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虫愛でる追放聖女はゲテモノダンジョンの妖精王となりて  作者: 青蓮
第1章 ダンジョンマスターへの道
14/121

14.人食いワニさんと戯れよう

 結局今までの連載と同じ、週1に落ち着きそうです。


 読んでくださっている皆さまには、感謝の念が絶えません。

 作風をがらっと変えていけるのかなと不安でしたが、ホラーの頃からの読者の方も新しく読み始めた方もまあ読めるかなという感じでしょうか。

 これからも絶やさぬよう頑張りたいと思います。そこは取り柄ですので。

 平らでまっすぐな一本道を、巨体の戦士は疾走していた。

 大きな頭を前に出し尾を浮かせて、前につんのめるような勢いでドタドタと走り抜けていく。ぶかっこうだが、今はこうするしかない。

 ワークロコダイルの系統は、元々二足歩行で速く走るのが得意ではないのだ。

 それでも、走るに越したことはない。いつ足下や岩陰から、罠や虫が襲い掛かってくるか分からないのだから。

 もし自分がそれで傷を負い、一騎打ちに負けたら、一族は終わりだ。

 だから、狙いを定められぬよう走るしかない。

 苦しくても、背負うものを思えば耐えられる。

 こうして走り続けるのも、よりタフでスタミナに秀でる上位種となった自分にしかできないのだから。

 タフクロコダイルガイ。守るために戦い続けた漢が、なおも守る力を求めて至る境地。

 集落で待つ女子供や老母の顔を胸に、漢はひたすら駆けた。


 三階層の奥にある、広いドーム状の空間。

 そこがこのダンジョンの最奥にして、コアルーム。

 そこで待っていたのは、黒い聖印章をつけた破門聖女と、ビキニアーマーをまとったアラクネの二人だけだった。

「む、人は一人だけだと?

 昼間、ここから人が湿地に来ていたはず」

 タフクロコダイルガイは訝しんだ。

 ダンジョンマスター……特に弱小ダンジョンのマスターは、ダンジョンから出られないと聞く。だとしたら、これはどういうことか。

 昼間湿地に現れたという破門聖女の他に、もう一人黒幕がいると思ったのだが……。

 戸惑うタフクロコダイルガイに、破門聖女が歩み出てきてあいさつをする。

「初めまして、私がダンジョンマスターです。

 このダンジョンを賭けて、あなたと戦う者」

「……もう一人、いるのではないか?」

 かまをかけながら、タフクロコダイルガイはじっと相手を観察した。二人の中では破門聖女の方が強いし、何かただならぬ力を感じる。

 この娘がダンジョンマスターで、間違いはなさそうだ。

 破門聖女は、けらけらと笑ってあっけらかんと答えた。

「もう一人の人間なんて、いません。

 破門された私に手を貸してくれる人間なんて、いる訳ないです!」

 破門聖女の笑みにはひどい失望が混じり、荒んでいる。嘘をついている訳では、ないようだ。

「では、昼間現れたという破門聖女は?」

「ああ、それは私です。

 その時はまだ、マスターじゃありませんでしたからね。ダンジョンマスターには、あなた方が来てからなりました」

 そこで、後ろに控えていたアラクネがあいさつ。

「どうも、元マスターです!

 あんたらも運の悪い時に来ちまったねえ。あたし一人の時だったら、楽に落とせたものを……この子はあたしよりずっと強くて賢いよ」

 それを聞いて、タフクロコダイルガイは激しく憤った。

「き、貴様……マスターを力で脅してダンジョンを奪ったあげく、支配しているのか!?」

 だが、破門聖女は少し悲しそうな顔でこう言った。

「ううん、私は彼女を解放するの。

 彼女、ここで人間に糸を採るために縛りつけられて、逃げたがってたから。でもマスターのままじゃ、逃げられないでしょ。

 だから、私が負けたら彼女は逃がしてあげて」

 信じられないほど、優しい言葉だった。

 アラクネの方を見ると、こちらも破門聖女に全く敵意を持っていない。むしろ必死に勝利を祈って見守るような、ついさっきの老母とそっくりな顔をしている。

「ユリエル……あんたがそうするなら、もう何も言わないよ。

 もしあんたが死んだら、あたしが教会に少しでも報いてみせるから!」

 元マスターのアラクネは、この新マスターの破門聖女を心から信頼し、気遣っている。それは、力だけの一方的な関係ではない。

 これを見て、タフクロコダイルガイは己の認識を疑った。

「む……それほど信じられるのか?

 我が一族の戦士が、この女に騙されたと騒いでいたが。酒の匂いがするが中身がない壺で、誘い出されたとか」

 それを聞くと、破門聖女は気まずそうに告げた。

「ああ、うん……どっちかが死ぬ前に言い訳も何ですけど……騙すつもりはありませんでした」

「では、なぜ?」

「毒蛇が欲しかったので、捕まえるために」

「何のために?」

「ここで魔物化させ、人間と戦うために。魔物をそのまま連れてくるのは大変ですけど、ただのマムシなら楽ですから。

 まさかワニが釣れるとは思ってませんでした」

 破門聖女は、やっちまったと言わんばかりに頭を押さえた。その様子に、悪意や偽りは微塵も感じられない。

 これにはタフクロコダイルガイも、頭を押さえた。

「なるほど、あいつらは頭が悪いからな……勘違いだったか」

 自分はその手下の話を真に受けて、破門聖女は狡猾な悪意の塊のように思っていたが、どうもそうではないらしい。

 誤解して襲い掛からなければ、もう少し被害の少ないやり方があったかもしれない。

 だが、自分たちはダンジョンを見つけて攻め込み、かなりの被害を出してしまった。これでダンジョンが得られなければ、もう一族を守れない。

「一応聞くが、おまえたちが我に従う気はないのか?」

「ありませんね。

 言わせてもらいますけどね、あなた方の頭では人間に……特に汚い事を考えるプロの教会には絶対勝てません!

 私程度に、こんなにてこずるようでは」

 破門聖女は、どこか見下したように言った。

 それが、タフクロコダイルガイにはカチンときた。

「ほほう、ずいぶん見くびられたものだな。力が、怖くないか?」

「いいえ、教会の敵にならないと言っているだけです。

 それにあなた方、どうも人間に住処を脅かされているようで?それこそが、あなた方の力で人間に勝てない証ではありませんか!

 あなたは人間に勝てない、お認めになってはどうです?」

 タフクロコダイルガイの胸に、ふつふつと怒りが湧き上がる。

 自分はこれまで、肉体を磨き上げて一族の守りの要として務めてきた。だというのに、この女はそれを馬鹿にする。

 これまで守り抜いて来たのに、これからは守れないと断言してくる。

 そんな訳がない、自分はこれからもきっちり守り抜くのだ。そのためにここまで来て、戦おうとしているではないか。

 戦士の誇りを汚すのは許さない……そんな意地が、タフクロコダイルガイを支配した。

「ならば分からせてやろう……所詮策に溺れるだけでは、力には勝てないと!

 貴様にそれを言う資格はないと、思い知るがいい!!」

 すると、破門聖女は皮肉っぽく笑った。

「あら、それじゃ、お互い倒した相手の大事なものは守るって取り決めはどうです?

 あなたが死んだら、あなたの大事な一族は私がダンジョンで守ってあげる。私が死んだら、あなたはアラクネちゃんを責任もって逃がす。

 守るのが得意なら……できるわよね?」

「……いいだろう。

 我は死なん、そして約束は守る。それだけだ!」

 この破門聖女の思い上がりは腹立たしいが、自分は八つ当たりで巻き込まれた元マスターを害するような品のないことはしない。

 あくまで戦士として、一騎打ちでこの破門聖女を下す。

 大丈夫だ、負けはしない。集落を脅かされた時と違い、ここでは敵と直接戦える。敵が逃げることはできない。

 ここならば自分は勝てると確信して、タフクロコダイルガイは構えた。


 元マスターのアラクネが、向き合う二人の間に立つ。

「では、決闘のルールを説明します。

 決着は簡単、死んだかコアルームから逃げた方が負け。あたしは手を出さないし、ワニさんたちが手を出そうとしたらあたしが止める。

 持てる力の全てをぶつけて、決着つけて!」

 アラクネは下がりながら、ユリエルに声をかけた。

「頑張ってね、応援してるから」

「うん、やるだけやってみるよ!」

 作戦はある。が、勝てるかどうかはやってみないと分からない。戦いの前にやるだけやったことを信じて、ユリエルは短剣を握りしめた。


「開始!!」

 アラクネの合図とともに、タフクロコダイルガイがユリエルに突撃する。

「ホーリーフラッシュ!」

 ほぼ同時に、ユリエルは強烈な光を放つ魔法で敵の目をくらませる。ダメージも少しは入るが、そんなもので膝をつくタフクロコダイルガイではない。

 タフクロコダイルガイは構わず突撃、ユリエルを逃がさぬというように、両腕を大きく広げて振り切った。

「きゃっ!?」

 チャンピオンの瞬発力は避けられるものではなく、鋭い爪がユリエルをかすめる。

 その悲鳴を頼りに、次のパンチがくる。

 ユリエルはそれを地面に伏せて回避し、自身を強化する魔法をかけた。

「フィジカルブースト!シールド……うぐっ!」

 その声を頼りに、今度は強烈な蹴り。ユリエルは身体能力と防御力を上げながらも、ボールのように吹っ飛んだ。

 そこに、間髪を入れずに突進してくるタフクロコダイルガイ。

「くっ……フレイムバースト!!」

 勢いよく爆炎を浴びせるも、躍動する巨体は止まらない。

「がっはあああぁ!!」

 爆炎で少しだけ後ろに滑るので激突の勢いを削るも、この重量級の突撃に抗える訳もない。車にはねられるようなものだ。

 ユリエルはまた吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「フン、よく耐えるな。マスターになって、少しは力が上がったか」

 タフクロコダイルガイは、余裕そうに肩を回して言う。

 対するユリエルは、答えずに回復して立ち上がる。

「ハイ……ヒール!まだ、やれるわよ!」

 折れかけていた骨が、くっつく。

 ……最初に攻撃を食らった時に防御力を上げていなければ、骨折してやられるがままになっていたかもしれない。

 ユリエルは、自分の強みと弱みをよく分かっていた。

 その強力な癒しを見て、タフクロコダイルガイは目を細めた。

「か弱いが……その力は惜しいな。

 素直に降参して仲間を癒すなら、アラクネと生かしてやらんでもないぞ」

 タフクロコダイルガイの脳裏に、杭に貫かれてじわじわと弱っていく仲間の姿が浮かんだ。回復の手段がなければ、勝っても仲間は死んでしまうかもしれない。

(だが、この女が味方になれば……)

 しかしユリエルは、嫌悪を丸出しにして拒む。

「い・や・よ!!突撃しか能のないあんたたちの、回復奴隷なんて!

 いくら回復したって、勝てっこないのに!!」

 タフクロコダイルガイは、ぎりっと歯ぎしりした。

 傷を治せるからといって、この娘はまだ自分たちを見下している。自分たちを、その力を使う価値もないと断じている。

 命を助ける力を持ちながら、傷つけることしか考えていない。

 やはり、人間とは皆こんな外道なのか。

 飛んできた火球を手で打ち払い、タフクロコダイルガイは低く告げた。

「そうか……ならば、その血肉だけでも、我が糧としてくれようか。力だけ捧げるのとどっちがましか、よく考えるがいい!!」

「本性出したわね人食いワニ!!

 降参なんて絶対しないから!!」

 絶対に降参させてみせると、タフクロコダイルガイの胸に業火の如き闘志が燃え上がった。


 それからしばらく、追いかけっこになった。

 ユリエルはタフクロコダイルガイの手が届かぬよう身体能力を上げて逃げ回り、魔法を当てる。タフクロコダイルガイはそれを食らいながらも強引に迫り、ユリエルを追いかけ回す。

 そのうち、ユリエルの息が上がってきた。

「ハァ……ハァ……まだ、動けるなんて!」

 普通のワークロコダイルならそろそろ動きが鈍る頃だが、さすがはタフガイ。陸上でのスタミナも段違いだ。

 対するユリエルは人間の陣形でいうと後衛であり、身体能力は高くない。魔法で引き上げて酷使した体が、音を上げ始めている。

「魔法……当たったはずなのに!どんだけ体力あんのよ!」

 ユリエル本来の魔力が尽きるほど攻撃魔法を当てても、タフガイはまだ平然としている。

 ユリエルには実は情報が見えているが……本当にまだまだ余裕だ。


 種族:タフクロコダイルガイ 職業:格闘チャンピオン

 レベル:50 体力:512(/1250) 魔力:70


 これでも半分以上は削ったのだが……改めて、とんでもない体力と防御力だ。マスターにならずに戦っていたら、確実に負けていただろう。

 しかもこのタフガイは、わずかにある魔力をまだ使っていない。

「フフフ……貴様の魔力で、我を倒すことはできん!

 攻撃特化でもない格下の魔法など、我には虫の一刺しにもならん!」

 自信たっぷりにこう言って、タフクロコダイルガイはのしのしと歩み寄る。どちらに逃げようか迷うユリエルを、軽いフットワークで追い詰めていく。

「その脆い体で、どれだけやる気だ?

 賢いといいながら、痛い目を見んと分からんようだな!」

「くっ……!」

 ユリエルはまた強烈な目くらましで逃げようとするが、タフクロコダイルガイはすれ違いざまに尾でユリエルの足を払う。

「ぎゃっ……あっ!」

 ユリエルが掴まれたと気づいたのは、天地が逆さまになってからだった。その視界が勢いよく回り、あっという間に地面に叩きつけられる。

 さらに高く蹴り上げられて、落ちる寸前で掴まれてブンブンと棒きれのように振り回され、わざと滑るように地面に投げ出される。

「ガフッ……オエッ……!」

 痛みと目まいで立ち上がれないユリエルに、タフクロコダイルガイは言った。

「さて、我には今、おまえを何度でも殺すことができた。

 だが、我らの強さを認め降参するなら、生かしてやらんでもないぞ」

 タフクロコダイルガイの鋭く大きな爪が、倒れたユリエルの太股に食い込む。

「これから貴様の手足を、一本ずつ食っていく。途中で降参と言えば、そこを引きちぎってコアルームから放り出してやるぞ。

 ……全てなくなる前に、賢い判断ができるといいな!」

 タフクロコダイルガイが、がばっと大口を開ける。

 本気になれば人間の上半身と下半身を食いちぎれそうな、長く広い顎。そこに並ぶ、一つ一つがナイフのような大きく鋭利な歯。

「ひっ……ああああぁ!!!」

 それが、ユリエルの片足を万力のように挟んだ。


 絶叫してのたうち回る破門聖女の足を、タフクロコダイルガイはわざとゆっくり噛んでやる。肉が潰れる感触とともに、新鮮な血の味が口の中に広がる。

 後はもう、このまま降参するか気絶するのを待つだけだ。

 ちょっと口を動かすだけで、破門聖女はおもしろいほど泣き叫んで残った手足をばたつかせる。

「いぃやあああぁぎひいい!!ぐえっ……ヒールううぅ!!」

 だが、この期に及んで回復して粘ろうとしている。もういくら回復しても、苦しみが長引くだけなのに。

 それでも、簡単に死なないのはいいことだ。

 じっくり時間をかけて力の差を思い知らせ、心を折ってやれる。

(これ程の癒しの力があれば、どれだけ戦いやすくなるか)

 タフクロコダイルガイは、しみじみと思った。

 この破門聖女の言い方は癪に障るが、自分たちにほぼ物理攻撃しか取り柄がないのは本当だ。

 母のように魔法が使える者はほんの一部、しかも魔力は高くない。癒しの術を使えても、大きな戦や災害ではとても手が足りない。

 だからこそ、この娘が自分を癒して粘るほど、欲しくなる。

(そうだ、あの時死んだ子らも……これほどの癒し手がいれば……。

 おお、集落で待つ仲間よ!我がこれを連れ帰って、守ってやるからな!)

 タフクロコダイルガイの胸に失った痛みが蘇り、熱いものがこみ上げてくる。それが、胸から喉を越えて……。


「ゴハアアッ!?」

 突然、タフクロコダイルガイの口から大量の血があふれた。ユリエルの足から飲んだ分だけでは、考えられないほどの量が。

 そこでようやく、タフクロコダイルガイは異常に気付いた。

(胸が、腹が、熱い!!痛い!!)

 内臓が焼かれ、引きちぎられるような痛みと猛烈な気分の悪さ。このままでは危ないと、本能が警鐘を鳴らす。

(この感覚……毒か!

 だが、どうやって!?奴の武器など受けておらぬぞ!)

 卑劣な人間が毒を使うことは、痛いほど知っている。だからユリエルを掴んで振り回した時、短剣を落としたのは確認した。

 しかし、今毒を食らっているのは確かだ。

(とにかく、吐き出さねば……!)

「うっづううぅ……ヒール!……フィジカル……ブースト!!」

 開こうとした口の上に、いきなりズシッと重石が乗った。ユリエルが、涙と鼻水だらけになりながら上あごにしがみついて押さえつけていた。

「ほら……はぐぅ……もっど……飲めよおお!!

 人間の、血ぃ……好ぎなんでぇっしょ!!」

 ワニは、口を閉じる力は強いが開く力は意外なほど弱い。人よりはるかに大きなワニでも、老人の握力で押さえこめるくらいに。

 タフクロコダイルガイも、例外ではなかった。さすがに片手では無理だが、細めの乙女が体重をかけたらもう開かない。

「ムグッ……グボッゴボォッ!!」

 ユリエルの血が、どんどん口の中に流れ込み続ける。

 振り払おうと体を動かそうとして、胸が締め付けられるような苦痛に襲われた。心臓の鼓動が、不器用に飛び跳ねるようだ。

 今、体を大きく動かしたら、どうなるか分からない。

 そうしているうちに、また大量の血が口から出ていき、体中の筋肉に力が入らなくなっていく。命が、力が、失われていく。

(なぜ、だ……)

 なぜかはどう考えても分からないが、自分が負けたことだけは理解できた。


「……せっかくまだ生きてますし、答え合わせでもしましょうか」

 動けないタフクロコダイルガイの前に、ユリエルはちょこんと座って大きな顔を見下ろしていた。ローブの下のズボンが破れて太股が露わになっているが、傷はもう癒されて消えている。

 ユリエルは、子供に手品の種を明かすように告げた。

「まず、あなたの命を奪うのは毒で正解。

 私が戦う前に大量の毒を飲み、私自身に仕込みました」

 タフクロコダイルガイの吐血で詰まりそうな喉が、ゴロゴロ鳴る。

「あら、どうして私は平気なのかって?

 ダンジョンマスターって、ダンジョンの力で自分を強化できるんですよ。知ってました?それで、毒無効の体になったんです。

 後は、あなたが私を噛むように誘導すれば……ええ、まあ命懸けの作戦ではありました。でも、負けて生き残っても結局生きれませんからねー」

 ユリエルは、それはもういい笑顔で言い放つ。

「外から攻撃が通らなきゃ、内から壊せばいいんですよ!

 ただでさえ完全肉食の動物は、人間より毒に弱いことが多いんですから」

 タフクロコダイルガイが苦しそうに呻き、また口から大量の血を吐き出した。だが、元々タフなだけあって、なかなか死にきれないようだ。

 そんな最期に、自分が最初から敵の手の上で転がされていたと知るのは、どんな気分だろうか。

 だが、勝負の結果が全てだ。

 現実に打ちのめされる戦士に、ユリエルは小さな虫を見せる。

「あなたを殺すのはこの子たちと、そしてヒキガエルの毒。どちらもあなたにとっては、敵にすらならないでしょう。

 でも、この子たちは身を守るために、たった一匹で人を殺せる毒を作る。

 小さくてもか弱くても、大きい生物に負けないように頑張ってるんですよ。むしろか弱い生き物が力以外で勝とうとするのは、世の中の当たり前じゃないですかねー。

 あなた、そんな現実も知らなかったんですか?」

 ツチハンミョウやマメハンミョウは、暗殺に使われるほどの猛毒を持つ。それこそ、比べ物にならないほど大きく、雑食で毒に強めの人間を殺せるほどに。

 ユリエルのこの勝ち方は、ある意味暗殺に近いかもしれない。

 力のみを見ていたタフクロコダイルガイは、小さくてか弱い生き物がそうして身を守ることを考えもしなかったのだから。

「それが分からないから、あなたは人間に勝てないんですよ。

 だいたい、力や体で人間が勝てる魔物なんて一握りです。でも人間は、技と策と道具を駆使して対抗してきました。

 今、分かってもらえましたか?」

 タフクロコダイルガイの呼吸が、ヒュッヒュッと詰まってきている。精神的な衝撃か、それとも本当に体がもう限界なのか。

 ユリエルは、哀れみと慈悲を込めて、最後にささやいた。

「だから、これからは私が、卑怯と悪知恵を尽くしてあなたの仲間を守ります。

 きっと、あなたより上手く守りますよ。だから、安心して眠ってください」

 その一言で、タフクロコダイルガイの体から力が抜けた。祈るユリエルの前で、誇り高き戦士は納得して逝った。

 ユリエルは少し冥福を祈ると、ワークロコダイルたちを呼び寄せるようアラクネに指示を出した。

マメハンミョウ・ツチハンミョウ:カンタリジンという猛毒を持ち、暗殺に使われた過去がある。量が少なければ腎臓、尿路の刺激症状を起こし、股間の刺激を目的に媚薬として使われたこともある。量が多いと消化管をただれさせ多臓器不全を起こし、大量出血で数時間で死ぬこともある。

ヒキガエル:強力な心臓毒である、ブフォトキシンを頭の両側から分泌する。量が少なければ強心剤として心不全患者を救うこともできる。こいつをいじめた犬や猫が中毒死する不幸な事故を起こすことがある。……が、ヤマカガシにこの毒は効かず、食べられて毒を再利用されてしまう。


 自分に毒を仕込むのは、「ダンジョンシーカー」の主人公をリスペクトさせていただきました。

 ただ、あっちは不死なのに対しこっちの主人公は生身です。全体的に難易度高めです。

 そして、ざまぁも小者や生命にかかわらない部分では小出しにしていきますが、最終的な敵はそんなに簡単に倒れない予定です。

 スカッとざまぁが目当ての方にはじれったいかもしれませんが、気長にお読みくださいませ。

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― 新着の感想 ―
汚染させた自身の血液を飲ませたか…。無茶するなぁ…。 しかし、格上へ対抗するにはこれくらいしないと、か。 力と誇りだけではままならない理不尽な世界を、生き抜く為の術…。
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