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27.出撃・討伐部隊

 うおおおぉ!!ついに総合ポイントが200超えたああぁ!!

 これで「袁紹的悪夢行」と「白菊姫物語」を超えたので、次の目標は「屍記」超えですね。

 ホラーであんなに長く書いてたのがこうもあっさり超えてしまうと……読まれようと思ったらジャンルって大事だなって思ってしまう。

 「ゾンビ百人一首」だけは未だにちまちま伸びることがあるので、いつ超えられるかは予想がつきませんが。


 ダンジョン陥落の報を聞いて、インボウズたちも慌ただしく動き始める。

 しかし、だからといって迅速に適切な動きができるとは限らない。

 彼らは皆、自分を守るプロなのだから……。


 そして、その余波がまじめに生きている人々をだんだんと巻き込んでいく。

 街の様子がおかしい、ダンジョンの様子がおかしい……気づいた時には、もう遅い。それにたとえ真実を手にしても、上が受け付けなかったら意味がないのだから。

 

 朝の澄んだ空気を割って、教会の鐘が鳴り響く。

 しかし、いつもの落ち着いて時を告げる鐘だけではない。

 今日は日が昇った直後から、カンカンカンカンと忙しなくやかましい鐘が何度も鳴り響いていた。

 これは、衛兵の緊急事態を告げる鐘だ。

 街の各所から、まだ寝ぼけ眼の衛兵や冒険者たちが手に手に武器を取り、慌ただしく出勤していく。

 街の人たちは、一体何事かと不安を覚えながらそれを眺めていた。


 軍の本部では、インボウズが苛々しながら参集する兵士たちを見下ろしていた。

「……で、いつ出撃できる?」

「は、衛兵の半分は参集しておりますので、あと三時間ほどかと」

「差し向ける兵力は?」

「都市の防衛兵力は残しておかねばなりませんし、ダンジョンは狭い迷路と化しているそうなので大軍は動かしません。

 大将軍曰く、三百ほどで十分かと。

 後は、冒険者を集めさせております」

 将軍たちが、インボウズをなだめるように報告する。

 インボウズは昨日から自宅に帰りもせず、軍の本部に居座ってひたすら苛々している。とにかく何か行動するのを見ていないと、気が済まないのだ。

 作戦の遅れは、アラクネ奪取と糸の採取のさらなる遅れを意味する。

 一昨日糸が採れなかったことは、まだ総本山に知らせていない。糸の納品までにはまだ二週間あるからだ。

 今日すぐにアラクネを取り戻して採れるだけ糸を採り、大急ぎで運べばまだ間に合うかもしれない。

 総本山に、醜態をさらさずに済むかもしれない。

 そんな時限式の希望が、インボウズを焦らしていた。

 こんな状態のインボウズを放置するわけにもいかず将軍の何人かは常に釘付けになり、おかげでさらに準備が遅れている。

 インボウズはそれにも気付かず、ひたすらせかしたり報告を求めたりして将軍たちの手を浪費していた。


 そろそろ日が中天に近づこうかという頃、ようやく出撃準備が整った。

 軍本部の訓練場には、しっかり装備を整えた兵士たちが整然と並んでいる。将軍たちもその前に勢ぞろいし、インボウズに頭を垂れている。

 インボウズは、ドカドカと壇上に上がり、声を張り上げた。

「諸君!諸君らのことは日頃から信頼してこの都市の守りを任せておる。

 しかし一昨日、とんでもないことが分かった!

 我らが魔を治める模範にして聖衣の糸工場、虫けらのダンジョンが、破門者に乗っ取られたという!!」

 この怒り全開の怒鳴り声に、将兵たちはびくりと首をすくめた。

 インボウズは、さらに鬼のような顔で続ける。

「あそこの守りは諸君たちに任せておいたのに、これは一体どういうことだ!?こんな事は前代未聞、許されぬ事態じゃぞ!!

 ずいぶんとまあ、怠けてくれたな!!

 このまま糸の供給が途絶えれば、おまえたちの失態は総本山の皆が知るところになろう!!」

 そのおまえたちにはインボウズ自身ももちろん含まれるのだが、インボウズはあくまで軍の責任にして怒りをぶつける。

 それからしばらく耳を覆うような叱責と悪罵が続いた後、インボウズはようやく本題に入った。

「……よって、おまえたちがやるべきはただ一つ。

 早々に虫けらのダンジョンを取り返し、下手人の魔女ユリエルを討て!

 ユリエルは一時は聖女と認められておきながら、欲に堕落し神に見放された女。神の御加護を受けたおまえたちの敵ではない!!」

 インボウズは、ついにユリエルを魔女と呼び始めた。

 そうだ、神にこれほど近い自分に逆らうなど、もはや人間と認められない。ダンジョンという魔の力を使っているし、あれはもう魔女だ。

「魔女の運命は決まっておる、天罰を受け正義に討たれるのだ!

 神への反逆者が、許されることはない!!

 おまえたちは、その執行者となるのだ!誇るがいい!!」

 ユリエルはインボウズの冤罪に反抗しているだけで今のところ神には何もしていないが、インボウズは都合よく話をすり替える。

 その方が、討伐隊の士気が上がるから。

 それに、自分は神の力の与奪権を与えられているのだから、自分に逆らうことは神に逆らうのと同じだ。

 同じ理論で、自分に逆らう奴を潰すのは聖戦なのだ。

「諸君らは、神への供物を失ってしまった。

 しかし反逆の魔女を討てば、その罪は許されるであろう!

 さあ、諸君らの力を示す時だ!邪悪な魔女に、正義の鉄槌を!!」

「神の名のもとに、鉄槌を!!」

 将兵たちが一斉に抜刀し、その剣を天に掲げて祈りと誓いを示す。広い訓練場に何百もの刃が閃いた。

 それを見ると、インボウズは少し安心して笑みを浮かべた。

「よしよし、その意気だ!

 これは大切な世のための戦いだからな、ユリエルを討った者にはほうびは弾むぞ。生け捕りで金貨200枚、死んでも半分はやろう。

 なに、世を正すためなら安いものじゃ!」

 インボウズが約束すると、将兵たちが目の色を変えた。

 金貨一枚は日本円で十万円ほど、つまり約二千万円の報酬である。名誉ある教会直属軍にいても薄給の一般兵には、涎が出るような金額だ。

 しかし、インボウズにははした金。これで将来にわたって名誉を守れるなら安いものだ。

「報告によれば、ユリエルは己の罪をなかったことにしようと喚いているそうだ。

 神にもその罪を認められたのに、何とけしからん!反省の欠片もない!

 そのような輩を倒して見せしめとすることは、即ち世を正すための最大の善行である。神もその働きを見ていらっしゃるであろう!」

 インボウズは、仰々しい身振りをつけて将兵たちを鼓舞する。

 インボウズの言うことは本当はインボウズに当てはまることだが、真実を知らない将兵にはインボウズの言葉が全てだ。

 真実を知っている大将軍たち数名にとっては、その真実を闇に葬るインボウズの言葉が味方だ。

 ここには、インボウズの味方しかいない。

「ダンジョンの入口には、生意気にも我らを戦わせまいとする誘惑の言葉があるという。

 しかし、諸君らはそんなものに屈しないと知っている!

 相手が何を言おうと、耳を貸すことはない。奴は魔女なのだから。悪魔も人を惑わすためなら聖典を引用するというしな。

 そんな見せかけの清らかさにも誠意にも負けず、真実を見て進むが良い。以上!」

 もはや、ブーメランのオンパレードな演説であった。

 しかし、いくらインボウズが厚顔無恥に嘘をつき続けても、それがインボウズの味方以外に分からなければダメージにはならない。

 全く、よくできた世の中である。

 その後大将軍が短く戦の誓いを述べた後、教会軍は出陣した。

 インボウズはとにかく早く決着をつけてこいと念押ししたが、インボウズの言いたい放題のせいで時間を浪費し兵士が暑さでへばったことは、知らんぷりであった。


 同じ頃、冒険者ギルドも必死で人を集めていた。

 緊急招集の鐘を聞いてかけつけた者も普通に依頼を受けに来た者も、見つけ次第緊急ミッションに組み込む。

 緊急ミッションとはもちろん、虫けらのダンジョン奪取のことだ。

 しかし戦いは教会軍がメインになるため、冒険者の役割は主に物資の運搬などの雑務とダンジョンでの案内役である。

 この内容に、冒険者たちはあからさまに顔をしかめた。

「前の大規模討伐でもこき使っといて、またこんなのか!

 しかも、こっちに手柄を立てさせない気だ」

「ダンジョンの案内役って言われてもさ……虫けらのダンジョン、迷路になったんでしょ。要するに、捨て駒の探索役じゃん!

 手柄が欲しいなら、教会の軍がまず突っ込んでよ!」

 例によって教会軍は、美味しい所だけ持っていこうとする。

 前の大規模討伐でもそうだったせいで、冒険者の中には負傷者が続出し、未だに復帰できない者もいる。

 そんな状況で、また捨て駒にされて数を減らされたら……。

「ギルドマスター、何とかしてください!!」

 冒険者の中には、ギルドマスターに教会との交渉を訴える者もいるが……ギルドマスターはそいつらを叱りつけた。

「うるさい!!元はと言えばおまえらがユリエルを見つけられなかったからだろうが!

 皆があさっての方ばかり探してと、教会に怒られたぞ!冒険者は数も質も多くて広く手を回せるのが長所なのに……と」

「し、しかし……ユリエルが農村の方にいると情報を出してきたのは教会……」

「だ・か・ら、衛兵はそっちに行ったんだ!

 冒険者とはそもそも、正規兵の手が回らないところを補うのが仕事。今度こそその本分を全うせよとのご命令だ!」

 いつもはそれなりに冒険者に寄り添ってくれるギルドマスターが、今日は取り付く島もない。

 なぜなら、ギルドマスターも自分の悪事が明るみに出る前に何としてもこの件を終わらせたいからだ。

 ギルドマスターはインボウズと違い、この不正が人としてあってはならないことだと分かっている。だからこそ、焦るのだ。

(とにかく早くユリエルの口を塞がんと、僕の立場がまずい!

 そのためには教会と力を合わせるしかないんだ……おまえらの都合なんざ知るか!!)

 ギルドマスターは、いかめしい顔で冒険者たちを諭す。

「あのな、おまえたちの仕事のうち、どれだけ教会から下りてきていると思う?

 地方からの冒険者の流入に制限をかけて、おまえたちを守っとるのは誰だ?

 おまえたちが教会にいざという時従わねば、教会もおまえたちを守ってはくれんのだぞ。冒険者とて信用は命だ、分かるか!?」

 一見まともな理論で冒険者たちをなだめ、怒りを別方向に向けさせる。

「分かっとる、おまえたちは悪くない。

 悪いのは、罪を認めず教会にもお前たちにも迷惑をかけるユリエルだ。

 だから、その怒りはダンジョンでユリエルに向けろ。案内役ならユリエルを討ちとるチャンスがあるし、準備役なら危険に晒されることなくユリエルを苦しめられる。

 いくらユリエルが迷路を作ろうと、おまえたちなら慣れっこだろう?教会にもユリエルにも、おまえたちの力を見せてやれ!!」

 そう言われると、冒険者たちに別の怒りがこみあげてきた。

「そうか……ユリエルだな!」

「捜索の時も手間取らせやがって……人を、何だと思ってんだ!」

「あいつさえいなければ……許せん!!」

 冒険者たちだって、教会に文句を言ってもどうにもならないと薄々分かっている。目をつけられて仕事を回してもらえなくなったら困るし、ユリエルのように破門されたらそれこそ生きていけない。

 だから自然と、怒りはぶつけてもいい弱者に流れる。

 いじめられた者は、もっと弱い者をいじめて鬱憤を晴らす。そういうことだ。

 さらにギルドマスターは、冒険者たちに別の火を焚き付ける。

「もしユリエルを討ちとってきたら、アイーダは喜ぶだろうね!

 前の大規模討伐で怪我をして、今は娼婦同然の生活だと聞く。だがおまえたちが手柄と報酬を手に入れれば……アイーダを、おまえだけのものにできるかもしれんぞ」

「おっ……!」

 途端に、男性冒険者たちのほおが緩む。

 ここの男性冒険者たちにとって、自分と寝てくれるアイーダはとてもありがたい存在だ。しかも男づきあいの奔放さの一方で家庭を大事にし家事も上手いため、将来は自分だけのものにと狙っている男が多い。

 そもそも冒険者は仕事の性質ゆえ圧倒的に男が多く、死亡率が高いため結婚相手として見られないことが多い。

 そんな男性冒険者にとって、夜の相手になってくれて家を大事にしてくれて仕事の事情も分かってくれるアイーダは最高の女だ。

 そのアイーダが、怪我をしてユリエルへの愚痴を吐き続けている。

 じゃあ仇を取ってやったら、どれだけ自分の株が上がるだろうか。

 その先を考えると、男たちの魂はもう妄想の結婚式場まで飛んでいってしまう。

「へへへ、そうだよな……アイーダのためなら、命も惜しくねえや!」

「どうせこのままでも結婚できるか分からねえんだ。賭けてやるぜ!」

「ああ、非モテだなんだ言ってるくせに股開かねえユリエルなんざ、クソ食らえだ!邪淫のくせに俺を選ばなかったことを後悔するんだな!」

 ユリエルと同じパーティーで仕事をしても、キモいし他の女に嫌われるからと相手にしなかったくせに、この態度である。

 結局こいつらは、ユリエルと恋人にはなりたくないが体は欲しかったのだ。

 働き盛りや若い体の欲を発散する先がなく、経験もなく女心も事情も分からない男どもは、結局そんなものだ。

 逆にそれに気づいていたから、ユリエルは股を開かなかったのだが。

 勝手に陰で涎を垂らして、その相手を失って一方的に裏切られたと感じて、男どもは殊更にユリエルを憎む。

 ユリエルに着せられた邪淫という濡れ衣が、さらにそれを助長する。

 貞淑なフリをして実は遊んでいたクセに、どうして自分に恵んでくれなかった。馬鹿にして、と。

 ……ユリエルが彼らを差し置いて遊んでいた相手など、本当はどこにもいないのに。

 ギルドマスターの巧みな誘導で、男どもは簡単に下半身に引きずられて、アイーダのためにユリエル絶対殺すマンとなる。

 ここにいないアイーダが、本当にそれを望んでいるかも分からないのに。

 全ては、自らも若い頃そういう状況を経験し、そういう冒険者の心理を突いて動かすことで今の座についたギルドマスターの手腕であった。

 すっかり鼻息が荒くなった冒険者たちを送り出すと、ギルドマスターはがらんとしたギルドで小声で呟いた。

「やれやれ……後でアイーダにフォローをしておかんとな。

 また枢機卿の力を借りることになるが……自分を守るためなら、嫌とは言わんだろ」

 甘い汁を吸い続けるために、その政治力を遺憾なく発揮するギルドマスターであった。


 冒険者と衛兵の集団が、揃って大通りを歩いていく。物々しいその姿に、街の人々は不安になって噂した。

「おいおい、何だよこれは……戦争が起こったなんて聞いてねえぞ」

「賊や魔物も、前に大規模に討伐したばっかじゃねえか。

 すると、ダンジョン……いや、アンデッド掃除はもっと季節が良くなってからのはずだ。それに、方向が違う」

「あっちは……虫けらのダンジョンと、湿地か?

 そう言や虫けらのダンジョンは前襲われたって聞いたが……また?」

 ざわついて見に来たやじ馬たちを、残った衛兵が追い払う。

「寄るな寄るな、おまえたちには関係ない!」

 今はまだ、虫けらのダンジョン陥落は街の人々に知らされていない。下手に発表すると大騒ぎになるし、まだ内密に対処できる可能性があるのだから。

 しかし、これだけの兵を出動させるとどうしても人の目に留まる。

 インボウズもギルドマスターも大将軍も、大衆の好奇の目に苛々しながら、どうか人々にバレる前に終わってくれと神に祈っていた。



 日が西に傾きかけた頃、ようやく討伐隊はダンジョンの前に到着した。

「ふう……ずいぶん時間を食ったな。

 これでは、今日勝負をつけられるか分からんぞ。それに、まずはここに拠点を作れる広場を確保せにゃならん」

 ダンジョン前に来ても、すぐ戦いを始められる訳ではない。

 衛兵たちはまず斥候の冒険者たちをダンジョンに突入させると、自分たちは準備役の冒険者と共に周囲の木を伐り始めた。

 虫けらのダンジョン周辺は全く整備されておらず、こんな所に数百人も野営できる訳がない。なので、まずは拠点の準備からだ。

 道も細くてがたがたしているので、数百人と荷車だけでも渋滞を起こす始末だ。

 幸い、荷車があっても三時間ほどで学園都市に戻れるが……今帰ったところで、インボウズやギルドマスターに尻を叩かれて戻らされるだけである。

 現場の人間にしたら、踏んだり蹴ったりだ。

 作業をしつつ斥候の帰りを待ちながら、ダンジョン入口のプレートに目をやる。

「……にしても、目障りな看板だぜ。

 帰るなら追わねえって、俺らをナメてるのか?」

「元から世の中ナメてるから破門されるし、破門されてもまだ分かんねえんだろ。

 やれやれ……ダンジョン取ったって、こんなオツムでどこまで戦えるんかね?俺たちにはありがたいけどな」

 中には、看板を壊そうと攻撃する者もいる。

 だが看板には傷一つつかず、跳ね返った攻撃の余波が密集した味方に当たるだけだった。

「やめろ、味方が傷つくだろうが!

 あれはおそらく、ダンジョン特有の破壊不可能なものだ。ほら、ダンジョンの壁や床は壊せないだろ」

 冒険者ギルドから来た鑑定官が言う。

 鑑定官とは、物や人を鑑定して能力を見抜く役目の者だ。鑑定が可能な魔道具や魔法を持っており、今回来たのは前者だ。

 教会の審問官が、小声で鑑定官に問う。

「……で、ダンジョンのことはどれくらい分かる?

 アラクネがいるかは分かるか?」

「あまり質の良いものではないので、アラクネの方は何とも……。

 ですが、ダンジョンの大まかな深さ程度なら……え?」

 さっそく鑑定を始めた鑑定官の目が、驚きに見開かれた。魔道具を覗き込む額に、たらりと汗が流れる。

「深さが、7階層だと……いつの間にムグッ!?」

 上げようとした声は、審問官の手で遮られた。

「シッ声がでかい!

 周りに漏れたらどうする。ここで退いてもっと準備をとか言っても、枢機卿を怒らせるだけだ。

 クソダンジョンのままと思わせといて、突き進ませるしかないだろ!」

 ダンジョンが予想外に成長しているのは分かったが、だからといって焦っているインボウズや大将軍が分かってくれるとは思えない。

 逆に言えば士気が下がって不満が噴出し、それこそ攻略の足かせとなる。

 上と下に挟まれて出世レースを駆け抜けている審問官は、それがどれだけまずいことか分かっていた。

「でも、冒険者に犠牲が……!」

「おまえがクビになって村八分になりたいのか!?

 枢機卿やギルドマスターにとって、俺らの代わりはいくらでもいるんだぞ!

 ……こうなったら、軍も早めに突入するよう進言してみる。将軍だって早く終わらせたいから、嫌とは言わないはずだ」

 二人は、今さらながら監視と準備の不足を痛感したが、もう遅い。

 このダンジョンを放ったらかしにせず時々鑑定しに来ていたら、こうはならなかっただろうに。いや、取られたと分かった時点で鑑定をしていれば、もっとましな準備ができただろうに。

 しかし、上はそんなことこれっぽっちも考えてくれなかった。

 結局、割を食うのは使われる側なのだ。

「俺らも入らにゃならんが……とにかく、生きて帰れるよう祈ろう」

 報告を受けた将軍が泡を食って突入部隊を編成するのを眺めながら、鑑定官と審問官は己の明日を思っていた。

 敵に潰されるか味方に殺されるか……誠に下っ端は生きづらい。

 そんな自分たちが生き残るには、さらに下に犠牲を押し付けるしかない。

 討伐部隊は様々な思惑が絡み合って情報も共有されぬまま、押し出されるところてんのように地獄に突き落とされようとしていた。


 ……この理不尽が、自分たちが聖なる乙女を冤罪で見捨てた報いだと、この時点で思い至る者は誰もいなかった。

 インボウズとギルドマスターは、甘い汁を吸って地位にあぐらをかいてはいますが、心持はちょっと違います。

 インボウズは最初からエリートコース、ギルドマスターは成り上がりをイメージしています。

 なのでインボウズは悪いと思わず事態を引っ掻き回すのに対し、ギルドマスターはある程度現実的な手を打ってきます。


 状況的にざまぁにはなっても、敵はなかなか倒れません。

 そして犠牲になるのは……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無駄に兵士や冒険者達を犠牲にしダンジョンを強化してしまうより、インボウズ枢機卿猊下自ら娘の聖女様と出陣なさるのが一番勝率は高いと思うのですが、情報が上がらない時点で、もはや手遅れかもしれませ…
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