ですね。こんなに出たら割とすぐ死んじゃうって思うでしょう?でも、そうはいきません~!

 このお薬を使うとですね、体が他の部分を犠牲にしても一生懸命血を作るんですね。

 ほら、もうそろそろ普通なら致死量でしょ?

 でも、まだまだ出ますよ!代わりにやつれてきてますけどね」

 ヒュドレアの実況と残虐すぎる光景に、人々は目を離せない。

 そもそも聖騎士が守ってくれると思っていたので、頼みの聖騎士がこれではもうどこに逃げたらいいか分からない。

 甕には、明らかにおかしい量の血が溜まっていく。

 逆に新人聖騎士は、マッチョだった体がミイラのように萎んでいく。

「身体に材料がなくなったら、終わりだと思います?

 ところがどっこい、このお薬は消化吸収もすごく良くなるので、なんと外から材料の補給が間に合っちゃうんですよ!

 では、栄養剤をお口からいきまーす!」

 ヒュドレアは点滴袋のようなものを磔台に引っ掛けると、新人聖騎士の口にチューブを入れて飲ませた。

 新人聖騎士はすさまじい空腹感と生存本能に突き動かされて、必死でそれを飲み続ける。

 すると、また流れ出す血の勢いが増す。

 恐ろしいまでの回復力の動員で、飲んだ栄養剤がたちどころに血に変えられているのだ。そして、傷口から噴出し甕に溜まっていく。

 あまりの冒涜に悲鳴を上げる人々に、ヒュドレアは得意げに説明した。

「ほーら、こうやればユリエル一人から大量の血が採れるんですよ。

 なので、一人から採れる量なーんて反論は無意味です!

 ちなみにユリエルは、この薬自分で一気にいきましたよ。そして、小柄な体からは想像もつかないくらい食べまくってました。

 ……そうまでして、純潔を証明したかったのです。かわいそうに。

 わたくしも、この知恵でそれに協力できて、嬉しい限りですぅ~!」

 人が立って入ると腰まである甕に、ドバドバと血が溜まっていく。薬が切れて新人聖騎士が力尽きる頃には、あふれんばかりになっていた。

 その狂気の実験に恐れおののく街の人たちに、カルメーラがまた選択を迫り、真実を告げる呪いをかけていく。

 そこまでやって、魔女たちは笑いながらダンジョンに戻っていった。

 特に自作の薬を見せつけたヒュドレアの狂喜乱舞ぶりは、近年まれに見るものだったという。


「結局、今回は奴らにいいようにやられてしもうたわい!

 開拓村と砦は完全に破壊され、しばらくは再建もできぬ。例の娘の血で強化された奴らが、いつ打って出るとも限らんではな。

 そのうえ、大切な聖騎士が育たぬうちに刈られてしまった!

 この被害の重大さが、貴公に分かるか!!」

 ブリブリアント卿の怒鳴り声を聞きながら、インボウズは歯の根が合わなくなっていた。

 ブリブリアント卿の剣幕に怯んだのではない。

 自分も疑問に思っていて、ユリエルなど関係ない根拠にしようと思っていたことが、否定されてしまったからだ。

 ヒュドレアの実験が事実であれば、ユリエルは普通に考えるより遥かに大量の血をばらまくことができる。

 つまり、今他の枢機卿が訴えている被害は全て……。

 これでどれだけの賠償を支払うのかと思うと、インボウズの視界がぐらぐら揺れた。

 その間にも、他の枢機卿から被害の報告がもたらされる。


 本来安全なはずの日中に、吸血鬼に襲われた。聖水も光魔法も食らわせたが、明らかに効きが悪かった。

 何百年も前からあった古い塚の封印が破られ、中の主がことごとくワイトとなって徘徊するようになった。おかげで周辺の森に狩りや採集に行くことができなくなり、森から怯えて飛び出してくる魔物に頻繁に襲われるようになった。

 力で分からせて追い出したはずのオーガ上位種が戻って来て、圧倒的な強さで地元の守護一族を滅ぼしてしまった。

 ゾンビが出たと聞いて地元の有力な冒険者を差し向けたところ、とんでもない強化個体が混じっており、向かわせた冒険者も仲間にされてしまった。

 ……それらすべてに、教会が聖女を陥れてこうなったという宣伝がついていた。


 インボウズは、身も心も縮み上がる思いだった。

 もしこれだけのことを全て自分のせいにされたら……実際そうなのだが……自分は一体どうなってしまうのか。

 今回のことで、民の教会への信頼はだいぶ揺らいだ。

 ユリエルの件は別として、大丈夫だと言われていた守りがこれだけ破られたのだから。

 この動揺を元凶を罰することで収められるなら、自分ならそうする。できるだけ大々的に喧伝して、そいつから全てを奪ってやる。

 それがふさわしい立場に、自分が立たされてしまった。

 ……が、インボウズにはまだ希望がある。

 インボウズはゴクリと唾を飲み、ブリブリアント卿に尋ねた。

「……それで、教会の悪口を言いふらす者共は、いかがいたした?」

 少し間があって、返答があった。

「魔女に洗脳されてしまった哀れな連中だ。呪いが強力で解けなかったため、魂を解放してやることしかできなかった。

 我らの同僚がそんな罪を犯すなど、あってはならんのでな!」

 それを聞いて、インボウズはほーっと長い吐息を漏らした。

 ブリブリアント卿と他の枢機卿たちは、インボウズの罪をもみ消す方向で動いてくれた。どうしても黙らない奴を、魔族のせいにして処分した。

 インボウズは、とてつもなく邪悪な笑みで感謝を述べた。

「いやあ、皆さまのご賢察に心から感謝いたします。

 でなければ、皆さまの椅子も安らげませんからな!」

 他の枢機卿たちがインボウズをかばったのは、自分たちを守るためだ。インボウズが握っている、こちらの弱みを放出されないように。

 インボウズ以外のここにいる枢機卿たちも、負けず劣らず不正や陰謀を行っている。そしてその証拠を、インボウズは少なからず握っている。

 協力して悪事を行うことも珍しくないため、当然だ。

 何なら堕とした聖女の身内が復讐者になっても容易く奪還されぬよう、堕とした聖女の身柄を別の枢機卿の下に転がすことすらある。

 そしてもぬけの空に突入してきた復讐者をただの暴徒として捕まえ、そいつの一族郎党しゃぶり尽くすのだ。

 つまり、クリストファー卿以外は全員ズブズブのグルである。

 こうして皆で甘い汁を吸い上げ、守り合いながら下を虐げていたのだ。もっとも、限られたそれを奪い合う政争も日常茶飯事だが。

 ゆえに、この局面で簡単にインボウズが切り捨てられることはない。現状インボウズの勢力が最も多く、握っている悪事の証拠が多いから。

 むしろ今インボウズを切れば、インボウズは最期に持てる力の全てを使って他の枢機卿を道連れにできる。

 他の枢機卿にとっても、それはごめんだ。

 それに今はまだ、インボウズを生かして利益を得た方が美味しい。

 ……潰すのは、インボウズが自分たちを道連れにできないほど弱り、支持を失ってからだ。

「……では、例の小娘の件は魔族の偽りとして処理しましょう。

 無論、オトシイレール卿には被害の賠償を支払っていただく。我らも隠ぺいに力を貸すゆえ、嫌とは言うまいな?」

「も、もちろんだとも!」

「それと、ユリエル討伐は貴公だけで何とかせよ。

 教会として、ユリエルが原因と認められぬのだから、当然であるな。

 それに我々も、死肉祭と魔族の反攻で少なくない聖騎士を失った。貴公に貸し与える戦力など、ないと理解せよ」

「そ、それはもう!」

 次々と突きつけられる条件を、インボウズは吐き気を覚えながら飲むしかなかった。

(クソッさんざん僕のおかげで甘い汁を吸っておいて……覚えてろよ!

 こんな損害すぐに持ち直して、今度はおまえらからむしってやるからな!)

 インボウズに求められた賠償は、一般人から見れば途方もない額だ。だがそれを支払ってなお余りある富の持ち主が、インボウズ・オトシイレールという男である。

 だがさしものインボウズも、この出費はとんでもなく痛い。

 代々汚職で貯めに貯めた資産があっという間に蒸発し、枢機卿の中での順位もガクンと落ちてしまった。

(よくも……よくもこの僕の財産をこんなに!!

 あんな小娘ごときに!ここまで、損害が!

 ぐおおおぉ絶対に許さんぞ、ユリエル!!ユリエルううぅーーー!!!)

 通信が切れた後、インボウズは地を裂くような怒りを込めて拳を机にぶつけたが、もうどうにもならない。

 インボウズはますます犯人の名を叫べなくなり、己の胸の内をやり場のない怒りで焦がすばかりだった。

 インボウズの政敵たちは、限られた利権を奪い合う仲ではありますが、民から甘い汁を汲み上げる時は手を取り合います。

 とことん腐った教会上層部。

 唯一清廉なクリストファー卿も、これじゃ根本はどうにもできないよ。


 そしてカルメーラは当然のように処女ではありません。彼女の何より大切な想い人は、どうなってしまったのか。

 ヒュドレアの性格と言動は……元ネタがヒュドラムだからな、うん。


 インボウズは確実に力を削られていきます。こんな奴らに借りを作ったりしたら、もう……。

 そして派手に動けなくなったインボウズは、何としても秘密裏に済ますために、今好きに使える駒を使ってさらなる外道を……次回は胸糞。

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処女の聖血テロ…、なんてパワーワード。 愛憎の所の巫女、幼稚で狂っているけど通すべき筋を立てる神経は持ち合わせているのか。邪神の力が強過ぎて精神歪んだパターンかなぁ。 そして、枢機卿達の連携。ウゼ…
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