119.冒険者の邪淫審判
前回、男の冒険者に襲われたことをポロッと漏らしてしまった少女……その事実は冒険者ギルドにとって、都合の悪い話でした。
今までそういうことをした冒険者に、ギルドマスターが何をしてきたか。
しかし、今リストリアには様々な立場の人間が集まってきています。
聖歌手とともに魔女討伐に参加する面々が、登場してきます。
リストリア近郊には、にわかに軍の天幕が張られ始めていた。
街の中の人通りはさらに増え、冒険者ではなく揃いの装備を身に着けた兵士の姿が目立つようになってきた。
国中から、魔女討伐のための兵が集まってきているのだ。
この貴族の兵たちは、近々ここを訪れる聖歌手タカネノラと合流し、虫けらのダンジョンを大規模に攻める予定だ。
そのため、到着してもすぐにはダンジョンに攻め込まず街をうろついている。
中には、リストリアの冒険者ギルドで情報収集を試みる者もいた。
ほぼ自分のためだけに生きる冒険者たちと違い、さすがに正規の軍となると理性があって必要なことを分かっている。
そんな訳で、冒険者ギルドにはよそから来た貴族が珍しく足を運ぶことになった。
しかし、その冒険者ギルドには今、全く別の事件で人が集まっていた。
冒険者同士のもめ事を裁くための簡易な法廷には、あふれんばかりの人が詰めかけて中央にいる少女に注目している。
この事件は、冒険者たちにとって聞き捨てならないことだからだ。
「……本当に、そんな事があるんかねえ?」
「けど、有り得ねえとは言い切れねえしな」
「本当だったら、怖いわ……安心して仕事ができないじゃない!」
「いやいや、さすがにそれはねえだろ!信じろよ、俺たちはあくまで、魔女を分からせに来た正義の戦士なんだから」
冒険者たちは口々に呟きながら、成り行きを見守っていた。
目の壁で囲まれたような簡易法廷の中心に、一人の少女がいた。
彼女はちょっと前に虫けらのダンジョンに挑み、自分以外のパーティーを全員失って一人だけ帰還した荷運びである。
その時の体験をうっかり口にしたところ、彼女は冒険者ギルドにしょっ引かれてしまったのだ。
彼女が広めた話は、冒険者ギルドの信用や冒険者たちの尊厳に関わる事だ。なので、真偽を判定せねばならないと。
そうして彼女は今、法廷の中心の……被告人席に立たされている。
炊き出しの鍋を蹴り倒して人々から恨まれた男の冒険者たちが、腹いせに彼女を訴えたからだ。
こいつは正義の戦士である自分たちに変な噂を流して侮辱し、信用を失わせて仕事を妨害していると。
(……貧しい人たちが生きるのを妨害しておいて、よく言うわよ。
もうこの時点で、やる事が完全に犯罪者じゃない!)
少女は傍聴席にいるその男たちをにらみつけ、心の中で毒づく。
しかし、そこで口にしてしまったのは軽率だったと反省もしていた。
(あーあ、言えばこうなるかもって、分かってはいたんだけどな。
でも炊き出しに来る人の中に、困窮して私と同じことをして同じ目に遭う人がいるかもしれないし……。
それを見過ごすことなんて、できない!)
少女は、反省はしたが後悔はしていなかった。
自分の体験は確かに冒険者の信用に関わるが、闇に葬っていいものではない。
しかし、全てを話すには危うい。
少女はどこをどんな風に話したらいいかと考えながら、あの悪夢から生還してからのことを思い返していた。
虫けらのダンジョンから帰還できた時、少女はこれで解放されたと思った。
しかし、手に入れた生ハーブを売ろうとした時、そうではないことに気づいた。
これだけ大量の季節外れの生ハーブ、下手に売るとすぐに出所を疑われ目を付けられる。
折しも、自分はパーティーの他のメンバーを失ってたった一人生還したのだ。怪しいことがあれば、どんな疑いをかけられて何をされるか分からない。
少女は騙され裏切られたことで人間の恐ろしさを知り、疑い深く……良く言えば用心深くなっていた。
何とか、生ハーブをとても必要としていて、かつ出所について追及せず買い取ってくれそうな所を探して……あの高級レストランにたどり着いた。
一軒だけ妙に寂れて、店長がたった一人憔悴した様子で重いゴミを運んでいた。
手伝いを申し出て話を聞くと、運よく一等地の店を手に入れたものの、先輩の出した悪評のせいで客も従業員も全く集まらないという。
「このままじゃ、維持費だけで倒産だ……どうすりゃいいんだ!」
「そうだ、今希少な生ハーブを目玉にするのはどうですか?」
少女がそう提案して現物を見せると、店長は目の色を変えて食いついた。
店長にとって、この起死回生の食材は何としても手に入れたい宝だ。出所が不明でも、自分の商売生命には代えられない。
店長はすぐに出所を聞かずにそれを買い取り、少女を雑用係として雇ってくれた。
……だが、それでも客は来なかった。
途方に暮れる二人の下に、今度は炊き出しをしたいという聖女が現れた。
この聖女はつい先日、魔女を赦そうと呼びかけて街中で騒ぎを起こした奴だ。こんな奴に手を貸してたまるかと、少女はムッとした。
しかし背に腹は代えられない。このまま何もしなければ、自分も店長も貧しい人たちも共倒れだ。
全員を助けるために内心を怒りを押し殺して、少女は聖女シノアの炊き出しを手伝った。
聖女の動機はどうであれ、新鮮な野菜が手に入らないこの時期に生ハーブを貧民たちに食べさせるのは、素晴らしい施しだ。
しかもその食材を、シノアが買い取る形にしてくれるとは。
自分も店長も貧しい人たちも、感謝感激雨あられだ。
さっそく知り合いの貧しい人たちに知らせて周り、少女は栄養不足の隣人たちが満たされていくのを見た。
これだけで、自分が生きて帰った意味を実感できて、悲しみが癒された。
なのに、さらにそれをブチ壊されるなんて。
自分をダンジョンで襲ったのとよく似た乱暴な冒険者がやって来て、シノアに魔女を赦さぬよう言い、シノアが答えられないのを理由に大切な食べ物をぶちまけてしまった。
こんなにいいことをしているのにと、ひたすらショックだった。
こいつらは、この食べ物がないとまともに生きていけない人々のことを考えているのか。いやむしろ、こうやって生きる糧を奪って、自分のように女の子がダンジョンに行くよう仕向けて襲う気じゃないのか。
なまじ実体験があるだけに、少女はそこまで勘ぐってしまった。
だから、公衆の面前であんなことを叫んでしまったのだ。
……その揚げ足を取られて、今自分は被告人席に押し込められてしまった訳だが。
(それでも、そういう危険があることは知らせなきゃ!
むしろこれだけ人が集まって聞いてくれるなら、いいことだわ。人々を守るギルドが、共に戦う女の子を切り捨てるなんてあり得ない。
頼みますよ、ギルドマスター!)
少女はどうか事実を広めて弱者を守ってくれるようにと、難しい顔をしているギルドマスターに期待の眼差しを向けた。
しかし、ギルドマスターは全く逆のことを考えていた。
(全く、厄介なことを起こしよって!
これでいいように使える冒険者の集まりが悪くなったら、どうしてくれる!?
やる方も、やるなら証拠を残さんようにきっちりやれよ。そうすればギルドの責任も対策もなくなるものを)
ギルドマスターは、この件を嘘と断じて潰す気満々だ。
なぜなら、冒険者ギルドにとって都合が悪いからだ。
もしこれが事実として広まったら、街の人々への冒険者の心象が悪くなる。おまけに女の冒険者が、魔女討伐の任務を避けてしまう。
それでは困るのだ。
さらに、ギルドマスターは元々戦力として劣る女を見下しており、特に力のない者は自分の言いなりになるべきだと思っている。
だから、こんな荷運び一人にギルドをかき回されると腹が立つのだ。
幸い、ギルドマスターにはそのための強力な味方がいた。
「ゴホン、静かにせい!
この女の言う事が真実かどうかは、教会の審問官殿に判定してもらおう。それなら間違いはあるまい」
ギルドマスターが紹介すると、一人の若い審問官が入って来て席に着いた。
元々リストリアにいた審問官とは別の、甘く美しい顔の審問官だ。
「どうも、聖歌手タカネノラ様の先触れとして総本山から参りました、ワイロン・コシギンチャックと申します。
皆さまの安心できる世のため、しっかりと真偽を見極めさせていただきましょう!」
ワイロンが丁寧におじぎをして宣言すると、女性冒険者たちはその美しい姿と振る舞いに胸をときめかせた。
しかし、それは信用のための演技でしかない。
ワイロンは、ギルドマスターと既に取引していた。すなわち、賄賂と引き換えにギルドマスターに都合のいい審判を下すと。
(ヒヒヒッちょろいもんだ!
教会の審問官の判定はな、何より正しいんだよ。
前ここにいた先輩も、魔女の件でうめえことやってっし。俺もこれからガッポリ稼いで、ガッツリ出世させてもらうぜ!)
ワイロンは、この世の真偽など出世の道具としてしか見ていない。
そして、この愚かな少女を堕としたらついでにどれだけ稼げるだろうかと、頭の中でそろばんを弾いていた。
審判は、始め穏やかに進んだ。
「それで、君たちは男の冒険者に何をされたというのかね?」
「ダンジョン内で声をかけられて、力を貸す代わりに肉体関係を迫られました。断ったら、力ずくで言う事を聞かせようと襲われました。
戦っていたら、セクハッラ子爵家の方が仲裁してくれて……でもその人のくれた食べ物で、私たちみんな麻痺したんです!
そしたら、セクハッラ家の人と冒険者がグルになって私たちを犯そうとしたんです!」
証言する少女の顔は真っ青になり、手がぶるぶると震えている。あんなこと、思い出すだけでも怖いのだ。
「ふーん、それは大変だったねえ。
でも君は、犯されずに済んだ?」
「はい……男の人が下を下ろしたところで、敵に襲われましたから」
少女の証言を、ワイロンは眉一つ動かさずに聞いていた。そして覆いの中の審問玉の色を確認しながら、ギルドマスターにサインを送った。
(今んところ全部真だぜ、マスターさんよ。ご愁傷様!
こいつぁ世に出たら困るよなぁ?こっちとしちゃセクハッラ家を強請るために記録を残しときたいが、消したいなら追加料金だ)
(消すに決まっとるだろ、クソッ!)
少女の必死の訴えをどうやって握りつぶすか、頭の中で金のやりとりをしている。
「そうか……じゃあ、君はどうやって生き延びたのかな?
麻痺した状態で敵に襲われてたった一人生き延びたってのが、ちょっと考えにくいんだよね~。
しかも、その場にいた全員が死んでるのに」
「それは……私には、気配を消す技術があって……」
ワイロンがそこを突くと、少女は急にどもり始めた。
ワイロンはそれを見て、したり顔で堕としにかかる。
「うーん、僕には、それは違うように見えるなぁ。
それと知ってる?こういう事件ってねえ、第一発見者とか生還者とかが犯人のケースがけっこうあるんだよ。
例えば、君が逆に男を誑かして毒を飲ませたとか……女の仲間も口封じのために始末したとか……それなら、君が確実に生き残れるよね?」
この言葉に、周囲の人々は騒然となった。
なにしろ、審問官が真偽を判定しながら言っているのだ。必然的に、こっちが真実なんじゃないかと思ってしまう。
「ち、違うっ……私は、本当のことを言っています!!
本当だって、見えてるんでしょ!?何で、こんなこと言うの!?」
真っ逆さまな展開に、少女は取り乱し、半泣きになって訴える。
しかしこれもまた、ワイロンの思うつぼだ。
だって周囲から見れば、こうやって取り乱して叫ぶのは、犯人が嘘を暴かれて慌てているように見えるから。
そこで、ギルドマスターがさらに突き落としにかかった。
「ほほう、人は騙せても神は騙せんと知らんかったようだな。
女であることをいいことに、男を誑かしギルドまで弄ぶ性悪女が!仲間まで葬り去る時点で、見え透いておったわ!!」
「ち、違ああぁう!!そんなこどっしでないいぃ!!!」
ありもしない罪状をぶつけられて、少女は半狂乱になって絶叫した。
言い切れる。神に誓って、自分にそんなつもりは微塵もなかった。行動も心も、仲間を裏切るなんてあり得ない。
自分のような者でも使ってくれて、本当に嬉しかった。自らの手で邪悪を斬り払える強さに、憧れた。
特にフェミニアのような強く気高い人を、どうして裏切れるのか。
……現実も内心もこれが嘘偽りない事実なのに、どうしてギルドマスターも審問官もそんなことを言うのか。
自分には、ただ真実を訴えるしかないのに。
「お願い、信じてよ!!
私は、みんなを、フェミニア様を、殺してない!裏切ってない!
むしろみんなが……フェミニア様が騙されたのが、悔しいの!だから、他のみんなも同じ目に遭ってほしくなくって!!」
少女は、全身全霊で訴える。
しかし見ている者たちは、もう聞いてくれない。完全に少女を犯人だと思い込み、あらん限りの罵声を浴びせる。
「嘘つくなアバズレが!!」
「てめえがやったって、はっきりしたんだよ!いい加減諦めろ!!」
「ほーら、あいつが俺たちを陥れようとしたんだ!
罰として、壊れるまで正義の戦士に身体を開け放てオラアァ!!」
もうここは、審判ではなく断罪の場だ。
ワイロンとギルドマスターがとてつもなく悪い笑みで視線を交わし、この誠実な少女を地獄に叩き落そうとした時……。
「今、フェミニアと言ったか!?」
いきなり、ギルド中の罵声を叩き潰すような大声が響いた。
びっくりして静かになった人々を強引に押しのけて、大柄で筋骨隆々の壮年と中年の男が、法廷のすぐ側までやって来た。
壮年の男はいかつい顔に鬼のような憤怒をたぎらせ、食いつくように少女の方に身を乗り出して雷のような声で名乗った。
「儂はクッサヌ家当主の弟イシアタマン、そしてこいつは当主の三男にしてフェミニアの叔父、ガンコナーである!
フェミニアは、貴様がやったのか!?」
なんとこの二人は、フェミニアの親族であった。
聖歌手とともに魔女討伐に参加しに来たが、先行したフェミニアが見つからず、冒険者ギルドで情報を集めようとしていたのだ。
イシアタマンはぶるぶると体を震わせながら、少女に恨みをぶつけた。
「おお哀れなりフェミニア……素直で勇猛ゆえ、このような悪の手にかかったか。
我が一族の信じる心を利用するとは、断じて許せぬ!
この儂が今ここで、その息の根を止めてくれるわ!!」
その宣言に、ワーッと盛り上がる聴衆たち。
ギルドマスターとワイロンも、もちろん止めない。罪状が決まった者を貴族が仇討で殺すのは問題ないし、これならすぐ処分できる。
人々の殺せコールが響く中、イシアタマンは一振りの短剣を取り出した。
「これは、我が一族に伝わる嘘を暴く剣、フェイクブレイカーである!
この剣で傷つけられた者が嘘をつけば、その傷口から血が噴き出す。これで、貴様の汚れた血を根こそぎ抜いてやるぞ!」
「ウオオォーッ!!」
血みどろの処刑の予感に、聴衆たちはさらに興奮する。
しかし少女は、それに希望を見出したようにイシアタマンの前に出て、祈りを捧げるように跪いた。
「何を言われようと、私は本当のことしか言いません。
フェミニア様は恩人で、憧れの人です。私はフェミニア様を害したことも、悪意を持ったことさえありません。
この血がフェミニア様の真実のためになるなら、本望でございます!」
「フン、口では何とでも言える。最期の嘘で、さらに深き地獄に落ちるが良いわ!!」
逃げも抵抗もしない少女に、イシアタマンが裁きの短剣を振り上げ……。
「待て、やめろ!!」
いきなり、ワイロンが鋭い声でそれを制した。
当たり前だ。ワイロンとギルドマスターには、少女が真実を言っている……フェイクブレイカーで血を噴き出さないと分かっているから。
(まずいまずいヤバいヤバい……バレるううぅ!!)
(クッサヌのフェイクブレイカーだと!?何ちゅう、タイミングの悪い……)
ワイロンとギルドマスターは、青息吐息だった。いくら教会の権威があっても、公衆の面前で判定が食い違ったら……。
「何だ、審判は決したのだろう?
それに従って、処刑に使うことの何が問題なのだ?」
不服そうなイシアタマンに、ワイロンはしどろもどろと言った。
「いやいや、終わってないぞ……審判にはいろいろとよく事情を聞き、それぞれの真偽を総合的に判断せねばならない」
「だから何だ!この娘は、嘘を言ったのだろう!?フェミニアを、殺したのだろう!?」
「あ、いや……その……僕はそんなの、一言も言ってないぞ!」
「はあああぁ!!?」
ついに、ワイロンは少女を責めるのをやめた。
途端に、会場中からこれまでとは違う素っ頓狂な声が上がる。審問官がそんな感じのことを言ったから犯人と信じたのに、どういういことかと。
「ほら、その……この審問玉は、相手が言った限られたことの真偽しか分からないから……ね?
他に見落としてることがないか、他の罪が出てこないか、一回余裕を失わせていろいろ言わせなきゃ……」
「何じゃ、そうだったんか~。
そういう手順なら先に言っときたまえよキミぃ~」
見苦しい茶番を演じる二人を、イシアタマンが一喝。
「それで、この女の言う事は!?」
「ひいいっ!今のところ全部本当だぁ~!」
ワイロンが事実を認めると、少女は緊張の糸が切れたように座り込んだ。ガンコナーがそれに気づき、ワイロンに抗議した。
「おい、辛い目に遭って傷ついた少女に何と言う仕打ちをするのだ!
これはあくまで全滅した男たちとフェミニアたちのための審判。これだけ真偽が分かれば十分だろう!
なのに、ありもせん疑いをかけてどうする!?」
「い、一般論を言っただけだぁ~!
それを、周りが勝手にぃ~!」
「おまえが誤解させるようなことを言うからだ!」
醜く責任を押し付け合うワイロンとギルドマスターの姿に、周りで見ている人々の目は冷え切っていた。
「感じ悪っ……」
「本当に無実で切り殺してたら、どうするつもりだったんだよ……」
悪しき熱狂が冷めた会場で、少女は静かにフェミニアとの縁に感謝した。
それからは、今後のためと遺族の希望で、フェミニアたちとセクハッラの子息たちがどう全滅したかの聴取が行われた。
そこで少女は、自分が生き残った理由と共に、リストリアの伝統的恥部を明かした。
「さっき言えなかった、私が生き残った理由ですけど……恥ずかしいけど、いいんですか?
私、ダンジョンにいたすっごい美人の蜘蛛女に見逃してもらえたんです」
「そりゃ、元アラクネだな。またどうして?」
「蜘蛛女さんが、私のお父さんを知っていて……その、浮気をしないためにとか言ってよく揉みに行っていたそうで……。
自分が家庭を守って育った子を殺すのは忍びないとか何とか。
あの、アラクネの監視ってそういうことだったんですか?」
少女が真っ赤になって告白すると、ワイロンはギルドマスターへの当てつけのように真偽を告げた。
「おい真だぞ……そんな事してたのかよ!」
これに、元からリストリアにいる冒険者とギルドマスターは挙動不審になり、よそから来た男たちは涎を垂らした。
数少ない女冒険者は、それをゴミを見るような目で見ている。
これではっきりした。男の冒険者の多くはそういうことをする性根であり、今回少女の身に降りかかったようなことが起こってもおかしくないと。
これは間違いなく、ギルドのことを思えば正直に言うのがためらわれる恥ずかしい事実だ。
さらに追い打ちをかけるように、少女は男どもの散り様を語った。
「そのせいで、あの……蜘蛛女さん、女をいじめる男をすごく恨んでるみたいで。
男の人たちがズボンとパンツまで下ろしたところに現れて、糸で足を縛って固い脚で男のアレをことごとく潰して……しかも二本足で立って残りの脚で一気に六人ずつ!
何かもう……鬼気迫る戦いぶりでした。
でも、ずっとそんな事されてたなら……悪いけど、気持ちは分かります」
「うへえ真かよ!そりゃ気のど……ゲフンゲフン、自業自得だな!」
この話に、聞いていた男たちはタマが縮み上がって思わず内股になった。話の流れからして、臨戦態勢のそこを潰されたと思ったらもう……。
ギルドマスターは、あんまりなやられ方に思わず頭を抱えた。一気に何十人も命の灯が消えた時は何事かと思ったが、こんなひどい死に方だったとは。
これではいくら投入しても無駄死にする訳だと、納得できてしまった。
「もう本当に何とかしてくださいよ、マスター!」
「ああ分かったからもう帰れ!今後の参考には、させてもらう」
これ以上ここの冒険者の恥を晒されたくなくて、ギルドマスターはたまらず少女を解放した。
疑いの晴れた少女は、再び家族のための仕事に戻っていった。
その後姿をワイロンが恨めしくにらみつけていたことには、気づかなかった。
クッサヌ家は頑固ですが、事実に従って筋を通す性格ではあります。
ゆえに、不正を働く輩には相手にしたくない一族です。
本人たちの暴走を防ぐためのフェイクブレイカーが、不正を暴く正義の刃になることもあります。回数制限があり、容疑者を直接切らないといけないので普段教会はあまり脅威とは思っていませんが。
クッサヌおじさんたちの頑固さも、今回は助けになりました。
もし「総合的に判断するから今は保留~……」とか言いくるめられてしまう穏やかな貴族だと、かえって少女は助からなかったかもしれません。
そして、聖歌手つきの審問官がこの有様……聖歌手は大丈夫なのか?