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虫愛でる追放聖女はゲテモノダンジョンの妖精王となりて  作者: 青蓮
第1章 ダンジョンマスターへの道
10/121

10.結婚したい刺客

 !けっこうな胸糞回注意!

 人への希望を失って闇に堕ちかけるユリエルの下に、また冒険者がやって来ます。


 強くはない、されど戦いたくはない相手。

 真面目で、いい子で、リア充ではあるけれど……自分の望む未来を潰す痛みとは。

 ダンジョンには、順調に虫たちが集まっていた。

 最初にユリエルが連れて来たゴキブリとマイマイガの幼虫は晴れて魔物化し、ようやく戦力増強が見えてきた。

 ……だというのに、ユリエルはご機嫌斜めだった。

「だからさあ、みんな私みたいな非モテはどうでもいいんだって!

 どうなっても誰も悲しまないから、どうにでもできるんだよ!」

 ユリエルは、自分を見捨てた人への恨み言を吐き続けていた。

「私がいなくなっても、自分は困らないからって……どうせ私なんか誰にも必要とされてないからって、馬鹿にして!

 特にモテる奴なんて、自分は愛されてるんだって、これ見よがしに自慢して!

 結局みんな、自分が良けりゃ愛されてない奴なんてどうでもいいんだよ!!」

「そ、そう……なんですかね……」

 アラクネはその恨みの深さに気圧されながら、ずっと聞かされていた。昨日の昼辺りから、ずっとこんな調子だ。

 アラクネは怖くて、しかも自分がどうこうできる話でもなくて、疲れて逃げ出したくてたまらない。

 しかし同時に、精神のバランスを崩したユリエルを気遣ってもいた。

(ユリエルさん……寂しくて、心細いんだよね)

 ユリエルがこうなった原因が、アラクネには何となく分かる。

 本当にこれまで話せていた人たちに会う事も連絡を取る事もできなくなって、孤独に心をやられているのだ。

 誰も助けてくれない現実に、押し潰されそうになっているのだ。

 もっとも、外に出て作業をしていれば気が紛れて前を向いていられるのだが……訳あって、ユリエルはここ三日外に出られていない。

 それもあって、悪い考えばかり暴走して止められなくなっているようだ。


(うう……敵はまだかな?)

 ユリエルの止まらない愚痴から思考をそらし、アラクネは別のことを考える。

 前の敵、ゲースの仲間たちを倒してからもう一週間。そろそろ帰らない彼らを訝しんで、次の敵が来てもいい頃だ。

 なのに、それがなかなか来ない。

 これが、ユリエルが三日も外に出ていない原因なのだ。いつ敵が来るか分からないから、ダンジョンを空ける訳にいかない。

 だがそのせいで気を紛らわす虫集めができず、ユリエルの精神状態は悪化する一方だ。

 この状況を何とかしてほしくて、アラクネはもう強い敵でもいいからとにかく早く来てくれと思い始めている。

 戦闘になれば、ユリエルの気も少しは紛れるだろうに。

 だがそんなアラクネの願いも空しく、ダンジョンは静かなままだった。


「聞いてるの、アラクネちゃん!!」

「ひぃっ!!」

 いきなりユリエルに怒鳴られて、アラクネは首をすくめた。別のことを考えていて聞いていなかったのが、さらにユリエルの気に障ったらしい。

「ごめんなさいごめんなさい!!

 ちょっと次の敵のこと考えてて……ゲースの仲間繋がりだと、次は誰が来るのかなって」

 それを聞くと、ユリエルはふてくされたようにぼやいた。

「案外、誰も来ないかもよ。

 ゲースたちなんて誰にも愛されてなくて、社会の役になんてこれっぽっちも立たなくて、いなくなっても誰も困らない。

 むしろすすんで放置されてるのかも」

 そこでユリエルは、自嘲するようにため息をついた。

「結局、私と同じことかもね」

「……ユリエルさんは、そんなんじゃないよ!」

 そう叫んでみたものの、アラクネは、ゲースたちの扱いはちょっと否定できないと思った。自分もあんなのがずっと側にいて嫌だったから、街の人だってそうかもしれない。

 だとしたら、かわいそうだが厄介払いという名の野垂れ死にを狙って放置されるのも、有り得ない話ではない。

 ……ただ、そうして敵が来ないと自分が困るのだが。

 アラクネはとにかく、ユリエルの機嫌を直そうとする。

「あいつらと……同じなんかじゃない!

 だってユリエルさんは、真面目に聖女としてやってきたんでしょ。たくさんの人を癒して、役に立ってきたんでしょ。

 だったら、きっと必要としてる人はいます!」

「……誰も、私を嫁にしようとしなかったのに?」

 アラクネの励ましにも、ユリエルは暗い疑いの目を向ける。

「私だって、必要とされるように頑張ったよ!

 そりゃ、明らかに下心丸出しの相手とかには嫌われるようにしたけどさあ……周りの冒険者には愛想よくしたつもりだよ!!

 さりげなく料理とか裁縫とかもアピールしたし、ちょっと将来の家庭の話とかしてさ、いいお嫁さんになるつもりありますよって、伝えようとしたよ!!

 そのために、戦闘後の解体まで手伝ったのに……」

 ユリエルは、全てを諦めたように吐き捨てた。

「結局、気に入られるかどうかでしかないんだ。

 男のお気に召さない私がいくら頑張ったって、どうしようもなかったのよ!!」

 ユリエルは、これまで男に女として見られなかった寂しさと誰にも助けてもらえない寂しさが、心の中でごっちゃになっていた。

 自分を愛してくれる人がいれば。惚れて、守ると誓ってくれる人がいれば。

 そういう人ができる魅力が、自分にあれば。

 こんな孤独に苛まれずに済んだかもしれない。他の何を置いても自分を守ろうとして、励まして慰めて、ついてきてくれたかもしれない。

 そんな心温まる仮定をすると、男に困らない(あるいは、困らなさそうな)他の女がとことん憎くなってきた。

 そういう女が自分の幸せのために見捨てたんだと思うと、みじめで恨めしくてたまらない。

「カリヨン、ユノ、シノア……もう帰ってきてるはずよ。

 でも、私が許された様子はない。

 ああ、あいつらも私を切って順当にいけば幸せになれるものね。カリヨンもユノも偉い人の娘だし、シノアの家はお金持ちだし」

 ユリエルは、足下を這う小さな甲虫を見下ろして呟いた。

「コイツらが魔物化したら……顔面焼いてやったら、私の気持ちが分かるかしら?」

 それは、ゴミムシの一種。体が小さいが高温のガスを尻から噴射し、軽いやけどの跡に色素沈着を起こす奴だ。

 小さいから迷惑で済むが、これが強大化して女の顔面を襲おうものなら……。

 もはや女の人生を左右する事態だが、それをやってもいいと思うほどにユリエルはかつての友に失望し始めていた。

 だが、もっと許せない奴がいる。

「ふふふ……まあ、彼女らは私の気持ちを分かってくれたら許してあげる。

 でもアイーダ、あいつだけは許さん!!

 あんなに男の気を引いて両手で数えきれないほどキープして、私には一人も紹介すらしないだと!?

 ふざけてる!!」

 ユリエルは、アイーダが男を惹きつけるのに憧れていた。

 しかし自分が幸せな結婚の道を断たれた今、それは憎悪と嫉妬に変わった。

 さらに、追放の際にインボウスが呟いた一言がユリエルの邪推を暴走させる。恨むなら尻軽なアイーダを恨め、と。

「今なら分かるよ……あいつ、自分が男に嫌われたくなくて、私を消したんだ。

 あんなに男がいるのに、一人も離したくなかったんだ!!

 ふざけんなよ……こっちはたった一人でもって探してて、そっちは結婚相手を選び放題貢がせ放題のくせに!!」

 ユリエルは、ドス黒く濁った目を青い小さな羽の小虫に向けた。

「コイツを大量にパンツに突っ込んで股間を蹴り上げたら、罪が分かるかしら?」

 1センチにも満たない、されど人にはそれなりに知られる迷惑な虫。その被害から、ついた呼び名はヤケド虫。

 小さいゆえにいることに気づかず潰してしまうと、体液のついたところが火傷のように腫れて痛む。

 小さいから迷惑で済むが、これが強大化して反射的に叩き潰した者に体液をぶちまけたら……。

 地味にヤバい兵器になりそうな虫が、順調に揃ってきている。

「ねえ、アラクネちゃんはどう思う?」

 ユリエルに真っ黒な目を向けられて震え上がるアラクネだが、ダンジョンマスターとして救いの気配を察知した。

「その話は後にしましょう!敵が来てくれ……来ました!!」

 途端に、ユリエルははっと我に返った。

「どう、強い?」

「いえ、それが……何かめっちゃ弱いです」


 名前:ケチンボーノ

 種族:人間 職業:戦士(見習い)

 レベル:11 体力:180 魔力:35


 名前:ミーハ

 種族:人間 職業:魔術師(見習い)

 レベル:9 体力:90 魔力:100


「何これ……?」

 ユリエルとアラクネは、目をぱちくりして顔を見合わせた。確実に前倒した奴より強いのが来ると思っていたのに、意味が分からない。

「何かもう、大グモと大ムカデの群れでいけるんじゃ……」

「ううーん、ここまで余裕があるなら……いいこと思いついた!」

 ユリエルが、アラクネにそっと耳打ちした。



 少年と少女が一人ずつ、ダンジョンの一本道を進んでいた。二人とも装備は貧弱で、いかにも駆け出しといった見た目だ。

 それもそのはず、二人は本当に最近冒険者になったばかりなのだ。

 身の丈に合う仕事は軽いが報酬も安いものばかりで、爪に火をともすような日々の中……それなりに実入りが良さそうな仕事として見つけたのが……。

「こんな暗くて気持ち悪い場所で、酔っ払いの捜索だなんて……」

 魔法使いのミーハが、つい不満を漏らす。

 そう、この二人はゲースと仲間たちの捜索のためにここに来たのだ。

 アラクネの監視に行った彼らが、食糧が切れるはずの日を過ぎても帰ってこない。様子を見に行き、生きていたら補給をして共に帰還せよと。

 他の冒険者たちによると、そいつらは自堕落がすぎて、酔っぱらううちに食糧がなくなってしまい二日酔いと空腹で動けなくなっていることがあるらしい。

 いつも助けに行く知り合いは別の仕事に忙しいため、二人が受けることになった。

「もー、なんでそんなクズに付き合わなきゃいけないのよ!

 荷物は多いし虫はいるし、もう最低!」

 悪態をつくミーハに、ケチンボーノが言う。

「いい条件だろ、水と食糧を支給してもらえるんだぞ。

 それに、上手くやればこの仕事を酔っ払い共から奪えるかもしれない。そうしたら、食を保証された自由時間で給料もらえるんだぞ。

 これが儲けでなくて何なんだよ!」

 ケチンボーノは、そこで得意げに笑った。

「そうやって行動を効率化すれば、結婚も持ち家も近づくんだぜ!」

 その言葉に、ミーハの頬がボッと赤くなる。

「け、結婚とか……もーっ!!」

 二人は、恋人同士だ。冒険者に慣れる下限の年齢、12歳にして、である。しかも、もう将来の生活のことを考えている。

 主にケチンボーノが、だ。

「いいか、結婚するには金が要るんだ。式や家以外にも、地税、子供のための祈願料、洗礼料、学費。教会に寄付しないと子供にしてやれないことも多い。

 そのために、今は多少のことは我慢して貯めるんだよ!」

 感心するほどしっかりした子供である。

 ミーハは時々嫌になることがあるが、ケチンボーノの語る事は現実なので言い返せない。むしろ、自分の将来を気遣ってくれているのだ。

 結婚してそこそこ余裕を持って子育てしようとすれば、一般的な冒険者の収入では足りない。

 特にこの学園都市では、子供を大事にしようとするほどどんどん教会に金を吸い上げられる。

 払えなければ、子供の病気や怪我も癒してもらえない。

 かといって無理をして払えば、さらなる貧苦か借金漬けだ。

 長い事教会が実質的に支配するこの都市では、教会による必要以上の搾取が常態化している。

 しかしこの二人も他の冒険者も、それに文句を言ったりしない。

 これはこういうものだと教会が運営する学校で刷り込まれ、信仰の厚さこそ美徳であり幸せへの道だと教え込まれているから。

 それに現実として、教会と関わらず手を借りずでは生きていけない。

 結果、こういう真面目でしっかりした子ほど教会の財布にされていた。

 だが、もちろん本人たちはそれに気づかない。本人たちはあくまで、自分たちの幸せのために頑張っているつもりである。

「ミーハ!幸せな結婚が、したいかー!?」

「したーい!!」

「子供がいっぱい、欲しいかー!?」

「欲しーい!!」

「なら頑張って、金を貯めるぞー!!」

 熱い愛情に満ちた言葉が、ダンジョンに反響する。

 二人は、熱く一途に純粋に信じていた。教会の言うように勤勉に清く正しく生きれば、必ず幸せな未来が待っていると。

 これが教えに支配された学園都市の、優等生の姿だった。


 二人は二階層に入ると、びっくりして足を止めた。

「人が襲われてる!?」

 一本道の先で、二人の女が魔物に囲まれていた。しかも一人は腰まで崩れた土砂に埋まり、身動きが取れない状況。

 そしてもう一人は……。

「聖女様……こんな所に!!」

 黒髪を優美なシニヨンにまとめた聖女が、火魔法を手に灯して魔物を遠ざけようとしている。しかしその火は弱弱しく、今にも消えそうだ。

「助けないと!」

「いや、あれは……いやいい、とにかく虫を追い払うんだ」

 ケチンボーノは何かに気づいたように目を細めたが、すぐに気を取り直して駆けだした。教会からもらった光のお札をかざして、虫を追い払う。

「あ、ありがとうございます!」

 聖女は、土だらけの顔をほころばせてお礼を言った。

「いえいえ、どういたしまして!」

 安堵して聖女に手を差し出そうとするミーハを……ケチンボーノは制した。

「待て、こいつは……破門者だ!」


 ケチンボーノは、ミーハを守るように前に出て背教者と対峙した。

 見た目と態度は清楚で優美で、とても邪淫の罪に染まったとは思えない。しかし悪はえてして善に擬態するものであると、ケチンボーノは知っている。

「そんなに恐れないでください。

 あなたが私を害さなければ、私もあなたを害しません」

 忌まわしい破門聖女が、腰を低くして取り入ろうとしてくる。だがケチンボーノは、その女の本来の姿……悪魔を心に描いて毅然とした態度で言い放った。

「黙れ、そうして逃げる気だろう。

 それに、そこに埋まっている女はどうした?おまえがやったんじゃないのか!」

「ち、違います……この人は私の、ただ一人の理解者なのです!」

 ここで破門聖女は、目頭を押さえて嗚咽した。

「わ、私は……本当は邪淫など犯しておりません!男と交わったことも付き合ったこともないのに、陥れられて罪を着せられたのです!」

「えっ!?」

 思わず驚くミーハの手を、ケチンボーノは強く握った。

「惑わされるな、神の敵だぞ!」

 その小声に気づいてか気づかずか、破門聖女は続ける。

「それでも破門された私に、もう居場所などありませんでした。

 でも彼女は、無実はいつか明らかになると私を励まして、一緒に来てくれました。

 そして、せめて外の魔物や賊から身を守るために、ここに入ったのです。しかし虫が襲ってきて、虫が飛び出してくる時に崩れた土で……!」

 破門聖女は、いかにも悲しそうに鼻をすする。

「茶番だな、その手を離せ。どうせ泣いてなど……」

 ケチンボーノが言い終わる前に、破門聖女は目を覆う手を外した。その目からは、頬にはらはらと涙の粒が落ちていた。

 横から聞こえる唾をのむ音に、ケチンボーノは戒めるようにささやいた。

「目の前のことを信じるな!悪魔は、あらゆる手段で人を騙す」

「そんな、悪魔だなんて……!」

 哀れっぽくすがってこようとする破門聖女を、ケチンボーノは胸を張って跳ね返した。

「黙れ、そうやって男を落とす気だろうが、その手には乗らないぞ!

 冒険者たちが噂していたぞ!おまえは身体を売る必要もないのに、アイーダに声をかけてまで男を漁ったらしいな」

「えっ!?アイーダ……!」

 破門聖女の顔が憎らし気に歪んだのを、ケチンボーノは見逃さなかった。ついに本性が出たぞとばかりに、ケチンボーノはたたみかける。

「反応したな……つまりおまえは、黒だ!」

「いやそんな……私は処女ですけど?」

「そうやって試させて落とすつもりだろう!だが残念だったな、俺には愛を誓い合ったミーハがいる。

 邪悪な力で惑わさなければ愛の一つも得られなかったおまえとは違う、まっとうで清らかな女だ!

 いや、もう清らかじゃ……ないけど……」

「もーっこんな時に♡」

 ボッと頬を赤らめるミーハを、ケチンボーノは守るように抱き寄せる。

 それを見て、破門聖女がひどく打ちのめされた顔になった。それでも食い下がって来る辺りは、さすがに悪魔の図太さか。

「ちょっと、私が処女じゃないってどうやって分かるの!?」

「じゃあ処女だって証明してもらえよ」

「だから、私は陥れられたのよ!ここじゃ、証明してもらおうとした途端に突っ込まれて処女じゃなくされるじゃない!

 せめて教会と関係ない証明できるところまで……」

「教会を否定する時点で、おまえは信用ならん。だから……」

 ケチンボーノは、さっと剣を抜いて呆然としている破門聖女に突きつけた。

「死にたくなかったら、俺たちとギルドに来てもらおうか!」

 破門聖女は、雷に打たれたように震え、慟哭と共に地に伏した。


「や、やった……すごいよ、さすがケチンボーノ!!」

 ミーハが、満面の笑みですり寄って来る。ちょっと前に一つになったその温もりを感じながら、ケチンボーノは達成感で一杯だった。

「これで、こいつの報酬は俺たちのものだ!

 しかも、別の背教者の分まで……二人分だ!」

「しゅごぉ~い!もう家が買えちゃう~ん♡」

 幸せの予感で頭が一杯になり、完全に蕩けたメス顔になるミーハ。

 だがケチンボーノは鼻の下を伸ばしながらも、気を引き締めて言った。

「いや、ここで気を抜くんじゃないぞ!

 今回のは、たまたま運が良かっただけだろ。他の冒険者がこの破門者を探して出払ってたから……まさかこっちにいるなんてな」

 実際、この二人にとってこの破門聖女は完全に棚ボタだ。安全なだけのシケた依頼だと思ったら、こんな儲けが転がっているとは。

 しかし自分たちは、こんなのにあぐらをかいたりしない。

「いいかミーハ、この金でもっといい装備を揃えて、もっと上を目指すんだ。

 たくさんの子供を幸せにするには、もっともっと金が要るんだからな!これで教会にも伝手を作って、もっと幸せに……」

 ケチンボーノは、神の恵みに感謝し、愛の結晶が入るはずのミーハの腹を撫でた。


 次の瞬間、ミーハの体がびくりと震えてのけぞった。

 ケチンボーノの手に触れる、ミーハの腹から突き出た固いもの。

「ミー……ハ?」

 ケチンボーノを見上げるミーハの目が苦痛に見開かれ、口からかすれた呻き声と血がこぼれる。呆けたように見ていると、ケチンボーノの腹にも激痛が走った。

「ぐふっ!?……な、何が!」


 ミーハの後ろから、5メートルはあろうかという岩ムカデが大顎で腹をぶっ刺していた。その先端が、密着していたケチンボーノの腹をも浅く切り裂いたのだ。

 ケチンボーノの目の前で、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちるミーハ。

「そんな……何だよ、このクソ強いムカデ!!」

 何が起こっているか分からないケチンボーノに、怒りを含んだ女の声がかかる。

「へえ、コイツは知らないんだ……忘れられたのかい。

 どこまでもいい加減な、ギルドと教会らしいね」

 はっと振り向けば、さっきまで地面に伏していたビキニアーマーの女戦士が顔を上げていた。

 そして、おっくうそうに自力で下半身を引き抜く。

 崩れた土砂が薄くはがれ、巨大なクモの下半身が露わになった。人間ではない……アラクネが、下半身をわざと埋めて人間のフリをしていたのだ。

 アラクネは、修羅のような怒りの形相でケチンボーノの前に立ち塞がった。

「ユリエルの気持ちも考えないで……言いたい放題言ってくれたね!!

 証拠もないのに、偉そうに!!」

 あっという間に、黒い外骨格の脚がケチンボーノの胸に刺さった。


 ダンジョンの地面に赤い血溜まりを広げて、二人の若すぎる冒険者は倒れ伏す。まだ生きてはいるが、周りから明らかに大きなゴキブリと毛虫が集まって来て体をかじり始めた。

 この世に別れを告げるのも、時間の問題だろう。

「う、う……ミーハ……何で、だ……!」

 ケチンボーノは、力を振り絞ってミーハに手を伸ばす。しかしその指先は、届かない。

 さっきまで夢見ていた幸せと同じで、遥か遠くにあるように。

(どうして……一体、何が間違ってたんだよ!!)

 一生懸命己を律して堅実にやっていれば、必ず手に入るはずだったのに。自分は、何も悪いことをしていないのに。

 こんなのおかしい。間違っている……のに、抗えない。

「ケチン……ボーノ……結婚、したいよぉ……。

 子供……幸せ……に……」

 ミーハの声が息に吹き消され、目から光が失われていく。ケチンボーノも、どんなに見ようとしてももうミーハがはっきり見えない。

 そのうえ、視界の隅に白いもの……破門聖女のローブが近づいて来る。

 憎くて恨めしくて、そのくせわんわんと泣き声ばかりうるさくて、せめてにらむだけでもと顔を向けると……。

(おい……何でおまえが、騙されて指輪取られたミーハみたいに泣くんだよ?)

 考えたいのにもう頭が回らなくて、ただ泣き声ばかりがうっとうしく耳についていた。


 ユリエルは、『慈悲』の名を冠する短剣を握りしめたまま泣いていた。

 ついさっきは裏切られた気持ちで一杯だったのに、殺したいほど憎かったのに、いざ刃を向けると手が動かない。

「ううっ……ぐううっ……何でよ!何で……うえぇ……こうなるの!!

 すごく……いい子なのにぃ!!幸せに……ひっ……なってほしいのにいいぃ!!あああぁ!!」

 ユリエルの中で、いろいろな感情が嵐のように吹き荒れる。

 とても真面目で、しっかり将来のことを考えるいい子だった。イチャつかれて少しムカついたが、清純で一途に愛し合っていた。

 本来なら、喜んで結婚式で聖歌を歌ってあげたかった。子供たちを癒しながら、成長を見守りたかった。

 何より、そこにはユリエルが何より望んだ幸せがあった。

 二人は、努力してそれを掴むはずだった。

 二人の見ている世界では悪い事なんか何もしないで、教会やギルドや世間にほめられることしかしなかった。

 ユリエルが、そうあろうと望んだように。

 だからユリエルにとって、二人は祝福すべき自分の未来図なのだ。

 ……なのに、自分の手でそれを叩き潰さねばならないなんて。

 だってこの善良な子たちは、自分を信じてくれなくて。彼らのために、ユリエルをギルドに突き出そうとして。

 どちらかが生きるには、どちらかが死ぬか、死ぬより辛い目に遭わねばならなかった。

 だけど今このいい子たちを殺してしまうことは、まるで未来の幸せな自分を殺すみたいで、気持ち悪くて苦しくて。

 早くとどめを刺した方が楽にできるのは分かってるのに、どうしても心が拒んで体が動かなくて……。


 その時、ユリエルはふっとある事を思い出した。

「ねえ……ダンジョンってたまに……が……することあるよね。

 それって、ここでもできるの」

 聞かれたアラクネは、一瞬ギクリとした。

 確かにその手を使えば、この二人の願いを叶えることはできる。しかしそれは、ある意味とても残酷な方法だ。

 それでも、アラクネはうなずいた。

「できます!

 ……今はDPが足りませんけど。この二人の死亡DPが半分になるけど、できる日まで取っておくこともできます」

「じゃあ、そうしてよ……」

 ユリエルは、ボロボロの笑顔で二人を見つめた。

「良かった……結婚式では、私が祝福してあげるからね」

 もっともその結婚式は、人のものではないけれど。


 こと切れた二人を前に放心状態のユリエルを、アラクネは静かに抱きしめた。

 今日のこの戦いで、ユリエルは一体どれだけ傷ついたのだろう。そう思うと、こうしないではいられなかった。

 少しでも相手が悪い様にして心を守ろうとしても、どうにもならなかった。

 敵を油断させて不意打ちするのも情報を引き出すのもうまくいったけれど、それがどうでもよくなるくらい心が痛い目に遭った。

 そんなユリエルを目の当たりにして、アラクネは決意した。

「人が誰も助けなくても、あたしはあなたの味方です。

 結婚はできませんが……お側にいさせてください!」

 正直、アラクネにもユリエルの言うことが真実だという証拠はない。それでも、こうして泣いて手を止めてしまう苦悩に嘘はないと思う。

 誰もそれを見ないし考えないなら、自分一人でも仲間として支えてみせる。

 アラクネにすがって幼子のように泣くユリエルを、数多の虫たちが心配そうに囲んでいた。

ミイデラゴミムシ:体長1.5センチほどの小さな甲虫だが、尻から100度に達する高温ガスを噴射する。噴射時に複数の体液を混ぜて化学反応で発熱させるらしい。

アオバアリガタハネカクシ:通称ヤケド虫。体液に触れると火傷のような跡ができる。小さいのでつい叩き潰して被害に遭うことが多い。


 何とか三が日は毎日投稿できそうです。

 毎日投稿するとストックなんてあっという間になくなるね!

 頻繁に投稿する作者さんの苦労が思い知らされます。


 三が日が過ぎたら、できれば週1、最低二週に一回は投稿していきたいです。

 もうちょっと一話の文章量を減らすべきなんですかね?

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「善良」だからこそ、「悪」に容赦しない。 「孤独」だからこそ、「家族」の尊さを知る。 故に、悲劇は訪れる。 優しさが有るからこそトドメの決心がつかず、何やら不穏で残酷な未来を選んだらしい。 ユリ…
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