1.破門された聖女
初めて長編のファンタジーを書いてみました。
作者が大好きな生き物と、非モテ時代の作者の残念さがてんこ盛りです。
これまでゾンビばっかり書いていたので、大きな方向転換になります。
できるだけテンプレに沿わせたつもりですが、虫やゲテモノが嫌いな方はご注意くださいませ。
年内は毎日投稿できるようにしてあります。作者はこれまで二次創作のショート以外は全て完結させておりますので、気長にお読みください。
学園都市リストリアは、素晴らしい街であった。
数多くの、多種多様な人が行き交い、にぎわい活気に満ちている。人々の顔には希望があふれ、目には明日への夢がキラキラと輝いている。
都市全体が未来へ羽ばたこうとする者たちを育み後押しするような、情熱と包容力を備えていた。
その中心となっているのは、聖リストリア女学園。
国教である聖人教会によって建てられた、聖なる乙女たちの学び舎。
そう、ここは、万民を癒し、救い、浄化する聖女を育てる学園であった。
聖女の卵たちは、毎日この学園で己を磨く。
癒しの力を高め、神学を修めて信仰を深め、他にも多くの教養を身に着けて世の役に立つ知識を溜め、世の模範となる振る舞いを学ぶ。
そして聖女の卵たちは、この都市で練習を兼ねてその恵みを降らす。
教会では、礼拝のたびに聖女の卵たちが愛らしく初々しい声で、聖典を読み上げる。
治療院では、時々聖女の卵たちがやってきて病人と怪我人たちに癒しを与え、さらに施しまでも行ってくれる。
結婚式があれば、聖女の卵たちが祝福の歌や楽を披露し、葬式があれば厳かに鎮魂歌と祈りを捧げる。
都市の近くで人に害をなす魔物と戦う時も、聖女の卵たちが力になる。
この街の人々にとって、この聖女の卵たちは街の神聖さの象徴だった。
ごく身近にあふれる、神からの恵みであった。
この聖女の卵たちを街で見かけるたびに、人々はこの街の素晴らしさを実感していた。こんなに神聖で人に優しい街は、他にないと。
ここで学び広い世界へ羽ばたかんとする乙女たちのひたむきで清らかな姿は、街どころか国中の人々の拠り所だった。
そして、彼女たちには明るく祝福された未来が待っていると信じて疑わなかった。
彼女たち自身も、ほとんど疑っていなかった。
真実をはじめから知る者と、災いが降りかかった者を除いては……。
その聖なる学園都市の頂点とも言える場所、最も聖なる者が座す部屋で、一人の乙女に災いが降りかかっていた。
「ユリエル、君を破門する」
いきなり裁きのような一言をぶつけられて、乙女は一瞬身を固くする。
それからややあって、信じられない顔で口を開いた。
「理事長……ここは御冗談を言われる場ではありませんよ」
「ああ、もちろん冗談などではないよ」
間髪を入れず、判決を確定させるかのような一言。もはやこの理事長が本気であることは、疑いようもなかった。
乙女は、ひどくうろたえて視線をさまよわせ、そして困ったように言った。
「私、聖女なんですけど」
「分かっとる、だから僕が直々に呼び出したんじゃないか。
直接今ここで君を破門できるようにね」
理事長は、そう言って乙女の胸に輝く聖印章をなめるように見つめた。
乙女の名は、ユリエル・アンバー。
この学園の生徒にして、既に現役の聖女である。
聖女の卵ではなく、聖女だ。学園の中で厳しい条件を満たし、そのうえで認められてその証を与えられた、紛れもない聖女である。
胸に輝く聖印章は、その証である。
聖女の証であるローブの胸中央にある、金色でかすかに光を放っている教会の印章。
光を放っているのは、これの着用者が偉大なる主神、男神ロッキードの加護を受けているという証である。
なまじ神の加護が関与しているため、与えるのも取り上げるのも容易にはできないものなのだが……。
「それの加護を解除できるのは、ここでは僕ぐらいなもんだからね。
だから、わざわざ僕の手を煩わさなきゃならないんだ!」
理事長は、あからさまに顔をしかめて嫌味たらしく言った。
そう、学園で……この都市で唯一こいつだけは、神の加護を解除することができる。むしろそれができないと、聖女の破門などできやしない。
神の加護の与奪を握るのは、教会の一部の大司教、枢機卿、教皇のみ。
すなわち聖女の認定と資格のはく奪も、その者たちに限られる。
今ユリエルの前にいるこの学園の理事長……インボウズ・オトシイレールも聖人教会の枢機卿であった。
「お言葉ですが……貴い身分なればこそ、このようなことはおやめになるべきでは?」
それでも、ユリエルは食い下がる。
だって、自分に破門されるような心当たりはない。
ユリエルはきちんと、条件を満たして聖女になったのだ。
学年で総合成績50位以上。強力な回復魔法を連続で決められた回数以上行使できる。学外でも人々の暮らしに貢献した実績を積んでいる。
それでもあまりな非行があれば話は別だが……ユリエルにそんな覚えはない。むしろ生活は慎ましい方だと思う。
その自分が、なぜ破門されなければいけないのか。
「正当な決まりを不当に破りいたずらに人を貶めるのは、神と信徒への裏切りです。
立場を自覚なさってください」
ユリエルは、胸を張って正論を突きつける。
だって、自分にやましいことなんてない。
むしろやましいことをしようとしているのは向こう。そちらこそ、立場の重さを考えればそんなことできないはず。
自分のために、思いとどまってくれるはず……。
なんて考えは、この男には通用しなかった。
インボウズは、露骨に不快そうに顔を歪めた。そして無言で立ち上がり、何かの複雑な紋様で囲まれた紙とペンを手に取った。
「あの、何をなさって……!」
ユリエルの言葉が、最後まで続くことはなかった。
いきなり、ユリエルの胸元が冷たくなる。
今まであったものが唐突に消えて、胸に穴が開いたような不安と寂しさが襲ってくる。
ユリエルが思わず胸を押さえて身を屈め、恐る恐るその手をどけてみると、胸元についている聖印章が光を失って黒ずんでいた。
「あっ……!」
ユリエルは、呆けたような声を漏らした。
こんなにあっけなく、奪われてしまった。
これまで自分が努力して得たもの。いろいろなものを我慢して手にした力。積み上げてきた実績の、集大成。
きちんと認められて与えられたはずの、聖女の力と証。
人と神のために尽くし身を捧げてきた、それが報われたはずだったのに。
胸元の聖印章は、もう光らない。あれほど心強かった神の加護は、もうない。代わりに黒く染まって、奪われた者の烙印になってしまった。
「う、そよ……そんな……!」
これまで強気に張り詰めていたユリエルの顔が、崩れる。辛くて、悲しくて、みじめで、あっという間に泣きそうになる。
しかしそんなユリエルを、インボウズはさも楽しそうに煽る。
「あーあー、なくなっちゃった~!
ほーら、僕の言う事聞かないから。しかも僕に反抗までするもんな~、これはもう聖女にしとけないな~!
これはねえ、天罰だよ!君はねえ、神に見限られたの!
悔しいねえ~!虚しいねえ~!君はぁ、自分のせいで、自分の努力の結晶をな~んにもなくしちゃったんだよぉ!!
ねえ、今ど~んな気持ちぃぃ!?」
まるで、最高のエンターテインメントを前にしたような弾むような笑顔。心が軽くなって洗われたような、スカッと爽快な笑顔。
しかしその根底は、子供が虫の手足をもいでのたうち回る様を嘲笑うような、邪悪。
ユリエルは、この身に起きていることが信じられなかった。
この腹が出たハゲオヤジは、これでも人間の中で最大の信者数を持つ聖人教会の枢機卿。神に仕えてその力の管理を任され、人を守る任を統括する者。
要はものすごく、清らかで高潔であるはずの人物。
それが、何の罪もない人にいきなり謂れなき制裁を加える。
きちんと任務を果たしていた聖女から、そのための力を取り上げる。
とどめに罪人の烙印を押し、それをげらげらと嘲笑う。
こんなことがあっていいのか。世の中は一体どうなっているんだ。信じていた聖なる世界は、全部まやかしとなって崩れていって……。
打ちひしがれて呆然とするユリエルに、インボウズは追い打ちをかけるように告げた。
「ああ、もう出て行っていいよ。
何たって、君は神に見捨てられた破門者だからねえ……この学園はもちろんのこと、この都市全体にいちゃいけないから。
ま、何回も出る前に捕まらないように、一週間ぐらいは衛兵に通達しといてあげるよ。
追放馬車も、言えばすぐ使わせたげるから。もっとも、行先は人が生きていけるところじゃないけどねぇ~。
こんな君にも与えられる慈悲に、感謝したまえ!」
とことん踏みにじっておいて、それを恩に着せる有様である。
こんな奴に完全に崩れたところは見せられない……ユリエルの心に、メラッと闘争心が燃え上がった。
ユリエルは必死に涙をこらえ、それでもポロリと一筋頬に垂らしながら、インボウズを毅然とにらみつけて声を荒げた。
「それで、どう説明するつもりなんです!?
聖女を破門するには、それなりの理由が必要ですよ。
でも私は罪を犯してないし、必要とされる仕事をして参りました。なのにどうして……どう始末をつけるつもりですか!!」
その問いに、インボウズは軽く首を傾げた。
「ん……そんなもの、僕が言えば理由なんていくらでも作れるよ。
もちろん、君に選ぶ権利などないがね」
「なっ……」
ユリエルは、絶句した。
処分には相応の理由が要るという世の中の当たり前すら、このドクズには通じない。いや、そもそもドクズにそれを問うこと自体が無意味だったのか。
しかしここでインボウズは、少し顔をしかめて答えた。
「でも、君の場合は……娘の名誉のためにも、思い知らせないとね。
君、ティエンヌのお供に選ばれておきながら反抗して辛く当たっただろう。そういう意地悪は、聖女として有り得ない所業だよ!」
「は……!?だって、私をいじめてたのはティエンヌの方……!」
あいつが原因か、とユリエルは合点がいった。
インボウズの娘、ティエンヌ。
こいつは聖女科の同級生で、ここ数か月ほど取り巻きと共にユリエルに絡んできた。
本人はお供にしてやるなどと言うが、実態はユリエルに仕事をさせて手柄を横取りしたり、自分のためにユリエルの時間と金を使わせたり、ユリエルに嫌がらせをして助ける見返りを要求したり……それはひどいいじめだ。
もちろんユリエルは自分を守るために、懸命に距離を置いたり抵抗したりしていたのだが……それがあの女の気に障ったらしい。
ユリエルは、おもちゃとして不合格だから捨てられるのだ。
愕然とするユリエルの前で、インボウズは責めるようなしかめ面で言う。
「ねえ、君のような……助け合いの精神がない子が聖女なのはおかしくないか?
おまけに君は頭でっかちで貪欲で、上辺の成績だけはいいもんだから、もっとふさわしい子が聖女になるのを阻んでる。
可愛く高貴で優秀な、ティエンヌみたいな子をねえ!
僕は理事長として、それを正さなきゃならない!!」
インボウズはさも正しい事をするように、ドーン、と言い切った。
要は、自分の娘が聖女になるのに成績が足りないから、ユリエルを除いて上の人数を減らして順位を上げようというのだ。
聖女の意義も能力への評価も、あったものではない。
「わ、私……そんなことの、ために……ふぇっ……!」
あまりにどうしようもない理由に、ユリエルはもう決壊寸前だ。
その顔を、インボウズはそれはもう楽しそうにニヤニヤ笑いながら見つめる。まるで、これが楽しみだったとでもいうように。
そして、ユリエルが望み通りの顔になるよう追い打ちをかける。
「ああ、もちろん表向きの理由はそんなんじゃないよ。
そうだね……君は、邪淫の罪を犯したことにしよう!
ほら、君、アイーダとかいうふしだらな冒険者とつるんでたってね。で、彼女のつてで乱交……したんだって?」
「してません!!」
「君の意見に意味なんてないよ!
ハハハッ恨むなら……尻軽なアイーダちゃんを恨むんだねえ!」
その瞬間、ユリエルは決壊した。
「うわあああぁん!!!」
あんなに流すまいと思っていた涙が滝のように流れ、必死で閉じようとしていた口が勝手に敗北の証を吐き出す。
みじますぎて、悔しすぎて、我慢しようなんて意思すらどうでもよくなる。
そうして負けてしまった事が、いいようにされた自分がますます情けなくて、泣く自分と己を責める自分との大げんかで訳が分からなくなる。
インボウズはそれを見て、手を叩いて大笑い。
「フフフハハ!!ヒィーッヒッヒッヒ!!
孤児院出のくせに、ティエンヌにいきがるからだよ!分かったかコイツぅ~!!
あ、そうだ、良かったらいい就職先紹介したげるよ。君がその顔で犯されるところを見たい人はたくさんいると思うんだ~。
破門されたら、生きていけないでしょ?僕は優しいから……」
「いぃやああぁ!!!」
もう少しも聞いていたくなくて、ユリエルは理事長室を飛び出した。
ひたすら泣きながら息が切れるまで走り続けて、ユリエルは力尽きたようにへたり込んだ。息を整えようにも、しゃくり上げるばかりだ。
「ひっ……ひっ……わ、私が……邪淫……乱交……?」
ユリエルは、こみ上げる吐き気をこらえながらその言葉を反復した。
聖女は清らかであることを求められる、どれほどの男に愛されても一人にしか捧げないこと。そんなことは分かっている。
だが、今はそんなことは問題ではない。
「なんで……わ、だし……男の人に……キスもしたことないのに……!」
そう、ユリエルには男性経験がない。
ついでに言うと、男から声をかけられて求められたこともない。
ユリエルは正真正銘、処女という名の喪女なのだ。
「なんでっ男をっ知る前に……淫乱なのよ~~~!!」
ユリエルが決壊した決め手は、ただその一点だ。
処女なのに邪淫の罪で破門される、こんなおかしな話があろうか。むしろ聖女なら、その手の経験がなくても大丈夫と安心してすらいたのに。
その大事な拠り所すら、軽く取り上げられてしまった。
しかし、本当にもうどうしようもない。ユリエルがいくら潔白を主張しても、インボウズがそれを認めないだろう。
ユリエルは、経験がないことの価値すら失って逃げ出すしかなかった。
今回は普通の追放、そして次回から虫が出ますよ……。
ユリエルの、非モテの原因が明らかに!