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26.あってはならない事態

 三連休ではありませんが、祝日なので投稿します。


 失敗するはずのない任務が失敗し、盤石だと思っていた名誉が崩れそうになった時、あぐらをかいていた人間はどうなるのでしょうか。

 元凶のインボウズ、教会軍の上層部、そしてギルドマスター……全員の守りたいものは同じ。

 そしてインボウズは、ユリエルの追放に際し致命的な証拠を残してしまっていた!

 その日の夕方、教会軍の指揮官は気をもみながら部下の帰りを待っていた。もう日が沈みかけているというのに、簡単だが大事な仕事に行かせた部下が帰ってこない。

(おいおい、何やってるんだよ!

 失敗できるような任務じゃないだろ~?

 早く糸が来ないと、俺がせっつかれるんだよ!)

 指揮官は、茜色に染まった道に糸の荷車を探す。

 指揮官は、虫けらのダンジョンにアラクネの糸採りに行った部下を待っていた。普通なら、もうとっくに帰ってきている時間だ。

(前の大規模討伐でこき使われたた奴が多いから、年の割に使えん隊長と新兵だけで行かせたが……これ失敗できるんか!?

 ……まずいな、俺の人事能力が問われる!)

 指揮官が悩んでいると、人を蹴散らしながらこちらに飛び込んでくる騎馬兵が見えた。

「何事だ、騒々しい!」

「失礼!至急、お耳に入れねばならない事が!!」

 その騎馬兵が伝えたことに、指揮官は目と耳がどこかに飛んでいきそうになった。

「な、何だとー!?

 すぐ、将軍様たちに伝えるのだ!!」

 たちまち、街の各所に早馬がとんだ。


 夜間、集まった軍の上層部は皆が愕然としていた。

 虫けらのダンジョンに糸採りに行った部隊が、新兵二人しか帰ってこなかった。他は、ダンジョンを乗っ取った敵に皆殺されたという。

 これだけでも大事件なのに、その乗っ取った敵というのが……。

「破門聖女、ユリエルだとぉ~!?

 生きていたのか!!」

 一月ほど前に破門され、衛兵や冒険者を使って捜索したが見つからず、賊によるダンジョン襲撃の調査で死亡したとされる元聖女。

 つまり、見逃したのも死亡報告を上げてしまったのも軍。

 おまけに虫けらのダンジョンの防衛は軍が責任を持っているのに、こうなるまで乗っ取りにすら気づかなかったのだから……。

「どどどどうすんだ!?

 こんな報告、枢機卿に上げられる訳ないだろ!!」

「だが報告によると、既にダンジョンは迷宮と化して新種の魔物も確認されているというぞ。

 我々の一存で動かせる兵で、解決できる話か!?」

「それに、糸が今日採れなかったんだ!

 隠そうとしてもすぐバレるぞ!!」

 軍の上層部としては、自分たちを守るために内々で処理してしまいたいところだ。しかし、状況がそれを許さない。

 それでも軍の上層部はどうにか身を守れないかと無駄に頭をひねり、そのうえユリエルへの恨み言に逃げてもっと時間を費やしてしまう。

 結局、インボウズに報告が上がったのは翌朝であった。


「ぬわにぃ~!?ダンジョン乗っ取りだとぉ~!!」

 インボウズは報告を聞いて、思わず朝食を噴き出してしまった。

「それで、糸は!?」

「ありません。今、軍がアラクネの安否確認を行っていますが……魔道具の呼びかけにも応えず、斥候も未だ戻りません」

 オニデスの報告に、インボウズの酒焼けした顔面から血の気が引いていった。

「な、何だと……それじゃ、糸の納品が……僕の名誉が!!」

 これがもたらす事態を考えて、インボウズは手が震えた。

 ダンジョンマスターの糸を採取することは、虫けらのダンジョンが制圧されてから百年近く変わらず行われてきた。

 それができることは教会の権威の証であり、その糸は教会だけが手に入れられる宝であり、それでできた服を着ることが力の証であった。

 それが、まさか自分の代で失われたなんてことになったら……。

 しかもそれを守り採取し続けるミッションは、これまで誰も失敗したことがない。

 この特大の暗黒大凶星が初めてついたのが、インボウズになってしまう。

「あああ……な、何たること……!」

 インボウズはもう、目の前の美味しそうな朝食も目に入ってはいなかった。

 頭の中を巡るのは、羽が生えたように手元から飛んでいってしまった糸と、崩れゆく自分の栄光の道のみ。

 インボウズは、ビシビシと筋を浮かせて拳を握りしめた。

「むぐううぅ……こんな、神をも恐れぬことを!!

 一体どこのどいつだ!?」

 怒髪天を突くインボウズに、オニデスはなぜか恨めしい顔で答えた。

「あなたが破門して追放した、ユリエルですよ!」

「うごおおぉあああぁ!!!」

 今日一番の醜い悲鳴が、学園の中心からドス黒い波動砲の如く響き渡った。


 これはインボウズにとって、致命傷になりかねない事態だ。

 ユリエルがこんな凶行に走ったのは、インボウズが謂れなき罪を着せて破門して追放したから。

 それがなければ、今回のことは起こらなかった。

 ユリエルが力のある聖女から神をも恐れぬ賊になったのは、インボウズのせい。

 これは、他の誰にも責任を押し付けることができない。

 なぜなら、聖女のユリエルを破門する権限を持っているのは、この学園都市でインボウズただ一人だから。

 前のダンジョン襲撃で、レジスダンを取り逃がした政敵に放った、自分の領地で出た賊の始末くらい自分でしろという言葉が、ブーメランとなって返ってくる。

(おおお……これでは、どれだけ政敵に追及されるか!

 くっそおおぉ……やはり、ユリエルを取り逃がすべきではなかった!!)

 インボウズは、筋金入りの傲慢腐敗僧である。そのため、この状況になってもなお、ユリエルを陥れたことを後悔はしなかった。

 悪いのはあくまで、逃げて反逆したユリエルである。

 しかし、自分が地獄の穴のふちに立っていることは理解できた。臆病で危険(主に政敵の謀)にいち早く対処してきたから、ここまで上り詰めたのだ。

 ……インボウズが恐れているのは、やっぱりユリエルではなく政敵である。

 ユリエルなど、本気を出せばすぐ潰せる小娘でしかない。

 だが、ユリエルに早く対処しなければ自分の傷はどんどん大きくなっていく。それは痛い程理解できた。

 インボウズは寝起きの頭を火を噴きそうなほど回転させ、いつもの重役出勤からは考えられないくらい早く腰を上げざるを得なかった。


 インボウズはオニデスを伴い、まず軍の本部に向かった。

 ユリエルを追放し取り逃がしたのは自分だが、ダンジョン防衛は軍の仕事である。そこを突いて、将軍共を脅して責任を押し付けようとしたが……。

「はぁ、全く仰る通りでございます」

 将軍たちは、妙に張り合いのない顔でそう言って頭を下げる。

 そして次の瞬間、不遜な光を宿した目で辞表をチラリと見せた。

「では、責任を取って我ら全員辞職しましょうか。財産の没収でも家族を売り飛ばすでも、相応と思われるならどうぞ。

 ……その暁には、総本山や他地域から別の者を呼ぶことになりますなぁ」

「それはそれは、良いお考えです!

 こういった難事は、皆で共有し力をかき集めて当たると。

 して、集めた中にはどれほど他家の息のかかった者がおりましょうや。それも受け入れるとは、何ともお心の広い!」

 この皮肉と嫌味たっぷりな言葉に、インボウズはぎくりとした。

 ここにいる将軍たちは、自分が手なずけて配置した、自分に都合よく動いてくれて甘い汁を分かち合ってきた忠犬である。

 それに責任を押し付けて潰したら、どうなるか。

 ただでさえ戦争屋が必要な時に、ここの骨を抜くことになる。

 さらにそれを補うために、総本山や他地域に応援を求めたらどうなるか。

 インボウズの失態は、総本山に広く知られることになる。おまけに、自分の尻を自分で拭えない無能の烙印を押される。

 自分の家の私兵を使えば自領の防衛力を削ぐことになるし、総本山や他地域の軍人は自分だけに忠実な訳ではない。

 最悪、手元に呼び寄せたはいいが、政敵とつながっていて背後から刺されるかもしれない。

 ただでさえこれ程の失態を犯してしまったら、多少自分になびいている者でも身の振り方を考えるだろうに……。

 将軍たちはそれが分かっていて、逆にインボウズを脅してきたのだ。

 自分たちがいなくなれば、困るのはおまえだぞ、と。

「さあ枢機卿、どうなさいますか?」

 将軍たちが、卑屈かつ狡猾に笑う。

 この将軍共は、現場の戦より政争が得意な人種だ。名門で縁故採用されて、部下の手柄を自分の手柄として吸い上げ、教会上層部と癒着することで大きな戦に巻き込まれないここに身を置いた。

 そんな彼らは朝までの会議で、どうしたら首を切られずに済むかしっかり考えて作戦を立ててきた。

 部下に任せてふんぞり返るだけの戦とは、見違えるほどの熱意である。

 返答に困るインボウズに、一番偉い大将軍がささやいた。

「ところで、ユリエルと言えば、某の下にも処女オークションの予告が届いておりましたのう。その娘が、純潔を主張して反逆しておると。

 いやー、民は貴公を信じておりますが、儂はその案内を捨て損ねてのう。

 これが世に出たら、貴公はどうなるかのう?」

 これは、露骨な脅しだ。

 世間的にはユリエルは邪淫の罪で破門されたことになっているが、インボウズが処女を売ろうと案内を出した相手はそうでないことを知っている。

 すなわち、ユリエルは純潔であり、間違っているのはこちらだと。

 こうなってはもう、インボウズ一人の手で握りつぶせる問題ではない。少なくとも、知っている者とは、何とかなだめて共にことに当たらねばならない。

「ふひひ、もちろんこんなものを世に出したら、儂も知っていたのになぜ見過ごしたかと咎められますのう。

 儂も、それはごめんじゃ……せめて、余生を安楽に過ごせるならばな。

 のう、オトシイレール卿。ここは力を合わせて、ユリエルを闇に葬りませぬか?それが一番、お互いのためですじゃ!」

 大将軍は、老獪に笑って言う。

「う……む……やはり、それが一番かのう」

 インボウズは、腸が煮えくり返りそうな怒りをこらえて握手に応じた。

 こいつがユリエルの純潔の証を持って政敵の下に走ろうものなら、自分はどうなるか分からない。

 証拠を持つ相手に無茶はできない、そういうことだ。

 頭の血管が切れそうなインボウズに、大将軍はさらに頭痛の種を吹き込む。

「なあに、儂がいれば、冒険者ギルドに大きな顔はさせんわい。

 儂の率いる軍の力と貴公の動員命令、それがあれば冒険者共は儂らの下に組み込める。

 同じくオークションに参加予定だったギルドマスターも、我が身が可愛ければこそ、我らの手を払うことなどできぬわい!」

 それを聞いて、インボウズはさらに額の山脈を高くした。

(……そうだ、ギルドマスター……あいつも知ってるじゃないか!

 しかも、冒険者を疑って遠ざけたのに元聖女にダンジョンを取られたということは……!)

 インボウズの心臓が、バクバクと鳴る。

 前のダンジョン襲撃では、冒険者に罪を押し付けてギルドマスターに糸の損害賠償を払わせてやった。

 しかし、真犯人が元聖女となると話は変わってくる。

 聖女は教会の職員であり、ユリエルはインボウズが理事長を務める学園の生徒でもあった。

 すると、その反乱はインボウズの責任になってくる。

 これを知ったギルドマスターがどんな風に自分を責めてくるかと思うと、インボウズは気が狂いそうだった。

 そして、そのギルドマスターに対抗するためには、将軍たちと手を取り合うしかない。

「……そうだな、とにかく今は力を合わせて、ダンジョンを取り戻すのだ!

 そして、反逆の魔女に鉄槌を!!」

「御意、共に正義の戦いを!

 なに、一番悪いのはユリエルですからな」

 この将軍共もインボウズの下で甘い汁にどっぷり漬かっていた人間であり、己の罪を悔いる心は持ち合わせていない。

 それどころか、せっかくの楽しい暮らしを台無しにしやがってと憤ってすらいる。

 これからも好き放題を続けるために、自分たちの罪をユリエルごと闇に葬ろうと、インボウズと将軍たちは手を取り合った。


 冒険者ギルドとの話し合いも、同じような調子で進んだ。

 ギルドマスターは相当怒っていて言いたいことがあるようだったが、教会への罪を問う審問官とフル装備の騎士が同席していたため、必死で唇を噛みしめていた。

 それに、ユリエルに冤罪を着せて偽りを流布したのはギルドマスターも共犯なのだ。

 ここでユリエルを葬れず罪が明るみに出てしまったら、ギルドマスターも冒険者たちからの信用を失ってしまう。

 法と聖典の裁きで、地位も財産も。

 己を守るために、ギルドマスターも一蓮托生で嘘を押し通すしかないのだ。

 不正によって絞り出される甘い汁でベタベタにくっついた高官どもは、揃いも揃って己を省みないクズばかりであった。


(どうして、自分がこんな目に!!)

 皆が、そう怒っていた。

 今までずっとうまくいっていたのに。自分たちのやることが、うまくいかない訳がないのに。他の奴らも、うまくやっているのに。

 世の大多数から見れば有り得ない不正でも、慣れ切った当人たちには当たり前。

 自分たちの好き勝手が通らないことが、あってはならないのだ。

 しかし、それはただのわがままである。

 正当な理由もなく他人を、しかも自分たちを信じて真面目に働いてくれた人を陥れるなど、許されることではない。

 あまつさえ、他人が嫌がることを引き受けてくれた者に恩を仇で返すなどと。

 本人がコンプレックスにしている清らかさをありもしない真逆の罪で貶め、そのうえそれを売りさばくなどと。

 地獄の悪魔も感心するほどの、鬼畜の所業だ。

 しかし彼らは、それが自分に許された当然の権利だと思っている。

 だから、それでつまずいて嫌な目に遭っても、改心しない。

 それが自分の行いの報いだという発想そのものが、頭の中にないのだから。甘い生活をやめる気も、もちろんない。

 こんなのすぐ元に戻せると、彼らは思っていた。

 こんなあってはならない事態が、長続きする訳ないと。

 そして彼らの思う本来あるべき状態に戻そうと、さらに嘘と不正を積み重ねて世の中を歪めていく。

 だが事実に反するものを積めば積むほど、綻びが生じ、明るみに出た時の罰も雪だるま式に大きくなっていく。

 彼らはそんな当たり前のことにも気付かず、理不尽な怒りを募らせていた。



 その頃、ユリエルは上機嫌でダンジョンを改造していた。

「フンフンフ~ン♪

 インボウズ、今どんな気持ちかな~?」

 昨日糸を採りに来た衛兵を少しだけ生かして帰してから、ユリエルはニヤニヤとワクワクが止まらない。

 今頃インボウズはどんな顔をしているか、それを考えるだけで口元がだらりと緩む。

 自分の手の内だと思っていた、当然好きにできると思っていた人間に出し抜かれるのは、どんな屈辱だろうか。

「うっふっふ……これだけでも、一矢報いられたわよね。

 あの陰謀坊主、今頃きっと大慌てよ。

 騙されて辛く当たっちゃったギルドマスターと、きちんと手は取り合えるかしら?これからの連携が見ものだわ~!」

 ユリエルは、この時のためにささやかな布石を打っていた。

 以前ダンジョンの襲撃を賊のせいにした時、アラクネを通じて教会軍に冒険者への不信を吹き込んだ件である。

 あれには、インボウズや強欲な将軍共の前にギルドマスターを餌としてぶら下げる意味があった。

 いつも不正な儲けのネタを探している奴らなら、絶対に食いつくはずだと。

 得意げにしているユリエルに、アラクネも手ごたえばっちりで言う。

「そうだね、きっとうまくいってるよ。

 あれから、ぱったり冒険者が来なくなった。

 いやらしい会話に付き合わされることも揉まれることもなくなったし、こんなに快適なのは初めてだよ!」

 冒険者が来なくなったということは、教会がギルドに仕事を投げなくなったということ。

 これは明らかに、両者の不仲の証だ。

 これなら、いつもなら緊密に手を取り合って当たる事件にも、うまく連携して対処できないだろう。

 ユリエルは、悪どい笑みで呟く。

「くふふっインボウズもギルドマスターも、心臓が心配だなぁ。

 あいつら、私が処女だって証拠ばらまいちゃったと思うのよ」

「えっ!?ユリエル何かされたの!」

 本気で心配するアラクネに、ユリエルは軽く笑って告げる。

「いやいや、まだ体は何もされてないよ!

 でもギルドマスターがさ、たっぷり可愛がってやるとか言ったんだよね。多分私、売られる予定だったんじゃないかな。

 で、インボウズのことだから……より儲けるために、処女を売るとか宣伝してそうじゃない?」

「ひどい!!」

 アラクネは、驚愕しながらも何となく納得した。

 自分だって、監視とは名ばかりの冒険者に弄ばれていたのだ。もしかしたら自分も、ここには自由にもめる乳があるとか宣伝されていたかもしれない。

 男どもの下種な欲望には、呆れるばかりである。

 これには、ワークロコダイルのシャーマンも、開いた口が塞がらない。

「バレたらまずいのに自分からばらまくとか、そいつは馬鹿なのかい?

 自分の首を絞めるだけじゃないか!」

 食うか食われるかの野生に生きていたワークロコダイルたちにとって、自らの弱点を晒すのは厳禁だ。

 なのになぜ上に立つ者がそんな事をするのかと、心底理解できない様子だ。

 ユリエルは、にわかに屈辱を噛みしめた顔で告げた。

「私が……そこまでやっても大丈夫だって思われてたからだよ。

 インボウズたちにとって、後ろ盾のない聖女はいつ潰してもいい虫けらと同じなの」

 ユリエルの目には、静かに怒りの炎が燃えていた。

「だから、あいつらの中で、私がこんな風に反逆するって考えはなかった。

 ううん、私に限らず、これまで堕とされた子もこれから堕とす子もみんなそう思ってる。思うままに踏みつけて、何もさせずに潰せると思ってる。

 だから、ある訳ないことには備えてなかった」


 あってはならない、という言い方にユリエルは思い至る。

 確かインボウズは聖女や神官から破門者が出るたびに、この言い方をしていた。これ以上起こさないようにと、生徒を戒めていた。

 だがこれは、インボウズの茶番だった。

 特に尊敬されるべき高位の聖職者が私利私欲で何の罪もない教え子を堕とす、それこそあってはならないだろう。

 インボウズは、そのあってはならないことを自由にできることを、優越と勘違いしている。

 インボウズに従って手助けする奴らも、みんな。

 そして、その不正を闇に葬れることを、全能の力のように誇っている。

(だったら、それが間違いだって教えてあげなきゃ。

 そういうことをするからあいつらこそいてはならないって、晒して見せしめにしなきゃ)

 幸いというか、何をやっても握りつぶせると思っていたインボウズは、自分の誤りの証拠を世間に残してくれた。

 それを手掛かりに、あってはならない地獄に落ちる日まで、奴らを引きずっていってやる。

 これまでなかったことは、これからもないとは限らない。

 ユリエルは、自分がそこまで軽く見られていたことに少しだけ感謝した。


「……さあ、これから忙しくなるよ!

 多分、今日の昼か明日には奴らが攻めてくる」

 ユリエルは、キッと鋭い目で仲間たちを見回した。

 いくらインボウズたちが不意を突かれたとはいえ、インボウズたちは強大な権力を持っているのだ。

 どこからどれだけ戦力を引っ張ってくるか分からない。

 そしてユリエルが負けて冤罪が闇に葬られてしまえば、奴らはますます自信をつけて同じことを繰り返すだろう。

 ユリエルがどれだけ踏ん張れるかで、世をどこまで浄化できるか決まる。

「相手にどれだけ被害を出させるかが、勝負だよ!

 だから皆さん、思いっきりやっちゃってください。

 それで身に危険を感じた誰かが証拠を使ってインボウズを潰してくれればよし、インボウズが痛い目に遭って今後は行いを慎むだけでも効果はある。

 それに……間違ってるのは向こうなんだから!」

 ユリエルが頑張るということは、人間に少なくない被害が出るということ。その中には、悪意を持たない人間もいるだろう。

 しかしユリエルは、そこは割り切ることに決めた。

 だって、ありもしない罪で人を殺しに来ているのは向こうなのだから。

 その警告は、きちんとダンジョン入口にしてある。それを読んで引き返せば、特に危害は加えないつもりだ。

 あえてここを攻撃しなくても、人が生きる術はいくらでもあるのだから。

 その方法を取らずここに攻め入って来た時点で、そいつらは悪の手先だ。命令だからと言われても、悪い命令に従ったらそいつは悪だ。

 何より、自分が冤罪で殺されていい道理などない。

(……やれることはやった。

 後は、全力で悪を屠るのみ!)

 ユリエルは、未だ改造中のダンジョンに祈りを捧げる。

 泣いても笑っても、まずはここが正念場。インボウズの思い通り一発で落とされぬよう、ユリエルたちは念入りに防備の確認をして待ち構えていた。

 連載の最初に、ユリエルを陥れて売ろうとした時、顧客のギルドマスターはユリエルが処女であることを知っていました。

 つまり、この案内が届いた人には不正が分かっているということです。

 もっとも、インボウズがそれを届けるのは少なくとも味方か自陣営に引き込みたい連中ですが。


 復讐系なろう小説だと、敵が悪事の証拠を徹底的に隠してしまうので、何かチートな魔法などで罪を明らかにして大衆に広めることがままあります。

 しかし、それだと物的証拠が見つかるまでは、敵が幻を見せていると言われた時に反論するのが難しくなります。

 それまで権力に悪と思い込まされていた人がやっても、民はすぐ信じるでしょうか。少し疑問に思っていました。

 なので、もうちょっと現実的な証拠にしてみました。

 思い上がりすぎていると自分の首を絞めるのだよ。その方がざまぁ度も高いし。

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