117.華の楽聖女
本人気づかず崖っぷちのシノアを救うために、華麗なる楽聖女が立ち上がります。
この章は、聖女としては楽聖女が中心に進んでいきます。
もうすぐ登場する聖歌手も、楽聖女です。
ティエンヌの取り巻きとして、これまでにも陰険ないじめに知恵を貸していたワーサの事情とは。
悪徳坊主は家によっていろいろ特徴がありますが、ラ・シュッセ家にも特有の事情がありました。名は本質を表わす……。
シノアを暴漢から救った後、ユノとカリヨンは揃って大きなため息をついて肩を落とした。
「ハァ~~~……本当、どうなることかと思ったわ!
わざわざ人を集めてあんな事言うなんて」
「悪気はないのですけどね……守るこっちの身がもちませんよ」
シノアがユリエルの神敵認定にひどく動揺しているのは知っていたし、何か突拍子もないことをするかもとは思っていた。
しかし、いきなりユリエルとの戦いで苦しむ人心をあそこまで逆撫でするとは。
しかもシノアは、それを全く悪いことと思っていない。とにかく早く終わってほしいとばかり考え、ただでさえお花畑な頭が全力でショートしているのだ。
ここままでは、これをネタにティエンヌたちにつるし上げられるのは時間の問題だ。
だから、カリヨンはシノアに厳しい指導とともにやることを示したのだ。
「とりあえず、当面やるべき事は明示しておきました。
炊き出しなら本当に必要とされていますし、奉仕活動は加点になります。そこで少しでも人々の信頼を取り戻し、苦しむ民の現実を知ってくれれば良いのですが」
「そうね、それなら理事長の懐に金を入れなくて済むものね!」
ユノが、腹立たし気に突っ込んだ。
街にこれだけ困窮している人がいるのに、教会による炊き出しは驚くほど少ない。
インボウズが、そこに金を出し渋っているからだ。逆に人々の支援のためにと謳って集めた金を、せっせと懐に入れている。
そうして困窮して食い詰めた者を、男ならユリエルとの無謀で不毛な戦いに、女なら下種な冒険者のための卑猥な店に放り込んでいる。
それを、苦しむ者に仕事を与えてやっていると誇るのだから手に負えない。
ユノとカリヨンも何とかしてやりたいが、二人にはそれより優先されることがある。
ユノは増え続ける性犯罪に対抗して衛兵と共に街の警備、カリヨンは大聖堂の結界の管理だ。
こちらの方が、手を抜くとすぐ人命に関わる。
さっきはユノが近くにいたおかげでシノアを助けられたが……四六時中シノアばかり守る訳にいかないのだ。
「泣いても笑っても、卒業まであと少し。
何とかシノアは、卒業まで守り抜きたいところだけど……」
ユノは、祈るように呟いた。
このまま春が来て卒業すれば、自分たちは聖女として学園から巣立っていける。そうなれば、シノアも悪徳坊主から離れられる。
せめて、あと二月ちょっと粘れれば……。
しかし、そこにズバッと口を突っ込んでくる者がいた。
「ずいぶんな希望的観測だこと!
あちらさんがそんな甘いつもりな訳ないでしょ!」
ひそひそ声なのによく通る声の、ミザトリアだ。
ミザトリアは、呆れたように言い放った。
「いい、今日の様子を見る限り、シノアはもう目を着けられてるのよ。でなきゃ、ティエンヌが下町なんかに出てくるもんですか。
理由は、何となく分かるわ。
シノアは、楽聖女であるワーサにとって競合相手なのよ。あたしの敵じゃないけど、ワーサごときにとってはね。
……卒業前に、楽聖女の聖楽大会があるわよね?」
「チッ!そういうことか!」
ユノは、憎々し気に舌打ちした。
シノアとワーサは、卒業直前に聖楽発表会で競うことになる。ワーサはシノアを破門することで、ライバルを物理的に消そうとしているのだ。
「それだけじゃない、理事長は今すっごくお金を欲しがってる。
シノアの実家は大金持ちだから、シノアを破門して連座で潰せば一気に金が手に入る。絶対そっちも狙ってるわよ!」
「はぁ!?理事長は自業自得だしシノアなんかよりずっと金持ってるでしょうに!まだそんなに欲しいの、理事長は!!」
「持てる者、強欲な者は、少しでも減ると不満を持つものです。
だいたい、こんなになっても己を省みない理事長が節制できる訳ないでしょう」
「……それもそうか」
ミザトリアの指摘とカリヨンの突っ込みに、ユノは納得した。
ティエンヌたちはあてずっぽうでシノアを狙った訳ではない。きちんと理由があって、狙いを定めたのだ。
これでは、いくら守ろうとしても敵は執拗に攻撃してくるだろう。
ユノとカリヨンが使える力をかき集めても、守れるかどうか。
……守れたとしたら、それこそユノかカリヨンがそれを見とがめられて陥れられ、身代わりになった時くらいだろう。
ティエンヌたちの……インボウズたちの権力と悪意は、あまりに強い。
だが、ここでミザトリアが驚くべきことを言った。
「守ろうとしたって、守れるものじゃない。
なら、やることは一つ……別の標的を作ればいいのよ!」
「ええっ!?」
ユノとカリヨンは、目をまん丸にした。
確かに、狙われたら守るのは困難である以上、狙いを外させるのが最も有効な手段であるのは分かる。
だが問題は、別の標的になる子だ。
シノア以上に狙われる理由がなくてはならず、そのうえ標的になってしまったらほぼ人生終了なのだが……。
「あたしが、なる!」
ミザトリアは、強い決意を込めて言い切った。
「あたしなら、お父様の劇団のつてでいろんな国に隠れられるわ。シノアと違って、考える頭も非常用の連絡手段も持ってる。
何なら、あのクソ共の懐に入って、悪事をとことん暴いてやるわ!
これ以上、あいつらの思い通りにさせるもんですか!!」
カリヨンは、険しい顔でミザトリアに言った。
「……本当に、いいのですか?
失敗して囚われた時に、助けられるとは限りませんよ。今わたくしたちがユリエルに何をしているか、分かっているでしょう」
ミザトリアは、力強くうなずいた。
「分かってる……あたしが決めたことだから、恨みゃしないわよ。
あんたたちには、役目と立場と守るものがたくさんある。
でもあたしには、人を楽しませて心を動かす歌と舞いだけ。楽聖女なんてもんは、いなくちゃいけないものじゃない。
こういう時に危ない橋を渡るのは、あたしの役目でしょ!」
ミザトリアは、戻って来た学園と街の現状に愕然とし、何とかしなくちゃと思っていた。
しかし、ミザトリアは所詮、武力も権力もないただの楽聖女。正攻法で立ち向かって、勝てるはずもない。
それでも、自分より人の役に立っていた級友の不正な破門は許せなかった。
だから、自分が動いてそれを止められるならと……シノアよりもずっと現実が見えている目の奥で考えた。
「分かりました……成功したら、お父様ともども最大限お力添えします」
「こっちも、国軍から王様に働きかけられると思う」
申し訳なさそうに協力を申し出るユノとカリヨンに、ミザトリアはあえて距離を置くように言った。
「いいのよ。それより、あんたたちこそあたしのことで深入りしないで。
今直接街と人を守ってるのは、あんたたちなんだから!」
ミザトリアは、華麗に踵を返して二人に背を向けた。
学園のコンサート場に、壮麗な音楽が響き渡る。
十数人の楽士たちが、ステージで踊る舞姫のために奏でている。聞いているだけで心が洗われるような、うっとりする旋律だ。
しかし、それに合わせて踊る舞姫の動きは、いまいちだ。
こんなに美しい音楽なのにもったいないと思うほど、動きをただ音楽に合わせただけで、何を表現したいのかもよく分からない。
おまけに舞姫はまだ曲が終わってもいないのに勝手にステージの端に座って、休み始めてしまった。
本来なら失礼極まりないが、楽士たちは一言も抗議せず静かに演奏をやめた。
なぜなら、その舞姫は逆らったらまずい相手だからだ。
無垢な花弁のような純白のバレエ衣装に身を包み、愛らしい化粧で本性を隠した舞姫の名は、ワーサ・ラ・シュッセ。
インボウズの悪辣な右腕であるオニデス・ラ・シュッセの娘にして、今まさにシノアを潰そうとしている性悪女であった。
ワーサが腰を下ろすと、すぐ数人の神官が駆け寄ってワーサにタオルや飲み物を渡す。
「……ちょっと~、このタオル固くありません?」
「は、はい!ただいま代わりをお持ちします!」
至れり尽くせりの扱いなのに、ワーサはいちいち不満を垂れ流す。
ワーサの心の中で渦巻く不満は、本当は神官たちに向けられるものではなかった。
(ハァ~面倒臭っ!
何でこの私が、下々に媚びるために練習なんかしなきゃいけないのよ。あんなくだらない奴らに、評価なんかされなきゃいけないの!)
ワーサは、一月ちょっと後に迫った聖楽大会の練習中だ。
近いうちにシノアを堕として聖女になり、聖楽大会で優勝することで後付けで功績を作る予定だ。
しかし、ワーサにはそれが面倒で仕方なかった。
自分は枢機卿から直系でつながっている娘なのに、どうして民衆なんてどうでもいいものに認められなきゃいけないんだ。
自分はこんなに高貴なんだから、下々は自分が何をしようがありがたく受け取っていればいいのだ。
だがそれでは望むものは手に入らないと、父はよく言っている。
「いいか、世の権力と富貴は本来、その者が挙げた功績と引き換えなのだ。……少なくとも建前上は、そうせねばならん。
ゆえに我らラ・シュッセは、功績をかき集めて出世を目指す。
……だが、危ない橋を渡るのは得策ではない。
だから、おまえは楽聖女なのだ。楽聖女なら、財を投げうたず危険を冒さずして評価を得ることができるからな」
これには、ワーサはなるほどと思った。
いい暮らし、いい結婚相手を手に入れるためには、出世が一番だ。そのために一番労せず評価される道に、父は進ませてくれたのだ。
普通の聖女では常に下々の顔色を窺う仕事をせねばならないし、戦聖女になって命を張るなどもっての外。
しかし、楽聖女ならそんな事しなくていい。
基本的にきれいな所で、きれいに飾られて奏でたり歌ったり踊ったりしていればいい。
後は有名人や権力者の評価を金や取引で手に入れれば、楽な仕事と儲けが向こうからやって来る。
……ただし、枢機卿の直接の後継ぎでないし今のところ継ぐ予定もないワーサには、その評価にも元手が必要なのだが。
それが、卒業直前の聖楽大会の優勝だ。
父は、出世に全てを尽くすラ・シュッセ家の一員として、それくらいの努力はしてみろと言った。
その程度の努力もできない奴は、我が家にいらないと。
(努力……かぁ。ティエンヌがそんな事してるのは見たこともないのに!
でも、立場考えると仕方ないのよね~。私は、直接お祖父さまの威光を引き継げる立場じゃないし。
そのお祖父さまも、家の中の出世競争勝ち抜いてだからな~。
ウチは、身内の争いが激しいから気を抜けないのよね)
父はワーサをできるだけ苦労しない道に導いてくれたが、何もやらないという訳にはいかない。
出世競争の激しい家で落ちこぼれにならないように、父のように陰謀で利益を得る土台となる名声と人脈を手に入れるために、今回のミッションは成功させねば。
(はぁ~私も、こんなのより陰謀の方が得意なのに。
でもお父様も、自分と私の将来のためにミスだらけの理事長に付き合って知恵を絞ってるものね。
出世のためには我慢、か)
ワーサは、やりたい放題して自分や父を振り回すオトシイレール親子を内心羨ましく思い、軽蔑していた。
そして、いつか自分の方がティエンヌより偉くなってやると野心を持ってもいた。
その野心のためならば、民衆如きの審査が入る聖楽大会も耐えてみせる。
(まあいいわ、今回はライバルが少なくて例年より比較的楽だし。
口には出せないけど、ユリエルの反逆が効いたわね。
それで教会への支援金を聖楽大会より重視するって理事長が決めたり、お父様の発案で聖楽大会に参加金を設けたりしたもの。
これで、参加者がぐっと減って楽になった)
ワーサを楽にするために、父が今の状況に合わせて頑張ってくれた。
おかげで、今やワーサの優勝の障害になりそうなのはシノア一人。
こいつは家が裕福な商家で、親からたっぷり金をもらってやりたいことをやらせてもらっている。
才能や努力の度合いはワーサとどっこいどっこいだが、こいつが参加する限りワーサの優勝は確実とは言えない。
なぜなら、シノアは民衆にそれなりに知名度があるからだ。民衆を蔑んであまり一般向けの仕事をしないワーサとは逆に、シノアはよく一般向けの仕事で民衆に笑顔を振りまいている。
……そんな低俗な奴が自分より評価される可能性があることが、ワーサにはとてつもなく腹立たしかった。
だから、シノアには徹底的に身の程を味わわせて潰すことにした。
(……昨日は失敗したけど、シノアが自分で墓穴を掘ったのは素晴らしい!
これなら、どんな風にでも料理して食い尽くしてやれるわ!
そうすれば、優勝候補は実質私だけ。私ほど優れた楽士を揃えられる奴も、美しい衣装を用意できる奴も、いない。
これで、聖楽大会は私の独壇場よ!!)
あどけなく純粋に見せる化粧の下で、ワーサは邪悪に笑った。
汚れを知らぬような純白の、魅惑の質感の生地で仕立てた愛らしい衣装に包まれていても、楽聖女の内情はこんなもんである。
むしろ本当に中身まできれいなお花畑のシノアの方が、珍しいのだ。
だが美しいイミテーションが売れるために本物の花は要らないとばかりに、シノアは無残に引っこ抜かれようとしている。
ワーサはその現状に満足し、自分より遥かに優れた楽士たちを待ちぼうけさせながら、残虐な妄想にふけっていた。
しかし、そのだらけた空気が一瞬で切り裂かれた。
「る・ら~~~~♪」
コンサート場に響き渡る、よく通る澄んだ歌声。
皆が、思わず心を奪われてそちらを向いた。
カッカッと、軽快なリズムが足音で打ち鳴らされる。それに合わせて、キレのあるスタイリッシュな歩みで客席の階段を下りてくる人影。
ステージ衣装ではなく練習着なのに、立ち姿だけで目を引く所作。
今はそれほど塗りたくっていないのに、素の目力とはっきりした顔立ちを向けるだけで人の心を震わせる。
人の心を掴むために天から舞い降りた、花を超越した華がそこにいた。
「ミザトリア様……!」
神官の一人が、見惚れたようにうっとりとその名を呼んだ。
「ああ゛ん!?」
ワーサが鬼のような顔を向けると、神官ははっと我に返って必死に謝った。それでも、視線はチラチラとミザトリアの方を向いている。
楽士たちも、目を見開いてミザトリアに釘付けになっていた。ぜひこの人のために奏でたいと、すぐにでも手を伸ばしそうな顔をしている。
こいつらは、自分のためのものなのに……ワーサは、炙られるような不快感を覚えた。
「ちょっと、何邪魔してくれるんです~?
今、私がここで練習してるんですけど~」
ワーサが暗に出て行けと言うと、ミザトリアは悪びれずに言い返した。
「あら、ずいぶん長く休んでるからこれで終わりかと思っちゃった。
栄えある聖楽大会に出るのだから、まっさか手を抜いたりしないわよね?
あなたに太刀打ちできる子がたとえ他にいなくても、あなた自身がどれだけできるかを人は見ているのだから!」
ミザトリアは、ワーサの企みを見透かしたように言い放った。
それに、ワーサはぎりっと唇を噛む。
自分がどれだけできるかなんて、自分もよく分かっている。だから、それを補うように優れた楽士を集めて衣装や演出に力を入れているのだ。
自力でこのミザトリアに太刀打ちなど、できる訳がない。
……だが、ワーサにはまだ余裕があった。
「あらあら、あなたこそこんな所で油を売ってていいのかしら~?
あなたは、総本山で競うんでしょ?
なのに、ここで私に粋がる暇があるんですかねぇ~。あなたこそ、総本山の方々への敬意が足りないんじゃなくて?」
そう、ミザトリアは優秀だが、リストリアの大会に出ない。
どんなに優秀でも同じ大会に出なければ、当面の脅威にはならない。そして自分が箔をつけて有力者の力を借りられるようになったら、いつでも潰してやる。
ならば今相手にする必要はない……と、思っていたのだが……。
「ああ、あたし、ここの大会に出ることにしたから」
ミザトリアの口から、爆弾発言が飛び出した。
「え……ちょ、待っ……嘘でしょおおぉ!!?」
途端に、ワーサの顔が真っ青になってみっともない絶叫がこだました。
だって、冗談じゃない。こんなとんでもない奴が来たら、勝てる訳がない。それこそ、自分以外の何にどれだけ金を注ぎ込んだって……。
ミザトリア・ハイヤーブリッジ。
現在この学園トップの楽聖女であり、その実力は総本山でも鳴り響く。
ゆえに、聖女となってからは総本山で活動していたり巡業で他の大都市を回っていたりしていた。
聖楽大会も、ここで行われる学生部門ではなく総本山でプロが競う方に出場することになっていたはずだ。
レベルが違いすぎて競う世界が違えば、目の前の障壁にはならない。
だからワーサは、こいつのことを眼中に入れていなかったのだが……。
目をまん丸にして口をぱくぱくするワーサに、ミザトリアはすまして言った。
「聞いてるわよ。今、ここ、予算が足りなくて大変なんでしょ?
だからこのあたしが、一肌脱いでやろうって言うの。聖楽大会にあたしが出れば、チケットをもっと値上げしたって客が集まるわ。
あたしだって、育ってきた学園と街に恩返ししたいのよ!」
ミザトリアはわざとらしくいい笑顔でバチーンとウインクを決めた。
その特大の流星が飛ぶような一発だけで、見る者は皆くらくらしてときめいてしまう。ワーサ自身も、思わずかき乱されて自分が情けなくなるほどだ。
(違う……こんなの、建前よ!
こいつ、私を潰しにきてる!?)
そこにいて少し動くだけで周りを魅了するミザトリアを前に、ワーサは胸が締め付けられるような圧迫感を覚えた。
ミザトリアのこれほどの魅力をもってすれば、どこで歌って踊ろうとファンが金を持って駆け付けるだろう。
わざわざリストリアの学生部門に出る意味など、ないはずだ。
なのに、こんな事をするなんて……嫌がらせとしか思えない。
「る・ら・ら~~~……この聖なる街に、希望と祝福を~♪」
目の前に伸びていた栄光の道を絶たれて愕然とするワーサの前で、ミザトリアは高らかに歌い始めた。
「ら~~~、正義の歌は、決して途切れず~♪
る~~~、人を癒し力を与え、勝利に導く~♪
いかなる悪にも折れることなく!この世の邪悪を打ち~砕~く♪偽りも~堕落も~闇へと返~し~♪」
祈りの所作を取り入れた、優雅にしてキレのあるダンス。
その場の空気の震えがそのまま胸を揺さぶるような、魂にしみいる歌声。
まとっているのは飾り気のない練習着なのに、周りに傅く者も演奏してくれる楽士もいないのに、ミザトリアという大輪の華はたった一本でこの空間を眩しく照らす。
皆が甘い夢の中のようにうっとりと蕩ける中で、ワーサだけが暗闇に包まれていた。
(ヤバいヤバい冗談じゃない!!
こんなのと比べられたら、私は……!!)
ワーサは、崖から突き落とされた心地だった。
ついさっきまで、煩わしい練習の鬱憤をシノアにぶつけて崖から蹴り落としてやろうと意気揚々だったのに……。
(何で、私がこんな目に!!)
いくら叫んだって喚いたって、この実力差は変わらない。むしろそんな事をすれば、自分の株がさらに下がるだけだ。
ワーサはかろうじて、ティエンヌのように破門だとキーキー叫ばない理性は持ち合わせていた。
何となく、危険を感じるのだ。
ミザトリアの悪を討ち正義をたたえる歌が、自分に向けられている気がして……。
あの強烈な目力で心の中まで見透かされ、悪い事をするなら罰してやると言われているような……。
ワーサも人の心に訴える楽聖女として、その程度の感性は持ち合わせていた。
(……処分しなきゃ。余計なことをされる前に!)
そこだけ逆スポットライトのような陰が落ちた顔で、ワーサは決めた。
自分の出世の花道は、絶対に邪魔させない。それを阻む者は、どんな美しい華でもむしって散らしてやると。
(見てなさいよ……所詮美しいだけの華なんか、権力の前には何の抵抗もできないだって思い知らせてやるから!
言う事聞かない華なんか、この世にいらないのよ~!!)
ミザトリアの見せる天国の中で、ワーサだけが嫉妬の地獄にいた。
その強烈な光に奪われたワーサの目に、もはや路傍の花であるシノアは映っていなかった。
ミザトリアは、ガチで実力派の楽聖女です。
ワーサのような、高貴な娘が腰かけでやっている楽聖女とは違います。
そして、世のために自分のできることをするガチな覚悟もあります。ユノやカリヨンのような守るものがないため、ある意味無茶がききます。
しかし、悪徳坊主たちもさるもの……どうなってしまうのか。
前回「赦す」の書き換えについて言及しましたが、届いたコメントと作品の雰囲気を考えて、宗教的な意味合いが強い場合のみ「赦す」と表記することにしました。
つまり、日常遣いの場合は「許す」のままです。
レジスダンの兄貴も、しばらくこのままでいきます。