116.赦したい聖女
舞台が街に戻ります。
今回のメインは、ユリエルの神敵認定に泣いてフラグを立てていたちょっと(?)お花畑な聖女。
赦さなすぎるとレジスダンのように戦ってばかりの不毛な人生になりますが、何でも赦せる訳じゃないから難しい。
それでも赦すことが最短の道に見えてしまうと、それにすがりつくのも理解できる。
ただし問題は、それが実際に被害に遭った人に通じるかどうか……。
三人目の破門計画、一体どうなる!?
虫けらのダンジョンが大量に押し寄せる色情狂をせん滅してDPを稼いでいる頃、リストリアでは人々の財布に隙間風が吹いていた。
確かに、ユリエル討伐に来た冒険者や貴族の私兵でにぎわってはいる。しかし、それが人々を豊かにするかというと、そうでもない。
そもそも、リストリアは夏にユリエルが反逆してから損害続きなのだ。
人も、物資も、使えるはずものがどんどんなくなっていく。
冒険者や衛兵が不足し、他地域からユリエル討伐のために来る物資も吸い取られ、人々の暮らしは苦しくなってきていた。
それでも、悪徳坊主どもの欲は止まらない。
これだけ人々が貧苦に喘ぐ中でも、インボウズたちは懲りずに私腹を肥やすことを考えていた。
「……さて、僕の理事長としての任期もあとわずか。
この間に、どれだけ損失を補填できるか……」
インボウズは珍しく、生徒の名簿とにらめっこしていた。
といっても、真面目に仕事をしている訳ではない。手の内にある生徒たちから、いかに金を搾り取るかを考えているのだ。
「セッセイン家がミエハリスを切るとは、思わんかったわい。
まあそれは、その分の聖女枠を富豪の娘に高く売れたからよしとしよう。
だが、それっぽっちでは今年度の損失を埋めるにはとうてい及ばん。もっとガッポリいかねば、割に合わんわい」
インボウズにとって、ここで預かる生徒たちは金儲けの道具でしかない。
そのインボウズを邪な知略で支える、オニデスにとっても。
「理事長の任期を終える前に、私の娘ワーサを聖女にするのをお忘れなきよう。
……これまで、どれだけ支えて差し上げたか」
「分かっとるわい!この僕の面子にかけても、必ずやってみせる。
しかし、どいつを堕とすのが一番儲かるか……金ヅルを潰したくはないしのう」
インボウズとオニデスは、この期に及んで聖女を破門して堕とすゲームを続ける気満々であった。
これは悪徳枢機卿ならクリアできて当然の示威行為であり、部下に返すべき恩を売る取引でもある。
ただでさえユリエルの件で権勢を落とし気味のインボウズにとっては、落とす訳にいかない点数稼ぎだ。
だが、収入や権力に影響させずに堕とせそうな聖女がもういない。
ミザリーとミエハリスの枠は空いたが、その分はとっくに売った。こいつらはインボウズが堕とした訳ではないため、ゲームのクリア扱いにならない。
これでワーサを聖女にしたら、むしろインボウズはなめられてしまう。
なので、他を堕として破門せねばならない。
しかし、多くの寄付金をもらっている家の聖女を破門すると収入に響くし、立場ある者の娘を破門すると権力に響く。
「くぅ~、できることならユノやカリヨンを破門してやりたいところだ!
だがあの二人は実力も民の人気も高い。下手に破門して突き上げられたり、リストリアの守りが弱くなっても困るしのう」
この二人は目の上のたんこぶではあるが、外して大丈夫かと言われるとそうでもない。
悩むインボウズに、オニデスがまた邪な案をささやいた。
「ならばいっそ、富豪の娘を堕として家ごと取り潰してそこの財を巻き上げては?そうすれば、収入の問題と両立できます。
娘に反逆罪レベルの罪をでっち上げれば、一族郎党取り潰すこともできるでしょう。
世が背教者に苦しめられている、今だからこそ」
「ヒヒヒッいいねえ!それ採用!」
さらにオニデスは、もう一つの課題を解決する方法もささやく。
「ユノやカリヨンとて、賛同する者がいなければ大したことはできますまい。
それに、ユリエルが神敵とされたことで奴らも少なからず動揺しているでしょう。
ここであの二人と仲の良い者をさらに奪い、見せしめにして心を折ってやるのです。そうすれば、大人しくなるかと。
……あのユリエルへの見せしめにもなる者を、選んでは?」
それを聞くと、インボウズはニターッといやらしく笑った。
「そう言えば、奴の友達とやらに、裕福な聖女がおったな!
よし、生意気なはねっ返り共に思い知らせてやるぞ。この僕の言う事を聞かないと、お友達がどうなるかをな!」
インボウズは、名簿に載っているその名を見て舌なめずりをした。
「クックック、こいつの親はずいぶん稼いでいるらしいじゃないか。花を散らして、実も美味しくいただくとしよう。
憎い小娘共がどんな顔をするか、楽しみだわい!」
シノア・フロラリエール……それが、インボウズの視線の先にある名前だ。
年が明けて新学期が始まってから、シノアはずっと悶々としていた。
原因はただ一つ、親友だったユリエルの神敵認定だ。
シノアは、他人のために自分にはできない所に飛び込んでいくユリエルを眩しく思っていた。
夏にそのユリエルがいきなり破門されて、信じられなかった。
しかしとても尊い理事長や街を守っているギルドマスターに面と向かって抗議することもできず、いつか終わって元に戻ると根拠のない希望を胸に日々を過ごしていた。
だが、どんなに祈っても、事態はどんどん悪くなっていく。
ユリエルは人間を裏切って魔王軍に取り込まれ、世の中を正そうと戦う聖騎士をも裏切らせ、ついに神敵認定されてしまった。
そして今、リストリアにはユリエルを男として分からせて殺そうとする柄の悪い男たちがあふれている。
もう、どうしたらいいか分からない。
ユノやカリヨンに相談してみても、大人しくして身を守れとしか言われない。
みんな薄情だと恨んでみても、自分だって何もできていないことに気づく。
(どうして……ユリエルはちょっと変わってたけど、あんなに素直でいい子なのに。
ユリエルがいたから、みんな気持ちよく過ごせたこともあった。ユリエルがいたから、たくさんの人が助かった。
なのに、どうして元に戻ろうとしないの?
やっぱりあたしが……あたしが何とかしなきゃ!)
シノアは最近、そればかり考えていた。
そのせいで勉強も手につかず、神学のテストでも思わず内心が解答に漏れてしまい、成績が下がって呼び出しを食らってしまった。
このままでは、卒業するまでに聖女でなくなってしまうかもしれない。
(ああ、それはダメ……あたしにこんなにお金をかけてくれた、お父様とお母様に何て言えばいいか!
でも、あたしは友達も救いたいの。
それができたら、すごく聖女にふさわしい行いでしょ?)
シノアの考えは、間違っていない。
本当にこの戦いを和解で終わらせることができれば、それはどんな戦士よりも多くの人々を守れたことになる。
シノアは、ひたすらその方法を考えていた。
しかし事態がここまでなってしまった今、そんな都合のいい方法がある訳がない。
そんな時、シノアの耳にある言葉が飛び込んで来た。
「もうすぐ転校して来るんですって、総本山で噂の『赦しの聖女』様が!」
「ああ、聞いたわ……でも、まだ本当は聖女じゃないんでしょ?」
「ええ……でも、おっとりしているけど、人格的には素晴らしい方だと聞いているわ。赦すことで、数々の不幸を防いできたとか」
それを聞いて、シノアの脳内に稲妻が走った。
(そうか……赦せば、いいんだ!!)
ユリエルが街の人を殺すのは、教会がユリエルを赦さず殺そうとするから。お互い相手を赦さないから、戦いが終わらない。
ならば、その動機をなくせばいい。
ユリエルは、邪淫の罪で破門されたが、それが具体的に何をしたのかは今もってはっきりしない。
もしかしたら、大したことではないのかもしれない。
昔、同級生の中にみだらなことを広報して退学になった奴がいたが、そいつだって実質的な害はほぼなかったのに。
ユリエルが何かやったとしても、その程度の罰ならこんなにはならなかったものを。
きっと極端な罰を与えるから、極端な結果が跳ね返ってきたのだ。
(そうだよ……赦すことができたら、争いなんて起こらないもの!
街の人たちだって、これ以上苦しくなるのは嫌って人はたくさんいるはず。そういう人たちと一緒に訴えて、終わらせることができれば!)
シノアは、一気に暗雲が晴れた心地だった。
戦うことはできないけれど、ユリエルを討つためにお金を出すのも嫌だけど、これなら自分にもできる。
ならばさっそく行動しようと、シノアは足取り軽く街へ向かった。
……今そうすることがどれだけ危険なことか、シノアは分かっていなかった。
ついでに言えば、ここまでおかしなことが起こって信じている友達が貶められても、シノアは貶めた側を疑えていない。
こんなお花畑思考で、今のこの状況がどうにかなる訳がない。
それが分かっているから、ユノやカリヨンはシノアに首を突っ込ませたくなかったのだ。
だがシノアは、それが微塵も分かっていない。
もしそうなれば、自分だけではなく守ってくれた人にまで危害が及ぶということを考えられない。
そんな都合のいい頭で、シノアは一人で悩んで全く的外れな答えを出してしまった。
しかしそれが最悪の悪手であると、こんなシノアが思い至る訳もなかった。
翌日、下町の住宅街の一角に美しく澄んだ笛の音が響いた。
荒んだ街の大通りの端に、シノアが立ち、聖なる銀の笛を吹いている。
冒険者向けの露店と呼び込みでごった返す中に佇む華やかなフリルの聖衣は目を引き、周囲の人々は何事かと足を止めた。
小さな人だかりができたところで、シノアは一礼して声を張り上げた。
「皆さま、本日もリストリアをお守りいただき、ありがとうございます!
皆さまの未来に幸多からんことを、あたし、シノア・フロラリエールがお祈りいたします!」
そう言って人々の注目を集め、まずは教会でよく知られた聖歌の曲を演奏した。
楽聖女として力を持っている者の演奏をタダで聞けることなど、多くない。人々はますます足を止め、シノアの笛に聞き入った。
「……ありがとうございました。
しかし、皆さまの中には戦いで大切な方を亡くされた方も多いでしょう。
そのような方々のために、鎮魂歌を一曲」
次に、悲しみを抱えた人たちに寄り添うような曲を演奏した。
葬式に楽聖女を呼んで奏でてもらうには、当然ながらそれなりに値が張る。そうしたくてもできない者の方が、圧倒的に多い。
特に、夏からの戦いで父や夫を失い生活が苦しくなった者にとっては、心の底から欲しかった高嶺の花だ。
それをこんな風に恵んでくれる聖女様がいるなんてと、集まって来た遺族たちは感動の涙を流した。
その様子を見て、演奏を終えたシノアはごくりと唾を飲んだ。
皆、自分のことをありがたがって感動している。
これならきっと、普通に訴えるよりはずっと、聞いてもらえるはず。
音楽や舞いといった芸能で人の目を引き訴えかけ、信仰に誘導するのが自分たち楽聖女の役目。
今、その力を自分のために使う。
(ううん、あたしのためだけじゃない!
これは、みんなが幸せになるためなんだから!)
そう強く己を鼓舞して、シノアは聴衆に声を張り上げた。
「これが皆様のお慰みになれば、幸いです。
でも、本当はあたしはこんなもの奏でたくありません!!」
その言葉に、聴衆が一気にざわめいた。そこに切り込むように、シノアは悲し気に訴えかけた。
「だって、鎮魂歌が必要になるのは、大切な方に不幸があった時です!
遺された方の悲しみが生まれた時です!
あたしは、鎮魂歌を必要とする方にこんなにいてほしくありません。たくさんの人の弔いが、必要になってほしくありません。
皆さまをこんなにした、争いが恨めしい!
あなた方もそう思いませんか!?」
その言葉に、聴衆から盛大な拍手が起こった。
シノアの言う通りだ。今この街には、死者のための祈りを必要とする人が多すぎる。あまりにも、人が死にすぎている。
シノアの奏でた鎮魂歌で、皆それを実感した。
こんな戦い、早く終わってほしい。この鎮魂歌があふれる日常から、解放されたい。これは間違いなく、多くの人の願いだ。
この優しい楽聖女は、それをこんなにも分かっている。
すっかり共感に包まれている聴衆に、シノアは静かに語り掛けた。
「戦って終わらせるしかないのでしょうか?……でも、それでは戦えば戦うほどたくさんの人が亡くなります。
そうでない終わらせ方を、あなた方は考えたことがありますか?」
その言葉に、再び目を見開いてざわつく聴衆。
そこに、シノアは高らかに呼びかけた。
「戦いは、争いは、相手の罪を赦さないから起こるものです。お互いに受け入れられないから、どちらかを折ることになってしまう。
でも、赦し合えばそんなことにはなりません!
皆さま、人は話し合える生き物です。そして罪を犯した人でも、償って更生することができます。
そうして解決すれば、もう皆さまの大切な人が死ななくて済むんですよ!」
あっけに取られている聴衆に、シノアは力いっぱい訴えた。
「皆さま、ユリエルを赦しましょう!
そして、この悲しい戦いをやめさせましょう!赦すことさえできれば、仲直りできれば、もう皆様の大切な人を失わなくていいんです!!」
言い切った。
言ってしまった。
だが、これが人々の心に響いて現実になれば、ユリエルも街の人たちも救われるはず。それが一番いいに決まっている。
シノアは強くそう信じて、全身全霊で神に祈った。
……が、次の瞬間、シノアにぶつけられたのは石だった。
「きゃっ!?……な、何で?」
「何で、じゃないよ!ふざけるな!!」
見れば、さっきはあんなに感謝の眼差しを向けてくれたやつれたおばさんが、修羅の形相でシノアをにらみつけていた。
おばさんは、火を吐くような怒りを込めて怒鳴りつけた。
「赦せだぁ……あたしの夫を殺した女を、のうのうと放免しろってのかい!?
息子を奪った魔女と、また仲良く暮らせってのかい!?
できる訳ないだろ!あのクソアマが赦されて、夫と息子は奪われっ放しだって?寝言は寝て言え!!」
そのあまりの剣幕に、シノアはすくみ上がってちびりそうになった。
しかし、これからそうなる人を思って心を支えて言い返す。
「じゃあ、これからもっとたくさんの人が同じ思いをしてもいいんですか!?
戦いを続ける限り、死ぬ人が出るのは止まらない。今何よりも大切なのは、これ以上悲しみを生まないように戦いをやめること。
もっと早くそうしていたら、あなたのご家族だって助かってたんですよ!!」
その言葉に、怒れる聴衆は少し怯んだ。
シノアの言う事は、間違ってはいない。そうして戦いをやめることができたら、どんなに良かったか。
だが、そうする訳にはいかないのだ。
なぜなら……。
「ほう、つまりおまえは……神の敵を赦せっつー訳だ!
神様にも世の中にも赦せねえ罪人を、野放しにしろってことだな!?」
ユリエルがただの破門者だったら、まだ耳を傾ける者がいたかもしれない。だが今のユリエルは、神敵だ。
教会が公式に認めた、神の名において決して赦してはいけない敵だ。
そんな明確な敵を赦すかどうか考える余裕など、現在進行形で被害を受けている人々にある訳がない。
それでも、シノアは言い返した。
「じゃあ聞きますけど、ユリエルは具体的に何をやって破門されたんですか!?赦されないとか汚いとか言うだけで、全然分からないんですけど!
そもそも、邪淫ってそんなに重大なんですか?強盗とか詐欺とかでも、しばらく牢屋に入って出てくる人いますよね!?」
「世の中を歪めて、不正の巣窟になるんだよ!
現に、聖騎士が三人も教会を裏切ったんだぞ!」
「最初の破門の原因はどうなのかって聞いてるんです!
それに、その三人はユリエルと仲良くなってそうなったんですよね。だったら、ユリエルを赦して戻って来てもらえば、戦わなくても戻って来るのでは?」
「む……そういう考え方もあるか?
いやでも、実際あいつが出した被害はどうするんだよ!?」
「罪には、償いが存在します。
ユリエルが最初にやった事をしっかり調べて、ふさわしい償いを課せばいいじゃありませんか。
途中でぶつかり合って出た被害はありますけど、これからも同じことが起こり続けるのと比べたらどうなんですか!?
それを止めるためなら、あたし、償いのお金を出しますよ」
ここで退く訳にはいかないと、シノアは必死で聴衆を説得しようとする。
あまりにそちらに集中しすぎて、シノアは気づけなかった。後ろから大柄で粗野な男が数人、忍び足で近づいてくるのに。
「オラッ神敵の味方を捕まえたぞ!」
「きゃあっ!な、何するの……」
いきなり、シノアは屈強な腕を回されて捕まった。びっくりして目をぱちぱちする間に、その指がちょんちょんと体をなぞる。
「あ、や、やめてください……放してよ!」
シノアがもがいても、丸太のような腕はびくともしない。
それどころか、他にも明らかに柄の悪い男が二人、シノアの顔をのぞきこんで舌なめずりして言う。
「おうおう、邪淫は赦すたぁ、結構な聖女様だ!
じゃあ俺たちがおめえを味わい尽くしても、赦してくれるよな?」
「え……へ?ちょ、そんなことない!
やだ、変なとこ触らないで!こんなのおかしい!誰か、助けてよ!!」
シノアは半泣きになって助けを求めた。
だが、こんなに集まっている聴衆の誰も助けようとしない。さっきまであんなに温かく感謝に満ちていた目が、恐ろしく冷たい。
それどころか、シノアを追い詰める言葉が放たれる。
「いいぞ、やれやれ!このお花畑を分からせろ!」
「赦せるんだろ?だったら自分がやってみろ。
他人に赦せって言うなら、邪淫が重大じゃねえってんなら、赦して遊ばれろオラァ!」
そのむき出しの刃のような言葉に、シノアは震え上がった。
「や、そんな……こんなつんもりじゃ……!どうして、何でこんなひどい事するの!?あたしは、ただ……人が死んでほしくないだけなのにぃ!
ひいいっ!?」
「お?こいつフリルで盛ってるだけで思ったより胸ねえぞ」
「詐欺かよ、さっすが邪淫の味方!ギャハハハ!!」
公衆の面前でどう考えてもアウトなところを揉まれ、それでも誰も助けてくれない現実に、シノアは言葉すら失った。
そして、そのまま引きずられていこうとしたところで……。
「こらーっ!!現行犯逮捕だ!!」
勇ましい声とともに、槍を持った戦聖女が数人の衛兵を連れてかけつけてきた。武勇と正義の体現者、ユノだ。
「な、何すんだ!
俺はこの神敵の仲間を分からせようとしただけだぞ。免罪符も持ってる」
男たちがごねたが、ユノは構わず男たちの手に縄をかけた。
「街のために働くまっとうな聖女は、それの対象になりません。
それに、こいつは実際に魔女の味方をしてあなた方に害をなした訳じゃない。なのにこじつけで犯そうとするのは、明らかに犯罪よ!」
「いや、お、俺たちだって聖女様に邪を払えって言われてだな!」
男たちが慌てて指さす方には、ティエンヌとワーサがいた。
しかしティエンヌは、冷たく首を横に振った。
「あたしは、正義を教えてあげてって言っただけ。こんなことしろなんて、言ってませーん」
真っ赤な嘘だ。シノアがボロを出したらとことん凌辱させたうえ邪淫で破門しようと、男たちを焚き付けたのは、ティエンヌたちだ。
しかし、失敗した駒を華麗に見捨てるのもまた、ティエンヌたちのお家芸である。
喚きながらしょっ引かれる男どもを尻目に、ユノは聴衆にも言い放った。
「このような事案を見過ごすと、街全体の治安の悪化につながります。街にあんなのが増えて、あなた方や奥様や娘さんは大丈夫ですか?
人助けがしたくて方向を間違えただけで、この仕打ちは正しいですか?
これを見過ごすのは、自分や大切な人が犯されたのを赦してからにしてください!」
その言葉に、人々は気まずそうに矛を収めた。あの聖女がタダで奏でてくれたのは事実だし、自分の大切な人が思いつめたところでああされたらたまらない。
そうして場が収まったところで、カリヨンが現れてシノアに言った。
「シノアさん、あなたは少々他人の心を知らなさすぎます。
人々は魔女との戦いで実際に多くを失い、日々の生活に苦しんでいるのです。
あなた、償いに出すお金があるなら、なぜ目の前の人々の苦しみを救わないのですか?そのお金で炊き出しでもして、苦しむ人々の話にしっかり耳を傾けるとよろしいでしょう!」
自分たちの得にもなる指導に、人々はうんうんとうなずいてカリヨンを崇めた。
こうして、シノアは何とか貞操の危機を脱した。
予想だにしなかった恐ろしい目に遭って、シノアは呆然としていた。今ユリエルを救おうとするだけでどんな扱いを受けるか、叩きつけられるように味わった。
しかし、諦められる訳ではない。
カリヨンやユノまで冷たく自分を止めるならますます自分がやらなくちゃと、守られた身の奥で的外れに思っていた。
『赦しの聖女』をそのうち登場させるつもりなので、これまでの『許す』を『赦す』に順次直していきます。
レジスダンの兄貴のセリフが……多い!!
今、ウクライナ戦争でも、筋道を通すために徹底抗戦すべきか、人命のために侵略を受け入れて停戦するか意見がぶつかっています。
失った人は赦せないけど、失いそうな人はもう戦いたくない……これも戦争の人情です。




