25.表向き、始まりの日
さあ、いよいよ開戦だ!
といっても、いきなり大軍は来ない。来るのは、簡単なルーチンワークを任されただけの……。
誰にでもできる仕事のはずが、判断の間違いを重ねると地獄の行軍と化す。
敵を侮り、保身に走り、古いデータで安心していると……全てはユリエルの手の内であった!
しかし、全く慈悲がないかと言われると……。
大きな荷車を馬に引かせた衛兵の一団が、草ぼうぼうの道を進んでいた。
といっても、戦いに赴くのではない。
照り付ける真夏の太陽の下、衛兵たちは鎧も兜も脱いで荷車に載せている。今、何かが襲ってきたらなんてことは、考えていないようだ。
「全く、やってらんねーぜ。このクソ暑い中……」
「脱げるだけましだろ。
大規模討伐でこの辺は安全になったし、戻る直前に着込めばいいよ」
衛兵たちに、緊張感など欠片もない。
肌着に汗ジミを浮かせて荷車を動かしていく姿は、そこらの農村のオッサンより間抜けだ。
「……しっかし、もうちっと快適な服を支給してもらえんかね。
これから採りにいくアラクネ糸、あれで作った服は上質で快適なんだろう。そのうえ下手な鎧より防御力あるらしいし」
「だな、俺らが採ってくるんだから、ちょっと俺らに分けてくれても……」
衛兵は、荷車に積まれた大きな糸巻きを眺めてぼやく。
この衛兵たちは、虫けらのダンジョンにアラクネ糸を採りに行く途中だ。
糸の採取はいつも月に一回あるのだが、今回は予期せぬダンジョン襲撃のせいで日程がだいぶずれてしまった。
おかげで衛兵のスケジュールも狂ってしまい、上は調整にてんてこ舞いだ。
糸の納品は在庫でどうにか対応したものの、今臨時の注文が入ろうものならもう対応できない。
そのせいで指揮官はピリピリしており、暑いから自分はついて来ないくせに、必ず問題なく任務を果たしてこいと圧力をかけてくる。
……が、それでも衛兵たちは気が緩んでいた。
「問題なくって、こんなの失敗する要素がどこにあるんだよ」
「糸が少なかったら、アラクネに鞭入れるくらいか」
なぜなら、この任務は本当に簡単なものだからだ。
教会が制圧したダンジョンに入り、服従させたアラクネから糸を採って学園都市に戻るだけの簡単なお仕事。
おつかいレベルのミッション。
糸さえきちんと巻ければいい、命の危険など皆無な衛兵には美味しすぎる役目。
そして、これまでこのミッションでは、糸が絡まったとか荷車が壊れた程度のトラブルしか起こったことがない。
だから、気が緩んでも大丈夫なのだ。
衛兵たちは、今日もいつも通り失敗しないと信じていた。
そしてこれからも、これまで通り時々このお散歩みたいな任務についてのんびりできると夢見ていた。
……しかし、今日は様子が違った。
ダンジョンの入り口前まで来ると、衛兵たちは止まって上を見上げた。
「……何だこりゃ?」
ダンジョンの入口に、見慣れぬプレートがかかっている。よく目立つハチのような警戒色のそれには、黄色の地に黒い字でこう記されていた。
<聖女ユリエルの純潔を信じる者は、戦わずに去れ。
真実を守る者に危害は加えない。
ここに入りユリエルを害さんとする者は、真実に仇為す者である。冤罪で人を害する者に、このダンジョンは裁きを下す>
衛兵たちは、顔を見合わせた。
「ユリエルって、あの……追放された淫乱聖女?」
「元聖女な。もう破門されてるし。
それが、ここにいるってのか……?」
「でも、一月位前に死んだって発表が……」
衛兵たちも一時はユリエルの捜索に参加していたので、その名は知っている。ただ、もう終わったことだと忘れかけていた。
「……ああ、だが死体は見つかっていない。
こりゃ、もしかすると……!」
隊長が目を細めるのに、新兵たちはごくりと唾を飲んだ。
「も、戻って……上に、報告すべきでしょうか?」
気弱で真面目な新兵がそう進言するのを、隊長は鼻で笑った。
「フン、この程度で報告などと……大手柄が、目の前に転がっているのにか?」
隊長の目は、出世欲にギラギラと輝いていた。
「よく考えろ、これを見つけたのは今のところ我々だけだ。ということは、このまま堕聖女を捕えれば、手柄は我々だけのものだぞ!
しかも相手は元聖女、強豪の賊でも魔物でもない!」
それを聞いて、新兵たちも考えた。
自分たちも教会の仕事で、時々見かける聖女。清楚で可憐で、人を癒すことは得意でもか弱くて自分の身も守れない。
むしろ、守ってあげなきゃいけない存在。
ほんの時々戦闘に参加することはあっても、常に後衛にいて仲間に守られている。頼れるけれど、脆くて儚い存在。
仲間さえいなければ、壊すことなど造作もない。
「……なるほど、確かに簡単な仕事ですね。
破門された奴を、わざわざ守ろうなんて人間はいないでしょうし」
「それよ、たった一人の聖女など恐るるに足りん!
おそらくダンジョンに逃げこんだのも、外では身を守れぬからだ。血まみれのローブも見つかったし、実際に痛い目を見たんだろう。
そして傷が癒えるまでここに潜み、やり返すつもりだ。
……ここの虫どもは、光魔法を使う人間を襲わんからな」
そう考えて、隊長はじゅるりと舌なめずりした。
きっとユリエルはこの中で、たった一人でも抗ってやると無謀な決意を固めているのだ。それがどれだけ無意味なことかも知らず。
もしかしたら、手負いで弱っているかもしれない。ろくに食べ物を手に入れられず、ひもじくてここから動けないのかもしれない。
そんな相手を倒すなど、赤子の手をひねるようなものだ。
「よし、おまえら、鎧を着けろ。
夢ばかり見て道を外れたアバズレに、現実を教えてやろうじゃないか!」
隊長の命令に、新兵たちは勇んで着替え始めた。
その顔は、さっきよりさらにダラダラに緩み切っている。頭の中は、これで一気にエリート街道だとか周りに威張れるだとか、輝かしい夢で一杯になっていた。
「よし、突入……の前に、この生意気な看板は外しておくか」
隊長は華麗なジャンプ斬りで、プレートを落とそうとしたが……もろに刃が当たってもプレートはびくともしない。
それならばと横から刃を入れてはがそうとしても、ズレもしない。逆に、剣が引っかかって隊長が転ぶだけに終わった。
「ええい、おまえらも手伝わんか!」
新兵たちも加わって槍で突いたり魔法で焼こうとしてみるも、傷一つつかない。
「……どうしましょう、隊長?」
「ぐぬぬ、もう看板は置いておいてユリエルに向かうぞ!奴さえ制圧すれば、これをどうにかできるはずだ」
そこだけは、間違っていなかった。
「よし、神が与えたもうた恵みに感謝して……突撃ぃー!!」
隊長以下十人ほどの衛兵が、勇んでダンジョンに突入した。
……入口のプレートがなぜ壊れないのかをきちんと考えれば、彼らはこの後降りかかる不幸を回避できたかもしれない。
中に入ると、衛兵たちはすぐに立ち止まった。
「な、何だこれは!?」
ダンジョン内は、自分たちがしっている光景とまるで違っていた。
入口から広くなだらかな一本道だったはずなのに、それが入って少し行ったところで途切れ、細い横道が三本つながっている。
「ダ、ダンジョンって……聖女の手で掘れるんですかね?」
「でも一月あったからな……」
見当違いな部下たちの会話をよそに、隊長はさすがに不穏な気配を覚えた。
(……まさか、ユリエルはマスター権限を手に入れたのか?)
ダンジョンを支配するマスターは、ダンジョンを自分の思うままに変えられると聞く。以前の通りやすい道も、マスターのアラクネに命じて作らせたそうだ。
もし、ユリエルがその力を手に入れたとしたら……。
隊長の鎧の下に、だらだらと冷や汗が流れ始めた。
(しかし、守りは置いて……いや、前の報告書通りの実態だと単独での突破はあり得るぞ。しかも邪淫で破門されたような奴なら、たぶらかして寝首をかくなり毒を盛るなりすれば……欲しかない冒険者相手ではな。
アラクネも、虫を完全にスルーされて不意打ちで火や毒を浴びせられたら……)
以前ダンジョンが襲撃された時の報告書は、一応読んでいる。よく考えたらザルだよなと他人事のように思ったが……それを今、こんなに骨身に感じるとは。
冷静に考えて、元聖女一人でも破れそうではある。
(まずい、まずいぞ……!!)
隊長の顔面が、蒼白になっていく。
ダンジョンに潜る者であれば、ダンジョンマスターがどれほど厄介な存在かは知っている。なにせ魔物も罠も地形すら思うように操って侵入者を殺しにくるのだ。
教会に恨み骨髄の、聖女になる力のある者がそうなったら……。
……ではなく、隊長が考えているのは全く別のことだった。
(まずい……ここの防衛の最終的な責任は、我々軍にある!ここがこうも簡単に盗られたと知れたら、非常にまずい!!
せめて下手人を捕えて帰らんと、減給どころか降格に……!!)
隊長が考えているのは、どこまでも自分のことだ。
冒険者に見張りを丸投げしたのも、その冒険者を遠ざけてここをガラ空きにしたのも、自分たち軍の判断だ。
そのせいでダンジョンが盗られ、アラクネの身に何かあったら……責任はどこに向かうか。
インボウズたち上層部は軍を責め、軍の指揮官たちは現場に責任を押し付けるだろう。下手をすれば、自分が処刑されるかもしれない。
(じ、冗談じゃないぞ!
とにかく、ユリエルを何とかせんことには、帰っても破滅だ!!)
隊長の頭の中は、責任から身を守ることで一杯になっていた。
「隊長、ここはやはり、一度退いた方が……」
元冒険者の部下が進言するのを、隊長はものすごい勢いで却下する。
「ならん!!臆病風に吹かれてどうする!!
我々の本業は、敵と戦うことだ。その我々が敵を、しかも男をたぶらかすしか能のない小娘一人を恐れてどうする!?」
「しかし、ダンジョンの力は……」
「ダンジョンは、侵入した他者の命を糧にすると聞いておる。
だが、前の賊以来ここに侵入者はないはずだ。つまりこのダンジョンは、まだ飢えて育っておらんということ。
むしろ倒すなら今だろうが!!」
聞きかじった程度のダンジョン知識を自分に都合のいいように総動員して、隊長は鼻息荒く進撃命令を出す。
「さあ、神の敵を打ち払い、アラクネを取り戻すのだ!!
さっさと突撃しろぉー!!」
隊長は、隊を三つに分けてそれぞれの横道を進ませた。
対人戦闘の訓練を積んだ兵士が三人いれば、回復役一人制圧するなど訳ないし、ここにはそれほど強い魔物が出なかったからだ。
とにかく早く広い範囲を探索し、元凶を見つけないことには気が休まらなくて……。
それがどれほど間違っているか……結果はすぐに訪れた。
一隊は、細い道を進んでいるといきなり壁が崩れて下半身が土に埋まった。そして次の瞬間、下半身にひどい痛みが走った。
「ぐううぅっ……な、何が……!」
見下ろすも、土ばかりで何も見えない。
だが、元から土の中に住んで狩りをしている虫たちは違う。あっという間に魔物化したハサミムシや土中に住む長虫が群がり、兵士たちの体をかじり出す。
「あがっい、痛え!畜生!!」
兵士たちは剣を地面にやみくもに突き刺すも、それでまともに当たる訳もない。魔法も土に阻まれてしまうし、こう狭いと仲間に当たってしまう。
なにせ兵士たちからは、敵の姿すら見えないのだ。
「おおーい!!誰か、助けてくれぇーっ!!」
声を限りに叫ぶも、返ってくるのはかすかな悲鳴。自分たちの悲鳴がこだましているのか、あるいは……。
必死に手で土を掘る兵士たちに、キチキチと不穏な音が近づいてきた。
「あ、ああ……虫……!」
何匹もの石ムカデが凶悪な大顎を打ち鳴らしながら、やって来る。兵士たちは震え上がったが、足が埋まっていては逃げることもできない。
たちまち、鋭い大顎が兵士たちの首や胸を貫いた。
もう一隊は、しばらく進んだところで下り坂に入った。さらに行くと行き止まりになっていたので引き返そうとすると……頭上から、いきなり何かが落ちてきた。
「ぶえっ!?な、何だこれ……ナメクジ!?」
それは、ヌルヌルで柔らかいものだった。体長50センチを超えるバカでかいナメクジが、ぬろんっと滑り落ちていく。
あっという間に、兵士たちは全身粘液だらけになった。
「ぶへっ汚え!!」
「こいつら、柔らかすぎて切れな……あっわっ踏ん張れな……おぼっ!?」
斬ろうとしても、ナメクジは柔らかく受け止めて変形するばかり。おまけに粘液で滑って、攻撃はおろか移動もままならない。
そのうち、元来た方でゴーンと重たい音がした。そこからゴロゴロと鈍い音が、近づいて来る。
「鉄球だ!!」
行き止まりでもがく兵士たちめがけて、巨大な鉄球が勢いよく転がってくる。
兵士たちはもちろん逃げようとするが、逃げ場などない。
いや、ナメクジたちはさっさと壁を上って逃げ出しているが……粘液塗れの人間にそんな事ができるはずもない。
ただ黒く重い罰が迫ってくるのを前に、叫ぶことしかできない。
「ギャアアア……グベッ!!」
踏み潰された蛙のような悲鳴を最期に、兵士たちは身も心も打ち砕かれた。
隊長のいる最後の一隊は、がむしゃらに下へ下へと進んでいた。
途中どこからか、同僚のものと思しき悲鳴が聞こえてきたが、道が入り組んでいてどこから聞こえてくるのか分からない。
助けに行こうと走り回ったものの、どちらに進んでいるのかも戻る道すらも分からなくなって、無駄に体力を消耗するだけに終わった。
こうなればもう、下へ進んでコアルームを目指すしかない。
「怯むな!ここは所詮三階層しかないクソダンジョンだ!
コアさえ押さえれば、もうこっちのものだ!!」
息が上がりながらも無駄にでかい声で部下を威圧し、鼓舞になっているかも怪しい威勢のいい言葉を吐いて進み続ける。
隊長自身も、そう信じなければやっていられなかった。
とにかくユリエルを見つけさえすればどうにかなると、それだけを考えて地の底へと潜っていく。
だが、その足が止まったのは案外浅いところだった。
「着いた、コアルーム……いや違う!」
隊長たちの一隊は、ついに開けた場所に出た。
しかし、形がコアルームとは違う。荷車が二台並んで通れるくらいの通路が、10メートルほど切り取られたような場所。
あっけに取られて周りを見回す隊長の耳に、ビュッと風切り音が届いた。
「なっ……がっ!?」
バシンと殴られたような衝撃が走り、肩鎧を貫いてすさまじい痛みが走った。見れば、肩鎧に一本の矢が生えていた。
「あら、頭に当てるつもりだったのに」
突如、上から女の声がした。
見上げると、広場の上には狙撃用の窓があり、そこから長弓を携えた女が顔をのぞかせていた。
純白の聖女のローブに、胸には黒く禍々しく染まった聖印章。黒く大きくうねる髪と、こちらを見据える大きな目。
「ユリエル……!!」
隊長は痛みに歯を食いしばりながら、その名を呼んだ。
「ええそうよ、彼氏ができたこともないのに邪淫とか言われて追放されたの。
私は純潔なままなのに、みーんな私をありもしない罪で責めてくるのよ。ひどくない?偽りの罪で人を責めるなかれって、聖典に書いてあるのに!」
ユリエルは、底冷えするような視線とともにそう言った。
だが、隊長は逆ギレして言い返す。
「ふざけるな、おまえがこういうことをする女だからだ!!
それに、実際に神はおまえから力を取り上げた!おまえが隠れて悪行を重ねてきて、それを見ていらっしゃったからに違いない!
おまえは、神の治めるこの世界にいてはならんのだ~!!」
取りつく島もない、一見筋の通った理論。
しかしユリエルは、こてんと首を傾げた。
「まあ、力を奪われたのは認めるわ。
でも神様って、本当にそんなに隈なく公平に世界を見てらっしゃるのかしら?世の中には理不尽や不条理があふれて、平気で甘い汁を吸ってる悪人もいるのに。
それに……敬虔なあなたがやられそうになっても、ちっとも助けてくれないわ」
それを聞いて、たった三人しかいない部下が動揺する。
ユリエルの罪の真偽はともかく、自分たちの現実を見ればそうだ。真面目に仕事をこなしているだけなのに、いきなり地獄のような状況で助けも望めぬ死地にいる。
教会の教えが、神に祈れば救われるというのが本当なら、これは何なのか。
隊長はまだ気勢を上げているが、自分たちの中にあの狙撃窓に攻撃が届く者はいない。つまり自分たちは、まな板の鯉。
ユリエルは、冷たく笑って告げた。
「あなたたちが悪いのよ、ありもしない罪で人を苦しめようとするから。
私は身を守っているだけ。あなたたちが退くなら、追わないわ」
ビズビズと騒がしい羽音がして、狙撃窓からハチの魔物が飛び出してくる。凶悪な尻の針を見せつけるように兵士たちに向け、取り囲む。
「さあ、どうします?
私の純潔を認めて去る?それとも、ここで死ぬ?」
ユリエルは、慈悲の笑みで問いかける。
ご丁寧に、退路は開いている。本当に、逃がす気はあるようだ。
しかし隊長にとって、それはできない相談だった。だってこのまま逃げ帰ったらダンジョン陥落はバレるし、後々自分が一時でも破門者に屈したと露見することは目に見えている。
つまり、逃げれば生き地獄である。
「ぐぬううぅ……!!」
隊長は、奥歯が割れそうなほど噛みしめた。
後ろの部下たちは涙目で退こうと訴えているが、そんなことはできない。
「ええーい、神の御加護は生ある間だけではない!!ここで死んでも我は天に昇り、貴様はいずれ地獄に落ちる!
進め、あそこに行く道を探すぞ!!」
隊長は鎧の奥にある免罪符を信じて、がむしゃらに奥の通路へと走った。
しかし、ハチの方が速い。ブゥッと空気を震わせて、あっという間に十匹以上のアサルトビーが殺到する。
隊長は剣を振るって応戦しようとするも、肩に受けた矢と痛みが邪魔に阻まれてうまく反撃できない。
あれよあれよという間に、隊長の鎧の隙間に何本もの毒針が突き立てられた。
「おぎいいぃい!!?」
絶叫し、体をガクガクと震わせてのたうつ隊長。
そこに、もう一本、二本と矢が降り注いだ。
「はっ……うーん外れた!えいっ……難しいなぁ」
ユリエルが、狙撃窓から何度も矢を降らせるが、隊長が痛みで転げまわるせいでなかなか致命傷にならない。
ただし、隊長ももう自力で逃げられる状態ではない。
体に突き刺さった矢が十本を超えた頃、隊長は壮絶な苦悶の形相で息絶えた。
「……で、あなた方はどうします?」
ユリエルが問うと、腰を抜かしていた部下の一人が弾かれたように土下座した。
「ひえーっ!!認めます!認めますから許してくだせぇーっ!!」
頼りにしていた隊長まであっけなくやられて、ついに心が折れたのだ。他の仲間は迷いながらも止めようとするが……。
「お、おい……破門者なんかに屈したら……」
「うるせえ!!バレなきゃ何ともねえだろ、てめえらも一緒に死にてえのか!!」
それを聞いて、他の二人もおずおずとユリエルに頭を下げた。ここにいる三人が黙っていれば、すぐにはバレない……そういうことだ。
ユリエルは、晴れやかな笑顔で手を叩いて告げた。
「よくできました~!それでいいんですよ、別に周りに広めてなんて一言も言ってないんですから。
あなた方の胸に留めておいて、もう不当に私を害さなければいんです。後は逃げるなり普通に暮らすなり、どうぞ」
何をされるのかと思っていた兵士たちは、その言葉に体中の力が抜けてへたりこんだ。
しかし、そそくさと去ろうとするその背中に、ユリエルは釘を刺すように言った。
「私は、あなた方の誠意を信じて返します。
でも、もしまた殺しに来たら……その時は、返すという選択肢はありません。
あなた方の意志に反してそうならないように……帰ったら、すぐ逃げた方がよろしいかと。聖人教会を信じない地まで行けば、きっと静かに暮らせますよ。
私と違って、破門されてなければ馬車は使えるでしょうし」
その言葉に、兵士たちは意外そうに顔を見合わせた。
(……そこまで人のこと思えるのに、何で破門なんかされたんだよ?)
その心の声に応えるように、ユリエルが呼びかけた。
「私は人を殺したいんじゃなくて、冤罪から身を守りたいだけです」
助かっておまけに気遣われたことで、その言葉は兵士たちの胸にとりあえず受け止められた。
もっとも、日の下で口に出せることではないけれど。
それでもこのわずかな疑問を持たせることが、ユリエルの冤罪を晴らす第一歩であった。
pixivで見かけたのですが、「感覚遮断落とし穴」というのを知っていますか?落ちると下半身の感覚がなくなって、何をされても分からないという罠です。
主にエロいことをされて、いきなり感覚遮断が解除されるという流れになります。
ここからヒントを得ての、下半身生き埋め作戦です。
痛みでヤバいことは分かるけど、敵の姿も数も分からないという……恐怖を煽られることこの上ない。視覚と攻撃を遮断するには、埋めるだけでいいのだよ。
前にアラクネちゃんが下半身わざと埋まって人間のフリをしたのも、これの仲間ですね。
それを考えると、土の中で獲物を探す虫やモグラのすごさが地味に分かるという。




