107.激突・四天王
何とか間に合った!まだ土曜日だ!
さあお待ちかね、魃姫VSディアドラの直接対決!
ユリエルを好き放題したいモテ搾取女王と守りたい非モテ女王の思いがぶつかり合う!
これまで魃姫が四天王で最も強い力を持ちながら、魔王軍の中で魃姫はぼっちでした。
その原因は、既に前章で語られています。
ディアドラにそこを突かれて断罪されそうになる中、魃姫は……そしてユリエルは……二人の関係に魔王は何を思うのか。
魔の空間に響く、サバトの歌声よりおぞましいコール。
その中に一人ひざを折り、押し潰されんとする哀れな人間の処女。
彼女を守ろうとする仲間の声も、邪な轟音にかき消されて届かない。
邪悪な美の権化は、真実の守り手を折って取り込まんとする。邪悪極まりない偽りの名声に従い、モテ搾取の装置になれと。
抗議のためにミツメルが飛ばした目玉は、全て撃ち落された。
撃ち落したのは、ダラクだ。
ダラクは美女リッチのマーレイに胸を押し付けられながら、鼻の下を伸ばしニヤニヤ笑って拍手とコールに加わっていた。
それを見て、ユリエルはさらに打ちのめされた。
ダラクとは、隣の仲間としてそれなりに仲良くしてきたと思ったのに……この男も、自分の思いなどどうでもいいのか。
そう思うと、ユリエルの大切なものがどんどん色あせて冷えていく。
真実と純潔を守り抜いたとて、その先に一体何があると言うのか。
インボウズや美王ディアドラの言う通り、自分は世界公認の神敵になってしまったのに。どこにも、逃げ場なんかないのに。
それを直視すると、人間の仲間も魔族の仲間も、どちらに抱いていた熱い思いも全てが馬鹿らしくなって……。
突然、ユリエルの周りの空気が温かくなった。
と言っても、柔らかな温もりなんてものではない。火事現場から直接吹き付けてくる、熱く乾ききった風のようだ。
途端に、魔族たちのコールが弱まって咳が混じる。
この熱い空気に、物理的に喉をやられたのだ。
そうして少し静かになった会場に、恐ろしい怒りに満ちた女の声が響いた。
「不快じゃ、黙らぬか。
わらわの配下が、嫌がっておるだろうが!!」
熱いはずなのに、心胆寒からしめるような圧力。圧倒的強者の、弱者に有無を言わさぬ恐るべき気配。
会場は、あっという間にしーんと静かになった。
ユリエルは、そのすさまじい圧に覚えがあった。
「魃姫……様……!」
美王ディアドラと同格の四天王にして、実力的には遥かに格上の魔王軍二番手、干天公主魃姫だ。
魃姫は豪華な衣装を揺らして、厚化粧の奥の目で会場をにらみつけていた。
ひとしきり雑魚共を打ち据えると、その眼差しはディアドラに向かった。
「……ようまあ、わらわの配下を侮辱してくれたのう。
貴様、ユリエルがどんな思いで戦っておるのか知らぬ訳ではあるまい。なのに、なぜ仲間の望みを絶とうとするか?
わらわの救いたい者を踏みつぶすなら、容赦はせぬぞえ」
魃姫は、落ち着いているようで怒りのほとばしる声をぶつけた。
さっきからの蛮行は、魃姫にとって最高に不愉快だった。滅多にない本気の怒りを呼び起こすのに、十分すぎた。
だがディアドラは、嘲笑して言い返す。
「あらぁ~救ぅいたいなぁんて、どの口ぃが言うのかしらぁ?
これまぁで、下につぅいた誰も、救ぅうどころぉか殺してばぁーかりのくせにぃ」
その一言に、魃姫の顔が苦々しく歪む。
本人にも心当たりがある魃姫の泣きどころを、ディアドラは知っているのだ。それを晒して勝負をつけるべく、ディアドラはユリエルに告げた。
「ねーえ知ってるぅ?
魃姫殿はねーえ、仕えた女の子をぉ、みーんなその手ぇにかけるぅのよ。わたぁくしに助けぇを求めたかぁわいそーな子たちぃも、みーんな八つ裂きぃ!
わたぁくしは、あなぁたを助けぇてあげるのぉ~」
ユリエルは顔を上げ、黙って聞いている。
ディアドラは早くも勝利の笑みを浮かべ、大げさな身振りで言い放った。
「ああ~~~!!何て悲ぁしいお話しかしらぁ!
この人間離れぇしたドブスはぁ、優しーいフリしてぇ、可愛ぃい子をみーんな殺しぃてしまうのよぉ。
努力の余地もぉ、生まれ持ぉった尊厳もぉ、なーんも許さぁない。そぉんなのに仕ぁえたってぇ、あなぁたは何も得らぁれないわぁ!」
ディアドラが悲しむように涙を浮かべて言うと、会場のあちこちから賛成の声が上がった。
「そうだ、これ以上有望な女の子を潰させるな!」
「こっちは、復讐も男も与えてやろうって言ってるんだぞ。何が悪い!?」
「身も心も醜いアバズレが、恥を知れ!!」
男たちの熱い援護射撃の中、ディアドラは勝利を確信した。
あの顔も行いも醜い魃姫が自分に勝てるわけがない。これまでだって、ずっとそうだったじゃないか。
魃姫がどんな女かは、よく知っている。
自分はあんなに無駄に塗りたくって着飾っているくせに、可愛い子には嫉妬していびる最低女。
あいつに仕えた女の子は、復讐への協力は取りつけたものの、いつもモヤモヤして不満と失望を抱えていた。
だから、それを埋める言葉をかけたらコロッとなびいて自分たちのスパイになった。
もっとも魃姫も馬鹿ではないのですぐに看破され、内通した子たちは皆殺しにされてしまったが。
助けなくたって、魃姫が自分から株を下げるので笑いが止まらない。
しかも魃姫は自覚がないのかわざとなのか、何度でもそれを繰り返す。おまけに回を重ねるごとに、締め付けをきつくしてすらいる。
そんな事をしても配下の不満は大きくなるばかりなのに、本っ当に女心がまるで分かっていない。
それを突きつけてやったら、ユリエルはどう思うだろうか。
何も為せずこのクソの下で死ぬよりは、成功率の高いやり方で気持ちよく復讐して、男どもを見返せた方がいいに決まっている。
こうなった時点で、いつもの必勝パターンだ。
ディアドラは悲劇に胸を痛めるフリをして、内心ほくそ笑んで、ユリエルがいつ自分にすがってくるか考えていた。
ただ、魔王軍のために魃姫から守らねばならないのは、少し面倒だったが。
(まぁいっか~守れぇなくても。
そぉの時こそぉ、魃が魔王軍にぃ決定的な損害ぃを与えたぁとして、糾弾されぇる時ですわぁ!
わたぁくしの、大・勝・利ぃ~!)
ディアドラは、ようやく邪魔な女を追い落とせると、有頂天になっていた。
しかし、ユリエルは静かにこう口にした。
「……その話は、もう耳にしております。
私はそのうえで魃姫様と腹を割って話し合い、ついて行くことに決めました。私自身の判断ですので、ご心配は無用です」
ユリエルの目に、動揺は少しもなかった。
その反応に、ディアドラも取り巻きの男たちも派閥の女たちもきょとんとした。
ユリエルは一体、何を言っているのか。可愛い子の死亡率100%だと知ってなおついて行くなんて、正気の沙汰ではない。
「ええっ……そぉれはダメぇよぉ!
分ぁかってるの?あなぁた、死ぃぬのよ!
いーい、このクソブスはぁ、言葉ぁもどぉんな厚化粧かぁ分かぁらないのよ。そぉの証拠にぃ、何度やぁっても、そぉの子の責任にすぅるばかりで謝りぃもしないの!
そぉんなの、信じたらダぁメぇ!!」
ディアドラは、ビシッと言ってやった。
だって、本当のことではないか。魃姫は自分のせいですがってきた子たちを失望させて殺しておいて、自分の行いを謝ったことがない。
これを自分勝手と言わずして、何と言うのか。
自分は何も間違ったことを言っていない。そしてこれからも、このどうしようもない頑固ブサ姫が変わることなどないはずだ。
だから自分は間違いなく、正当な救い主なのだ。
しかし次の瞬間、ディアドラはあり得ないものを目にした。
「……そうだな、そこはそなたの言う通りじゃ。
わらわは、己の目と心の狭さでひどいことをしてしもうた。改めるならば、まずは謝らねばならぬな」
魃姫が、これまで聞いたこともない言葉を口にしたのだ。
「え……あ、あなぁた、そぉんなこと、言ぃえるの……?」
ディアドラが戸惑っている間に、魃姫はしずしずと魔王の前に進み出た。そして、膝をついて深く頭を垂れた。
「魔王様、わらわは普通の女子の望みが分からず、不幸な彼女たちから幸せになる道を奪い取ってしまいました。
あまつさえ、それでわらわから離れようとした女子を、一方的に責め殺してしまいました。
魔王様のお力になれる未来ある者たちの命を無為に刈り取ってしまったこと、申し開きの余地もございません。
いかなる沙汰でも、お受けいたします」
この謝罪に、会場はしーんとなった。
皆があんぐりと口を開け、言葉を失っていた。
魃姫がこんな風に謙虚に罪を認めるなど、信じられない。他のことはともかく、この件については今まで一切反省も理解もなかったのに。
一体、どうしてしまったというのか。
ディアドラは拍子抜けしながらも、何とか我に返って言い放った。
「まーあ、つぅいに罪を認めぇたわ!
あなぁたがどぉれだけ醜ぅくて罪深ぁいか、自ぃ分で分かったぁでしょう!
さあ魔王様、こぉの能無ぁしの迷惑女ぁにぜぇひ鉄槌を。こぉいつが殺しぃた子たちと、同じぃ目に遭わせぇるのよ!!」
会場からも、罰を求める嗜虐的な声が上がる。
「そうだ、殺せ!これまでの罪を味わわせろ!」
「よそ者のくせにでかい顔しやがって。
そんなに好き放題したいなら、大人しく自分だけの地獄にでも行け!」
ディアドラの取り巻きや派閥の魔族から、容赦ない断罪を求める声が雨あられと降り注ぐ。
ディアドラはこれを、魃姫を追い落とす絶好の機会だと思った。
「そーぉよ、あなぁたは間ぁ違ってるのぉ!
正ぁしく美しいわたぁくしたちの邪魔ぁをした罪は重ぉいわ。その醜さにふさわぁしく、無様に滅びぃなさい!!」
ディアドラは勝ち誇って、魔王による断罪の予感に大きな胸を躍らせた。
「……魃よ、ようやく、気づいたか」
魔王の低く重々しい声が、魃姫に投げかけられる。
「正直、私も苦々しく思っていた。
おまえが仕えた者とことごとくうまくいかず、助けを求めてきた者を屠ってしまうこと。何度次こそはと言っても、変わらぬこと。
その強さ故失うのが惜しかったが、内心はどれだけ失わせれば気が済むのかと恨めしくも思っていた」
魔王の言葉を、魃姫は神妙に聞いていた。
「誠に、申し訳ございませぬ。
全て、わらわが至らぬために起こったことでございます」
言い訳をしない魃姫は一旦置いておいて、魔王はユリエルに目を向けた。
「罪は罪だ、しかし今のおまえには責務がある。
人間に陥れられて助けを求めて来たユリエルを保護し助ける事、おまえはまだそれを成し遂げていない。
ユリエルよ……おまえは、どうしたい?」
いきなり魔王に話を振られて、ユリエルは緊張で石化しそうになった。
しかし、そんな場合ではない。ユリエルは勇気を振り絞って魃姫の側に駆け寄り、隣で一緒に頭を下げた。
「私は、これからも魃姫様にお仕えしたいです!
どうか魃姫様への処遇は、私の結果を見てお考え下さい!」
「ほう、理由は?」
ユリエルは、魃姫と謝り合ったことを思い出して答えた。
「それは、魃姫様が、己の過ちを認める度量のあるお方だからです。
過ちを認めることは、難しく、そして大切な事です。それができて現実と向き合えるお方にこそ、私は安心してついて行けます。
そのような方にやり直すチャンスを与えなければ、そこで得られたものは全て無駄になります。それでは、世も組織も改まりません!」
それからユリエルは、魔王の側に侍るイナンナに目を向けた。
「実は私も、己の狭さによりイナンナ様を傷つけてしまいました。
しかし、魃姫様が手本を示してくれましたので、私はその過ちを受け入れて改めることができました。
イナンナ様、その節は誠に申し訳ありませんでした!」
それを聞いて、魔王はイナンナの方を見た。するとイナンナは、とても安らかで穏やかな笑みを浮かべた。
それを見て、魔王は心を決めたように魃姫に向き直った。
「ユリエルの言う事、もっともである。
生ける者は学び、成長し、やり直せる。魃が己の過ちを認めることができたからこそ、私は前より魃を信じられる。
魃よ、此度の経験を生かして必ずやユリエルを守り抜け!
ひとまず、沙汰は以上とする!」
魔王の言葉に、魃姫とユリエルは共に額を床につけて感謝した。
「良かったですね、魃姫様」
「ああ、そなたのおかげじゃ……」
魃姫は、自分をここまで導いてくれたユリエルに心から感謝した。ユリエルとのことがなければ、自分は何が悪いのか分からないままいずれ断罪されてただろう。
ユリエルの正直さが、魃姫をその破滅から救ってくれたのだ。
魃姫は、自分に向けられる視線が変わったのを感じた。
これまで魃姫は、強いが何を考えているか分からないと、ほぼ全ての魔族から距離を置かれていた。
しかし今の謝罪で、驚きとともに一目置いて信じてみようかという視線が混じり始めた。
配下と魔王以外にこんな風に見られるのは、初めてだった。
この時、魃姫は初めて魔王軍の一員になれた気がした。
魔王とは、初めから分かり合えたような気になっていたが……変わらぬままでは、その絆すら壊れたかもしれないのだ。
他ならぬ自分が、頑迷に魔王の望まぬ悲劇を繰り返すせいで。
魃姫にとって、ユリエルは救い主も同然だ。
その清らかな恩人を決して美王の思うままに汚させぬと、魃姫は固い絆を胸に決意した。
一方、ディアドラは目を白黒させていた。
(え……な、何ぃよこれ?
何で、断罪さぁれないの?だぁって、こぉんなに醜ぅくて間違ってるぅって、自分で認めぇたのよ!
なのに、何でぇ……こぉんなのが、許ぅされるのぉ!?)
ディアドラにとっては、想定外もいいところだ。
ユリエルは魃姫が嫌になって、自分の男寄せ人形になるはずだったのに。これまでの子はみんな、その道を選んだのに。
魃姫は、心の醜さを変えられぬまま配下殺しを重ね、孤立して無様にみじめに滅ぶはずだったのに。
罪を認めたことで、一気に断罪できると思ったのに。
この美醜の差の前では、魔王の足掻きなど全て灰燼に帰して、結局自分が一番だと分からせてやるはずだったのに。
一体、何がどうなっている。
ディアドラには、全くもって訳が分からなかった。
「ちょっとぉ、何でこうなぁるの?
謝ったってぇ、こぉいつの罪が消ぃえる訳じゃないのよ!こぉいつが殺しぃたかぁわいそうな子たちぃは、戻ってこぉないのよ!
ユリエルだってぇ、わたぁくしと来た方がぜぇったい幸せぇに……」
喚くディアドラの前に、ヒュッと小さなものが飛来した。
次の瞬間、それが強烈な光を放った。
「ヒィッ!」
「ギャアアア!?目が!肌がぁ!」
その光を浴びた途端に、ディアドラは思わず顔を覆い、取り巻きのアンデッドたちは苦しんで悶えた。
光が収まると、その金属の小物体……独鈷は、キヨモリの手に戻った。
「い、今の……聖なぁる光ね!
あなぁた、何てこぉとを!!」
憤るディアドラに、キヨモリは鼻で笑って答えた。
「フン、魔王軍のためにならぬ愚か者を黙らせただけよ。それが、儂の役目であるゆえな」
「ためにならぁぬ……どこが!?」
全く理解できないディアドラに、キヨモリは厳しく説いた。
「まず、ユリエルのことじゃ。嫌なことから逃げて我らに力を貸してくれておるのに、その嫌なことを押し付けて進んで働く訳がないじゃろ!
最悪、儂らにも失望して人間に情報を流されたらどうしてくれる。
そして魃殿のことも。これからまた繰り返すならともかく、自覚して変わったのを見せたのになぜ切るのか。
成長して改めた者を過去の罪で全て切っては、いくら人手があっても足りぬわ。
儂は参謀として、その災いの芽を摘んだだけよ!」
キヨモリは、理路整然とディアドラの間違いを指摘した。
これは全くもって筋の通った話で、さっきディアドラに合わせていた者の一部まで考えさせられている。
だがディアドラは、それでも駄々っ子のように喚いた。
「でもでもぉ、そぉんなの美しくあぁりませんわ!
美しぃく豊かで満たさぁれた生活と、鮮やぁかな復讐。そぉれ以外の、何が正しいぃと言うの!?」
すると、ディアドラの美しい髪に突如として何かが刺さった。
「ヒェッ!」
それは、白木の矢だった。飛んできた方を振り向くと、ヨシナカが殺気を露わにして大弓を構えていた。
「あ、あぁ……何よぉ!乱暴はよしてぇ!」
思わず腰が引けるディアドラに、ヨシナカは言い放った。
「見苦しいのは、貴様だ!意見を通したくば、筋を通さぬか!」
「見苦しい!?わたぁくしが!?」
「ああ、こうも幼稚ではその美しさでも興ざめだ。
だいたいおまえは魃姫には謝っても許さぬと言うのに、自分は謝りもしないで許されると思っているのか?
これで魃姫と同じ土俵に立とうなど、おこがましいわ!!」
この言い方に、ディアドラは目を丸くした。
「はあぁ!?わたぁくしは、何も悪ぅいことなど……」
「おぬし、魃姫の何倍使い捨てて殺した?」
ディアドラの言い逃れを遮って、キヨモリが突っ込んだ。
「知っておるぞ……おぬしは配下に、美と引き換えに苛烈な上納を強い、仕える者も惑わした者も数多搾り殺してきた。
その数は、魃とは比べ物にならぬ。
魃を悪いと言うのなら……おぬしも、謝らねばならぬのう!」
再び、キヨモリのど正論が突きつけられる。
だってディアドラのしてきたことを考えたら、当たり前だ。何も悪くない(魔族の中では)他の魔族を奴隷にして滅ぼしたのが、魔王軍の害でない訳がない。
その被害は、たかだか新人を十人足らず殺した程度の魃姫とは比べ物にならない。
なのに魃姫を断罪して自分は正しいとは、全く筋が通らない。自分勝手も甚だしい。
しかしディアドラには、それがまるで理解できないのだ。
「全て、与えぇた心の豊かぁさへの正当な対価ぁですわ!
滅びぃた者は、払えぇなかっただぁけのこと。わたぁくしは、何も悪くなぁど、あーりませぇん!!」
ディアドラは、全く悪びれずに言い切った。
しかし次の瞬間、会場のところどころで空気が変わった。
美王の配下と思しき宝石のような美男美女を侍らせている者の一部が、顔を曇らせてそいつらから離れようとしている。
美しいアンデッドたちが甘く体をすり寄せて猫なで声でささやいても、逆に脅すように罵っても、前のように言うことを聞かない。
戸惑うディアドラに、魔王は静かに宣告した。
「美王よ、おまえも力があるゆえ許してはいるが、いつまでも続くと思うなよ。
その時が来てほしくなくば、今日の魃を見習い、己が何をしているか深く考えるがいい。
キヨモリ、ヨシナカ、今日はこれで手打ちとしろ。
我らは、力を合わせて魔族の未来を守らねばならぬのだ」
魔王に言われて、キヨモリとヨシナカは一礼して矛を収めた。
だが、この騒ぎで四天王の亀裂は決定的となった。いや、今まで隠れていたものが表に出て来たと言うべきか。
殺気が収まり歓談が始まった会場で、ディアドラは呆然としていた。
今までこんな事はなかった。何をやってもどれだけやっても、よそ者共は手を出してこなかったのに。
一体どうして、こんなひどい事になっているのか。
必死でこれまでとの違いを探して、ディアドラは恨めしく呟いた。
「ユリエルぅ……あの子ぉが、何ぃかしたぁのね!
何よぉ、何のぉ価値もない非モテぇのくせに!わたぁくしに悪い事ぉをしたら、どうなるか……思い知ぃらせてあげぇるわ!」
ディアドラは、以前ユリエルを守ろうとしていた虹色甲爵に目を向けた。
その側に寄り添い、表面上優しくて気さくな笑みを浮かべる、蝶の羽のような飾りと甲虫の輝きをまとうボブカットの少女。
あれが本当の姿ではないと、ディアドラは知っている。
非モテごときが自分を害したらどうなるか……その行く末を思って、ディアドラは裂けるような笑みを浮かべた。
久しぶりにスカッと、初の美王ざまぁ!
魃姫が魔王軍から距離を置かれていたのは、普通の女の子の気持ちが分からず美王に取り込まれては粛清を繰り返していたからでした。
いくら強くても、これを自分のせいと分からない魃姫に、魔王も他の二人の四天王も未来を預けるのを躊躇していたのです。
ディアドラもひどい女ですが、どっちもどっちだと思われていたのです。
しかし魃姫は、ユリエルとの出会いを経て変わりました。
それを見せつけることで、ディアドラとの違いを見せて信用を得ることができました。
ただし、これでユリエルはディアドラの恨みを買ってしまいましたが……その結果どうなってしまうのか……。




