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50.美王の毒香

 美王によってめちゃくちゃになっている魔王軍の実情。

 美王とモテ派閥による搾取は、魔王軍にどんな恐ろしい事態を引き起こしているのか。


 そして、残り三人の四天王の紹介も。

 美王の勧誘を断ってしまったユリエルが生きられる居場所はどこだ!四天王はどいつもこいつも癖が強いぞ!


 最後に、オデンとモテ派閥の尖兵たちが抱える事情も。

 美王により狂わされた魔王軍の、ありふれた一幕。

 ユリエルと吸血鬼たちのやりとりを、絶世の美女、美王はつまらなさそうに見ていた。

 背もたれに転がるたび、太陽の光を紡いだような長い金髪が揺れる。体をわずかにひねるだけで、体の起伏が絶妙な曲線を作り出す。

 この世の美の権化とも言える光景が、そこにあった。

 美王の下にはひっきりなしに他の魔族があいさつしに来るが、美王はまともに返事すらしない。

 だがそんなつれない……無礼な態度すら、取り巻く男たちにとっては真夏の太陽のように眩しく焦らされるものだ。

 なぜなら、美王が美しいから。

 興味なさげにされると、かえって振り向かせたくてたまらなくなる。

 だが美王にとって、これはいつもの、当たり前のこと。

 そんなこといちいち気にしている義理はないし、美王は自分の興味のあることにしか目を向けない。

 ユリエルの勧誘に失敗した子たちが戻ってきても、特に感情を向けはしない。

「あらあらぁ、お友達にぃなぁれなかったのね。

 まあいいわぁ……あーんなイモムシ一匹逃がしたところで。蝶になる気がなぁいなんて、かぁわいそ~に」

 この反応に、戻って来た吸血鬼たちは心底安堵した。

 美王は基本的に何不自由ない生活をしており、下っ端などどうなってもいいため、ユリエル一人引き込めなかったことは大したことではない。

 ……が、虹色甲爵となると話は別だ。

 虹色甲爵に殺意を暴かれて戻って来た子に、美王はひどく残念そうな顔を向けた。

「あらぁ~、ずいぶん警戒されちゃったのねぇ~。

 これじゃ、あの甲殻が手に入るのはぁ、いぃつになるかしらぁ~?」

 しくじった子の顔が、恐怖と絶望に歪む。

 美王は、自分をより美しく見せるための宝物に執着する。そのためそっちでしくじれば、些細なことでもひどく恨まれてしまう。

「ひぃっお、お許しを……次は、うまくやりますから……!」

 震え上がる部下に、美王はさらに失望の表情を向けた。

「んああっそんな顔……美しくないわぁ!

 わたぁくしの部下なら、美しく微笑んで、ご心配ありませぇんって言うところじゃあなくて?それとも、もっと簡単なお仕事でなぁいと、無理だったのかぁしら?」

「あ、あわっ……そんな事は……!」

 だがここで、別の部下が美王に声をかけた。

「その件でしたら、私がお引き受けします。

 美王様は、安心してお待ちくださいませ!」

 白い絹糸のような髪をボブカットにした、白い雪の結晶模様のミニ丈着物をまとった、抜けるように白い肌の女。

 体の起伏はそれほどないが、すらりと足が長く小柄ながらスタイリッシュだ。

 そして吸血鬼ではなく、雪女だ。

 美王は、にんまりと目を細めた。

「まあまあ、頼もしいわぁ~!よろしくねぇ」

 雪女は美王に一礼すると、凍るような眼差しでユリエルと虹色甲爵を見つめた。清楚な見た目に反して、その目に宿る光は猛獣より獰猛であった。

「ふふふ……あーんなクソ生娘、何もできやしないわよ。

 また、手柄と……それまでは財布が増えるわね!」


 そんな企みも知らず、ユリエルと虹色甲爵たちは和気あいあいと談笑していた。

 虹色甲爵の治める甲輝のダンジョンも、甲虫中心ではあるものの虫けらのダンジョンと同じく虫系のダンジョンだ。

 そのため、ユリエルとオリヒメはすぐそちらの幹部たちと打ち解けた。

「ほら、シンジュサンのさなぎの唐揚げよ」

「はああぁ……美味しーい!!こ、こんなのっ初めて食べましたぁ!!」

 肉食のオリヒメは口に合う虫料理を食べさせてもらい、初めての体験に打ち震えている。

 何を隠そう、オリヒメはユリエルが助けに来るまで、まともな食事をしたことがなかったのだ。

 ダンジョンマスターゆえ、食事は必要ない。そのうえ、わずかに溜まるDPまで糸に変換させられて教会に持っていかれてしまう。

 わずかにいる配下の大グモや大ムカデたちは、食べたら味方がいなくなってしまうので心細くて食べられない。

 そのため、オリヒメはずっと満たされない日々を送っていた。

 オリヒメが涙ながらにそれを語ると、美しい蝶の魔物が同情して言った。

「まあ、取り上げるだけで何も与えないなんて、ひどい人たちね!

 人間は、自分たち以外の生物を採掘場だとでも思ってるのかしら?

 実はわたくしも、この羽に懸賞金をかけられていて……他にも、わたくしたちのダンジョンにどれだけ略奪者が訪れたことか」

「ええ……それヤバくないですか。

 あたしの糸は採られても死なないけど、あなたたちの羽は取られたら生きていけないんじゃ……!」

「そうなのよ!

 でも欲に目がくらんだ人間って、そういうの全然考えないから。魔族なんだから、取ったら殺すだけって思ってるのよ。

 ……いえ、魔族も一部はそうね」

 美しい虫の魔物たちは、忌々し気に上座の一角をにらんだ。

 さっきユリエルにモテないと言って傷つけた美女を中心に、甘い誘いをかけてきた吸血鬼たちが取り巻く集団。

 それ以外にも多くの魔族が、所狭しと押しかけている。

 その有様に、ワークロコダイルのシャーマンはキッと目を細めた。

「嫌な感じだね。

 これなら、時々あたしたちを狩りに来る冒険者や地元の狩人のがだいぶましだ。あいつらは、皮以外も余さず使おうとするからね。

 あんな浪費しか考えてなさそうな奴らが、上に立っているとは」

「実際、ろくでもない奴らだぞ。我らの配下が、既に何体もやられている。

 貴殿の主が、賢い選択をしてくれて何よりだ」

 たくましいカブトムシの魔物が、剣呑な顔でささやいた。

 甲輝のダンジョンは常に、人からも一部の強欲な魔族からも、生物ではなく素材扱いで狙われ、心休まらぬ日々を過ごしてきた。

 ゆえに、目の前で非情な強奪者を跳ね除けたユリエルに深い感動を覚えていた。

「ねえ、あいつら、わたくしたちのことを何て言ってると思う?……生きた虫なんぞにしとくには、もったいないって!」

「ヒェッ……何それ怖い!!」

 蝶の魔物に恐ろしい言葉を耳打ちされ、震え上がるオリヒメ。

 一応魔王軍に属していても、甲輝のダンジョン勢にとって魔王軍は安全地帯ではないのだ。


 その物騒な話を、ユリエルは食べながら耳に挟んでいた。

「……何か、魔王軍って怖いとこですね。

 味方からでも隙あらば搾取しようって悪意が噴き出してるっていうか、こりゃ人間が恐れるのも無理はないっていうか。

 さっきの……モグッ……あの子たち見てると」

 憮然とするユリエルに、虹色甲爵は声を潜めて告げた。

「全員がそうではないけどね、今あいつらが魔王軍で最大勢力なのは確かだ。

 そして、奴らの仲間にならなかった君の判断はすごく正しい。奴らの手を取ったが最後、奴らの奴隷にされて何もかも奪われるのがオチだ。

 ……最近魔王軍が振るわないのは、まさに奴らが原因なのだ」

 虹色甲爵はチラチラと周りを気にしながら、魔族たちの現状を語った。


 魔王軍は今、あの邪悪なモテ派閥に蝕まれている。

 そこに属する、他者に求められることを最大の価値とし、その手段として魅力を最高とする美しい魔族たち。

 そいつらが次々と他を誘惑し、魅了して思考を捻じ曲げ、ありとあらゆる富と資源を吸い上げて集めている。

 おかげで取りつかれた勢力やダンジョンは力を落とし、人間との戦いもままならない有様。

 すると今度は、奴らは支援と言う名の借金を押し付けて勢力そのものを乗っ取ろうと企む。

 おまけに金欠や苦戦に喘ぐ被害者たちに、自分たちと同じように稼げると吹き込み、モテ搾取の尖兵に変えてしまう。

 吸血鬼が吸い殺した人間を仲間にするように、どんどん増えていく。

 もはや、ネズミ講と言っていい状態だ。

 もちろん、虹色甲爵のようにそれに屈しない者たちもいる。……もっとも、虹色甲爵は始めから物扱いされて生きたまま屈することができなかったせいだが。

 そういう者たちも、親しい仲間がいつの間にか篭絡されていたりして、じりじりと財力を削られたり人間関係を壊されたりしている。

「その中心にいるのが、四天王、美王ディアドラ。

 現状最高位の吸血鬼で、美の女神の加護を受けていると噂される。

 奴の権勢は今や、魔王様をもしのぎ、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。下手に手を出せば潰されるから、誰も手を出せないのだ」


 サキュバスを侍らせて奥に構える魔王よりも、ずっと多くの……数えきれない魔族たちにかしずかれる絶世の美女。

 バンパイアクイーンにして四天王の一人、美王ディアドラ。

 それが、この魔王軍を衰退させるモテ搾取派閥の首領だ。

 この世の美の粋を集めたような、全てをねじ伏せる美貌の持ち主。本人もそれに絶対の自信を持っており、使い方を熟知している。

 ただいるだけで多くの男を惹きつけ、何もせずとも貢がせる。

 すると、そのおこぼれをもらおうと、強欲な女が集まって来る。

 さらにディアドラは、美の女神のように相手の容姿を変えて美しくする能力を持っている。そして手柄を立てた女に、ほうびとして行使している。

 その結果が、あの欲望にぎらついた美女・美少女軍団だ。

 配下の女たちはもっと美しくなりたくて、もっとモテて貢がれたくて、手練手管を尽くして他者から財を巻き上げて美王に捧げる。

 誘惑された男の方も、もっといい女を……最終的には美王を求めて、どんどん貢いでしまう。

 こうして、ブラックホールのように美王に富が集まっていく。

 それこそ、この世の全てを吸い尽くさんばかりに。

 それでどれだけ他が苦しもうと、美王は知らんぷりだ。……いや、むしろこれが正しいのだと笑ってすらいる。

 なぜなら、自分がこの地上で一番美しいから。

 自分は何をしても許される。地上の全ては、自分が手に入れて然るべきだ。

 一分(いちぶ)の疑いもなく世の常識のようにそう思っているから、自分以外がどうなろうが歯牙にもかけない。

 魔王に対してすら、侮りと野心を隠そうともしない。

 これが魔王軍を蝕む、最悪の病巣なのだ。


「うええ……何それ最悪!」

 話を聞いて、ユリエルは思わず毒づいた。

 理不尽に貶められて全てを奪われて、そういうことをする悪を倒したくてここに来たのに、ここもそういう奴らに支配されていたとは。

「冗談じゃないわ……魔王様にもどうにもならない悪女なんて」

「そうなのだ……ああ魔王様、おいたわしや!」

 虹色甲爵は、悲痛な声で絞り出すように言った。

 その視線の先には、サキュバスに囲まれて岩のように動かない魔王。

 配下のはずのディアドラが同朋たちをどんなに虐げても、何もせず見ているだけ。その姿には、哀愁すら漂う。

(ああ……これはもう、魔王も取り込まれかけてるのかな。

 自分に従ってくれる仲間より、女のことしか考えられないんだ)

 美王のやり方と魔王の現状を見て、ユリエルはそう解釈した。

 すると気になるのは、これからの戦いのことだ。人間以外の助けが欲しくてここに来たが、果たしてここの奴らは助けになるのか。

「こんなんで……教会、倒せるのかな」

 ユリエルが呟くと、虹色甲爵は少し考えて答えた。

「教会打倒は、美王も協力するだろう。

 なぜなら人間を倒せば、その領土や富が手に入るのだから。美王は人間や教会も、自分の支配の邪魔って思ってるからね」

「ああ、そっち……」

 悪い奴は何でも手に入れたがるがゆえに、他の悪い奴と衝突する。美王にとって人間との戦いは、そういうものなんだろう。

 だが、そこで虹色甲爵はにわかに口を濁した。

「しかし……それが本当に人間への攻撃力につながるかは正直分からん。

 ダラクは人間との戦いを名目に巨額の支援を集めているが、それが美王への上納に回っているという噂が絶えん。

 実際、支援の額からは考えられんほどに、戦況も奴のダンジョンの状態も改善しないからな」

「ええっ!?それじゃ、私が血を差し出しても……」

「いや、かつての聖者のアンデッド化はやるだろう。皆の前で宣言したし。

 しかしそれ以外は……期待しない方がいい」

 虹色甲爵は、本当に申し訳なさそうに顔を覆った。

「せめて美王の派閥が、もう少し目的のためにまとまった動きができていれば……いや、そうなると僕たちにはもっとまずいんだが。

 奴ら、自分が美王にどれだけ貢ぐかしか考えてなくて、平気で足を引っ張り合うからな。

 美王も自分のために下が争うのを笑って見てるだけだし。それで自分が損する訳じゃないし、代わりなんていくらでもいると思ってるから」

「ああ、何か分かります。

 教会の腐った権力闘争も、多分そんな感じですから」

 ユリエルは、インボウズを思い出して納得した。

 結局、頂点に立つ巨悪にとって下の権力闘争はそれすら楽しみなのだ。むしろ、それを煽ったりしてさらに富と力を吸いあげる。

 そして、下で足掻く者ばかりが潰れていく。

 教会と美王、やり方は違えど構図は驚くほど似ている。いや、美王のモテ搾取ももう宗教みたいなものだ。

 これでは本当に世捨て人になるしか逃れる術はないのかと、ユリエルは暗澹たる気分になった。


 沈むユリエルに、虹色甲爵は心配そうに告げた。

「だから、君も一人でいちゃいけない。誰か後ろ盾を作るべきだ。

 ……といっても、僕は正直自分を守るので手一杯だから、お役に立てそうにないがね」

「……安全な後ろ盾なんて、いるんですか?」

 ユリエルが問うと、虹色甲爵は上座に目を向けた。

「確実に安全と言えるところはないが、美王に対抗して君を守ってくれそうな方ならいるさ。美王以外の、三人の四天王ならば」

 そう言って、虹色甲爵は残り三人の四天王のことを教えてくれた。


 美王に次ぐ勢力(といってもだいぶ劣る)を持つ、元は東の果ての権力者にして聖職者。

 高貴な紫色の僧衣に金糸の袈裟と頭巾をまとった骸骨、恐るべき魔力に満ち光と闇の両方に詳しいエルダーリッチ。

 暗黒大僧正、キヨモリ。


 力こそ正義な武闘派の頂点に立つ、元は東の果ての精強なる武者。

 きらびやかな兜と大鎧を身にまとい、背丈ほどの大太刀を背負う骸骨、威風堂々たるスケルトンロード。

 呪骨大将軍、ヨシナカ。


 派閥こそないが生命を容易く殺し尽くす圧倒的な自然現象を操る、かつて大陸の東の大国を絶望に陥れた災厄の姫。

 派手でありながら上品なかの地の王族衣装を身にまとい、芝居がかった厚化粧で素顔を隠す砂漠の女王。

 干天公主、(バツ)姫。


「……何か、みんなこの辺の方じゃないような」

 ユリエルの素朴な疑問に、虹色甲爵は無念を露わに答えた。

「この辺の有力者はだいたい、美王に取り込まれて男は凋落し、女は排除されたよ。

 先代の魔王様がそこから立て直すために、王子であった現魔王様を東に遠征させ、そこで揃えてきた面子だ。

 その代わり、この地で美王を食い止めていた先代様は命を落とされたが」

 どうにも物騒な事情である。

(そう言えば、シャーマンさんがよそ者が多いって言ってたっけ。

 よそ者を連れてこないと、美王に抵抗もできないって意味だったのね。……まあ、美王派閥一色になるよりましってことか)

 美王の影響で、四天王の編成までこんな事になっていたとは。

 美王がこれまでこの地の魔族たちをどれほど引っ掻き回してきたか、叩きつけられるようだ。

 そして、四天王になれるほどの有力者でもそうなるということは、今のユリエルが狙われたらひとたまりもない。

 どうでもいいと思われているうちに、何とかしなければ。

「ちなみに、どなたがお勧めとかあります?」

「ううーん……勢力と政治力的に一番強いのは、大僧正キヨモリ様だろう。ただ、あの方もかなり欲塗れで女好きだからな。

 でも洗練されて熟れた女が好きだから、今の君なら手を出しては来ないと思う」

「素直に喜べない!!」

 キヨモリの派閥は、ユリエルが安心していられる場所ではなさそうだ。逆に、力をつけて価値ある女になったらむしろ危なくなりそうだ。

「ヨシナカ様は……あからさまに方向性が違いそう」

「だろうね。あそこは基本的に脳筋の集団だから、守ってはくれるかもしれないけど、君の意見は通らないと思っていい。

 あと仲間自身に強さを求めて、戦いを横から眺めてることも多いから……そんなに助けてはくれないかな。

 実は僕も一応大将軍の派閥なんだけど、大将軍は僕たちが苦しみながら敵を退けるドラマに見入ってるだけだから……」

「それ、切り札になるかも分からないんじゃ……」

「ダンジョンが落ちた時、部下の落ちのび先ができるくらいかな」

 どうもヨシナカは、清廉で気骨のある武人だが、自分の強さと戦物語にしか興味がない。美王に屈することはなさそうだが、今のユリエルでは滅亡を涙の肴にされるのがオチだろう。

「最後の、魃姫様は?」

「あの方は気難しくて、派閥がないんだ。すごく強いんだけど……ね。

 ……でもユリエル、君ならもしかしたら、仲良くなれるかもしれない」

「どどどどういう意味ですか!

 私、そんなに気難しいですか!?」

 相変わらず、自分が男からどう見られているかよく分からないユリエルである。

 だが、何となく自分の思うように見られていないのは感じていた。その答えが見つかるなら、飛び込んでみるのもいい気がした。



 そうしている間に、宴もたけなわで帰っていく者が出始めた。

 ユリエルがふられて振り向かなかったオークのテーブルでは、オークキングとオデンが言い争っていた。

「また美王に貢いできたブー!?

 これ以上出したら、オデたちの生活が成り立たないブー!

 頼むから、一族の女子供を大事にしてくれブー!!」

 オデンの家族を思う必死の訴えにも、オークキングは耳を貸さない。

「フン、これはより優れた雌を手に入れるための勝負なのだ。これはオークの生きる意味であり、皆当たり前にやっていること。

 あんな地雷に手を出す、女を見る目がないおまえに言われたくない!」

 オークキングは、完全に美王に絡めとられていた。

 より優れた雌を手にするための本能を手玉に取られ、ダンジョンの富をドバドバと美王に流している。

 そのため本来守るべき同族の女子供を大事にしなくなり、口減らしに女子供を前線に送り込んでバタバタ死なせている。

 今のハーレムに産ませた自分の仔すら、強い仔の選別と言い張って鉄砲玉扱いだ。

 そのせいでオークキングの仔の中に強く成長する仔がおらず、弟(これもほとんど鉄砲玉として散った)のオデンが後継者のままなのだ。

 おまけにそうして雌までどんどん減るせいで、残った若い雌が繁殖のためにオークキングの下に集められ、オデンは王弟ながら不自由している。

 こんな事情で、オデンはユリエルに手を伸ばしたのだ。

(こ、このままじゃ、オーク一族が崩壊してダンジョンを乗っ取られるブー!

 でも、オデにはどうしようもないブー!誰か、何とかしてくれブー!!)

 大した富と権力を持たないオデンに、邪悪なモテ派閥の尖兵たちは興味を示さない。ゆえに、オデンは非モテと引き換えに正気でいられる。

 だがそれは、一族の崩壊を見せつけられ続けるということだ。

 この陰惨な光景が、今や魔王軍ではありふれた光景になっていた。


 さりとて、美王派閥の宝石のような女の子たちが安泰で幸せかと言われると、実情はそうでもない。

 さっきユリエルを誘えなかった子の一人が、呟いた。

「ねえ……ティエンヌって、むかつかね?」

 他の子も、濁った眼をしてうなずいた。

「だよね……生まれがいいだけのくせに。

 私たちはこれだけの生活をするためにあんなに苦労して這い上がったのに、何で何の苦労も努力もなく上に立ってんの?」

 その目には、ドロドロの嫉妬が詰まっていた。

 美王に憧れ、モテたい美しくなりたいと派閥に加わる女の子は多く、その分派閥内での出世競争は苛烈だ。

 新人はほとんど先輩に搾取され、危険な役目を押し付けられては手柄を奪われ、無茶な枕営業で壊されたり悪事の責任を押し付けられて切られたりはよくあること。

 モテ技術を教える代わりと借金をさせられ、ガチャでさらに金持ちの踏み台にされ、美容にいいと捧げられたものに毒が入っていることもある。

 その地獄を生き抜いた女たちが、今この地位にいるのだ。

 彼女たちにとって、生まれながらの地位だけで威張るティエンヌは許せない敵だ。

「そういう生意気なガキには、思い知らせてやらなくちゃ」

「枢機卿の娘だったら、きっといいモン持ってるわよね。勉強料、もらいに行こっか」

「ダラクに声かければ、パワーアップ用にあの小娘の血をもらえるっしょ」

 やっていることは変わらないが、彼女たちは努力と忍耐という点で、ティエンヌよりずっと頑張ってきた。

 今、その逆恨みがティエンヌに向いた。

 これもまた、美王がもたらした歪みによる災いであった。

 四天王のモデル

 ディアドラ=ケルト神話の悲劇の美女、己の美貌に任せてやりたい放題を押し通している。

 キヨモリ=平清盛、魔力と政治力が高く女も権力も大好きさ!粗削りすぎるおぼこに興味はない。

 ヨシナカ=木曽(源)義仲、ひたすら武勇一辺倒な脳筋集団の総長。女はそんなに重視しないが、ユリエルの反逆武勇伝はちょっと面白がっている。

 魃姫=古代中国の干ばつを起こす女神魃、全てを干上がらせる自然操作がヤバく万の軍に匹敵する。ちょっと心に壁があって、現状ぼっち。直属の部下はいる。


 次回、この中からユリエルの後ろ盾が……と思ったが、候補はもう一人いるんだよなぁ。


 そしてティエンヌにざまぁフラグが!

 やり方が違えど、いじめられて必死で努力したという意味では、モテ吸血鬼とユリエルは実は同志であった。本人たちは絶対認めないが。

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― 新着の感想 ―
西洋チックな魔王配下に、平清盛と木曽義仲が居るこの不思議。いやまあモデルなだけで別存在なんだろうけど。 偉人パワーって凄い。
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