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虫愛でる追放聖女はゲテモノダンジョンの妖精王となりて  作者: 青蓮
第1章 ダンジョンマスターへの道
18/121

18.誰も許さぬ復讐者

 レジスダンと決着!!盛り上がったのでちょっと長いです。


 なろうの復讐系では、自分の不幸を許した世界の全てを許さない復讐者がけっこう登場しますね。

 しかしその復讐がトントン拍子に行くのは、チート能力があってこそ。ちょっと戦える一般人がそんなスタンスで復讐に突っ走ったらどうなるか……それが、レジスダンです。

 怒りに狂った復讐者の、現実的な結末を見届けよ!!

 ユリエルの改めての宣戦布告に、野盗の手下たちはもうどうしていいか分からなかった。

 自分たちは毒に侵されて体調が悪いまま、元気になったワニと虫と戦わねばならない。しかも、ワニと虫たちと破門聖女はしっかりと手を取り合っている。

 自分たちには、向こうにある圧倒的な防御力も癒しも毒もない。

 そのうえ数の利まで失って、どうしろというのか。

 その状況にさらに追い打ちをかけて、ユリエルがワークロコダイルに声をかける。

「あ、そろそろ強化が切れてくる頃だ!

 かけた方から動いてね……フィジカルブースト!フィジカルブースト!フィジカル……」

 笑顔で戦士たちに強化魔法をかけていくユリエル。さっきのワニたちの異様な強さは、これのせいもあるのだ。

「させるか!!」

 レジスダンがすぐさま襲い掛かるも、ユリエルは既に岩ムカデにまたがっており、コアルームの広さと糸を味方に逃げ回る。

「グヘヘ、オマエラ、終ワリダ!」

 残された手下たちに、強化されたワークロコダイルが迫る。

 もはや手下たちの命は、風前の灯火であった。


 と、そこで学者風の手下が周りの数人に何かささやいた。次の瞬間、強烈な光がそこを中心に放たれる。

 不意を突かれたワークロコダイルたちは、目がくらんでたたらを踏んだ。

 その隙に、学者風の手下と他数名が円陣を抜けて走り出す。

「も~嫌だ!こんな組織抜けてやる!!

 僕らは、教会にこれを通報してまっとうに生きるんだー!!」

 抜けた手下たちは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらそんな事を叫んでいる。せめてもの手土産に返すつもりなのか、教会の旗を持ち逃げして。

 ……ここまでひどい状況になれば、血迷う者もいる。

 自分たちがこれまで何をしてきたかも忘れて、自分たちを助けてくれそうな者を探すあまり、教会にすがってしまう。

「そう、そうだ、救われるんらぁ~!」

「神様ぁーっ!!オラ改心しますだぁー!!」

 つられて、さらに数人が抜けて後に続こうとする。

 彼らの脳裏には、幼い頃受けた教会の説法が蘇っていた。信じる者は救われますと優しい言葉、柔らかな笑顔、炊き出しの温かいスープ。

 彼らだって子供のころは、教会を信じていた。真面目に生きれば幸せになれると言われて、救われない現実に折れ、教えに背を向けてしまったが……。

 このどうにもならぬ状況に、ついあの頃は良かったと逃げてしまった。

 彼らは頭の中で、教会に優しく救われ、取り立てられて人生をやり直すことを夢想していた。破門聖女とボス、二人を差し出せばきっと手柄になると。

 清らかな場所で生きていけると。

 それが、この状況から抜け出す最善手だと思い込んでいた。


 ……しかし、現実は非情である。

 この行為はユリエルとレジスダン双方の殺意をマックスに振り切る愚行でしかない。

 この場で一番強いのは、間違いなくレジスダン。そしてこの場を最も支配しているのは、ユリエルなのだ。

 そして二人とも、教会へと裏切られるのが何より逆鱗なのだから。


「「逃いぃげんなああぁ!!」」

 図らずも、ユリエルとレジスダンの声が重なった。

 あっという間に、二人は血相を変えて逃げ出した一団に迫る。驚いた逃亡者たちは、もう一度照明弾を使って足止めを試みるも……。

「しゃらくせえ!!」

 レジスダンは目がくらみながらも止まらず、後方数人を突き伏せる。

 それでもユリエルは目を覆って止まったので、その隙に逃げ出せるかと思ったが……。

「な、何だこれは!?」

 学者風の手下と逃亡者は、行く手を塞ぐものに絶句した。さっきは何もなかった三階層の通路を、白く柔らかそうな幕が塞いでいる。

 しかもそこに、体長50センチはあろうかという毒々しい色の毛虫が大量に蠢いている。

「逃がしゃしないわよ!最初からそのつもりだもの」

 ユリエルが農村で手に入れた、オビカレハの幼虫が魔物化したものだ。

 オビカレハは天幕毛虫という呼び名の通り、集団で糸を吐いて白い天幕のような巣をつくる。それをあらかじめ天井に作らせておき、野盗どもが通った後に下ろして退路を断った。

 もっとも、この天幕はそれほど丈夫ではない。オビカレハ改め幕張虫もそれほど強くないので、押し通るのは難しくないのだが……。

 わさわさと気持ち悪い未知の魔物の群れを前に、逃亡者たちはつい足を止めてしまった。

 その一瞬で、一人が背中から刺されて倒れた。

「ぐぇっ……さ、さっき倒した……はずじゃ……!」

 胴体を両断されて上半身だけになった岩ムカデが、猛然と襲い掛かってくる。

 ムカデの生命力をなめてはいけない。こいつらは体がちぎれてもしばらくは生きており、攻撃してくるのだ。

「そ、そんな……計算してないぞ!」

 思わぬ奇襲に慌てふためく間に、教会に与する者絶対殺すマンことレジスダンが声を頼りに追いついて来る。

「地獄に、落ちろや!!」

 容赦ないパルチザンの一振りで、逃亡者二人が岩ムカデと共に切り裂かれた。さらにその傷口を、ユリエルの火球が焼く。

「馬鹿ね、んな簡単に保護される訳ないでしょ!

 即捕まって見せしめ処刑か、登用されても捨て石よ!」

「その通りだ!!それよりは……死んだ方が、ましだろ?」

 教会に手ひどくやられて心から憎む二人には、現実が見えていた。いっそ慈悲だと言わんばかりに、逃亡者の希望を叩き折ってとどめを刺す。

「ハァ……ハァ……ふざけやがって!」

「本当、ここにいる誰もいいことにならないって、分からないのかしら」

 レジスダンとユリエルは、ひとまず安堵して肩を落とした。

 どちらが勝つにせよ、教会にバラされることだけはあってはならない。それでは、反逆の芽が摘まれて腐った奴らが笑うだけだ。

「……まだ生きてるかもしれないわ。

 念のため、縄を」

「おう、ありがてえ……げっ!?」


 ユリエルが投げてきた細長い物を受け取った瞬間、レジスダンの手に痛みが走った。

 見れば、それは縄などではなかった。黒と赤の警戒色をまとうヘビ、ヤマカガシだ。それが手に深く噛みつき、奥の牙まで突き立てている。

「この……んぶっ!」

 引きはがそうとすると、目や鼻に刺激を感じた。

 ヤマカガシは牙の毒とは別に、首の後ろから散布できる毒を持つ。ヒキガエルを食べて溜めた強力なその毒を、レジスダンにぶっかけた。


「くそっ……!!」

 レジスダンはすぐにヤマカガシを振り払ったが、もう遅い。体内にマムシより強力な毒が入り、目もかすんできた。

 敵同士だと分かってはいたが、これは痛恨の一撃だ。

「ぐっ……卑怯だぞ!よくも……」

「よくも?あなたこそ、よくそんな事が言えるわね!」

 ユリエルは、底冷えするような目でレジスダンを見て言い放った。

「教会を倒すのに、手下を教会にすがらせてどうすんのよ!

 威勢のいいこと言って、全然手下をまとめてないじゃない。こんなんじゃ、教会を倒す前に寝首をかかれるのが関の山よ!

 それに……あなた、都合がいいと思ったら、考えなしで行動してない?

 仲間集めもやる事も、全部お粗末なのよ!!」

 戦ってみて、ユリエルにはこの集団が恐怖でまとまっているだけの烏合の衆だと分かった。どいつもこいつも、自分が楽に生きることしか考えていない。

 多分、レジスダンの志に賛同している奴などほぼいないのではないか。ただ強い奴にくっついて、自分が好き勝手する理由が欲しいだけ。

 それを突きつけると、レジスダンはやけっぱちに叫んだ。

「仕方ねえだろ……人手が、要るんだよ!

 俺の復讐のために、必要な力だ!!」

 どうやら図星だ。

 それにレジスダン自身も、復讐の役に立つかでしか物事を考えていない。上辺だけでも仲間になるなら、個々の事情も人格もお構いなし。

 ある意味、手下たちとは似た者同士なのだろう。

 だから一時的に共闘したユリエルが投げたものを、もらえるならもらっておこうと受け取ってしまった。

 さっきあれだけユリエルを貶めておきながら、今しか見えていないのだ。

 これでは、追い詰められているのも自業自得でしかない。

 ……だが、レジスダンはそうは思っていないようだ。

「畜生……どいつもこいつも、俺の邪魔をしやがって!

 そんなに俺が憎いのか!そんなに俺を虐めてえのか!

 絶対に、許さねえぞーっ!!」

 レジスダンにあるのは、自分だけが虐げられてうまくいかないという被害感情のみ。ゆえにどんなに現実を突きつけられても、逆ギレしかしない。

 レジスダンはあらゆるものに怒り、それをぶつけるようにユリエルに襲い掛かる。

 だがユリエルは、既にコアルームに引き返し始めている。

「あら、いいのかしら?

 私なんかに構って……もう手下、十人も残ってないのに」

 コアルームに向かうと、嫌でも目に入る光景。コアルームに残された手下たちは、ワークロコダイルに蹂躙されていた。

「お、おまえら……よくもーっ!!」

 レジスダンは目の色を変え、手下の方に向かう。

「……あなたが、忠実な方を放置したのに」

 追い抜かれたユリエルは、小声で呟いてため息をついた。


 レジスダンが駆け付けると、ワークロコダイルたちは飛びのいた。しかし手下たちは軒並みひねり潰され、残った者もすっかり戦意が萎えていた。

「おい、しっかりしろ!

 俺がダンジョンを取ったら、その力で助けてやる!

 俺もお前らも……助かるには、それしかねえんだぞ!!」

 レジスダンが襟首をつかんで立たせようとしても、手下はもうすっかり諦めている。

「無理だろ、もう……守ってくれなかったくせに!」

「そうだよ、それに……ボスがダンジョン取ったって、結局今と変わりゃしねえ。俺らを助けてなんか……くれる訳ねえ!

 だったら、コレで天国行った方が……」

 手下は、ボロボロの手に何かの札を握っていた。

「てめえ、それは……!」

 見た瞬間、レジスダンの目が裂けそうに見開かれる。

 その一方で、別の手下は瀕死の体でそれに手を伸ばす。

「お、俺も……触らせてくれえ!」

「ああ、神様……仕方なかったんだ!俺らのせいじゃねえんだ!俺らはただ、生きたくて、食いモン盗んでただけなんだよぉ!

 悪いのは全部、こいつ……だから、許してくれえ!

 これで罪を許して」くれブフゥッ!?」

 もはや呆れるしかない祈りの言葉を、レジスダンが顔を踏みつけて止める。その足は、力が入りすぎてガクガクと震えていた。

「何で……そんなもん、持ってやがる?」

 レジスダンの声は、地獄から響いて来るよう。その吐息は、地獄の番犬が火を吐くよう。そして再び上げられた片足は……何物をも砕く鉄槌のようだった。

「言ってみやがれえええ!!!」

 次の瞬間、手下の頭が踏み砕かれてスイカのように飛び散った。

「ひいいっ!?」

 この蛮行には、ユリエルもアラクネもワークロコダイルたちもすくみ上った。

 だがレジスダンには、周りのことは何一つ目に入っていなかった。見ているのはただ一つ、殺した手下の手にある小さな札のみ。

「免罪符だとぉ~!?」

 レジスダンの全てを塗りつぶす怒りは、この免罪符に向いていた。

 教会が、罪を赦すという触れ込みで売りさばいている札。本当は何の効果もないのに、金だけむしり取る悪の象徴。

 これが、レジスダンにとってこの世で何より許せぬもの。

「こんなもの……こんなもので、許されてたまるか……!」

 ブツブツと呟きながら、レジスダンはパルチザンで免罪符を突き刺す。割れても破片すら許さぬとばかりに、執拗に突き砕く。

 そして、それの破片を拾おうとした瀕死の手下と目が合った。

「おまえもか?」

 刹那、その手下の首がボールのように飛んだ。

「許さねえよ……こんなモンで、許されようなんて」

 レジスダンは、当たり前のように手下の首をはねていた。そして、それを信じられない目で見る最後の手下たちを、信じられない目で見た。

「何だよ、おまえらも、あれがいいのか?

 そんなの……この俺が……許さねえええ!!!」

 全員の鼓膜が破れそうになる、絶叫。

 レジスダンを囲むように上がる、鮮血の噴水。

 あろうことかレジスダンは、生き残っていた手下全員を手にかけたのだ。最期に免罪符にすがろうとした、ただそれだけで。

「な、仲間でしょ……狂ってる!」

 アラクネが、かすれた声で呟く。

 どこからどう見ても、レジスダンの凶行は狂気の沙汰だ。ここまで自分について来た手下たちを、その手で全滅させるなど。

 いくらもう勝ち目がないからといって、手下は報われないしレジスダンの得にもならない。せめて楽に逝かせてやろうとか、そんな感じでもない。

 それでもレジスダンは、悲しみなど感じていないようだった。

 毒のせい以上に血走った目で、こと切れた手下たちを見下ろしてぶつぶつと呟く。

「役立たず共が……裏切り者共が……神がてめえらを赦しても、俺はそれを許さねえ。そんな赦しは許さねえ。

 俺がいくら頑張っても、何もかも悪い方に持っていった……世界の全てを許さねえ!!」

 低く漏れるのは、もはや正気すら疑わしい怨嗟。

 自分がたった一人になったことも、誰のせいでそうなったかも、何も考えていない。

 あるのはただ、自分に不遇な世界への恨み、憎しみ、怒り。

 それがごうとうと燃え盛り、理性まで焼き尽くされたような目が、ぎょろんとユリエルたちの方を向いた。

「許せねえ……せっかく、うまくいったと思ったのに!

 俺の道を塞ぐ奴は、許さねえ。あいつの命を無駄にした奴は、絶対に許さねえ。たとえ俺が死ぬとしても……てめえら全員、許さねえええ!!!」


 気が付いたら、レジスダンの鬼のような顔が目の前にあった。

「はっ!?」

 ユリエルの反応速度を超えて、パルチザンの刃が迫る。

 だがそれが届く前に、乗っていた岩ムカデがユリエルを振り落とした。同時に、別の岩ムカデと重なって盾になる。

 地面に落ちてくユリエルの目の前で、一枚目の盾になって体を丸めた岩ムカデが、引きちぎれて飛び散る。

 それに反応する前に、ユリエルは太い腕に掴まれ、投げられた。

「死ナセルナ!」

「あいよ!」

 ユリエルはワークロコダイルの戦士に投げられ、アラクネに受け止められてレジスダンから離された。

 息が整わないユリエルの前で、ワークロコダイルの戦士たちがレジスダンに殺到する。四方八方から、重い攻撃で抑え込もうとする。

 だが、レジスダンはその全てを捌いて逆にワニたちに出血を強いている。

 人間の腕で強化されたワークロコダイルの腕を弾き、掴まれた次の瞬間にはその手を切り裂き、パルチザンと剣の二刀流で鬼神の如き戦いを見せる。

「何あれ……エリアヒール!さっきまでと違う!」

 ユリエルはワークロコダイルたちを回復しつつ、レジスダンのステータスを確認した。


 名前:レジスダン

 種族:人間 職業:狂戦士

 レベル:48 体力:321(/895) 魔力:10(/53)


「魔力が減って……職業が変わってる!?」

 狂戦士といえば、理性や知能の低下と引き換えに圧倒的な攻撃力を誇る職種だ。文字通り狂ったような戦い方で、時に敵味方見境なく攻撃し戦場を血の海にするという。

「じゃああれは、バーサク!……こんな時に!」

 気が狂うほどの怒りに身を任せ、味方を殺しまくったことで目覚めたのか。そして絶望的な状況も相まって、自らの命をも省みぬ狂化に踏み切った。

「ど、どうすんの……このままじゃ……!」

 アラクネが、震えながら呟く。

 一目見て分かるように、今暴れるレジスダンはワークロコダイルと虫たちでは被害を出しながら押さえ込むのが精いっぱい。

 何しろ虫がいくら刺しても、痛みすら怒りに変えて戦い続けるのだ。目がほとんど見えなくても、戦士の感覚で敵に当てている。

 理性をとばした狂戦士は、実際のレベルの倍近い強さになるという。つまりレジスダン一人で、レベル100近い戦力である。

 もっとも、そう長く続けられる訳ではないが……こちらが全滅するまで続くかどうかは分からない。

「ユリエル、さっき噛ませたヘビの毒は?」

「ヤマカガシはマムシと違って効いてくるのが遅いのよ!

 アラクネちゃんこそ、糸は?」

「もう切れちゃうよ~!それに、巻いても一瞬でちぎられる」

 攻めあぐねるユリエルとアラクネの側で、シャーマンが悔しそうに呟いた。

「くそっあたしに魔力が残っていれば!子らを守り切れなかったあの子の無念を、呪いに変えてぶつけてやるのに!」

 それを聞いて、ユリエルは迷わずDPを魔力に変えてシャーマンに与えた。

「お願いします、シャーマンさん!」

「おお、力が……さあ起きな、仲間を守るんだよ!!」

 シャーマンが杖を振り、おどろおどろしい呪文を唱え始めた。すると、タフクロコダイルガイの亡骸から黒いモヤのようなものが立ち上る。

 それがぐわっとレジスダンを覆い、手足にまとわりついた。

「がああぁっ体が!!」

 レジスダンの体が、ズシンと重くなった。まるで体中を、圧倒的な力と重量で押さえつけられているようだ。

「そう、子らを殺したのはあいつだ!

 たとえ死すとも、長として、この子はあんたを許さない!!」

 シャーマンの呪術で、タフクロコダイルガイの守れなかった無念が呪霊となり、レジスダンを縛りつけているのだ。

 残酷なようだが、息子の霊を使うシャーマンに迷いはない。この母子は一族の長として、一族の住処を守り仇を討たねばならないのだ。

「こ、の……ババァーッ!!」

 レジスダンはなおも怒り狂って、シャーマンに突撃してきた。

 シャーマンはみのを脱ぎ捨て、その肉体で迎え撃つ。

「主よ、強化を!」

「はい、フィジカルブースト!」

 シャーマンの強靭な腕が、レジスダンの剣とパルチザンを受け止める。

 シャーマンで老いたメスとはいえワークロコダイル、しかもあのタフクロコダイルガイの母親である。人間でいえば修道士のように、武の強さも当然のように備えている。

 そのうえ、他のワークロコダイルの戦士たちも方々からレジスダンに噛みつき、引きずり倒す。

「うごおおぉあああァ!!この、俺があーっ!!」

 両脚と胴体を何体ものワニの顎に拘束され、もがくレジスダン。そのパルチザンを握った右腕に、シャーマンが食らいついた。

 そして、流れるように体を回転させてひねる。

 ゴキッと派手な音がして、レジスダンの利き腕があらぬ方向に曲がった。

「いぃぎぃえええ!!!」

 レジスダンが目をむいて絶叫し……その体から、がくんと力が抜けた。彼の抵抗を支えていたパルチザンが、からーんと地面に落ちる。

 勝負あった。

 レジスダンは両手両足を折られ、狂化も切れている。どれほど強い怒りがあろうと、その体がそれに応えることはもうできなかった。


 血だまりに伏して死ぬのを待つばかりのレジスダンに、ユリエルは歩み寄る。

「最期に何か言いたいことがあるなら、聞きますよ。

 復讐の思いだけは、本物だったようですし……私なら、届けてあげられるかも」

 それを聞くと、レジスダンは力なく答えた。

「いや……もう、いい……俺に、そんな資格は……ねえ……。

 ああ、ごめんよ……ミラ……兄ちゃんは、何も……できなかった!こんな俺に……ゲホッ……許されることなんざ……ねえ……」

 レジスダンの目は、全ての希望を失ったようにうつろだった。しかしその奥に、なおも怒りと憎しみと失望がくずぶっていた。

 だがそれはもう、周りに向いていない。

 向いているのは、自分だ。

「……あなたは、自分が誰より赦せなかったのね」

 ユリエルは、ようやくレジスダンの本性を理解した。

 そして、言い方を変えた。

「破門された私で良ければ、懺悔くらい聞きますよ。私は陰謀坊主やあなたと違って、聞く耳はありますから。

 それに……今ここで話さなければ、あなたの守りたかったものは永遠に忘れられます」

 その言葉に、レジスダンの表情がぴくりと動いた。

「ああ……俺は、妹を……ミラを……守りたかったんだ……。

 あいつがなかったことに……ゴホッ……されるのが……許せなかった」

 レジスダンは、ぽつぽつと過去のことを話してくれた。

 レジスダンは貧民の出で、早くに親を亡くし、妹のミラとやむなく食糧を盗みながら生きていた。

 しかしある日、ミラが病気になってしまった。レジスダンは教会の教えと優しさを信じて助けを求めたが……。

「まあ、物を盗んだのに救われようなんておこがましい!

 赦されたいなら、この免罪符を買いなさい。借金……は返せそうにないわね。奴隷になるなら、売りますよ」

 きれいなローブをまとった、飢えたことなどなさそうなツヤ肌巻き髪の聖女にそう門前払いされてしまった。

 親も教会に紐づいた借金で無理をして死んだため、妹も同じ目には遭わせられない。そうして迷っているうちに、妹は死んだ。

 その日からレジスダンは、世界の全てが許せなくなった。優しい事を言って自分たちを救わなかった教会も、妹が死んでも何事もなかったように回る世界も、守れなかった自分も。

 そしてこんな世界を少しでも直せば妹に赦してもらえる気がして、がむしゃらに仲間を集めて己を鍛えて戦っていた。

「結局……カハッ……全然、ダメだった……な。

 どんなに……復讐したくても……力も、金もねえ……やり方も、分からねえ。弱いモン同士で……食い合って……グフッ……上は、関係ねえって、笑ってる……」

 レジスダンは、全てを諦めたように言った。

 ユリエルも、気の毒そうにうなずいた。

「ええ、それは同意しかありません。

 力がないから虐げられて、虐げられた人同士で少ないパイを奪い合って争うしかない。自分が生きて望みを叶えるために、そうなっちゃう。

 ひどい世の中です」

 レジスダンがもう少し追い詰められていなくて、心に余裕があったら、ユリエルと手を取り合えたかもしれない。

 だが、それができないほど人を信じる心を折るのが、腐った奴らのやり方なのだ。

「……でも、あなたが望むなら、まだ教会と戦うことはできますよ。

 人でなくなって、あなたのままの心でなくなって良ければ、ですけど」

 ユリエルがささやくと、レジスダンはうなずいた。

「それが、許されるならば……」

「いえいえ、あなたには大切な事を教えていただきましたから。

 忘れないように、反面教師として側にいてくれませんと」

 ユリエルは、死にゆく人にはひどい皮肉だがそう告げた。だがこれで、レジスダンの生も意味あるものになるだろう。

「私もね、今まで世話になった人も仲が良かった人も、関係なく教会を信じてる人も、全てが恨めしいって思ってたんです。

 でも、それは私の都合でしかなくて、そのままぶつけたらダメだって分かった。

 世の中を良くするためには、私が世の中の敵になったらダメだから」

 復讐しか見えなくなって凶行愚行を繰り返すレジスダンを見ていて、逆にユリエルは冷静になれた。

 いくら自分が不遇な目に遭っても、相手の気持ちも事情も無視して一方的に断罪してはだめだ。

 それでは、自分を理不尽に切り捨てた奴らと同じになってしまう。まっとうに暮らしているだけの人に、いたずらに不幸をまき散らしてしまう。

 そんな奴の言うことを、人は支持してくれない。

 自分はそうならないように、報復の範囲はわきまえないと。

「何か、最期に言うことは?」

「ああ……おまえは……免罪符を、売ったことがあるか?」

 レジスダンの問いに、ユリエルはゆっくりと首を横に振った。

「そんな楽な仕事、孤児院出の私には回ってきませんよ。

 ああ、でもお金持ちの娘で頭がすっごいお花畑な子はやってました。私が勝ってその子が生き残ったら、よく言っておきます」

「そうか……すまねえな」

 その言葉を最期に、レジスダンは息を引き取った。

 ヤマカガシの毒で目から血混じりの涙を流し、若白髪は返り血に染まって赤い筋となり、顔の一文字の古傷も開いたように血塗られている。

 最期まで怒りのままに戦い抜いた、赤鬼の姿がそこにあった。

 レジスダンは、何も為せなかった。

 だがその教訓と魂は、ユリエルが引き継いだ。

「私は、あなたみたいにはなりません。

 そしていつか……あなたと妹さんみたいな子が、幸せに暮らせる世の中を作りますよ」

 そう心に誓って怒りと憎しみを自制し、ユリエルはアラクネに総仕上げの合図を送った。

 ワークロコダイルのシャーマンさんが思った以上にカッコよくなった!

 ワニだからね、非力じゃないんだよ。そしてワニが回転して獲物をねじ切るのは本当です。

 あと、ヤマカガシの毒はマムシみたいにすぐ腫れません。なので毒が入ったか分からない場合も多いようですが、効けば強いです。

 だからマムシが欲しかったのだよ!


 なろう読者のみなさんは、ユリエルが全てに復讐するのを期待しましたか?

 ちょっと肩透かしかもしれませんが、反面教師回でした。闇堕ちしかけていたユリエルは、自分以上の闇狂人を前に、理性を取り戻した訳です。

 ちなみに作者は復讐系のハードなやつは結構好きです。

 でも復讐系はアンデッド系が多くて、ダンジョンものは少ないですね。だから自分で書いてみようと思ったわけで。


 三連休なので、できればもう一回投稿します。

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― 新着の感想 ―
スクリューバイト、あるいはデスロール。まさか老婆ワニシャーマンが繰り出すとは。驚きと微かな納得。 しかし、レジスダンを反面教師にして自制を学ぶ、か。とても良いこと。ユリエルさんが外道に堕ちる未来はな…
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