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07.今日はありがとう


お元気ですか。

 

あの日、君が俺の耳元で言ったあの言葉が耳から離れません。

「今日はありがとう」

君に二度と会えないことを確信した言葉でした。折角の最後の話す機会だったのに、俺は一言も口をきけなかった。とてもドレスが似合っていました。おめでとう、とそれだけは伝えるつもりだったのですが。


結局君に本当のことを話した事はありませんでしたね。この手紙を読んでいるということは、ここに書かずとも理由を悟っているとは思いますが。


真実を自分の口から言わなかったことを後悔したこともありました。君ならば、俺と最後まで一緒に居てくれたかもしれないと思うと、俺の軽率な行動に激しく腹を立てたこともありました。


しかし、もう一度同じ人生を歩むことになっても、俺は君と別れることを決意したでしょう。俺の判断は間違ってはいなかったと思うのです。それは、今でも変わりません。でも、理由は告げるべきだった。あの時、混乱している君の表情を見て逃げ出した自分の愚かさを呪っています。


この病気が発覚したのは、大学に入学してすぐの頃でした。病名を聞かされ、医者から説明を受けた時には卒倒しそうな衝撃を受けました。そして、次に頭に浮かんだのは君との将来でした。俺が君の足枷になるわけにはいかない、早く別れを告げなければ、とそう考えたのです。


しかし、別れを決意するのはそう簡単な事ではありませんでした。俺にとって他の誰よりも大切で愛しい君だからこそ、別れなくてはいけない、けれどそんな存在だからこそ別れたくなんてない。深く深く悩み、君に悩みを打ち明ける事もしないままただただ日々が過ぎていくのは、とても辛かった。君の笑顔が傷跡にしみるように感じました。


君は俺にとって、死ぬまでの一生を共にしたいと思える唯一の人でした。だから自ら縁を断ち切るのは、想像以上に苦しみを伴うものでした。別れを告げられる君にも同じように苦しい思いをさせたと思うと、悔やんでも悔やみきれません。


しかし、俺が君との別れを決心したのは、考えが自分の幸せから君にとっての幸せに移ってからはすぐでした。必ず後に残される事になる君にとって、自分がしてあげられる最後の選択とは何なのか。俺が導き出した答えが、これです。



本当はすぐにでも入院するべきだったのですが、俺はどうしても君が幸せになるのを見届けたかった。薬を飲みつつ学生生活を送ることは厳しくはありましたが、君の前では倒れることもなく最後まで平常を装えて良かったです。


大学を卒業してからは、家で仕事が出来るように会社でなんとか話をつけ、プログラミングを専門とした仕事を行っていました。こんな病身を雇ってくれる寛大な会社があったことに非常に驚き、また感謝もしています。それも君の結婚式を境に辞め、ずっと入院生活を送っています。



もう外の世界は秋の色を強めているようです。

あの日、君に別れを告げた日にも色鮮やかに紅葉した銀杏が散っていましたが、今病室の窓からは夕日のオレンジに照らされて舞い落ちる姿がとても美しく見えています。


なぜ、君と俺の間にこんなことが起こってしまったのでしょうか。

世界はこんなにも広く、人々も無数に散るこの銀杏の葉のようにいるというのに、なぜ?


新しい年を迎えられるかは分かりませんが、今無性にあの桜の淡い美しさと儚さが恋しいです。


皮肉な事に自分の死を覚悟してからは世界がとても美しく見える。ちょっとした事で胸が締め付けられるような感覚がして、涙が零れるのです。こんなにも世界が美しかったのなら、もっとちゃんと色々な事を感じながら生きてくればよかった。せめてもう一度あの桜吹雪の中で散歩をしてから逝きたいです。


俺は、前世や来世や輪廻なんてものは全く信じていません。だから、伝えられることは全部君に伝えたいです。


君を愛していたということ。

今でも君の事を想っているということ。


もっと愛を伝えておけば良かった。手紙なんかで、冷たい文字なんかで、全て伝わるわけがないのだから。


君に会いたいです。もう一度だけ、あとほんの一瞬でいいから君の顔が見たい。


最後の最後まで我侭な俺を許してください。ちゃんと君をこの手で幸せに出来なかった俺を、どうか許して。


今までありがとう。君の幸せを心から願っています。



fin



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