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虫愛でる追放聖女はゲテモノダンジョンの妖精王となりて  作者: 青蓮
第1章 ダンジョンマスターへの道
3/115

3.行くあてなんて

 今回は背景解説が主な回です。

 ユリエルが信じて学んでいた聖女育成学園は、本当はどういう場所だったのか。皆が認識していないだけで、被害は連綿と……。


 そして、虫大好きと非モテが極まって助かったユリエルの男からの評価はいかなるものか。

 男「これはひどい(怖い)」

 夕日が街道を照らす中、ユリエルは学園都市の門をくぐった。

「お疲れ様です」

 衛兵に軽く頭を下げて、外へと踏み出す。

 徒歩でこんな時間に外へ出ようとするユリエルに衛兵は気遣うような言葉をかけ、学園に戻るよう促したが、ユリエルは軽く辞退して外に出た。

 これが本心からユリエルを思う言葉である訳がない。

 要するに、早く降参して牢に入れというのだ。

 そしてその牢に入ったら自分はどうなるか、さっきのギルドでよく分かった。ならばそれがどんなに甘い言葉でも、流される訳にはいかない。

「あーあ、これ後で捜索するヤツか?」

「いや、まだ一週間ある。

 二、三日は意地張ってても、生きてけないって分かりゃ戻ってくるさ」

 後ろから、衛兵たちのそんな会話が追いかけてくる。

 結局、ユリエルは泳がされているだけなのだ。破門したうえで自由にさせる気なんて、上から下までどこにもない。

 他で生きられるものなら生きてみろと、悪魔は笑いながら大口を開けて待っている。どうにもならぬ状況に心折れた犠牲者が、絶望して戻って来るのを。

 だが、ユリエルは決してそうならないと心に決めた。

 そしてそれを実行すべく、闇に覆われていく街道に踏み出した。


 ただ一人街道を歩きながら、ユリエルはとりとめもなく考える。

(まさか、私がこんな目に遭うなんて……)

 今自分が世の敵である破門者になったなどと、まだ信じられないし信じたくない。だが、ほんの半日もしないうちに現実は押し寄せて来た。

 何かの間違いかと思って祈ってみても、黒くなった聖印章は何も応えてくれない。

 改めて、神に見捨てられたのだと実感する。

(私、そんな悪い事したかな……?

 いや、神や教会上層部にとって、見習い聖女なんてこんなものか)

 今年の春に聖女と認められ、聖印章のついたローブと神の加護を受けた時は、それはもう嬉しくて誇らしかった。

 実力と努力が認められたと、舞い上がったものだ。

 しかし、神や理事長たちにはそんなもの二の次だったようだ。

 実力も足りないし努力する気もないお偉いさんの娘を聖女に据えるために、切り捨てる程度にはどうでもよかった。

 そしてそれは多分、ユリエルだけではない。

(そう言えば去年も一昨年も、夏ごろから何人か破門されて消えていった人がいたっけ。みんな、身分の低い人ばっかりだった。

 あの人たちも、きっと……)

 自分がこうなってみて、初めて気づいた。

 毎年見習い聖女の中から、実力以外の理由で脱落していく人がいたことに。

 どこか遠くへの任務で、学園を去った者。どこかの男と契りを交わし、寿退学していった者。そして、突然重い罪が発覚して破門された者。

 その後には、高官や高位聖職者の娘が聖女に収まった。

 まさかこんな裏があったと思わなかったユリエルは、理事長たちの発表を鵜呑みにして、悪い奴がいるもんだと破門者を責めていたが……。

(何だ、私も私を裏切った奴らと同じじゃん!

 陥れられた先輩たち、ごめんなさい!!)

 思い出すと、自己嫌悪に襲われた。

 自分のその先輩たちの時には、何も知らず手を返す側に回っていたのだ。あるいは自分は今、その報いを受けているのかもしれない。

 そして次は、ついさっき自分を憎み見下した子たちが……。

 そうして連綿と続いてきたものを思うと、涙が出そうになった。

 だが、今は泣いている時ではない。犠牲者がいくら悔いて泣いたって、この理不尽な謂れなき断罪は終わらないのだ。

(私は知ることができた……すぐ捕まらずに、ここまで来れた!

 だから、できるのなら……必ず、止めてやる!!)

 それが自分にできる償いだと、ユリエルは思った。


 しかし、だからといって反撃の道などそう簡単に見えるものではない。

 今のユリエルは、生きるための実入りも立場も住処も何もかも奪われてしまった。安全な寝床も、食いつなげるあてもない。

 破門者を助けようとする者などいないし、仕事をくれる者もいない。

 教会の力が弱まる土地まで、逃げ延びる術もない。

 反撃どころか、少し先をまともに生きることもできないのだ。ちょうど今闇の中を行くように、行くあても未来も何も見えない。

 何の罪もないのに、お天道様の下を普通に歩けない。

 そのことは、都市を出るまでに嫌というほど思い知らされた。

 道を歩いているだけで、罵声を浴びせられ、物を投げられる。手に潰れたゴキブリをつけたままでなければ、何をされていたことか。

 都市を出る前に手を浄化して店に入ってみたが、物を売ってもらえない。

 じゃあ着替えればいいじゃないかと思うかもしれないが、それもできない。

 なぜならユリエルは今、聖女のローブ以外まともな服を持っていないからだ。

 どうしてそうなったかと言えば……。

(ティ~エ~ン~ヌ~!!

 まっさかあれが破門の下準備だったなんて!!)

 ユリエルは元々孤児院出のため、あまりいい服を持っていなかった。それでもたまには普通の服を買ったりしたのだが……ティエンヌのいじめで破られてしまった。

 その後、ティエンヌはユリエルに代わりの服を届けてくれたのだが……。

「はい、聖女のローブ。

 感謝しなさいよ、あんたの服よりずっと高いんだから!」

 見事に全部聖女のローブだった。

 確かに高価だし品質はいいので、それでいいかなと思ってしまった。何より、聖女のローブさえあれば日常でも戦闘任務でも公式の場でも事足りる。

 男にモテるにも聖女のステイタス以上のものはないとささやかれ、元々服装にあまり興味がなかったこともあり、気づいたらそれしか服がなくなっていた。

 破門されたらその証から逃れられない、その服しか。

 つまり、一時的に人目をごまかすこともできない。

 きっと今頃、ティエンヌたちは手を叩いて笑っているだろう。こんな罠に無様にはまってしまったことが、悔しくてならない。

 悪い奴らはこうして陥れた者の道を徹底的に塞ぎ、さらに弄ぶのだ。

 自分たちにすがるしか生きられなくして、いいように貶めるのだ。


(……あいつらのいいようになんて、絶対にされたくない!

 ありもしない邪淫の罪を着せられて、後からそれを本当にされるなんて……)

 理事長やギルドマスターの言う優しさにすがったらどうなるか……想像するだけで、ユリエルは身震いした。

「君がその顔で犯されるの見たい人は、たくさんいると思うんだ~」

「僕もたっぷり可愛がりに行ってあげるからさ!」

 この発言から察するに……ほぼ間違いなく娼館送りだろう。

 行けば、これまで汚されずに守ってきた体を、男の邪淫のままに踏みにじられる。

 むしろ、この処女を競売にでもかけられるのかもしれない。そして売った金は、当然のように陥れた奴らのもの。

(有り得ない!それだけは何としても嫌!!

 私は、そんなことのために守ってきたんじゃないの!!)

 男にモテたいユリエルではあるが、こんな形で処女を奪われるのはごめんだ。

 ユリエルは女として見てほしい気持ちももちろんあるが、誠実に自分を愛してくれる人と温かい家庭を築くのが夢だ。

 男なら何でもいい訳では、決してない。

 あまつさえ、自分の人生も尊厳もブチ壊したあげく、性欲処理の商品としか見ていない男どもに屈するなど……どう考えても願い下げだ。

 しかも、こいつらのせいで自分は普通の恋愛の道を断たれたのだ。

 恨み骨髄に達するとは、まさにこのこと。

「絶っっ対に、復讐してやる!!

 あいつらから全部奪いつくして、二度と女に相手にされなくしてやる!!」

 真っ暗な街道でただ一人、ユリエルは憎悪のままに呟いた。

 その顔は幸いにして誰にも見られることはなかったが、一目見ればどんな男も逃げ出すであろう地獄の悪鬼の形相であった。


 とはいえ、ユリエルには復讐のために身を寄せる場所がない。

 それでも、一応味方と呼べるものはいる。

 人間では、ないけれど。

「本当に君たちと生きることになりそうだね」

 ユリエルは、腰から下げているいくつもの袋に手を添えた。その中では、今も小さな味方たちがゴソゴソ動いている。

 種類によっては、捨て駒と言えなくもない。

 この袋の中には、ユリエルの命綱とも言える虫たちが入っているのだ。

 学園でティエンヌたちから助けてくれた、マイマイガの幼虫。冒険者ギルドで汚らわしい男どもから救ってくれた、ゴキブリ。

 実は冒険者ギルドでユリエルが叩き潰したゴキブリは、ユリエルが元々持っていたものだ。

 ゴキブリを素手で叩き潰して見せることが不埒な男避けに素晴らしい効果を発揮すると、ユリエルは前々から知っていた。

 だから、自分を下種な目で見て金や権力で手に入れようとする相手の前でそれをやるのは、ユリエルの自衛の常とう手段だ。

 男どもは誠に身勝手なもので、だいたいゴキブリは嫌いで退治してほしがるくせに、自分が抱く女にそんなものに触れてほしくない。

 時々ゴキブリ自体は平気な男がいても、ゴキブリが大嫌いな他の女に嫌われたくなくて、二の足を踏む。

 こうして『必殺・素手Gショックインパクト』は絶大な威力でユリエルの貞操を守ってきた。

 ……が、反面、ユリエルの非モテの原因にもなっている。

 ユリエルは必要な事を遂行できて誠実であればまっとうな男は評価してくれると思っているが、まっとうな男だって生理的嫌悪感には勝てない。

 家にGが出ると嫁に怒鳴り散らすくせに、嫁がそれを怖がらないと気持ち悪がる。

 そんな男心を解さないのが、ユリエルの敗因であった。

 しかし、ユリエルはこれで今まで身を守れていたため、一概に悪いとは言えない。

 実はユリエルは破門に先立ち、寿退学作戦も仕掛けられていたのだ。もっとも寿退学とは、教会と利益でつながっている富豪や有力者にメイド兼妾として贈って恩を売るとかいう、全く本人のためにならないヤツである。

 だが、ユリエルはその全てを男の方から引かせて回避した。

 先ほどの素手Gショックに加え、時に虫を可愛がりつつも必要とあらば容赦なく潰す二面性が、男を引かせたのだ。

 冒険者がユリエルに手を出そうとしないのも、似たような感じだ。

 いつもは花や虫を愛でて、冒険者仲間にも優しい。この時点で好感を持つ男は、それなりにいる。

 しかしユリエルは、仕事に真面目で効率重視で、向上心が強い。敵に対しては手段を選ばず容赦しないし、戦いが終われば目をらんらんと輝かせて自ら解体のナイフを振るう。

 苦戦したりして気が立つと、仲間に対してもサバサバしたを通り越して荒っぽい言動が出ることがある。

 そうなると、男の中の可愛く清楚な聖女像が壊れる。

 どっちのユリエルが本当なのかと、不気味に思われる。

 結果、ユリエルは真面目に頑張るほど男にモテない。

 そうして頑張って貞操を守り聖女として粘り続けた結果、破門されて娼館送りにされそうになっているのは、全く笑えない皮肉であるが。


(もういいや、男なんて……いや人間なんてあてにならない)

 ユリエルは、男への未練を断ち切るようにそう思う。

 どんなに誠実に仕事をしたって、待っていたのは謂れなき断罪と何の根拠もない排除。人間なんてこんなもんだ。

 だったらもう、自分が頭を下げる意味も従う義理もない。

 自分を見捨てた者たちがどなろうが、知ったことではない。

 このうえは、復讐あるのみ。

 ティエンヌもインボウズたち教会の腐った奴らも、それになびくギルドのクズ共も、必要とあらば神にすらも。

 ……といっても、どこまでやれるかは分からないが。

(まあ、いいや……やってみるだけだ。

 やってみないと、結果なんて分からない。

 そして誰かが始めないと、次に続く誰かの道しるべすら残らない)

 ユリエルは、零れそうになる涙を押し止めるように上を向いた。

 町から離れた暗い空に、無数の星が輝いている。もし星が人の命を表すなら、あの中のどれだけが理不尽な悪意に負けて流れていったのだろう。

「復讐して……思い知らせてやるから!

 悪い事はたとえ神が許しても、虐げられた人が許さないって!」

 ユリエルは、輝く星々の向こうに広がる果てしない闇をにらみつけた。

 そこに自分という一矢が届くかは、分からない。かすりもしないうちに、焼かれて灰になって散っていくのかもしれない。

 しかし、射なければ決して当たることはない。

 射ればたとえ外れても、同じ目に遭って復讐を目指す者の目印にはなるだろう。

 何より、こういう役目は帰る場所のない者がやるものだ。

「一本目の矢は、元より捨て射ちの覚悟」

 己を納得させるように呟いて、ユリエルは足を止めた。

 目の前には、夜空よりも暗い闇がぽっかりと口を開けている。その闇の奥こそが、ユリエルが迷わず目指していた場所であった。

「今、拠れる場所はない。

 ……だけど、手始めに奪ってやれる場所ならここにあるんだから!」

 ユリエルは天に挑戦するように宣言し、湿った闇に足を踏み入れた。


 と悲壮な決意をしたユリエルではあったが、実は本人の知らぬところで、既に敵から少し奪うことに成功していたのだ。

 インボウズは、理事長室でギルドマスターからの手紙を読んで憤慨していた。

「な、何だよこれは……冗談じゃないぞ!!

 奇行の多い子だとは聞いとったが、ここまでとは!!」

 手紙には、今日ギルドでユリエルが起こした衝撃的なできごととギルドマスターの愚痴がつづられていた。

<確かに処女の聖女だし、見た目は悪くないと思いますよ。しかしねえ……あれはさすがに思い出すと萎えますわ。

 売るつもりならさっさと捕まえて、品質管理はしっかりなさった方がよろしいかと。

 一応競売には参加しますけども、売り出す前にきちんと洗ってくださいよ!>

 インボウズは眉間に筋を立てて、ブランデーがこぼれるのも構わず机に拳を叩きつけた。

「何ちゅうことをしてくれる!!

 人でなしの商品のくせに、勝手に価値を下げるなああ!!!」

 娼館送りにされて処女を競売にかけられるという、ユリエルの予想は大当たりだった。その収益がインボウズたちの財布に入ることも。

 しかし、売るための商品であるからには清潔感が求められる。

 ユリエルはギルドでの素手Gショックにより、生理的嫌悪感でもってインボウズの目論んでいた儲けをかなり吹き飛ばしたのだ。

 こんな汚い系の噂が広まっては、ユリエルの売値は当初予想より大幅に下がるだろう。

 ぐぬぬと唇を噛むインボウズに、神経質そうな側近が告げる。

「申し上げにくいのですが……ユリエルの評判は外の者にもよろしくないかと。

 以前、幾人かの富豪や有力者のハーレムに押し込もうとしたことがありましたでしょう。その時の相手方からも、素手で虫を潰すとか気持ち悪いとか気が知れないとかいうコメントが届いております。

 もしや、他でもやったのでは……」

「何だと!?あいつらは地下娼館の得意先だぞ!

 妙に断られると思っとったが……そういうことか!!」

 残念ながらそういうことである。実力のある非モテをなめてはいけない。

 インボウズは学園内でユリエルを捕まえられなかったことを激しく悔いたが、もう後の祭りだ。

 そもそも普通の神経の子であれば大半は学園内で追い詰めて捕まえられるし、生活できなくなって折れて戻ってくるまでにもこんな事はしない。

 だから、今回もそれでいいと思っていたのだ。

 しかし、歯噛みするインボウズに太った側近が進言する。

「なに、洗えば食える。

 何なら、洗うのを余興にして稼げばよろしい。

 聖水の水溜で拷問水車に張り付けて回すとか。後は洗浄液で溶ける服を着せて、客に洗浄液を買わせて水鉄砲でかけさせるとか」

「それだ!!」

 少しでも稼ぎを取り戻せそうな提案に、インボウズは落ち着きを取り戻した。

「さすがゴウヨック君、君の発想力は素晴らしい!

 オニデス君も、見習いたまえよ。悪い報告を上げる時はその対策も必ずセットにして持ってくること、分かったかね!」

 太った側近……ゴウヨック・ファットバーラ司教は、ドーナツでふくれた丸い顔をニコリとほころばせた。

 逆に神経質そうな側近……オニデス・ラ・シュッセ大司教はさらに眉間のしわを深くした。

 二人とも、娘は聖女候補であり、ユリエルを虐めたティエンヌの取り巻きである。つまり、彼らも復讐対象だ。

 しかし三人とも、他から奪うことに夢中になりすぎて、やり返されることなど微塵も考えていなかった。

 この胸算用の損が地獄への坂道の始まりだと、気づく者は誰もいなかった。

 作者の非モテエピソード

・毛虫を満面の笑顔で愛でた後に、男の視線に気づいて「退治しなきゃ」と即踏みつぶす

 二面性で非モテ度が倍増である。

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