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118.不協和音

 引き続き、楽聖女の戦い!

 しかし、絡んでくるのが楽聖女だけで済まないから世の中は難しい。ミザトリアを破門するためには、誰が協力してくれないといけませんでしたか?


 そして、炊き出しをするよう言われたシノアは。

 ティエンヌの妨害はあるが、過去の因縁によってそこからすり抜けた場所がありました。むしろ炊き出しでもしないとやってられない、その場所は……。

 ティエンヌはもちろん潰しにかかりまるが、それが味方に何をもたらすか。

 その日、インボウズは珍しくティエンヌの話を聞いてやっていた。

「それでね、お父様、下町のレストランにシノアの炊き出しを手伝わないように言っといたの!

 シノアの実家系列のお店にもね、ちょーっと脅しをかけといたのよ。

 これでシノアは、炊き出しをやりたくてもできなくなるわ。後は、やっぱりユリエルの味方だから街の人を救わないんだって断罪してオッケー!」

「おう、さすが僕の娘だ!

 破門して晒しものにして、ユリエルの耳にも届くようにしてやるぞ!

 何なら……奴を生贄に、新たに聖呪を仕掛けてもいい」

「うっひょおおい!さすがお父様!!」

 インボウズとティエンヌは、シノアの破門を思って笑い合っていた。

 今回は、久しぶりにスカッと楽しめそうな予感がする。ユリエルの時のようなトラブルや、アノンの時のような恩を仇で返される気配はない。

 シノアは頭の中がお花畑で大人しいし、まーだ素直に教会を信じている。

 今回聖女とするワーサとその父オニデスは、ミザリーやゴウヨックよりずっと話の分かる者たちだ。

 多少不利なことがあっても、出世のための取引であればそれなりに我慢する。

 だから今回は、順調にシノアを破門してそれをいいように状況打開のために使える。

 二人にとって、久しぶりに胸がすく娯楽になりそうだった。

「あーオニデス君、これはもしもの話だが……万が一聖歌手を使ってもユリエルを始末できなかった場合、シノアを新たな聖呪に使ってよいな?

 その場合、僕の権限で聖歌手のせいにして、君のお兄さんの権勢を削いでやる。

 それで君がラ・シュッセ卿の後継になれるなら、安いもんだろ?」

「……悪くない取引かと存じます」

 オニデスは、うやうやしく頭を下げた。

 オニデスはラ・シュッセ卿の嫡子ではあるが、出世で兄に後れを取っている。そもそも、家の中での扱いが後継ぎかそうでないかで差があるのだ。

 そのせいでオニデスは身内に頼るのではなく、他家でも強大なインボウズに仕えてそちらで出世しようとしているのだ。

 そのオニデスにとって、兄を蹴落とせることはワーサの魔力タンクより重要だ。

 さらにこのままユリエルの件が解決できなければ、オニデスも無能とみなされて出世の道を閉ざされてしまう。

 それもあって、オニデスはシノアを新たな聖呪に使うのに賛成だった。

 もっとも、これはこれから来る聖歌手が失敗した場合の保険だ。

(やれやれ、聖歌手が成功すればまた兄上の派閥の功績になる。その時、私とワーサもあやかれるかどうか……。

 いや、そうなれば少なくともユリエルの件は終わる。

 どちらにしろ、私は私とワーサのこれからを考えていればいい。シノアを消してワーサに大会優勝の実績ができれば、ひとまずよしとしておくか)

 ユリエルが反逆してからというもの、オトシイレール親子もラ・シュッセ親子もいろいろうまく運ばなくて苛立っていた。

 しかし、ようやくそれが終わる目処がついた。

 やるたびに結果に裏切られた聖女の破門も、今回はむしろ失敗する要素がない。

 これでようやくおかしな日々が終わり、胸を張ってやりたい放題できると、三人は安堵していた。


 だが、そこにワーサが幽霊のように青白い顔で倒れ込むように入ってきた。

「お、お父様……助けて……!」

 ただならぬ様子に、オニデスが慌てて駆け寄ると、ワーサは息も絶え絶えで言った。

「お父様……理事長……破門、ミザトリアにして!!

 ミザトリアが……あいつが、ここの聖楽大会に、出るって!このままじゃ、私……シノアなんか堕としたって優勝できない!!」

「何だと!?」

 オニデスにとっても、これは青天の霹靂だ。

 シノアさえ破門すれば、ユリエルのことも娘の名声も全てがうまく転がるはずだったのに……その計画が一瞬で崩れ去った。

 これには、さすがのオニデスも一瞬頭の中が真っ白になった。

 だが、どうにか自分と娘のために頭と口を動かした。

「理事長、聞いての通りです。

 状況が変わりました。どうか破門の対象を変え、ミザトリアを消していただきますよう」


 しかし、インボウズはあからさまに嫌そうな顔をした。

「ミザトリアか……ありゃ総本山でも名が売れとるだろ。民の人気は高く、特に落ち度や反逆の兆しがある訳でもない。

 それに、彼女がここの聖楽大会に出れば大きな儲けになる。

 君は、君たちだけの都合でそれを手放せと?」

 その言い方に、オニデスは歯噛みした。

 確かに、インボウズの言う事は筋が通っている。

 街の中でしか仕事をせずおまけに最近やらかしたシノアと、世界レベルで人気上昇中のミザトリアでは事情が違う。

 罪をでっち上げて破門した後に、どれだけの人々を抑え込まねばならないか、その範囲が比べ物にならないくらい違うのだ。

 そしてもう一つ、ミザトリアの存在はインボウズの財布に素晴らしい恵みをもたらす。

 ミザトリアの巡業先に口を挟み、その見返りに行き先の都市から金を受け取ったりと、インボウズはミザトリアを儲けの種に使ってきた。

 今回のことも、もしミザトリアが聖楽大会でたんまり金を集めてくれたら、当然その一部はインボウズの懐に入る。

 インボウズにとっては、こちらの方が重要だ。

「うぉっほん、ミザトリアは愚民共から金と信仰を集める最高の道具じゃ。

 君は、それに代わるくらいの利益を僕に差し出せるのかね?

 そうでないのに僕からそれを取り上げようなんて、とんでもない!君、出世したいならもう少し忠誠心を持ちたまえよ!」

 インボウズは、冷たく言い放った。

 そう、オニデスは身内に対抗するためにインボウズに仕えている。

 ならば、切り捨てられないためにはインボウズに従わなければならない。身内ではない派閥に出世を託すとは、そういうことだ。

 もちろんインボウズが納得するだけの見返りを払えば、叶えてもらえるだろうが……今の銭ゲバ化しているインボウズでは、それがいくらになるか想像もつかない。

 下手をすれば、一生強請られることになりかねない。

 今インボウズからミザトリアによる儲けを取り上げるとは、そういうことだ。

 取りつく島もないインボウズを横目に、ワーサがティエンヌに声をかける。

「ほらほらティエンヌさん、ミザトリアを潰すことができれば、誰もがあなたを恐れて言いなりになりますよ~。

 私だって、これからもティエンヌさんにいろいろと良い知恵をお貸しして……」

 しかし、ティエンヌはぽーっとした表情からはっと我に返り、煩わしそうに言い返した。

「はぁ?あんたは、あたしの宝石箱がまた一杯になるのが嫌なの?

 ここで……いえ、これからもミザトリアを利用する方が、あんたなんかよりずっと稼げるのに。

 それに、シノアを破門した方がユリエルには効くじゃない。あいつのうろたえる顔、考えるだけでいい気味だわ!」

 さらにティエンヌは、ワーサの顔を訝しそうにのぞき込んで言い放つ。

「だいたいさあ、何で対価が要るの?ちゃんと一人潰して、あんたとお父さんの評判を落とす虫女は始末するじゃん」

「で、でも……それでは聖楽大会が……!」

「2位じゃダメなの?」

 そう言って首をかしげるティエンヌに、ワーサは愕然とした。

 ティエンヌは、聖楽大会の優勝がワーサにとってどれだけ重要な意味を持つか、まるっきり分かっていない。

 ワーサと同じように、楽に仕事をもらおうと腰かけで楽聖女をやっている有力者の娘は、掃いて捨てるほどいる。

 その中で頭一つ抜けて仕事を回してもらうには、はったりでも実績が要るのだ。

 生まれながらにして安泰なティエンヌは、それを想像しようともしない。

 そのうえティエンヌは、ワーサにどんな事情があろうと自分の言う事を聞いて当たり前だと思っている。

 ミザリーの時のように、本来与える魔力タンクを与えられない訳じゃない。それか、父も同意しているトラブルの根源除去に使われる。

 それでこっちの義務は果たす生んだから、これ以上望むなと。

 ワーサにとってどちらがより重要なのかなど、考えるべくもない。

 オニデスとワーサは、心の中で鬼の形相で叫んだ。

(こんの無能豚が、誰が支えてやってると思っとんじゃー!!)

 基本的に主従関係とは、相互に利益をもたらし合って成立するものだ。その中で出世を目指すラ・シュッセ親子は当然、そのつもりでいる。

 しかし下は全て自分のために存在すると思っているオトシイレール親子には、その当たり前すら通じない。

 オニデスはこの瞬間、一番権勢が強いから少し我慢すればとインボウズに仕えたことを、心の底から後悔した。


 こうして、次の破門を巡って主従の間に亀裂が入った。

 ことミザトリアに対しては、インボウズとオニデスの利害が相反してしまったのだ。

 これが悪徳の牙城を崩すミザトリアの一手であると、頭が金で一杯のインボウズは露ほども気づかなかった。



 理事長室で一悶着あった後も、ティエンヌは平気でワーサと街に繰り出した。

「さーて、シノアはどうなったかしら?

 これで炊き出しもできなければ、シノアったらまたとんでもないことするに決まってるわよ~。

 くっだらないことにこだわって破滅していくの、本当、馬鹿よね~。

 あんたもくだらないことにこだわってないで、こっちを楽しみましょ!」

 そう言われても、ワーサはもうそんな事楽しめない。

 一刻も早くミザトリアを何とかしないといけないのに、こいつときたら金のためにミザトリアの大会参加を受け入れてしまった。

 だったら自分と父の使える力を全て使って何ができるか、場合によっては他派閥の力を借りることも早急に考えないといけないのに。

 他ならぬティエンヌが、自分にそれをさせてくれない。

 本気で部下を楽しませていると思って、引きずりまわしてくる。

 ワーサは今すぐにでもティエンヌを突き放して自分のために駆け回りたかった。今この瞬間にも大会が近づいていると思うと、気が狂いそうだった。

 しかし、そこで聞き捨てならない噂が耳に飛び込んできた。

「おい、聖女シノア様が炊き出しをやってるってよ」

「生のハーブまで散らした、栄養満点のやつらしぞ!」

 それを聞いて、ティエンヌは絶叫した。

「はーっ!!?何で、どうして!?一体誰が手伝ってんのよー!!」

 ティエンヌの妨害も空しく、シノアは炊き出しを始めてしまった。しかも噂によると、下町ではなく高級レストラン街の方で。

 大慌てのティエンヌに引きずられて、ワーサも一緒に現場に向かった。

 傲慢なティエンヌの目論見が外れたことを、内心小気味良く思いながら。


 高級レストラン街には、場違いな貧しい人々の列ができていた。

 それがせめてもの大通りを避けて裏路地を曲がりくねって続いていたため、ティエンヌたちは先頭を見つけるのに手間取ってしまった。

 果たしてそこでは、シノアが大鍋の粥をよそって痩せた人々に施していた。

「なっ……どこの誰よ、こんな奴に手を貸してんのは!?」

「待ってください、ここは……前ミザリーが懇意にしていた店です!」

 よく見れば行列の終点の店には、見覚えがあった。

 ちょっと前にユリエルやアノンを食物責めにしていじめ、最近ミザリーが最後に籠って断罪された、あの店だ。

 ミザリーとゴウヨックの狂った暴食と排泄によって地獄のように汚れ、絶望した当時の店長は逃げるように街を去った。

 なのにこれは、どういうことだろうか。

 あっけに取られている二人の前で、店のドアが開いて新しい大鍋が出てくる。

「ほら、おかわりだ!食ってけドロボー!」

 出て来たのは、前の店主より若くて少しぶっきらぼうな新しい店主だった。

 新しい店主は、行列とシノアの様子を見て顔をしかめた。

「ああ?これだけの時間でまだこんだけしか配れてねえのかよ。慣れてねえのは分かるが、遅ぇ!冷めちまうぞ!」

「だ、だって……散らすハーブを選んでもらわなきゃ……」

「あーもう、やり方ってものがあるだろ。

 あーあー皆さま、お粥に散らすハーブは並んでいる間にお選びください。そして先頭に来たら、指の数でお知らせ願います。

 パセリは一本、ディルは二本、チャービルなら三本だ!後ろの奴にも伝えてどうぞ!」

 言いながら、店長もよそって渡す作業に加わった。

 シノアなど比べ物にならない、目にも留まらぬスピードで貧民たちの差し出す容器に温かい粥をよそっていく。

 そして、次々と出される注文のサインを一切間違えずに、鮮やかな緑のハーブを気前よく散らして……。

「……って、生のハーブ!?しかも、何種類も!

 こんな時期にどうやって手に入れたのよ!?」

 漂ってくるいい香りと鮮やかな緑に、ティエンヌたちは目を丸くした。

 ここの炊き出しで配っている粥に、新鮮な生ハーブがかかっているではないか。

 今は真冬で、そんなもの尋常な値では手に入らない。ティエンヌたちが行く最高級レストランでも、高いうえに鮮度が悪いのに。

 それを炊き出しにふんだんに使うなど、どういうつもりなのか。

「ちょっと、何でこんな奴らがこんないいもん食ってんの!?

 どきなさい、あんたたちが食っていいもんじゃないのよ!!」

 ティエンヌが貧民たちを押しのけて前に出ると、店長は嬉しそうに顔をほころばせた。

「おっまた豪勢な聖女様じゃありませんか!

 今日はご身分の高い方用の料理じゃありませんが、近日中のご予約でしたら、たっぷり生ハーブをサービスいたしますよ。

 いや~、炊き出しがこんなに宣伝になるとは!

 やって良かった~!」

 店長は、感無量といった様子で涙までにじませている。

「あ、ティエンヌさんたちも食べに来てくれるんですか?

 ほら、やっぱりいい事をすると返ってくるんですよ」

「おう、シノア様の言う通りだな!

 盛り付けはしばらく俺と助手でやっとくから、あんたは宣伝してやってくれ」

 あまりの作業効率の悪さに作業を追われたシノアに話を聞いて、ティエンヌたちは事情を理解した。

 ファットバーラ親子のもたらした地獄で前の店長が去った後、かつて奴と同じ店で修業した後輩である今の店長がここを格安で買い取った。

 しかし、一等地のはずなのに客が寄り付かない。

 原因は、ファットバーラ親子のせいで年始のかきいれ時にここが猛烈に臭く汚くなっていたからだ。

 今の店長は頑張って掃除してきれいにしたが、悪評はすぐには消えない。

 店長が客を掴むために持ち込んだ食材や生ハーブも、全く役に立たず保存にかかるコストばかりかさむ。

 そこに、店の道具を炊き出しに使わせてくれとシノアが頼み込んで来た。

 シノアは、どうせ余らせているなら徳を積みましょうと言ってきた。このまま腐らせるより、誰かが食べた方が皆が救われるからと。

 店長も、半分破れかぶれでそれに乗った。たとえ配るのが貧民でも、これで少しでも金を払える層に評判が届いたらと。

 その結果が、これだ。

 ティエンヌたちは、頬をぴくぴくさせながらそれを聞いていた。

(なるほど、ここは盲点だった!)

 実を言うと、このレストランに客が寄り付かないようにしていたのはティエンヌだ。

 ここでミザリーに奢らされたのが悔しくて、ここを使う奴は罰として全員不幸になれとばかりに、悪評を広め続けていた。

 そして、閑散としたここの前を通るたびに、やり返してやったと嘲笑っていた。

 だが、それが巡り巡ってシノアの付け入る隙になってしまったのだ。

(ええーっ!どうしてこうなるのよ!?

 あたしは、このあたりにひどい事をした奴らに仕返ししようとしただけなのに……何でこんなに、うまくいかないの!?)

 ティエンヌはそのつもりだが、今の店長は前の店長とグルではないので完全に的外れないじめでしかない。

 しかし自分の気に食わないものを全て一緒くたに考えるティエンヌには、それが理解できないのだ。

「……分かった、話を広めてくるわ」

 そう言って去るティエンヌの目には、理不尽な逆恨みが燃え盛っていた。

 ワーサは、内心こいつと一緒にいたら民に悪い意味で顔を覚えられるのではと危惧したが、ティエンヌは嫌がる犬の鎖を引きずるようにワーサを放してくれなかった。


 翌日、シノアが炊き出しをしていると、柄の悪い男たちが現れた。

「よおよお、魔女を赦そうとかいう大それた聖女様じゃねえか!

 今度は、金に任せて物で釣って味方を増やそうってか?」

「そ、そんなんじゃありません!」

 シノアはさすがに否定したが、男たちはシノアを取り囲んでぬぅっと見下ろし、いやらしく言いつけた。

「ほーう、それじゃ、はっきり言ってもらおうか。

 私は魔女の滅びのために全力を尽くします、あのアバズレがこの世にいることを許しませんってな!」

「う……あ……それは……」

 炊き出しに並んでいる貧民たちからも、シノアに視線が突き刺さる。ここに並んでいる者の多くは、ユリエルとの戦いが原因でこの状況に落ちたのだから。

 昨日、シノアは炊き出しをしながら、その人たちの苦しみを顔の全穴からあふれるくらい聞かされた。

 こんなに苦しむ人がいるんだと、心を痛めて涙を流した。

 だが、それとユリエルを切り捨てて踏みにじれるかは別問題だ。

(やだ……ユリエルを滅ぼすなんてできない!

 それに、あたしは知ってる……ユリエルはとっても真面目で、アバズレなんかじゃない!)

 シノアには、どうしてもそんな事は言えなかった。根っから素直なシノアは、口だけでも親友を裏切ることはできなくて。

 それをいいことに、男たちは大声でシノアを責める。

「ほーら答えられねえ!やっぱりこいつぁ魔女の味方だぞ!

 おまえら、こんな汚い陰謀メシなんか食ってんじゃねえよ!俺らが救ってやるぜ、そぉい!!」

 男たちはあろうことか、炊き出しの鍋を乱暴に蹴り倒した。運悪く熱いままの粥が、早く食べたくて鍋に寄っていた幼い子供にかかる。

「わああぁ熱いいいぃ!!」

「きゃあああ何するの!?」

 この暴挙に、さすがに貧民たちは騒然となった。

 しかし、男たちの一言で黙らされる。

「うるせえ!てめえらも、魔女の味方かぁ?」

 そう言われてしまっては、誰も反論できない。もし魔女の味方だと思われたら生きていけないし、何より彼ら自身が魔女を決して許せないからだ。

「ごめんね、すぐ癒すから!ヒール!

 ……ああっ熱っ!やめてください!どうか……ひぃっ!」

 シノアは慌てて火傷した幼児を癒すが、男たちはそこにさらに残りの粥を浴びせて鍋をぶつける。

 シノアは必死で幼児を守ろうと抱きしめるが、誰も助けてくれない。

 そこに、ティエンヌとワーサが颯爽と現れて言い放った。

「ほーら、やっぱり邪悪の御業よ!

 表面ではいいことをしても、心が汚れてるから誰も救えなーい。

 ねえ、みんなも、安易にタダ飯にありつこうとするからこうなるのよ。仕事ならあるんだから、まっとうに働きなさーい!

 あたしたちが、正しい道に導いてあっげるぅー!!」

「さあ、その子を助けたかったらその汚い手を放しなさぁい!」

 集まった貧民たちは、唖然としてその光景を見ていた。

 男たちはシノアと幼児を取り囲んで、全方位から蹴りつけている。今シノアが放したら幼児がどうなるかは、火を見るより明らかだ。

 なのに守っている聖女は魔女の味方で、あんなに自分たちの身に染みわたった炊き出しも汚いモノで、捨てるべきだと高貴な聖女が言う。

 これでは、一体どうすればいいのか……。


 その時、混沌とした空気を澄んだ歌声が切り裂いた。

「る・ら~~~♪罪には、罰を~~~♪」

 突然、水が美しく宙を舞いながら現れ、鍋と粥を巻き込んでシノアを囲む男たちに叩きつけられた。

「ぐっはああぁ!?」

 不意打ちで怯んだ男たちの前に、カッカッと鋭い靴音で歩み出る者があった。

 ただ歩くだけで人の目をくぎ付けにする、麗しき華、ミザトリアだ。

 ミザトリアは、呆気に取られている男たちをビシッと指さして言い放った。

「あなたたち、自分が何をしているか分かってるの!?

 内心がどうであれ、貧しい人に施された恵みをあなたたちは奪ったのよ!それは、その人たちが生きるのに必要なものだったの!

 なのに、それを与えること受け取ることまで邪悪な訳ないでしょう!!

 罪には、赦されていいものとそうでないものがあるわ。シノアがこの人たちや街に害を与えているか、それはどっちなのか、よく考えなさい!!」

 途端に、周囲からワーッと歓声が上がった。

 その通りだ、貧民たちが欲していたのはこれなのだ。

 シノアは、どんなつもりであれ自分たちを助けてくれた。それを、目の前で奪ったのは、間違いなく男たちの方ではないか。

 たとえ高貴な聖女の言う事でも、この施しを悪とされてたまるか。むしろこの高慢ちきな聖女は、自分たちの何を分かってこんなことを笑って言うんだ。

 食べ物を奪われた貧民たちの怒りが、じりっとティエンヌたちに迫った。

 慌てたティエンヌは、ワーサを前に押し出して言いつける。

「ほ、ほらワーサ……あんたの出番よ!

 あんたの華麗な舞いで、こいつらを鎮めてあたしの方につけるのよ!!」

 生きる糧を奪われて本能の怒りに駆られ、しかもミザトリアの後押しを受けた貧民たちを相手に、どう考えても無茶ぶりである。

 しかも、聖楽大会の前に民衆の心を逆撫でしてしまったら……。

 どうにか断ろうとするワーサを横目に、ミザトリアは今度はシノアの頬を張った。

「あんたもあんたよ!

 ここに救いを求めた来た人たちは、ユリエルの反攻のせいで大切な人を失ったり傷ついたりしてこうなったの。

 その手当てをするのはいいけど、元凶への赦しを押し付けるんじゃない!

 あんただって、守ろうとしたその子が目玉の一つでも潰されて治らなくなったら、それでもこいつらを赦せるの!?」

「うっ……それは、さすがに……」

 ミザトリアは、シノアにもきつくお灸をすえた。

 これもまた、貧民たちが心から求めていたことである。貧民たちは心底感謝して熱狂し、ミザトリアを讃えた。

 うなだれるシノアに気を良くして、ティエンヌと男たちもまた調子に乗る。

「そうよそうよー、赦せない敵の味方は、赦せないのー!

 被害者の体も心も生活も癒した、あたしを敬って平伏しなさい!」

「そうだぞ、更生できねえクズ女は、正義の戦士の俺らに従って奉仕しろオラァ!」

 だが、それに言い返す者がいた。

「儂らを癒しただと、よう言いよるわ!

 おまえさんの顔は覚えとる。魔女討伐で怪我をした儂の、処置のために開いておいた傷まで雑に塞いでこんな体にしおって!

 これでどうやってまともな仕事をして食っていけというんじゃ!?」

 この男の訴えに、集まった人々は騒然となった。この男は元々ベテランの衛兵で、街の人々にそこそこ顔を知られていたからだ。

 さらに炊き出しを手伝っていた少女も言い募る。

「何が正義の戦士よ、女をいじめることしか考えてないくせに!

 みんな、この手の冒険者の言う事なんか聞くことないわ。

 私は虫けらのダンジョンで、こういう正義の戦士気取りの男に襲われたんだから。犯すために毒まで飲まされて、私以外は全滅したのよ!」

 ティエンヌとインボウズの行いがもたらした不幸が、出るわ出るわ。

 ワーサはなおも喚くティエンヌを必死に引きずって、その場を離れた。

(ああ、どうしよう……あんな事で顔と名前を覚えられた!!聖楽大会の前だってのに、どうしてくれるのよ!!

 しかも、こんなのミザトリアの一人勝ちじゃない!!)

 だが、そんなワーサの嘆きはティエンヌには届かない。絡み合って自分を追い詰める状況の中で、ワーサは心の中でミザトリアと同じくらいティエンヌを罵っていた。

 やりたい放題が当たり前のトップと、状況の中で最善の道にかぶりつこうとする部下の利害がぶつかってしまいました。

 ティエンヌは、自分がミザリーに奢らされた時は部下の生意気な反抗としか考えておらず、部下の気持ちを汲み取るという考えがないのです。

 なので、どんなにワーサを不利に追い込んで恨みを買ってもそれが分かりません。


 ミザトリアは、それをとことん利用しています。

 そして今回は喧嘩両成敗のような形で美味しい所を持っていきましたが、シノアにもユリエルを赦すなとか悪いとかは決して言わず気遣っているのです。

 ただし、お花畑で思慮の浅いシノアにそれが通じるかは……。


 そして、季節外れの生ハーブ……一体どこから来たんだ?

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― 新着の感想 ―
生ハーブの勘違い少女ちゃん、ちゃんと頑張ってますね…。(ホロ涙) 虫けらのダンジョン産の生ハーブ。冬で資源の少ない時分には最高の栄養素。貧しい人達には何よりも代えがたい施し。 神視点ではマッチポンプ…
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