108.魔王軍戦線異常あり
おととい辺りから、異様にPVとポイントが増えてランキング入りしていた!!
誰か拡散してくださったのでしょうか?感謝感激雨あられです!!
魚心あれば水心、何とかいつもの時間に間に合わせたぞ!
魃姫との大事変の後、ミツメルに現実を突きつけられるユリエル。自分がどんな大きなことを起こしたか、本人が自力で気づかないのはなろうの定番。
そして、魔王軍での人間関係にも変化が。
前回の会議でユリエルに声をかけてきた男たちは、今……。
会場の緊張が解け、和やかな宴が始まる。
美王ディアドラと干天公主魃姫の対立は、一応魃姫のみが魔王に謝罪して決着した。その後暗黒大僧正キヨモリと呪骨大将軍ヨシナカも加わってあわや血を見るかと思われたが、魔王が止めて事なきを得た。
ユリエルの真実と教会の偽りで人間を突き崩す作戦はうまくいっていないが、これからもやる事は変わらない。
教会の弱点となったユリエルを利用し、人間と戦い続ける。
そのために、今ここで魔王軍が分裂する訳にはいかない。
なので今は飲んで食って親睦を深めよと、魔王は言った。
配下たちはさっきの重圧の余韻から解放されるべく、酒と料理とどうでもいい話に没頭しようとしていた。
そんな中、ユリエルはほうほうの体で自分の席にたどり着いた。
「だ、大丈夫ですえ!?足下が……!」
「ぐふううぅ~……つ、疲れたよぉ!」
オリヒメが気遣って出してくれた糸のハンモックに、ユリエルは倒れ込んだ。柔らかい糸が、ガチガチに凝った体を優しく受け止めてくれる。
「ああー、魔王様にいきなり声かけられるとか、心臓止まるかと思った。
前回も聖女服を誤解されて大変な目に遭ったし、もうちょっと静かに参加させてもらえないかな~」
ユリエルが愚痴を言うと、ミツメルが皮肉っぽく諭した。
「仕方ないだろ、前回も今回も君が一番のゲストなんだから。
これまで押し込まれてきた魔王軍が君の血であれだけ反撃できて、おまけに神敵認定ときたら……これで静かにとか無理だろう。
それに、君だって静かにしていたかった先生を無理矢理巻き込んだだろ」
「うーん……それは、そうだけど」
最後の一言に、ユリエルは気まずそうに魔物学の教師を見た。
自分から来ると言ったくせに魔族に対して必要以上に身構えていたため、場を思い知らせるために発言させてみたが……。
まさか、直後に自分が似たような目に遭うとは。
だが魔物学の教師は、まだ蒼白な顔で冷や汗を流しながらユリエルを労わった。
「いやいや、私のことはもういいよ!
君の方がずっと頑張ったんだから。
四天王のうち三人に声かけられて、魔王にまで……並の人間の神経でやりきれるやつじゃないぞ!
君の胆力には驚かされるよ!」
それから、魔物学の教師は眉をひそめて小声で言った。
「特に、あのすごい美人の吸血鬼……確か、美王だったかな?
あいつ完全に君の心を折りに来てたじゃないか。しかも、会場中からあんなひどい掛け声を……。
よく耐えられたね君!先生だったら折れちゃうよ!
君の上司の魃姫だって、謝ったとはいえ殺人鬼じゃないか。こんな所でないと君が生きていけないと思うと、もう……!」
魔物学の教師は、本気でユリエルの置かれた状況を心配していた。
人間の世界であれだけひどい目に遭ったユリエルにさらにここまでひどい思いをさせるのかと、憤っていた。
「ハァ……だからさ、所詮魔族に人の心なんか期待しちゃだめだよ。
腰かけ程度にしとかないと、人間に戻りたいって思った時に……」
さりげなく魔族を軽蔑する言葉に、ミツメルががっきと肩を掴んだ。
「聞き捨てならんな。
貴様、現実が分かっているのか?そもそも、人間の指導者に人の心があればユリエルはここに来ていないが」
「むっ……それは否定できん!」
完全に、ブーメランである。
ユリエルはインボウズの人でなしな行いにより魔族にすがることを余儀なくされ、教会の人を人と思わぬ決定により神敵コールを浴びたのだ。
むしろ、原因はどこからどう見ても人間だ。
それを差し置いて、その人間風情が何を言うのか。
「し、しかし明らかに攻撃的で自分本位じゃないか!
公衆の面前であーんな恐ろしい派閥争いに明け暮れて……」
すると、今度はシャーマンが突っ込んだ。
「じゃあ魃姫様は、ユリエルが虐められるのを黙って見とけって言いたいのかい?
群れの大事な仲間が攻撃されたら守るために戦う、当たり前じゃないか。何のための群れなんだい。
そんなこともしないなんて、人間はあたしたち以下だね!」
「ギャフン!」
再びブーメランで論破される魔物学の教師。
そう、ユリエルは元から仲の良かった人間にすら助けてもらえなかったから、今こうなっているのだ。
白目をむいて悶える魔物学の教師に、ユリエルはぴしゃりと言った。
「まあ、魃姫様のやってきたことを聞いて、怒ったり怖くなったりしなかった訳じゃないです。
でも魃姫様は、気づいて謝る事ができます。その点、インボウズよりまさに人としてどうなんですかねー?
先生、インボウズは私や世の人々のために謝ると思いますか?」
「……絶対しない」
「ですよね。そうなんですよ。
だったら、種族は人じゃなくてもこっちの方が人として幸せになれると思いません?先生は生物学的なことだけじゃなくて、もう少しそういう方も観察してくださいね」
「グゥ!」
美王の今回の振る舞いはあまりにひどかったが、人間だって同じように他者を踏みつぶす輩が腐るほどいるのだ。
しかも今回美王は表立ってそれをやって他から叩かれたが、人間の場合は他にバレないように外道が結託している。
はっきり言って、人間の方がひどい。
魔物を倒すための学問ばかりしてきた教師も、こればかりは認めざるを得なかった。
ひとしきり頭でっかちの論破が終わると、ユリエルたちは改めて会場を見回した。
前回初めてここに来た時は、誰が敵で誰が味方か分からなくて、味方がいないなら作るんだとがむしゃらだった。
しかし今、ユリエルたちには敵と味方がだいぶ分かるようになった。
「……でも、大事が起こってかえって良かったでありんす。
これで、誰がユリエルをいじめて誰が守ってくれるか、目星がつきましたえ。
特に、魔王様と四天王の男二人がユリエルに優しくて良かったでありんす。思ったより味方が多くて、少し安心しましたえ」
オリヒメは、ユリエルに寄り添って呟いた。
その言葉に、仲間全員がうなずいた。
四天王最強の魃姫が最初に味方になってくれたのは嬉しいが、それ以外がどうなのかは正直不安だった。
いつ他が結託してユリエルを血抜き奴隷にするのかと、不安だった。
だが今回のことで、ひとまず魔王軍はそれほど危険ではないと分かった。
美王ディアドラは明らかに危険だが、それ以外の大物は大丈夫そうだ。少なくともユリエルが魔族側にいる間は、大切に守ってくれるだろう。
枢機卿の過半数が世界中の人間に命じてユリエルを潰しに来る人間界よりは、どう見ても相当ましだ。
魔に身を投じたユリエルの選択は、正しかったのだ。
しかしミツメルは、油断ならぬ顔で告げた。
「だが、気を抜くなよ。
美王の勢力は、現在魔王軍の半分近くを占めている。有り余る富と張り巡らされた人脈で、どこから何をしてくるか分からん。
特にユリエル、君は今回ので美王の不興を買っただろうからな」
その言葉に、ユリエルはびっくりした。
「ええっ!?何でそうなるの!
私、美王には何もしてないよ。いや邪淫の名声を利用しろってのは断ったけど……その程度でアウトなの!?」
「……ああ、まあそれもアウトだな。
美王は基本的に、自分の思い通りにならないとすぐ怒る。そして、美しい道を阻まれたと理不尽に仕返ししてくる」
「ほぼティエンヌじゃん!」
目を白黒させるユリエルに、ミツメルは気を取り直してもっと大事なことを説明した。
「いや、そんな事よりもっと重大なことがある。
君は、魃姫に配下殺しを悔い改めさせたようだな。そして魃姫を皆の前で謝らせ、魔王様の信頼を厚くした」
「……私がやれって言った訳じゃないですけどね。
でも、本当に良かったです。魃姫様はとても悲しい方で、普通の感覚も理由も分からないまま潰されたら、すごくかわいそうですから」
思い出してほっこりするユリエルに、ミツメルは叩きつけるように言った。
「そ・れ・が、一番ヤバいんだ!!
君のおかげで魃姫が過ちを認め、他の魔族に受け入れられた。まさに、その変化が美王の逆鱗だ!」
「ええーっ!?いいことなのに!」
ユリエルは、すっとんきょうな声を上げた。
魃姫が過ちに気づいて他と手を取り合えるようになるのは、間違いなく魔王軍にとっていいことだ。
なのになぜ、恨まれねばならないのか。
しかし、事はそう単純ではない。
「なるほど、敵を利する者は敵。
ユリエルちゃんは美王にとって、派閥争いで自分を不利にしたって訳か。魃姫と明らかに仲が悪いし、そういうことかな」
魔物学の教師が、苦々しい顔で指摘した。
ミツメルも同じような顔でうなずき、続けた。
「そう、美王が魔王軍を乗っ取るための最大の障壁は、魃姫だ。
だからこれまで魃姫の配下に声をかけては内通して魃姫に殺させ、魃姫の信用を落として断罪の準備を整えてきた。
それを、君が台無しにしたものだから!」
そう言われて、ユリエルはようやく事の重大さに気づいた。
「ええっ……それじゃ、私は魔王軍の派閥争いをひっくり返しちゃったってこと!?
そこまでのつもりじゃ……」
戸惑うユリエルに、ミツメルは気まずそうに言った。
「気づかなくても無理はないさ。君はついこの間加わったばかりだし、派閥争いについても聞きかじった程度のようだから。
しかし、君がやったことは事態を大きく動かした。
キヨモリ様やヨシナカ様だって、これまではあんなに魃姫の味方じゃなかった。それが今、明確に魃姫の方についた。
美王にとってどれだけ嫌か、分かるだろう?」
ユリエルは、黙り込んでごくりと唾を飲んだ。
自分は知らなかったが、魃姫が配下殺しを反省できないことは、魔王たちが美王に対抗するうえで重大な障害になっていたということか。
そしてユリエルは、それを外してしまった。
結果、これまでうまくいっていた美王の戦略がいきなり崩れ落ちた。
そりゃ恨まれるだろう。
ユリエルだって、インボウズに当たり前と思っていた未来をいきなり取り上げられて、ひどくうろたえてショックを受けた。
事の善悪は別として、ユリエルは図らずもディアドラを同じ目に遭わせてしまったのだ。
「……私、命を狙われるんですか?」
怯えるユリエルに、ミツメルは真剣な顔で警告した。
「今すぐにではないだろうが、いずれはその可能性が高い。
君の血で多くが利益を得て、特に胴元のカルメーラが健在のうちは容易く手を出せないだろうが。
人間の勢力が弱まり、君の血の価値が今ほどではなくなり、魔王軍を割って戦ってもいい状況になれば……」
その警告に、ユリエルはうすら寒いものを感じた。
謂れなき罪で神敵にまでされて、あんな人間ども完膚なきまでに叩いてやると思ったのに、それを完遂したらまた恐ろしい戦いが始まるとは。
せっかく安らかに過ごせると思ったのに、踏んだり蹴ったりだ。
だがユリエルは、一度大きく息を吸って、覚悟を決めた。
こっちだって、美王とその派閥は始めから気に入らなかったのだ。人間でも魔族でも、ああいうのがいる限り自分のようなのは幸せになれない。
今回ので、それがよーく分かった。
ならば魃姫と力を合わせて、滅ぼすまで戦うのみ。
「分かったわよ、戦るしかないってことね!
その時が来るまでに、私たちがやるべきことは?」
ユリエルが問うと、ミツメルも力強い笑顔になった。
「ああ、まずは……」
しかし、そこにオリヒメがユリエルをかばうように割り込んだ。
「待つでありんす!こいつの言うことを、信じてはいけませんえ!
よく考えんしてください、こいつは誰の配下でありんすか?さっきこいつの主は、ユリエルを貶める拍手と掛け声に加わっていたでありんす!」
「はっ……そう言えば!!」
ユリエルも、慌てて一歩下がって身構えた。
さっきのユリエルを折ろうとする神敵邪淫コールに、吸血暗黒爵ダラクも加わっていたではないか。
つまり、ダラクの手下であるミツメルは……。
オリヒメは、恨めしい目つきでミツメルをにらみつけて言い募る。
「よくもいけしゃあしゃあと、味方のフリをしてくれましたえ!
そもそもあんた方は、わっちが隣でいくら傷ついていても助けてくれなかったでありんす。元から、そういう所でありんすねえ!
でも今度ばかりは、ユリエルに手は出させませんえ。
おまえさん一人なら、わっちらが力を合わせれば……!」
「いや、私がダンジョン機能で維持DP止める方が早いよ。
だって、こいつの維持権限は今、私……に……?」
素早い倒し方を考えたところで、ユリエルはふと違和感を覚えた。
ミツメルは現状ユリエルの配下であるため、消そうと思えば消すことができる。それに、行動を命令で縛ることもできる。
もしミツメルがスパイだとしたら、こんなに簡単に倒せていいのか。
考え込むユリエルに、ミツメルは静かに告げた。
「そいつの言う通り、ダラク様はあちら側だ。
しかし、今僕を殺せば、それはそれで奴の……ダラク様を操っているマーレイの思うつぼだぞ。
なぜなら僕は、マーレイの厄介払いで君のところに追い出されたのだから!」
それを聞いて、ユリエルたちは息を飲んだ。
思えばミツメルをこちらに貸してくれた時から、こんなすごい能力者をくれるなんて大盤振る舞いだと思っていたが……。
普通に考えて、自陣防衛の要であるこんな重要な能力者を、ホイホイ維持権限ごと新人に渡す訳がないのだ。
……ダラクの判断力が、正常であれば。
「僕はこれまで、教会に対抗するために、ダンジョンを隈なく監視して補修や強化の進言をしてきた。
できるだけうちのリソースを上納に回してほしいマーレイには、僕の存在はさぞ邪魔だったろうな。
結果、いずれ潰すところに売り渡された訳だ」
その話を、ユリエルはよく考えながら聞いていた。
ミツメルの話が本当なら、その方がつじつまは合う。現に今、ミツメルはユリエルたちに疑われて殺されるところだったのだ。
それこそがダラクの……マーレイの意図だとしたら。
ミツメルは、当てつけるように言った。
「これも、元を辿れば君のせいだぞ!
君の血でお師匠様……聖者イマシメルを魔化させて死ぬまで戦わせたから、師匠を使うのに詳しい僕が必要なくなった。
その戦いで敵の鑑定官を魔化させて、僕と同系統の能力者が手に入った。
だから、僕が追放されたんだ!!」
ユリエルは、ぎくりとした。
これも、知らぬところで自分が引き金を引いていたのか。
美王派閥のことだから、元からミツメルなどいなくなってほしくて、聖者落としのダンジョンの存亡も自分たちが儲かればどうでも良かったのかもしれない。
しかし死肉祭という毎年ある人間の侵攻と、それに対抗する重要な能力者であるミツメルの諫言が、ダラクをどうにかもたせていた。
だが、ユリエルの介入で状況が変わった。
聖者をよく知る人物という価値がなくなり、代わりができたミツメルは、美王派閥の思惑通り追放されてしまった。
ユリエルの血二瓶という、ささやかな上納金と引き換えに。
ミツメルは、悔しそうにダラクの方をにらんでぼやく。
「疑う君たちの気持ちも分かる。オリヒメ君は少し私情が入りすぎている気がするがね。
まあ、僕をどうするかはユリエルが決めればいいさ。
殺さなくても、今の僕はダンジョン機能で君の思うままだ。こっちに都合のいいことに、ダラクの支配は切れている。
何より、僕がいれば……この先奴と戦う時、必ず力になる!」
ミツメルの最後の一言には、力がこもっていた。既に、自分を捨てたダラクとの戦いを見据えているのか。
ユリエルはしばし考え、決めた。
「……安全に使える限りは、力になってもらうわ。
でも、もしまたダラクの下に戻ることになったら……その時は覚悟して!」
「そんな覚悟はとうに決まっている。
状況が許す限り、君の力になって共に美王を阻もう!」
ユリエルはひとまず、ミツメルを使い続けることにした。
聖者落としのダンジョンとあちらの軍勢を知り尽くしているミツメルは、貴重だ。ダラクが敵に回りつつある今、手中の珠を砕くことはない。
今はただ、ミツメルの維持DPすら上納するためにこいつを完全に手放した、ダラクとマーレイの愚かさに感謝した。
そこに、いきなり首を突っ込んで来る者がいた。
「そうだブー、頭が美王の配下でも部下がそうとは限らないブー。
だから、もしオデが兄貴と戦うことになったら、できれば助けてほしいブー!」
そう言ってきたのは、オークジェネラルのオデン。前回ユリエルに求婚するも、結婚観の違いで別れてしまった男である。
オデンは、悲痛な顔でユリエルに泣きついた。
「兄貴はもうダメだブー!美王の手下の可愛い子たちに貢ぐために、オークの女の子たちまで戦わせて死なせてるブー!
もうこんなの嫌だブー!やめさせるには、兄貴を倒すしかないブー!
ユリエルも美王は嫌いだブー?だったら、その時はオデに味方してくれブー」
「もちろん、味方になるわ。
でも、それと引き換えに結婚はなしよ」
ユリエルが釘を刺すと、オデンは吹っ切れた顔でうなずいた。
「ブヒヒ……もうそんな事言わないブー。
あれから、いっぱい考えたブー。やっぱりオデには、おまえよりも助けるべきオークの女の子たちがいっぱいいるブー。
だからオデはその娘たちを守って、みんなで幸せになるブー!」
その言葉に、ユリエルは笑顔でうなずいた。
「オークの皆さんがハーレムでも幸せなら、きっとあなたにもそれが一番でしょう。それがあなたたちのあるべき姿なら、私は応援します。
ささやかですが祈らせてください。どうか、ご武運を!」
ユリエルが祈りを捧げると、オデンはわずかに切なさの混じった笑みを返し、四天王の座をキッと見据えた。
「今から、ヨシナカ様にあいさつに行くブー。
一族の可愛い子ちゃんのためなら、厳しくても頑張れるブー!」
「ほう、いい心意気だ。
では、僕も便乗させてもらおう。僕も、キヨモリ様に話してみたいことがあってね」
オデンと共に、ミツメルも他の四天王とつながりに行った。皆、動き出した事態を感じ取り遅れないよう動いている。
ユリエルは、これが自分の起こしたことだと受け入れるので精一杯だった。
そんな中、おっとり刀でユリエルたちに近づく者がいた。
全身を素晴らしい遊色の甲殻で覆われたタマムシの魔物、前回もユリエルに声をかけた虹色甲爵である。
ユリエルはそれに気づくと、一瞬弾けるような笑顔を見せたが、すぐにどこか悲しそうな残念そうな顔に変わった。
「ご無沙汰してます、甲爵様……きれいな虫さんとジャングルの種、ありがとうございます。
その、すみません……見苦しいところを見せてしまって」
「いやいや構わないよ。むしろ、よく頑張ったね」
虹色甲爵はユリエルに優しく声をかけたが、ユリエルの態度はどうもよそよそしい。
その原因に思い当たり、虹色甲爵は少々棘のある言葉をかけてきた。
「ずいぶんと、周りの男と打ち解けているようだね。
隣のダンジョンのミツメルと……そしてそちらは、どういう関係なんだい?」
「えっと、この人は……」
思わぬ展開に戸惑うユリエルをかばうように、魔物学の教師が割り込んだ。
「君こそ一体何なんだ!いきなり寄ってきたと思ったら、誤解で傷ついたユリエルちゃんの男関係の粗捜しなど」
「いや、僕はただユリエル君を想って……」
「だったら、なぜさっき会場中から邪淫と言われて打ちひしがれている時に、助けに入らなかった!?
本心から思っているなら、それができるはずだ!
だいたい、ユリエルちゃんがどれだけ苦労して仲間を集めたと思ってる!?どれだけ苦労を共にしたと思ってる!?」
「……それは……」
思わず口ごもる虹色甲爵に、魔物学の教師はまくしたてた。
「ユリエルちゃんは真実を広めるために、痛い思いも苦しい思いもしたんだぞ!!
ミツメルに入られたくないところに入られて、見せたくもないものを見せつけて、それでも真実の道を歩もうとしてるんだ。
ちょっと何か贈っただけの君に、何かする資格があると思ったかね!?」
異論があるなら、答えたまえ!!」
その言葉に、虹色甲爵はびくりとした。
「せ、先生……そこまで言わなくても……!」
ユリエルは先生と呼ぶ男を止めようとしているが、跳ね除けるような勢いはない。虹色甲爵を見る目には、恨めしささえ感じられる。
虹色甲爵はギリッと歯噛みして、踵を返した。
「ユリエル君……助けられなくて、すまなかった。
僕が必要な時は、またいつか呼んでおくれ」
「甲爵様……」
去っていく虹色甲爵に、ユリエルは手を伸ばすことができなかった。
なぜなら、虹色甲爵の隣には、虫っぽいパーツを持つ可愛い女の子がいたから。
オデンの件で分かった。結ばれるには、お互い分かり合える近い種の方がきっといいのだろう。
だったら、虹色甲爵もあの娘と一緒の方がいいのかもしれない。
それがユリエルが、虹色甲爵を素直に求められない理由だった。
しかし虹色甲爵には、そんな事分からない。だって隣にいるのは、自分に人間のことを教えてユリエルとつないでくれる恋愛コンサルタントで、恋人じゃないんだから。
そんな事より、ユリエルとミツメルの関係が気になって仕方ない。
そんな虹色甲爵に、艶やかな蝶の羽の少女はささやく。
「残念ですね……でも、人間って複雑なんです。
知ってます?人間って処女のままでも、そういうことに使える穴が他にいくつもあるんですよ。
邪淫で、神敵にされるくらいですもの、ねえ……?」
どんどん肩に力が入る虹色甲爵に、少女は吹き込む。
「でも大丈夫、私がいれば、きっとユリエルは悪い男から救われてあなたの腕の中に転がり込んできますよ。
そこで、今日のことを後悔するくらい真実の愛を教えてあげましょ♪」
虹色甲爵の不安を煽りながら、実の都合のいい言葉を吐き出す。
彼女の目は氷のように冷たく、口元には獰猛な捕食者の笑みが浮かんでいた。
ミツメルは、彼自身もなろうの定番追放を食らってざまぁしようと意気込んでいます。
組織の大事な仕事人を無駄だと思って追放したら、組織が崩壊してざまぁ……よくあるパターンのフラグが……。
しかし美王派閥も負けてはいない!
虹色甲爵の側に、不穏な可愛い子が……でも非モテ劣等感まみれのユリエルには彼女に見えちゃう。そしてこじれる。
ついでに、魔物学の教師も自分が虹色甲爵からどう見えているか、恋愛経験がなさすぎて気づいていません。
信用できない魔物を遠ざけるつもりで、言ったことが、二人に何を招くのかも。