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虫愛でる追放聖女はゲテモノダンジョンの妖精王となりて  作者: 青蓮
第1章 ダンジョンマスターへの道
20/121

20.後日談なんかじゃない

 ユリエルの親友たちサイドと、冒険者サイドのお話。

 大切な人が陥れられて死んでも、当事者の状況によってはその死を素直に悼めないこともある。本当に死んでいれば、何も問題は起きないのだが。


 そして、ユリエルが戦いの後どうなったかも。

 俺たちの戦いはこれからだ(打ち切りではない)

 ステンドグラス越しの柔らかな光が降り注ぐ中、聖女と神官たちが集められていた。

 乙女たちは皆、沈痛な顔をしている。最も聖なる空間のはずなのに、乙女たちを支配しているのは恐怖、悲しみ、不安といった負の感情ばかりであった。

 その静けさを心地よいとすら感じながら、インボウズはいかめしい顔で告げた。

「先日破門され追放されたユリエルが、賊に殺されていたことが分かった」

 それだけで、息を詰める音やかすかな嗚咽が方々から聞こえてくる。

 インボウズは、芝居がかった残念そうな声で言う。

「憎むべき背教者であったが、ここで死ぬことはなかった。生きておれば更生し、また世の役に立てる日が来たかもしれん。

 だがユリエルは、思い上がりと身勝手でその機会すらなくしてしまった!

 これを哀れと言わずして何と言おうか!!」

 聞こえはいいが、インボウズの言う更生とは心が折れて逆らわない人形になることで、役に立つとは娼館か捨て駒である。

 だがそれを知らない学生たちから見れば、インボウズは不良をも見捨てず手を差し伸べる優しき教育者だ。

 インボウズはユリエルを引き合いに出し、学生たちを教育する。

「人は皆、一人では生きていけぬ。

 手を取り合い繋ぎ合うために、我々教会は活動しているのだ。

 だからもし君たちが罪を犯してしまっても、僕は見捨てないよ。神様だって見捨てない。だから軽々しく諦めたり怯えたりせず、僕を頼りたまえ。

 救いは今ここに、君たちのすぐ側にあるのだから!」

 自分こそが救いだと改めて学生たちに刷り込み、次こそ陥れた子羊に逃げられないよう手を打つ。

 ユリエルの末路に怯えた学生たちが、もっと従順になるように。

(くぅ~今回は不手際だった!

 あんなじゃじゃ馬がいるとは!

 だが、ただでは起きんぞ。ユリエルのこともアラクネのことも、二度とは起こさせん)

 インボウズはユリエルのことを残念がりながらも、もう次を見据えていた。そしてユリエルのことも、次に生かせればよしとした。

 自分の一存で堕とせる女など、まだいくらでもいるのだ。

 ユリエルはインボウズの中で、一つの悔しかった思い出になった。


 今月何度目かの全校朝礼が終わると、乙女たちは騒然としていた。死んだのが破門者ということで大多数はすました顔を作っているが、一部ひどく泣いている子もいた。

「わあああ!何で!?ユリエルが、死……あああん!!」

 シノアは、人目もはばからず座り込んで大泣きしていた。

「だって、だってきっとまた会えるって、生きてるって……ひいいいん!!許されて、ほじがった……ぶええええ!!」

 これまでずっとのほほんと生きてきたシノアは、この現実を受け入れられなかった。

 側で見守るユノとカリヨンも、これには胸を抉られる思いだった。

「ごめん、ユリエル……私たち、甘かったね」

「……ですが、下手に動けなかったのは事実。

 このうえは、時間がかかっても必ずや教会を正し、彼女を慰めるしかありません」

 カリヨンたちはユリエルが窮地にあると知りながら、心のどこかできっと死なないと思い込んで日々を過ごしていた。

 それが過ちだと分かったのは、親友が帰らぬ人となってから。

 発表された情報によれば、自分たちが学園に帰ってきた時には既にユリエルは亡くなっていた可能性が高い。

 そんな中世の中を甘く見ていた自分を締め上げたい気分だった。

 だが、危機感を持ったとて、あの時動けたかと言われたら疑問が残る。だってそうしたら、自分たちもインボウズの罠に落ちていただろう。

 カリヨンは、己を律するように呟いた。

「……ともかく、これで私たちがユリエルのために動く必要はなくなりました。

 ユリエルのことは心に刻みつつも、心を乱さず己の本分を全うしましょう」

 冷たいようだが、現状ではそれが最善手だ。もうユリエルを救うことを考えなくていいなら、より固く自分たちを守る事ができる。

(約束するわ、ユリエル……いつか、あなたのような悲劇が起きない教会にするって)

 自分と教会の明るい未来のために、今はユリエルのことを過去にして、親友たちは変わらぬ日々に戻っていった。


 一方、陥れた側のティエンヌたちは拍子抜けしていた。

「逃げたと思ったら盗賊に殺されてるとか、ダッサ!

 これじゃ何の役にも立たないし、つまんないわ。貞操奪われたところで『ねえ、今どんな気持ち?』って聞くこともできないじゃん!」

 下の者をいたぶるのが最高の娯楽なこいつらにとって、今回の幕引きはあまりにあっけないものだった。

 さらにティエンヌは、ローブの下にゴテゴテとつけているたくさんの魔道具をなぞって内心で呟く。

(せっかくあたしの魔力タンクになるかと思ったのに。

 これじゃ、また別のいいのを探さないと大聖女になれないじゃない!)

 ティエンヌがローブの下に隠している腕輪やネックレスは、本来聖女の基準に満たない彼女に魔力を足すものだ。

 だがこれも、魔道具頼みでは高くつくし融通が利かない。

 ゆえに、さらに上の大聖女の位につく者は……他人から魔力を吸い上げる契約をしていることが多い。

 その魔力タンクとなるのが、陥れられ消された元聖女なのだ。

 これも、身分の低い聖女堕としが常習化している一因である。

 ユリエルを陥れて父のインボウズは地下娼館で儲け、娘のティエンヌは優秀な魔力タンクを手に入れて大聖女を目指す。

 そのはずだったのに……台無しだ。

 ティエンヌは、一人ぼっちで青い顔をしている一人の聖女に目を向けた。

(アノンはミザリーの魔力タンクになる予定だけど……もらっちゃだめかしら?

 いえ、アノンと一緒に孤児院出の聖女じゃない奴を巻き込んで数を揃えるのもありね。たくさんの子の魔力を混ぜると体に良くないらしいけど、認定試験さえパスすれば後は何とでも……)

 視線の先で、アノンは友を失って憔悴している。

 しかも虫やゲテモノ処理を押し付けられたことで仲間外れにされ、それでも他の孤児院出の仲間を巻き込むまいと一人で耐えている。

 順調に、孤立無援になってきている。

 アノンと仲の良かった他の孤児院出の子たちも、同じ目に遭ったり立場を失ったりするのを恐れて手を出さない。

 皆、内心は助けたくて申し訳なくてたまらないのに。

 しかし、そんな悲惨な状況を見てもティエンヌたちはほくそ笑むばかりだ。

「大丈夫よ、アノン。あたしが守ってあげる!」

 ティエンヌは、悪魔の笑みでアノンに声をかける。

「あんたはよくやってるわ。あたしはちゃんと見てるわよ。

 大丈夫、あんたはユリエルとは違うもの。しっかり信仰を持って敬虔に神に仕えていれば、悪いことなんか起きないわよ。

 だから、しっかり態度で示しなさい!」

「は、はい……」

 孤立して心が弱ってきているアノンは、ついティエンヌにすがってしまった。

 ユリエルが悪いとは思えないけれど、ティエンヌも慈悲深い人じゃないか。だったら、やっぱりユリエルに何か落ち度があったのかもしれない。

 それに、ユリエルはもういない。

 今自分を支えてくれるのは、ティエンヌたちなのだ。

「そうよ、祈る事、そして素直に信じて受け入れる事。

 神は試練を課すかもしれないけど、信じて誠実に尽くせば必ず応えてくださる。あんたは、それができる子!」

「はい……ありがとうございます」

 元が素直で素朴なアノンは、そう言われるとつい頑張らねばという気持ちになってしまう。

 そんなアノンに、ミザリーがお多福のような笑顔で言った。

「うん、頑張ってるあなたに、ワタクチからごほうびをあげますわ~。

 今度、ワタクチのお気に入りの高級レストランに連れて行ってあげますの~」

 その合図に、ティエンヌとワーサはニヤリと笑って顔を見合わせた。

 これが、新しい地獄の始まりだ。ユリエルも通ってきた救いなき虐めのベルトコンベアに、今度はアノンが乗る番だ。

(……そうよね、古いおもちゃが壊れたら新しいので遊べばいいのよ)

 ティエンヌはそう考えて気持ちを切り替える。

 アノンも、いくら悩んでも仕方ないことに蓋をして前を向く。

 ユリエルの物語は終わり。これから始まるのは、アノンの物語。学園は、何も変わらず平和に回り続けていた。


 街では、ダンジョンで討たれた盗賊たちの死体が晒されていた。そこに、軍の功績を記した立札が添えられている。

 アラクネだけで守ったとなると体裁が悪いため、ダンジョン防衛と盗賊退治は当然のように軍の功績にされた。

 逆に冒険者ギルドは、街の有力者を集めた中で叱責された。

 ギルドマスターはだめになった糸の損害賠償を払わされ、冒険者たちは他の賊や魔物討伐に前線を駆け回らされている。

「クッソオオォー!!なぜ僕の罪でもないのに、こうなるんだ!?

 この金でユリエルを買った方が、遥かにましだった!!」

 ギルドマスターは怒り狂ったが、ゲースたちは皆死んでしまい、奴隷として売ることもできない。元から金も妻子もなく、家族がいても老いた極貧の親くらいのもので、賠償させることもできない。

 せめて冒険者たちの稼ぎを少しでも吸い上げようと、ギルドマスターは冒険者たちのケツを叩いて最前線にぶつけていた。

 その無茶な戦いで、冒険者には少しだが犠牲が出てしまっていた。

「痛たた……全く、やってられないわ!」

 粗末な野営テントの中で、アイーダは腕に巻かれた血のにじむ包帯を押さえていた。側には、息も絶え絶えな同業者が転がっている。

(下の子たちの食費がどんどん増えてきてるのに、こんな危なくて実入りの悪い仕事しかないなんて!

 しかも、ユリエルがいないから……あの子なら、あたしたちを最前線で癒してくれたのに!)

 アイーダは家族のために、死ぬ訳にいかない。

 それでも傷を負ってしまったのは、ついユリエルがいた時のクセで、功名を求めて飛び込んでしまったからだ。

 失ってその大切さに気付く、とはこのことである。

 これで家計にどれだけ響くか考えると、アイーダは腹立たしくなってきた。

(でも、ユリエルもユリエルよ!

 私は必要に迫られてたくさんの男と寝てるのに、あいつは自分で男に媚びもしないで他人に頼って!断られたらすーぐ無茶して!

 死ぬのも追放も自己責任だけどさあ、他人の迷惑考えてよ!!

 だからモテないのよ!!)

 事情を知らないアイーダは、そう思ってユリエルを憎んでしまった。家族のことを思えば思うほど気が立って、それをユリエルにぶつけてしまう。

 それにぶつけたところで、死んでしまったユリエルが言い返すことはできない。ならば、自分を奮い立たせるためにぶつけて何が悪い。

 こんなに迷惑をかけられたんだから、死んだあと叩くくらいいいでしょ、と思っていた。


 誰もが、ユリエルのことはもう終わったと思っていた。

 だから今のこの感傷は、未来に何の影響もない後日談。

 ユリエルのことはこのまま時と共にただの記憶になり、やがて大多数は忘れていくのだ……。


 ……本当に、そうだろうか。

 真実は、ダンジョンの奥深くにあった。



「皆さん、お疲れさまでしたー!

 どうぞ、安心して食べて体を癒してくださーい!」

 抜けるような晴天の下、ユリエルのご機嫌な声が響く。ユリエルとアラクネとワークロコダイルたちは、虫をテーブル代わりにごちそうを広げていた。

 ユリエルとアラクネの前には、美味しそうに焼けたステーキ。虫の魔物たちには生肉。そしてワークロコダイルたちの前には、人間の死体が置かれている。

「すみませんね、ちょっと人間が少なくなっちゃって。

 教会の目を欺くのに、どうしても必要だったので」

 ユリエルが謝ると、シャーマンは感心して首を横に振った。

「いやいや、十分だよ。それに、安住できるのもそれのおかげだ。

 見事な策略だよ……野盗だけがダンジョンに来たふりをして、それを口実に教会や冒険者を遠ざけるなんて!」

 ワークロコダイルたちは心の底から安堵し、ユリエルに感謝していた。

 これでしばらくは、自分たちの安住が脅かされることはない。脅かされる頃には、子供たちは毒が抜けて回復しているだろう。

 ユリエルの策のおかげで、準備期間はたっぷりある。

 アラクネも、信じられないほどの喜びとともに言った。

「次の糸の採取まで、丸々一月くれるんだって!

 しかも、冒険者の監視はもうない。むしろ駆け出しのレベル上げも、周りが安全になるまでは使わせないって。

 教会の兵も、周りの掃除に出払ってしばらく来ない。

 あんな状況からここまで持ってくるなんて……ユリエルしゅごぉ~い!!」

 アラクネは、蕩けるような顔でユリエルに抱き着いて頬ずりをする。

 虫けらのダンジョンとここに住まう者たちがこれほど素晴らしい状況になったのは、ユリエルの策のおかげだった。


 ユリエルは、不測の戦いの全てを使って教会を騙した。

 野盗どもの死体をアラクネでも何とかなりそうな数残し、明らかに死因がワークロコダイルな死体と元からここにいなかった魔物(岩ムカデ除く)の死体を片付け、ここで起こったのはアラクネ率いるダンジョンVS野盗の戦いだけに見せかけた。

 そのうえで自分が倒した冒険者の遺品と自分の血まみれのローブを野盗の荷物にねじ込み、全ての罪を一旦野盗に着せた。

 自分のことも、死んだように思わせた。

 さらに教会と普通に接触できるアラクネの口を借り、教会に冒険者への不信を吹き込み、監視をやめさせた。

 とどめに、教会を通じて周りの他勢力を掃討させることで、これ以上芋ヅル式に攻め込まれないようにした。

 予想だにしなかった戦いで得たものを組み合わせて、ここまでやったのだ。

 おかげでダンジョンはこれから丸一月の準備期間を手に入れた。


 ユリエルは、鼻高々で自画自賛する。

「いやあ、これでも兵法は割と得意で……冒険科の授業受けて、冒険者や軍人よりいい成績取ったこともあるんだ~!

 インボウズに媚びて成績下げようとしたクソ教師、ざまあみろ!

 ついでにギルドマスターも、今頃青息吐息だろうね。ざまあみろ!私のお尻は高くつくわよ!!」

 ユリエルは、自分を陥れた者たちを見事に手玉に取った。

 インボウズもギルドマスターも、今頃大慌てで損害の計算をしていることだろう。それが本当は誰のしわざかも、分からないまま。

「……これが私のせいって分かったら、あいつらどんな顔するかしら?

 あ~今から楽しみだ!!」

 きれいに騙してやれたと、ユリエルは達成感で胸が一杯だった。

 しかしそれが分かった後も自分の命を守るには、相応の備えが必要だ。準備期間も、決して手を抜くことは許されない。

 否、ユリエルはもうその準備を始めていた。

 ダンジョンの中にも関わらず空があり太陽が照り付けるここは、一体何なのか。

「食事が終わったら、皆さんの家族をすぐ連れて来てくださいね。

 本格的に教会が掃討を始めると、皆さんの集落も危ないし……こっちもできるだけ早くDPが欲しいので」

 ガツガツと人間の死体を貪るワークロコダイルたちに、ユリエルは指示する。

 シャーマンは、深くうなずいた。

「ああ、そうするよ。一族皆で、あんたの力になるさ。

 住みやすい水場も食べ物も用意してもらって、人間の死体まで解毒して食べられるようにしてもらって……従わぬ理由などない。

 ここなら、子らも安心だろう」

 シャーマンが見下ろす先には、崖に囲まれた深い谷川がある。水は清く、時々大きな魚影が揺らめいている。

 そして今ユリエルたちがいるのは、急な山に囲まれた狭い棚のような場所。これまでの岩壁に囲まれた洞窟ではなかった。


 ここは、ダンジョンの4階層。

 レジスダン一味との戦いの後、急いで追加した階層だ。

 急峻な山々に囲まれた峡谷で、谷には川が流れている。川岸はほんの一部を除いて、高い崖になっている。

 ここは、ワークロコダイルの移住先として作った階層でもある。

 山の上からは見えないが、谷川の岸に一部、谷川の起点近くにそれなりの広さの川原を作ってある。

 ワークロコダイルは、次の移住先ができるまでここで暮らすのだ。

 戦力としてはいまいちな個体が多いため、ダンジョンの配下にはせずDPを供給させ続ける。

 ただしそれでは餌が必要になるので、谷川には魚を追加しておいた。少しDPを消費するが、これで得られる定期収入と比べれば問題ない。

 ……もっとも、これはワークロコダイルのためだけでもないが。

 ユリエルが湿地で捕まえて来た虫たちのためにも水場は要るし、何より教会の兵を呼び込むにあたって、ダンジョンから出られないユリエル自身の隠れ場所が要った。

 そのため、急遽4階層を作ることになったのだ。


「大丈夫だよ~、DPはまだまだあるから!

 ワニさんたちの家族が来てもう少し溜まったら、今度は湿地の階層を作ってあげるね。それぞれの階層も、もっと広くしよう!」

 ユリエルは、目を輝かせて言う。

 今回の野盗との戦いは、そこそこ強い人間を三十人くらい倒したため、大量のDPが手に入った。

 これで、まずはダンジョンを一気に強化してやる。

 そして、余裕があれば自分たちも強化する。

 その第一歩は、既にユリエルたちの目の前にあるが……。

「それにしても、本当に良かったんですか?

 息子さんのお肉を、仇の私たちが食べちゃって」

 ユリエルとアラクネの前にあるステーキは、何を隠そうタフクロコダイルガイの肉だ。周りの虫たちに少しずつ与えられている肉片も。

 だが母親のシャーマンは、むしろ清々しい顔をしていた。

「いいさ、これがあたしたちの流儀だ。

 新たな長に倒された古き長は、血肉を捧げてその強さを継がせる。他の魔物との戦いだって、勝った奴が負けた奴を食って力を手に入れる。

 そして食われることで、負けた者の生にも意味が与えられるのさ」

 まさに野生の獣の流儀である。むしろ彼らにとっては、倒したのに食べない方が侮辱にさえなるそうだ。

 なのでユリエルとアラクネは、ありがたくその肉をいただく。

「では、命に感謝して……いただきます」

 一口サイズのチャンピオン肉(ユリエルが解毒済み)に、勢いよくかぶりつく。

 ……が、さすがに鍛えられすぎていて固い。

「ぐぬぅ~……ふぎぎ!か、噛み切れない……」

 顔を真っ赤にして顎に力をこめ、出てくる肉汁だけでもどうにか飲み込む。すると、歯ごたえが変わった。

「むぐっ!?……あ、あれ、噛める!」

 肉が柔らかくなった訳ではない。ユリエルたちの体に力がみなぎり、特に顎にものすごい力が入るようになったのだ。

 これこそが、引き継がれたチャンピオンの力である。

 攻撃力とスタミナの大幅な上昇、特にワニの強力な顎の力が得られる。元が非力なユリエルでは、見違えるほどの上がり方だ。

 ……聖女の戦闘スタイルでどれだけ役に立つかは別として。

「むぐっむぐっ……楽に固いものが食べられるのは便利ね。でも私ダンジョンマスターだから、もう食べなくても死なないけど。

 あ、アラクネちゃんは接近戦が得意だからいいか!

 虫たちも、攻撃力がすごい事になりそう!」

 虫たちも、さっきまでとは段違いのスピードで肉を貪っている。草食の虫ですら、汁をなめただけで一回りたくましくなるほどだ。

 タフクロコダイルガイは、死しても一族を守る力として余すところなく使われる。

 肉はまだまだ余っているが、ダンジョンの機能を使えば劣化させずに保管できる。もちろん皮も骨も歯も、余さず使うつもりだ。

「そうよ、無駄にするものなんか何もないわ。

 私も……強い弓でも練習しようかしら」

「ああ、それなら集落から使えそうなものを持ってこさせるよ」

 シャーマン曰く、この力の跳ね上がりは一時的なものだが、半分くらいは永続的に残るものらしい。

 ユリエルとアラクネは、さっそく得た力を組み込んで新たな戦い方を考える。

(……ううん、これだけじゃない。

 潜っていられる間に、できるだけいろんな力を手に入れてみせる!)

 ユリエルは、拳を開閉しながらこれからの戦いに思いをはせる。


 使い古された言い方だが、ユリエルたちの戦いはこれからだ。

 追放された直後からは考えられないほど力をつけて、いろいろな事がいい方に転がったけれど、教会とはまだ一戦も交えていない。

 これまでの戦いこそ、その前日譚のようなものだ。

 そして本当の戦いが始まれば、今までのように楽にはいかないだろう。

(どうかこの刃が、教会の腐った根に届きますように)

 頼りにならない神の代わりに、ユリエルは自分に祈りをささげた。周りでは、アラクネとワニたちもユリエルを囲んでこれからの武運を祈っていた。

 ここで戦いは一旦区切りとなり、次回からは数話の閑話を挟みます。

 でも戦いの準備は着々と進みますよ。


 ダンジョンが敵を殺して入手するDPは、だいたいレベルの50倍を考えております。

 なので平均レベル24の野盗30人を倒すと、なんと3万6千になります。

 階層追加は深さ×1000を考えているので、これだけでだいぶ強化が可能です。ただし、使い道は他にもたくさんありますが。

 次に戦う時、ダンジョンはどんなことになっているのか……。

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