02.言い訳だもの
思えば、想いを告げたのは私からだった。
彼は明るくて、優しくて、けれど少し影があるようなそんな人で。何でも出来るのに努力を惜しまない性格で、けれど決して得意気になんかしない。言葉や行動で自分を飾らない、けれど彼の周りはいつもきらきらと輝いているように見えた。
高校の入学式の後、私達はクラスで自己紹介をした。その時のにこりと笑った彼の纏う雰囲気に、私は心を奪われた。笑顔を美しいと思えたのは生まれて初めてで、一瞬息をするのも忘れて凝視してしまったのを今でも覚えている。
私はすぐに彼の虜になった。
私は奥手で、彼の目を見て話すことも、挨拶すらも出来なくて、ただ人気者の彼を遠くから見つめることしか出来なかった。
だから、あの告白は勢いに任せた片言の何とも恥ずかしいもので、彼からその場で返事を貰った時に舞い上がりすぎたのか、その後の記憶がない。
彼は、恐らく私に好意を持っていたわけではなかった。単なる興味本位か、もしくは彼の優しさか。しかし、私にとってそんな事はどうでも良かった。
今、私は彼の恋人として存在している。それだけで満足だったし、幸せだった。我が儘を言うなら、ほんの少しでも好きになってもらいたい。私は、その為になら何でも出来た。
彼の放つ光に照らされて、一気に私の視界が広がったのを確かに実感した。私の人生は、刻む時は、速度を変えた。
けれど、私は段々と我が儘になっていたのだと、皮肉にも彼と離れてしまってから気が付いた。
自分から愛を伝えるだけでは物足りない。彼からも、同じだけの愛が欲しい。
それを手に入れたなら、今度は彼の全てを知りたくなる。私という人間をさらけ出す代わりに、彼の一番の理解者になりたい。また、彼にもそうなってもらいたい。
毎日、出来るならば片時も離れずに、彼と共にいたい。その声を、体温を感じていたい。触れさせて、その心音を聞かせて、私を安心させて。
彼は、そんな我が儘な私の望みを全て叶えてくれた。私のことをちゃんと好きになってくれたし、愛してくれていた。そんな幸せな日々に、きっと私の心は麻痺してしまっていたのだと思う。
彼を失ってからの私は、まるで廃人。私の心の、彼が占める割合の大きさを知り絶望した。
もうすぐで、あの私の時間が止まった日から一週間が経つ。私は、彼と出会って間もない頃のように戻ってしまったようだった。大学で会っても、困ったような笑顔を向けることしかできない。引き留めようと伸ばした手も、宙をさ迷うだけだ。
姿や声を聞かないのなら、私は勇気を持てた。何とかして、元の関係に戻りたい。せめて、別れを告げた理由が知りたかった。その一心で、毎日毎日メールや留守番電話にメッセージを残した。端から見れば、それは異常な事であっただろうし、彼をさらに遠ざけてしまう事になったのかも知れない。しかし、私はひたすらに盲目だった。
冷たい受話器を両手で握り締め、通い慣れた彼の小さなアパートのこざっぱりとした部屋を頭に浮かべながら、想いを紡ぎ続ける。彼は、一体どんな顔でこのメッセージを聞いているのだろうか。
「ひ…っく……別れたくないよっ……」
バカみたい。想像上の彼の冷たい表情を見て、心がかき乱される。溢れでる涙も、嗚咽も止めることが出来ず、取り繕うことも出来ないまま、メッセージの制限時間を告げる鋭利な機械音声が流れるまで私は泣き続けた。
もう、止めないと。きっと彼に嫌われてしまう。それだけは、耐えられない。
クリスマスの日の約束の話を持ち出そうとも考えたけれど、やっぱりやめにした。だって、そんなの結局のところ、言い訳だもの。彼との暖かい思い出を、そんな使い方なんてしたくなかった。
一緒に幸せになろうと、あなたは言った。
幸せって、なんなのかしら。