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105.急転直下

 神敵認定に対する、ユリエルたちサイド。


 ユリエルとしては、聖呪が飛ばないのとロドリコが立ち上がったので、うまくいくと信じていたんです。

 頑張って成果が出て、自分の思い通りならば、つい自分の望む未来につながっていると信じてしまう。


 それに、てひどく裏切られたらどうなるか。

 元人間や人間たちと、魔物仲間たち、それぞれに思うことは。

 年明けにインボウズが馬鹿を晒してから、ユリエルは毎日ウキウキしていた。

 聖呪のカウントダウン祭りは、傑作だった。

 インボウズが人々に見せた希望は盛大に砕け散り、人々は邪気を浴びて逃げ惑い、その後これまでにない抗議が起こっていた。

 この光景に、ユリエルは希望を膨らませた。

 ついに、人々がインボウズを疑った。教会の言うことに裏切られ、おかしいと思ってくれた。これは、真実の突破口になるかもしれない。

 その後カリヨンが頑張って、聖呪の契約書を一般人の目に晒した時には、感謝で胸が一杯になった。

 手順も契約書も間違っていなければ、聖呪が飛ばない訳がない。ならば間違っている可能性があるのはどこか、よく考えるがいい。

 ユリエルはずっと、自分が純潔だと言い続けている。

 それが真実なら、ぴったり状況に合うじゃないか。

 声を上げなくてもいい。自分を守るために、違和感に従って逃げるだけでもいい。

 どうか一方的にユリエルを攻めるのをやめて、教会から距離を取ってくれ。それだけで、インボウズは教会のお荷物になるだろうから。

 ロドリコたちの反逆も、すぐ表に出るはずだ。

 民に慕われ信頼されていた聖騎士が処女の証を見て、発信する意味は重い。

 聖呪の件も合わせれば、さすがに民衆も目を覚ますはずだ。

「キタキタ~!これはインボウズが切り捨てられる流れ!

 いろいろ大変だったけど、頑張った甲斐あったわ~。

 さあインボウズ、真実の重さを思い知れ。そしてそれを踏みにじってありもしない罪を着せたこと、全力で後悔しろ!!」

 ユリエルは、インボウズが失脚し断罪されるのを今か今かと待っていた。

 その瞬間を思うと、これまで一方的に責められ拒絶されてきた苦しみがスーッと天に昇って消えていくようだった。

 これまでの苦しみが報われて、また人間の皆と手を取り合えるようになる。たとえ人間社会に戻れなくても、気のいいご近所さんになれたら。

 ユリエルは、誤解が解けたら皆に何を言おうか考えて日々を過ごしていた。


 しかし、訪れたのは全く逆の事態だった。

 ある日、ユリエルが目覚めると、何だか皆が重苦しい顔をしていた。ダンジョンの仲間も捕らえた人間も、全て。

 困惑するユリエルに、ミツメルが意を決して告げた。

「悪い報告だ……教会が、おまえと裏切った聖騎士を、神敵に認定した!」

「……は?」

 ユリエルは、目の前が真っ暗になった。

 一体、これはどういうことだ。

 インボウズが信用ならないと民に分からせ、教会の足を引っ張るお荷物にしてやったのに、なぜそっちの意見が通る。

 あんなにおかしい目に遭ったのに、なぜ分からないのか。

「え……え?どういうこと?何で……なんでなんでっ!?」

 取り乱して詰め寄るユリエルに、ミツメルは苦々しい顔で告げた。

「奴の一存ではない、どうやら枢機卿会議で決まった事だ。

 おまえが情報を流したことで死肉祭での勝手がバレたブリブリアント卿と、聖騎士に裏切られ殴りこまれたファットバーラ卿が、完全に敵に回った。

 セッセイン家の協力を断たれたグンバッツ卿も、苛立っている。

 これで、枢機卿の過半数だ!」

「……あ!」

 ここでようやく、ユリエルは戦線を広げすぎたことに気づいた。

 ユリエルとしては、他家に被害を出しても、これで他家がインボウズを恨んで悪が潰し合ってくれればと思っていた。

 しかし、現実はそうではない。

 大元の原因はインボウズでも、本来表に出ない情報を流したり聖騎士を直接心変わりさせたのはユリエルなのだ。

 しかもユリエルの思い通りに悪同士で潰し合ってそれぞれの悪事が露見すれば、皆がもう甘い汁を吸えなくなってしまう。

 それよりは、目障りな小娘を潰してしまえ、となったのだ。

「そ、そうか……私、敵を……増やして……!

 で、でも、どうしてこのタイミング!?

 私はもっと前から血をばらまいてたくさんの人に被害を出してたけど、その時は何ともなかったじゃん!!」

 ユリエル自身、関係ないところに恨まれる行いをした自覚はある。

 死肉祭と同時にやった聖血テロは、はっきり言って無差別だった。

 しかしそこまでやっても、ユリエルが神敵認定されることはなかった。だから、教会の対応はこんなもんかと高をくくっていた。

「だって、その件で私が原因って認めたら、インボウズと教会の嘘がバレる。

 だからあいつらは、本気で私を断罪できないはず……」

 計算の答えを確かめるように呟くユリエルに、ミツメルは言い放った。

「それ以外の断罪理由ができたからだ!

 教会と人々を守る、聖騎士を裏切らせたというな!」

 その言葉に、ユリエルはヒュッと息をつめた。

 言われてみればそうだ。たとえロドリコたちが世の正義と真実とために悪徳枢機卿に立ち向かったとしても、裏切りには変わりない。

 そしてそれは、ユリエルの処女と関係ない。

 そこを突かれてしまったのだ。

「え……そんな!せっかく、認めてくれる人ができたのに!!」

 ユリエルの目から、どっと涙があふれた。

 ロドリコたちが自分の真実を認めてくれた時、心の底から嬉しかった。きちんと真実を見て味方してくれる人がいるんだと、救いと希望の光に包まれた。

 なのに、それが裏返るとは。

 ユリエルは本当のことを言っているだけ。ロドリコたちはその証拠を見て、この世の正邪を正そうとしているだけ。

 どちらも、正しい事をしているだけなのに。

 他の人に被害が出たって、嘘で他人を踏みにじりに来る方が悪いのに。

 なぜ、それが原因で断罪されなければならないのか。

 膝から崩れ落ちるユリエルに、ミツメルはさらに残酷なことを告げた。

「それから……これは本当に悪辣なことだ、おまえには残酷すぎることだ。

 おまえを神敵と認定した理由は、おまえが淫らな誘惑をもって聖騎士の正気を失わせ、裏切らせたからだそうだ。

 真実の欠片もないが、それを知らぬ人間にはおまえの邪淫を信じさせる説得力になる。あの聖騎士が裏切るくらいだから、と。

 ……クソより汚いやり方だ!!」

 ミツメルの怒声に、ユリエルの悲鳴が重なった。

「ひぃやあああぁ!!!

 ちがう!!わたじ、そんなこどっしでないぃ!!」

 ユリエルは、髪を振り乱し涙と涎を散らして叫んだ。

 濡れ衣を着せられて、それを振り払うために力と知恵を絞って頑張って、その結果与えられるのがもっと重い濡れ衣だなんて。

 こんなことがあってたまるか。いくら何でもひどすぎる。

 しかし、これが紛れもない現実なのだ。

 これでは、夏からこれまでの身も心も削った努力は何だったのか。あんなひどい目怖い目に遭って足掻いたのは、全て無駄だったのか。

 一つ一つ目標を達成して抱いた希望は、まやかしでしかなかったのか。

 真実を知らせようと、純潔を証明しようと何でもやってきたのに、これでは世界中からもっとふしだらな目で見られてしまう。

 こんな目に遭うために、頑張ったんじゃない。

 だけど教会は、世界は、真逆の報いでユリエルの努力を嘲笑う。

 しかもミツメルによると、インボウズはユリエルに魅了されず犯して分からせるとかいう、とんでもない免罪符を発行したという。

「やだやだっ!そ、そんなの発行されたら……私、そういう目でしか見られなくなっちゃう!

 同じように真面目に生きてきた女の子たちの、敵になっちゃう!

 まだ男の人と付き合ったこともないのに、なーんでこうなるのおぉ!!?」

 この免罪符によって人々の見る目がどうなるかは、火を見るより明らかだ。

 ユリエルは、脳みそがバラバラに弾け飛ぶような気分だった。見ていた世界信じていたもの全てが、得体のしれぬ別の何かに変わってしまったような。

 ユリエルは、ぺたんと尻餅をついてガラス玉のような目で虚空を見つめた。


 その様子を、囚われた人間たちと元人間のキメラたちは震えながら見ていた。

「こ、こんな事って……ありますの?

 だってユリエルは本当に、純潔で真面目で……人として当然の、戦いだったのに……!」

 ミエハリスは、呆然として呟く。

 囚われたミエハリスたちにとっても、こんな結果はとうてい受け入れられない。むしろ人として、受け入れたら終わりだ。

 教会が決めたことに、真実も正義も善意も……教会が大事にしましょうと謳っているものが何もない。

 むしろ、不正と悪意しかない。

 偽りの罪で陥れられた人を、救うどころか全力で貶めて身も心も潰しに来ている。

 ミエハリスたちだって、自分がそれに加担させられていたと知って衝撃を受け、ユリエルの勝利を祈っていた。

 きっと神様か、教会や人々に宿る善意が人々の目を覚まし、悪がその罪にふさわしく報いを受けるようにと。

 そう思ったことですら、教会の洗脳でしかなかったのか。

 露わになった教会の本性は、当たり前の信心を真っ向から否定するものでしかなかった。

 自分たちが今までこんなものを信じていたと思うと、おかしくなりそうだ。

「あたしたち……こんなのの、言いなりだったんだ!

 教会が言うことだからって、なーんも考えずに信じて……相手の話を聞くことも調べることも、ちょっと置いとくことすらせずに……。

 いい人もみんな、騙されて……ううっ!」

 ミーハが、涙を拭いながら呟く。

 自分たちは人間として引き返せなくなったうえで真実を見せつけられて、目を覚ますことができた。

 しかし地上では、未だに同じような普通の人や善人が騙され続けている。

 ケチンボーノは、拳が白むほど握りしめて呟く。

「分かるぜ……人として普通に暮らしたいから、騙されずにいられねえんだよ!

 もし違うんじゃないかって声を上げたら、自分も同じ目に遭うかもしれない。ちょっとでも頭いい奴ほど、気づいてしり込みするんだ。

 それでみんな黙ってるから、違うんじゃないかって思った奴も自分だけじゃないかと思って、違和感の方を疑っちまう。

 そうやって、貶められた奴一人で全部丸く収まるならって、寄ってたかって叩くんだ!」

 ケチンボーノは、自分はしっかり判断できる方だと思っていた。

 それでも、人間として普通に生きていたら、ここで声を上げられる自信がない。

 つまりそれが、ユリエルの正しい道を塞いでいる世の中の仕組みだ。教会がこんな無道を平気で通せるのは、その体制を維持しているからだ。

 その体制の中で暮らしている以上、周りの人や未来を思う善人ほど、おかしいと思っても動くことができない。

 がむしゃらに動けばどうなるかは、レジスダンがよく知っている。

「抵抗するにしても、姉御はよくやってると思う。

 最初は……いや今でも、直接戦うのは攻めてきた奴だけ。冤罪で自分を殺しにくる奴だけに限ってる。

 無差別に関係ない奴を襲いまくってた俺とは、違う……」

 感情のまま暴れて追い詰められた自分とユリエルの差を、レジスダンは思い返した。自分が、心からユリエルについて行こうと思った理由を。

 だがそれを考えるほど、納得いかなくて腸が煮えくり返る。

 ユリエルは、あくまで攻撃してくる者とのみ戦おうとしていた。

 しかしそれでは埒が明かなかったから、聖血テロを行った。

 ただ痛めつけるだけではなく、民衆に答えを分かりやすく示して、どうすればいいか行動を促すために。

 自分は生活の場も糧も、これまで人間の中で築き上げてきたものも全て奪われたのに、十分慈悲深いやり方じゃないか。

 なのに、ここまでやっても、教会も民衆も変わらない。

「どんだけ馬鹿なんだ……どんだけ、自分のことしか考えてねえんだ!!

 姉御がいくら優しくしたって、通じなきゃ意味ねえんだよ!これじゃ、俺のやり方でやったのと結果変わらねえじゃねえか!!

 おまえらがそれを招いたんだぞ!許さねええぇ!!」

 レジスダンは、血を吐くように叫んだ。

 自分のやり方を諫め、少しでも世の中を気づかせていい方向に持っていこうとしていたユリエル。

 その努力が無にされ、さらなる責め苦に変えられるのが、許せなかった。

 全員が、人の心で思った。

 ユリエルの行いは、こんなやり方で踏みにじられていいものじゃない。ユリエルの思いは、こんな風に遮断されていいものじゃない。

 それに従って正しい対処をしさえすれば、この不毛な争いはすぐにでも終わり全てがいい方に回り始めるのに。

 どんなに悪い事が起こっても改まらない教会と民衆には、呆れるばかりだ。

 しかし同時に、この状況で声を上げてしまった人がどうなるか考えると、暗澹たる気持ちになる。

 ユリエルを全力で応援したいのに、そうしない人々にも共感できてしまう自分が、もどかしくて情けなかった。


 そうして人間と元人間が手を出しづらい中、放心状態のユリエルを抱きしめたのは、オリヒメだった。

「……ひどい同胞でありんすねえ!

 でも、わっちは絶対にそんな事しませんえ。

 大丈夫ですえ。たとえ世界中の人間がユリエルを見捨てても、わっちだけは何があっても味方でありんす!

 どんなことがあっても、ユリエルと真実を守り、尽くしますえ!」

 オリヒメのたおやかな腕と柔らかい上半身が、ユリエルにぬくもりを与える。

 それが母親に抱きしめられた時のようで、ユリエルは少しだけ落ち着いた。

「オリヒメ……ちゃん。

 ごめんね、こんな私のために!」

 ユリエルの口から出たのは、謝罪の言葉だった。

 自分が神敵にされたということは、自分の側にいて寄り添う者を確実に巻き込んでしまうということ。

 自分に手を差し伸べて大切にしてくれる者ほど、ひどい目に遭わせてしまう。

 それがユリエルには、胸を引き裂かれるほど悲しかった。

 虐げられていたオリヒメを救った時は、いい事をしたと思ったのに。お互い力を合わせて、幸せになろうとしたのに。

 自分一人のせいで、オリヒメの運命まで裏返ってしまう。

 そんな風に自分を責めるユリエルに、オリヒメは穏やかな笑みでささやいた。

「謝ることなど、何もありませんえ。

 わっちにとってユリエルは、永遠に救い主でありんす。人間どもが何と言おうが、どれだけ攻めてこようが、変わりませんえ。

 ユリエルには、たくさんのものをもらいんした。

 だから……ユリエルが同じだけ手に入れるまで、わっちは尽くしますえ!」

 オリヒメの言葉は、どこまでもまっすぐだ。

 オリヒメに、ユリエルを助けぬ理由はない。ついでに、外で暮らしている人間の都合を考える理由もない。

 だから迷いなく100%、ユリエルの味方でいられる。

 そしてそれは、ワークロコダイルたちも同じだ。

「大丈夫だ、あんたの居場所はここにある。

 あんたの味方はここにいる。

 あたしたちは、あんたがいなけりゃ生きちゃいけなかった。だからあたしたちの力は、命ごとあんたに預けるよ!」

 ワークロコダイルのシャーマンも、そう言ってユリエルに寄り添う。

 最初に会った時は流れで戦うことになってしまい、シャーマンの大切な息子にしてボスは失われた。

 それでも、ワークロコダイルたちはユリエルに心服している。

 強いだけではなく、きちんと筋を通して自分たちを思いやってくれたからだ。ユリエルの優しさと誠実さを、身をもって知っているからだ。

 だからこそ、そのユリエルがこんな目に遭うことは許せない。

「泣かないでおくれ、ユリエル。

 世界は、人間だけじゃない。あんたは人間をすべて失っても、もう一人じゃないんだ。あたしたちの、家族以上なんだ。

 あんたを思わない奴の言う事なんて、何も聞かなくていい!」

 シャーマンの鋭い爪が、ユリエルの柔肌に少しだけ食い込んだ。

 しかしその少し痛いくらいの感触が、ユリエルには心地よかった。

 こんなにも、自分を思って悲しんでくれる仲間がいる。自分はまだ、本当に全てを失った訳ではない。

 当初の目的ではなかったけれど、頑張った成果はここにある。何もかもが裏返った訳ではない。

 それに気づくと、ユリエルの荒涼とした心に再び温かい雨が降り注いだ。

「そっか……そうだね。私にはここがある。みんながいる。

 だから、たとえどんなに貶められても……ここだけは守り抜こう!」

 ユリエルは、さっきまでとは違う涙と共に、新たな誓いを立てた。

 自分は人間の世界からは切り捨てられたが、人間でなくても自分のことを知って認めてくれる仲間がいる。

 これからは、その仲間のために生きればいい。

 自分がこんなになっても声を上げてくれなかった人間こそ、ついででいい。ここまでされてまだ情けをかける必要など、あるものか。

 ユリエルは、良くも悪くも吹っ切れた。


 ユリエルは足に力を込めて立ち上がると、大切な魔の仲間たちに号令をかけた。

「さあ、これからも皆で力を合わせて人間と戦うわよ!

 分からず屋の悪と下僕には、たっぷり罰をあげないとね。

 明日の魔王軍会議では、積極的に声を上げていくわよ。私を貶めれば貶めるほどひどい目に遭うんだって、頭空っぽの奴らにもっと分からせなきゃ!」

 偉い奴の会議があるのは、人間だけではない。

 魔王軍でも明日、死肉祭と反攻作戦の報告を兼ねた集会がある。

 神敵と免罪符の話を聞いた時は、それどころじゃないからすっぽかそうかと思ったが、それではインボウズが笑うばかりだ。

 打ちのめされて、立ち止まってなんかいられない。

 打たれた分だけ、打ち返してやらねば。

 思えばインボウズは、最初からユリエルが傷ついて泣くところを楽しそうに笑いながら見ていた。

 あんな奴の思い通りになってたまるか。

 絶対に屈しないで、とことんまで抵抗してやる。

 そのために、魔王軍ともっと力を合わせねば。

 新しい仲間とともに、どうしても改まらない頑固な悪を愚かさごと打ち砕いて、自分を人間から追い出したことを後悔させてやる。

「待ってろよインボウズ、街と世界中のクズ共……!

 てめえらが選んだんだからな、文句言わずに報いを受けろよ!!」

 ユリエルは、まさしく人々が思い浮かべる邪悪で残虐な魔女の顔をしていた。


 そこで、魔物学の教師がひょこっと手を挙げた。

「魔王軍の集会か、興味深いね!私も行っていいかい?」

 それを聞いて、ミエハリスはぎょっとした。

「ちょっと、先生……何をなさるおつもりですの?

 このままでは、ユリエルが本当に心まで魔に堕ちてしまうのに……先生までそちらにすり寄ってしまっては……!」

 ユリエルは興味なさげにうなずいて、ミツメルたちと打ち合わせのために去っていった。

 ユリエルがいなくなると、魔物学の教師は憤慨して言った。

「あんな扱いの末にユリエルちゃんが人間そのものを諦めなきゃならんなんて……それこそ間違ってる!

 まあインボウズの思惑通り折れないために、今の彼女には必要な感情だろうね。

 だが、私は諦めん……人々が目を覚まして罪を認めた時、ユリエルちゃんはまた人間との絆を取り戻せるべきなんだ!

 そのために……ユリエルちゃんを完全に魔に取り込もうとする輩に、目を光らせねば!」

 魔物学の教師はぎゅっと拳を握り、その手をおもむろに開いて見つめた。

「ユリエルちゃんは、人間にこそ多くの救いをもたらしてきた。

 しかも、魔力を使わずにできる方法を広めて、人々が教会から過度に絞り取られないように……。

 この徳にこそ、人間は報いるべきだしユリエルちゃんは受け取るべきだ!」

 魔物学の教師の手には、まだ傷が残っているものの、もう膿と悪臭はない。

 ユリエルがつけてくれたウジ虫が、腐った部分を全て食べて感染から守ってくれたからだ。全身状態も、すっかり持ち直した。

 この素晴らしい効果を実感した魔物学の教師は、ユリエルに深い恩を抱き、これまで救われた人たちも同じだと気づいた。

 そして、その人たちに恩を返させるためにも、ユリエルを心まで魔のものにはさせまいと決意した。

 それを知ると、ミエハリスはひどく気まずそうな顔をした。

「ああ、どうしましょう……わたくし、戦場でユリエルをこき下ろして、虫を使った治療をやめさせてしまいましたの。

 でもその時は、ユリエルがいい事をしているなんてこれっぽっちも思えなくて。

 本当に、人の命を助けられるものだったなんて!」

「……君がその愚かさに気づいただけで、無駄じゃないと思っておけ。

 それに、兵士たちがユリエルの虫療法を失って、それが正しくないと実感すれば……何かは変わるかもしれん」

 どんなに地の底で嘆こうと、もはやミエハリスたちは地上に対して何もできない。

 ならばその代わり、自ら魔窟に飛び込んでも人としてのユリエルを守るのだと、魔物学の教師は決意を固めた。

 それがユリエルと想い合う魔物に何をもたらすかなど、同じく非モテで恋愛経験のないこの男に想像できるはずもなかった。

 人間や元人間は、どうしてもこの状況で声を上げた人がどうなるか考えて、生き残れるなら生き残ってほしいと考えてしまいます(レジスダン除く)。

 しかしそれはユリエルにとって、許せない敵に味方するも同然。

 反面人間を気にしなくていい魔物の方に、ユリエルの心はどんどん傾いていきます。


 次回、再び魔王軍集会。

 人間に見切りをつけようとするユリエルですが、魔王軍もみんなが優しいとは限らないんだよなあ。

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