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29.Gの炎獄へようこそ

 さあ、みんなの大嫌いなあの虫が大活躍だ!

 黒光りして触覚が長い、キッチンとかによく出る例の虫!

 そのままでは弱い虫ですが、ユリエルはどのようにこれを運用するでしょうか。ワークロコダイルとの戦いのときに、既にその片鱗を見せています。


 その死に様を詳しく想像してはいけない!

 あくまで、ざまぁだ。いいね?

「何ぃ、ユリエルを発見しただと!?」

 もたらされた朗報に、将軍はようやく弾むような声を上げた。

 この戦いが始まってから、どんどん人を突入させても戻って来る者は負傷者ばかりで、そのくせ戦果は見つけられすらしなかった。

 戻った者に話を聞くとどうやら損耗が激しいようで、こんなはずじゃなかったのにと慌てていた。

 最悪、損切りしてもっと強い奴を揃えてからの方がとも思い始めていた。

 ……が、標的がきちんと見つかったなら話は別だ。

「それで、どこで発見した!?

 今、どんな状況になっているのだ!?」

 早口で質問する将軍に、伝令は伝えた。

「二階層奥の広場のような場所で、報告にあった狙撃窓から毒矢を射たり虫を回復したりして抵抗しています。

 部屋の途中に土壁があり、少数での突破が難しいため、ダンジョン内の兵を集めてから大攻勢をかけるとのことです!」

 それを聞くと、将軍はホッとして額の汗を拭った。

「ふう、ダンジョンが深……いや、何でもない!

 魔女が二階層に出張っているということは、その先の防備はろくに整っとらんようだな。浅い部分に全戦力を投入し、早々に心を折ろうとしたか。

 だが、その手には乗らん!

 追加の兵も突入させるから、早々に追い詰めて鉄槌を!!」

 これならいけそうだと考え、将軍はさらなる進撃命令を下す。

 鑑定官と審問官にも、ついに声がかかった。

「できそうなら魔女に尋問を行うため、ご同行願います。

 貴方のことは最優先で守りますゆえ」

 鑑定官と審問官は不安そうに顔を見合わせたが、行かない選択肢はない。所詮下っ端は、上の言う通りに動くだけだ。

「承知した。だが、退路の確保は怠るなよ!」

 それぞれの命とも言える魔道具を手に、二人はぼやく。

「ハァ……将軍の言った通りだといんだがねえ。このチンケな鑑定具じゃ、敵の配置や階層ごとの広さは分かんねーんだよ。

 おまえのヤツで魔女の言うことを聞けば、予測はできるか?」

「ああ、この真偽を見抜くヤツな……これもそこまで質のいいヤツじゃないんだよ。

 たとえ一部だけを切り取った話でも、そこだけ真実なら真って出るからな。俺が質問させてもらえりゃいいが、おそらくは……」

 渋い顔で審問官が見つめる先には、一人の妙に気合の入った中間指揮官がいた。

「うおおおぉ!!ついに、偽りの魔女が現れたか!

 一月前はダンジョンを守れたと思ったのに、ひっくり返しやがって!あの時の真実を必ず明かし、償わせてやるぞおぉ!!」

 こいつは、一月前アラクネの救援要請に応えてダンジョンの無事を確認した指揮官である。

 しかしユリエルがダンジョンを占拠したことで、あの時本当にダンジョンは無事だったのかと相当問い詰められたらしい。

 実はあの時、ユリエルが潜んでいたのを見落としたのではないかと。

 そのためこの指揮官は、自分はきちんと仕事をしたはずなのに騙されたと相当怒っている。

 必ずここで真実を明かしてやると、頭を沸騰させている。

「さあ審問官、共に真実を白日の下に晒すのだ!

 尋問するのは俺だぞ、いいな!?」

 こういう状態の奴に任せると、敵が姦計を得意とする魔女だからこそ危ういのだが……抜きかけた刃を見せられては何も言えない。

 討伐軍は教会内の統率すらろくに取れぬまま、暗い穴に吸い込まれていった。


 ユリエルは、二階層の広場で敵が動き出すのを待っていた。

 二階層の広場は中央に高さ1メートルほどの土壁を築き、分かりやすく防衛線に見えるようにしてある。

 そこから時々石ムカデが大顎を出してカチカチと打ち鳴らし、天井付近にはアサルトビーがとまって敵を見下ろしている。

 討伐軍はさっき一度突撃してきたが、今は大人しくしている。

 魔法や魔石を撃ち込んでダメージを与えたうえで突破を図ってきたが、ユリエルがエリアヒールですぐ傷を癒すのを見て一旦退いた。

 今の火力では足りないと判断したのだろう。

 それからは通路の地面をならしながら、もっと数が集まるのを待っている。

(さすがにここまで来るだけあって、馬鹿じゃないわね。

 地面をならしているってことは、ここに拠点を作るつもりかしら?……うーん、計算通り!)

 ユリエルが静かに待っていると、討伐部隊はどんどん増えていく。

 ユリエルの方も、一階層と二階層の迷路に展開していた虫を引き上げさせて再配置している。

 敵が時間をくれるから、こっちだって効率的な運用ができるのだ。

 しばらくして、討伐隊はにわかに部屋になだれ込んできて陣形を組んだ。さすがに、よく訓練されている。

 そこから、顔中シワと筋だらけにした男が飛び出してきて叫んだ。

「おのれ魔女め、貴様いつからダンジョンに潜んでおった!?

 あの時ダンジョンが無事だったのは、騙したのか!!」

 その言葉で、ユリエルはこの男があの時アラクネと話した指揮官だと気づいた。

(あらあら、これは責任取らされそうになったかしら?

 でも私を冤罪で破門して追放したことは、インボウズ以外に責任なんて取れっこないのに……馬鹿ね。

 まあこいつも私を殺す気だし、きっちり使わせてもらいますか!)

 ユリエルは、わざと気怠い口調で返した。

「言いませ~ん!

 これから死ぬ強盗が知っても~、意味ないですよねぇ?」

 こちらに手も届かない癖にと、煽ってやる。

 すると、指揮官の顔が面白い様に真っ赤になった。

「ふざけるなああぁ!!

 これから死ぬのは貴様だ!貴様にこそ、死よりも恐ろしい罰が待っておるのだ!その手心を乞うて、あらいざらい吐かんかい!!」

「私が、許しを乞う?……させれるといいですね~!」

 馬鹿にするように見下ろしてやると、指揮官はあっけなくキレて攻撃を開始した。

「魔法兵、前へ!焼き払い、打ち破れえぇ!!」

 たちまち、衛兵たちの前方から数多の魔法が土壁の向こうに降り注ぐ。焼かれ、凍てつき、痺れて、ムカデがのたうちアサルトビーは撃ち落とされる。

 そのうちの何発かは、ユリエルのいる狙撃窓にも飛んできた。

「きゃっ!?」

 ユリエルが悲鳴を上げて身を引くと、それを好機と見て衛兵が突撃してきた。長柄武器の兵が前に出て、ムカデを土壁からはがす。

「行け行け!魔法兵、回復を封じろ!」

 ユリエルが窓から戦況を確認しようとするたびに、矢や魔法が飛来してそれを阻む。その間に、土壁は突破された。

「うん、意外と虫が少ないぞ。

 さては、手駒が切れてきたか!」

「ああっ……もう!覚えてなさいよ!!」

 ユリエルが毒づいて逃げるのと同時に、衛兵たちが怒涛のように土壁を越えた。

 ムカデや足切り虫、大ミミズなどが固まって部屋の出口を守るも、すぐに袋叩きにされて排除される。

 ……当たり前だ。ユリエルは元々、ここに大した数の虫を置いていなかったのだから。

 敵を突っ込ませるには、勝利の予感を与えることが肝心だ。

 衛兵たちの図に乗った歓声を聞きながら、ユリエルはほくそ笑んだ。


 広場を突破した衛兵たちは、勢いに乗ってその先に突っ込んだ。

 すると、道の先の分岐から岩ムカデに乗ったユリエルが出てくるのが見えた。

「いたぞ、魔女だ!」

「うげっムカデ……やはり魔女!」

 ここまでいろいろ虫を見てきた衛兵たちも、巨大なムカデに女の子が乗るという構図はさすがに衝撃だったようだ。

 嫌悪感にぎょっとして、生理的なレベルでいてはならぬと憎悪を燃やす。

 ユリエルは純潔を叫んでいるが、もはやその真偽など差し置いて一秒でも早くこの世から排除したくなる。

「逃げるな魔女め!!」

「虫と一緒に潰してやらああぁ!!」

 衛兵たちは身体強化をかけ、ここぞとばかりにユリエルに追いすがろうとする。

 ……が、三階層のまっすぐな道に入ったところで、その足下が抜けた。

「うわああぁ……べみゅっ!」

 深さ数メートルの、かなり深い落とし穴だ。しかも底には何かが積もっており、地面に手をつくことができない。

「ぶふっ何だこれは!?」

 一見虫のような造形だが、カサカサして中身がない。それと、黒い丸いもの。

 衛兵たちがそれが何かわかる前に、周りからカサカサと音がした。不吉なものを感じて周りを見回し、衛兵たちは絶句した。

「ひっ……!!」

 壁や岩陰から、ぞろぞろとはい出てくる黒光りするもの。長い触覚をヒクヒクと動かし、ぞわぞわと迫ってくる。

「うげええぇ!!」

「あっこら、押すな!……あああぁ!!」

 ついつい避けようとして、他の兵を穴に落としてしまう。そのうえ広場からはまだまだ兵士が突撃して来るため、押されて落ちる者もいる。

 そして穴に落ちると、ビッグローチも一緒に落ちてくる。

「うぼあああぁやめろおおぉ!!!」

 体の上をビッグローチが這いまわるのに、逃げ場がない。

 他の兵士たちは命令通り先を急ぐべく、落とし穴を避けてさっさと進んでしまう。こんなキモいところに長くいたくないので、命に別状がなさそうなら救出は後回しだ。

 それどころか、ちょうどいいゴミ箱ができたと、さらにビッグローチを蹴り落としていく。

「うひぃっ!?てめえら、覚えてろよ!」

 穴に落ちた者たちは、吐きそうな気持ち悪さの中で仲間を恨んだ。

 そして、これを仕掛けたユリエルを恨んだ。こんなにGまみれになっては、助かっても一生仲間外れじゃないかと。

 ……だとしたら、これは慈悲だとでも言うのか。

 突然、天井付近から浮遊する火の玉が現れた。

「ウィルオーウィスプ……?」

 あっけに取られている衛兵たちの前で、ウィルオーウィスプは自分の体をちぎるように小さな火の玉を落とした。

 落とし穴の、中に。

「チッ何だよ!」

 穴の中にいた兵士は、煩わしそうにそれを手甲で払いのけた。

 ウィルオーウィスプの火球攻撃は、それほど強くない。自分の体をちぎっているのでそれほど連発もできないし、恐ろしいものではない。

 ……近くが、燃えやすいもので埋め尽くされていない限りは。

 払われた火の玉が、ビッグローチの抜け殻と卵鞘で一杯の底についた。

 次の瞬間、あっという間に穴全体に火が広がった。埋めているものをなめるように広がった火が、たちまちメラメラと激しく燃え始めた。

「ひぎいいぃ!!熱い熱い!!」

「誰か、助けてくれえーっ!!!」

 落ちていた衛兵たちも、すぐに火だるまになった。

 ゴキブリは、非常に油分の多い虫である。なのでその本体や抜け殻、卵鞘はかなり燃えやすい。

 だからここに落として少しでも火を足せば、落ちた者は丸焼きである。

「おぇっゲホッゲホッ!

 な、何てやり方だ!!」

「この死に方だけは嫌だああぁ!!」

 目の当たりにした兵士たちは、皆震え上がった。

 ゴキブリ素材と本体まで入った落とし穴の時点で死ぬほど嫌なのに、まさか火をつけられて一緒くたに燃やされるとは。

 これでは、死んでも誰も骨すら拾ってくれないだろう。

 それこそ、潰された虫けらのように放置されるのだ。

 兵士たちは、自分たちが虫と同じ所まで引きずり降ろされたような気味の悪さを覚えた。

 漂う虫と人の焼ける臭いから逃げるように、兵士たちは吐き気をこらえて先に進んだ。


 だが、もう少し行ったところで再びGが湧きだした。

「あああぁ嫌だ!」

「来るな!このっ!」

 さっきの炎上ゴキブリ落とし穴のショックから立ち直れていない衛兵たちは、それを振り払おうとがむしゃらにGを倒す。

 たちまち潰れたGの油で辺り一帯が滑りやすくなるが、もう気にしていられない。

 だが、そのツケはすぐにやってきた。

 いきなり、衛兵たちは後ろから押され始めた。

「た、頼む!早く行ってくれえ!!」

 振り返ると、またウィルオーウィスプが現れてGの死体に火をつけていた。そのうえピクシーが、人を傷つけるほどではない風で火を煽る。

 火が、坂を下る衛兵たちを追い詰めるように燃え広がり始めた。

「こんな所で死にたくねえ!!」

 炎上ゴキブリ落とし穴の恐怖がフラッシュバックして、衛兵たちは下り坂をものすごい速さで駆け下りる。

 滑りやすいため勢いがつきすぎた者が前の者にぶつかり、次々と追突事故を起こし、もはや転がり落ちるも同然となる。

 それが、ユリエルを追っていた戦闘の指揮官のところまで届いた。

「のわっ!?な、何が起こっとる!」

 ようやく異常に気づいても、もう遅い。

 その間にもユリエルは岩ムカデの頭の方まで這いずり、長い触覚をしっかりと掴んだ。

 次の瞬間、岩ムカデが大きく頭を持ち上げて立ち上がった。それから後ろ3分の1くらいでジャンプし、頭から1メートルくらいで対岸にしがみつく。

「が、崖だ!止まれ!止まってくれええぇ!!」

 長い下り坂の先は最後だけわずかに上がっており、そこから途切れて3メートルほどの溝が横たわっていた。

 しかし下り坂からは、対岸への道がそのまま続いているように見える。

 溝に落ちずに溝のへりを迂回する細い道はあるのだが、それは本当に落ちる寸前まで行かないと見えない。

 指揮官は目の前のユリエルと後ろの暴走に意識を持っていかれ、道が途切れていることに気づかなかった。

「うおおおぉ!!?」

 指揮官は竹筒から飛び出す水鉄砲のように、溝に飛び込んでしまう。

 少しでも空中で手足をバタバタさせるが、対岸にはとても届かない。体術を得意とする軽装の冒険者ならともかく、このレベルの鎧を着た戦士では飛び越えられない。

 目を皿のように開いた指揮官に、地獄が迫ってくる。

 溝の底は、無数の尖った岩が突き出ていた。あんな所に叩きつけられると思うだけで、縮み上がる思いだ。

 しかし、回避する術はない。

 指揮官は間抜けな悲鳴を上げながら、股間を尖った岩に潰された。

「ぴょげ……!」

 一瞬で白目をむいて、意識を手放す指揮官。その首を、魔物化したカミキリムシ、木こり虫の顎が挟んだ。

 すぐにゴキッと鈍い音がして、指揮官の首があらぬ方向に曲がった。

 ユリエルが余裕の表情で見下ろす中、指揮官はユリエルの言った通りになった。

 惨劇は、それだけで終わらない。

 後ろから落ちるように駆けて来た兵士たちも、止まれずに次々と落ちていく。そして、岩の角にしたたかにぶつかる。

 それに気づいた兵士は必死で止まろうとしたが……後ろから、さらにおぞましいものが追って来る。

「ひっ……も、燃えて……!」

 追ってくるビッグローチに、ピクシーが笑いながら火の玉をぶつけているのだ。

 ビッグローチは体に引火して燃えながら、最期の力で衛兵たちに飛びかかる。そして棘のある脚で、しがみつく。

「離せ!熱っ!おぼぼおぅ!!」

 ただでさえ触りたくないGに燃えながらしがみつかれ、正気を保っていられる者は少ない。

 あっという間に本人だけでなく周囲にまで狂乱が広がり、集団暴走して自殺するネズミの如く溝に身を躍らせる。

 見る間に、溝には死体と呻く負傷者が積み上がった。

 そこに燃えているGも燃えていないGも飛び込み、新たな燃料となる。

 ビッグローチより後ろにいた兵士たちがおっかなびっくり追いつく頃には、溝に落ちた者たちはごうごうと火の粉を上げて燃え盛っていた。

 それを目にした衛兵の一人が、耐えられずに呟いた。

「何だよこれは……!

 お、俺たちは……本当の地獄に来ちまったんだ!!」

 周りの他の兵士たちも、これには顔面蒼白だ。

 そこに、ユリエルの声がダンジョンに響き渡る。

「偽りの罪を信じる者よ、悔い改めなさい。

 インボウズは神ではありません、口は如何様にも人を陥れることができます。その偽りで人を害そうとするゆえに、あなた方は地獄に落ちるのです。

 私の純潔は変わりません。

 それでも確かめようとするならば……コアルームのあった場所で、さらなる地獄と引き換えにいたしましょう」

 その声に、衛兵たちはぞくりとした。

 魔女の戯言に耳を貸すなと、上からはさんざん言われている。

 だが祝福された正義の戦いのはずなのに、多くの同僚が言われた通りに地獄に沈んだ。このまま行けば自分たちも同じか……もっとひどい目に遭うのではないか。

 そんな不吉な予感が、指揮官の燃える煙とともに衛兵たちを包んでいた。



「何、指揮官殿が!?」

 審問官は、広場で後続を待ちながら報告を聞いた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりガタガタ震える伝令から顛末を聞くと、審問官はため息をついて岩の天井を仰いだ。

「そうか……亡くなられたか。

 しかし、これで尋問は私ができるな」

 審問官は、追悼半分呆れ半分で呟いた。

 はっきり言って、あの指揮官の死は自業自得だ。ダンジョンの無事を確認する時に鑑定を怠らなければ、責められずに済んだだろうに。

 それでユリエルを恨んで突出して死んでは、救いがない。

(ハァ……被害は大きいが、とりあえずスケープゴートはできたな)

 そう考える審問官と衛兵たちの下に、ユリエルの断罪の声が降り注ぐ。

 衛兵の一人が、目に涙を溜めて審問官にすがった。

「ねえ……これは全部、魔女の惑わしなんですよね?僕たちは正義で、真面目にやってればきっと報われるんですよね?

 審問官様には、分かってらっしゃるんですよね!?」

 審問官はできるだけ表情を出さないようにして、真偽判定の玉を握った。

 出撃前に、一人だけインボウズに呼び出されて言われたことを思い出す。

「いいかね、この世には真実と現実がある。

 君がこの世を生きるために何をしたらいいか、よく考えて行動したまえよ。君の忠誠心と対応力に、期待しておるよ!」

 あの時、審問官はただならぬ圧を感じた。

(もし真実が、枢機卿の言う通りならいい。しかし違ったら……!)

 ユリエルは、三階層の元コアルームまで来れば真実を明かすと言っている。自分は、役目上行かねばならない。

 そして、ユリエルの言うことを判定せねばならない。

 審問官は、衛兵の質問には答えられなかった。代わりに、よく出世する先輩がやるように、祈るふりをして言った。

「神を信じ、そして祈りなさい。

 この世の天国と地獄は、心持次第なのだから」

 言っていて、実に虚しく都合のいい言葉だと思う。

 真実への探求から目をそらさせ、あいまいな言葉ですがる者自身に責任を押し付ける。神の目の代わりに真実で人を導く役目から、かけ離れた言葉。

 だが審問官は、そう言うしかなかった。

 そして、この状況はこんな自分への罰かと思った。

 それでも、進まぬ訳にはいくまい。もしここでインボウズの言う真実を疑って逃げれば、自分と家族の現実が地獄になるのだから。

「……それで、今後の予定は?」

 審問官が問うと、後続の指揮官が答えた。

「溝が鎮火したことが確認でき次第、ここに到着した部隊を引き連れて向かいます。

 それからは、ここに食糧を運び込むために地上と往復する冒険者が来るかと」

「すると、地上に残る者は少なくなるな」

「先ほどの被害は連絡しましたので、明朝には追加の兵が来るものと思われます。……それまでに、行ける所までは行かねばなりませんが」

 諦観のにじむ指揮官の表情に、審問官は唇を噛みしめた。

 教会の上を目指していると、いろいろ後ろ暗い仕事にも巻き込まれる。だが家族のためにと、見ぬふりをし続けた。

 しかしその結果、これだけ多くの人の人生を地獄の釜に放り込むことになるとは。……もはや、この世が地獄だ。

「……せめて、俺も先頭に立って進もう」

「ありがとうございます。これで少しは兵の気持ちも鎮まりましょう」

 結局、罪滅ぼしをしようとしても、上の望むように体が動いてしまう。それでも自分が罠にはまればこれ以上汚れずに済むかなと、審問官は思ってしまった。


 その後わずかな仮眠を取って審問官たちが広場を後にすると、突然ドザーッと重い音とともに後ろから悲鳴が響く。

 慌てて戻ると、広場の上にあった狙撃部屋が崩れ落ち、せっかく運び込んだ食糧や後続部隊が半ば土に埋まっている。

 これも、ユリエルの計画通りとだというのか。

 審問官はここで死ねなかったことをかすかに残念に思いながら、地獄の底へと潜っていった。

 ゾンビ小説を書くために読んだゾンビ書籍に、こんな言葉がありました。

「ゾンビより恐ろしい唯一のものは、燃えているゾンビだ」

 燃えているゾンビはすぐには止まらないし、熱くて近接攻撃ができないし、周りの物に延焼させて人間の隠れ家を奪いすらします。

 Gだって燃えている活動時間は長くないけれど、閉所で高さと風を味方にすればほんの一瞬で人にしがみつくことができます。Gの素早さをなめてはいけない。


 そして、火力の低い妖精たちはこうやって使うんだよ。

 周りに燃えやすいものさえあれば、タバコの熾火でも火事になるのだから。

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― 新着の感想 ―
思いつくのも凄いし、実行するのも凄い。なんなら、それを直接目撃してもブレない精神力も凄い。 鉄の意思も、鋼の強さも感じる…! 彼女は(もう)聖女ではない。
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