44.ダンジョンの楽園
新章開始で、まずはダンジョンの現状から。
ユリエルが調査隊を追い返した後改造し、ダンジョンはどうなっているでしょうか。
そして、それに対する仲間の感想と、ユリエルの本心も。
ダンジョンは万能、しかし本当に欲しいものがあるとは限らないという……。
「ウェーイ乾杯!!」
「乾杯!!」
温かな太陽とのどかな風の中、にぎやかな声が響く。
そこは、木々に囲まれた花咲き乱れる広場だった。花に負けじと、美しい蝶と妖精たちが飛び回る。
まるでおとぎ話の妖精の国のような、可愛くてメルヘンな場所。
ただしそこに座るのは、全く可愛くないワークロコダイルたちと、可愛いというより妖艶な女郎蜘蛛。
そして上座には、ここの主たる、純白のローブをまとった破門聖女がいた。
「うふふふ、万事順調~!
虫たちの楽園もできたし、階層もついに10いったし……だいぶ理想の城に近づいて来たぞぉ~!」
ユリエルは、上機嫌で果物をつまんでいた。
みずみずしく香り高い桃、スモモ、リンゴ、ナシ、野いちご……全て、このダンジョン内で採れたものだ。
妖精たちの協力で、地上のものよりも美味しくなったかもしれない。
ダンジョン内には設定しない限り、季節の概念がない。植物はダンジョンの力を吸って花を咲かせ、実をつける。
そのため、本来時期が違う果物が同じ時期に食べ放題だ。
おまけに、いろいろな季節の花が同時に咲き乱れている。その圧巻の華やかさは、不自然ではあるが、ゆえに超常の魅力を放っていた。
美味しい植物ときれいな植物と、虫と妖精があふれる世界。
ここはまさに、ユリエルの理想の世界だ。
「はぁ~……暑くも寒くもないし、住み心地が最高だ!
地上にいたら絶対こんな暮らしできないもんな、ダンジョンの力様様だよ!」
「……あたしはダンジョンの力があっても、できなかったけどね」
すっかり悦に入っているユリエルに、オリヒメが突っ込んだ。
ここ最近人が来ないので、今のうちにと一気にダンジョンの強化を進め、できることを一通り確認して気づいたことがある。
ダンジョンの力は、ほぼ万能だ。
戦い守るものだけではなく、生活用品や宝物すらもDPで買える。
DPさえあれば、たいがいの願いは叶えられる。
美味しいものが食べたい、上等な酒が飲みたい、可愛いモンスター娘に囲まれたい、ぜいたくな調度品に囲まれて暮らしたい……。
その願いの全てが、DPさえ払えば叶えられる。
ただし、逆にDPがなければ何もできないということだが。
「すごいわね、これ……至れり尽くせりじゃん。
ただ、欲望を自制できないとあっという間にDPを使い切っちゃいそうだけど」
幸い、ユリエルはきちんと我慢できる人間だ。
それに恵まれて足るを知らないティエンヌたちと違い、ユリエルの望む楽園はそこまで金のかからないものだった。
やったことといえば、配下の魔物が外で探せなかった果物の種をちょっと買い、DPと妖精の力で成長促進したくらいか。
後は防衛のための実用を兼ねた階層と組み合わせるだけで、簡単に楽園ができた。
DPは前の討伐で稼いだのがまだ残っているし、ワークロコダイルたちも日々供給し続けてくれている。
前の討伐でワークロコダイルの女子供も少しレベルが上がったため、そこから得られるDPは想定より増えた。
ユリエルはそれを上手く配分して、防衛力と趣味を両立したダンジョンを作っていた。
「はい、焼きキノコお待ち~」
半人半虫の少女ミーが、美味しそうに焼けたキノコを給仕してくれた。
「おほぉ~これだよ!この体だから好きなだけ食べれるヤツ!」
ユリエルはホクホク顔で、涎を垂らしてキノコを見つめた。これももちろん、ダンジョン内で採れたものだ。
聖衣のような純白でリングのある柄に、鮮やかに赤く、白い綿切れのようなものがついた傘。
おとぎ話の森の中に生えていそうな、メルヘンできれいなキノコ。
ベニテングダケ……有名な毒キノコである。
……が、美味しい。毒があっても、味を知ればまた食べたくなる。
そのためユリエルは食べながら自分を解毒して、マリオンは自慢の毒耐性で、対処できる量を守ってキノコパーティーに加えていた。
しかし、もうユリエルはそんな心配をしなくていい。
何といっても、毒無効になったのだから。
ユリエルは、目を輝かせてキノコをタレにつけ、かぶりついた。
「ふおおおぉ~!!絶品!!
もう魔力の残りを気にせず食べられるもんな。地上に出られなくても、これがいつでも食べられると思えば」
ユリエルは、キノコが年中はびこる階層も作っていた。
ここに行けばいつでも美味しいキノコが採り放題、そして侵入者を葬り去る毒キノコも生え放題である。
ユリエルはキノコに舌鼓を打ちながら、ミーに尋ねる。
「キノコたちの魔物化は、どんな感じ?」
ミーは、いたずらっ子のような笑顔で答えた。
「うふふ!近くを人が通ったら眠りや毒効果のある胞子を噴き出す子たちなら、もうけっこういますよー。
でも、足が生えて歩くようになるのはまだかな。
あと人に寄生するタイプは、できたけどまだ強くないです」
「そっか、順調だね」
ユリエルはふとワークロコダイルたちの方を向き、注意した。
「あーみんな、そういう訳だから、配下になった奴以外はキノコの森に行かないでね。
下手にキノコに手を出すと攻撃されて動けなくなったり、最悪苗床にされて体中菌糸だらけになって死ぬわよ」
すると、生意気そうに言い返す子がいた。
「キノコナンテ、食ワネーヨ!俺タチガ何食ウカ、知ラネーノカ?」
それに、ユリエルもチッチッと指を振って返した。
「甘いわねぇ、触るだけで毒に侵されるキノコもあるのよ。あんたみたいに油断してる馬鹿がやられるように。
てゆーか、これも外から生えるところの土を持ってきたんだけど……知らないんだ?」
それを聞くと、子ワークロコダイルは思わず目をしばたいた。
そして、不安そうにシャーマンにすがりつく。
「婆サマ……」
「ああ、ユリエル様の言うことが正しいよ。
おまえたちは湿地の外のことを知らない、おまけにここはあたしも知らないことだらけのダンジョンだ。
一人前になって配下になるまでは、ここより下に行くんじゃないよ」
シャーマンに厳しく言いつけられて、子供は怯えたようにうなだれた。
「ゴメンナサイ……」
「分かればいいのよ。
そもそも、今日は情報共有も兼ねてパーティー開いたんだし」
ユリエルは、集まった仲間たちを見回した。
旗揚げからずっと支えてくれるオリヒメ、仲間にしてうまくやっているシャーマンたちワークロコダイル、そして人の魂を合成して作ったレジンたち。
今日は、皆にダンジョンの現状を発表するために集めたのだ。
「ふふーん、結構広くなったから、どこに何があるか知っといてもらわないと!
さあ聞け、これが私の城だ!!」
ユリエルは、嬉々として作り上げたダンジョンの説明を始めた。
名前:虫けらのダンジョン 深さ:10階層
ダンジョンマスター:ユリエル(人間、ヒーラー)
ダンジョンボス:レジン(クリムゾンキャップ、狂戦士)
1階層(3エリア)2階層(3エリア)3階層(3エリア):虫の洞窟フロア
虫たちに地面を掘らせて作った、複雑な迷路のフロア。4階層で一度折り返してからはアスレチックのような難路となり、もう一度1階層で折り返してからは熱病持ちの蚊が放たれている。
罠も豊富で、時間稼ぎと敵を消耗させるのが主な目的。
4階層(2エリア):峡谷、洞窟の川フロア
一回目は峡谷を、二回目は洞窟の川を通る。二つのエリアは実はつながっており、洞窟の川に流されると峡谷に戻される。どちらも足場が悪く落水しやすいうえ、洞窟の川には鉄砲水を流すことができる。
敵を落として溺れさせたり分断したりする他、濡らして体や荷物を重くして足を鈍らせるためのフロア。
5階層(2エリア):湿地フロア
湿った草原と沼地が混在する、足場が悪くぬかるんだフロア。下へ行くルートから少し外れた大人の胸くらいの水場を通らないと行けない場所に、ワークロコダイルの集落がある。水生昆虫の魔物が多く、一度ハマると容易に抜け出せない底なし沼が点在する。
実は元6階層、強毒の殺虫剤をまかれたので入れ替えた。
6階層(1エリア):毒沼フロア
環境としては5階層と同じだが、水が毒に侵されている。この毒はギルドの調査隊が大量にまいたものをそのまま使わせてもらった。虫がほぼいない代わりに、ポイズンフロッグやハードバイパーなど毒を持つ虫以外の魔物が多い。
人間どもよ、自分たちが持ち込んだ毒に沈むがいい。
7階層(1エリア)8階層(2エリア):恵みの森フロア
木が生い茂り、時折花が咲き乱れる広場があるのどかな森。果樹がたくさんあり、食糧を補給できる……が、妖精や植物の魔物や森の虫の巣窟であり、無事手に入れられるかは別の話。8階層の迷いの結界を抜けた先に、妖精の集落がある。
ようやく安定して野営できる環境だが、安眠できるかは別の話。
ケッチとミーがいつも暮らしているのはここ。今パーティーしているのは8階層。
9階層(1エリア):キノコの森フロア
湿った薄暗い森に、キノコ、カビ、粘菌が大量にはびこっている。無毒で美味しいキノコも多いがもれなく毒キノコが混じって生えており、食べたり胞子を浴びたりすると様々な状態異常を起こす。寄生菌もいる。
即効性のある攻撃に欠けるが、食糧や水を腐らせる環境攻撃でもある。これから先ダンジョンがもっと長くなった時、さらに価値を発揮するだろう。
10階層(1エリア):湖沼の森フロア+コアルーム
森と水場が入り混じる、下層階の環境(毒沼以外)の詰め合わせのような場所。コアルームにつながる広場は水に囲まれており、ワークロコダイルとレジンが力を合わせて最終防衛できるようになっている。
レジンの本来の居場所はここ。
今はここが最深部だが、これからもっと深くなる予定。
「……という感じになってるのさ!」
ユリエルは、ドヤ顔で説明を終えた。
周りの仲間たちが、やんややんやと拍手で称えてくれる。みんな、ユリエルが作ったこのダンジョンを気に入っているようだ。
「森や湿った場所が多いのは、虫たちにありがたいねえ。
特にあたしたちクモにとっては、糸を引っかける場所が多いだけで戦いやすさが全然違う。
それに、虫は土や木や草に紛れる子が多いから……奇襲がかけ放題だよ!」
オリヒメは特に、ユリエルのダンジョンを手放しでほめていた。
ここが虫を優遇するダンジョンであることもあり、ユリエルは虫たちの暮らしやすさを考えてダンジョンを作ってきた。
できるだけ虫たちが増えやすく、そして戦いやすいように。
なので虫ベースのオリヒメ、ケッチ、ミーにとってここは天国だ。
外から連れて来て魔物化した虫たちも同じようで、豊かな森や湿地で、虫たちは急速に数を増やしている。
今はまだ広さの割に魔物が少ないが、行き渡るのも時間の問題だろう。
ワークロコダイルたちにも、湿地と峡谷はおおむね好評だ。
シャーマンが、感慨深そうに言う。
「わざわざ地上と似たような湿地と川を、本当にありがとうよ。
ダンジョンへの引っ越しと聞いて不安な子も多かったが、ここは今までとあまり変わらなくて、皆安心して過ごせてる。
いや、峡谷に遊びに行ける分、前よりずっと楽しく暮らしてるよ。
働ける場所を作ってくれた分、有事には全力で地形を味方につけて戦うさ!」
ただし、気に入らないフロアもあるようだ。
戦士の一人が、顔をしかめてぼやく。
「ソレニシテモ……毒沼ハネエヨ!
セッカクノ水場ナノニ、シカモアンナ人間ノ作ッタ毒ナンカマイテ!俺ラガアレデドンダケ苦シンダカ!」
ワークロコダイルの一部は、集落移動の原因となったあの殺虫剤が使われていることが気に食わないらしい。
だが、シャーマンは冷静になだめた。
「忘れたのかい?あの毒は人間にも効くんだよ。
それに、あたしたちはいつでもユリエルに予防薬や解毒剤をもらえる。むしろ、人間どもを思いっきり毒に沈めてやれるじゃないか!
そいつが死んで食べる時も、解毒してもらえるしね」
そう言われると、その戦士はバツが悪そうに引き下がった。
しかし、納得できない顔で呟く。
「デモヨ……時々、仲間ノ虫タチモアソコニ突ッ込ンデンジャネエカ。
イジメタラ、カワイソウダロ!」
その言い分に、ユリエルは少しだけ辛そうに眉根を寄せた。
「そうね……その時死んでしまった虫たちは、かわいそう。でもその代わり、生き残った子たちの子孫はどんどん毒に強くなっていく。
そうして毒を浴びても死なない一族になった方が、繫栄すると思わない?」
ユリエルは毒沼フロアを、虫たちに殺虫剤への耐性をつけさせる選択淘汰の場としても使っていた。
少し毒耐性を付与した虫たちの数が増えると、毒沼フロアに放り込んで選別する。そして生き残った虫同士を掛け合わせる。
その結果、毒沼フロアでも生活できる蚊が発生した。
他の虫たちも、だんだんそうなっていくだろう。
「いくら数を増やしても、人間たちに同じ殺虫剤をまかれて全滅するようじゃ話にならない。
私は、ダンジョンの存続と彼らの生存のためにそうしているのよ。アリやハチの巣が、群れの存続を最優先するのと同じ。
……あなたたちにまで強制はしないから、安心して」
ユリエルの目には、ある種の覚悟があった。
たとえ多くの虫たちが耐えきれずに死んでいくのを見ても、ダンジョンのためになるなら迷わずやる。
いっそ冷酷なほどの、未来のための優しさ。
楽園の中に挟まった毒沼フロアは、そんなユリエルの心中をそのまま映したようだった。
そんな中、一人だけユリエルにダメ出しをする者がいた。
「甘いな、全体的に過ごしやすい気候の場所が多い。これじゃ、侵入者に元気でいろと言っているようなものだ。
もっと暑すぎたり寒すぎたり、迷いの砂漠とかもつけるべきだ」
殺意の高い発言をするのは、レジンだ。
「ぐぬぬ……でも、それやると虫にも過酷なのよね」
「虫じゃなくて、妖精とか他の魔物を使えよ。それと、もっと環境自体によるダメージを考えた方がいい。
もう少し深くする余裕はあるんだろ?」
「うーん、でもその余裕は森フロアの拡張に使いたいのよ。
迷いの森って、広ければ広いほど効果を発揮するからさ……そこのエリアを増やす方にDPを使いたいのよ」
「……一理はあるな。
ただ、俺の案の方が殺傷力は上がると思うが」
レジンは元々修羅のようなレジスタンスであったため、人間を効率的に攻撃する方法をユリエルより広く知っている。
ゆえに、趣味に走りがちなユリエルに辛口な指摘をすることが多々ある。
ただし、ユリエルも現状からいかに伸ばすかということは考えている。
ダンジョンは階層を増やすだけでなく、階層の中でエリアを増やして横に広げることもできる。
その1エリアの広さが、2キロ四方くらいだ。
つまりそれを二つつなげただけだと、迷わせやすいフロアでも効果が限られてしまう。5階層と8階層が今、広さによって性能を限られている状態だ。
ユリエルは、次の拡張ではまずそこを広げたかった。
「……限られてるからこそ、いろいろな環境で敵を弄んだ方がいいと思うがな。
主のためのお花畑は、後回しでいいだろ」
「それは……確かに、私が楽しいからってのはあるけどさぁ!」
ユリエルの声が、ついやけっぱちになった。
「何よ……私だってたくさん失ったのに、限られた中で楽園を求めるのも許さない訳?」
ユリエルの口調が、責めるように変わる。
「地上に出られなくなって、昔の仲間とのお食事もできなくて、懐かしい場所にいくことすらできなくなって!
それでも自分を癒すのに少しも使っちゃダメって?
……私だってねえ、解決の方法があるなら、脇目も振らずに頑張るわよ!
でも、今の状況と手札はどうなの?それでどうやって私の純潔を認めさせて冤罪を晴らせるのか、言ってみろ!!」
ユリエルはついに、レジンを怒鳴りつけた。
ユリエルだってできるならば、解決に全力を尽くしたい。だがその方法が分からず、できることといったら侵入者を殺すくらい。
ダンジョンの力でできることを見ても、解決法が浮かばない。
強い力を得れば、洗脳や精神汚染である考えを信じさせることはできる。ユリエルの処女を、鑑定し目に見える形で示す道具も手に入れられる。
しかしそれも、インボウズに届かず末端の人が処刑されるばかりでは意味がない。
先が見えないから、今の癒しがないとやっていられないのだ。
レジンも、おぼろげに思い当たる事があったのだろうか……唇を噛みしめて謝った。
「すまん、主の気持ちも考えずに。
申しわけないが、俺にもいい考えは浮かばない」
「……いいよ、あんたのせいじゃないし」
みじめな顔で謝り合うユリエルとレジンの姿に、周りの皆の心も痛んだ。しかしだからといって、できることはユリエルを守る事くらいなのだ。
楽園ができても万能の力があっても、ユリエルの本当に渇望するものは手に入らない。
その虚しさが、何よりユリエルの心を軋ませていた。
その時、オリヒメが何かに気づいた。
「ん……ダンジョンコアに、何か届いてるよ。
魔王軍集会の、招待状!?」
「ファッ!?魔王軍!?」
ユリエルは、ついすっとんきょうな声を上げた。魔王軍といえば、邪悪の権化であり人類と信仰の敵ではないか。
だがユリエルには、一つの突破口に見えた。
今の楽園にはない答えがあるかもしれないと思うと、ユリエルは自然と手を伸ばしていた。
ベニテングタケ:有名な毒キノコ。本当に美味しいらしい。以前、父の友人のキノコ名人が少しだけなら大丈夫だからとか言って持ち帰っていた。
ユリエルの本当に望むものを求めて、ついに人類の敵に手を伸ばします。
魔王軍とは、そしてそこで出会う者たちとは。