45.魔王軍の誘い
いきなり接触してきた魔王軍への仲間の反応と、ユリエルの決断。
ちょっと強くなると魔王軍とかに目を付けられるのは、ダンジョンものでは結構お約束だったりする。
初めから魔王の手下というダンジョンものも割とあるんですけどね。
そしてダンジョンの新機能と、新たな登場人物も!
ユリエルは、吸い寄せられるようにダンジョンコアに手を伸ばした。指先が向かうのは、コアに浮かぶ手紙のようなマーク。
「魔王軍……一体……」
しかしその手を、オリヒメが掴んで止めた。
「わあああ止めて!絶対怪しいよコレ!
だって、あたしが百年以上ダンジョンマスターやってて、こんなのが届いたことなんかなかったよ!
魔王軍だって、名前は知ってて、助けてくれないかなって何度もお祈りしたけど、助けになんか来なかった!
何で今さら……」
オリヒメは、魔王軍に不信を持っているようだった。
オリヒメはずっとここから出たことがないが、魔王軍の存在は知っている。教会に制圧された時、つながりがないかとさんざん拷問されたらしい。
しかしこれまで、オリヒメが魔王軍と関わることはなかった。
強力な魔物や知能の高い魔族が集まり、各地のダンジョンと連携して人々を苦しめている魔王軍。
だが、そこがオリヒメに接触してくることはなかった。
オリヒメがその存在に希望を持って、五体投地するような勢いで助けを求めて祈り続けたにも関わらず。
結果、オリヒメは完全に魔王軍を諦めて失望していた。
「やめようよ、きっとろくなもんじゃないって!
あたしたちはあたしたちの力で守ってれば、大丈夫だから……」
必死で止めようとするオリヒメに、レジンが水を差す。
「でもコイツが届いたってことは、向こうはこっちを把握してるんだよな。
その状況で、無視して大丈夫なのか?もし機嫌を損ねて攻められたら、俺たちの今の力で対抗できるモンなのか?
それ以前に教会との戦いだって、他の力を借りずに全部乗り切れるとか思ってんなよ。現実を見ろ、引きこもり脳が!」
レジンにぴしゃっと言われて、オリヒメはしゅんとうなだれた。
「うう……そうだけどさあ、でも怖いじゃん!」
怯えるオリヒメをなだめるように、シャーマンも言った。
「相手が相手だからね……放っとく方が怖いかもしれないよ。
それに、行くかどうかはまず読んでみて決めればいい。相手がどういうつもりか、まずは確かめるところからだ」
「手紙に書いてあることが本当とは限らないじゃん!」
教会にきれいな建前で搾取され続けてきたオリヒメは、強大な勢力を信じることそのものを怖がっている。
だが、それでは先に進めない。
特に、ここにはない道を探すユリエルにとっては。
「そうね……でも、教会の息がかかってない人たちと関わるチャンスだわ。
とにかく、読んでみましょう」
とことん心配そうなオリヒメを横目に、ユリエルは手紙のマークに触れた。
<栄えある魔族、及びダンジョンマスターの皆さまへ
日頃から力を尽くして人間と戦って退けていただき、ありがとうございます。今年もまた、憎き教会と戦う死肉祭の季節がやって参りました。
つきましては、魔の勝利を祈願し、結束を強めるための集会を開催いたします。
転移の魔法を同封しておりますので、お手すきの方はぜひご参加ください。ただし、会場の都合上、一通につき10名まででお願いします。
なお、この手紙は一定以上の功績を上げた者と10階層以上のダンジョンマスターにのみ送っております。
可愛い知り合いがいるからと、足手まといにしかならない雑魚を呼び込まないように。
健全かつ精強な魔王軍運営にご協力ください。
また、魔王軍からの連絡を一定回数以上無視した場合、魔王軍の者がそちらに侵攻しても止めることはありません。
双方に幸多き判断を望んでおります>
読み終えると、ユリエルは息を飲んだ。
「おおぅ……これは断ったらヤバいやつだ!
無視しなくて良かったー」
最後の警告とも言える文に、見ている者全員が胆を冷やした。知らぬふりをしていたら、人間ではなく魔王軍に叩き潰されていたかもしれない。
せっかく教会に抗う力を手に入れたのに、それでは本末転倒だ。
それに、これまで連絡がなかった理由も分かった。
レジンが、オリヒメをジト目で見ながら呟く。
「10階層以上のダンジョンマスターか……つまり、ここが条件を満たしたから連絡が来るようになったんだ。
それに満たねえ奴は、仲間にする価値もないから放置なんだろ。
まあその気持ちは分かるぜ。弱いくせにイキッて、いざって時に強者にすがるしか能のねえ手下なんざ、クソ食らえだ!」
レジンは人間だった頃、そういう手下をたくさん抱え込んでしまい苦労してきたのだろう。戦ったユリエルたちも、そのひどさはよく分かった。
「うう……そっか、あたしそんな風に思われてたんだ」
オリヒメは、軽くショックを受けながらも納得したようだ。
考えてみれば、教会と全面衝突してたった3階層のクソダンジョンを救ったところで、魔王軍にメリットなどない。
ただでさえ自力でまともに防衛できないうえに、教会の要所である学園都市のすぐ側なので防衛に手間がかかる。
自軍の損耗を考えれば、手を出そうとは思わないだろう。
「ふふっ……要するに私たちは、仲間にする価値のある勢力になったってことだ」
ユリエルは、緊張をにじませながらも誇らしげに言った。
教会に破門され街から逃げてから、ユリエルは築いてきた自分の価値を全て否定された気分だった。
できることがたくさんあるのに、役に立てるのに、そのために真面目に学んできたのに……その全てを否定されるような。
だから、どんな形であれ価値を認められると嬉しい。
たとえそれが、これまで憎み時に戦ってきた魔王軍でも。
「いいの、ユリエル?
魔王につくってことは、本当に人類の敵になっちゃうよ。今学園にいる昔からの友達と、完全に敵同士になっちゃうんだよ」
オリヒメが、気遣うように言う。
しかしユリエルは、腹を括って答えた。
「いいよ……どうせあいつらに、私の状況をどうこうなんてできないもの!
私は、あいつらが自分を守るために何もしないのを恨むのはやめた。あいつらの人生考えたら、それが正解だろうし。
でも、だったら私が私のためにどんな手を使おうが文句言われる筋合いはないわ。それで友情が壊れるなら、そこまでの友情だったってこと!」
それから、ユリエルはにわかにギィッと口元を歪めた。
「それに、教会は……改心できないなら、いっぺんブッ壊れた方がいいと思うの。
守られている人たちだって、間違いを鵜呑みにして罪なき人を貶めたらどうなるか、分かるまで味わうべきよ。
魔王軍が私の純潔を証明して、そこから教会を崩すなら、悪いのは冤罪を着せた教会なんだから!」
ユリエルの火を吐くような怨嗟に、レジンも裂けるような笑みを浮かべた。
「おう、全くその通りだぜ!
世の中が間違ってるんだから、壊したってそれが世のため人のためだ!
悪くねえ奴を切り捨てて慈愛や正義を気取るなんざ、許さねええぇ!!」
世直しのために善良な人まで傷つけるのは、悪いことかもしれない。
だが権力の上に座る巨悪というのはえてして善良な人を盾にしているので、そこの衝突を避けていたら巨悪を倒せない。
胸糞悪いが、それが現実だ。
「どうせ私は、善良に信じただけの人をもうたくさん殺してる。
だったら今さらためらう理由なんてないわ。
たくさん人が死んで悲しんで辛い思いをしても、その元凶の罪が暴かれて怒りがそっちに向けば、世の中は良くなる。
……そもそも、そうしなきゃ冤罪を暴けないのはおまえらのせいだっつーの!!」
前の討伐で死体の山を前に、ユリエルは決意した。こうなったら、どれだけ屍山血河を築こうと、必ず冤罪を晴らすと。
そうしなければ、この人たちは無駄死にではないか。
その手を派手に血に染めた以上、退くことはならない。
「行きましょう、魔王の下へ!
そして、教会を崩すカギとして私を売り込むのよ!」
ユリエルは、目をらんらんと輝かせて決めた。
しかしそこで、ユリエルはにわかにきまずそうに周りを見回した。
「……で、魔王とか魔王軍の強い人たちのこと、詳しく知ってる人はいる?
私、一応教会と信仰の敵として習ってはいるんだけど、とにかく倒すべき悪の権化だってことしか聞いてなくてさ。
悪徳の塊みたいに先生方は言ってたけど、腐り切った教会の言うことだからなー。
実際のところ、噂でもいいから知らない?」
魔王の下にはせ参じるうえで何が問題なのかと言えば、ユリエルが魔王のことも魔王軍のこともほとんど知らないことだ。
学園で習ったことは、教会により歪んだ情報の可能性が高い。
そんなものを信じて魔王や幹部と対面すれば、良くて大恥、悪ければその場で粛清されてもおかしくない。
そうならない正しい情報が、必要なのだ。
だが、配下の中にも詳しく知っている奴などいない。
「うーん、あたしは全然知らないなぁ……」
「僕たちは、考えたこともないや」
オリヒメ、ケッチ、ミーには元から期待していない。
少しでも情報を持っていそうなのはレジンとシャーマンだが……レジンの記憶はほとんど消してしまった。
シャーマンは少し目をつぶると、思い出しながら言った。
「息子が、魔王軍に入らないかと誘われたことがあったよ。
その時来たのは、胡散臭いアンデッドだった。欲に誘うような言い方としつこさが鼻について、追い返したがね。
そうしたら数日後、妙に礼儀正しいサキュバスが来て、アンデッドを追い返したことをほめられてね……。
どうも、一枚岩じゃなさそうだ」
それを聞いて、ユリエルは考えた。
「そうか……じゃあ、どの派閥に入るかを見極めなきゃいけないってことね。
うわっ面倒臭っ!私、そういうの苦手なのよ~!」
どうも魔王軍にも、有力な人材を奪い合ったり足を引っ張り合ったりするグループがあるらしい。
教会上層部にも同じような派閥があって暗闘していると聞いたことがあるが、どこも同じかとユリエルはげんなりした。
「あと、四天王は東方から来たよそ者が多いとか。
その辺りも、派閥争いが関係してるのかもね」
「あっ……もしかして、この辺の価値観とか通じないタイプ?
事情を分かってくれないのは困るな~」
「それから、この辺の魔物の中で、吸血鬼系は魔王軍への加入率がやたら高いとか……また聞きだけどね」
「やだー、聖なる力で討伐してきた奴らじゃん。
元聖女ってだけで恨まれたらやだなぁ。
そう言や聖者落としのダンジョンマスターも、高位の吸血鬼だった。配下に顔覚えられてたら、まずいなぁ……」
シャーマンからの情報はふんわりとしたものだが、それでもヤバい臭いがする。
だが現状そこにしか打開できそうな道が見つからない以上、行ってみるしかない。
「ええい、女は度胸だ!
こうなったら全力で元聖女アピールして、何も知らないから教えてくださいって言うしかない。
私、これまでもそうやっていろんな現場に飛び込んできたんだから!」
ユリエルは、ぱんっと頬を叩いて気合を入れた。
ユリエルは元々、行動力は十分である。だからこんな、ダンジョンを乗っ取るなんて真似ができたのだ。
新しい環境でも仕事でも物おじせず飛び込む、それがユリエルの長所だ。
魔王軍だろうが何だろうが、冤罪を晴らせそうなら何にだってすがってやる。
となると、後は連れて行くメンバーだ。
「私とオリヒメは行くとして……レジンはここの守りに残しといたほうがいいかしら?
すぐ帰ってこられるとは限らないし、死肉祭のために集まった強い人たちが腕試しとか言って来るかもしれない」
「そうだね、空にするのはまずいでしょ」
招待は10名までとあるが、そもそもこのダンジョンにはそんなに知能の高い者がいない。そして全員で行けば、ダンジョン防衛の指揮官がいなくなる。
今のところ人は来ないが、絶対に来ないとは言い切れないので……ボスのレジンと、ケッチ、ミーは残しておくことにした。
(この三人、元が人間だから、あんまり外に出したくないのよね。
特にレジンは……レジスダンは反教会の勢力でそれなりに知られてそうだし。人間だった頃の記憶を取り戻すようなこと吹き込まれたら、たまらないわ)
それから、経験豊富なシャーマンも連れて行くことにした。
引きこもりのオリヒメはもちろんのこと、ユリエルも魔族の事情には疎い。この老齢のシャーマンならば、そこは補ってくれるだろう。
息子のタフクロコダイルガイが魔王軍に誘われたこともあるし、魔王軍の中に知っている者がいるかもしれない。
「魔王軍か……あたしゃ、そんなものと関わらずに静かに生きていけたらと思ったがね。
でも、そうも言ってられないか。
今あたしが守る一族は、このダンジョンと共にある。そのためなら、魔王軍の化け物共とだって付き合ってやるさ」
シャーマンは、不安そうにしている女子供を見て呟いた。
一族の絶対防壁であったタフクロコダイルガイは、もういない。
今は、ユリエルとこのダンジョンがワークロコダイルたちの生命線だ。それに、助けてもらった恩義もある。
「戦士たちよ、あたしは少し留守にする。
その間はレジンの言うことをよく聞いて、必ずここを守り抜くんだよ!」
「オォーッ!!」
ワークロコダイルたちの雄たけびを背に、シャーマンもユリエルの横に並んだ。
最後にユリエルは、レジンをダンジョンマスター代理に設定し権限を与えた。
「これで、私が戻って来るまではレジンがダンジョンを管理できるようになる。有事の際は、頼んだわよ。
ただし、階層の追加とフロアの改造はしないこと。魔物は生成してもいいけど、今いる種族に限ること」
「へいへい、分かったよ。
んな簡単にゃ落とさせねえから、行ってこいよ」
これも、ダンジョンを10階層まで掘ったら使えるようになった機能だ。
むしろ魔王軍がたびたび招集するからこそ、使えるようにしたのかもしれない。
コアに表示された転移の魔法陣を見て、ユリエルは感慨深げに呟いた。
「ハァ……もう、このダンジョンから出ることはできないって思ってたのに。初めて出られる先が、魔王軍だなんて。
人生分からないものね。
でもいいわ、出られるって分かっただけでもワクワクする!」
先の見えない状況だが、ユリエルの目は強く輝いていた。
ユリエルは、多少怖い事があっても好奇心が強いタイプだ。だからこの先がどうなっているんだろうと、胸が弾むのを抑えられない。
そんなユリエルを、オリヒメは半ば呆れて見ていた。
(すごいよ……こんな状況でも、迷わず飛び込むんだもの。
いや、こんなユリエルだから、あたしを助けてここまで道を開けたんだ。
あたし、あんたに出会えて本当に良かったよ。そのあんたを守るためだから……あんたと一緒ならどこだって行ってやるさ!)
オリヒメも、ようやく覚悟を決めてユリエルに寄り添った。
「じゃあ、行くよ!」
宴もそこそこに切り上げて、ユリエルはわずかに震える指先で転移の魔法陣をつついた。
次の瞬間、ユリエルたちの姿は何もなかったように消えてしまった。
薄暗い空間で、腰かけて何かを思案する者がいた。
その横から、静かな声が状況を告げる。
「例年通り、参集は順調です。四天王の方々も、皆揃って出席されます。ダンジョンマスターの参集率も、まずまずかと」
それを聞くと、腰かけていた者は野太い声で呟いた。
「参集率は良い。問題は、役に立つかどうかだ!
ここ最近、死肉祭は人間に対して打撃を与えられておらんではないか。聖者落としのダンジョンマスターめ、すっかり腰が重くなりおって。
どうせここで集めた支援も、美王への貢物になるのであろう?」
腰かけていた者は、刃のような鋭い鉤爪の指をトントンと膝に打ち付けた。もっとも、その爪は剛毛に阻まれ、自身を傷つけることはないが。
横から小さなため息が漏れ、もう少しマシなニュースを告げる。
「いえ、今年は死肉祭に影響しそうな要素がもう一つ。
死肉祭で戦う学園都市リストリアの近辺にあるもう一つのダンジョンが、10階層を超えて招待先に含まれました。
場合によっては、使えるかと」
それを聞くと、腰かけている者は軽く驚いた声を上げた。
「ほう、あそこが!
あそこは百年以上にわたり成長が見られず、それどころか人間どもに糸を売り渡していると聞いていたが……何かあったのか」
「は、詳しい事は分かりませんが、ここ数か月で急成長しております。
その直前にマスターが変わっており……人間です」
その報告に、腰かけていた者は何もかも引き裂きそうな手で顔を覆った。
「……ついに人間に乗っ取られたのか。
それで、どうする?成長する前に潰すか?それとも誘惑できそうならば……」
頭を悩ませる主に、横から柔らかな声がかかった。
「大丈夫ですよ、教会の味方という訳ではなさそうです。新たなマスターはこちらの呼びかけに応じ、参集中です。
もう少しで、こちらに現れるかと」
「ほう!!」
腰かけていた者は、金色で横長の瞳をした目をぎょろんと見開いた。
吊り上がった口元に、太くとがった牙がのぞく。
彼もまた、求めていたのだ……このいろいろと停滞した魔王軍に、何でもいいから一石を投じてくれる存在を。
その期待に応えるように、広間の方がワッと騒がしくなった。
彼はその新たなマスターを見極めるように、金の目に力を籠め、耳をそばだてた。
あまりシナリオが進みませんでしたが、三連休なのでできればもう1回月曜日に投稿します。
最近のなろう系では魔王は美女か幼女かイケメンが多いですが、この話ではどうでしょうか。
作者にとって、権力と容姿を兼ね備えてハーレムを作るような奴は、非モテの嫉妬で滅殺対象となります(すぐ死ぬとはいってない)。
次回から、魔族側の新キャラが一気に増えます!