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114.せめて尊厳だけは

 日付だけはリカバリー!

 今回もいろんな場面を詰め込んだし、今後の大事な要素が出てくるのでいつもより尺が長くなってしまったよ。


 ダンジョンを訪れるのが、クズ男だけなら良かった。

 しかしユリエルが邪淫の神敵認定で敵に回したのは、そんな奴らだけではなかった。

 胸糞からの、反撃……しかし全てを救えるかは……。

 虫けらのダンジョンでは、激しく凄惨な戦いが続いていた。

 欲と歪んだ正義感に溺れた男たちが後から後からやって来て、すり潰されてはダンジョンの力に変えられていく。

 魔王軍会議から帰って来てこの戦いが始まってから、ユリエルたちは一日に何十人も葬ってる。

 だが、それでもユリエルの心が痛むことはなかった。

 なぜなら、今来ている奴らは殺した方が世のためになる奴らだからだ。

 むしろそういう奴らを排除して少しでも虐げられる女が減れば少しは罪滅ぼしになるかなと、ユリエルは考えていた。


 しかし問題は、その救いたい側が侵入してきた場合である。

 ユリエルが邪淫の神敵認定されたことで、女もまたこの魔女からまっとうな男を救おうとユリエルの敵に回った。

 その中には当然、冒険者や軍属で戦える者もいる。

 すると、そういう者たちは下種共に混じって攻めて来てしまう。

 倒したくないのに、倒さなければ止められない。ユリエルにとっては、心が痛むうえに世のためにならない戦いを強いられることになる。

 ……だがそれ以上に、これはやる側にも大変な問題が生じる。

 なぜなら、今虫けらのダンジョンを攻略しようとしているのは、女を犯したくてたまらない男がほとんどだからだ。

 いくらまっとうな志を持ち、そいつらと目標を共にしていても、そんな所に女の子が少数で突っ込んだらどうなるか……。

 普段なら絶対に行かない治安の悪い場所、しかも官の目が届かない無法地帯に突っ込んでいく、襲いやすい獲物の出来上がりである。


「ほほう、これはこれは……」

「ん、何かあった?」

 ダンジョン内の監視をしているミツメルの反応に、ユリエルはふと気になって声をかけた。

 するとミツメルは少し困った顔でユリエルの方を見て、淡々と言った。

「人間同士で胸糞悪いものが撮れているだけだ。

 しかしこれはこれで、放映すれば教会のやり方を責める材料にはなりそうだ。放映が被害者の尊厳を破壊することにはなるが」

「ここに、尊厳を破壊されなくていい奴なんて来るの?」

 そう言いながら映像をのぞいて、ユリエルは息を飲んだ。

 きれいな身なりの女騎士率いる女ばかりのパーティーが、下卑た男たちに襲われて戦っている。

「くっ、やめなさい!

 あなたたちと私たちは、味方同士でしょ!?」

「ああそうだぜ、だから仲良くしようって言ってんだ。

 俺たちのものになってくれれば、痛い目見なくていいんだぜェ!」

 男の冒険者たちが十人ほども集まり、五人ほどの女パーティーを囲んで体で仲良くしようと迫っている。

 ダンジョンは無法地帯とは言うが、あまりな暴挙である。

 まともな思考では予想だにしなかった展開に、ユリエルは目をむいた。

「え、な、何やってんのこいつらは?

 この女の子たち、あいつらの味方よね?しかも見た感じ、元から知り合いな訳でも売ってる訳でもない。

 なのに、何でこんな事に……!」

「男どもの欲望のタガが外れてるからだろ」

 ミツメルは、軽蔑を露わに説明した。

「男どもは、君とオリヒメ君を犯す気でここに来ている。しかし当然、すぐ目標が達成される訳じゃなくて焦れてる」

「あ、当たり前よ!されてたまるもんか!」

「だが、男どもヤりたい衝動は止まらない。

 そして街には、それを解消するものがある。君との戦いで父や夫を失い、仇討と生活のために体を売る女たちだ。

 そいつらに上辺だけでも歓迎された男どもは、学習する。魔女を倒す正義の戦士なら、ここの女に何をしてもいいと。

 そういう男の集まる場所に、女が無防備に突撃した結果がこれだ!」

 ユリエルは、ぐさりと胸を刺された気分だった。

 ユリエルが邪淫の魔女であり、何をしてもいい相手と言われているから、そういうのを目指す男ばかり集まる。

 そしてそういう男はだいたい、敵以外の女にも欲望が止まらない。

 それがインボウズの政策と街の雰囲気によってさらに増長し、ダンジョンで出会った女でも手あたり次第襲ってしまう。

 これが、この蛮行の本質だ。

「そんな……私、女の人までそんな目に遭わせる気じゃ……!

 た、助けなきゃ……!」

「やめろ、彼女たちも君を殺しに来てるんだぞ」

 動揺するユリエルを、ミツメルが厳しく諫めた。

「そもそも、なぜ彼女たちがここに来ていると思う?教会を盲信して、君を命懸けで倒すべき悪だと思っているからだ。

 助けたところで、隙をついて攻撃してくるぞ。

 ある意味、自業自得だ!」

 完全な正論に、ユリエルは唇を噛んだ。

 ミツメルの言う通りだ。あの女たちは今は被害者になりそうだが、ユリエルに対しては加害者以外の何者でもない。

 助けたって、報われるとは限らないのだ。

 だがユリエルがそれを突きつけられている間に、状況が変わった。

 たくさんの部下を連れた貴族と思しき若者がやって来て、不良冒険者共に矛を収めさせて女たちを助けたのだ。

「おお?案外まともな奴がいたぞ。

 それにしても、貴族か……もしかしたら、ミエハリスが知ってるかも。

 よし、どういう奴か確認して、できそうなら交渉してみよう。まともな頭があるなら、セッセイン家みたいに味方になってくれるかも」

「神敵認定された時点で、望み薄だと思うがね」

「うっさいな!やってみなきゃ分からないじゃん!

 それに、敵ならなおさら情報は確認すべきでしょ」

「そちらは全力で同意する」

 わずかに見えた希望にすがって、ユリエルはミエハリスを呼びに行った。この発見が、また何人か救えることにつながると信じて。


 案の定、ミエハリスは相手のことを知っていた。

「あら、この女騎士は……フェミニアさんじゃありませんの!

 少し頑固で融通が利きづらいですけど、真面目で頑張り屋で正義感の強い方ですわ。汚されなくて、本当に良かった!」

「うーん、頑固なのか……話、通じるかな?」

 ミエハリスから女騎士フェミニアの性格を聞いて、ユリエルは不安を覚えた。

 正義感が強いということは、今はユリエルを絶対悪と信じ切っているだろう。しかもそれで、無法男の巣窟にまで突っ込んで来る行動力と気の強さである。

 率直に言って、ミエハリス以上に骨が折れる予感しかしない。

 しかし、こいつを助けた貴族に話が通じて、そいつから諭してもらえば、あるいは……。

 だが助けた貴族の方を映した途端、ミエハリスの顔色が変わった。

「ひいいっ!こ、こいつはダメですわ、早く引き離さないと!」

「え、こいつ、いい奴じゃないの?」

「誘う時だけはね!こいつは、女の子を救うフリをして食い散らかしてばかりの、最低の色情狂ですのよ。

 父も祖父も女狂いの荒くれ者で有名な、セクハッラ子爵の子息!

 これでは、フェミニアさんが……あああ!!」

 ミエハリスに聞くところによると、セクハッラの子息は始め優しく女に近づき、恩を売って見返りに肉体関係を迫るという。

 この家に仕える女はメイドでも女官でも女兵士でも、ことごとくお手付きになってしまうらしい。

 あまりに危険なため、ミエハリスもすり寄るのを避けたほどだ。

「うへえ、完全にヤバい奴じゃん!

 でも逆にこいつから助けたら、話を聞いてくれるかな?

 居場所は……8階層か。9階層にレッドキャップ隊とレジスダンを差し向けて、そこを空にして転移すれば何とか間に合うかな」

「ええ、お願い助けて!あの子は、こんな所で汚されていい子じゃないの!」

 必死で懇願するミエハリスに、しかしユリエルは宣告した。

「でも、私だって命がかかってるんだから……話を聞いてくれなくて三回攻撃してきたら、身を守るために殺すわよ」

 それを聞いたミエハリスの悲痛な顔で、フェミニアがどれだけ頑固なのか分かった気がした。

 それでもせめて、自分の庭で女を汚し尽くす蛮行だけはさせまいと、ユリエルは手すきの部下とともに出撃した。


 救われたと思ってから二時間ほど後、フェミニアたちは信じられない顔で草の上に倒れ伏していた。

「ど、どうし……て……こんな……む、無道、を……」

 舌もうまく回らぬ口で、フェミニアは呟く。

 おかしい、自分は正しい事をしようと勇気をもって行動しただけなのに。

 嘘を通すためにたくさん人を殺して聖騎士まで堕落させるとんでもない神敵がいると聞いて、世のため人のため戦おうとしたのに。

 なのに、魔女どころか人間にこんな目に遭わされるなんて。

 しかもどこの馬の骨とも知れない下賤の下種共だけでなく、人の手本となるべき貴族にも騙されるなんて。

 セクハッラ子爵は確かに、自分たちを襲おうとした下種共を制し大人しくさせた。

 しかし彼の差し出した食べ物を受け取って談笑していたら、いつの間にか体中の力が抜けてまともに動けなくなっていた。

 自分たちがそうなった途端に、セクハッラの子息とその部下と、大人しくなったはずの冒険者たちが、ニヤニヤ笑って自分たちを取り囲んだ。

 はめられた、と気づいた時には、もう遅かった。

 セクハッラの子息は、いやらしい手つきでフェミニアの体をなぞる。

「いけないね……こんないい鎧をつけても、心がこーんなに無防備じゃ。悪い人がたくさんいる所には行くなと、親から教わらなかったのかい?

 こーんな緩い娘は、恥ずかしくてお嫁に行けないなぁ。

 大丈夫、この僕が囲って養ってあげるから。君みたいな無礼な子の体だけでももらってやるんだ、ありがたいと思っとけ!」

 ちなみにセクハッラの子息の言う無礼とは、助けたから自分の女になれという提案をフェミニアが断ったことである。

 フェミニアとしてはそこまでする必要はないと思ったが、セクハッラの子息は始めからそのつもりだった。

「そ……んな、横暴……に……く、屈し……ない……!」

 フェミニアは必死で唇を噛んで、折れまいと心を固める。

 だがセクハッラの子息は、面白そうにフェミニアの下半身をポンポンと叩いた。

「またまた~、そんな口ばっかり!

 どんなに強がったって、体は正直だ。嫌だ嫌だと言ったって、抱かれればどんな男の子でも孕むのが女。

 つまり女の体はみーんな、どんな男でも受け入れるようにできてるんだよ!」

 セクハッラの子息は、生物として仕方ないことをあたかも全女の取るべき道のように押し付ける。

「いや……よ……たとえ、は……孕んだって……受け入れ……な……!」

「ほう、じゃあ自分の子を無残に切り捨てるのか?

 これはひどい!何て冷たく身勝手な女だ!このような女には、たっぷりと母性が芽生えるまで分からせねば!!」

「え……え?でも……だって……!」

 セクハッラの子息に突きつけられて、フェミニアは目を見開いた。

 そう、たとえ強要されて孕まされた子でも、自分の子には変わりない。それを切り捨てるのが、女として……母としてどうかと言われてしまうと……。

 どんなに嫌でも、女は孕んでしまったらそれから逃げられない。

 言葉を失うフェミニアに、セクハッラの子息はそれはもういやらしい顔で勝ち誇る。

「グヒヒヒッ……所詮、女などこの程度の生き物だ!男と子に隷属するために生まれて来たのに、何を勘違いしているんだか!

 おまえも魔女も街の女どもも、皆同じ!

 そんな事も分からないのに、力を合わせようなど……おかしすぎて笑いが止まらぬわ!!」

 セクハッラの子息がふんぞり返るのに合わせて、周りの男たちもゲラゲラと笑う。

 フェミニアは、己の無防備を悔いて涙を浮かべた。同じ魔女を討つ人間は、正義の仲間なんかじゃなかった。

 自分が純粋に信じたことは、こいつらにとって楽しい遊びでしかなかった。

 こんなに気高い志をもっていいことをしているから、悪い事になんてならないと思っていたのに……現実は無情だ。

 セクハッラの子息と周りの男たちは、息を荒くしてズボンを下ろし始めた。

「大丈夫だよ、フェミニアちゃん。きちんと言う事聞いたら、正妻にしてあげるからね。

 魔女は珍品だが、生かせぬ以上遊びにしかならん。

 グヒヒッ……フェミニア・クッサヌ。不屈の闘志で有名なクッサヌ伯爵家の、直系の娘。こんな所で我が物にできるとは!

 子さえできてしまえば、義理堅いおまえの一族は拒めまいなぁ?」

「う……う……ふぐうぅ……!」

 どうにもならぬ状況に、せめて歯を食いしばってにらみつけるも、セクハッラの子息を喜ばせることにしかならない。

 屈しなくても逃げられないし勝てない絶望に、フェミニアの目から涙が流れた。

 それに追い打ちをかけるように、セクハッラの子息はさらに残酷なことを言った。

「よーし、おまえたちも他の女で好きなだけ楽しんでいいぞ!

 見たところ、こいつ以外に価値のありそうな女はいない。むしろ殺してしまった方が、手間が省ける」

「イエエエェーッ!!さすが坊ちゃん、どこまでもついて行きますぜ!!」

 セクハッラの子息の部下たちは、元々こういうおこぼれのために忠誠を誓っている。さっき大人しくなった不良冒険者は、一緒に楽しめるからそちらの仲間になっただけ。

 ここに、女の尊厳に味方する者は誰もいない。

 しかも、自分だけじゃない。自分が街で声をかけて仲間にした、正義に力を貸してくれた他の女まで壊されるのだ。

 魔女との戦いで夫を失い、生活のために復帰した元冒険者。同じく父を失い、残された家族を養うために荷運びでついて来た少女。

 みんな、汚されていい人じゃない。むしろ、守らないといけないのに。

(どうして、こうなっちゃうの……誰か、助けてよ!)


 その時、色に狂った現場にしずしずと近づく者がいた。

「ああ、汚らわしいでありんす。

 男とは、かくも獣じみて卑しい生き物ですえ」

 声のする方を振り向いて、男たちは皆息を飲んだ。

 歩み寄ってきたのは、はっとするほど美しい、ビキニアーマーの女戦士。透き通るような白い顔に熟れたリンゴのような紅い唇、妖しい憂いを帯びた目。

「……何という上玉だ。これは運がいい!」

 男たちの鼻の下がさらに伸び、口の端から涎が垂れた。これは素晴らしい追加の獲物だと、男たちは女戦士を取り囲む。

 そうして近づくと、さらにいやらしい部分に目が釘付けになった。

「お、おい……こいつ、ビキニアーマーが壊れて……!」

 女戦士のビキニアーマーは、あろうことか下が前後二つにぱっきり割れている。ほんの少し動いたら、下が見えそうに揺れている。

 男たちは、その瞬間を一目見ようとそこから目が離せない。

 女戦士は、艶やかに腰をくねらせて、まつ毛の長い目で男たちを見回した。

「おやおや、悪事の最中に不用心ですえ。

 よそ見をしていると……痛い目に遭いますえ!」

 その言葉とともに、いきなり女戦士を中心に地割れが起こった。そこから巨大な蜘蛛の巣が広がり、男たちの下半身に絡みつく。

「うおっ敵か!?」

「ん、股間に何か……虫ぃ!」

 慌てて自分の下半身に目をやると、いつの間にか赤と青の派手な虫がくっついている。男たちは泡を食って、それを取ろうとした。

 しかし、叩き潰したり引きちぎったりした途端、男たちは悲鳴を上げた。

「ぎょええええ!!?俺の<自主規制>がー!!」

 派手な虫から飛び散った体液が肌にかかった途端、そこがひどい痛みとともに無惨にただれたのだ。

「女を踏みにじるためだけのモノなど、要りませんえ!」

 大混乱の男たちに、女戦士は容赦なく脚を振り上げた。人間の脚ではなく、いつの間にか後ろに出現した黒い小山のような下半身から生えた、固く鋭い蜘蛛の脚だ。

 女戦士ではなく、花魁蜘蛛だ。

 ユリエルのために楽園を汚れから守る、オリヒメだ。

「おい、何をやっている!?守らんか!戦わんか!!」

 セクハッラの子息が命令しても、男たちは下半身を押さえて慌てるばかりだ。

 男たちは別の意味で臨戦態勢で、下半身の一番大事な部分を露出していた。その状態で糸に絡まれ、下の防具を戻そうとしても戻せない。

 そうしている間に、次々と無防備な局部が潰されていく。オリヒメが一回蹴るたびに、六人の男が存在意義を失って倒れる。

 そこに、小さな虫や鋭い木の枝が飛来した。それらが、股間で手一杯になった男たちの目や喉を突き破っていく。

「フェーッフェッフェ!とびきりの刺激だろ?」

「お気に召さないなら、すぐ何も感じなくしてあげるわ」

 空中を飛び回るハッグとダーム・ブランシュが、苦しんでのたうち回るばかりの男たちを永遠に大人しくさせていく。

「くそっこんな……どうして、この俺が!」

「自分の胸に聞いてみな」

 ぞっとするようなささやきに、セクハッラの子息は思わず振り返った。最期に見たのは、長くうねる黒髪で豊かな胸をしたピンクのドレスの女。

 次の瞬間、慈悲の短剣が恐ろしい力でその首を掻き切った。


 血みどろの殺人現場で、女たちは信じられない顔をして横たわっていた。

 今にも自分たちに人でなしなことをしようとしていた男たちは、正真正銘の人でなしによって全滅した。

 貞操は、助かった。

 しかし、自分たちは相変わらず敵に囲まれたまま。これでは、全てを奪われる相手が変わっただけ。

 だが、リーダーと思しきピンクのドレスの女は、こう持ち掛けてきた。

「危ないところだったわね。

 もうこんな目に遭いたくなかったら、すぐ帰って二度と来ないで!

 約束するなら、その毒を癒してあげるわ」

 願ってもない申し出である。フェミニアたち全員が、うなずいた。

 すると、ピンクのドレスの女は本当に全員を解毒してくれた。フェミニアたちの体に、力が入るようになった。

 起き上がったフェミニアたちを見ると、花魁蜘蛛と妖精と思しき女たちは不安そうにフェミニアたちから距離を取った。

 慎重に、フェミニアたちの様子を窺っているようだ。

 そこで、フェミニアは思い切って声をかけた。

「た、助けてくれてありがとう!

 こんな恩人に何もせずにただ帰るなんて、そんな事できないわ。何か、私にできることはないかしら?」

 すると、ピンクのドレスの女が驚いたように目を見開き、この上なく嬉しそうに破顔した。

「本当!?じゃあ、知っておいてほしいことがあるの!

 こっちに来て、人目がないところで話しましょうか」

 それに従い、フェミニアはピンクのドレスの女と一緒に近くの廃屋に入った。


(良かった、私、助けられたんだ。

 やっぱり、いいことするといいことが返ってくるな~)

 ユリエルは、胸の中が温かい満足感で一杯だった。この後何を話すか考えなきゃいけないのに、邪魔になるくらいだ。

 頑固と言われていたが、意外と話が通じるじゃないか。まあ、あれだけ絶望的なところを助けたんだから、まともな神経の持ち主なら感謝するだろう。

 このありがたい人が、自分と話すのを見られて他の冒険者に害されぬよう、廃屋の戸をしっかり閉める。

 だがその瞬間、ぞわっと本能的な危機感が背中を走った。

 反射的に身を引くと、肩に鋭い痛みが走った。

「何で……?」

 フェミニアの手には、少しだけ血のついた短剣が握られていた。


 フェミニアは、手にした短剣に魔力を流して勝ちを確信した。

 クッサヌ家に伝わる、敵の嘘を罰する短剣、フェイクブレイカー。一度信じたことを曲げずに突っ走りがちなクッサヌ家の者が、冤罪で他者を殺さないようにするストッパーでもある。

 この短剣で傷つけられた者が、その血が乾く前に嘘をつくと、傷から血が噴き出す。言ったことが真実なら、何も起こらない。

 相手を直接傷つけねばならないうえ回数制限があるが、これが決まれば嘘つきなどイチコロだ。

 まともに戦ったら難しかったが、今回はあのクズから学んだことが役に立った。

 相手が欲しているように振舞えば、相手はコロッと隙を晒す。そうすれば、この明らかに幹部にだってこれを仕掛けられる。

 フェミニアは、思い通りを破られて驚いている悪党に高らかに言い放った。

「油断させて魅了する気だったろうが、そうはいかない!

 私は嘘などに屈しない、今ここでおまえたちを裁く。

 ユリエルが、今までどれだけの男を惑わして邪な関係を持ってきたか、言ってみろ!」

 このダンジョンが、魔女ユリエルの純潔を頑なに主張しているのは知っている。ならば当然、本人でも配下でもその嘘をつくはずだ。

「そんなのしてない!それは、教会の嘘よ!」

(ほら来た!!)

 敵は、思った通りの嘘を吐いた。きっと今すぐにでもぶっかかる汚い血が、この邪な魔の断末魔になるはずだ。

 ……と思って、どれくらい時間が経っただろうか。敵には何の変化もなく、静かに緊張したにらみ合いが続いた。

(あ、あれ、何で……?

 でもこの剣って、そう言えば……そういうことか!)

 一瞬頭の中がパニックなりかけたが、フェミニアは思い出した。

 この剣はあくまで、嘘をつこうとする相手の心に反応するもの。相手も騙されて嘘だと思っていなければ、効果はない。

 だがそう思ったのもつかの間、ピンクのドレスの女はとんでもないことを言い出した。

「あなた、何か審問みたいなのかけてる?

 だったら、いくらでも探ってみてちょうだい。言っとくけど、ユリエルは私よ。いくら探ったって、処女が真実って答えしか出ないわよ!」

「ふーん、処女ねえ……だったら、ユリエルな訳がない!!」

 フェミニアはとっさにそう言って、もう一撃見舞う。敵がまだオハナシを聞いてくれるように、わざと防げる速さで。

「本当、私がユリエルだって!……痛っ!」

 思った通り、この自分がユリエルだと思っている影武者は優しいフリをやめられず、短剣を手で防いで血を散らした。

 ……が、大量の血が噴き出すことはなかった。

(へ……あ、あれれっ?

 じゃあ、こいつ本当にユリエルなの?いやでも、だったら自分が処女じゃないって知ってなきゃおかしい。

 でも神敵だよ?神様に仕える教会が、そう言ってるんだからさ……)

 フェイクブレイカーを使った結果と、これまで信じてきた世の常識がかみ合わない。訳が分からない。

 だが、その時外から仲間の声が聞こえた。

「ふざけるな!!あんたたちはあたしの夫を殺した!他にもたくさん、何の罪もない人を殺した!

 そんな奴が無実な訳ないだろ!!

 聖呪もどんな手で防いでるか知らないが、人の目はごまかせないよ!!」

(そうだ、こいつは神の罰を防いでる!

 だったら、この剣程度じゃ騙されちゃうのかも。……そんなものに、屈しない。私は、魔女を倒し女を邪淫から守る志は、屈しない!!)

 フェミニアは、ついにフェイクブレイカーの方を疑ってしまった。

 だって、ユリエルのせいで多くの女性が辛い思いをしているのは事実だ。自分は、その人たちのために戦うと決めた。

 その自分が、揺らいでどうする。

 どれだけ魔道具が騙されようと、自分は絶対に騙されない。

 岩盤のような決意を固めたフェミニアは、フェイクブレイカーの使い方を変えた。

 この剣は、己を確かめることもできる。自分の血をつけて相手に関することを宣言し、それが真実ならその剣による傷は相手に血を噴き出させる。

 しかもこの使い方なら、自分の言うことの真偽を自分がどう思っているかに関わらず判定できる。

 クッサヌ一族が、どうしても相手の言うことの裏が取れない場合に使う奥の手だ。

 ただしその絶大で正確な効果の代わり、もし自分の宣言したことが違ったら効果は自分に返ってくるが……その覚悟はとうにできている。

 というか、神敵が邪悪でないはずがないのだから、何をためらうのか。

 これなら、判定されるのは自分なので、自分が惑わされていなければ問題ない。敵がどんなに偽っても、通じない。

 フェミニアは、自らの手で短剣の刃を握り、宣言した。

「おまえがどれだけ偽ろうと、私は決して屈しない!

 審問を歪める力も、心を歪める惑わしも、私には通じない!

 おまえの純潔という、冤罪という、教会が悪いという嘘を、私は打ち砕く。揺るぎなき正義と真実の、裁きを受けよ!!」

「やめてーっ!!」

 ユリエルが誰のために叫んだか、フェミニアが知ることはなかった。

 今度は絶対に、元聖女ごときが避けられない、本気の斬撃を見舞って……。

 それが届いた瞬間、フェミニアの全身の軽い傷から夥しい量の血が噴き出した。

「えっ……?」

 フェミニアの意識が消え落ちるのに、十秒とかからなかった。三回攻撃はしたが、ユリエルが手を下すまでもなかった。

 再び静かになった廃屋には、ミイラのように干からびたフェミニアの亡骸と、血で真っ赤に染まったユリエルだけが残されていた。

 絶対に屈しないフェミ女騎士、自爆。

 真実を判定する魔道具を持っていても、自分がそれを信じられず周りに流されてしまえば何の役にも立たなかった。

 人間は、信じたい方を信じてしまう生き物です。

 特に、大きな権威が認めて発信する方を。


 この状況で、ユリエルに対して「絶対に屈しない!!」は死亡フラグ。

 ミエハリスたち一家も、ユリエルの求める交渉に絶対に応じなかったらプライドンは無駄死にしていた訳だし。


 そして教会の審問よりは信頼性が低いにしろ、真実を判定する魔道具を持っている者はいます。

 それは本人にとって、幸せなのか不幸なのか……。

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意志を屈することは、悪でも弱さでもなく、自らの間違いを認め柔軟に考え方を変えられる証。 頭の固い人間は、自身の信念に殉じた…。少なくとも、形の上では。 悲しいことだし、憤ることしかできない胸糞悪い最…
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